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熱風が吹く 閑話集  作者: 広峰


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閑話4 侍女レーリン


 本編関連頁

 ・ 66 女神の罪人

 ・ 73 オステン領主の館の地下室で



 結局、兄のハアラは死亡した。流れ出た血が多すぎた。妹であるレーリンは、再び収容された牢の中で、独り彼を看取(みと)った。


 眼鏡のチビ……近衛兵士のギルベルトは、約束通りレーリンを殺さなかった。

 それどころか、ハアラの遺体の埋葬を許し、オステンの神殿から少し離れた墓地の一画を、わざわざ用意してくれた。


「女神信者の葬儀の作法は知りませんし、教会どころか女神に仕える巫女もいませんが、埋葬に必要な物は用意しましょう」と言うので、レーリンは「ならば……花を」と頼んだ。


 そうして、ハアラの髪を一房切り取り形見にすると、レーリンは亡骸(なきがら)を埋葬した真新しい墓に花を供えた。昔から伝わる、戦場で散った者への簡素な祈りを唱える。

 簡素な葬儀には、終始ギルベルトが無言で付き添った。それらの事が終わると、レーリンはとりあえず牢に戻された。


 暗い牢の中でひとしきり泣いた後、レーリンはもう(あるじ)イシュバの元には戻れないと思う。必ずと誓ったのに失敗したのだ。命令を遂行出来なかった彼女を主は許さないだろうし、会わせる顔も無い。女神もお許しにならないだろう。

 何より敵に慈悲を与えられ、不本意ながら見逃された。業腹(ごうはら)だが、恩に(あだ)を返すわけにはいかない。


 ギルベルトが「これからどうしたいか」と聞いてきたが、レーリンは黙して答えなかった。

 どうせ、自分一人生きながらえたところで、唯一の家族だった兄は居ない。恐らく、主のことは仲間がどうにかしただろう。

 そう思ったレーリンは、しばし先の事を考えるのをやめた。


 牢に居る間、彼女は温和(おとな)しくしていた。と言っても、レーリンの装身具はそのまま身に着けているのを目こぼしされたので、いつでも牢を抜け出せた。流石に武器は取られてしまったが、髪留めも首飾りもそのままだ。


 日に一度、ギルベルトが様子見に牢へ立ち寄り、彼女の要望をたずねる。その都度、無言で首を振った。




 ある日の夜中、レーリンは牢を抜け出し、厳重に見張りが付いている一画へ、足を運んでみた。

 暑い夏季の夜だが、深夜の静かな時間帯だ。いくつかの牢で、寝台に横たわる男が見覚えのある人物なのに驚いた。

 が、レーリンは暗がりから無言の観察者に徹して、何もしないつもりだった。


 以前見たときよりも更に()せたような気がする、趣味の悪い派手な衣裳を(まと)った愚かな若君、ミヒャエル。

 時折領主の館へ顔を出していた、欲深い街の商人。

 同郷の他家に仕える行商人、旅鴉(ヤートラ)の面々。

 そして同じ主人に仕えていた従者、ニイラ。


 ニイラは捕らわれていたのか。道理で戻らぬわけだ。

 彼の利き腕に包帯がぐるぐると巻いてあることや、遠目にも分かるやつれ具合で、だいぶ弱っているのは確実だった。

 レーリンは残念に思う。主人を守り戦う使命のあった彼女達にとって、弱い奴はすなわち役に立たない奴だ。ニイラのことはそれなりに認めていたが、今後彼が重用されることはあるまいと思う。


 そして、イシュバが次に会ったら少しお説教とお仕置きをしないとね、と言っていたことを思い出した。

 

 声をかけようと思ったのは、ほんの少し自分も弱っていたからだろう。


『ニイラ、眠っていますか?』


 寝台の掛け布が動き、ニイラの青い目が闇の中のレーリンを認めた。


『レーリン、か』

『はい』


 ニイラは溜息をついた。

 ここから出せ、と迫るかと思っていたのに、諦めたような全てを捨てた目をしていた。

 彼は弱っているのか、のそのそ寝台を降りてゆっくりレーリンの前までやって来た。


『ここを出ますか? 手伝えますよ』

『……いや、いい』


 聞いた答えに覇気(はき)が無くて、レーリンは何かあったのか、と思う。


『どうしてここに居るのですか?』

『恐ろしく腕の立つ兵隊にやられた』

『貴男がですか』


 ニイラが黙り込む。ややあって、彼はたずねた。


『レーリンは何故ここに?』

『主の命令でここへ。奥方気取りの妾、コンスタンツェを連れ出そうとしたのですが、失敗しました』


 正直に告げると、ニイラは皮肉気な笑みを浮かべた。


『奥方気取りか。……イシュバ・マドゥシャブ・ロンマリは、異教の神殿で異教徒と婚姻の儀式をした』

『は? 何を言って……』


 主の名を褒め称える言葉や敬称も無しに、呼び捨てた。


下賤(げせん)なあの女は、聖王などと(かた)っているこの国の初代国王を、創世の女神よりも上とした。これがどういう事か分かるかレーリン。至上の女神に対する不敬、冒涜(ぼうとく)。許されぬ裏切り行為だ。そんな女と、異教徒の神殿で婚姻を結んだ。そういう男は、女神の祝福を受けし貴き身では無い』


 静かに、しかし言い切るニイラは厳しい目をしていた。レーリンは無表情でうなずいた。


『なるほど。そういう見方も出来ますが、主は大巫女様の為に自分の婚姻を犠牲にしたのです。女王陛下の利になるならばと、異教徒達を取り込むために身を差し出しました。一時的にイシュバ様の立場は異教徒の夫かもしれません。が、女神の化身たる女王陛下の為に、自ら進んで異国で身を泥に沈めた忠義の臣でもあります。いわば主君への献身、美しき正しい行いではありませんか』

『だが、異教徒と目されるだろう』

『一時のそれが何だというのです。大巫女の女王陛下がならぬと仰せになりましたか。テティ陛下は忠義厚き()きことと祝福下さいました』

『なっ……知らんぞ、そんな話』


 目を見開くニイラへ、レーリンは言い聞かせた。


『ニイラは急ぎ過ぎです。愚かな異教徒どもが女神様の素晴らしさを正しく理解するには、長い時間が必要なのです』

『……何? 何の話だ』

『女王陛下の御意向の話です。まず最初に、高位貴族が女神様を信奉すれば布教が容易くなります。下の者は上の者に従うからです。ゆえに、手始めに高位貴族の娘と婚姻を結ぶのはより良い手段です。しかもあの女は、主に傾倒してすぐ女神様へ帰依すると言いました。あの女の家族も影響されて、女神信仰を素晴らしい教えだと言っていました。水が高きから低きへ流れるように、上の意向に従い下へ浸透していく定め。いずれオステンの地に女神信仰が根付くでしょう。そうしてこの国に女神の教えが広まることを、女王陛下はお望みです』

『……』

『とは言え、生まれ育った周囲の環境とは存外根深いもの。口では信じると言っていても、あの女の心が完全に女神様を崇拝するまで、もう少し時間が必要です。真に帰依したのかどうか、あの女の今生が終わってやっと分かることでしょう。寿命が尽きてまた来世に生まれたならば、コンスタンツェも女神の恩恵を受ける身として新たな人生を得るでしょうよ』


 ニイラは愕然(がくぜん)とした様子でレーリンを見ていた。


『き、聞いていないぞ、女王陛下のそのような話……』

『言わずとも少し考えれば分かるでしょう。主は女王陛下に忠誠を誓っていらっしゃるのですから、無意味なことをなさるはずがありません。女神の教えをこの地に伝える為の尊き行いです。……どうしたのです?』


 青ざめるニイラをレーリンは(いぶか)しんだ。


『俺は、イシュバ様が、女神に背く身になったと……異教徒に落ちたと……! 布教の一端などとは……』

『ニイラ?』

『おおお、女神よ。自分は罪を犯しました……! 主を信じませんでした……っ!』

『……まさか、主を、裏切ったのですか』

『女神よ、お許し下さいっ……俺は、おれは』


 顔を手で覆って嘆きだしたニイラへ、冷たい声で問いただした。


『愚かな。忠誠の誓いは神聖なものです。お前は主を裏切った。そうなんですね? 主が尊き行いのため、あえて身を沈めているというのに。何をやってしまったのです?』

『全部、奴らに(しゃべ)った……。公爵家のじじいとばばあを殺して、領政に口出ししたことも、小僧を(そそのか)したことも、家令を首にするよう言ったことも……』


 みるみるレーリンの眼が怒りに染まった。


『死んで女神に詫びて来るがいい』


 言いつつレーリンは首飾りを外した。

 (わず)かな動きで彼女は装飾品を武器に変え、放つ。長い鎖は先端にぶら下がった飾りを(おもり)とし、ニイラの首元へと飛んだ。


『がっ、は』


 鎖は金属格子とニイラを結びつけて、ギリギリと締め上げる。

 ニイラの指が、首に絡んだ鎖の間に隙間を作ろうと足掻く。


『レェ、リ……』

『最期に呼ぶなら、家族か主か女神様の名だろうに』


 鎖を引き、ぐいと手に力を入れる。冷たくこぼせば、ガシャンと金属格子にニイラの頭がぶつかる音がして、それきり静かになった。


 レーリンはニイラの生死の確認もせず、首飾りを手の一振りと手首を返しての二振りで回収すると、それに背を向けて自身の牢へ戻った。






 翌朝、眼鏡のチビの近衛兵士がやって来て、聞いた。


「あれは貴女ですね? 残念ながら、あの者は我々が欲しい情報を話してくれた後でしたよ」

「……」


 レーリンの行動は気付かれていたようだ。あるいは、鎌をかけた予想でしかないかも知れないが。

 素っ気なくうつむいたままの彼女に、ギルベルトは告げた。


「さて、何か要望はありますか? ここへ様子を見に来るのも、次で最後です。私は他へ移動になるので、同じことをお訊ねするのも次が最後ですね。次回、答えが無ければ、有るかどうか分からない恩赦を待って一生ここで過ごすか、余所へ捕虜として連行されて、そこで牢に繋がれるかの、どちらかです」


 レーリンはしばし考えて、やはり無言で首を少しだけ傾げた。

 はっきりした返答が無いので、ギルベルトは保留と受け取ったらしい。


「そうですか。ではまた」


 生真面目そうに彼は軽く会釈して、振り返りもせず去って行った。あっさりしたものだ。


 再び暗く静かになった石牢の中で、レーリンは思う。


 自分が今生きているのは、兄が命を賭して妹の助命を願ったからだ。その最期の願いを、生きろという想いを、レーリンは捨て去る決心がつかなかった。


 けれど、もはや主のもとへ顔を出せないし、自分がこの先どうすべきか分からない。

 兄も自分も、今まで主人を守り仕えることが全てであった。身につけた技は、敵と闘うことと侍女として主人に仕えること。あとは聖王国と帝国の言語。それぐらいだ。


 ただ、先のことが分からなくとも、ずっとこの牢の中でぼんやりしていたら、永遠にどうにもならないことだけは分かっていた。


 何か要望は、か。

 とにかく牢を出てたとして、それから……?


 今では頼る人も居ない故郷を、何となく、で目指すのもどうなのだろう。

 かと言ってやることも無い。兄に(なら)ってイシュバに仕えていたが、もはや意味のないことだ。


 段々と投げやりな気持ちになってきた。


 レーリンは横たわった寝台の上で考えるうち、いつの間にか寝入ったようだった。




 翌日やって来たギルベルトが、最後の日だというのにいつもと同じ態度と口調で、同じことを聞いた。


「何か要望はありますか?」

「……ここを出たいです」

「そんなことで良いのですか。貴女は勝手に牢を破って出られるでしょうに」

「それではだめ、です。狙われたり追われたりしないように、きちんと出たいです」


 レーリンの出した要望に、ギルベルトは少し考えて、条件を提示した。


「ふむ、出る為の理由が()りますね。我々王軍の協力者になって王都まで同行するか、捕虜として王都まで連行されるかの、どちらか好きな方を選んで下さい」

「私に、裏切り者か敗者になれと、いうのですか」

「残念ながら、それが私に出来る限度です」


 出る理由が必要なのは分かるが、それにしても極端な二択だ。

 冷たく告げた彼の顔を睨み、しばし悩むとレーリンは女王国訛りの残る言葉で答えた。


「では、貴方に協力しマす」

「良いでしょう。必要な手続きをしてきますので、少し待っていて下さい」


 まるで、そうなると分かっていたかのような冷静さで、ギルベルトは了承した。




 レーリンはオステン領主の屋敷の牢屋から出て、しばらくの間ギルベルトと一緒に行動することになった。

 協力者という名目だが、その心は違う。未だ女神を信じ、その教義を崇高なものと考える。

 だが、それ故に、恩義に報いるまでギルベルトに付いていくことにした。

 それだけのこと。


 王都へ向かう兵馬の群れの中で、男のような平民の服を着て馬に跨がり、レーリンはギルベルトのすぐ横に並ぶ。

 しかし、典型的な女王国の女性らしい色白さと彫りの深い顔立ちは如何(いかん)ともし難く、浮いていた。

 何をするにも目立つので、監視の目が途切れない。ギルベルトの横が一番自由とは、皮肉なことだ。

 王軍は捕虜として、行商人“旅鴉”の長とその配下も運んでいた。




 ……レーリンは、イシュバがニイラの居た一室よりも奥、同じ牢内の特別監視が厳重な場所に囚われていたと知らないまま、オステンを後にした。


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