第六話 闘技大会
僕らはバルダナを出発し、シュミルの森を抜けラガン山地を越える。ラガン山地は標高はさほど高くない。街道を通ればちょっとした山登りという感じだ。バルデスはラズベリア軍の馬車に護衛の兵士と共に乗せられて護送されている。騎馬兵も数人、護衛に就いてくれた。相変わらずバルデスがマリリアを狙った動機は分からずじまいだ。ベリアードで厳しい取り調べを受けたとしても、口を割るかどうか。僕とヒルダ、ラファエルとマリリアの四人はもう一台の馬車に乗せてもらった。馬車での移動なのでかなり早い。あっと言う間にラガン山地を抜けて広大なゾムル大平原に出た。この先にラズベリアの首都ベリアードがある。馬車はゾムル大平原を進んで行った。行けども行けども周りは一面の緑。大草原が広がる。なんかのどかだなぁ、と景色を楽しみながらの馬車旅。途中で休憩なども挟みながら進む。ラズベリアの兵士も気さくに話しかけてくれた。だがカマリアの一件の事は話さなかった。月黄泉に口止めされたからではなく、あまり自分からベラベラ話す事ではないと思ったからだ。そうしてるうちにベリアードが見えてきた。遠くに巨大な建造物がいくつも見える。周りも僕らと同じ方向に進む人や馬車、荷車などが増えてきた。皆、ベリアードへ向かう人達のようだ。ベリアードを取り囲む巨大な城壁が見えてくる頃には行列になっていた。
「すごい人だねぇ‥」
ラファエルが周りを見て驚く。確かに‥。いくらベリアードがラズベリアの首都で最大の街であるとはいえ、この混みようは凄い‥。たまらず騎馬兵の数名が馬を降り、人を掻き分け歩いて先に進む。何かしら交渉するつもりかな?すると、同じく行列に並んでいてロバに跨っている少年が馬車の窓越しに話しかけてきた。
「お兄さん達、軍隊の人?」
茶色い髪に茶色いゴーグルのような物を頭につけている。冒険者風の服装だが、冒険者ではなさそうだ。背中には大きな袋を背負っている。垢抜けない田舎の少年と言った感じかな。大きな目が輝いている。どうやら一人のようだ。
「うん。凶悪犯の護送をしててね」
なんて伝えていいかわからず出た言葉がこれだった。まぁ、僕らは軍人ではないしね‥。少年は僕らの馬車を覗き込み、その後、前の馬車の方を見る。『凶悪犯』という言葉に興味深々だ。
「僕はアストリア・バーンシュタイン。君は?」
興味本意で聞いてみる。
「俺?ミルコ!ミルコ・シャンティ!よろしく!」
少年はニッコリ微笑んで叫ぶ。元気がいい。とても明るいやんちゃ坊主って感じだ。
「アストリア達は闘技大会には出ないの?」
ミルコが聞いてくる。闘技大会?何だそれは?聞けば今日からベリアードで、東の大陸の猛者が集まり闘技場にて腕を競い合う『オルタニア闘技大会』が開催されるそうだ。四年に一度の催しなので、東の大陸のあちこちから参加者や見物客が殺到するらしい。だから街の入り口でこの行列なのか。ようやく状況を理解した僕らの所へ、先ほどの騎馬兵達が戻ってきた。どうやらベリアードの兵士と話がついて先に行かせてもらう事になったようだ。ベリアードから何人も兵士が来て、並んでる人々に道を開けるように指示を出し始める。やや後ろめたい気持ちになるが、護送中なので許してもらおう。馬車はゆっくりと進み始める。とミルコもちゃっかり付いてくる。澄ました顔してバレるまで出来るだけ前に進むつもりか。さすが逞ましいと言うか何というか‥。僕らはゆっくり大きな城門の前まで来た。巨大な塔のような高さの城壁と鉄で出来た巨大な城門。圧巻だ。僕らはたまらず感心して見上げてしまう。馬車は城門を進んで行った。後ろを見るとミルコはまだ気づかれていない。ピッタリと付いてくる。城門を抜けるとベリアードの街並みが広がり、沢山の人々が行き来している。馬車は大通りに入り、ベリアード城を目指す。するとミルコが手を振り離れていった。大通りの両側には沢山の商店が立ち並ぶ。街のあちこちに、闘技大会関連の垂れ幕や各国の国旗が掲げられて、大勢の人で賑わっている。まさに大きなお祭りのようだ。僕らはしばし街並みに見入った。街の中には大きな川も流れていて橋がかかっている。水も緑も豊かで沢山の建物も立ち並ぶ。しかも広いしこの人の多さ。これは確実に迷子になる。馬車は一際巨大な建造物を目指す。あれがベリアード城か?天まで聳え立つような高さの塔がいくつも見える。人の力であれを作ったのか?何年かかったんだろう?近くまで行くとその大きさにさらに驚愕した。石やレンガなどで作られ雄大だが細部には細かい装飾なども施されている。巨大な芸術作品のような建物に僕らは何度目かの
「凄いなぁ‥」
を呟いていた。馬車は城の大きな門を通った所で止まった。ベリアード城の兵士が何人か出迎えている。僕らは馬車を降りた。前の馬車から拘束されたバルデスが降りてくる。ラズベリアの兵士達によって引き継ぎ作業が行われている。僕らの役目はここまでだ。後は軍に任せよう。騎馬兵に声をかけると、城内を案内しようか?と申し出があった。しかし、ヒルダやラファエルは城より闘技大会の方が興味があるみたいで、早く行きたいらしい。せっかくの誘いを断り報酬を受け取ると、闘技大会の会場となるコロッセオを目指す事にした。コロッセオはベリアード城のすぐ隣にあった。こちらも巨大な建造物で圧巻だ。コロッセオの前は広場になっており、周辺には露店なども立ち並び沢山の人で溢れていた。すると聞き覚えのある声が聞こえる。
「さあさあ、今回の注目選手は?ズバリこちら!参加選手一覧だよ!金貨一枚でさらにお得情報も教えちゃうよ〜!」
先ほど別れたミルコだ。どうやら闘技大会は参加者の勝ち負けにお金をかけることも出来るみたいで、ミルコは情報屋まがいの事をやっているようだ。声をかけると嬉しそうに
「アストリア!一口どう?誰かに賭ける?」
と聞いてくる。
「‥あぁいやいや、よくわかんないから、いいよ‥」
適当に断る。無駄遣いするとヒルダが怖い。そのヒルダが
「大会の参加者はもう確定なのか?」
と聞く。ミルコが
「いや、まだだよ。あそこで受付してる。でももうすぐ締め切りのはずだよ」
と指差して教えてくれる。するとヒルダが意味深な笑顔を見せ、素早く人混みに消えた。えぇ‥?まさか‥?しばらくすると二枚の紙を持って戻ってきた。
「ほれ。参加しといたぞ」
一枚づつ僕とラファエルに渡す。やはり‥。勝手に参加させられた‥。ラファエルは両手で参加票を持ったまま固まっている。人格がラファエルの時は気弱な優しい青年だからなぁ‥。しかし本来ベリアードに来たのは魔装具探しの為だ。ラファエルも仕事になるような事を探しに来た。大会に参加してる場合じゃないんだが‥‥。
「えぇ?アストリアも参加したの?」
ミルコもヒルダの早技に驚く。当の本人は、隣の露店で買った串に刺さって焼かれた肉に、マリリアと一緒に齧りついている。
「‥今回は厳しいと思うよ〜」
ミルコが渋い顔で言う。闘技大会は二種類の競技がある。剣のみで戦う『剣技部門』と、どんな武器を使ってもいい『武術部門』の二つだ。どうやら僕は『剣技部門』でラファエルが『武術部門』のようだ。
「今回、剣技部門に『ラズベリア最強の剣士』が参加するんだ!今からすげぇ楽しみだよ!」
愕然とする僕を尻目にミルコが歓喜の声を上げる。
「なんでも『ムーンソード』って不思議な剣の使い手なんだって!」
ミルコの目は生き生きと輝いている。すると肉を齧っていたヒルダが
「どんな剣なんじゃ?」
と聞いた。
「なんでも月の満ち欠けで刀身が変わるんだって。満月だと巨大な大剣になって新月だと細身のレイピアになるとか‥」
なるほど。というかやはりミルコは詳しい。伊達に情報屋をうたっていない。
「今はちょうど三日月ぐらいだから、東の国の『太刀』のような形じゃないかな?」
太刀か‥。東の方の国には太刀を使う『侍』と呼ばれる戦士がいると言う。侍みたいな人なのかな‥?と言うか『ラズベリア最強』と呼ばれる人と戦うかもしれないのは、気が重すぎる‥。なんで勝手に参加するんだよぉぉ‥‥。するとヒルダが
「カマリアの近くの村で聞いた、不思議な武器を使う剣士とはこやつの事かもしれんのぅ‥」
と言う。確かにそうかもしれない。しかも月の満ち欠けで刀身が変わるなんて普通じゃない。魔装具の可能性がかなり高いぞ。大会の最中に、どうにかその人物に会って話しを聞きたい所だ。
「あと今回、一番注目してるのが『武術部門』!なんと言っても『東の大陸最強』と名高い人が出るからね!」
うわぁ‥今度は東の大陸最強‥‥さらに範囲が広くなって格が上がった‥‥。ラファエルがヘナヘナと座り込んだ。大丈夫!まだ戦うと決まった訳じゃない!
「その名も!ドルギア帝国戦略強襲師団師団長、アルバトス・クウガ!」
ミルコがこれでもかと声を張り上げる。僕とヒルダは顔を見合わせる。ここでもドルギア‥。バルデスがドルギアの軍人だということはヒルダにだけ伝えた。ラズベリア軍に収監され尋問等を受ければ自ずとはっきりする事だし、あえては言わなかったのだ。でもまぁ、色々な国々の強者が参加するこの大会、別にドルギアから参加しても不自然じゃない。今回が初参加らしいが、現役の軍人の参加はかなり異例だ。しばらくすると参加者締め切りの鐘が鳴った。これから予選大会が始まるのだ。予選を三回勝ち進むと決勝トーナメントに進むことが出来る。予選は広い会場で何試合か同時に行われるのに対し、決勝は特設舞台で一試合づつ行われるので注目度が段違いに違う。まぁ、一試合ぐらい勝てればいいなぁ。
「えぇ!西の大陸の勇者?‥‥本当に?」
後ろでミルコとヒルダが何やら話しをしている。余計な事を言うんじゃないよ!お願いだからそっとしといてくれ‥。ミルコが一層輝きを増した目をして飛んできた。
「アストリア!勇者なんでしょ?スッゲーなぁ!ぜってえ優勝してよ!」
ほらね‥。期待させてしまうから‥。
「‥あぁ。いや、記憶喪失になっちゃってね‥。あまり期待しないで‥」
ミルコは全然話しを聞かないで、ラファエルに話しかけてる。
「ラファエルはバーサーカーの末裔なんでしょ?初めて会ったよ。マジでスゲーよ!」
僕とラファエルは恨めしそうにヒルダを見る。ヒルダはニカッと笑う。後で覚えてろよ‥。僕らは予選大会の会場に着いた。予選は剣技部門は全員模造刀で戦う。武術部門は大会が用意した自分が使う武器に近い模造武器で戦う。相手の頭、体、腕、足を叩けばそれぞれに決められた得点が入る。制限時間内で得点が高い方が勝ちだ。それ以外では『敗北宣言』するか意識を失う等で審判が続行不能を判断すれば即時敗退が決まる。ちなみに決勝は本物の武器を使う。毎回のように死亡事故や大怪我をする事例が発生しているとか。とんでもない大会だ。だがそのせいか人気も高い。皮肉な話しだ。僕の予選一回戦の相手は宝来大国から来た斬蓮という男だ。どうやらこの大会の常連のようで毎回決勝トーナメントに行ってるそうだ。宝来大国は東の大陸でもドルギア帝国と並ぶ大国だ。ラズベリアの東南方に位置する。ドルギア帝国はラズベリアの東北方。つまり両国はラズベリアの真横に平行に並ぶように位置しているのだ。そしてすぐに試合が始まる。
「片刃の片手剣の使い手。右利き。素早い動きに気をつけて。体力はないから、持久戦がいいよ」
ミルコが相手の特徴と弱点を教えてくれる。これは心強い。僕は一礼をして目を閉じて模造刀を構える。斬蓮も一礼して構える。審判の掛け声で試合が始まる。開始早々、斬連が踏み込んでくる。連続での打ち込み。僕は模造刀で捌く。あれ?なんか手応えがいつもと違う‥。攻撃を捌ききると後ろに下がる。斬蓮は再度、打ち込んでくる。今度も連続した攻撃。僕はまた模造刀で受け流す。うん、やはり‥。そう相手の攻撃が遅く感じるのだ。この人はきっとそれほど強くはない。僕は今までかなりの強者達と戦っていたんだなぁ‥。そんな事を考えていると、斬蓮の攻撃が止んだ。息が上がっている。ミルコの情報通り体力がない。ここだ!僕は連続で模造刀を打ち込む。斬蓮の体や腕など数カ所に当たり、僕に得点が入る。斬蓮も慌てて打ち込み返すが、冷静に受け流す。隙が出来た所に、もう一度連続で打ち込み、また得点が入る。そこで時間切れとなった。一礼してみんなのところへ戻ると、ミルコが嬉々として喜んでいる。
「すげぇ!すげぇよ!斬蓮をあんなに簡単に倒しちゃうなんて!」
飛び跳ねて喜んでくれてる。
「凄い!やったね!」
マリリアも嬉しそうだ。ヒルダはまた何か食べてる。全くこいつは‥‥。そしてラファエルは心ここにあらずだ‥。僕は残りの二試合も勝ち上がってしまい、決勝に駒を進める事となった。僕は気になってしょうがない『ラズベリア最強剣士』や『東の大陸最強』の人を探して周りを見渡す。とんでもない大きさの巨人とかだったらどうしよう‥。するとミルコが僕の気持ちを悟ったのか
「‥あぁ、ちなみに招待選手は予選には出ないよ。いきなり決勝トーナメントから」
えぇ?なんて不公平なんだ‥。他にもマルセルト公国や各国から招待されてる人がいるらしい。そうこうしてると今度はラファエルの出番になった。ラファエルは浮かない顔で魔法陣を描き始める。
「‥もしもの時は頼みますよ‥」
ラファエルがか細い声で言うと
「任せておけ!存分に戦ってくるのじゃ!」
満面の笑みでヒルダが答える。ラファエルが泣きそうな顔でヒルダを見ながら歌を歌うと、一瞬光に包まれヴリトラに変わった。
「ほぉ。なんか楽しそうじゃねーか」
ヴリトラが手の骨をバキバキ鳴らして試合に向かう。後ろからマリリアが
「ちゃんと手加減してね!やりすぎたらダメだから!」
と叫ぶ。ヴリトラは振り向かず右手を挙げて振ってみせる。試合は一瞬だった。ラファエルは相手の模造武器をへし折ると溝落ちに一撃。相手を気絶させて勝利すると、残りの二試合も一瞬で終わらす。会場からはどよめきが起こった。やっぱり凄い。僕はヒルダも含め、実はとんでもない人達と一緒にいるんじゃないか‥?そう思っているのは僕だけではなさそうだ。ミルコも口が開きっぱなしだ。言葉も出ないようだ。さっきまでのラファエルを見てるから尚更驚いているようだ。
決勝行きを決めたヴリトラにマリリアが
「もう‥。怪我させてないよね!」
と相手の方を見ながら言う。確かに戦った相手が心配になる強さだ。
「うるせぇなぁ。ちゃんと手加減してるって」
ヴリトラが面倒くさそうに言うと
「決勝は本気でいいんじゃないか?」
ヒルダが持ってた串団子を差し出しながらけしかける。
「おぉ!そうだな!思う存分暴れてみるか?」
ヴリトラが串団子に食いつきながら笑う。
「絶、対!ダメです!」
マリリアが恐ろしい顔で二人を睨みつける。二人は途端におとなしくなり団子を食べてる。本当に怖いのはマリリアかもしれない‥‥。すると会場からまたどよめきが上がる。そちらを見るとちょうど試合が終わった所だった。
「見てあれ!前回決勝に勝ち上がって三位になったルドガー・アレクセイだよ!」
倒れている選手を指差す。つまり前回三位を予選で倒した者がいるという事か。どんな奴だろうと見てみると、小柄な人物が立っていた。仮面を付けていてフードをすっぽりと頭から被っているので顔はわからない。当然、性別もわからない。鳥の嘴のようなものがついてる仮面で少し不気味だ。黒装束に身を包んでいて、東の国の『忍』と呼ばれる部隊のようだ。模造刀を逆手に持っている。ミルコが試合を見てた人に話しを聞きにいって戻ってきた。
「八咫烏という人らしいよ。ルドガーを一瞬で倒したんだって!」
前回三位を一瞬で‥。これは強者だ。今行われているのは全て武術部門の試合だ。と言うことはヴリトラと当たるかもしれない。この人が『東の大陸最強』の人と当たってくれればいいのだが‥。そして全ての予選の試合が終わった。明日、決勝トーナメントが始まり、明後日に決勝戦だそうだ。僕らは決勝トーナメントの対戦予定を見に行った。明日は武術部門が最初に行われる。それが終わると剣術部門だ。
武術部門
第一試合 アルバトス・クウガ 対 アレフ・ロドリゲス
それを見てミルコが歓喜の声を上げる。
「すげぇ!第一試合から『東の大陸最強』のアルバトスと、前回優勝のマルセルト公国代表アレフとの戦いだ!事実上の決勝戦だよ!」
目の輝きが止まらない。男の子だなぁ‥。
第二試合 ラファエル・リビル 対 八咫烏
うわぁぁ‥。ヴリトラの相手はさっきの仮面の人物だ。恐れていた事が‥。ヴリトラが負けるのも見たくないが、勝ったとしてもとんでもない事になりそうで‥。その他、準決勝も含め全六試合が行われる。そして剣術部門だ。
剣術部門
第一試合 シーマ・シュタイナー 対 アストリア・バーンシュタイン
対戦表を見てミルコが絶叫する。
「アストリアの相手、『ラズベリア最強の剣士』じゃんよぉ!」
えぇ!このシーマって人が?でもこの名前って‥。
「お前がアストリアか?」
不意に後ろから声をかけられる。女性の声だ。
振り向くと背の高い綺麗な女性が立っていた。黒っぽい服で髪は長くて銀色だ。驚くほど美人だが左目に眼帯をしている。隻眼なのか?
「シーマだ。明日はよろしくな」
気が強そうで大人っぽい顔が少し微笑む。この人がシーマ?ラズベリア最強の剣士って女性だったのか?歳は二十代後半ぐらいだろうか‥。大人の色気のような物がある。
「あ、あぁ‥。よ、よろしく‥」
驚きでしどろもどろになる。
「‥‥西の大陸の勇者には見えんな‥」
シーマが僕を見つめながら痛い所を突いてくる。僕が一番自覚ないんだって!驚きで焦っているのも確かだが、急に目の前で大人っぽい美人に話しかけられると、ほとんどの男性がこうなるはずだ。そんな僕を放っておいてヒルダが話しかける。
「お主、ムーンソードという剣を使うとか?そいつは魔装具か?」
シーマは怪訝そうな顔をする。いきなり魔装具かどうかを聞かれたら確かにそうなる。
「あぁ。魔装具だ。刀身は魔力で出来ている。月の満ち欠けで魔力の強さが変わり大きくなったり小さくなったりする。それがどうかしたか?」
シーマが淡々と答える。いつでも冷静沈着なんだろうな。感情の起伏を表に出さない人だろう。
「実は魔装具を探しておってな。すまんが譲ってくれんか?」
ヒルダの真正面からの真っ向勝負。いくらなんでも素直すぎる。シーマは目を見開いている。
「何を言ってる?無理に決まってるだろう?」
そりゃそうだ。するとヒルダが
「なら月黄泉という者に命を狙われる事になるやもしれん。ドルギアの作戦参謀で危険なヤツじゃ。理由はわからんが、魔装具を探しておる。命が惜しければ譲ったほうが身の為だと思うが‥」
と言った。シーマは少し遠くを見ながら
「‥月黄泉という者かどうかは知らんが、命はとっくに狙われてる。この剣が欲しい者は世界にウヨウヨいる‥‥」
少し悲しそうな顔をした。たぶんこの剣を巡って、壮絶な争奪戦を数えきれないぐらい戦ってきたのだろう。だから『ラズベリア最強』と言われるぐらいになったのかもしれない。月黄泉はムーンソードの事を知っているのだろうか?シーマの前にはまだ現れてないようだが?するとシーマが
「‥そうだ。明日、私に勝てたらあげてもいいよ」
と言って軽く微笑む。だがヒルダは
「いや!」
と言った。え?なんで?欲しいって言っといて断るの?と思っていたら
「ムーンソードだけでなく、お主にも来て欲しいのじゃ。明日、アストリアが勝ったら妾達と同行して欲しい」
突然の予想外の申し出。でも確かにムーンソードだけでなく、シーマが同行してくれれば百人力だろう。
「お前達に同行してどうする?私に何をしろと?」
シーマが聞く。なので僕はこれまでの経緯を簡単に説明した。
「という訳で僕らも魔装具を探しているんだ‥」
説明が終わると、シーマは少し考え込む。
「つまり魔装具探しを手伝えと‥」
「そう。月黄泉が魔装具をなんの為に探してるかわからないから、片っ端から探していこうと思っていてね‥」
と言うとシーマはまた考え込んだ。そして
「‥‥考えておこう‥」
とだけ言った。これで明日、絶対に負けられなくなってしまった。自然と体に力が入ってしまう。すると
「じゃあ、俺もついてく!」
ミルコが思いっきり片手を上げてる。いやいや、近所の散歩じゃないから‥。
「何か特技があるのか?」
ヒルダが聞く。急遽『旅に連れて行く面接』が始まった‥。
「情報集め!あと手先が器用、簡単な鍵なら開けれる!あとは‥」
ミルコは背中に背負っていた大きな袋のようなバッグを下ろす。中にはガラクタのような物が沢山入っている。
「手先が器用だからさ。これ全部自分で作ったんだ。カラクリ仕掛けの物だよ」
双眼鏡やら時計やら一つずつ出しては見せる。
「‥ふむ。考えておこう‥」
とヒルダが言うとミルコが
「‥あとさ今夜の宿、大丈夫なの?」
と意地悪そうな笑みを浮かべて言う。そうだ、早く宿を取らないと。闘技大会の開催中はベリアード中の宿屋が大混雑だという。僕らはバルデスの連行で来て、闘技大会開催を知らなかったから宿を取ってないのだ。しかも今まで予選に参加していたので、日が暮れ始めた今から宿探しだ。
「俺が宿を見つけてあげるよ!そしたら連れてってくれる?」
なるほど。この状況で絶妙な交渉だ。
「うぅぅぅぅぅ‥‥。致し方ないのぅ‥」
僕をチラリと見てヒルダが渋々答える。ヒルダは野宿が苦手なのだ。昔を思い出してしまうそうだ。
「では明日‥‥」
シーマが去っていく。僕らは宿探しをミルコに任せる事にした。するとすぐにミルコが戻ってくる。もう見つけたと言う。半信半疑でついて行くと立派な宿屋に案内された。この宿屋の主人に以前、ミルコが情報を流して主人は一儲けしたらしい。なので主人はミルコに借りがあるという事だ。なんとか二部屋空けてもらい、僕とラファエルとミルコが同じ部屋で、もう一つの部屋にヒルダとマリリアになった。ミルコの話しは夕食時に色々聞く事ができた。年齢は十六歳だそうで、生まれは西の大陸らしい。両親も西の大陸で健在のようだ。広い世界を見たいと言って飛び出してきたらしい。両親はきっと心配してるだろうに‥。するとミルコがふと
「なんでラファエルは二重人格なの?」
と聞いてきた。確かに今まで聞いてこなかった。ラファエルは突然の質問に驚いたのか、黙ってしまった。
「‥あ、ごめん。言いたくないなら‥」
ミルコが慌てて謝る。すると少しの間の後、ラファエルが
「‥‥ん?‥‥んん。‥‥わかった‥」
と言った後に
「‥ヴリトラが話しがしたいって言ってます。ヴリトラに変わりますね‥」
と言うとバーサーカーの術をかけヴリトラに変わった。するとラファエルから変わったヴリトラが
「‥ふぅ。その話しは俺からしたほうが良いと思ってな‥」
と話しだした。
ラファエルは七歳の時からバルダナにある学校に通い始めた。両親はラファエルに、学校より生活の助けになる事を覚えて欲しかったのだが、ラファエルが行きたいと言いだしたのだ。ラファエルには当時、ミラトの村にキリトと言う友達がいたのだ。そのキリトが学校に通うのでラファエルも行きたいと言いだしたのだ。両親は苦しい生活の中、なんとか学費を作り、ラファエルを学校に通わせる事が出来た。だが学校に通い始めてしばらくすると、ラファエルとキリトの二人は同級生に目を付けられ始めた。クラトスとミゲルだ。二人は少し離れたランクスと言う村から通っていた。クラトスは体が大きく美形で女子の人気も高く、運動神経も抜群に良かった。ミゲルはランクス村の村長の息子で、お金持ちだった。クラトスとミゲルはことある毎にラファエルとキリトを揶揄った。ラファエルの母親が編んでくれた服やキリトの少し汚れた服を指差して笑っていた。二人は綺麗で高そうな服をいつも着ていたからだ。ラファエルは気にしなかったが、キリトは嫌がっていた。ある時、ラファエルが帰ろうとすると、キリトがクラトスとミゲルに殴られていた。ラファエルは慌てて止めに入った。だがラファエルも殴られてしまった。家に帰ると両親に怪我や服の汚れの事を聞かれた。ラファエルは川遊びで転んだ、と言った。両親には言えなかった。心配をかけたくなかった。それからクラトスとミゲルの二人への攻撃は加速していった。殴る蹴るは当たり前。酷い言葉も日常的に浴びせられ、ゴミを投げつけられたり、靴にカエルや蛇の死骸が入れられたりした。明るかったキリトは何も喋らなくなってしまった。ラファエルも喋らなくなった。家族以外、世の中みんな怖い人に見えた。家から出るのが怖くなった。でも両親が大変な思いをして学校に行かせてくれてた事を知っていたから、行かないとは言えなかった。ある時、動物の汚物を投げつけられた。笑っている二人にキリトが掴みかかった。二人はキリトを気が済むまで、殴ったり蹴ったりした。ラファエルは動けなかった。怖かった。何をされても笑っていた。二人が去っていくと、顔が変形するまで殴られたキリトに近寄る。キリトは小さい声で
「‥‥もう限界だよ‥」
と言った。文字通り絶望だった。何の望みもなかった。ラファエルはキリトを連れてミラト村へ帰った。そして家に帰る途中で、服に着いた汚物を近くの川で洗ってから帰った。その日の夜遅く、キリトの両親がラファエルの家を訪ねてきた。キリトが見当たらないと言う。ミラトの村人総出でキリトを探した。ラファエルもシュミルの森を夜通し探した。そして明け方、小さな川の下流のほとりでキリトは遺体で見つかった。ラファエルが家まで送っていった後、家には入らず森へ行ったようだ。腫れ上がった顔や汚物で汚れた服を両親に見せられなかったのだろう。そして自ら川に入ったようだ。冷たくなったキリトは少し笑っているようにも見えた。ラファエルは心当たりを聞かれたが、何も知らないと答えた。もうどうしていいか、わからなかったのだ。次の日、学校でキリトの死がみんなに伝えられた。その帰り道だった。追いかけてきたクラトスとミゲルは、笑いながらラファエルを小突いてくる。ラファエルには理解が出来なかった。キリトが死んだんだ。人が一人死んだんだぞ。お前達が酷い事をしたせいで死んだんだ。なんで笑っていられるんだ?だが体の大きいクラトスが、ラファエルの首を右脇で抱え込むと、また恐怖で何も言えなくなった。クラトスは力でグイグイと締め付ける。また笑って誤魔化そうとした時、頭の中にキリトが現れた。とても悲しそうな顔をしている。そう。僕はキリトを助けてあげないといけなかったんだ。僕は助ける所か、笑って誤魔化してきてしまった。怖がらずに一緒に戦えば、結果が変わったかもしれないのに‥。僕はこいつらと何も変わらない‥。こいつらと同罪だ。僕は‥僕は‥。もうどうなってもいい。むしろ誰か殺してくれ。こんなに辛いなら殺してくれ。生きていても辛い事ばかりだ。それならばいっその事‥。頭がおかしくなりそうだった。悔しくて、悲しくて、情けなくって、もうどうにもならなくなって‥‥‥もうこの世から消えたい‥‥と思った時だった。心の中で誰かが話しかけてくる。
「‥よく頑張ったな。後は俺に任せろ‥」
それがヴリトラだった。ヴリトラはラファエルが無意識に自分の心を安定させようと生み出した、もう一つの人格だったのだ。気づくとラファエルは無理やり脇から首を外すとクラトスに殴りかかっていた。ラファエルは必死に殴りかかる。雄叫びのようなものをあげて、がむしゃらに‥。気がつくと血まみれで倒れていた。身体中、痛い。顔の頬ぼねと顎の骨、右腕と右足の骨が折れていた。痛みで動けずにいると、ミラト村から帰ってきた両親が通りかかった。驚いた両親は道端で倒れているラファエルに駆け寄る。そして始めて息子が虐められてると気づいたのだ。次の日、ラファエルは学校を辞めた。両親は学業よりもキノコや山菜採りの知識の方が生活の役に立つと言ってくれた。当時、拾ったばかりのガブリエルも寄り添ってくれた。そしてそれから度々、心の中でヴリトラと会話をするようになった。
ヴリトラは話し終えると一息ついた。
「まぁ、こんなところだな‥。アイツもバーサーカーの術を使うようになって、俺も頻繁にこっちに来れるから、頭の中で話すのはもう辞めたんだが‥。アイツの弱い所を俺が補ってる、って感じかな‥」
そうか‥。幼少期にそんなことが‥。するとマリリアが
「なら二人で一人。なおさら二人は仲良くしなきゃね!私はラファエルもヴリトラも大好きだよ」
と言うと、ヴリトラが
「‥ありがとな。一時はどうなるかと思ったが、マリリアやみんなと出会えてラファエルは良かったんじゃねぇかな?俺もいつまでラファエルの中にいるかわからねぇしな‥‥」
と言って少し悲しそうな顔をした。多重人格はいずれ消えてしまい、一つの人格に統合される事が多いそうだ。少し前にヒルダが文献を読みながら話してくれた。そうなるとヴリトラの人格は消えてしまい、ラファエルの人格だけが残るのか‥。
「ほう?お主らしくないつまらない事を言うのう。呆けたか?」
とヒルダがヴリトラに変顔をして見せる。
「あぁ?テメェとはそれまでに白黒つけてやるよ!」
ヴリトラが挑発して返す。
「望むところじゃ。筋肉おばけ」
ヒルダが笑みを浮かべて杖を構える。その真ん中にマリリアがスタスタと入って行き
「はい!もう寝るよ!筋肉おばけさんもラファエルに変わってね。明日も早いし遅れたら棄権になっちゃうから。起きなかったらみんな叩き起こすからね!」
と言うと
「はい!」
全員が声を揃えて返事する。マリリアの『叩き起こす』が一番怖いのだ。僕らは部屋に戻り明日の大会に備えすぐに就寝した。
次の日、僕らは支度を済ますとコロッセオに向かう。いよいよ決勝トーナメントだ。コロッセオに着くとやはり大混雑だ。僕らは予選の時に教えてもらった関係者の入り口に向かい、そこから中に入る。コロッセオは巨大な闘技場だ。中に入るともうすでに沢山の人がいる。中心部分に四角い闘技舞台が設置されている。そしてそれを取り囲むように観客席が設置されている。もうすでにほとんどの席が人で埋まっている。凄いなぁ。こんなに沢山の人の前で戦うのか‥。初めての体験だ。しかも真剣での戦い。昨日の予選とは訳が違う。下手したら大怪我、最悪斬り殺されてしまうのだ。とんでもない緊張感だ。決勝トーナメントは全ての試合で本物の武器を使用する事が出来る。勝敗は敗北宣言するか、戦闘続行不能になるか。予選のように制限時間はない。あと決勝トーナメントは四角い正方形の闘技舞台の上で戦う。闘技舞台より降りると場外負けとなる。すると会場全体に一際大きな歓声が上がった。舞台に男性が三人上がってきた。どうやら試合の審判だ。いよいよ第一試合が始まるので、歓声が大きく上がったのだ。
「あ!あれ!ラズベリアの国王陛下だよ!」
ミルコが観客席の一番上の一際迫り出して区分けされた区画を指差す。そこには沢山のラズベリア兵が並んでいて、その真ん中に赤と白の派手なローブのような物を着た男性が大きな椅子に座っている。王冠をつけているのであれがラズベリア共和国国王ベリオルト陛下だろう。するとまた歓声が大きく上がった。一人の男が闘技舞台に立っている。白い鎧に身を包んで大きな両手持ちの剣を携えている。
「あれが前回優勝したアレフだよ。マルセルト公国代表なんだって」
いやぁ、ミルコの説明は助かる。年齢の割に物知りだし社会慣れしている。世界情勢や歴史にも詳しい。意外と旅の役に立つかも知れない。すると先ほどの歓声を上回るさらに大きい歓声が上がった。舞台上にはもう一人立っていた。黒い鎧に身を包み体もアレフより大きい。こちらもアレフと同じぐらい大きい剣を携えているが、片手で持っている。この男が‥
「‥アルバトス・クウガ。東の大陸最強と言われ、ドルギア帝国戦略強襲師団長。ドルギア四強の一人でもあるんだよ」
ミルコが少し緊張気味に言う。ミルコも実際見るのは初めてだという。ミルコだけではなく、この会場の人のほとんどが初見だという。ドルギアの現役軍人がこの大会に参加した事が今までない。戦場での噂はすぐに広く広まるが、当の本人は表舞台に立つ事はなかったのだ。
「ドルギア四強って?」
マリリアが聞く。
「陸戦部隊のアルバトス、騎馬部隊のネロ、暗殺部隊のノエル、そしてそれらを統括するリーゼル。この四人はドルギア四強と呼ばれているんだ。どいつもこいつも、とんでもなく強いらしいよ」
ミルコが興奮気味に言う。もしヴリトラが一回戦を勝ち上がってしまうと、次の準決勝はこの試合の勝者だ。前回優勝者と東の大陸最強。一体、どちらが強いのか?この先、どうなってしまうんだろう‥。アレフとアルバトスは舞台中央で審判から説明を受けている。このあと一礼をしたら試合が始まる。アルバトスは髪は茶色でかなり凛々しい顔をしてる。明らかに屈強な武人の顔立ちだ。仁王立ちで上から見下ろす目線でアレフを見ている。圧倒的な威圧感。舞台の下にいる僕にまで伝わってくる。只者ではない。一礼すると両者は一旦少し離れる。そして審判の手が上がり、武術部門の第一試合が始まった!




