第七話 復讐の剣士
オルタニア闘技大会、武術部門の第一試合が始まった。東の大陸最強のアルバトスは片手で大きな剣を持って仁王立ちだ。一方、前回優勝のアレフは両手で大きな剣を構えてジリジリと間合いを詰める。ある程度の距離まで近づくと、そこで止まった。しばらく膠着状態が続く。アレフは動かない。
いや、動けないのだ。アルバトスは圧倒的な威圧感で全く隙がないのである。するとアルバトスが仁王立ちのまま一歩前に出る。アレフは一歩下がる。アルバトスがまた一歩前に出る。アレフが下がる。その繰り返しが続く。とんでもない緊張感だ。たまらずアレフが焦って不用意に斬り込む。すると黒い煙のような物がアルバトスの周りに立ちこめる。黒い煙はアルバトスの大剣を包みこんだ。すると大剣は消えてなくなり黒い煙はアルバトスの体の周りに広がった。アルバトスの体の周りで、触手のように蠢いて立ち込める黒い煙の先端には、いつの間にか短剣のような物が何本も付いていた。まるでタコの足のように蠢いているその黒い煙は、先端に持つ短剣でアレフの連続の斬り込みを何度も弾き返している。そして一斉にアレフに向けて攻撃を始めたのだ。アレフが攻撃を防ごうとするが、強力な連続攻撃にアレフの大剣は弾け飛び地面に落ちた。アレフも吹っ飛ばされて地面に転がる。すると今度は触手のようなものが一つにまとまり、アルバトスの右手に集まって大きくて長い槍のような形になった。黒い煙が右手からまた体全体に移ると、アルバトスの右手には大きな立派な槍が握られていた。アレフはまだ地面に倒れたままだ。
「やめ!」
審判が大きな声で試合の中断を伝える。アレフの武器が手から離れたからだ。武器を落としたり手から離れた場合、審判が中断させて拾わせるようだ。しかしアルバトスは構わず長い槍を大きく振り上げた。
「やめ!そこまで!」
慌てて審判が再度申告するが、アルバトスは振り上げたままだ。そしてなんと、そのまま力任せに振り下ろしたのである。一瞬、会場全体が息を呑む。鎧を着ているとはいえ、生身の体にあの槍が振り下ろされれば、ただでは済まない。が、槍を振り下ろした先にアレフはいなかった。誰かがアレフを引きずって少し離れた所に立っていた。ヴリトラの次の対戦相手、八咫烏である。前回三位のルドガーを一瞬で倒したという八咫烏が、槍が振り下ろされる瞬間に飛び込み、アレフの体を引っ張って少し位置をずらしたのだ。きっとアレフは死を覚悟したのだろう。顔面蒼白で座り込んでいる。
「‥もう勝負はついている。無駄に命を取る必要はない」
八咫烏がアルバトスに言う。声を変えていて男性か女性かわからない。たぶん仮面に声を変える仕掛けがしてあるのだろう。するとアルバトスは少し笑みを浮かべた後、審判の方へ歩いていく。
「棄権だ」
アルバトスが審判に言う。
「‥え?な?」
審判は状況が掴めないようだ。アルバトスとアレフを交互に見る。
「棄権する」
そう言うとアルバトスは舞台を降りていった。どういう事だ?圧勝だったのに棄権?勝ちを放棄すると言う事か?審判が戸惑いながらアレフを勝者として認定すると会場からはどよめきが起こる。そんなざわつく会場をよそに、アルバトスは会場から去っていった。
「‥魔装具『死神の紋章』じゃ‥」
ヒルダが低い声で唸る。
「死神と契約する事で紋章の持ち主となる事が出来る。死神は黒煙となり様々な武器に姿を変え持ち主を守り、戦う相手の生き血を啜ると言われておる‥。ほとんどの人間が死神と契約すると正気を失うと言われておるが、あやつは違うようじゃな‥」
つまりアルバトスは死神と契約してとんでもない力を手に入れたが、強い精神力で正気を保っていると言う事か。なんて奴だ‥。僕はアルバトスの退場していった通路を見つめた。
舞台から降りたアルバトスは一人で外へ出る通路を歩いている。そこへ側近の兵士が数人後ろへ付く。
「いかがでしたか?闘技大会は?」
側近の一人がアルバトスに聞く。
「つまらぬ余興だ。雑魚ばかりでつまらん」
アルバトスが吐き捨てるように言う。
「月黄泉様達はベリオルトとの謁見を終えたようです」
もう一人の側近が伝える。
「オレを見せ物にしてまでラズベリアとの国交が大事か‥。あの月黄泉のことだ、何か裏がある。コーネリアスの一件はどうなった?」
アルバトスが表情を変えずに言う。
「まだ調査中との事です。月黄泉様からはしばらくベリアードで待機せよ、との指令ですが、いかが致しますか?」
側近が言うとアルバトスは少し考えた後に
「‥いや、すぐに国境付近まで戻る。大会出場という名目は果たした。文句は言わせん」
アルバトスは言い放ち、側近達と外へ出ると待機していた自分達の馬に跨りどこかへ走り去った。
会場は突然の出来事にざわめきが収まらない。
「ひゃ〜。これは大番狂せだよ。一番人気がまさかの棄権なんて‥」
ミルコが頭を抱える。圧倒的な力を見せたアルバトス。それなのに試合を放棄しての退場。何かあったのか?謎ばかり残した試合だ。だがアルバトスの力は本物だ。そして魔装具『死神の紋章』。持ち主を守ると言う事は、アルバトスを倒すには死神も倒さねばならないと言う事になる。東の大陸最強はやはりとんでもないな‥。あとは試合に割って入った八咫烏。あのアルバトスの振り下ろしからアレフを救うのは勇気がいるし、生半可な身のこなしでは出来ない。やはり八咫烏も只者ではない。勝者のアレフがまばらな拍手の中、両肩を担がれながら舞台を降りる。怪我はしてないようだが、精神的な問題だろう。
「じゃあ、行ってくるぜ」
すでにラファエルから変わったヴリトラが舞台に向かう。
「気をつけて。かなり手強い相手だから‥」
僕が言うとマリリアも
「怪我しないでね」
と声を掛ける。八咫烏が舞台上で準備万端な中、ヴリトラがゆっくりと舞台にあがる。
「いけー!ヴリトラ!」
「お主と、アストリアで二冠とるんじゃ!そしたら賞金山分けじゃ!」
ミルコとヒルダも声援を贈る。ヒルダのは声援と言うより願望のような気がするが‥。舞台上では二人が向き合い、審判から説明を受けている。八咫烏は短刀を逆手に持っていて、ヴリトラはまたもや素手で戦うようだ。そして二人が離れ定位置に着いた所で、審判が
「はじめ!」
と声を掛けた瞬間だった。とんでもない速さでヴリトラが間合いを詰めて、突きと蹴りの連続攻撃。その攻撃を八咫烏がかわしていく。ヴリトラも八咫烏も尋常じゃない体捌き。隙をついて八咫烏が短刀で斬りつける。ヴリトラもかわしてからの回し蹴り。八咫烏はかわすと背面宙返りを二回して少し距離をとった。試合開始からの初めての間だ。会場からは思わずどよめきと拍手が起こる。
「すげぇ‥。今大会はやっぱすげぇ!」
ミルコが改めて驚く。予選を見ていたからわかるが、攻撃の速さが他の参加者に比べ、二人共段違いだ。僕もヴリトラには改めて感心するが、八咫烏もやはり凄い。というか一体、何者なんだろうか?バーサーカーであるヴリトラは、魔力のような術で自分の筋力を上げている。その速さについていける八咫烏が異常だ。ミルコが色々調べてくれたようだが、出身が遠い東の雅の国という事以外はわからなかった。すると
「‥そろそろ全力でいくぜ」
ヴリトラが八咫烏に言う。ヴリトラは負け惜しみを言うような奴ではない。ならば今までのは本当に序の口でこれからが全力と言う事だ。そして八咫烏が低い体制で構え直した瞬間だった。目にも止まらぬ速さでヴリトラの拳が撃ち込まれる。八咫烏は避けきれず、防御の体制でまともに受ける。がくらった瞬間、両足でヴリトラを蹴り飛ばす。両者は弾けるように後方へ吹っ飛ぶ。二人とも空中で一回転して着地する。だがヴリトラの着地した先は舞台の外だった。
「場外!そこまで!勝者、八咫烏!」
審判が叫ぶと、会場からは地響きのような歓声と割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「ひゃ〜〜っ!場外かぁぁ!惜しかったぁ!」
ミルコの声がひっくりかえる。いや確かに負けた感じではない。たまたま着地先が場外だったというだけだ。あのまま続けたら勝敗はわからなかったはずだ。
「あ〜あ‥。場外かよ‥。もうちょっとやりたかったがなぁ‥」
ヴリトラが悔しそうに戻ってきた。
「いやいや。凄かったよ」
「そうじゃ。負けておらんかった。胸を張れ」
「頑張ったね。惜しかったよ」
僕とヒルダとマリリアがそれぞれ声をかける。ミルコもお疲れ様と言って席を空けた。舞台上では第三回戦が始まろうとしていた。
その頃、月黄泉と妖華刺はコロッセオの国賓招待席にいた。ラズベリア国王ベリオルト陛下に謁見した後に闘技大会を観覧していたのだ。
「さっきの試合は良かったね〜。あいつバーサーカーかなぁ?」
月黄泉がグラスを片手に妖華刺に聞く。
「どうでございましょう?バーサーカーの血は途絶えたと聞いておりますが?それよりアルバトスはよろしいのですか?」
妖華刺が微笑みながら答える。
「意外と生き残ってたりしてね〜。アルバトスはどうせボクの言う事聞かないでしょ〜。まぁアイツを大会に出す事でベリオルトに謁見する機会が出来たし、めでたくカマリアの言い訳もしたし、美味しい物を食べながら大会も見れたし、残すは後始末だけ〜。んで?手筈は?順調?」
月黄泉は肉に齧りつきながら言う。
「えぇ。そろそろかと‥」
妖華刺が不気味に微笑んだ。
「じゃあ、大会はもういいや。適当に理由つけて帰ろ〜」
月黄泉は食べ物を頬張りながら立ち上がる。
「わかりました。では本国へ帰る手続きをいたしましょう」
妖華刺も立ち上がった。
闘技大会の武術部門は準決勝を終えた。八咫烏がアルバトスと戦ったアレフを圧勝で勝ち上がった。武術部門の決勝戦は明日行われる。そして闘技大会は剣術部門へ移る。剣術部門、第一試合。いよいよ僕の出番だ。僕は歓声が上がる中、舞台へ上がる。するとまた一際大きな歓声が上がる。シーマが登場したのだ。さすがラズベリア最強剣士。人気がある。僕は舞台中央へ向かう。シーマもゆっくり向かってくる。審判から試合の説明を受ける。シーマは真っ直ぐこちらを見ている。僕も負けじと見つめる。そして審判から離れるように言われ、僕らは定位置まで離れる。さあ、いよいよ試合開始だ。僕は剣を抜き目を閉じる。シーマは右手に剣の柄のような物を持っている。そして右手を前に出すとその剣の柄から青白い光が迸り、片刃の剣の形になった。あれが魔装具ムーンソードか‥。
大声援の中、シーマはムーンソードを見つめている。ムーンソードを見る度に思い出す。かつての仲間達の事を‥。
シーマは数年前までラズベリアの軍にいた。ラズベリア軍の第三魔物討伐部隊隊長だった。ラズベリアの各地に赴き魔物を退治して回っていたのである。中でも第三部隊は二十数名からなる精鋭の集まりだった。隊長のシーマ。副隊長で屈強な体格のバリス。髭面で大柄のダンケ。美男子で冷静なタンゲルト。幼い顔でやんちゃなグエン。男まさりだが美人のアニー。可愛らしく皆から人気の後方支援のナターシャ。この七人を筆頭に他の仲間達も優秀だった。数々の戦地に赴き、様々な死地を潜り抜けた。だから仲も良かった。魔物の討伐に成功すると、必ずその夜は祝宴をあげた。バリスは黙々と酒を煽り、ダンケが酔っ払って変な踊りを始める。タンゲルトとグエンは必ずどちらが強いか揉めて腕相撲を始め、アニーが審判をする。ナターシャは綺麗な歌声を聴かせてくれた。シーマはそんな皆との時間が好きだった。ある時、ラズベリア西部に強力な魔物が出るという情報を得て討伐に向かった。そこは広大な森が広がっていた。森の中で戦うのは危険だとシーマは判断した。だがグエンから増援に第一部隊と第六部隊が向かってると聞いた。確かにその二部隊は近くの街にいた。三部隊で三方向から取り囲めば、森の中での戦いも怖くはない。シーマはグエンに三方向から取り囲む作戦を他の二部隊に伝えるように指示を出した。数日後、進撃の合図の狼煙が上がったのを確認すると、シーマ達第三部隊は森へと進軍した。森の奥深くまで進軍した時、周りを巨大な蟻の魔物達に囲まれている事に気づいた。
「どういうことだ?他の部隊は何している?」
蟻の魔物は無数にいて、部隊は完全に囲まれていた。
「グエン!他の部隊はどうした?」
「グエン!」
仲間もグエンを探すがグエンはいなかった。少し離れた木の上の枝に腰掛けていたのだ。
「グエン?」
「グエン!いつの間にそんな所に?」
みんなが口々に叫ぶ。グエンは微笑んでいる。
「グエン!第一部隊と第六部隊はどうした?」
シーマは叫んだ。グエンは微笑みながら
「‥そんなもの最初から来ませんよ」
全員が驚愕した。
「どういう事だ!貴様が連絡したのではないのか!」
シーマが叫ぶと
「だから〜最初から連絡なんかしてないんですって」
グエンがニヤつく。
「なんだと?な、なぜそんなことを‥!」
シーマはムーンソードを構えながら叫ぶ。今は新月に近いからレイピアのような形をしている。
「‥それですよ。それが欲しいんです。ムーンソード‥‥俺にくれませんかね?」
グエンはムーンソードを指差す。
「それを俺にくれるなら、みんなの命を助けてあげても良いですよ」
グエンは勝ち誇ったように言う。
「貴様‥‥!ムーンソード欲しさに我々をハメたのか?」
髭面のダンケが叫ぶ。
「そうだよ。とんでもない高値で買い取ってくれるって人がいるからさ。魔物討伐隊も給料がいいから始めたけど、効率悪いじゃない?危険だし。より効率良い方に乗り換えたってわけ」
グエンは木の枝の上で立ち上がる。
「その買い取ってくれる奴らに頼んで狼煙をあげてもらったんだよ。バカだよね〜。まるっきり信じちゃって。まぁ、別にくれなくてもイイよ。アリンコ共に喰われた後で回収するから」
にわかに信じられなかった。あのグエンがみんなを裏切るなんて‥。幼い顔つきで少々やんちゃな性格。みんなから可愛がられていたのに‥。すると副隊長のバリスがシーマの近くに来る。
「この蟻の魔物は陽の光が苦手です。だから森さえ抜ければ追ってこれません。自分が突撃して突破してみせます。その突破口から一塊になって、今来た道を戻って逃げてください」
バリスが小声でシーマに言う。
「そんな事をしたら貴様はどうなる?それは私がやる。私は隊長だ。私が‥‥」
バリスは黙ってシーマを見つめる。
「そ、そんな‥‥」
バリスは死を覚悟していたのだ。
「‥隊長は後のことを頼みます。みんなの事を‥」
バリスが言うと話しを聞いていた周りの仲間達が頷く。バリスは今来た方向を向いて大きく深呼吸をした。
「待て!バリス!」
叫ぶシーマを遮るようにバリスが雄叫びを上げる。
「行くぞォォォ!」
バリスは蟻の魔物に斬りかかり、蟻の足を切り落とした。蟻の魔物がバリスに喰らいつく。バリスは構わず剣を振り回し斬りつける。次々と蟻の魔物がバリスに喰いつく。蟻が一箇所に集まったため、少し道が空いた。バリスの叫び声が聞こえる中、シーマ達は一塊となってその空いた道を突破する。
「バリス!バリス!」
シーマは周りの蟻を斬りつけながら叫ぶが、答える声はなかった。なんとか囲みは突破した。だが蟻達の追撃が始まる。しんがりはダンケが務めた。追ってくる蟻達を斬り倒しながら後ろへ下がる。タンゲルトが弓で支援する。だいぶ進んだ所でダンケの左足に蟻が喰いついた。タンゲルトがダンケの足に喰いついた蟻を斬り倒す。
「隊長!みんな連れて先進め!この足じゃもうついていけねぇ!ここで食い止める!」
ダンケがシーマに叫ぶ。ダンケの左足からは夥しい血が流れている。
「駄目だ!ダンケ!」
シーマが叫ぶが
「行きましょう!数が増えてきてます!ダンケ!頼んだよ!」
アニーがシーマを促す。
「くっ!ダンケ、死ぬんじゃないぞ」
シーマはダンケに声をかけて後方へ走りだす。ダンケは無数の蟻を目の前にして大きな斧を構え直す。
「隊長‥‥ご無事で‥‥。さぁて、お前らなんぞにタダではやられんぞ!」
そこへタンゲルトが戻ってきた。
「‥な?お前まで残らなくても‥」
ダンケが驚く。
「一人では逝かせませんよ!」
タンゲルトが少し微笑む。ダンケも笑みを浮かべると
「ここが俺らの墓場となるか‥‥。武人冥利に尽きるわ!」
二人は雄叫びをあげて魔物の群れに突撃していった。
シーマ達はひたすら森の出口へ走った。追ってくる蟻の数が減った。ダンケとタンゲルトが命をかけてくれたおかげだ。だがシーマの仲間も一人また一人と倒れていく。部隊はすでに半数になろうとしていた。
「隊長!アニーが‥!」
シーマが蟻を斬り倒していると、後ろからナターシャが叫ぶ。振り向くと一塊になった仲間達の真ん中にアニーが仰向けに倒れていた。
「アニー!」
シーマが駆け寄る。アニーも剣で蟻と戦っていたが、爪で吹っ飛ばされてきたらしい。アニーの腹は裂けていて内臓が飛び出していた。
「‥‥隊長‥‥い、嫌だ。死にたくない‥‥」
アニーがか細い声で言う。
「くっっ‥‥」
シーマはやり場のない気持ちに思わず目を閉じる。シーマはしゃがんでアニーの上半身を抱き起こす。
「‥あ、あたし‥‥し、死にたくない‥‥」
譫言のように呟くアニーにシーマが
「アニー‥大丈夫だ‥痛みはすぐに消えるよ‥」
アニーを抱きしめてアニーの心臓にムーンソードを突き刺す。もう助からない。ならせめて少しでも早くこの痛みと苦しみから解放してあげたい。それだけだった。ナターシャは涙を流しながらそのさまを見つめる。他の仲間も蟻と戦いながら見届けた。すると仲間の一人が
「‥‥隊長。ここは我々が食い止めます。隊長とナターシャは逃げてください」
と言った。その場にいる全員がシーマを見ている。
「何を馬鹿な!もうこれ以上お前達を死なせる訳には‥!」
叫ぶシーマを今度はナターシャが遮る。
「隊長!ムーンソードをグエンに奪われたら死んだみんなが浮かばれません!たとえ隊長一人になってでも逃げるべきです!」
ナターシャは泣きながら、だが凛としてシーマに進言する。すると
ギィィィィギィィィィ!
蟻の魔物の咆哮のようなものが森の奥から聞こえた。
「早く!群れが来ます!ナターシャ、隊長と行け!」
仲間の一人が叫ぶ。
「隊長!行きましょう!」
ナターシャが走り出す。シーマは少しの間の後
「くっっ!私は隊長失格だ!すまない、みんな!」
シーマは仲間たちに敬礼すると走り出す。仲間達も敬礼でシーマ達を見送ったのだった。
シーマとナターシャは走った。もう少しで森から出られるはずだ。後もう少し。そう思った時だった。前を走るナターシャが突然、血飛沫をあげて倒れた。目の前にはグエンが立っていた。先回りして物陰に潜んでいたのだ。そして走ってきたナターシャを飛び出しながら斬り倒したのだ。
「グエン!貴様!」
シーマは怒りに身を任せグエンに斬りつける。グエンは連続しての攻撃を辛くも避けきると宙返りをして距離をとる。
「ふぅぅ‥。危ない危ない。力ずくだと難しいからこんな手の込んだ事してんのよ、こっちは。早くアリンコ共が来ないと逃げられちゃうじゃん‥」
グエンは恨めしそうに森の奥を見る。
「グエン!貴様は‥貴様は絶対に許さん!」
シーマはムーンソードを構えながら、チラリと倒れたナターシャを見る。大量に出血している。早く手当をしなければ‥。神様‥お願いです‥。どうかナターシャだけでも助けてください。一生のお願いです。どうか、どうかナターシャをお助けください。お願いします。お願いします。シーマは何度も心の中で祈った。ムーンソードを右手に持ち立てた状態で顔の前に持ってくると、そのまま右手を前に出し低い体制を取る。今のムーンソードはレイピアの形の為、突きが攻撃の主体となるからだ。グエンは短剣を逆手に持ちこちらも低い体制で構える。シーマは素早い突きを連続で繰り出す。グエンは下がりながら体を左右に逸らしてかわす。が、その瞬間シーマは左手で自分の腰からナイフを引き抜くとグエンの左足を斬りつけた。グエンの左腿ら辺から血飛沫が上がる。グエンは構う事なく短刀でシーマの顔面を突き刺す。シーマは上体を反らして避けようとするが、左目に剣先が突き刺さった。大量の血が左目から迸る。だが流血しながらシーマも怯む事なくムーンソードで今度はグエンの右足を刺す。グエンは呻き声を上げ、その場に跪いた。だがシーマは追撃をしなかった。素早くナターシャの体を担ぐと森の出口に向かって走ったのである。左目から大量の血が滴り落ち服まで真っ赤だ。だがグエンも両足を斬られ動けない。最初から足狙いだった。どこかを斬られても構わないから両足を攻撃して追って来れないようにしたかったのだ。グエンは許さない。出来れば今すぐトドメを刺したい。だがそれより今はナターシャを助けたい。シーマは走った。体力の続く限り走った。森の出口が見えた。お願い。神様、お願いします。間に合って‥。森から出ればすぐに手当てが出来る。それまでお願い‥。私なんかどうなったって構わない。ナターシャが持ちますように。お願いします。シーマは走って森から飛び出した。転げるように草原に倒れ込む。森の外は草原になっていた。よく晴れていて暖かい日差しが降り注いでいた。これなら蟻は森から出て来れない。ナターシャを。早くナターシャの手当を‥。
「ナターシャ!今、手当てするからな!もう少し頑張‥‥」
だが地面に降ろしたナターシャはもう冷たくなっていた。
誰もいない森の入り口でシーマは座り込んでいた。初めて涙が頬を伝う。一人泣き崩れながら、シーマは人生を懸けてグエンへの復讐を誓う。そしてシーマは神を信じなくなった。この世には人間とその他の生物がいるだけ。神様なんていない。信じたって助けてくれない。あんなにお願いしたのに、ナターシャを助けてくれなかった。それならばもう信じない。神頼みなんて意味がない。自分の力でなんとかしよう。自分に力があれば神頼みなんかしなくたってなんとかなる。シーマはベリアードへ戻ると軍を辞めた。左目は失明してしまい眼帯を付けた。そしてひたすら剣の腕を磨いた。傭兵となり、どんな相手とも戦った。時には命を狙われたが全て返り討ちにした。過去を振り払うかのように激しい戦いに身を置いた。そしていつしか『ラズベリア最強』と噂されるほどとなった。
「‥この世に神様なんていない‥‥」
「はじめ!」
審判の掛け声が響き、シーマは我にかえった。また昔を思い出してしまった‥。シーマはムーンソードを静かに構えた。
僕は少しづつ間合いを詰める。どう攻撃を仕掛けていくか、攻撃を頭で組み立て始めた時だった。
ドォォォォォォン!
地響きと遠くで大きな音がした。何かの爆発音のようだ。
「‥ベリアード城の方だな‥」
シーマが城の方を見ながら呟く。会場もざわついている。
「城で何かあったのかもしれん。試合は預けてもいいか?」
シーマが僕と審判に言う。僕と審判が顔を見合わせているのを尻目にシーマは走り出す。
「あ、あぁ‥!ちょっと待って!」
僕も後を追いかけて走る。
「なんじゃ?どうしたんじゃ?」
ヒルダが叫ぶ。
「城の方でなんかあったみたい!ちょっと行ってみる!」
僕は走りながら叫ぶ。シーマは全速力で城へ向かって走っている。まずい。置いていかれる。僕も全速力で走りだす。ベリアード城はコロッセオの隣だ。コロッセオを飛び出すと、城の正面入り口に向かう。城の城門から中に入ると衛兵達が集まって来ていた。
「さっきの大きな音はなんだ?何があった?」
シーマが衛兵達に叫ぶ。
「シーマ様!爆発です!城の裏手で爆発があり、賊が侵入したようです!」
衛兵の一人が叫ぶ。
「陛下は無事か?怪我人は?」
シーマが衛兵に聞く。
「陛下はコロッセオに居られたので無事です。怪我人も数名いますがみんな軽症です。ただ‥‥」
衛兵が顔を見合わす。
「バルデスという昨日収監された囚人が殺されました‥」
なんだって?あのバルデスが殺された?僕はシーマにバルデスのことを簡単に話す。
「賊は城の裏手から仕掛けた爆薬で侵入後、取り調べ中の囚人バルデスを殺害。たまたま近くにいた第二部隊と第八部隊がすぐに応戦した為、城の内部に逃げたとの事です」
衛兵の一人がシーマに報告すると、もう一人の衛兵が
「まだ城の中にいるはずです!城から出た形跡がありません!」
これはどうあっても犯人を捕まえなくては。なぜ城に侵入したのか?なぜバルデスを殺したのか?聞きたい事が山ほどある。
「手分けして探そう!」
僕の提案にその場の全員が頷き、それぞれ思い思いの方向へ散らばる。僕は城の二階の捜索に行くことにした。シーマは一階から行くようだ。たぶんヒルダ達もこっちに向かってるはずだし、ラズベリアの兵士達も続々と集まって来てる。捕まえられるのも時間の問題のはずだ。二階にある沢山の部屋を、一部屋一部屋調べて行く。三つ目の部屋を調べ終えて廊下に出た時だった。廊下を走る黒装束の者達と鉢合わせた。こいつらが犯人か?全身黒ずくめで、頭と顔を隠すように黒い布を巻いている。手には短刀を逆手で持っている。するとその内の一人に見覚えがある人物がいる事に気づいた。八咫烏だ。闘技大会でヴリトラを破り準決勝も勝ち上がった八咫烏が何故かここにいる。
「お前!なんでここに?」
思わず口に出る。すると八咫烏の隣にいた黒装束が
「おっと‥。少し手間取り過ぎたか‥」
物凄い速さで斬り込んできた。なんとか避けると慌てて剣を引き抜く。まずい。八咫烏はヴリトラとほぼ互角に戦っていた強者だ。それに最初に斬り込んできた黒装束。アイツも速い。その他に三人いる。力の差もあるが多勢に無勢だ。少しでも時間が稼げれば‥。すぐに応援が来るはず。僕は目を閉じて構える。
「逃がしてくれないかなぁ?俺たち強いよ?」
最初に斬り込んできた黒装束が戯けた言い方をする。僕は構わず目を閉じたまま集中する。あれ?おかしい‥。相手は八咫烏と黒装束が四人。合計で五人のはずなのに、三人の気配しか感じない。後の二人の音や気配を感じないのだ。誰だ?誰の気配を感じないんだ?と突然右肩に激痛が走る。僕は突然右肩を斬られたのだ。たちまち血が吹き出す。斬ったのは最初に斬り込んできた奴だ!アイツの気配や音を感じ取りにくいんだ。後もう一人は‥。位置的にやはり八咫烏だ。やつも気配と音を感じ取りにくい。
「『影足』(かげあし)ていうんだよ。暗殺が得意な者が身につけている技だ。まるで人の影が動いているかのように静かに動く身のこなしの事を言うのさ」
最初に斬り込んできた奴が、得意げに言う。そうなのか‥。なら非常にまずいぞ‥。この技は僕の『無明剣』とは相性が悪すぎる。無明剣は目を閉じて相手の音や気配を察知して攻撃するからだ。形勢は最悪だ。だが僅かだが微かに気配と音を感じ取ることは出来る。全くわからない訳ではない。それに何故か一番恐れている八咫烏から攻撃の気配を感じない。ここは静観するつもりなのか?気配を感じ取れる残りの三人から連続攻撃が来る。これを辛うじてかわしていると、また突然右腕を斬られた。くっ‥。また最初に斬り込んできた奴だ。このままではいずれ致命傷をもらう‥。ならば!僕は動かずに斬り込んで来るのを待った。必ず最初に斬り込んできた奴が来る。そんな気がした次の瞬間、僕の右脇腹に激痛が走る。来た!ここだ!あえて斬らせれば必然的に向こうから近寄ってくれる。僕は微かに感じた方向へ剣を振る。剣は空を斬るが僅かに何かに当たった。最初に斬り込んできた黒装束の、顔を隠している布に当たったのだ。布は切れて地面に落ちて顔があらわになった。茶色い髪に少し幼い顔立ちの男だった。
「ぐうぅぅ‥」
僕は脇腹の激痛でその場に跪く。まずい。今ので仕留めるか、何かしらの手傷を与えたかった。顔の布しか斬れなかったのは計算外だ。もう動くのが厳しい‥。ここまでか‥?覚悟を決めた時
「‥‥貴様!まさかグエンか?」
いつの間にか廊下の端にシーマが立っていて布が切れて落ちた黒装束を睨みつけている。二階の騒ぎを聞きつけたのだろう。他の衛兵と共に仁王立ちだ。よかった。応援が来てくれた‥。だがシーマは怒りに満ちてるようだ。
「うわぁ‥。最悪‥。一番まずい人にバレたじゃんよぉ‥」
グエンと呼ばれた男が顔を半分手で隠しながら、僕に言う。
「グエン!何故貴様がここにいる?答えろ!」
シーマは鬼の形相で向かってくる。どうやら知り合いのようだ。
「予定変更だ。それぞれ散開して退避。合流地点は変更なしだ」
グエンが黒装束と八咫烏に言うと窓から外へ飛び出した。
「待て!グエン!」
シーマがグエンの後を追う。黒装束達もバラバラになって逃げる。それを見届けると八咫烏が跪く僕の近くに来る。
「‥あの者は今はノエルと名乗っている。ドルギア四強の一人、ドルギア帝国偵察密偵部隊隊長ノエル・ベルッチだ」
八咫烏が一人言のように僕の前で呟く。なんでわざわざ僕にそれを伝えるんだ?知られてはまずい事なのに‥。この人、ひょっとして‥?それだけ言うと、八咫烏は走って窓から外へ飛び出した。
すぐにラズベリアの救護隊が到着して僕は手当を受けた。城内は蜂の巣を突いたような騒ぎになり、沢山の兵士が黒装束と八咫烏の捜索にあたった。だが誰一人捕まえられなかった。やはり五人共、かなりの手練のようだ。シーマも戻ってきたようだが、僕はすぐに街の医者の家に運ばれた。みんなとも合流できたが、僕はしばらく安静にしなければならなかった。闘技大会は中止となり明日以降に再開となった。僕は体がこんな状態なので、棄権を余儀なくされた。そしてみんなが僕が安静にしている部屋に集まった。そこにはシーマもいた。そこで八咫烏から聞いた話しをシーマにした。
「‥ノエル・ベルッチ。名前は聞いた事があったが、そいつがグエンだったとは‥。しかも今はドルギアにいるのか‥」
するとシーマはノエルとの過去を話してくれた。裏切られて仲間全員と左目を失い、失意に押し潰されないように戦いに身を置いた‥。あまりに悲しすぎる負の連鎖だ。
「グエン、いや今はノエルか‥。ノエルがまた私の前に現れた。死んだ仲間が引き合わせてくれたような気がする。この機を逃したくない。私はノエルを追う。必ず探し出してケリをつける」
シーマは淡々と言う。どうやら闘技大会は棄権するようだ。
「これでは約束どころではないな‥」
ヒルダが言う。僕が試合でシーマに勝ったら、シーマが僕らについて来てくれるという話しだ。
「すまんが、辞退させてもらう。お前達の旅についていく事は出来ない」
シーマが頭を下げる。残念だがこればかりは致し方ない。するとマリリアが
「これからどうするんですか?」
とシーマに聞く。
「ラズベリアの南東部にベルグンガルドと言う港街がある。ドルギアと国境が近い。闘技大会の人達に聞いたら、アルバトス達はその街の方へ向かったらしい。ノエル達もその街に向かった可能性があると思ってな‥」
ラズベリアの東部はドルギアと宝来の二つの国の国境に面している。ベルグンガルドを経由してドルギアに戻るつもりなのかもしれない。というか、僕らも今後について話し合う必要がある。今の状況を整理すると、僕とヒルダは月黄泉の魔装具探しの目的を知る為に、月黄泉より先に魔装具を見つけに来た。ベリアードへ来たのは不思議な武器の使い手がいると聞いてそれが魔装具か確かめる為だった。そしてそれはシーマのことでムーンソードは魔装具だった。おそらく月黄泉はムーンソードの事は、もうすでに知っていたのではないか?そしてムーンソードは月黄泉の目的とする物ではないのではないか?なんとなくだが、月黄泉は目的としてる魔装具がある気がするのだ。魔装具全てに興味があるなら、僕のルビウスの紋章やアルバトスの死神の紋章、ムーンソードとかにも興味を示すはずだからだ。月黄泉がどんな魔装具を探しているのかがわかれば、話しは早いのだが‥‥。するとラファエルが
「僕とマリリアはベリアードで仕事を探すつもりだったんですが‥。やはりアストリアさんについて行っても良いですか?」
と聞いてくる。
「僕らは構わないけど‥。でもいいの?」
と逆に心配になった。ベリアードほど大きい街なら色々な仕事が見つかるはずだし、生活するにはとても便利だからだ。
「今回、闘技大会に参加してみて、僕自身は大してお役に立てませんが、ヴリトラの力はお二人に必要なんじゃないかと思ったんです。マリリアもその方がいいと言ってくれたので、お二人が嫌でなければ‥」
とラファエルが言ってくれた。マリリアも頷いている。嫌も何も大歓迎だ。確かにヴリトラの力は百人力だし、ラファエルもマリリアも純粋で優しい人柄だから、一緒に旅が出来るのは嬉しい。ミルコもどうやら本気でついて来るみたいだし、後は行き先か‥。するとミルコが
「そのノエルって奴はドルギアの軍人なんでしょ?アルバトスもドルギアの軍人で今大会が初参加。なんか関係あるのかなぁ‥」
と言う。う〜ん、確かに‥。ドルギア繋がりという意味では関係あるが‥。だが、どうなんだろう?それだけで繋げるのは、少し強引すぎるかな?
「それに大会前にドルギアのお偉いさんが、ラズベリア国王陛下に謁見してたって聞いたし‥。道化師みたいな変な格好だったらしいけど‥」
ミルコの思わぬ情報に驚く。ちょっと待って‥?それって‥・?僕とヒルダは顔を見合わせる。
「それって月黄泉って奴じゃない?」
僕がミルコに聞くと
「わかんないけど、なんとか参謀って呼ばれてたって‥」
ほぼ間違いないだろう。月黄泉は道化師の格好したドルギアの作戦参謀だ。ドルギアの軍人であるバルデスが、同じドルギアの軍人のノエルに殺され、同じ場所に月黄泉やアルバトスがいた‥。きっとバルデスは口封じに殺されたんだろう‥。その指令は月黄泉が出していたのか?つまり月黄泉がノエルを使いバルデスを殺した。コーネリアスのように‥。じゃあアルバトスは?ノエル達の侵入の為の隠れ蓑‥?アルバトスや月黄泉がいれば、ドルギアから警備の兵士を沢山連れて来ても不自然じゃない。その中に潜ませれば厳重な警備のベリアード城でも紛れて侵入し易くなる。それに闘技大会で様々な国の人間が大勢集まる時期なら尚更だ。だが秘密裏に行われていたと思われたバルデス暗殺が、八咫烏の密告ともとれるノエルの素性ばらし。ベリアード城に侵入したのがドルギアの軍人だとバレれば大問題だ。だとすると今度はノエルが月黄泉に消されてしまうのか?僕はこの考えをみんなに話した。
「確かにノエルの素性が公になれば、ベリアード城にドルギアの軍人が無断で侵入し、罪人を殺したことになる。そうなればラズベリアとドルギアの関係は険悪なものとなり、ドルギアはなんらかの示しをつけないと収まらなくなる。そうなると月黄泉はノエルが邪魔になり、消す可能性があるかもしれない‥」
シーマが深刻そうに唸る。するとヒルダが
「今はノエルの素性のことは黙っておくのはどうじゃ?八咫烏が何故その事実をアストリアに伝えたのかがわからん。自分の立場も危うくなる可能性があるのにのう」
と提案する。僕は何故か八咫烏は悪い人では無さそうな気がする。アレフの事も助けたし、密告の事もある。だが何故、八咫烏がバルデス暗殺に加わっていたのか?バルデスに何か深い恨みでもあるのか?八咫烏の行動は不可解な点が多い。闘技大会に参加し物凄い力を見せたかと思えば、バルデス暗殺に関与。そしてノエルの素性を僕に密告。行動が謎だらけだ‥。
「‥八咫烏は仮面をつけているから、人物の特定は出来ない。派手に闘技大会で活躍してその姿を晒し、皆の記憶に残させてバルデスを暗殺。犯人は『仮面をつけた謎の人物とその仲間』で幕引きを狙う‥」
シーマが呟くように言うと、皆が頷く。それならば月黄泉、つまりドルギア帝国が関与してる事が疑われない。納得がいく。今すぐに僕らがこの事をラズベリア軍に話せば状況は大きく変わる。ベリアードでは『謎の五人組による囚人暗殺』となっているからだ。
「‥あえてこの事は公にせずに泳がすと言う事か‥」
シーマは考え込む。公にしてしまえば、ノエルを見つける前に月黄泉に消されてしまうかもしれない。シーマとしては自分の手でノエルを倒したいのだ。それに八咫烏も密告を疑われ、その身が危なくなるかも知れない。八咫烏にも色々聞きたい事がある。
「ノエルか八咫烏なら月黄泉の目的を知らないですかね?」
ラファエルが言う。
「八咫烏はともかく、ノエルは知っている可能性が高いんじゃない?ドルギアの偵察密偵部隊長だからね」
ミルコが答える。それなら鍵となるのはノエルだ。するとヒルダが
「‥妾達もシーマのノエル探しを手伝うのはどうじゃ?妾達もシーマもノエルに用がある事だし‥」
確かにそれもそうだ。僕はシーマに
「どうかな?僕らと一緒にノエルを探すってのは?一人で探すより効率がいいと思うけど?」
と提案した。シーマは少し考えた後、僕とヒルダ、ラファエル、マリリア、ミルコを順番に見ると
「‥わかった。よろしく頼む」
と言った。
僕は数日間、安静にすると動けるようになった。その間に闘技大会は幕を閉じた。シーマは結局、大会を辞退はせずに圧勝で優勝した。僕が療養してる間、暇だったらしい‥。武術部門では八咫烏が消息不明の為、繰り上がりでアレフが敗者復活を果たし、見事二連覇を決めた。お祭り騒ぎは少しづつ終わろうとしていた。僕らは旅の支度を整えラズベリア南東の街、ベルグンガルドを目指して旅立った。




