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第九話 王女の隠し事




マリリアはオルタナ王国で生まれ育った。オルタナ王国はラズベリアの北にある。つまり東にドルギア帝国、南にラズベリア共和国、西にマルセルト公国、北はダルビア連邦と隣り合っていて四方を囲まれている国だ。大昔はオルタニアという一つの大きな国だった。なので東の大陸はオルタニア大陸と呼ばれている。それが各国が次々と独立していき今の形になり、オルタナ王国は四方を囲まれた小さな国になってしまった。オルタナ王国は聖都ととも呼ばれ、『神々に近い国』と言われている。昔の神殿や宮殿が今もなお残り、神秘的で幻想的な街並みなのである。聖ボルト教会の大聖堂などもあり、教会の巡礼者なども多く尋ねる国だった。

挿絵(By みてみん)

マリリアはそのオルタナ王国の首都ニーブルデンの王室宮殿で、ファン国王陛下とユリア妃の一人娘として生まれた。本名をリリア・ファン・ブローテンホルム・オルタナと言い、オルタナの第一王位継承者だった。ファン国王は国民からの信頼も厚く、とても温厚で国民思いの国王だった。国は決して裕福ではなかったが、内乱や争いはなく平和だった。マリリアには世話係の女性が数人いた。それとは別に近衛師団が護衛についていた。特に近衛師団長のジェイガンという老兵と世話係のマライという初老の女性が躾に厳しかった。

「リリア王女。何ですかその格好は?端ないですよ」

マライの口癖だ。

「リリア王女。王女たるもの、常に毅然としていなければなりません。凛とした美しさが国民の心を引き寄せるのです」

こちらはジェイガンの口癖だ。二人に徹底的に王女としての立ち振る舞いや言葉遣いを幼少期から仕込まれた。二人は厳しかったが、自分の事を思っての事だとわかっていた。実は優しい一面もあったからだ。だがそれでも疲れて嫌になる時もあった。そんな時、慰めてくれる護衛の女性がいた。とても綺麗で優しそうな細身の女性だった。髪は茶色で長く後ろで縛っていていつも聖ボルト教会の法衣を着ていた。

「リリア様。この世は辛く厳しい事ばかりであります。楽な事など一つもありません。でもだからこそ、皆で助け合う事が大事なのですよ」

と優しく微笑んで頭を撫でてくれた。そんなその女性がマリリアは大好きだった。

だがマリリアが五歳の時に、その女性は突然いなくなってしまった。何でも大変な旅に参加するとかで、聖ボルト教会を代表して参加したそうだ。なんでお別れを言ってくれなかったのか不思議だった。とても悲しかった。そしてそれから五年の月日が経ち、マリリアが十歳になった誕生日の日にその女性が帰ってきた。

「‥エザリア?‥‥お帰りなさい、エザリア!」

マリリアは宮殿の謁見の間で、国王に凱旋の報告に来たエザリアに抱きついたのだった。



「エザリア?エザリア・ベルテスか?」

ヒルダが驚いて立ち上がる。

「‥はい。お二人ともお知り合いですよね‥‥?初めてアストリアとヒルダに会った時、西の大陸の勇者だと聞いて驚きました。まさか、エザリアと一緒に旅をした人達に会えるとは‥」

マリリアが答えるとヒルダが

「そうじゃ。エザリアは妾達と西の大陸で一緒に旅をして魔王を倒した仲間じゃ。確かに、ナントカ教会から派兵されてきた、とか何とか言っておった‥」

と興奮気味に言いながら僕を見る。だが僕は申し訳ない事に記憶がない。途端にヒルダがガッカリした表情をする。ヒルダの話しでは、エザリアは聖ボルト教会直伝の光の魔法を使って僕達の旅を助けてくれたそうだ。とても優しくて穏やかで大人しいが芯が強い人だったらしい。ライネルとヒルダが喧嘩してもエザリアが話すと場が和み落ち着いたという。ヒルダも彼女に絶大な信頼があったようだ。

そしてマリリアは続きを話し始める。



エザリアが戻ってくると色々な話を聞いた。当然、アストリアの事やヒルダの事。旅で起きた大事件や珍事件などなど。毎日、いろんな話しをしてくれた。そしてマリリアに小さな木の棒をくれた。旅のお土産だという。

「それはタクトと言って魔力を高め制御する時に使います。我々や魔法使いが使う杖と同じです。小さいから使い易いですよ」

エザリアは自分の大きくて長い杖を見ながら言う。そしてマリリアに魔法をいくつか教えてくれた。マリリアも一生懸命練習したが、中々上手くいかず難しいと思った。いつもは優しいエザリアも魔法の練習の時は厳しかった。それでも毎日練習を重ねて、何とか扱えるようになってきた。日々、王女としての忙しい公務も務め、ジェイガンやマライに礼儀などのダメ出しをされ、魔法の練習をしても上手くいかない‥。そんな時はエザリアと森へ繰り出した。エザリアの駆る白馬の後ろに乗りながら、穏やかな森の中や湖の側を疾走する。マリリアにはかけがえない息抜きの一つだった。そしてエザリアと話しをするのも楽しみの一つだった。

「‥エザリア‥。私はこの先、王女としてちゃんとやっていけるかな‥‥?」

マリリアは不安だった。自分がそんな大そうな人間だと思っていない。ごく普通の人間だ。周りにいてお世話をしてくれる侍女達と何も変わらない。至って普通のただの女性だ。それなのに生まれた家が違うだけで王女となった。生まれた家が違えば私が侍女だったかもしれない。そんな自分がこの先、王女としてちゃんとしていけるのか?いつの日か、国王と妃が王位を譲れば自分が女王となる。国を束ねる一国の主人となるのだ。そうなれば国民の生活が全て自分にかかってくる。不安しかなかったのだ。

「‥リリア様。何も『立派な王女』になる必要はありませんよ。貴方は貴方が思う王女になれば良いのです。私はこの国が大好きです。だからこの国を守る為、リリア様をお守りするのが我が喜びでもあります。リリア様はこの国がお好きですか?」

エザリアは優しい声でマリリアに問いかける。

「‥‥うん!みんな大好き!お父様やお母様やジェイガンやマライも、もちろん他のみんなも!街やこの森や湖も!あ、もちろんエザリアもね!」

マリリアが元気よく答えるとエザリアは

「ありがとうございます。そう言って頂けると私も嬉しいです。‥リリア様。もしお一人で困った時は、その気持ちを思い出してください。この国や人々を愛した気持ちを‥」

そう言うとエザリアは微笑んだ。

挿絵(By みてみん)

そしてエザリアが魔王討伐から凱旋して一年が経とうとしていた時に事件は起こった。

ある夜、突如として宮殿が騒がしくなった。マリリアは自室で就寝していた所をマライに起こされた。

「リリア様!起きてください!早くこちらへ!」

訳がわからず部屋から出ると、宮殿内は騒がしく衛兵達が何やら走り回っている。

「どこだっ?」

「もっと増援を呼べ!」

「なんとしても、くい止めろ!」

ガシャガシャと鎧のぶつかる音があちらこちらで聞こえる。マライとマリリアは急いで王室へ向かう。王室にはすでにファン国王とユリア妃が待っていた。エザリア達や近衛師団も集結している。

「リリア!無事か?」

「リリア!」

ファン国王とユリア妃がそれぞれマリリアに声をかける。するとファン国王が

「リリア、よく聞け。お前はジェイガンと宮殿を出るんだ」

と言い出す。え?何でだろう?そんな急に?そんなに緊急事態なのだろうか?

「もしもの為だ。我が国は武力などないに等しい。この宮殿にも僅かな兵士しかいない。賊に侵入された今、我々の身に何かあれば国の存続に関わる。もし私達に何かあったとしても、お前がいれば国は存続する。だからジェイガンと数名の部下を連れて一時的に宮殿を出るんだ。安全になるのを見計らって戻ってくれば良い」

国王はマリリアの両肩を両手で掴んで言う。その手には力が籠っている。

「私達は大丈夫よ。もし何かあってもエザリア達や近衛師団がいるから大丈夫。それにマライもいるし」

ユリア妃が笑顔で言うと、マライがお辞儀をしエザリアは軽く頷く。

「すぐに戻って来れるから‥」

ユリア妃はそっとマリリアを抱きしめた。

「‥お母様‥‥お父様‥‥」

マリリアは必死に頭を整理しようとする。

「‥すまない、リリア‥」

国王もマリリアを抱きしめる。何でだろう?お父様とお母様が遠くに行ってしまうような気がした‥。国王はマリリアに古びた青銅の鍵のような物を手渡す。龍の形をした何かの鍵だ。

「これは大事なものだ。大切に持っておきなさい。もしもの時はこの国を頼んだぞ‥」

国王は力強く頷く。そしてジェイガンに

「よいな?もしもの時は手筈通りに頼むぞ‥」

と伝えた。ジェイガンは力強く頷く。

「‥‥‥お父様‥‥お母様‥‥私‥‥私‥」

嫌だ。行きたくない。と言いたかった。だがエザリアがマリリアの側にそっと近寄り

「‥‥リリア様。賊がすぐそこまで来ております。どうかお早く‥‥」

と震える声で伝えた。そこでようやく事態の深刻さを理解した。あのエザリアでも怖いのだ。もう宮殿の深いところまで賊が侵入してきている。こんな事態はオルタナ建国以来の一大事なのだ。

「でも大丈夫!私が陛下とお妃様を命を懸けてお守りいたします!さぁ急がれますよう」

エザリアが自らを奮い立たせるように力強く言うと、マライが

「‥リリア様。明日はお食事のマナーのお稽古がございますゆえ、お忘れなきよう‥」

と微笑む。他の侍女や兵士達も笑顔で明るく振る舞う。マリリアは涙が溢れる。‥嘘だ。みんなが優しい嘘を私につこうとしていた。皆は死を覚悟していたのだ。死を覚悟し、私だけでも逃がそうとしてくれていたのだ。

「‥‥はい。‥‥皆様‥‥どうか‥‥どうかご無事で‥‥」

辛うじてそれだけが声に出せた。ジェイガンと三名の部下は急いでマリリアを連れて、宮殿に兼ねてからある緊急時の避難通路へ向かった。部屋の奥に行くと暖炉があり、その暖炉の中の壁を押すと隠し扉になっていた。その扉を潜ると細い螺旋階段があり、それをひたすら降りると狭くて暗い通路に出た。もう何十年も使われていないのだろう。埃っぽい古びた通路をジェイガンの持つ灯りのみで早足で進む。どれくらい歩いただろうか?かなり長い事歩くと行き止まりについた。そこにハシゴがかけてあり、マリリア達はハシゴを登る。登りきった先は石で出来た狭くて暗い部屋のような空間だった。その部屋の天井をずらすと夜空が見え、外に出れた。そこは墓地だったのだ。宮殿から少し離れた所にある、宮殿の従事者などを弔う墓地であった。その一つが避難通路の出入り口になっていたのだ。外はとても静かな夜だった。宮殿で賊が侵入している騒ぎになっているとは思えなかった。悪い夢かなんかであってほしかった。ジェイガンが足早に墓地から森へと入っていく。マリリアも後に続く。深い森を進みしばらく経つと少し開けた場所に出た。ジェイガンはようやく足を止める。そして

神楽かぐら!おるか?」

森に向かって小さく叫ぶ。すると木の上から人が飛び降りてきた。地面に着地するとしゃがんだ体制のまま

「‥ここに」

と顔も上げずに言う。するとジェイガンがマリリアに簡単に紹介してくれる。

「この者はエザリアの知り合いの者で、遠い東の雅の国から来たそうです。『忍び』という密偵部隊にいたそうで、その技術は相当なものだとか。エザリアの計らいで、ここオルタナの為に情報収集などをしてくれているのです」

とジェイガンが言うとその者はしゃがんだまま

「神楽と申します。以後お見知り置きを‥‥」

と言って顔を上げる。黒い髪を後ろで束ねている少し幼い顔の美女だった。歳はマリリアより少し上だろうか。二十代前後だろう。

「今は宮殿の状況を探ってもらっていた所です。して宮殿の状況は?どうなっておる?」

ジェイガンが聞く。少し間があり神楽が答える。

「‥‥‥申し上げにくいのですが‥‥ファン国王陛下並びにユリア妃殿下は賊の手により逝去されました‥」

マリリアとジェイガンは言葉を失った。‥お父様とお母様が‥。‥亡くなった‥?‥さっきまでお話ししていたのに‥?‥‥そんな‥。‥何かの間違いであってほしい‥。

「‥‥他の者達は‥」

辛うじてジェイガンが口を開く。

「エザリア様は手傷を負いながら最後まで戦いましたが、賊によってどこかへ拉致された模様。あとの者は全員その場で‥‥」

その場にいた全員が無言になる。覚悟こそしてはいたが、あまりに衝撃的な事実。空気は石の様に重い。マリリアは溢れ出す涙を堪えきれなかった。国王とユリア妃の笑顔が浮かんでは消える。そしてエザリアやマライや他の侍女や兵士達の顔が、次々と頭に流れては消えた。険しい表情のジェイガンが重い口を開く。

「‥これは非常事態だ。こうなった以上、最初の手筈通りリリア王女をなんとしてもお守りして、オルタナ再興の足掛かりになって頂かないと‥」

ジェイガンが考え込む。すると神楽が

「可笑しな事に、賊はその場の全員を討ち取るとエザリア様だけを拉致して撤退したようです。賊の目的が今一つわかりません。どこの手の者かもわからず終いです」

と言った。ジェイガンも

「‥確かに。あれだけ大掛かりに宮殿に乗り込んできて、国王陛下の暗殺が目的ならば、どこかの国が必ず絡んでいるはず。すぐにでも我が領土に攻め込んでくるはずだが、その形跡もない‥‥。少し不可解ではあるな‥」

と唸る。神楽は続けて

「‥あと何かを探しているそぶりをしていましたが、何かはわかりませんでした。賊の中にかなりの手練れがおり、近づいて探るのが困難でしたゆえ‥」

と報告した。ジェイガンは神楽に

「‥賊の目的が暗殺ではなく、何かの強奪の可能性があるという事か?そしてそれに失敗し撤退した‥‥?」

と聞く。

「御意‥」

神楽が短く答える。ジェイガンはしばらく考えていたが、ふと三人いる部下の内の一人を呼び、

「‥お主以前、親戚がラズベリアにいると言っておったな?」

と聞くと、その部下が

「はい。ラズベリア中央部のミラトと言う村にいます」

と答えた。するとジェイガンが

「‥‥今すぐお主はリリア王女を連れてミラトに行き、その親戚にリリア王女を預かってもらえ」

と指示を出した。驚く部下を尻目にジェイガンは泣き崩れているマリリアの側に行く。

「‥王女。お気持ちはわかります。でも今は非常事態。しっかりなされよ。でなければオルタナは滅亡の危機に陥りかねません。今すぐ、我が部下を連れてラズベリアに向かわれよ。ラズベリアの中央部にミラトと言う村があり、そこに部下の親族がおります。とりあえず、そこでご厄介にならせてもらいましょう。そこならば、しばらくは安全のはずです」

ジェイガンは静かに力強くマリリアに伝える。マリリアはしばらく泣き続けた。だが頭の中で、エザリアとかつて話した事を思い出した。一人になった時、この国や人々が大好きだった事を思い出す‥‥。マリリアは涙を拭くとグシャグシャの顔のまま

「‥‥わかりました。貴方はどうするんですか?」

とジェイガンに尋ねる。ジェイガンは

「ワシは宮殿に戻ろうと思います。賊は撤退したようですし、陛下のご遺体の埋葬もしなくてはいけません。一度、宮殿に戻り体制を整えたいと思います。そしてリリア王女がご存命で、身の安全の為その身を隠してるという事を国民に伝えれば、とりあえずの政権維持は可能です。その間に防衛の為の軍を至急整えます。軍が各所に配備され、安全が確立され次第ミラトへお迎えに上がります。それまでどうかしばしご辛抱を‥」

と言った。マリリアは

「‥賊の目的は私なの‥?」

と聞く。

「まだわかりません。何かの強奪の可能性もありますが、宮殿にはなかった様子‥。それも並行して調査いたします」

とジェイガンが答えると

「‥わかりました。‥ジェイガン、ご苦労をかけます。でも決して無理はしないように‥。貴方が頼りです‥」

とマリリアは伝え、部下の一人とミラトへ向けて歩きだす。その後ろ姿にジェイガンが

「何かあれば、この神楽に伝令に向かわせます。ご自身の身の上に関してはどうかご内密に‥」

と言い頭を下げた。マリリアは歩きながら振り向き頷いて見せる。ジェイガンはマリリアが見えなくなるまで見届けると、踵を返し部下二名と神楽を従え宮殿に向かった。

挿絵(By みてみん)


マリリアはジェイガンの部下の男とひたすら歩いて南下した。男の名はマルクといった。お金はジェイガンからマルクが預かっていたようで、馬車に乗せてもらえる所は乗せてもらいながら進んだ。後で聞いたのだが、神楽もひっそりと後をつけてくれていたので、何事もなく進む事が出来たようだ。そして数日かけて、ようやくミラトへ着いた。

「ここが親族の家です」

案内された家は小さいがしっかりした煉瓦造りの家だった。

「この二人がエスト夫妻ですよ」

紹介されたのは優しそうな中年の夫婦だった。

「いやいや。遠い所からどうも。大変だったでしょう?」

「さあさあ、入って。ゆっくりしてね」

夫婦はそれぞれ声をかけてくれる。マルクはエスト夫妻に今回の件の説明をする。二人は深刻な顔で聞くと

「私達は構わないが‥。とてもじゃないが王女様が住めるような環境ではないんじゃ‥」

旦那のダニエル・エストがチラリとマリリアを見て言う。マリリアはそれを見て

「お願いします!どんな事でも我慢します。なんでも言う事聞きます。普通の娘のように扱ってください。お願いします!」

ひたすら頭を下げた。それを見て奥さんのエレン・エストがマリリアの肩にそっと手を置き

「‥顔を上げて。‥私達はなんて呼べばいいかしら?」

と優しくマリリアに聞いた。マリリアは頭を上げ

「‥‥ありがとう。‥そうね‥。‥‥マリリアは?マリリア・エスト」

と答えた。

「‥うん。いいんじゃないか?なぁ?」

「マリリア‥。いい名前じゃない。よろしくね、マリリア」

夫婦は嬉しそうに言ってくれた。マリリアも笑顔で

「今日からよろしくお願いします!お父さん、お母さん!」

と二人に言った。マルクは三人に

「ジェイガン様から言われた通り、くれぐれも王女だという事は周りに悟られないで下さい。賊の目的と誰が敵で味方かわかるまでは、王女は孤児で二人に引き取られてきたと言う事でよろしいですね?」

と確認をしてオルタナに戻って行った。護衛の為に残った方が良かったが、夫婦と娘の三人暮らしに、若い男性が一緒にいるのは不自然で目立つとの事で戻って行った。そしてラファエルやラファエルの両親とも出会い、ミラトに来て数ヶ月が経った時、家の裏手に神楽が現れた。

「‥マリリア。こちらへ‥」

神楽はマリリアにそれだけ伝えると、紙を手渡し森に消えた。マリリアがそれを読むと『シュミルの森 日向橋』と書いてあった。マリリアはすぐにその紙を破り捨て、お母さんに出かけると伝え家を出た。急いでシュミルの森を進み『日向橋』を目指す。日向橋はこの辺の住民がそう呼んでいる、小川に掛かる小さな橋だ。確かにあの周辺は人気がない。日向橋に着くと、神楽は橋の下に来るように手招きをする。マリリアは河原へ降り小さい橋の下に行った。橋の下に入ると神楽が

「リリア王女。ご無礼をお許し下さい。こうでもしないと聞かれてはまずい事なので‥」

と切り出す。何かあったのか?

「あの後、ジェイガン様は宮殿に戻り、陛下と妃殿下と部下達のご遺体を埋葬され、手筈通り軍を整える予定でしたが、摂政のゴルドー・エルデン伯爵様に国王陛下暗殺の責を咎められ幽閉されてしまいました」

え?ジェイガンが幽閉された?それでは当初の計画は‥?

「今、オルタナは摂取であるゴルドー伯爵が取り仕切られており、ご自分に都合の良い人間ばかりを高位に配属させております。後継者にもご自分の長男を推しているそうで、今やオルタナはゴルドー伯爵一色に染まりつつあります」

エルデン家は代々オルタナに使える一族でオルタナの政治に古くから深く関わってきた。ゴルドーもオルタナの摂政として今まで支えてきてくれたのだが、ここにきて一体どうしたのだろう?

「ジェイガン様は今回の一件、ゴルドー伯爵が絡んでいるのではないかと‥」

‥‥あのゴルドーが?一体なぜ?

「あの日、賊があんなに素早く宮殿の奥まで侵入できたのも、陛下や周りの少ない護衛だけしか殺害されていないのも、内通者がいて手引きしたからではないかと‥」

確かにあの騒動の夜、ゴルドーの姿は見かけなかった‥。まさかゴルドーが?でも何の為に?

「これは私の推察ですが、ゴルドー伯爵は賊を手引きする事で、国王陛下の暗殺を目論みその後のオルタナを手入れるおつもりでは?そして賊の目的は何かの強奪の為であり、目的の物は宮殿にはなかった‥。なぜなら‥‥」

神楽はマリリアが首から下げている小袋を見る。そうこれは最後に国王から預かったあの『鍵』だ。賊の目的はこの鍵?この古びた鍵を強奪しに宮殿に押し入り、お父様やお母様やマライ達を殺した‥。そしてそれを手引きしたのがゴルドー伯爵‥。この鍵は何の鍵なんだろうか?一国の宮殿に押し入って強奪してまで欲しい物なのか?まだわからない事だらけだ‥。それに賊に連れて行かれたというエザリア‥。どうしてエザリアだけ連れて行かれたのか?どこへ連れて行かれたのか?すると神楽が

「‥以前、エザリア様よりお聞きした事があります。オルタナ‥いや遠いオルタニア時代に巨大な魔装兵器があり、それが今もどこかに眠っていると‥。そしてその巨大魔装兵器を起動させる『鍵』があると‥」

マリリアは龍の形をした鍵をまじまじと見つめる。マリリアもその話しはマライから聞いた事があった。巨大魔装兵器は『グングニル』と呼ばれ、その恐ろしい破壊力で世界を恐怖に陥れたとされる。だが遠い昔の伝説のようなものだと思っていた。‥まさか、この鍵が‥?グングニルを起動させる鍵?賊はグングニルを手に入れたいが為に、鍵を強奪しようと宮殿に押し入ったのか?話しが少しづつわかってきたが、エザリアの件がまだ謎だ‥。

「‥エザリアは?見つかったの?」

マリリアが聞くと神楽は首を横に振る。

「‥申し訳ございません。懸命に捜索していますが、まだ‥‥。連れて行かれた目的も場所も、皆目見当つきません‥」

神楽は頭を下げる。マリリアは慌てて

「‥良いのです。神楽は一生懸命やってくれています‥」

と言った。だがこれからどうしよう?このままミラトで待っていてもジェイガンが幽閉された今、意味がないのではないか?でもオルタナに戻ったとしても、今の話しで私に味方する者がどれだけいるのか?ゴルドー伯爵は都合の良い事を言って、私をジェイガンのように幽閉するのではないか?下手をすればお父様達のように殺されてしまうかもしれない。一体、どうすれば‥。すると神楽が

「‥リリア様。今しばらくお待ちください。今、ジェイガン様の幽閉が解かれるように尽力しております。それが解かれましたら、予定よりだいぶ遅れますが当初の手筈通りに‥。もしその前に何かございましたら、ここより東の国の宝来大国を目指してくださいませ。宝来の王、龍禅様ならきっとお力になってくれます」

と言った。宝来大国‥。ラズベリアの東に位置しドルギアの南にあるドルギアと並ぶ大国だ。神楽は雅の国から来たと言っていた。雅の国は宝来大国のさらに東にある小さな島国だ。

「‥わかりました。今しばらく静かに見守ります‥。もし何かあれば私は何とか宝来に行くようにします‥。敵の目的がこの鍵かもしれない‥。それがわかっただけでも収穫です。私は何が何でもこの鍵を守ります!そして必ずオルタナを再興して見せます!」

マリリアが力強く言うと、神楽は表情を変えずに頷く。神楽との付き合いは短いが、表情が変わった所を見た事がない。いつも同じ表情だ。きっと顔に出さない訓練をしてきたのだろう。東の国の『忍び』と言う部隊はそういう特殊な訓練も受けるらしい。神楽はまたオルタナに戻って行った。そしてそれからまた数ヶ月経った時、バルデスがマリリアの家を訪ねてきたのだった。マリリアは両親から黒い服の痩せた男が訪ねて来たと知らされた。なんとなくだが、嫌な予感がした。そしてその数日後に、両親からラファエルの家に行くように言われた。



「‥後は皆さんの知っての通りです‥。バルデスに命を狙われた私は、宝来を目指す事にして皆さんと行動を共にしていました‥」

マリリアはそう言ってみんなを見る。

「‥それと後もう一つ‥。皆さんに言ってない事が‥」

マリリアが申し訳なさそうな顔をしながら言う。

「‥ミルコはジェイガンが雇った情報屋なんです‥。私もついこの前、知りました‥」

えぇ?僕らは驚いてミルコを見る。そうか、この前に意味深な言い方をしていたのはこの事か‥。するとミルコが立ち上がり

「‥ごめんね。みんなには言わなかったんだけど、ジェイガンって人の部下から依頼を受けて、マリリアが変な一行と行動してるから見張って欲しいって言われたんだ。情報屋の掟でさ、依頼内容は極力他言出来ないんだよね。マリリアにはベリアードからここへ来る途中で伝えたんだ。マリリアも王女だとみんなに伝えていないようだったし、俺も自分の事を打ち明けるのを迷ったんだけど、マリリアが打ち明けてから、俺もその後でって思ってたんだ。あぁ、もちろん先方には、アストリア達は大丈夫だと伝えてあるからね」

ミルコが頭を下げる。するとマリリアが再び口を開く。

「‥皆さんには、何度も何度も話そうと思いました‥。皆さんならきっと力になってくれる‥。でも皆さんにもそれぞれ目的がある。私の事に皆さんを巻き込んでしまうんではないか?‥と。‥なので言えませんでした‥。何とか宝来大国まで行く目処が立てば、私は皆さんとお別れしようと思っていました‥。‥でもバルデスの件と今回の件で、皆さんに大変なご迷惑をかけてしまいました‥。もうこれ以上皆さんに迷惑はかけれません‥。私は一人で宝来に向かいます‥。本当に‥本当に‥今までありがとうございました‥」

マリリアが頭を下げた。テーブルに涙が落ちて濡れていく。しばらく沈黙の後

「‥お主は馬鹿じゃ‥」

ヒルダが立ち上がりながら言う。

「まだ一人で戦うのか?こんなに心強い仲間がおるのに、一人でまだ抱え込むのか?何が迷惑じゃ?お主の命を救う事を迷惑だなんて思う輩はここにはおらん!前も言ったが、お主に災いが降りかかれば妾が焼き尽くす!お主は一人ではない!」

ヒルダが言い終わるとシーマも口を開く。

「私も確かにノエルを追うのが使命だが、今すぐにやり遂げられる事ではない。ノエルを追いながらでも、色々旅することは出来る。今回、ビッツアーリの屋敷に乗り込んだ時、やはり仲間は良いものだと思った‥。意外と宝来でノエルの情報が得られるかもしれんし、宝来に行くのも悪くない‥」

そしてラファエルも口を開く。

「‥マリリア。大変だったね。まだ十三歳で二回も両親を失うなんて‥。でももう一人で戦わなくて大丈夫だよ。ここにいるみんなは一緒に戦ってくれる。僕もヴリトラも一緒に戦う。みんなで宝来の王に会いに行こう。そしてオルタナへ帰るんだ。僕もマリリアが好きなオルタナを見てみたいんだ」

優しい口調で言うとマリリアは顔を上げる。涙が止まらず顔はグシャグシャだ。僕は

「‥さぁ、涙を拭いて‥。僕らはみんな同じ気持ちだよ。マリリアが困っているなら、喜んで助ける。迷惑の訳がない。マリリアは困っているんだよね?助けがいるんだよね?」

笑顔でマリリアに問いかけた。マリリアは涙でグシャグシャの顔で

「‥‥‥うぅ‥‥私は‥‥‥オルタナを再建‥‥したい‥助けて‥ください‥‥うっうぅ‥‥おね‥がいします‥‥うぅ‥‥私を‥‥オルタナを‥‥うぅ‥‥助けて‥‥」

と言った。それを聞いた僕は力強く言う。

「もちろんだ!マリリア!みんなで手伝うよ!」

その瞬間、ヒルダとシーマがマリリアを抱きしめる。

「あったり前じゃ!よく頑張ったのう!もう安心するんじゃ!」

「偉いぞマリリア。よく言えた。でも、これからはもっと皆を頼れ」

ラファエルとミルコも

「よかったね!マリリア!みんなで宝来へ行こう!」

「よっしゃ!そうと決まれば、宝来へ行く手順を調べてくるよ!」

と歓喜の声を上げる。マリリアはヒルダとシーマに抱き抱えられ泣き崩れている。これで次の目的地が決まった。隣の大国、宝来に行き宝来の国王龍禅に謁見する事だ。僕は先ほど聞いたマリリアの話しを思い出してみる。オルタナ王国には、巨大魔装兵器グングニルを起動させる鍵が保管されてあって、それを狙い何者かがオルタナ国王達を殺害‥‥。そしてその鍵は今、マリリアが持っている‥。するとヒルダが僕のそばへ来る。マリリアは少し落ち着き、シーマに抱きついているようだ。

「‥ヒルダ、さっきの話‥‥マリリアが持つ鍵って‥」

ヒルダは千年前から来た。何か知っているかもしれない。

「‥あぁ。グングニルを起動させる鍵‥。『青龍の鍵』じゃ‥」

ヒルダがマリリアを見ながら言う。青龍の鍵‥。

「それって‥?ひょっとして‥?」

「うむ‥。青龍の鍵も魔装具の一つじゃ。もしかして月黄泉の探し物は青龍の鍵かもしれんのう‥」

何という事だ‥。確かに月黄泉なら、圧倒的な破壊力のある巨大魔装兵器を欲しがりそうだ。

「‥でも青龍の鍵はマリリアが持っていた‥。少なくともこの二年はぐらいは‥。月黄泉は魔装具を大まかだけど探知出来る事ができるはず‥。なぜすぐミラトに部下を差し向けなかったんだろう?バルデスはその任を負ってたようには感じなかったけど‥」

と僕が言うとヒルダは

「‥おそらくバルデスは別件の任務だろう‥。『リリア王女捜索』の任務か何かではないかの‥。月黄泉がなぜ、ミラトの青龍の鍵を見つけられんかったのか、はわからぬ‥。月黄泉がどういう方法で、魔装具の場所を探知しているかを調べなければならん‥。そこに秘密がある気がするのじゃ‥」

なるほど‥。どうやらその探知する方法とやらは、かなり曖昧で気まぐれな物なんだな‥。それならしばらくは、月黄泉に青龍の鍵がマリリアの手にある事を気づかれないかもしれない。どうにか宝来で龍禅王に謁見するまでは、気づかれたくないものだ。月黄泉の狙いが青龍の鍵だとすると、オルタナの賊は月黄泉の手の者のはず。月黄泉はおそらく逃走したリリア王女、つまりマリリアが青龍の鍵を持っているとわかっている。だから魔装具探しとバルデスを使っての『リリア王女の捜索』を同時に行なっていた。だがバルデスがラズベリアに捕えられ、慌てて口を封じた。少しづつだが色々と見えてきた。とにかく、今はマリリアを月黄泉から守り、無事に青龍の鍵と共に宝来まで送り届け、宝来の王である劉禅に謁見し身の安全を確保してもらわねばならない。すると奥の部屋に引っ込んでいたミルコが戻ってきた。

「宝来への行き方がわかったよ!ここベルグンガルドから船でランドルガンへ行って、ランドルガンから宝来へ上陸出来るって!」

ランドルガン?街の名前かな?僕の表情を見てラファエルが説明してくれる。

「ランドルガンは海上移動都市です。魔道の力で動く海の上の街ですよ。」

海上移動都市‥。凄い‥。そんな物があるのか‥。まぁ巨大魔装兵器があるぐらいだ。海の上を移動する街があってもおかしくないのか‥。とにかくそのランドルガンまでは船で行かないといけないらしい。というか船で宝来に渡れないのかな?もしくは陸路とか?

「宝来は敵国の船での上陸を恐れて、魔導の力で自国周辺の海域に大きな渦を何個も発生させているんだ。だから船では近づけないんだ。ランドルガンは厳しい入船審査があるからランドルガンだけが宝来に接岸出来るという訳」

ミルコが説明してくれる。

「んで、陸路だと一度ドルギア帝国に入ってからじゃないと宝来に行けないんだ。ラズベリアと宝来は隣に位置してるけど、陸路では直接は繋がっていないんだよ」

なるほど。そうだったのか。ドルギアは月黄泉がいるし、今はなるべく近寄りたくはないな‥。ノエルを追ってるシーマには悪いが‥。シーマはそんな事情もわかっているようだ。

「私の事は良い。今はマリリアを宝来に送り届けよう」

と言ってくれた。ミルコの調べではランドルガン行きの船は明日出るらしい。今日は準備を整えて、明日ランドルガン行きの船に乗ろう。僕らは決意を新たに明日に備えた。




 

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