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第9話 代わりにお仕置きしてあげるね。

 好機逸すべからず、と先人たちは言う。


 なるほど、そりゃそうだ。チャンスに的確な手を打ってこそ大きな成果が得られるというのは、古今東西その通り。何事に置いても、手を打たない限り先のステージには上がれない。

 しかし、だ。俺は敢えて彼らに問いたい。好機っていつのこと? 好機とそうでないときの違いは、いったいどう見分ければいいの、と。


          *


 時刻は午後五時を過ぎたところ。三泊四日のゲームサークル『戯れ会』春合宿は明日でおしまい。七十二時間ボードゲームリーグ戦という意味不明のテーマで行われているこの合宿も、最終第九ターンの終盤戦を迎えている。

 目の前にある北米地図のボードを俺と一緒に囲んでいるのは、四年の宮ノ森ナイル先輩、同期で二年の天津原涼子ファインモーション、それに新人の中嶋弥生という女子三名。別の二つのコテージにも、それぞれ別のボードゲームを同じように囲んでいるカルテットがいる。


 男子八名女子四名の全十二人が、三日間で九種類のボードゲームを興じて獲得ポイントを競う、という大学生ならではの馬鹿合宿だが、これがなかなかに楽しい。総合優勝者には豪華賞品(今年は手抜きでアマゾンギフトらしい)が与えられるほか、各日の集計結果で上位四名はその日の夜と翌朝の食事の支度が免除され、下位四人は晩飯、中間四人は翌日朝食の準備という罰ゲームも用意されている。

 学年も性別も無関係の公平なこのルールは、実に文科系サークルらしくて気持ちがいい。



 初日、二日目と連続トップの涼子が、スペリオル湖を横断する長い線路を押さえてきた。どうやら奴さんの手の裡には、シアトル⇔ニューヨークという大物路線のカードがあるようだ。あそこに線路を敷かれると、俺の虎の子、バンクーバー⇔モントリオール路線の開通が危うくなる。

 チケットトゥライドというこのボードゲームとは、サークルに入って初めて出会った。サイコロやルーレットを使わない点や、実際の地図がベースなところなどが俺のツボに嵌って、去年の一時期はこればっかりやっていた。だからそこそこ自信はあったのだが、よりによってここで涼子と当たるとは。俺は止む無く、迂回路としてスーセントメリーとダルースを結ぶ三コマ線路を確保した。


「あーーーー」


 向かいに座る弥生が声を上げた。どうやらオクラホマに繋がる路線カードを持っていたようだ。だとすると、確かにここは生命線。


「あら~、()()()()、そこ押さえちゃうの? 弥生ちゃんが泣いてるのに」


 右隣のナイル先輩が涼子の呼び方を真似て揺さぶってくる。


「俺は勝負に私情は持ち込まない主義なんです」


「私情? 『私情』ってなに? 弥生ちゃんになんか思うところでもあるのかな、()()()()は」


 ナイル先輩がにやにやしながら突っ込んでくる。このひとは、自分が安全地帯にいるもんだから、嬉々としてそういうネタを振ってくる。


「弥生ちゃんカワイソー。せっかくコツコツ育ててるのに台無しにされて。()()()()はイジワルだよねぇ」


 やめろっつーの! その()()()()呼びは。ていうか、ナイル先輩どこまでわかってるのよ。

 お察しの通り、俺、田中逸郎は中嶋弥生が気になってますよ。つか、はっきり言って、好きですし。ええ、ええ。いつ告白すりゃいいのか、常日頃悩んでますって。でもそれ、誰にも言ってないよね。なんでそういうぶちかまししてくんのかなぁ。


 南部の牙城を固めるナイル先輩のあと、弥生が仕方なさそうにフリーカラーの複線に客車を並べた。それを確認した涼子は、んふん、と含み笑いして四枚の石炭貨物カードを切った。

 ちょ、まて。そこはお前……。


「代わりにお仕置きしてあげるね、弥生ちゃん」


 そう言いながら、涼子は綺麗な指で、俺のう回路の先に自分の白い客車を並べやがった。三対一とか、勝てるわけないじゃん。



 その後グズグズになった俺はそのまま不良線路を継ぎ足すだけで、大物路線の開通を達成することも虚しく三位に終わった。本日の順位も六位。好成績なはずもなく、かと言って最下位争いをするでもない、実に俺らしくも中途半端な結果。

 三日目も優勝は涼子。これで三日連続だ。総合優勝も確定してる。ちなみに弥生は最下位だった。

 最終日の今日はくじ運も良く、三ターンすべてで弥生と同組だったにもかかわらず、なんの糸口も見つけることができなかった。このままでは三年前の玉砕と同じくBSS人生まっしぐらになってしまいそう。


「いっつろーくん」


 いつもの呼び名でナイル先輩が声を掛けてきた。さっきは二位だった彼女だが、その前の二ターンが連続で最下位なので、本日の順位は九位。その先輩が、いったい俺になんの用か。


「お姉ちゃんが代わってあげよっかぁ、夜の炊事当番。並んで台所に立てるよ。ほら、最後のチャンスだしぃ」


 にししし、と笑うナイル先輩。


「いっつろーは自炊してるから料理男子だよね。他のふたり、たくちゃんは昨日一緒にやってカンペキ無能が実証済みだし、シンスケも寮生だからほぼ役立たずでしょ。ほら、彼女とふたり並んで仲良くカレーつくれるよ。今夜はお目付け役も勝ち抜けていないから、チャンスチャンス」


 お目付け役って原町田のことか。


「そんなん言って、ナイル先輩が炊事当番やりたくないだけでしょ。てか、ふたり並んでとか、意味わかんないし」


「ほへー。そーゆー中学生みたいな誤魔化し方するんだ、いっつーは。二十歳過ぎじゃなかったっけ」


「はぁ。おかげさまで成人してます」


 もう降参です。やっと実家の姉貴から離れられたと思ってたのに、こんなベタベタの姉属性先輩に懐かれて早や一年。いじられるのはだいぶ慣れたが、最近は弥生ネタがしつこくて。

 とは言え、この提案は確かにありかもしれない。台所での共同作業が親密度アップに好都合なのは間違いない。ナイル姉ちゃんの掌の上ってのが癪に障るけど、ここは受けとくのが正解かも。


「わかりました。有難くお受けします。代わりに明日の朝食はお願いしますよ」


「まっかして~! キャベツの千切りならお手のもんよ」


 元気よく答えたナイル姉ちゃんは、果たして恋のキューピッドになれるのか否か。そんなの俺にわかるわけない。


 あ、違うか。それって、俺次第なのか。

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