第八話 ギルドの情報屋
僕らは歩いてラズベリア南東にある港町ベルグンガルドに向かった。ゾムル大平原をひたすら進み、夜になると野営しながら進んだ。小さめのテントを張り、女性三人はそこで寝るようにした。鍋などの調理道具もあり、意外と快適な旅路だ。それらの道具はミルコが乗っていた小さいロバに運んでもらった。名前はクロと言うらしい。こうしてベリアードを出発して三日目にようやく海に出た。そしてその海岸沿いの遠くに大きな街が見えてきた。その街の近くの海には大小の船が沢山浮かんでいる。あれがベルグンガルドの街か‥。ベルグンガルドはラズベリアの南東にある港街だ。海に面していて温暖でとても賑やかな港街だという。漁業や輸出入が盛んで大きな港もあるので、沢山の船が行き交うそうだ。ドルギアや宝来の国境も近い為、多国籍の人々が混在している。国交も盛んなので商売人も多い。まさにラズベリアの海の玄関口の一つだ。僕らは大きな門をくぐり、街の中へ入った。カマリアやバルダナに比べるとかなり大きな街だが、先に首都ベリアードを見てしまった為、どうしても見劣りしてしまう。
「ベルグンガルドと言えば、やっぱ海鮮だよねぇ‥」
ミルコがお腹が空く事を言う。
「懐かしいのぅ‥。海は久しぶりじゃ」
そうかヒルダは昔、港町に居たんだよな‥。
「人も多いですねぇ。ベリアードほどじゃ無いですけど‥。あ、あの人達、ドルギアの軍服着ていますよ」
ラファエルが遠くにいる軍人を指差す。ふとマリリアを見ると、いつの間にかスカーフで髪と顔を覆っている。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
少し心配になり聞くと
「‥ううん。大丈夫。潮風が苦手なだけ‥」
と小さい声で言う。心なしか周りを気にしている様にも見える。僕らはマリリアから、まだ詳しい話しを聞けていなかった。無理にこちらから聞き出す訳にもいかないが、僕らに心を開いてくれていない気がして歯痒かった。とりあえず僕らは腹ごしらえをしようと、ミルコ情報で美味しいと言うシーキャットという店に入った。実はこの店は情報屋をやってる店主が経営してる店だそうだ。ミルコとは知り合いらしい。ミルコは早速、料理の注文をしながら色々と情報を仕入れ始める。もちろんノエルの情報だ。ミルコの情報によると、確かに数日前までドルギアの兵士が大勢いたそうだが、殆どが船や陸路でドルギア本国に帰って行ったらしい。ノエルや八咫烏に似たような人物を見かけた人はいないようだ。きっとドルギアの兵士に紛れてドルギアに戻ったのではないか?と言う事だ。少し遅かったか‥。
「ドルギア国内まで追って行くのは危険ですよ‥」
ラファエルが言いだすのも無理はない。シーマがこのままドルギアに潜り込んでノエルを追うと言い出したからだ。ドルギアは大国で広い。ノエルがドルギア国内のどこにいるか探すのに一苦労だし、ノエルにとっては味方が多いはずだ。追い詰めても逃げ易いだろうし、逆にこちらが追われる立場になりうるかもしれない。下手すれば月黄泉や妖華刺、アルバトスと一戦交える事になる。それなりの覚悟が必要だ。
「ノエルは八咫烏が自分の事をアストリアに密告した事を知らないんだよね?つまり俺たちが追ってる事も知らないんでしょ?」
とミルコが聞いてくる。僕がパンを頬張りながら頷くと続けてミルコが
「じゃあ、教えちゃえば?自分を探してる奴らがいる事を‥。そしたら何で自分を探してるか気になるじゃない?」
なるほど。理由はわからないが自分の事を探してる奴らがいる‥。確かに気持ちが悪い事だ。
「そうすれば向こうから現れるかもよ?」
ミルコが言うとシーマが
「‥いや。確かに好奇心旺盛なヤツだが、同時にかなり用心深いヤツでもある。部下を使って調べさせるはずだ。よほどの事でなければ、自ら動く事はしないと思う‥」
と言う。まぁそうだろうな‥。仮にもドルギア偵察密偵部隊長だ。するとマリリアが
「私も下手に刺激しない方が良いと思う‥。もちろんドルギアの国内に行くのも危ないと思うし、何か他の方法が良いと思う‥」
と言った。するとミルコが意地悪な笑みを浮かべながら
「え〜〜?じゃあ何か良い方法ある?」
と聞く。するとマリリアが
「お父さんとお母さんの昔の知り合いが宝来大国にいて、その人が雅の国の出身だから八咫烏って人の事を知っているかもしれないよ‥」
と言った。マリリアの両親はミラト村に住んでいたが、昔の友人が宝来にいても不思議じゃない。だが不自然なのは今までこういう大事な話し合いの時、マリリアはあまり入ってこなかったのだ。それに少し緊張しながら話してる様にも見える。もしかして嘘をついている?僕の気のせいかな?だが、ヒルダもその僅かな違和感に気がついたようだ。
「‥そろそろお主の事を話してはくれんかのぅ‥?」
ヒルダがエビに齧りつきながら切り出した。マリリアは途端に俯く。わかり易い拒絶反応‥。まだ無理そうだな‥。しかしヒルダは続ける。
「‥さっきも顔を隠したのは、ドルギアの軍人がいたからか?ここはドルギアの国境付近だ。バルデスのように自分を探してるかも?と思ったんじゃないのか?」
きっとヒルダも歯痒い思いだったんだろう。少し語気が強くなる。するとシーマが
「‥誰にだって話したくない事の一つや二つある。それぐらいにしといてやれ」
とナイフとフォークで魚を食べながら言う。
「お主は黙っておれ。マリリアに聞いておるんじゃ。妾はマリリアを信頼しておる。だがマリリアから信頼して話して貰えないのは何故じゃ?」
ヒルダが言うとマリリアは小さい体を更に小さくして黙り込む。
「きっと何か事情があるんだろう。無理な詮索は止めた方がいい」
シーマも引かない。
「詮索ではない。妾は‥‥」
二人はお互い引かずに言い合いのようになってきた。ラファエルがオロオロと仲裁に入ろうとした時
「‥‥ごめんなさい!もうやめて‥。二人が喧嘩しないで‥。悪いのは私です‥。だからやめて‥」
マリリアは泣きだしてしまった。少しの間の後
「‥ごめんなさい」
マリリアは走って店から出て行った。
「マリリア!」
ラファエルが慌てて追いかける。するとシーマも黙って立ち上がると、店から出て行ってしまった。僕はヒルダに
「‥ヒルダの気持ちもわかるよ。でもマリリアは信頼していない訳じゃなくて、どうしても言えない事情があるんじゃないかな?」
と言った。現にバルダナからここまでの旅で、自分の話しはしなかったが、それ以外はマリリアも一生懸命僕らに接してくれたのがわかっていた。ヒルダとふざけて戯れあっていたり、シーマに色々聞いて教わっていたり、ミルコと仲良さそうに話していたり、何よりラファエルとヴリトラの事が大好きだった。そんな明るい一面も沢山見てきた。
「もう良い!そこらを散歩してくる!」
ヒルダも立ち上がり店を出ていく。僕とミルコは顔を見合わせた。とりあえず、ヒルダは今はそっとしておこう。今までヒルダに強く意見を言う人がいなかった。僕も意見をはっきり言う方だが、気づかない内に譲っていたのかもしれない。だがシーマは違う。ヒルダであろうが誰であろうが自分の意見を強く言える人だ。いつかはこういう事になる気はしていた。僕はシーマにも少し話しをしておこうと思い、シーマを探す事にした。
「ミルコは今日の宿を探しておいてくれるかな?そしたらまたこの店で待ち合わせで‥」
とミルコに伝えて店を出た。ミルコは果実のジュースを飲みながら、右手の人差し指と親指で丸を作り見せてくれた。僕は全く当てもなく、なんとなくでシーマを探して歩き回る。港の方へ行ってみたりあちこち探したが、中々見つからなかった。
マリリアは泣きながら港を走っていた。二人に申し訳なかった。自分の為に、二人が言い争うのは見ていられなかった。みんなに合わせる顔がなかったのだ。ふと気づけば、辺りはレンガで出来た大きな建物が立ち並ぶ、人気がない倉庫街へ来ていた。あんなに沢山の人が往来していたのが嘘の様に、この辺はひっそりとしている。すると背後から
「おいおい、どっから来たんだ?このガキ」
「まさか『商品』が逃げたんじゃねぇのか?」
数人の見るからに悪そうなガタイのいい男達が近づいてくる。あっという間にマリリアは男達に囲まれてしまった。
「あ、あの知り合いとはぐれて迷ってしまって‥」
マリリアは必死に辺りを見渡し助けを探す。
「おい。ビッツアーリさん呼んでこい。『商品』が逃げ出してますって」
男達はニヤニヤしながらマリリアを捕まえる。
「いやっ!離して!誰か助けて!」
マリリアが声の限り叫ぶが、周りに男達以外の人気がない。マリリアは引きずられる様に男達に連れていかれる。
その時、曲がり角からラファエルが飛び出してきた。
「マリリア!」
マリリアの叫び声を聞きつけて、声を頼りに走ってきたのだ。
「マリリアから手を離せ!」
ラファエルは叫びながら魔法陣を描く。だが男達の一人が、背後から木の角材でラファエルの後頭部を殴りつけた。
バキン!
ラファエルはうつ伏せに倒れ、頭から血が地面に流れる。
「ラファエル!大丈夫?ラファエル!」
マリリアが叫ぶ。
「行くぞ。急げ」
男達の中でも一際体の大きな男が、マリリアの体を持ち上げ肩に担ぐ。
「いやぁ!降ろして!ラファエル!」
叫ぶマリリアに構う事なく男達は、マリリアを担いだまま走り去った。
僕は港の端の方まで歩いていた。大きなレンガ造りの建物が並んでいる。倉庫だろうか?ここまで来ると人があまり見当たらない。こっちにはシーマは来ていないか‥。シーマは人混みが苦手そうだから、人のなるべくいない方へ来てみたが、当てが外れたようだ。戻ろうとしたその時、倉庫と倉庫の間の細い道から、人が這いつくばって出てきた。ん?あれって‥‥?
「‥ラファエル?‥‥ラファエル!大丈夫?」
頭から血を流したラファエルだった。僕は慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「どうしたの?何があったの?」
ラファエルは意識朦朧としている。
「‥‥マ、マリリアが‥。連れてい‥かれま‥した‥」
どう言う事だ?マリリアが連れていかれた?
「誰に?どこへ連れていかれたの?」
必死にラファエルに聞く。今はラファエルからの情報だけが頼りだ。
「わ、わか‥りま‥せん‥。‥すみ‥ません‥」
ラファエルは目が虚だ。
「わかった。もう大丈夫だ。あとは任せて‥」
ラファエルを安心させようと言ってはみたが、さてどうしよう?とにかく一大事だ。マリリアが何者かに連れていかれたようだ。早く探し出さねば!僕はラファエルを抱き抱える。ラファエルは痩せ型で細身とはいえ男性だ。かなり重いがそんな事言ってられない。僕は必死でラファエルを抱き抱えて、急いでさっき食事した店に戻る。しばらく行くと歩いている人が増えてきた。ふと見ると荷物を運ぶ荷車の様な物が、倉庫の入り口に置いてあるのが見えた。とっさに近くにいた人に声をかけ、その荷車を貸してもらった。荷車にラファエルを乗せると、僕は荷車を押して急いで走り出す。これなら早く着く。
そしてようやく先ほどの店、シーキャットに着いた。店の外にはミルコとシーマが立って待っていた。ヒルダはまだ戻ってないようだ。
「どうした?何があった?」
「ラファエル?大丈夫?」
シーマとミルコが驚いてそれぞれ声をかける。僕はラファエルから聞いた話しを二人にする。すると
「ヒルダ!」
ミルコが僕の背後を見ながら言う。僕が振り向くとヒルダが僕の後ろに立っていた。どうやら話しを聞いていたようだ。
「‥すぐに探すぞ」
ヒルダが怒りに満ちた目で静かに言う。僕も早くそうしたい所だが、どこをどうやって探せばいいのか‥。
「‥連れ去られてどれぐらい経つ?」
シーマが僕に聞く。
「わからない‥。僕は倒れているラファエルを偶然見つけただけだから‥」
ラファエルは店の中に担ぎ込まれた。シーキャットの従業員たちが手当をしてくれている。何でも元医者の人がいるようだ。僕が偶然あそこを通らなければ、ラファエルは今ごろどうなっていた事か‥。するとシーマは考え込みながら
「ここベルグンガルドはかなり大きな街だ。闇雲に探しても見つけるのは不可能だ。それにこの街には人身売買の組織があるという。売られた人間は、奴隷や歪んだ性の対象にされるという。そこへ連れて行かれると、かなりの速さで遠い国に売り飛ばされてしまう。買手は引くて数多だからな‥。そうなればお手上げだ。見つける事は‥‥」
話していたシーマの胸ぐらをヒルダが掴む。
「そんな事はわかっておる!だからすぐに探すのであろう!」
ヒルダの手をシーマが振り払う。
「わかってない!ただ闇雲に探しても無駄だと言っている!それにもうすでに手遅れの可能性だってある!」
ヒルダは杖を構えた。シーマもムーンソードを抜いて刀身を出す。細身のレイピア型だ。僕は剣を抜いて二人の間に立った。
「いい加減にするんだ!今は僕らが争っている場合じゃない!ラファエルがああなった以上、マリリアを助ける為に僕らが力を合わせなくてどうする!」
僕は二人を交互に見る。すると
「‥やめてください」
か細い声が聞こえた。振り返るとラファエルが立っていた。頭に包帯を巻いて、従業員の男性に右肩を担がれている。
「ラファエル!大丈夫なのか?」
僕は驚いて声をかける。ラファエルは微かに微笑むと
「‥はい。ご心配をおかけしました‥」
と言うが、まだふらついているようだ。
「‥まったく。怪我人は大人しく寝ておれ」
ヒルダは杖をおろし椅子に座る。ラファエルを見て安心したのか、少し冷静になったようだ。
「‥あとは私達に任せろ」
シーマも剣を戻す。こちらもヒルダと同じだろう。二人は似た者同士かもしれない。僕も剣をしまい、ラファエルが椅子に座るのを手伝う。するとミルコが
「大丈夫!ここはこの俺に任せて!」
と胸を張る。そして急に従業員達にテキパキと指示を出し始める。従業員達もミルコの指示で素早く動き始めた。あっという間に店が閉められ、テーブルが出されて前線基地のような雰囲気になる。呆気にとられている僕らを見てミルコが
「あぁ、そうだよね‥。俺はシーキャット所属の情報屋なんだ。ちょっと諸事情で今まで大人しくしてたんだけど、今は緊急事態だから」
と言って色々説明をしてくれた。
「とにかく情報を集めよう。今、この街の情報屋を総動員して、マリリアに関するありとあらゆる情報を集めているんだ」
このシーキャットという店は表向きは美味しい海鮮の店だが、裏では情報屋の集まるギルドになっているという事だ。そしてミルコもその仲間で、情報屋ギルド『シーキャット』所属の情報屋だったのだ。という事は、以前聞いたミルコの身の上話しは嘘だったのか?
「両親が西の大陸にいるって言うのは本当だけど、俺は両親だとは思ってないんだ」
ミルコが街の地図をテーブルに広げながら言う。
「俺は小さい時、両親に売り飛ばされちゃったんだ。それをここの店主であり、ギルド長のルドガーに拾われたんだよ。それから情報屋として、ここで育てられたんだ」
なんと。ここはミルコの家のような所だったのか。って言うかルドガーって?もしかして?
「そう。闘技大会予選で八咫烏に一瞬で負けた、ルドガー・アレクセイだよ。前回たまたま三位になったから、張り切っちゃってさ‥。今回こそ優勝するって意気込んであのザマだよ‥。んで、酷いギックリ腰になっちゃって、今は医者の所で療養中」
えぇ?あのルドガーがここのギルド長?そうか‥だからミルコはベリアードにいたのか‥。
「‥でもなんでその事を隠してたの?」
と僕が聞くと
「‥ん〜、その内わかるよ」
とミルコは意味深な事を言った。というか情報屋って何を生業としてるんだろう?
「もちろん『情報』だよ。ここは沢山の国の人々が行き来する街だから、いろいろな情報も飛び交うのさ。その情報が極秘事項や裏社会の機密情報だとすると、高値で買い取る人が出てくる訳。それを生業としてんのさ」
なるほど。情報を制する者は世界を制す、か。だがガセネタも多いという。
「だからガセかどうか見極めるのも大事なんだよ」
ミルコが得意げに言う。だがかなり危ない生業だな‥。ときには命も危ないはずだ。ミルコはまだ若いのにそんな世の裏側のような世界で生きてきたのか?
すると店に何人かの男女が入ってきた。それを見てミルコが
「アストリア、お金ってある?」
と聞いてくる。確かベリアードでのバルデス護送の時の報酬がまだ丸ごと残っているが‥。でも何故だ?するとシーマが
「これを使え」
小袋を投げてよこす。中には沢山の金貨が入っていた。
「え、えぇ?これって‥?」
僕が驚いて聞くと
「闘技大会の優勝賞金だ。たぶんそいつらに支払うんだろう‥」
シーマが今し方、入ってきた男女を見ながら言う。僕がミルコに金貨の小袋を渡すと、ミルコは一人づつ話しを聞いて周り、聞き終わると金貨を渡していった。なるほど。この人達は今まで街を回って、マリリアの情報を集めてきてくれてたのか。するとミルコが
「わかったよ!居場所が!」
と叫ぶ。凄い‥。僕らは何もしていない。情報屋というのは、こんなに役立つものなのか‥。どうやらマリリアは、やはり人身売買の組織のアジトに連れて行かれたらしい。ここベルグンガルドにはビッツアーリという男が仕切る裏組織があるという。比較的、新しく出来た組織でシーキャットとも関わりがなく、かなり荒っぽい連中らしい。今回はそいつらの仕業で、マリリアと思われる少女がビッツアーリの屋敷に連れて行かれたそうだ。もうすぐ日が暮れようとしている。人身売買の船は、深夜か早朝の人目の少ない時間帯に出航するらしい。
「‥この街に治安維持の為の組織はないんですか?その人達と協力すれば‥」
ラファエルが片手で頭を抑えながら言う。警備隊や衛兵の事だろう。だがミルコが
「一応あるけど、そいつらもグルなんだ。みんなビッツアーリに金を掴まされてるから‥」
見逃す代わりに甘い汁を吸っているという訳か‥。それでは頼るだけ無駄だな。ヒルダとシーマは、ほぼ同時に立ち上がる。
「まさか‥。乗り込むの?」
僕は恐る恐る二人に聞く。
「当たり前だ。居場所がわかったからには、早く取り戻さないとな」
シーマが当然だという顔をする。
「お主と初めて気があったのぅ」
ヒルダが澄ました顔でシーマを見る。僕がやれやれと立ち上がると、後ろから聞き覚えのある歌が聞こえる。
「さぁて。俺の頭をかち割ったお礼をしねぇとな!」
ヴリトラが首を左右に倒しバキバキと音を立てながら二人の後ろについた。こうなったらこの三人は止められない。僕は情報をくれた人達とシーキャットの従業員にお礼を言うと、ミルコと三人の後を追った。
すっかり日が暮れた頃、教えてもらったヴィッツアーリの屋敷に着いた。街の外れにあり、かなり大きなお屋敷だ。周りは森に囲まれ隣はすぐに海岸になっている。屋敷の大きな門の前まで来ると門番が二人立っていた。その二人をシーマが一瞬で剣の柄で殴り倒す。そしてヒルダが杖を構える。
「メルデゼリア!」
杖から光が迸り大きな門を吹き飛ばした。
ガシャァン!
門は大きな音を立てて地面に倒れた。僕らは門を通り大きな庭に入る。すると
「なんだ?今の音は?」
「門が壊れてれるぞ!」
「侵入者だ!みんな呼べ!」
屋敷のあちこちで声が上がる。僕も剣を抜いた。屋敷の玄関に着くとヴリトラが玄関の大きな扉を蹴り飛ばす。
ドガン!
扉は壊れて蹴破られる。すると庭から大勢の足音と声が聞こえた。
「庭は任せろ!マリリアを頼む!」
ヴリトラが叫ぶ。ヒルダも庭から来る護衛達を魔法で吹き飛ばしている。生身の人間相手だから炎の魔法は使わないつもりなのだろう。
「ビッツアーリにはカルツォーネとゲイボルグって言う強い用心棒が付いているから気をつけてね!」
ミルコが叫ぶと、ヒルダは無言でこちらを見ながら親指を立てる。怒り心頭のヒルダとヴリトラならきっと誰が来ても大丈夫だろう。
「行こう!」
僕とミルコとシーマは屋敷の中へ駆け込んで行く。屋敷の中にも大勢の護衛がいた。シーマはムーンソードの刀身を出し屋敷を走り抜けて行く。立ちはだかる護衛の剣を全て弾き飛ばし、丸腰になった護衛の手や足を斬りつけ蹴り飛ばす。まさに華麗で軽やかな戦い方だ。僕も負けじと相手の剣を叩き落とす。そして剣で相手の足を斬りつけ動きを止める。そうすれば攻撃も移動も出来なくなるからだ。いくら人身売買組織の護衛兵とはいえ、殺してしまう訳にはいかない。まあ大怪我ぐらいなら許してもらおう。自業自得だ。ミルコは僕やシーマが動けなくした護衛達に、短剣を突きつけ何やら話しを聞いている。僕らは大きな階段を登り二階へ向かった。
庭ではヴリトラとヒルダが護衛兵達の相手をしていた。ヒルダは魔法で吹き飛ばし、ヴリトラは素手で殴り飛ばす。そしてだいぶ片付いた時
「おぉおぉ。派手にやってくれちゃって」
「すげぇな。魔法使いと、もう一人は素手だぜ」
ニヤニヤしながら二人の男が現れた。一人は小柄で茶色い長い髪を後ろで縛り髭を生やしていて、長くて細い木の棒を槍の様に持っている。もう一人は大柄で黒い長髪で無精髭、太い棍棒を持っている。
「ゲイボルグ、お前どっちがいい?」
ゲイボルグと呼ばれた太い棍棒を持った男が
「素手の兄ちゃんかな?」
と答えると
「じゃあ、俺は魔法使いのお嬢ちゃんだな」
長い棒を持った男が構える。
「こいつらがミルコの言ってた奴らか?」
ヴリトラがヒルダに聞く。
「たぶんそうじゃな。強いらしいぞ」
ヒルダも杖を構える。そうこの二人がミルコが言ってた、カルツオーネとゲイボルグだった。
「ありゃ?この兄ちゃん、俺が頭ぶん殴った兄ちゃんじゃねぇのか?」
ゲイボルグがカルツオーネに聞く。
「んん?‥あぁまぁ服は似てるな。でも人違いだろ?こんな強そうなヤツじゃなかったぞ」
カルツオーネが華麗に木の長い棒を槍の様に振り回して答えると、ヴリトラが
「そうかお前か‥。頭かち割ってくれた礼はきっちり返すからなぁ!」
と叫んだ。
「ほら!やっぱり!頭に包帯巻いてるし。普通、二、三日は動けねぇぜ」
「面白えなぁこいつら!久しぶりに手応えありそうだ」
ゲイボルグとカルツオーネはそれぞれ言いながら飛びかかってきた。ヴリトラはゲイボルグの棍棒をかわすと脇腹に拳を叩き込む。ゲイボルグは構わず棍棒でヴリトラを殴りつけた。棍棒はヴリトラの頭に直撃する。すぐに包帯が血で真っ赤になる。
「ぐっぅぅぅ」
ヴリトラがヨロヨロと後ろに下がる。ヴリトラはまだ戦える状態ではなかった。歩くのもふらつく状態だったのだ。ゲイボルグは脇腹を抑えて
「い、痛ってぇ‥」
低い声で唸り動きが止まる。ヴリトラの拳をまともに喰らったのだ。無理もない。ヴリトラは両足で踏ん張る。戦いが長引けば、手負いのこちらが不利だ。今すぐ全力で仕留めないと体が持たない。短期決戦!動かせ!体を動かせ!
「ウラァァァァァ!」
ヴリトラが全力で拳を打ち込んだ。ゲイボルグは棍棒を両手で持ち防御する。
バガァァン!
乾いた音が響き渡り棍棒が砕けた。
「う、嘘だろ!」
ゲイボルグが言いながら、砕けた棍棒の柄でヴリトラを殴りつける。ヴリトラも構わずゲイボルグを殴りつける。二人は至近距離で殴り合いになった。ゲイボルグの二回目の攻撃でヴリトラの頭の包帯がちぎれ飛んだ。だがヴリトラの二回目の攻撃でゲイボルグがよろける。すかさずヴリトラの三回目の攻撃。顔面を殴り飛ばすとゲイボルグは地面に崩れ落ちた。それを見届けるとヴリトラもその場に崩れるように座り込んだのだった。
「‥悪りぃなヒルダ。後は頼むわ‥」
「おいおい。ゲイボルグを殴り倒すなんて‥」
ヒルダのメルデゼリアをかわしながらカルツオーネが驚く。
「あんな大怪我をしておっても、お主らなんぞに負ける訳がなかろう」
ヒルダが自慢げに言うが、言いながらチラリとヴリトラを見る。いくらヴリトラとは言えあの怪我は心配だ。早くこちらも終わらせて手当をしなければ‥。その一瞬の隙をカルツオーネは見逃さない。素早く間合いを詰めて、長い棍でヒルダの足を払う。
「しまった!」
ヒルダは足を払われひっくりかえってしまった。カルツオーネの上からの強烈な振り下ろしを、杖で防ぎながら後ろへ這って下がる。するとカルツオーネは今度は棍の先端で突いてきた。ヒルダの体が何度も棍で突かれる。
「う、ぐっ‥」
カルツオーネの素早い攻撃を、ヒルダの杖と戦闘技術では防ぐ事は出来なかった。激しい激痛がヒルダの体を突き抜け、動きが鈍くなる。そしてカルツオーネが棍の先端の狙いをヒルダの喉に定める。
「終わりだな。お嬢ちゃん」
激痛で身動きがとれず倒れたままのヒルダに、カルツオーネの渾身の突き。だがヒルダの左の手の平がひかり、カルツオーネは後ろへはじき飛ばされた。
「‥杖からでなくても魔法は出せるのじゃ。威力は弱まるがの‥」
起き上がるカルツオーネの目の前に、杖を構えたヒルダが立っていた。
「メルデゼリア!」
カルツオーネは後ろに吹き飛び、大きな木に叩きつけられ地面に崩れ落ちた。ヒルダはヨロヨロとヴリトラに近寄りながら
「待たせたのぅ‥ヴリトラ‥」
と小さく呟いた。
僕らは階段を駆け上がり二階へ上がった。するとすぐ扉があり、その扉を開くとそこは広い大広間になっていた。大広間の奥には男達が数人、武器を手に待ち構えていた。その真ん中には、立派な髭を蓄え高価そうな上着を着た男が、大きな剣を持って仁王立ちでこちらを睨んでいた。
「貴様ら!このビッツアーリに喧嘩を売ってタダで済むと思ってんのかぁ!」
仁王立ちの男が僕らに向かって叫ぶ。あの男がビッツアーリ。この組織を仕切ってる言わば親分か。その時、後ろからミルコが走ってきた。
「人身売買用に捕まった人達は、ここの地下牢に閉じ込められてるって!これ地下牢の鍵!」
そうか。ミルコは動けない護衛兵達を脅して聞いて回っていたのか。地下牢の鍵までしっかり探してくるとは‥。さすが抜け目ない。
「ここは私がやる。アストリアとミルコはマリリアを」
シーマがこちらを見ずに言う。続けて
「さっきはすまない。少し熱くなってしまった」
と僕に言った。
「‥いいんだ。シーマの冷静な分析と意見はとても貴重だ。でもそれが時に人を怒らせたり傷つけてしまう事もある。人が複数集まれば、気持ちに摩擦が起こる。でもその摩擦も目的が一致すれば、融合して強力なものとなる。だからみんなでマリリアを連れて宿に帰ろう。シーマも気をつけてね!」
僕はそう言うとミルコと地下に向かった。
シーマは僕らが地下牢へ向かうの見届けると、ムーンソードを構えた。
「なんだぁ?女が一人で残ったぞ。いいからとっとと片付けろ!」
ビッツアーリが部下達に指示を出す。部下達は一斉にシーマに襲いかかる。
「ピアニッシモ!」
シーマが叫ぶと細いレイピアで目にも止まらぬ速さで、一人づつ剣を弾き飛ばし地面に落としていく。一人また一人丸腰になり、手や足を斬られて呻き声を上げてその場にうずくまっていった。あっという間に部下達を全員動けなくすると、ビッツアーリの前に立ちはだかる。
「うぐぅぅ‥。貴様ぁぁ」
シーマのあまりの強さにビッツアーリは思わずたじろぐ。
「でぇあぁぁぁぁぁぁ!」
ビッツアーリは剣を振り回す。大振りの剣をシーマは難なくかわす。シーマが大きな縦切りを左に避けると、振り向きざまにビッツアーリが短剣を投げてきた。それもシーマがかわした瞬間、ビッツアーリがつま先で蹴ろうとしてくる。よく見ると靴のつま先にナイフが突いていた。シーマの顔のスレスレをかすめる。次の瞬間、ビッツアーリが剣を振り下ろしてきた。がシーマは体を一回転してかわし、剣の柄でビッツアーリの後頭部を殴りつけた。ビッツアーリが崩れ落ちると
「ふぅ‥」
シーマは一息つきムーンソードをしまった。
僕とミルコは地下へ向かっていた。まだ元気な護衛達もいて、そいつらと戦いながら地下牢を目指す。地下牢に着くと小さな牢屋が沢山あり、その一つ一つに大勢の人が閉じ込められていた。ミルコが片っ端から牢の鍵を開けていく。
「マリリア?マリリアはいる?」
ミルコは叫びながら牢を開けている。僕は地下牢の入り口付近で牢から出てきた人達を外へ誘導していった。すると屋敷の一階の奥から護衛の兵士が二人現れた。僕は牢から出てきた人達を玄関から外へ逃しながら、二人の兵士の前に立ちはだかる。二人共、体が大きく長い槍を持っている。二人は一斉に槍で突いて攻撃してきた。僕はかわしながら後ろへ下がる。まずい。後ろへ下がりすぎると、牢から出てきた人達の誰かに槍が当たるかもしれない。僕は振り下ろされた槍を剣で受けると、下から力で押し返す。もう一人には剣で攻撃しながら後ろへ下がらせる。すると力で押し返された方の兵士がまた槍を振り下ろしてきた。僕が右に避けると、槍は地面に叩きつけられた。すかさず槍の柄を左足で踏みつけ、兵士の体に右足で蹴りを入れた。たまらず兵士が槍から手を離し、後ろへ下がる。僕は槍を拾うと先端とは逆の柄の方で丸腰の兵士を殴りつけた。兵士が倒れると、振り向きざまにもう一人の兵士の右膝を槍の柄で殴りつける。
「ぐあぁ!」
たまらず片足をつく兵士に槍の柄を振り下ろす。兵士の左肩に直撃し、兵士は呻き声を上げて倒れこんだ。
「ふぅぅぅ‥」
息を吐き出し僕は目を開けた。僕が目を開けたちょうどその時に、ミルコがマリリアを担いで地下牢から一階に上がってきた。
「マリリア!大丈夫?」
僕は叫びながら駆け寄る。マリリアが涙を浮かべた目でこちらを見る。顔や服が汚れているが、怪我などはしてないようだ。
「‥‥アストリア。‥‥ごめんなさい‥」
か細い声で呟く。僕は安心したからか自然と笑みが溢れる。
「さぁ、みんなと一緒に帰ろう!」
マリリアは軽く頷いた。
僕らはそのまま玄関から外へ出た。庭にヒルダとヴリトラが待っていた。ヴリトラは頭の包帯は取れていて、破った布のような物が巻かれているが血が滲んでいる。ヒルダも顔や服などが汚れていた。だがやはりマリリアの姿を見ると安心したようだ。ヴリトラがフラフラしながらマリリアに駆け寄る。
「‥心配かけんじゃねぇよ‥。‥何かされてねぇか?大丈夫か?」
マリリアが頷く。
「‥ごめんね。‥ありがとう。頭の怪我‥大丈夫?」
マリリアが右手でヴリトラの顔を触る。
「‥あぁ‥。大丈夫だ‥」
そう言ったヴリトラがその場で倒れ込む。僕は慌ててヴリトラの体を抱えて支える。
「大丈夫?ヴリトラ?」
ヴリトラは意識を失ったようだ。早く医者に見せよう。すると後ろの屋敷の中からシーマも出て来た。
「マリリア、大丈夫か?」
シーマはマリリアの近くまで来ると、マリリアをそっと抱きしめる。
「‥うん‥」
マリリアの目から大粒の涙が溢れる。きっと不安だったし怖かっただろう。ヒルダも抱き合っている二人の近くに来る。するとマリリアが
「‥‥ヒルダ‥ごめんなさい‥」
泣きながらヒルダに抱きつく。
「‥ごめんなさい‥ごめんなさい‥私‥私‥」
ヒルダがマリリアを軽く抱きしめながら
「‥もう良い‥マリリア‥無事で何よりじゃ‥」
と軽く微笑む。
とにかく本当に良かった。さぁ!みんなで帰ろう!僕らは屋敷を後にした。
僕らはシーキャットに戻った。ここはギルドとなっているから宿屋より安全だし、元医者だった従業員もいる。ヴリトラを早く手当して貰いたかった。従業員たちも僕らの帰りを待っていてくれた。ヴリトラは店の奥へ担ぎ込まれ手当を受けた。しばらく安静にしておけば大丈夫、との事だ。さすがバーサーカー。頑丈だ。夜も遅かったし、僕らは大した話もせず、すぐに休んだ。とにかく疲れた。なんか今日一日大変だったなぁ‥。
次の日、僕らは汚れた服などを洗濯したりした。ヒルダは擦り傷や切り傷だらけだったので手当してもらっていた。ミルコ情報では街中、昨夜の『ビッツアーリの屋敷襲撃事件』で持ちきりだそうだ。よく考えたら一つの犯罪組織をこの人数で壊滅してしまったのだ。とんでもない事をしてしまったよなぁ‥。夕方になると、ヴリトラから変わったラファエルも歩けるようになっていた。そしてその夜、みんなで食事をしているとマリリアが話しだす。
「‥今回はみんなに迷惑をかけてしまい、本当にごめんなさい。そして助けてくれてありがとう‥」
一息ついてマリリアが続ける。
「私は自分の事について、今まで話してこなかった‥。ううん、話せなかった‥。話してはいけないと言われてきたし、そのほうがいいと思ったから‥」
マリリアがみんなを見る。
「‥いつまでもこのままではいけないとは思っていた‥。でも‥話す訳にはいかなかった‥。私の事に大好きなみんなを巻き込みたくなかった‥。でも今回の件で、ようやく話す事を決めました‥」
マリリアが意を決したように前を見る。
「‥私はオルタナ王国の王女、リリア王女です」
そしてマリリアは静かに当時の事を話し始めた。




