第三話 記憶のない勇者
ヒルダを先頭に一行は階段を登り切った。そこは広くて長い廊下だった。石で出来た大きな柱が左右に何本も立っていて、天井もかなり高い。たぶんここは、僕らが逃げ込もうとしていたカマリア自警団の砦だ。僕は壁から顔だけ出して様子を伺う。誰もいないようだ。その横をヒルダがスタスタと通り過ぎて行く。ちょっと、ちょっと!警戒しなさすぎでしょ!慌てる僕らにはお構いなしに、ヒルダは廊下のど真ん中をスタスタと歩いて行く。
「コソコソした所で見つかる時は見つかるのじゃ。堂々とせい」
それはそうかもしれないけど‥。堂々とするのもどうかなと‥。まぁでも先ほどの感じだと、かなり心強いしな。それに僕には少し気になっていた事があった。
「ヒルダはなぜお年寄りのような口調なの?」
ヒルダは若い女性だ。千年前から来たとはいえ、実の年齢が年老いている訳ではない。昔の人はこんな口調なのかな?ヒルダを見ると立ち止まり、目を見開いてこちらを見ている。聞かれた事に驚いているようだ。
「お主に初めてそんな事言われたぞ‥」
僕は初めて会った時に聞かなかったのかな?別に気にならなかったのか?僕は慌てて
「あぁ、いやちょっと気になっただけだから‥。気にしないで」
と言うと、ヒルダは少し考えた後に
「‥ルバルディの話し方を真似しているんじゃ。なんか落ち着くんでな‥」
と答えた。しばらく沈黙がありなんとなく気まずい雰囲気が流れる。ルバルディはヒルダの師匠だったと言っていたが、どうやら聞いてはいけない事を聞いてしまったのかな?するとヒルダが少し俯きながら
「記憶がないと言うのも厄介じゃのう。またもう一度話さねばならんのか‥‥」
と呟く。僕はなんか悪い事をした気になり
「あ、ごめんね。きっと話したくない事だよね?なら無理しないで大丈夫だよ」
と言い終えたと同時だった。
「おい!なんだ貴様?」
上から声がした。吹き抜けになっていて、二階にも通路があるようだ。うわ!やはり見つかったか。するとヒルダは再び歩き出しながら
「心配するな。今度ゆっくり話す。今は逃げるぞ!」
と言った。僕らも急いで動き出す。
「応援をよべ!下に侵入者だ!」
だいぶ建物全体が騒がしくなってきた。見つかったからには、急いで逃げた方がいい。するとヒルダが歩いている廊下の前方の扉が開いて、四人の長い槍を持った騎士が現れた。騎士達は槍を構えてヒルダに向かって走り出す。ヒルダは歩きながら杖を騎士達に向けて唱えた。
「メルデゼリア!」
四人の騎士が一斉に真後ろに吹っ飛んだ。その内の二人がすぐになんとか起き上がるが、続けて
「メルデゼリア!」
起き上がった二人の騎士がさらに後ろに吹っ飛んだ。
圧倒的な力。魔法とはこんなに凄いものなのか。僕はもちろん、アデルや親方もヒルダの力を目の当たりにして驚きを隠せない。とにかく僕らは近くにある扉へ走った。すると扉が開き中から騎士達が飛び出してくる。僕は慌ててさっき回収した剣を引き抜いて構えた。ヒルダは後方から来た数人の騎士を魔法で吹き飛ばしている。僕は剣を振り回して前に進もうとするが、騎士達の盾に阻まれ押し返される。僕らは別の扉の方に進もうと、一塊になって廊下の真ん中辺りまで進んだその時だった。
「おい!後ろ見ろ!」
親方が叫ぶ。振り返ると廊下の後ろにあの黒い毛むくじゃらの犬のような魔物が群れをなして集結していたのだ。真ん中にはあの一際体の大きな奴もいる。
「ここまでだ!脱走者ども」
今度は進行方向から声がしたので、そちらに振り返る。先ほど四人の騎士達が入ってきた扉の所に、コーネリアスが陣取っていてその後ろからゾロゾロと騎士達が中に傾れ込んできたのだ。そしてあっという間に周りを囲まれてしまった。
僕は剣を構え直し、ヒルダも杖をコーネリアスに向ける。すると
「まだ抵抗するつもりか?ならばこちらも容赦せぬぞ!」
コーネリアスが叫ぶと右手を挙げた。すると僕らを取り囲んでいた騎士達が一斉に少し後ろに引き、入れ替わるようにあの黒い魔物達が僕らを取り囲んだ。間違いない。この魔物達はコーネリアスの号令で動いている。コーネリアスは魔物を従えているんだ。カマリアの街に魔物を放ったのもコーネリアスの命令か?
「脱走者ごときに手間取りたくないからな。手っ取り早く済ますぞ」
コーネリアスが冷たく言い放つ。くっっ、この魔物の数ではいかにヒルダが強くても無理がある。そう思った時
「手っ取り早くか。その言葉そのまま返そう」
ヒルダがニヤリと笑ってコーネリアスに言う。この数の魔物と騎士を相手にするのか?いくらヒルダでも無茶だ。
ヒルダが両手で杖を持ち静かに目を閉じた。
「命が惜しい者はすぐに立ち去れ。これは脅しではない。警告だ。甘く見れば待つのは地獄じゃ」
次の瞬間、僕らの周りに巨大な火柱が立ったのだ。僕らをグルリと取り囲むように立った火柱は踊っているように見える。まるで生き物のようだ。不思議な事にすぐそばにあるのに熱気は感じない。だが周りにいる魔物は明らかに熱気でたじろいでいる。どうやらヒルダの近くでは熱気から何かの力で守られているようだ。
「我が名ヒルダの名において命ずる!灼熱の業火で焼き尽くせ!」
ヒルダが叫ぶと炎が天井まで燃え上がり一気に広がって建物全体を取り囲んだ。まさに一瞬で周りは火の海と化した。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
突然の火の手とあまりに凄まじい熱気に、一斉に騎士達が逃げ出す。あたりは逃げ惑う騎士達と火の海で騒然としている。
「ぐぅぅぅ、なんという凄まじい魔力だ‥」
コーネリアスの前には盾を構えた騎士達が四人いて、盾でコーネリアスを熱気から守っている。他の騎士達は全員、炎の勢いに圧倒されて逃げ出したようだ。
「誰が退いて良いと言った?火を消せ!早く!火を消さぬか!」
コーネリアスが逃げまどう騎士達に叫ぶが、誰も聞こうとはしなかった。気づけば周りは魔物だけになっていた。後はコーネリアスとそれを守る四人の騎士だけだ。
「人ではなく、魔物が相手なら手加減はいらんな」
ヒルダがあの一際体の大きい魔物へ杖を構えた。魔物達も身構える。手加減?今手加減って言ったのか?これほどの火力を手加減して出してるのか?
「お主はホレ。あやつらの相手をせい」
ヒルダが僕の方を見ながら、顎でコーネリアス達を指す。えぇ?僕が一度に五人も相手にするの?チラリと親方とアデルを見ると、二人は武器を持っていない。僕しかいないか‥。でもさっきも言ったが、まだ怪我人なんだって!まだ体のあちこちが痛いし、それに歴戦の騎士を五人も相手に出来る訳がない。記憶が戻らない僕は剣術の素人だからだ。
「大丈夫じゃ。いつものようにやれば良い」
「いつものようにって‥‥」
それが思い出せないから苦労してるんだって!
「目を閉じて剣を構えてみよ。そうすれば自ずと体が思い出す」
ヒルダはニコリと笑うと魔物達の方へ向き直る。目を閉じる?そんな事したら当然周りが見えなくなる。でもやるしかないのか?僕は剣を構えてコーネリアス達の方を向く。その瞬間、体の大きな魔物がヒルダに飛びかかった。ヒルダは
「警告はしたぞ?愚かな魔物よ」
と言うと杖を構えて
「クリメイション(火葬)!」
と叫んだ。すると壁や天井など建物全体を燃やしていた炎が一斉に体の大きな魔物に向かって行ったのだ!そしてまるで吸い寄せられるように大きな魔物を包み込むと激しく燃え上がった。魔物が苦しそうにもがいている。すると包んでいる炎がまたさらに勢いを増して、周りにいる他の魔物達に燃え広がったのだ。一気にまた周りは火の海になり、先ほどよりも激しく凄まじい勢いで燃え上がった。今や建物全体が炎で包まれていて周りは激しく燃える炎と、炎に焼かれてもがいている魔物だけになった。
「案ずるな。この世に未練が残らぬように綺麗に焼き尽くしてやる」
そう言ったヒルダの眼は冷たく悲しげに光っていた。
僕は剣を構えたままジリジリとコーネリアス達に近づく。ヒルダから少し離れたせいか、途端に凄まじい熱気に襲われる。熱い!なんという熱気。やはりヒルダの周りは魔力か何かで守られているようだ。すると僕の周りの炎だけが瞬時に消えた。ヒルダは自分の意思で火を消すことも出来るようだ。たぶんヒルダが気を利かせてくれたのだ。これで動けるぞ!見るとコーネリアス達の周りの炎も消えている。さっきまで炎から盾でコーネリアスを守っていた騎士達が、一斉に盾を捨てて剣を引き抜き向かってくる。僕は大きく深呼吸をすると、言われた通り目を閉じて剣を構えた。
すると不思議な事に目を閉じてるのに周りが見えるのである。いや正しくは目を閉じてるのに開けている時と変わらない感覚になったのだ。なんだこれは?なんで目を閉じているのに周りが見えているような感覚になるんだ?音?周りの音を聞いて正確な位置を把握しているから?たぶんそうだ。きっと僕は耳がとても良いんだろう。目を閉じる事で聴覚をさらに過敏にさせ、かなり些細な物音すら探知出来るように訓練されてるんだ。記憶を失う前の僕はとんでもない奴だな。そうこうしているうちにコーネリアス配下の騎士の四人の内の三人が向かってくる。二人は正面から。一人は僕の右側にゆっくりと周りこんでいる。本命は右側かな?と思った瞬間、正面左の騎士が斬りこんでくる。殺気が少ない。陽動だ。後ろに下がりかわす。そこに右側から強い殺気を帯びた一振り。やはり!すぐさま受け太刀で鍔迫り合いになる。力と力の押し合い。今度は正面右側の騎士がここぞとばかりの一突き。力ずくで鍔迫り合いを押し返し、突きをかわしざまに剣の塚で鎧と鎧の隙間に一撃をくらわす。くらった騎士がグシャリと地面に倒れる。うまく気絶させる事が出来たようだ。
「おのれ!」
最初に斬りかかってきた騎士が叫びながら斬り込んでくる。と同時に鍔迫り合いで押し返された騎士も同時に斬り込んでくる。僕は最初に斬りかかってきた騎士のほうへ、低い姿勢で剣をかわしながら腹部の鎧と鎧の隙間に剣塚での一撃。くの字になって倒れ込む騎士を体で押し出し、次に斬りかかってきた騎士に体当たりさせる。怯んだ所を剣の鞘で首筋の隙間に一撃。二人の騎士は同時に床に倒れた。
「ふぅぅぅぅぅ」
僕は深く息を吐き出す。凄い!なんだこれは!目を閉じたほうが俄然、体が軽やかに動くじゃないか!何も考えずとも自然と体が動く。まるで剣の達人のような軽やかな身のこなし。しかも相手の殺気とかも感じとる事が出来る。魔物一匹にあんなに苦労したのが嘘のようだ。もしあの時にこの身のこなしが出来ていれば、ミリアはあんな事には‥‥。いや、今はやめよう。とにかく後は、コーネリアスと部下が一人だけだ。
「なんじゃ?記憶がない割にはやるではないか?」
ヒルダがニヤリと笑う。
「アストリアさん、凄いじゃないですか!」
アデルや親方も驚きを隠せないようだ。いつの間にか周りの火は全て消えていた。ヒルダがもう必要ないだろうと消したようだ。あたりには至る所で黒煙が上がり焦げ臭い匂いが漂っている。
「無明剣‥。あえて光を閉ざし闇に身置き、全ての感覚を研ぎ澄まし敵を斬る‥。」
コーネリアスが剣を抜きながら言う。
「噂には聞いていたがな。これほどとは」
顔つきが変わった。明らかに武人の顔だ。死を覚悟し、なお戦いを決意した闘気が伝わってくる。さすが歴戦の騎士だ。おそらくこの侵攻軍の最高指揮官だろう。かなり手強いはずだ。僕は再び目を閉じる。コーネリアスがゆっくりと前進してくる。配下の騎士が少し僕の左側へ移動する。二人ともジリジリと少しづつ間合いを詰めてくる。たぶん同時に来るな?そんな予感がした。長い沈黙があった。息が詰まるような時間が過ぎる。その瞬間、左に移動していた騎士が切り込んでくる。僕はかわしながら剣の塚で兜の上から水平に殴る。騎士は体を回転させて地面に叩き落ちた。次が来る!その瞬間、僕の左肩に衝撃が走り血が飛び散る。しまった!左側にいた騎士を囮にしたコーネリアスの狙いすました一撃。たまらず後ろに下がる僕を逃さず追撃してくる。キィンキィンと剣と剣がぶつかり合う音が響く。右手でなんとか凌いでいるが、片手では力負けしてしまう。左手が痛みで痺れて力が入らない。息も吐かせぬ連続攻撃。たぶんこちらに考える隙を与えないようにしているんだ。手負の者はなんとか起死回生を狙おうとするからだ。さすが戦い慣れしている。でも不思議だった。目を閉じて戦うと相手の戦術までわかるようになってる。これは戦いに関しての記憶が少し戻っているのか?
ドンッ
背中が壁につく。しまった。もう後がないか。僕は荒い息を必死に整える。次の一撃は必ずトドメの一撃だ。これを避けなければ。改めて感覚を研ぎ澄ますと、コーネリアスも荒い息遣いだ。あれだけの連続攻撃だ。お互いに限界だ。コーネリアスが剣を両手で持ちゆっくりと自分の右肩の前に上段に構えた。僕も剣を構え直す。左右には先ほどの炎で焼け落ちた瓦礫があり避けれない。後ろは壁。どうする?
「でえあぁぁぁぁぁ!」
満を持してコーネリアスが渾身の振り下ろし。逃げ場がないなら!僕は後ろの壁を蹴って勢いよく前へ飛び出す。コーネリアスが剣を振り下ろす前に腕に体ごとぶつかる。吹っ飛んで倒れ込んだコーネリアスに、僕は鎧の上から左肩に剣を叩きつけた。ガシャーン!と音が響く。鎧の上からだから切れたりはしていないだろう。だがその衝撃はかなりのはずだ。
「ぐあぁぁぁぁ!」
痛みでコーネリアスが悶える。僕は剣先を突きつけ
「ここまでだ。コーネリアス」
と言った。コーネリアスは倒れたまま左肩を抑えこちらを睨んでいる。
「ふうぅぅぅぅぅぅ」
僕は再度、大きく息を吐いた。なんとかなった‥。だが、最後のは本当に危なかった。少し遅れたり躊躇したら間違いなく斬られていた。いや、よかった‥。その時
「いやいや、見事だね〜。面白かったよ〜」
二階の通路から声がした。見ると人影が見える。
「ま、まさか援軍ですか?」
アデルが不安そうな声を上げる。
「凄いね〜、キミたち」
人影が二階の柵を飛び越えて一階に飛び降りてくる。見ると道化師のような格好をしている人物だった。奇妙な帽子を被り、顔は道化師の化粧をしている。化粧と帽子で顔がよく分からず声も甲高い為、男性なのか女性なのか分からない。しかもかなり小柄だからひょっとしたら子供なのかもしれない。年齢も性別も見た目からは分からなかった。たぶん女性のような気がするというだけだ。服装は道化師そのものだが、全体的に黒い服なので不気味な感じだ。
「月黄泉殿‥‥」
コーネリアスが痛みを堪えながらうめく。月黄泉とよばれた道化師が
「あ〜あ、派手にやられたね〜。行く時はあんなに息巻いていたのにね〜」
と言った。
「カマリアの制圧は成功したみたいだけど、何?この有り様は?騎士達はみんな逃げちゃってるし、砦は焼け落ちてるし」
月黄泉が続ける。
「護衛にと思ってリカオリオン達も貸してあげたのに、みんなやられちゃってるじゃない?どーしてくれんのさ?」
あの黒い魔物たちの事だろうか?リカオリオンという魔物なのか。この月黄泉という者が魔物を飼い慣らしていたのか。
「ぐぅぅ‥。し、しかしこんな魔法使いや西の大陸の勇者がいるとは‥‥」
「誰がいようとさ〜。任務はちゃんと全うしてくれないとさ〜。困るんだよね〜」
月黄泉はチラリとこちらを見る。終始ニヤニヤしている。とてもじゃないが困っているようには見えない。そういう風に見えるだけか?
「で?どう責任取るんだい?」
月黄泉がニヤつきながら意地悪そうにコーネリアスを見る。途端にコーネリアスの顔が強張る。
「い、いやしかしこれは‥‥」
すると先ほど月黄泉がいた二階の所から
「こういうのはどうでしょう?」
と声が聞こえた。見ると、また新たな人影が現れた。よく見ると、今度は間違いなく女性のようだった。髪は長い黒髪を束ねて髪飾りを付けている。後でアデルに聞いたのだが、東の国の『着物』という模様が派手な服を着ていた。驚いたのは顔である。綺麗で三十代ぐらいの女性なんだろうが、目が真っ赤に光っていたのである。肌は透き通るように白く、むしろ青白くさえ見えるのが不気味だった。全体に妖しげな雰囲気を出しており、なぜかこの世の者とは思えなかった。ヒルダもただならぬ雰囲気を察したのだろう
「なんじゃ、こいつ?もののけの類か?」
と呟いた。
「お?妖華刺ちゃん。なんか良い案浮かんだ?」
月黄泉が聞く。妖華刺と呼ばれたその女性は
「我がドルギアの突然のカマリア侵攻で、今頃ラズベリアの首都ベリアードは蜂の巣を突いた騒ぎになってるはず。しばらくすればカマリアを奪還する為にラズベリア軍が到着する事でしょう。そしてドルギアは近隣諸国からカマリア侵攻を責められる事になります」
妖華刺は声までこの世の者とは思えない声だ。
「そうだねぇ。そうなると今は非常にまずいよねぇ」
月黄泉が言う。『今は』?そこが気になった。
「なので今回のカマリア侵攻はコーネリアス殿の独断で行われた事にしてしまえば良いのでは?」
「な、なんと!」
妖華刺が言うと、コーネリアスが驚きの声を上げ上半身だけ起き上がる。
「おぉー。それ良いねぇ。『コーネリアス・ガーランド殿がな〜ぜか魔物と手を結び、カマリアの街に第五騎士団を引き連れて勝手に侵攻してしまった。ボク達はな〜んにも知りませんでした〜』って事にねぇ」
月黄泉が小躍りしながらコーネリアスに近づく。
「そ、そんな事、決して許される事ではありませぬぞ!此度のことは月黄泉殿がカマリア周辺に強い魔装具があるという情報を‥‥ぐはあぁぁぁ‥‥!」
必死に訴えていたコーネリアスが突然、首から大量の血飛沫をあげて倒れた。
「おしゃべりが過ぎる‥‥」
いつの間にか月黄泉が大きくて長い鎌を持っていて、コーネリアスの首を斬りつけたのだ。コーネリアスの大量の返り血を浴びながら、ニタリと笑う月黄泉は道化師というより死神に見えた。なんて奴だ!コーネリアスに罪を全て擦りつけて処刑したのだ!月黄泉がニヤニヤしながら、血まみれのままこちらを見る。まるで悪魔のようだ。すると突然、光の矢のような物が飛び交い倒れている四人の騎士達に突き刺さった。低い呻き声と血飛沫があがる。二階にいる妖華刺の仕業だ。酷い‥。邪魔者は全員消すつもりだ。僕は思わず剣を構えた。すると月黄泉が
「ここでさ〜、君達と一戦交えるつもりはないんだよ。だからさ〜、この事は黙っててくれない?」
まさに悪魔のような提案だ。死人に口無し‥そんな事許すべきではない。それに調べればすぐにバレる事じゃないのか?もうすでに事切れているコーネリアスの名誉まで汚す訳にはいかない。
「別に構わんが、見返りはなんじゃ?」
まさかの、ヒルダが乗っかる。
「ちょっと、ちょっと。駄目だって‥」
慌てて小声で制す。
「じゃが、その傷では満足に戦えんじゃろう?」
ヒルダは表情は変えないまま、声だけ小声で囁く。確かにこの左肩の傷ではかなり厳しい。しかもコーネリアスを斬りつけたあの速さは尋常ではない。きっと月黄泉はかなりの使い手だ。ここはなんとしても退きたい所だ。
「それにな、あの上の階の者‥。とんでもない魔力じゃ。ここは様子を見ておきたいのでの‥」
妖華刺の事だ。ヒルダが警戒するという事は、やはり彼女も只者ではなさそうだ。
「君達も、今ここではやり合いたくないんじゃない?」
こちらの状況も把握してる言い方だ。月黄泉はとても賢い。こいつは手強いな。
「そう見えるか?こちらは相手しても構わんのだぞ?」
ヒルダが僕に囁いたのと真逆のことを言う。あえて強気に出て退かせるつもりだろう。でもそんな安易な策が通じる相手には見えないが‥。ヒルダは構わず一歩前へ出ると
「お主、奇妙な輩を連れておるのう。上にいる輩はとんでもない魔力を放っておる。まさか『人ならざる者』か?面白いのう」
ヒルダが不敵な笑みを浮かべて、妖華刺を見ながら月黄泉に言う。
「それにさっき『カマリア周辺に強い魔装具の情報』とか言っておったな?それはアストリアのルビウスの紋章の事じゃろ?もしかしてお主、魔装具を探しておるのか?」
ヒルダの度胸は凄い。どう見ても曲者の月黄泉と対等に渡り合ってる。月黄泉が途端に笑い出す。
「あははははは!キミ、凄いね〜!参ったよ。わかった、わかった。ここは黙って退くから〜。どうせコーネリアスの事が公になるのも想定内だからさ〜」
なるほど。近隣諸国に対する言い訳は、すでに用意してあるという事か。コーネリアスは最初から捨て駒だったのか。やはり月黄泉と妖華刺。かなりの策士で一筋縄ではいかない。
「あぁ、自己紹介が遅れたね。ボクは月黄泉。ドルギア帝国軍作戦参謀だよ〜。んで、こちらが‥」
月黄泉が演目の終演の挨拶のように深々とお辞儀をしてみせる。
「ドルギア帝国軍作戦参謀補佐官の妖華刺と申します。以後、お見知り置きを」
妖華刺も一歩前出て一礼する。あからさまに礼儀正しく自己紹介をしてみせる所なんか、小馬鹿にして楽しんでいるようにしか見えない。すると月黄泉が
「で、君たちは?まだ聞いてなかったよね?」
と言うと
「ほう?知っておるかと思うとったがの?」
ヒルダも負けじと仕掛ける。月黄泉はニタァと笑うと
「まさかぁ、そんな訳ないでしょ〜」
と言った。どうだろう?本心ではないとすると?僕たちのことを知ってる?最初から?どういう事だ?混乱する僕を尻目に
「妾はヒルダじゃ。こやつはアストリア。連れのデンゼルとアデルじゃ」
ヒルダがとても簡素な紹介をする。月黄泉は頷きながら
「ふ〜〜〜ん」
と言ってニタニタ笑っている。この笑みが、僕達の事を最初から知っていたのか、知らないで今初めて認識したのか、表情からは分からない。
「じゃあ、またね〜」
月黄泉が手を振りながら踵を返す。
「では、ご機嫌よう」
妖華刺はこちらを向いたまま、すぅーっと後ろへ下がる。と、月黄泉が立ち止まり顔だけ後ろを振り向きニタァと笑って
「次に会うのが楽しみだね」
と言って消えた。背筋がゾッとする笑みだった。月黄泉達がいなくなり、あたりは静寂に包まれる。僕は途端に体の力が抜けて、その場に座り込んだのだった。
僕らが外へ出ると、ちょうど夜が明ける頃だった。砦周辺には騎士達の遺体が無数にあった。逃げた騎士達だ。これも月黄泉の仕業か?口封じだな‥。本当に恐ろしい奴だ。薄明るいカマリアの街は、まだ焦げ臭い匂いが漂っており、人影もなかった。僕達はとりあえずカマリアから一番近い村へ向かった。小屋に戻っても、荷物も何もなくなってしまった今、生活に必要な物だけでも買い込まねばならなかったのだ。お金はヒルダが持っていた。僕がお世話になったお礼だと言って、デンゼル親方やアデル達と色々と買い出しに行ってくれた。僕にも新しい綺麗な服を買ってくれた。散髪もして無精髭も綺麗に剃った。これで少しは勇者らしく見えるかな?
「小屋を引き払って、ラムールに行こうと思っててな‥」
夕食をみんなで食べてる時に、親方がおもむろに話しだす。
「カマリアがああなっちまったら、あの小屋では商売にならんだろうしな。ラムールには知り合いがいるから、なんとかなると思う。アデルとも話し合ったんだが、あっちに行けば親御さんの家も近いって言うしな」
ラムールはラズベリアの北西に位置する街だ。カマリアのように商業が盛んな古い街だという。アデルの両親はマルセルト公国に住んでいる。ラムールからマルセルトなら確かに近い。ここカマリア周辺はラズベリアの北東だから、ラズベリアを真横に横断するような形になる。親方達は馬車で小屋に残ってる武器や防具を売りながらラムールを目指すと言う。
「アストリアさん達はどうするんです?」
アデルが僕とヒルダを交互に見ながら言う。あのカマリアの砦の戦い以来、すっかりヒルダの事が気に入ってしまったようだ。きっと付いて来て欲しいんだろうなぁ。
「妾達は南へ行こうと思っておってな」
僕らも昨夜、二人で話し合っていたのだ。ヒルダは今回の件について、彼女なりの考察を話してくれた。月黄泉は理由は分からないが魔装具を探していて、カマリア周辺に魔装具があるという事を、何かしらの方法で知り得た。たぶん魔装具がある、という事しか分からなくて、その魔装具が何か?とまでは分からないんじゃないかと。なので適当な理由を付けてコーネリアスをカマリアへ侵攻させた。後でコーネリアスは始末するつもりで。だがその魔装具は僕の持つルビナスの紋章だった。月黄泉達は魔装具が見当違いだったか、紋章が魔力を失っていたからか、理由はわからないが何かに気づき、あっさり退いて行ったのではないかと。なるほど。辻褄は合う。なので月黄泉は今後も魔装具を探すのではないかと。
「あんな危ないヤツが魔装具探しなど、危険な匂いしかしないじゃろ?間違いなくロクな事にならん」
確かにそう思う。きな臭い噂が流れているドルギア帝国。そのドルギア帝国の軍の作戦参謀の月黄泉。そいつが魔装具を探している。もうこれは嫌な予感しかしない。
「先に魔装具を見つけるってのはどう?」
僕が言うと
「奴らは何かしらの方法で魔装具を探知できる可能性がある。そう上手くいくかのう‥」
ヒルダが考え込む。
「でも逆に言えば、はっきりとした場所がわかればカマリアに軍勢を差し向けるなんて危険はわざわざ犯さないんじゃない?もし大まかな場所しか分からないなら、僕らが先に見つけられるかもしれない。それにカマリア侵攻という大それた事をしてまで、魔装具を探す月黄泉の目的がわからない。なんとか先に見つけられれば、それを知ることが出来る気がするんだ」
と言うと、ヒルダも
「まぁ、それもそうじゃな。ヤツが何故魔装具を探してて、魔装具で何がしたいかじゃな?確かにそれを調べるのが先決じゃ。それにあの悪党の邪魔をするのも悪くない。お主、記憶を失くしてから初めて良い事言ったぞ」
と褒めてくれた。おぉ!頭が冴えてきてるという事は、少しづつ記憶を取り戻しつつあるのか?
「で、さっき村人に聞いたんじゃが、ラズベリアの首都に魔装具かどうかは分からんが、不思議な武器を使う剣士がいると言う。行ってみる価値はありそうなんじゃが、さてラズベリアの首都は?思い出せるか?」
ヒルダが意地悪そうな顔をして聞いてくる。あ、えーっと‥‥うん、全然記憶は戻らん!
「ということでラズベリアの首都ベリアードへ行こうと思っていてね」
僕は得意げにアデルと親方に言う。みんなでの食事の場だ。
「え〜〜‥。一緒に行きましょうよ〜」
アデルが悲しそうな顔で言う。
「ベリアードか‥。遠いなぁ」
親方も心無しか寂しそうに言う。
「お二人には本当にお世話になりました。感謝しかないし、本当にありがとう」
僕は二人に頭を下げると話しを続ける。
「僕の最初の目的は、記憶を取り戻して家に帰る事だった。でももし月黄泉の目的が魔装具で、このルビウスの紋章で引き寄せてしまったのなら、僕は二人を巻き込んでしまった事になる。カマリアの街の大勢の人々も兵士達もミリアも全て僕が巻き込んでしまった‥‥。僕のせいでたくさんの人が命を落としてしまったんだ」
僕は一息ついて続ける。
「だから僕は、月黄泉が何をしようとしているのかを突き止めようと思ってる。もしそれが良からぬ事であれば、全力で止めたい。僕にはその責があると思う。西の大陸に戻るのも記憶探しもそれからだ」
僕が言うと少し間があって
「アストリアさん、僕は巻き込まれたなんて思ってませんよ。だから無理はしないでくださいね。でも、さすがアストリアさんですね!西の大陸の勇者復活ですよ!」
「記憶のない勇者だがな‥。だがたしかにそうだ。これは月黄泉ってヤツが勝手にふっかけてきた事だ。気にするこたぁねぇ」
アデルも親方も笑顔で言ってくれる。本当に良い人達だ。この夜は四人で乾杯をした。飲んだり食ったり騒いだり色んな話しをした。二人にヒルダの話しもしたし、ヒルダの過去の話しも聞いた。ヒルダも僕の事について、知る限り話してくれた。西の大陸を旅したのは全部で五人。僕とヒルダとライネル・ザックバーン。夢で見た男だ。あと梟影丸という男性とエザリア・ベルテスという女性らしい。僕は家族の事とかは話さなかったようで、両親や兄妹の事は知らないらしい。ライネルとは幼なじみで仲が良かったみたいなので、ライネルなら何か知ってるかも、との事だ。まぁ、ライネルがいるのは西の大陸だろうけど‥。西の大陸での旅の話しも少し聞けた。お酒が進んでくるとデンゼル親方の壮絶な兵士時代の武勇伝や、アデルの幼少期の話しなどなど、時間がいくらあっても足りなかった。とにかく楽しい夜だった。
明日はみんなで小屋へ戻ろう。
次の日、僕達四人は小屋へ出発した。途中でラズベリアの軍勢を見かけた。カマリア奪還の軍だろう。焼け落ちた砦と無数の騎士の遺体を見たら、不思議がるだろうな。風の噂で聞いたが、やはりドルギアの突然のカマリア侵攻は近隣諸国からの非難の的になってるらしい。まぁ、月黄泉がその程度で動じるとは思えないな。小屋へは村で調達した馬車で向かったので、行きよりもかなり早く着いた。小屋では馬車に親方達の荷物を詰め込むのを手伝った。すると親方が僕に、旅の餞別だと言って鉄で出来た鎧をくれた。動き易いように軽量化されている。きっと高価な物なのに‥。しかもカマリアの戦いで僕が使っていた銀色の剣もピカピカに仕立て直してくれたのだ。戦い終えたあの朝に、持ち主の家の前を通ったが、焼け落ちていて誰も居なかった。
「お前が持ってた方が良い気がするんだ。もしどこぞで持ち主と会ったら、返せば良いしな」
親方が言う。新しい服に鎧に剣。
「見た目は間違いなく旅の勇者ですね」
アデルが引っかかる言い方をする。
「あのなぁ‥。別れの時ぐらい、なんかこう‥。気の利いた事とかさぁ」
そう、いよいよ別れの時だ。僕が寂しい気持ちを紛らわそうとおどけてみせる。
僕らは歩いて南に向かい、親方達は馬車で西へ向かう。
「じゃあな、記憶のない勇者。ヒルダ、こいつの事を頼む」
親方が馬車を走らせ始める。
「アストリアさん!いつかきっとまた会いましょう!ヒルダさん!今度会ったら僕に魔法を教えてください!」
アデルは涙ぐんでいる。
「親方、いつまでもお元気で!アデルも体に気をつけて!またいつか必ず会いに行きます!」
僕が叫ぶ。
「またの〜。親方、アストリアの事は任せい。アデル、妾は厳しいぞ〜」
ヒルダも笑顔で手を振る。
僕とヒルダは馬車が見えなくなるまで手を振ると、南へ向かって歩き出した。いざ、ラズベリアの首都ベリアードへ!




