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第五話 闇の傀儡師





朝になり僕らはラファエルに見送られて出発した。マリリアはまだ就寝中のようだ。しっかりしてるとはいえまだ十三歳なんだな、と少しホッとしてしまう。僕らは町長からもらった地図と、ラファエルから教えてもらった情報をもとにミラトの村を目指す。距離的にさほど離れてはいない。鬱蒼とした森をひたすら進んだ。そしてもうすぐ村の入り口に到着する所で、横にある森の茂みから突然人が飛び出してきた。

「うわぁぁ!びっくりしたぁ!」

僕は思わず大きい声を出してしまう。

「ごめんなさい!でも、しぃ〜〜静かに‥」

その人物はなんとマリリアだった。

「こんな所で何しておる?」

ヒルダも驚いている。そう。マリリアはまだ寝ていたはず‥‥。ん?待てよ?ひょっとして‥。

「‥私も村に行きます」

マリリアが言う。やっぱり!部屋で寝ているふりをして、窓から抜け出し、僕らの先回りをしていたんだ。今頃、ラファエルがカンカンに怒っているだろう。

「ダメだ。危険すぎる」

僕は少し厳しめに言った。本当に危険だからだ。村がどんな様子なのかわからないし、山賊もどうなっているのかわからない。まだ何もわからないから、何が起こるのかもわからない。そんな状況で連れて行くのはかなり危険だ。木の人形や黒い服の男も気になる。今までのようにラファエルの家で隠れていた方が良い。すると

「ミラト村の両親は、血は繋がっていないけど私にとても優しくしてくれた。ラファエルの家に行けと言ったのは、きっと何か嫌な予感がしたからだと思う。だとしたら村がどうなってるか心配なの!あの木の人形が村にも行ってないかと怖くてしかたないの!また私だけ逃げる事は出来ない。村の人達を助けたいんです」

マリリアは必死に訴える。

「だからお願い!様子だけでも見に行かせて!」

僕らは思わず顔を見合わせる。少し間があった後ヒルダが

「『また私だけ逃げる事は出来ない』と言ったが、過去に何かあったのか?」

と静かに尋ねる。マリリアは下を向いて両手の拳を握り締めている。

「‥‥‥ごめんなさい‥」

それっきり何も言わなくなった。僕はしばらく考えていたが

「‥わかった。もういいよ。きっと言いたくない事なんだよね?いつか、話せるようになったら話してね」

と言った。マリリアは俯いたまま頷いた。

「僕とヒルダからはぐれちゃダメだよ?それとあとでラファエルに謝るんだよ?」

と言って僕は歩き出した。マリリアが即座に顔を上げて、笑顔で大きく頷いた。

「お主も甘いのぅ」

ヒルダが意地悪そうな笑みを浮かべて僕の後に続く。やっぱり甘いかなぁ?帰すべきだったのか?でもここからラファエルの家まで一人で帰らすのも心配だ‥。僕は気を取りなおして村の入り口へ向かった。

村の中へ入ると僕らはざっと周りを見渡す。何があってもおかしくないので、警戒は怠らない。とにかく誰か話しを聞ければ良いんだが‥。見る限り人が見当たらない。僕らはそのまま村の中を進む。小さな村なのでそもそも人が少ないのだろう。でも静かすぎる気もする。村の中央部にある広場まで進んできた。広場まで来れば一人ぐらい‥。だが誰も見当たらない。

「‥仕方ない。マリリアの家を訪ねてみようか?」

と僕が提案したその時、広場のあちらこちらから人が集まってきた。僕らは広場の真ん中にいて、四方を取り囲まれたような形だ。ん?よく見ると服を着ているが人間じゃない?木の人形だ!ラファエルが言ってた人と同じ大きさの木で出来た人形。カチャカチャと音を立てて集まってくる。五、六十体はいるだろうか?村人のような服を着ている者もいれば、山賊のような格好の者もいる。これはどういうことだ?すると僕らの正面に、黒い服を着た男が木の人形の間から現れた。

上下黒い服を着ていて、白髪混じりの長いボサボサの髪。痩せこけていて少し不気味な感じ。マリリアの家に来たという男の特徴と一致する。この男なのか?すると男が

「どうかな?わが作品達は?なかなかの出来だろう?」

自慢げに両手を広げる。作品?なんの事だ?

「なるほど‥そういう事か‥」

ヒルダが男を睨みつける。

「こやつは闇の術師じゃ。おそらく傀儡師‥‥。死んだ人の魂を自分で作った傀儡、つまり木の人形に乗り移らせる事が出来るのじゃ。傀儡師は傀儡を自由に操れ、魂を込められた傀儡は生前の記憶が残ると言う。多少の言葉なら喋れるらしいしな‥」

つまり死んだ他人の魂を木の人形に閉じ込め、自分の思い通りに操る事が出来るという事だ。自前の従順な軍隊を作れてしまうと言う事か‥。

「いかにも、私は傀儡師だ。私はバルデス・バンダロス。キミ達は?あのバーサーカーの知り合いかね?」

バルデス‥‥ラファエルの事を知ってるという事はラファエルの家を襲ったのもこいつの仕業か?

「僕はアストリア・バーンシュタイン。バルダナ町長に山賊の調査を依頼された者だ」

僕が言うと

「ほう‥‥。山賊の調査かね?残念ながら山賊達は我が作品の一部になったよ」

作品の一部?死んだ人の魂を吹き込めると言う事は、この山賊の格好をしてる傀儡は‥‥?するとヒルダが低い声で

「傀儡師が傀儡に魂を吹き込めるのは、その者が死んだ直後しか出来ない‥‥死んでから時間が経ってしまうと魂を吹き込めないんじゃ‥」

山賊の格好をしてる傀儡がいて、傀儡に魂を吹き込むには死んだ直後しか出来ない‥と言う事はつまり‥‥。

「私が殺したんだよ!山賊達の飲み水に毒を仕込んでおいてなぁ!次々と苦しんで死んでいく山賊達の魂を引き抜いて、我が作品に込めていったんだよ!」

とんでもない奴だ!なんて酷いことを。いくら山賊が相手とはいえ酷すぎる。

「ちょ、ちょっと待って‥‥。この村の人達は‥‥」

マリリアが恐ろしくて先が言えない。そう。おそらく村人の服装をしている傀儡は‥‥。

「この村の人間だよ!山賊の傀儡達に襲わせてなぁ!一人づつ殺して回ったのさ!マリリア!お前が逃げなければ死なずに済んだのになぁ!」

目を剥き出し叫んでいる姿は、野蛮な殺人鬼にしか見えない。何が作品だ!マリリアは口を手で押さえている。目は涙で滲んでいる。きっと衝撃すぎる事実だったのだろう。僕は深呼吸して怒りを抑える。そして極めて静かに聞いた。

「マリリアの両親はどうした?」

わかっていた。答えはわかっていたが、信じたくない自分がいたのだ。

すると右側の方から二体の傀儡がゆっくり近寄ってきた。僕は剣を身構える。すると

「マ、マ、マリ、マ、マリリ、ア‥」

「マ、マリリ、マ、マリ、リア‥」

二体が呟いている。

「‥え?お、お父さん‥?‥お母さん?」

マリリアが息を呑む。確かに村人の男性と女性の服装をしている。するとヒルダが二体の前に杖を構えて立ちはだかった。その瞬間、マリリアが叫ぶ。

「やめて!それはお父さんとお母さ‥‥!」

「わかっておる!わかっておるんじゃ!だが辛い事だが、二人は死んだのじゃ!傀儡を壊せば魂は解放される!今は一刻も早く焼き払ってやる事が一番の供養じゃ!二人はきっと苦しんでおる!」

マリリアの悲痛な叫びをヒルダが遮る。マリリアは泣き叫んでいる。

「いやぁぁぁぁ!」

「マリリア!辛いのもわかる!じゃが、二人はもう死んだんじゃ!」

ヒルダは杖を構えたまま叫ぶ。杖からは炎が溢れ出ている。今にも吹き出しそうな勢いだ。僕は剣を構えたままマリリアの近くに行く。

「マリリア、よく聞いて!ご両親の事を思うなら、あんな傀儡の姿のままにしていたらダメだ!マリリアの手でちゃんと供養してあげる事がご両親の為だし、きっと喜んでくれる!わかってくれる!」

僕が言うとマリリアは顔を両手で覆い、その場にしゃがんで泣き崩れた。それを見届けたヒルダが叫ぶ。

「クリメイション(火葬)!」

二体の傀儡が激しい炎に包まれて地面に倒れた。傀儡が動かなくなると、ヒルダが火を消し去る。火が消えた瞬間、マリリアが二体の焼けた傀儡に泣きながら近寄る。黒い煙が上がっている傀儡の前に跪いた。生前の両親の顔が頭に浮かぶ。短い間ではあったが本当の親子のように接してくれた。お父さんは優しかった。色々な事を教えてくれた。お母さんの卵焼きが絶品だった。大好物だった。でももう食べる事が出来ない‥‥。

「ごめんね‥。お父さん、お母さん‥。助けてあげられなかった‥。私を逃がしてくれたんでしょ‥?ありがとう‥」

マリリアが泣きながら言うと、焼け焦げて動かない傀儡がわずかに動いた気がした。


僕とヒルダはバルデスの方に向き直る。絶対に許さない!



「ほぅ。魔法使いか‥。それもかなり高位な炎の魔法使い‥。ここまでの者はそういない‥‥。まさか古の魔法使い『業火のヒルダ』か?」

バルデスが顎髭に手を当てて唸る。

「なんじゃ?人でなしのくせに妾の事を知っておるのか?」

ヒルダも珍しく怒っている。

「‥セルアドの街を一瞬で焼き消したと言う『業火のヒルダ』。古い文献で読んだ事がある。だが、なぜ現在にいる?これも何かの術か?」

ブツブツとバルデスが呟く。

「妾のことはどうでも良い。貴様は許さんぞ」

ヒルダが杖を構える。

「ふん。古の魔法使いだからなんだ?我が作品の前では無意味だ。クリプトン司祭!」

バルデスが叫ぶとバルデスの左隣に一体の傀儡が現れる。教会にいる司祭のような服を着ている。そのクリプトンと呼ばれた司祭の傀儡も杖のような物を持っていて、ヒルダに向けて構えた。

「ボ、ボ、ボー、ボーベルグ‥‥」

クリプトン司祭の傀儡が唱えると、杖から青白い光が迸りヒルダを包み込む。

「ヒルダ!」

僕が叫ぶ。が当の本人は至って冷静だ。

「‥‥ふむ。攻撃魔法ではないな‥。こいつは‥‥妾の魔力を封じ込めたな‥」

魔力を封じ込めた?ヒルダのあのとんでもない魔力を?そんな魔法があるのか?

「クリプトン司祭はたまたま山賊に捕えられていてな。どこぞの高位な司祭らしいが、ラガン山地を抜けようとして、山賊達に襲われて護衛と共に牢に捕まっていたから、作品に加えてやったのさ。思わぬ傑作の誕生だ」

バルデスが自慢げに言う。

「防御魔法ボーベルグ‥。魔力を抑え込む魔法じゃ。まぁ案ずるな、一時的な物じゃ。いずれ戻る。だが戦いの最中はまずいのぅ」

ヒルダが言い終わった途端に、一斉に他の傀儡達が襲いかかってくる。僕は目を閉じてマリリアを守りながら応戦する。ヒルダも杖で殴っているが、魔力が使えなければ普通の女性と何ら変わらない。僕はヒルダとマリリアを少し下がらせ前へ出る。このほうが戦いやすい。それに何体か斬り倒したが、さほど手応えはない。中身が下っ端の山賊やただの村人だからだろう。よっぽどカマリアでのコーネリアスや部下の騎士の方が手強かった。このまま他の傀儡を倒しながら、隙を見てクリプトン司祭の傀儡を倒せればヒルダの魔力も復活するのではないのか?よし!これなら!と思った時

「なかなかやるな。だが我が作品はまだまだあるぞ!ザンガ!ガンザ!」

バルデスが右手を挙げると、今度はバルデスの右側から一際大きい傀儡が二体現れた。

「これも我が作品の傑作の一つだよ。ザンガ、ガンザ兄弟だ」

二体とも僕の倍ぐらいある大きさの傀儡だ。二体とも大きな斧のような物を持っている。

「山賊の長だったザンガ、ガンザ兄弟です。悪名高く凶暴でとても強いと聞いています!」

マリリアが説明してくれる。確かバルダナの町長が言ってたな。何度か討伐の兵を送ったが返り討ちにあったって。きっとこいつらの事だ。なら、かなりの強者のはず。こいつはまずいな‥。と思った時、後ろにいるヒルダが

「分が悪いな。ここは退くぞ」

と言った。しかし退くと言っても、退く先はラファエルの家しかない。というかラファエルの家に退かないと、一人で家にいるラファエルが狙われる。ラファエルの家の場所は奴らはわかっているからだ。

「‥退いても時間稼ぎにしかならないんじゃ?」

僕は言いながら何度かザンガとガンザに斬り込んでみるが、簡単にあしらわれてしまう。巨大な岩のようだ。そう、ラファエルの家に運よく逃げられたとしても、すぐに追いかけてくるはずだ。

「‥ラファエルの力を借りるのじゃ」

ヒルダが杖を振り回しながら言う。そうか、ラファエルのバーサーカーの力か。でもヴリトラの事もあるし大丈夫だろうか?でも、そんな事言ってられない事態だな‥。僕らはジリジリと広場の端に追い込まれていく。

「どうした?私を許さないんじゃないのか?貴様らも私の作品に加えてやる!とんでもない最高傑作になるぞ!ははははは」

バルデスは勝ち誇っている。‥まずい。退くなら今しかない‥。僕は横にある大きな櫓をチラリと見る。僕はゆっくり櫓のすぐ前に移動する。ザンガが大きな斧を振り上げる。僕は目を閉じて呼吸を整える。ギリギリまで引きつけるんだ‥。ザンガが斧を思いっきり振り下ろす。僕はギリギリでそれをかわす。するとすぐ後ろにあった櫓の柱を斧が叩き割る。

「今だ!走れ!」

僕が叫ぶ。柱が折れた櫓が傾いてくる。ダメ押しに支えの縄をいくつか剣で切る。

ガシャーーン!

櫓は丁度僕と傀儡達の間に倒れてくれた。

僕も剣をしまいながら全力で走る。

「マリリア!ラファエルの家へ!先導してくれ!」

僕は走りながら先頭のマリリアに叫ぶ。マリリアは茂みに突入しながら

「ついてきて!」

と叫んだ。すると背後からバルデスが

「逃げても無駄だ!あとであの家で会おう!はははは!」

どうやら無理には追ってこない。追うよりラファエルの家に進路を向けるつもりだろう。ラファエルと合流されて逃げられると困るからだ。とにかくラファエルの家に向かおう。



森の中をひたすら全速力で駆け抜ける。木や草をかき分けてとにかく息の続く限り走った。そしてようやくラファエルの家の煙突の煙が見えてきた。僕らは先回りされてないか、様子を探りながら進む。どうやらまだ傀儡達は来ていないようだ。僕らはラファエルの家に飛び込む。

「ラファエル!無事か?」

ラファエルはキョトンとしている。ちょうど昼ご飯のスープを作っていたようだ。だがマリリアを見ると目が釣り上がる。

「マリリア!心配したんだよ!なんでついて行ったの?」

憤りを隠せないラファエルをマリリアが宥める。

「ごめんなさい。後でちゃんと謝る。でも今は話しを聞いて!」

僕がさっきまでのことを急いで説明する。とその時、外が騒がしくなった。

「もう来たか」

ヒルダが呟く。ヒルダの体はまだ青白い光で包まれている。きっと魔力はまだ戻っていないだろう。

「ラファエル。バーサーカーの力が必要なんだ。ガンザとザンガを引きつけて欲しいんだ。その間にクリプトン司祭をどうにかする」

僕は外に出ながらラファエルに説明する。扉を開けて外に出ると、家の前に傀儡達が勢揃いしていた。ザンガとガンザに挟まれるようにバルデスもいる。

「さぁさぁ!最終決戦と行こうじゃないか!」

バルデスは笑いが止まらないようだ。するとヒルダが小声で僕に言う。

「‥少しでも時間を稼ぐのじゃ。もう少し‥もう少しでなんとかなりそうじゃ‥」

なんとヒルダは魔力を抑えているこの青白い光を、自力で破壊しようとしていたのだ。やはりヒルダは凄い。僕は少し考えて

「バルデス!なんでマリリアを狙う?」

と聞いた。するとバルデスがニヤつきながら

「もちろん、作品の為だよ。マリリアは少しだが魔力がある。我が作品に加えれば多少なりとも戦力になるからだ」

なんだって?マリリアに魔力が?全然、気づかなかった‥。僕はマリリアを見る。

「‥微力だけどあります‥。あの司祭の人のような力が‥。‥でも‥」

マリリアが言いながらクリプトン司祭を見る。何かためらっているように見える。

「マリリア‥。これ‥」

ラファエルが短くて細い木の棒のような物をマリリアに手渡す。聞くとマリリアがラファエルの家に来た時に持ってた物だそうだ。マリリアはその木の棒を手に取り見つめている。顔は浮かない顔だ。

「それはタクトじゃ。魔力を高めるために使われたりする。妾の杖と同じじゃ」

ヒルダが言う。

「さぁ!始めよう!早く最高傑作を作り上げたいからな」

バルデスの掛け声で傀儡達がゆっくり進んでくる。くっ!あまり時間が稼げなかった。覚悟を決めて剣を引き抜くと、僕の右腕をラファエルが掴んだ。

「アストリアさん‥。約束‥覚えてますよね?」

ラファエルの目は覚悟を決めた目だ。

「‥あぁ」

僕が頷くとラファエルはその場に魔法陣を描き始めた。すると一斉に傀儡達が飛びかかってきた。僕は目を閉じ、一体一体確実に斬り倒していく。後ろではラファエルが儀式の歌を歌っている。と僕の目の前にザンガとガンザが来た。二体は大きな斧を振り回してくる。ザンガの隙をついて斬り掛かるが、ガンザがそれを防いでくる。ガンザの大振りをかわして斬り掛かると、今度はザンガの攻撃が来る。二体の見事な連携だ。その間に他の傀儡も襲いかかってくる。まずい!捌ききれない!その時、僕の目の前の傀儡が、突然真横に吹っ飛ぶ。

「ガブリエルの弔い合戦再開だな!」

ラファエルが蹴り終わった体制で立っていた。いや、ラファエルではなくヴリトラだ。やはりバーサーカーになるとヴリトラの人格に切り替わってしまうようだ。

「ヴリトラ。アストリアだ。よろしく頼む!」

僕はヴリトラに挨拶する。ヴリトラの人格のラファエルと話すの初めてだからだ。ヴリトラはニヤッと笑うとガンザとザンガに飛びかかっていく。あの二体と素手で戦うつもりか?僕はクリプトン司祭の姿を探す。いた!杖で傀儡を振り払っているヒルダとマリリアの近くにいる。急いでクリプトン司祭に近づこうとしたその時、バルデスがナタのような物で斬りかかってきた。ギリギリでかわして体制を立て直す。バルデスは右手にナタを持ち、左手にノミを持っている。

「キミは私が直々に作品にしてあげるよ」

低い声でバルデスが呟く。

「そもそもなんで山賊を襲った?お前の目的はなんだ?」

僕は剣を構え直しながら聞く。

「本当に何も知らないのか?無知というのも恐ろしいな」

バルデスが小馬鹿にしたような言い方をする。その時、バルデスの襟元が風で靡いた。するとチラッと首筋にドルギアの紋章の刺青が見えた。

「まさか、ドルギアの軍人か?」

思わず声に出てしまった。ドルギアの軍人は首にドルギアの紋章を入れる者がいると聞いた事があったからだ。

「ちっ」

バルデスは舌打ちすると首元を慌てて隠す。一体どういう事だ?バルデスがドルギアの軍人なら、月黄泉や妖華刺の部下という事になる。これはただの偶然なのか?その時、一際大きな音がした。音がした方を見ると、ヴリトラがザンガとガンザと戦っていた。ザンガとガンザの連続した攻撃をヴリトラは素早く避けている。ザンガの隙をついて攻撃しようとしても、ガンザがそれを防いでくる。これでは先ほどと同じだ。しかしヴリトラは構わずザンガに攻撃を仕掛けていく。それをガンザが防ぐ。しかしまたザンガに攻撃を仕掛ける。防がれても防がれてもザンガに攻撃を集中させている。何度目かのザンガへの攻撃。ガンザがそれを防いだ次の瞬間、ヴリトラはザンガではなくガンザに攻撃を仕掛けたのだ。ザンガがそれを防ごうと攻撃する。が、ほんの一瞬遅れた。ヴリトラはその隙を逃さなかった。

「防げるもんなら防いでみろやぁぁ!」

ザンガの攻撃を避けながら拳をガンザの脇腹あたりに叩き込む。くの字になってガンザが吹っ飛んだ。もう一度振りかぶるザンガの隙だらけの体に、回し蹴りが叩き込まれる。硬い木が割れる音がしてザンガが倒れる。

「ウラァァァ!」

起きあがろうとしているガンザにヴリトラは飛び上がって真上から拳を撃ち下ろした。こちらも硬い木が割れるような音がして、ガンザは動かなくなった。凄い!あのザンガとガンザを一人で、しかも素手で倒してしまった。すると今度はヒルダ達の方が騒がしくなった。ヒルダはマリリアを守りながら、傀儡達の猛攻を必死で杖を振り回して避けている。しまった!早くクリプトン司祭を倒さなければ!その時、ヒルダを包んでいる青白い光が、大きくなったり小さくなったりし始めたのだ。

「もうすぐじゃ!もうすぐコイツが消える!」

ヒルダが杖を振り回しながら叫ぶ。だがその時

「ボ、ボ、ボ、ボーベルグ‥」

クリプトン司祭が杖を構えてあの魔法を唱える。まずい!またあの魔法をくらったら、またしばらく魔法が使えなくなる。青白い光が再びヒルダを包み込もうとした瞬間だった。マリリアがヒルダの前に飛び出した!

「ディザイアード!」

マリリアがタクトを構えて叫ぶと透明な壁のようなものが二人の前に出現した。青白い光はその壁にぶつかると、消えてなくなったのだ。

「よくやった!マリリア!助かったぞ!」

ヒルダの周りの青白い光は弾け飛び、体が炎で包まれる。魔力が復活したんだ!

「我が名ヒルダの名において命ずる!灼熱の業火よ!全てを焼き尽くせ!」

ヒルダが叫ぶと、クリプトン司祭は激しい炎で包まれた。周りの傀儡たちも激しく燃えている。ヴリトラもとんでもないが、ヒルダもやはりとんでもないな。それにヒルダを救ったのはマリリアだ。気のせいかもしれないが、先ほどまでは魔法を使う事に抵抗があるように見えたが‥。とにかく後はバルデスだけだ。

「まさか‥‥。我が傑作たちが‥」

驚きを隠せないようだ。僕は静かに目を閉じる。

「うがぁぁぁぁ!」

手塩にかけた作品を壊されたからか、バルデスは怒りの叫びを上げながら斬り込んでくる。

「どれだけ手間が掛かると思ってんだ!生きてる時と同じ背格好にして着てた服や髪や髭までつけて!一人一人作り上げるのに、どれだけ時間をかけたと思ってんだぁぁ!」

早い!連続した素早い攻撃。さすがドルギア帝国の軍人だ。戦い慣れしている。僕は辛うじて避けると、後ろへ下がる。ナタをかわすと、すぐノミで突いてくる。あの連携が厄介だ。剣ではないので動きが読みづらい。かなり変則的な動きだ。僕は必死にバルデスの攻撃を避けながら、反撃の隙を伺う。ナタが一瞬大振りになる。オトリだな。僕はあえて下がる。そこへバルデスがノミを投げつけてくる。ここだ!ノミを弾き落とすと一気に間合いを詰めて剣を振る。しかしこれもオトリだったのだ。ナタで剣を受けると、腰からもう一本ノミを取り出したのだ。しまった!僕の肩の鎧の隙間にノミを突き刺す。激痛が肩に走り血が噴き出る。僕は力でバルデスを蹴り飛ばす。すぐさまナタとノミの連続攻撃。この好機を逃すはずがない。くっ!どちらか一つを止められれば!地面に先ほど斬り倒した傀儡があちこちに転がっている。僕は後ろに下がりながら地面から傀儡の腕を拾う。バルデスのナタの振り下ろしを剣で受けると、拾った傀儡の腕でバルデスの片足を殴りつける。

「ぐあぁぁ!」

痛みでバルデスが悶絶するが、すぐにノミの一撃。傀儡の腕でそれを受ける。ノミは傀儡の腕に突き刺さる。これでノミは封じた!バルデスはノミから手を離し、次のノミを取りに腰に手を当てる。今だ!僕は傀儡の腕でバルデスを殴りつける。

バキン!

もの凄い音がした。たまらずバルデスがよろける。傀儡の腕は言わば硬い木の棍棒のようだ。それで力一杯、殴りつけられたのである。相当な衝撃のはず。よろけるバルデスにトドメの一撃。傀儡の腕でもう一度殴りつける。

バキン!

バルデスは尻餅をついて、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

「ふぅぅぅぅぅ」

僕は大きく息を吐き出して剣をしまう。剣で斬りつける事も出来た。だがあえて傀儡の腕で殴った。

「バルデス‥これが傀儡達の恨みだ‥」

死んだ人達の魂を抜き取り人形に封じ込め、自分の思い通りに操る。聞いてるだけで気分が悪くなる術だ。傀儡に封じ込められた人達は無念だったろう。自分を殺した者の言う事を聞かねばならないなんて‥。せめてもの傀儡からの反撃をくらわせたかったのだ。すると動かないバルデスにヴリトラが飛びかかる。

「テメェは許さねぇ!」

ヴリトラはザンガが持っていた大きな斧を持っていて、それをバルデスに振り上げたのだ。

「待て!ヴリトラ!殺したらダメだ!」

僕はヴリトラの横で身構える。ヴリトラはこちらを見て斧を下ろす。

「なんでだ?コイツはとんでもねぇ悪人だろ?」

ヴリトラは不思議そうだ。僕は

「でも殺してはダメだ。コイツはラズベリアの軍に引き渡す」

と言うとヴリトラは

「はぁ?こんなヤツ生かしておいたら、いつかまた同じ事をするぞ。人を殺す事をなんとも思ってないんだからよ」

ヴリトラは意外とまともな事を言う。

「その通りかもしれない。だがだからと言って、殺してしまうのは違う。それではバルデスと何も変わらない。ラズベリアの軍に引き渡し、法の裁きを受けさせるべきだ」

僕が言うとヴリトラは少し呆れたように

「甘いんだよ。それじゃあ、また次の悲劇が生まれる。またコイツと同じ思いをするヤツが生まれんだよ!」

ヴリトラがマリリアを指差す。

「だからここで終わらしといた方がいいんだよ!」

ヴリトラが斧を再度振り上げる。僕は剣を引き抜きながら

「やめるんだ!ヴリトラ!君がバルデスを殺せば表向きにはラファエルが殺した事になるんだ」

「そんな事知った事かよ!俺には関係‥‥」

「関係ある!君はヴリトラであり、ラファエルでもある!僕はラファエルから頼まれた!誰かを傷つけるようなら斬ってでも止めてくれと!」

ヴリトラを遮り僕は叫んだ。続けて言う

「君がバルデスを殺すなら、僕は君を斬ってでも止める!ラファエルを人殺しにしたくない。ラファエルは優しい男だ。両親思いでガブリエルの事も大切にしていた。マリリアにも君にも優しかったはずだ」

するとマリリアがヴリトラの前に立つ。そして静かに

「お願い。ラファエルもヴリトラもバルデスのようにはなってほしくない。私のお父さんお母さんもきっと同じことを言うと思う」

と告げた。ヴリトラはしばらくマリリアを見つめていたが、大きなため息をつきながら斧を下ろした。

「お人好し過ぎんだよ。どいつもこいつも‥」

ふと背後を見ると、ヒルダが杖をヴリトラに構えていた。そうかヒルダもヴリトラを止めようと‥。するとヴリトラの体が薄い光に包まれる。

「アイツに言っといてくれ。俺の力が必要なら、いつでも術を使えって‥。こんだけお人好し共に囲まれてれば、安心して俺と変われるだろって‥‥」

ヴリトラが少し微笑んだ。

「わかった。伝えとくよ。ありがとう、ヴリトラ」

僕が言うとヴリトラの体を包んでいた光が消えて、ヴリトラが地面に倒れた。

「ヴリトラ?」

僕らが慌てて駆け寄る。ヴリトラはすぐに目を開けた。が顔つきが明らかに優しくなっている。ラファエルに戻ったんだ。

「お疲れ。ラファエル」

僕は笑顔で言った。




バルデスは縄で頑丈に縛り上げ、バルダナの街に連行した。ラファエルとマリリアもついて来た。町長にこれまでの出来事を全て話した。すぐにミラトの村に人を送り埋葬や後片付けをしてくれた。ミラトの村人は全員、殺されてしまっていたからだ。山賊達も埋葬してくれたそうだ。きっと山賊達に酷い事をされた人もいるはずなのに。バルデスは近くにあるラズベリア軍の砦に連行された。事件の動機などについて取り調べを受けたが何も話さないらしい。この後、厳重な警護のもと首都ベリアードに送られ、さらに詳しい取り調べの後に裁判を受けるそうだ。極刑は免れないだろう。僕とヒルダはベリアードまで同行する事になった。護衛を兼ねての連行のお手伝いだ。ラズベリア軍から報酬も支払われると言う。ヒルダが前のめりで了承したのだ。

「僕とマリリアもついて行ってもいいですか?」

バルダナで四人で食事の最中に、ラファエルが話しだす。

「二人で話し合ったんです。マリリアの住んでたミラト村は廃村になってしまったし、僕も村の人達を相手に生計を立てていたので‥。なのでベリアードに行って何か出来ないか探してみようかと」

「バルダナでは商売は難しいの?」

僕が聞く。バルダナもとてもいい街だ。ベリアードよりもバルダナのほうが全然近いはずだし。

「それも考えたんですが、マリリアがベリアードの方がいいと言うもので‥」

僕らはマリリアを見る。彼女は俯きながら小さい声で言う。

「バルデスはきっと私を追って来たんだと思います‥。だからバルダナ周辺から離れたいんです」

僕らは少し驚いたが、静かに続きを聞く。

「きっと私に魔力があるから狙ったと言うのは嘘‥‥。最初から私を探していて、見つけたから山賊達を殺して傀儡にして捕まえようとしたんだと思います‥」

俯いたままマリリアが言う。

「ところがラファエルによって失敗したから、戦力増強の為に村人達も殺して傀儡にしたんじゃな?」

ヒルダが肉にかじりつきながら言う。マリリアは俯いたまま頷く。しばらく間があって

「お主、何者じゃ?」

ヒルダの言葉で僕とラファエルは食事の手を止めた。ヒルダだけ肉をかじり続けてる。

「バルデスは何故お主を狙った?」

ヒルダの追及にマリリアは答える事なく長い沈黙が続く。

「あの魔法‥‥。防御魔法のディザイアードと言って、魔法の壁を作り出す魔法‥。高位な司祭や僧侶に伝わる光の魔法じゃ。そこらの小娘が使えるのは、ちとおかしいのでの‥」

ヒルダは肉を皿に置いて口を拭きながら言う。マリリアは俯いたままだ。またしばらく沈黙が続いた後

「‥‥ごめんなさい。今は言えない‥‥でも‥いつか必ず‥‥必ずみんなに言います。‥‥だから‥」

か細い声でマリリアが言う。僕らは顔を見合わせる。ヒルダは僕を見て軽く頷く。判断は任せるという事か‥。僕は少し考えた後

「‥マリリア。前も言ったけど、言いたくなければ無理に話さなくても良いよ。きっとマリリアも苦しいはずだから‥。もし言える時が来たら全部話してね」

と言った。マリリアは俯いたまま頷く。するとヒルダが立ち上がりながら

「妾はお主が何者でもかまわん。ただ正直に話してくれんと、信用されてない気がするだけじゃ。でも、これだけは忘れるな!お主に災いが降りかかれば、妾が全て焼き尽くしてやる」

ヒルダなりの応援?気遣いなのかな。ヒルダはそのまま外に出た。するとラファエルが

「僕もマリリアが何者でもいいんだ。でも困っている事があるなら話してほしいし、自分で背負い込まずにみんなに話せばきっと力になってくれるよ」

と優しく微笑んだ。マリリアは俯いたまま

「‥‥ごめんなさい。‥‥ありがとう」

と言った。僕は

「マリリア、大丈夫だから。ご飯食べな?」

と勧めた。マリリアは頷くと食事を再開する。するとラファエルが

「僕の家はあのままにしておこうと思います。ガブリエルや家族と暮らした家なんで。いつかまた帰ってきたいんです。」

と言った。たしかに生まれ育った思い出の家だ。ベリアードに行く前に荷物を取りがてら色々片付けをしたいらしい。僕は勿論、了承して次の日にラファエルの家に一度戻る事にした。ラファエルにはヴリトラが言ってた事も話した。やはり以前のようにヴリトラと心の中で会話する事は無くなったようだ。ラファエルは

「でも、最初の時のような術に関する恐怖は無くなりました。もしヴリトラが暴走してもアストリアさんやヒルダさんがいるし、何よりヴリトラも悪い奴じゃあないんで‥」

と少し恥ずかしそうに笑った。


挿絵(By みてみん)


次の日に僕達四人はラファエルの家に行き、ラファエルとマリリアの旅の支度と家の片付けを手伝った。長期に家を空けても大丈夫なように準備を整えた。最後に家の裏手にあるラファエルの両親とガブリエルの墓に手を合わせた。新たにマリリアの両親の墓を加えてもらっていたので、そちらにも手を合わせてからバルダナの街に戻った。いよいよ明日、バルデスをベリアードに連行して行く日だ。少し時間は掛かったがいよいよラズベリアの首都ベリアードだ。僕らは早めに就寝すると、次の朝ラズベリアの砦に向かい、首都ベリアードへ向けて出発した。





 


 

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