第四話 二重人格の狂人族
僕とヒルダは、ラズベリアの首都ベリアードへ向けて歩き出した。僕らが今いるノーステルム地方のカマリア周辺はラズベリアの北東に位置する。首都ベリアードはラズベリアの南方だ。長い道のりである。ベリアードへ向かう道はいくつかあって、このまま真っ直ぐ南下する行き方と、ラズベリア中央付近へ少し迂回する行き方。西へ大きく迂回する行き方の三通りだ。このまま真っ直ぐ南下する行き方が距離的には最短だが、標高の高い山脈地帯を超えないといけない。かなり厳しい上級者向けの道だ。中央付近へ少し迂回する行き方も、距離的には短めだが低めの山を越えなければならないし、その山には山賊が出るという。一番安全なのが西への大回りで、ほとんどの旅人がこの行き方で行くらしい。だが西へ大きく迂回するので、時間がかなり掛かってしまう。僕達は考えた末に、中央付近を通る道を選んだ。標高の高い山脈相手ではヒルダの魔法も使い物にならないだろうし、西への大回りは時間が掛かりすぎる。
「それに山賊なら、なんとかなるじゃろ?」
まぁ、確かに山賊ならヒルダの魔法で蹴散らせるかもしれない。僕は楽観的に考えていた。
そして僕らがラズベリアの中央付近に進み始めて、四日が経とうとしていた。ここはラズベリアの中央部、バッサカリア地方と呼ばれる地域だ。僕らはこの先、シュミルの森という森林地帯を抜けてラガン山地を超えなければならない。そのラガン山地に山賊がいるという噂だ。とりあえず僕らはシュミルの森の手前にあるバルダナという街で準備を整える事にした。ここから先は小さな村がいくつかあるだけだ。大きめの街はこのバルダナが最後の街となる。バルダナは農業が盛んな街で大きさはカマリアと同じくらいだが、カマリアのように商売人が沢山行き来してないので、比較的穏やかでのんびりしたのどかな街だ。シュミルの森もラガン山地もそこまで広くないので、バルダナで準備を整えて一気に突っ切りたいのだが、その準備というのが少し厄介なのである。というのも先日ヒルダが
「実はの、そろそろ手持ちも侘しくなってきてのぅ」
と言ってきたのだ。確かに今日までヒルダの手持ちのお金だけでここまで来たから、少なってくるのも納得だ。ヒルダは自分が居た屋敷の跡地に行く旅をしていて、そのついでに周辺を回っていた最中にこちらに来た。旅の資金を持っていただけなので、そこまで大金を持ち歩いていた訳ではないのだ。でもここまでヒルダに頼りっぱなしだったから、これはこれでいい機会だ。
「でも、お金ってどうやって稼げばいいの?」
そう。はたして短い期間でお金を稼ぐ事が出来るのだろうか?僕は残念ながら商売やお金儲けの知識はない。僕の取り柄が剣術だとしてヒルダは魔法だ。それ以外はこれと言って出来ることがないはず。そんな二人でも大丈夫なのだろうか?そんな事を思っていると
「酒場へ行くぞ」
とヒルダが言って街の酒場を探しだす。
「え?酒場?なんで?」
僕が尋ねると
「酒場は色々な情報が集まるからのぅ。お金稼ぎの話しが転がってる可能性がある。胡散臭い話しじゃなければ乗るのも手だし、その他色々な情報が得られるからのぉ」
なるほどね。とりあえず何でもいいから情報を獲得して、お金の稼げそうな話しに乗っかるわけね。まぁ、文句は言ってられないよな。自分が出来る事であれば、悪業以外何だってやります。
しばらくすると一軒の大きな酒場を見つけた。早速中へ入る。中は沢山の人で溢れていた。あちらこちらで、話し声や笑い声でごった返しだ。大勢で騒いで飲んでる人達もいれば、静かに端っこで一人で飲んでる人もいる。まさに千差万別、十人十色だ。ヒルダは酒を注文すると、そのグラスを片手に、誰彼構わず片っ端から乾杯した後にお金が稼げる情報を聞いて回った。すると思いのほか、幅広く色々な話しが聞けた。ここバッサカリア地方の土地柄や、バルダナの街の良い所や悪い所。色んなウワサや事件などなど。中でも興味深かったのが、バーサーカーの話しである。バーサーカーとは昔いた種族で、別名を狂人族というらしい。特殊な方法で自分自身に魔法のような術をかけ、自分の体力や筋力などを大幅に強化して戦う種族なのだそうだ。催眠状態のようになっている為、我を忘れ凶暴になる所や、死をも恐れず戦う姿から狂人族と呼ばれていたらしいが、大昔にその血も途絶えて今はもういないらしい。そしてこの街の町長が傭兵を集めている、という情報を聞く事が出来た。よく見ると、たしかに酒場にはガタイのいい男達が多く見受けられる。早速、僕らは町長の家に向かった。
町長の家の前に着くと、やはりガタイのいい男達が集まっていた。ヒルダは構わずその男達をすり抜け、一番前に出ると門の前にいた男に
「西の大陸の勇者アストリアとその仲間じゃ」
と告げた。すると門番らしき男は一瞬間があった後
「はぁ?何言ってんだ?お嬢ちゃん」
僕とヒルダを交互に見て、小馬鹿にしたように言い放つ。ヒルダは僕の首飾りを掴むとそれを見せびらかすようにして
「だ〜から西の大陸の勇者アストリアの御一行じゃ。なんじゃ?知らんのか?」
と声を張り上げる。すると
「おい‥‥」
「あの首飾り‥」
「聞いた事あるぞ‥」
「あの西の大陸の?」
「本物なのか?」
まわりにいたガタイのいい男達がざわつき始める。するとさっきの門番が慌てて
「本当に西の大陸の勇者なのか?」
と聞いてきた。
「あ、まぁはい。一応‥‥」
記憶喪失だけど、と言う前にヒルダがすかさず
「町長に会いたいのじゃ。何かとお役に立てるかと思うてのぅ」
さすが抜かりはない。僕が言う前に牽制してきた。記憶喪失は内緒にするつもりか。
僕らは門を通してもらい、町長と会う事になった。門の中に入ると綺麗な庭があり、家の方からちょうど老人が一人、こちらへ向かってくる所だった。
「いやいや、どうも。バルダナの町長をやってるウェールズです。実は親戚が西の大陸におりましてな。噂はかねがね聞いておったんですよ。お会い出来て光栄ですな」
老人が笑顔で挨拶する。
「あ、アストリア・バーンシュタインです」
「ヒルダじゃ。よろしくな」
僕らもそれぞれ挨拶する。意外と疑われたりはしないもんだ‥。というか西の大陸の勇者というだけでこの対応‥。僕は本当に凄い人だったんだなぁ、と改めて感じた。僕らは家の中に通されて、椅子とテーブルがある部屋で座るように促された。僕らが席につくと
「早速ですが、勇者様にお願いしたい事がありまして‥」
町長が話し始める。
「ラガン山地に居座る山賊について調べてもらいたいのです」
山賊を調べる?ひょっとして僕らがこれから通る山にいるヤツかな?だとすれば一石二鳥だが、討伐とかではなく調べるとはどういう事だろう。
「この先にある山にいる山賊の事ですか?」
期待を込めて聞いてみると
「そうです。何年か前から居座り始めて、旅人や行商人から通行料を取るようになったんです。治安維持の為、度々討伐の兵を送っているのですが、かなりの手練で皆返り討ちにされているんです」
町長が深刻な表情で言う。
「なるほどな。で、調べるとはどういう事じゃ」
ヒルダが聞くと
「それがここ最近めっきり静かになったそうで。気味が悪いので再度傭兵を集めて、様子を見に行こうと思っていた所なんです。」
たしかに、急に居なくなったのであれば、嬉しい事ではあるがそれはそれで不思議だ。
「そこに僕らが来たと‥」
「はい。西の大陸の勇者様であれば、是非お願いしたいと思いまして。山の様子がどうなっているのか、見てきていただけたらと‥」
なるほど。ラガン山地に行き山賊達がどうなっているのかを調べ戻って報告すればいいのか。悪い話しではない。となると気になるのは‥
「んで、報酬はいかほどじゃ?」
ヒルダが一番聞きづらい事を聞いてくれる。
「もちろん。それなりにお支払いします」
町長が棚から小袋を取り出し中身を見せる。中は金貨でいっぱいだった。これだけあればしばらく暮らせる。するとヒルダがモジモジしながら
「しかしのぅ。何しろ西の大陸の勇者だからのぅ‥」
と言い出した。んん?ちょっと待て。値を釣り上げようとしている?こらこら。やめなさいって。
「ヒ〜ルダさん?」
すかさず笑顔で制す。するとヒルダは少ししょんぼりして静かになった。
「わかりました。明日にでも様子を見てきます」
と僕が言うと
「おぉ、それは助かります。では今夜はウチにお泊まりください」
と町長も言ってくれた。僕らはありがたくご好意に甘える事にした。
次の朝、僕らはラガン山地に向けて出発した。まず手前に広がるシュミルの森を抜け、ラガン山地に入り山賊のアジトの近くまで行ってみる事になった。僕らは町長から地図をもらい、それをあてに森を進んだ。どうやら近くに小さな集落や村もあるようだ。何か困ったらそこに行くのも手だ。
しばらく進むと天候が悪くなってきた。周りは霧も出始めた。僕らは休憩をしながら迷わないように注意して進んだ。ラガン山地の山々が、木々の間からだいぶ近くに見えるようになってくると、周りは日が暮れ始めた。だが、しばらくは野宿のつもりで用意してきたので焦りはない。暗くなる前に野宿する場所を探して、準備を済ましてしまおうとしたその時
「あの‥どうされました?」
突然、声をかけられた。こんな所に人?と驚いていると
「ごめんなさい。驚かせてしまって。でももうすぐ暗くなるし、大丈夫かな?と思って」
声の主はまだ若そうな青年だった。髪は金色でサラサラとして耳にかかるぐらいの長さだ。とても優しそうな顔立ちで、少し幼く見える美形な男性。きっとアデルと同じぐらいで二十代前半ぐらいだろう。痩せ型で白い上着に黒いズボンを着ている。カゴを背中に背負っているが、何が入っているのかはわからない。
「あぁ、いや僕らは野宿する場所を探してたんだけど、キミこそこんな場所でどうしたの?」
僕が聞くと
「僕は近くに住んでいるんです。この辺りは詳しいので‥」
男性が答えると
「なんじゃ?家が近くにあるのか?」
とヒルダが聞く。
「はい。小さな家ですが‥」
男性が答え終わるとほぼ同時に
「では、すまんが厄介になるぞ」
とヒルダが笑顔で男性の前で仁王立ちになる。
「え?えぇぇ?ぼ、僕の家に来るんですか?」
男性は驚きのあまり後退りする。
「そうじゃ。よろしく頼む」
ヒルダが笑顔で詰め寄る。きっと野宿が嫌だったんだろうなぁ。でも男性も困っているようだし
「いや、急には悪いよ。でもとても助かるけどね」
と言いながら笑顔を見せる。これで断りづらくなるはず。それを見たヒルダが男性に見えないように親指を立てて僕に見せる。
「あぁ‥いやでも‥‥」
困ってしまっている男性に、ヒルダがさらに押しを強めている。こうなるとヒルダが押し切るだろうなぁ。いやぁ、なんか悪い事をしてる気がして気が引けてくる。でもそこらで野宿と家の軒先だけでも借りることが出来るのとでは全然違うものだ。ついに男性はヒルダの強引な押しに負けて歩き出す。
「妾はヒルダ。其方は?」
ヒルダが簡単な挨拶をして聞く。
「ぼ、僕はラファエルです。ラファエル・リビルです‥」
ラファエルは僕達がついてくる事がまだ腑に落ちないようだ。
「アストリア・バーンシュタインだよ。強引で申し訳ない。でも本当に助かるんだ」
挨拶をしながら謝る。これは裏はなく本心だ。
「あぁ‥。いえ‥」
ラファエルは俯く。そんなに嫌だったのか‥。なんか本当に悪い事してしまったなぁ。ほどなくして、少し開けている所に出ると、ラファエルが住んでいる家が見えた。レンガで作られており、煙突も付いていて二階建てで大きい。失礼かもしれないが思ってたより立派な家だ。
「立派な家だねぇ‥」
思わず口に出てしまう。
「い、いえ。あ、ありがとうございます」
ラファエルが答えるが、なんか怯えてるようにも見える。ヒルダの笑顔の押しに恐怖を感じたのかな。
そのヒルダが家の中に入って行く。こらこら。誰が入って良いと言った?
「ちょ、ちょっと待って‥!」
慌ててラファエルが飛んでいく。僕も後を追った。
家に入ると、一階はキッチンがありテーブルと椅子が置いてあった。奥にも部屋があるようだし、階段があり二階にも部屋があるようだ。ヒルダは玄関付近に仁王立ちで周りを見渡している。
「一人で住んでおるのか?」
ヒルダが聞く。
「は、はい」
ラファエルが答えると
「昔から?」
すかさずまたヒルダが聞く。
「え、えぇ‥。まぁ‥」
ラファエルが濁らせて答える。
若い男性が森の奥でこんな立派な家に一人で住んでいるのは、確かに少し不自然だ。でも色々な人がいるし、事情もあるのかもしれない。何より本人があまり話したくなさそうだから、そっとしておいた方がいい。
「すまない。軒先だけ借りれればいいんだ。物置みたいなところはあるかい?」
僕は早めに退散した方が良いと思い聞きながら、ヒルダに外に出ようと手振りで見せる。
「あ、あぁ。それなら外に出て右の‥‥」
ラファエルが場所を説明している最中に
「この家にはもう一人おるじゃろう?」
ヒルダが突然謎めいた事を言う。
「え?えぇ?い、いや。そんなはずは‥」
ラファエルが驚いて声がひっくり返る。
「そうか?何やら人の気配を感じるんじゃが‥」
こういうヒルダの感は鋭い。魔法を使うからか、人の持つ魔力や気配とかを敏感に感じ取ることが出来るようだ。
「い、いないって言ってるじゃないですか」
ラファエルが少し苛立った口調になる。嘘をついてる人の典型的な特徴。きっと嘘がつけない人なんだろう。正直なんだな‥。ん?と言う事は?僕らの他に誰かいる?僕は家の中を見渡す。
「だ、誰もいませんよ。ほ、ほら物置はこっちです」
ラファエルが慌てて僕らを家の外へ出そうとした時、二階の扉が少し開いた。
「‥ラファエル?」
か細い女の子の声だ。
「マリリア!出てきちゃダメだ!」
ラファエルが二階の声の主に叫ぶ。二階の扉に体半分だけ姿が見える。どうやら女の子だ。まだ幼ない感じだが、扉で半分隠れているのでよくは見えない。
「‥ラファエル。もういいよ。ありがとう‥」
彼女が言いながら扉から出てきて階段を降りてきた。おそらく十代前半のとても可愛らしい少女だ。かなり小柄で白い服を着ていて、髪は金色で左右を三つ編みのように結んでいる。
「マリリア‥‥」
ラファエルが諦めたように溜息混じりに呟く。彼女はマリリアと言うのか。
「私に何か御用ですか?あの木の人形はなんですか?」
見た目は幼いが凛とした毅然とした喋り方だ。だが全く何を言ってるかわからない。どう言う事だ?一体なんの話しをしているんだ?僕は慌てて
「いや、君達に用事がある訳じゃないんだ。僕らはバルダナの町長に頼まれて来たんだ。ラガン山地に居座る山賊の動向調査の為だよ」
僕はこれまでの経緯をざっと説明した。
「えぇ?マリリアを探していたんではないんですか?」
ラファエルは驚きを隠せないようだ。
「やたらと僕の家に来たがるし‥。絶対そうだと思ってしまって‥」
なるほど、ヒルダが家に行きたがってる理由を取り違えたのか。でもなぜだ?なんか訳がありそうだな。
「よかったら訳を話してもらえないかな?力になれる事があるかもしれないし」
僕が言うとラファエルとマリリアは顔を見合わせて、僕らに椅子に座るように促した。僕らが座ると二人も椅子に座って話し始めた。
マリリアは孤児で、二年ほど前に近くにあるミラトという村のエスト家に引き取られて来たらしい。血は繋がっていないが、とても良くしてくれて楽しく静かに暮らしていたらしい。すると一カ月ぐらい前におかしな男が、マリリアの家を訪ねて来たという。全身黒い服を着ていて、髪は白髪まじりで長くてボサボサ。痩せていて少し不気味な感じだったという。マリリアと同じ年頃の女の子を探しているという事だった。マリリアはたまたま外出していて顔を合わせる事はなかった。するとその数日後に両親からラファエルの家に行くように言われたのだ。ラファエルは以前から両親と一緒に何度か顔を合わせているし、とても優しかったのでマリリアは喜んで向かった。今思えば、マリリアの両親は何か危険を察知したのかも知れない。ラファエルは突然訪ねてきたマリリアに、困惑しながらも家に通した。マリリアは何度か顔を合わせた事がある。可愛らしい妹のような存在だった。マリリアの両親がラファエルの家に行けと言ったらしい。急に何故だろう?と思っていた所へ誰かがラファエルの家の扉を叩く音が聞こえた。
「これから当時の事をお話しするんですが、その前にお二人に話しておかねばならない事が‥」
ラファエルが当時の事を話す前に、僕らに断りを入れる。僕らは黙って続きを聞いた。
「実は僕はバーサーカーの末裔なんです。マリリアの両親もその事は知っていました」
驚く僕らを尻目に、ラファエルは少し悲しげな笑みを浮かべると当時の事を話し始めた。
扉を叩く音に気づきラファエルは二階の窓から外の様子を伺った。外には人影が数人見える。皆、剣のような物を持ち革の鎧などを着ている。髭面で髪もボサボサだから兵士には見えない。まさか山賊?ラファエルは嫌な予感して、マリリアを秘密の部屋に通す。ラファエルにはガブリエルという名の犬がいた。その犬の為に作った部屋だ。この家は元々、ラファエルと両親の三人で住んでいた。バーサーカーの一族の末裔という事を隠して、森の奥でひっそりとキノコや山菜取りをして暮らしていたのである。両親はたまにミラトの村へ行き、それらを売って生計を立てていた。その時にマリリアの両親と話すようになった。七歳の時に森で迷っている子犬を見つけた。生まれたばかりの子犬は母親とはぐれてしまったらしい。ラファエルはガブリエルと子犬に名付けて飼う事にした。白い子犬は瞬く間に大きくなり、数年するとかなりの大型犬になっていた。そしてさらに数年後、ラファエルが成人する頃に両親が相次いで他界した。病気によるものだ。家にはラファエルとガブリエルだけになってしまった。寂しい気持ちや不安な気持ちは正直あったが、ガブリエルがいる事で少し緩和されている気がした。キノコや山菜取りの仕事も生前に教わっていたし、生活に問題はなかった。両親からバーサーカーの事も聞いていた。母親からは、世の中から忌み嫌われている存在だから、決して人に言わない方がいいと言われた。父親は母に内緒でラファエルにこっそりバーサーカーの秘術を教えてくれた。自分自身に特殊な魔術のようなものをかけ、体力や筋力を大幅に増強させる秘術。特殊な魔法陣のようなものを地面に描き、その中で古くから伝わる歌を歌う。すると我を失い凶暴化してバーサーカーとなるのだ。バーサーカーになる秘術は魔法や魔術に通じるものがある。父親は最後に『決して使ってはいけないよ』と付け加えた。きっとラファエルが最後の末裔となるから、形だけでも伝承しておこうと思ったのだろう。それにラファエルにはもう一人友達がいた。その友達はヴリトラと言った。小さい頃からずっとそばにいた。気づくと隣にいて、気づくといなくなっている。少し乱暴で口が悪い。見た目はラファエルにそっくりだった。色々な話しをヴリトラとした。友達でもあり兄弟のような存在でもあった。そうラファエルは二重人格者だったのだ。心の中にヴリトラという別人格がいて、それを友達だと思っていたのだ。ヴリトラのことは誰にも話さなかった。だから両親すら知らなかった。ラファエルは自分を少し変わっていると思っていたからだ。他の人とは何か違うと。バーサーカーの血を引いてるからなのかはわからないが‥。
ラファエルは秘密の部屋にマリリアを隠すと、扉越しに応対する。
「なんでしょう?何かご用ですか?」
すると
「マリリア、とい、う、少女を、さが、して、いる」
喋り方がなんか変だ。なんだ?と思ったその時
ドオン!
裏口から凄い音がした。裏口の扉を誰かが蹴破ったのだ。ガブリエルがものすごい勢いで吠えている。ラファエルは裏口に向かう。すると山賊らしき者達が数人、裏口から入って来たのだ。いや良く見ると人じゃない?人形?人の形をした人形だ!木で出来た人形が自分で歩いて入って来たのだ。人間と同じ大きさで革の鎧や剣を持ち髪の毛や髭などもつけている為、遠目だと人間に見えたのだ。
「む、むす、めはど、ど、こだ」
喋りがおかしいのは木の人形だからなのか?でもなんで木の人形が喋れるんだ?声は人間の声だ。ラファエルは気が動転して後ずさる。恐怖と混乱でどうしたらいいかわからない。
「う、がああ、う、があ、あ!」
山賊の格好をした木の人形の一人が、ラファエルに襲いかかってきた。ラファエルは逃げようとしたが、つまづいて転んでしまった。まずい!そう思った瞬間、ガブリエルが人形に飛びかかった。ご主人を守る為に勇敢に人形達に襲いかかったのだ。しかし、隣にいた人形が持っていたナイフで容赦なくガブリエルに斬りつける。ガブリエルから血飛沫が飛んだ瞬間、ラファエルは父親の言葉が頭によぎる。『決して使ってはいけないよ』‥。だが次の瞬間に頭の中にヴリトラが出てくる。
『今使わねぇとガブリエルが死んじまうぞ!』
ガブリエルは起き上がり、再度人形に飛び掛かる。人形がガブリエルを振り払い、ガブリエルは地面に叩きつけられた。それを見た瞬間、ラファエルは無意識に魔法陣を地面に描いていた。頭にはマリリアの顔と父親の言葉、ヴリトラの声が次々と流れては消えていった。ガブリエルは地面から起き上がり人形に向かって吠えている。そのガブリエルに人形がナイフを振り上げたその時、ラファエルは父親から教わった歌を歌っていた。必死だった。とにかくガブリエルを助けたい一心だった。一瞬ラファエルの体が光に包まれた次の瞬間、ラファエルの意識は途切れた。そして人形を壁に蹴り飛ばしているラファエルがいた。
「やっと出てこれたぜ!てめえらガラクタにしてやんよ!」
そうバーサーカーになった瞬間にラファエルの人格からヴリトラの人格に初めて変わったのである。今まで心の中で話しをすることはあったが、人格がヴリトラになる事はなかった。バーサーカーになると我を忘れ凶暴になる特徴があるのだが、人格まで変わったのはラファエルだけだろう。ヴリトラは力任せに目の前の人形を殴りつける。人形は壁に叩きつけられ、その勢いで片腕がちぎれ飛ぶ。凄まじい怪力だ。バーサーカーの術により筋力が人並み外れて強化されている。振り向きざまに、もう一体に回し蹴りを叩き込む。人形は窓を突き破り外へ飛ばされていく。
「これだよ。これこれ」
ヴリトラは満足そうに頷く。ヴリトラに変わると人相も変わるようだ。目は少し吊り上がり、優しそうなラファエルの面影はない。ヴリトラは窓から外へ飛び出すと、残りの人形を次々と壊していった。その様子を少し離れた木の影から伺う人物がいた。マリリアの家に来た黒い服の男だ。男は
「バーサーカーか‥。厄介だな‥。まぁいい。時間が掛かるが、数を揃えるとするか‥。」
そう呟くと、森の中へ消えて行った。
ラファエルが気づくと家の外で倒れていた。周りを見渡すと木で出来た人形が、バラバラになって散らばっている。そうだ!ガブリエルは?家の中に入ると、マリリアがガブリエルの手当てをしている最中だった。隠し部屋に隠れていたマリリアは、外が静かになったので出て来たのだ。すると怪我をしているガブリエルを見つけ、手当てをしていたのだ。
「ガブリエル!」
ラファエルはガブリエルを抱き寄せた。さっきまであんなに元気だったのに、今は血まみれで包帯に巻かれてグッタリしている。ガブリエルとは七歳の頃からずっと一緒だ。近年、だいぶお爺ちゃんになってきたが、いなくなることは考えた事がない。
「ガブ、ありがとう。僕を守ってくれたんだね。ガブは優しいなぁ」
ラファエルはガブリエルを優しく撫でる。普段、ガブリエルはラファエルが落ち込んでいると、静かに隣に来てくれた。いつもは自分のお気に入りの所で寝ているのに、ラファエルが落ち込んでいる時だけ隣に来て寝るのだ。きっと何かの力で察知するのだろうか?そんな時は、ありがとうと言って優しく撫でた。ラファエルは傷ついてグッタリしているガブリエルを見て、急に怖くなってきた。ガブリエルがいなくなってしまうという恐怖に襲われたのだ。ガブリエルがいない毎日が想像できない。ラファエルは涙が溢れてきた。
「ガブ‥。嫌だ。いなくなったら嫌だ。死んじゃったら困るよぉ」
ラファエルは涙が止まらなかった。あんなに元気だったんだ。こんなの嘘だ。急にお別れなんて嫌だ。するとガブリエルはヨロヨロと立ちあがろうとした。動物の本能だろうか?生きようとする本能で立ちあがろうとしているのか?
しかし立ち上がって歩き出そうとした途端に、足に力が入らず倒れ込む。ラファエルは泣きながらガブリエルを抱き寄せた。こんな姿、見ていられなかった。その夜、ラファエルはずっとガブリエルの側にいた。マリリアも黙って付き合ってくれた。二人でガブリエルを挟むように横になっていた。ガブリエルはその後も何度も立ちあがろうとした。何度も何度も。その度に力尽きて倒れ込む。ラファエルは後悔していた。見ているのがとても辛かった。ガブリエルに死んだら嫌だと言ったから、ガブリエルは頑張ってしまっているんじゃないのか?と思い始めた。
「ガブ、僕が死んだら嫌だって言ったから、頑張っているの?」
ラファエルが泣きながら尋ねる。当然ガブリエルは答えない。グッタリと横になり、虚な目をしている。
「ごめんね、ガブリエル。僕が死んだらヤダって言ったから、一人にしないように頑張ってくれてたんだね。でも、もういいんだ。ありがとう、ガブリエル。もうゆっくりしていいんだ。僕は大丈夫。しっかりするから」
ラファエルは涙が止まらなかった。
「ありがとう。本当に今までありがとう。だからもう頑張らなくていいんだ。ゆっくり休んでいいんだ。天国には父さんと母さんがいるから、必ず見つけて一緒にいるんだよ」
と言った後に必死にお願いした。
「父さん、母さん、ガブがもうすぐそちらにいくかも知れません。ガブのことをよろしくお願いします。迷ってしまうかも知れないので、ちゃんとお迎えに来てください」
しばらくはガブリエルのことが心配で起きていたが、ラファエルとマリリアは疲れ果てていて、気づくと眠ってしまっていた。するとラファエルは何かの声で目が覚めた。横を見るとガブリエルが横たわっている。ガブリエルが咽せたようでその声で起きたのだ。呼吸がだいぶ浅くなっていて、数秒に一度の呼吸になってしまっていた。最後が近いのを確信した。ラファエルは静かに起き上がると、ガブリエルに手を当ててひたすら呟いた。
「ありがとう。本当にありがとう。よく頑張ったね。ガブリエルと会えて本当によかった‥」
しばらくするとガブリエルの呼吸は完全に止まった。
ラファエルは静かにガブリエルが息を引きとるのを見守った。ガブリエルの最期を看取れたのがせめてもの救いだった。
ガブリエルは次の日に家の裏手に埋葬された。マリリアはラファエルの家にしばらく隠れている事になった。村に戻るのは、少し様子を見てからのほうがいいからだ。あの得体の知れない木の人形、一体どこから来たのか?なぜ山賊の格好をしていたのか?なぜマリリアを探しているのか?マリリアの家に来た男と関係あるのか?色々探ってからじゃないと危険な気がするからだ。ラファエルは森にキノコなどを取りに行きがてら、村の様子を探っていた。外からは別段変わりがないように見えた。それがまた不気味であったのだ。そして数日経った今日、アストリア達を見つけ警戒しつつも見ない顔ぶれに声をかけてみた、という事らしい。そしたら半ば強引に家に来ようとしているので、何か怪しいと思ったのだそうだ。家にはマリリアがいるし来て貰いたくなかったが、ヒルダの強引な押しと、僕らから何故か危険な雰囲気は感じられなかったので、ズルズルと連れて来てしまったらしい。マリリアが出て来ない事を願って、適当にあしらって外で寝かせれば、どうにかなると思ったみたいだ。
話し終えたラファエルは涙ぐんでいる。ガブリエルの事を思い出したのだろう。まだ数日しか経ってないのだから無理もない。長年一緒にいた者がいなくなるのは、とても辛い事だ。そこにいるはずの者がいなくなるのだから。心にポッカリと穴があく。それは人も動物も変わらない。存在とはそういうものだ。
あたりはすっかり夜になっていた。マリリアが夕食を作ってくれたので四人で食べた。食べながら今度は僕らの話しをした。これまでの事。カマリアでの事。二人は終始驚いたり感心したり熱心に聞いてくれた。とても純粋で正直な二人だ。僕は二人の力になりたいと思った。そこで
「明日、ヒルダと二人でミラトの村に行ってみるよ。山賊の事も探りつつ、その木の人形の事も色々探ってみるよ」
と提案した。ヒルダもパンを頬張りながら頷いている。
「それはとても助かります。ありがとうございます」
ラファエルが笑顔で言う。自分達の話しをして、ようやく心を開いてくれ始めたようだ。夕食を食べ終わり一通り話しも終わると、マリリアが先に就寝した。
「明日は、よろしくお願いします。おやすみなさい」
マリリアはそう言うと二階の部屋に入って行った。聞けばまだ十三歳だそうだ。しっかりしている。ラファエルは二十一歳だそうで、知らなければ確かに兄妹に見えてもおかしくない。
マリリアが部屋に行くと、ラファエルが僕らの向かいに座る。真顔で僕らに静かに話し始める。
「あれからヴリトラは出てきていません。声も聞こえなくなりました」
そう。木の人形を全て破壊すると、ヴリトラは突然消えたらしい。そして目が覚めるとまたラファエルの人格に戻っていたと言う訳だ。
「でもまたいつか、ヴリトラに変わってしまうんじゃないかと少し怖いんです。バーサーカーの術ももう使いたくありません。」
ヴリトラの人格の時の記憶はうっすらあるという。夢を見てる時のような感覚だそうだ。だからとんでもない怪力で木の人形を次々と破壊している姿を見て、怖くなったのだと言う。
「もしお二人の前で僕が我を忘れ誰かを傷つけようとしていたら、その時は僕を止めてください。容赦なく斬り倒してくれて構いません」
ラファエルが真顔で頭を下げる。
「さっき色々お話しを聞いて、お二人にならお願いできると思ったんです。どうかお願いします」
僕は少し考えた後に
「‥‥わかった」
とだけ伝えた。色々と思う所もあったが、今はラファエルの気持ちを受け取った。ヒルダは何も言わずラファエルを見つめていた。きっとヒルダも何か言いたい事があったんだろう。
そしてその後、僕らも床について明日に備える事にした。




