第二十話 決戦
「うりゃあ!」
ヴリトラが叫んでドルギア兵を投げ飛ばす。ドルギア兵は数人を巻き込んで倒れた。中庭は騒然としていた。僕達は予想より大勢のドルギア兵に囲まれていたのだ。
「デュエット!」
シーマが叫んでムーンソードが二刀流になる。
「アストリア、行け!ここはまかせろ!」
シーマは二本の刀を振り回しながら叫ぶ。
「ヒルダとヴリトラも!アストリアの護衛を頼む!」
神楽が二人に叫んだ。左吽も
「ここは我らが!マリリア殿も行かれよ!」
と叫ぶ。
「なんのこれしき!百人組手だと思えば容易い!」
阿右が笑って見せる。
「みんな、すまねぇ!行くぞ、アストリア!」
ヴリトラが蹴り飛ばして、群がる兵士を蹴散らした。
「よし!行こう!」
僕は叫んで、そこに出来た兵士達の隙間を素早く通り抜けた。中庭を抜けて城内に入る。後ろから追ってきた兵士達を、ヒルダがメルデゼリアで吹っ飛ばす。白虎の剣は僅かに光を帯びだした。そして一筋の光が伸びて地面に当たった。剣をどういう風に持っても、その場所に光が当たる。
「青龍の鍵は地下にあるという事か‥?」
僕は呟いた。そして地下に降りる階段を探す。廊下を抜けると大きな広間に出た。そこに一人の男性が立っている。
「‥阿修羅と申します。ここを通す訳には参りません。お覚悟を‥‥」
そう言って素手で静かに構える。それを見たヴリトラが
「魔女っ子、アストリアとマリリアを連れて行け!ここは俺がやる」
と言って構える。ヒルダも阿修羅を見ながら
「‥あやつも悪魔じゃ。しかもかなり強いぞ‥」
と言う。ヴリトラは
「あぁ‥多分、ベリアルに居た奴より強いだろうな‥」
と言い、続けて
「‥ヒルダ、もしもん時はラファエルとマリリアの事を頼むわ」
と言った。ヒルダは少し怒った顔で
「‥そんなの聞きとうない!それにお主が負ければ、ラファエルもタダではすまんのじゃぞ?」
と言う。するとマリリアも
「私もラファエルとヴリトラとずっと一緒にいたい。だから負けちゃダメだよ?」
と言ってヴリトラの背中にそっと手を添えた。
「‥嬉しいねぇ。やっぱ魔女っ子の言葉より、マリリアの方が元気でるわ」
とヴリトラが笑うと
「‥すまんの〜。元気出させてやれんで〜」
ヒルダも笑みを浮かべて言う。そして真顔になり
「‥お主なら大丈夫じゃ‥負けたら許さん」
と呟いた。ヴリトラは軽く頷き僕を見る。僕もヴリトラを見ながら頷く。するとヴリトラが
「行け!アストリア!」
と叫んで、阿修羅に飛び込びながら正拳突きを打ち込む。僕らが一斉に走り出すと
「‥通す訳にはいかないと言ったはずだ!」
ヴリトラの突きをかわした阿修羅が、僕らの前に回り込む。速い!僕は蹴り飛ばされた。
「メルデゼリア!」
ヒルダが阿修羅に向けて至近距離で放つ。だが素早く避けてヒルダの背後に回り込む。ヒルダは阿修羅の動きが速すぎて対応出来ていない。ヒルダの背後で阿修羅が拳を振りかぶる。だが横からヴリトラが蹴りを放った。阿修羅は防御するが、吹っ飛ばされる。その隙にマリリアが僕を起こしてくれた。それを見届けたヒルダが走り出した。僕とマリリアもヒルダと同じ方向へ走り出す。阿修羅が再度、僕らの前に回り込もうとするが、ヴリトラがその前に立ちはだかった。
「追っかけっこは、もういいだろ?俺が相手だ」
ヴリトラが構えると
「‥仕方ないですね。手早く片付けるとしますか‥」
と阿修羅も構えた。
刃とミルコとルドガーは、高い塔の細く暗い階段を降りていた。アストリア達が青龍の鍵を奪還したとしても、玄武の盾がないと玄武に乗って脱出が出来ない。早く合流しなければ‥。階段を降りきると扉があった。刃が扉を開く。そこは広い通路になっていた。そしてその通路には、無数のドルギア兵が待ち構えていたのだ。
「なんと‥!」
刃が驚いて立ち止まる。ミルコとルドガーも身構えた。先頭には一人の騎士が立っている。ドルギア四強の一人、リーゼル・グレイブだった。
「全員、捕らえよ!」
リーゼルの号令で、一斉にドルギア兵が刃達に襲いかかってくる。
「押し通る!」
刃が叫んで柄の長い青龍刀を振り回す。その勢いにドルギア兵達がたじろぐ。ルドガーも剣を振り回して威嚇している。ミルコは持っていた袋から、小さな玉を何個か取り出す。そしてトルメキア城の壁に掛かってる松明で、玉の導火線に火を付けた。そしてそれをあちこちに投げつけた。導火線から玉に火が付くと、モクモクと煙が上がり始めた。何個もある玉から煙が上がり、そこら中が煙で見えづらくなった。
「くそ!なんだこの煙は?」
「前が見えんぞ!」
「奴らはどこだ?」
ドルギア兵の怒号が飛び交う。刃とミルコとルドガーは、その混乱に乗じてその場を離れる。兵士達の脇を通り抜け、通路の奥へと進む。
「よし!煙幕作戦、うまくいった!」
ミルコが走りながら叫ぶ。
「さすがだな!用意周到だ!」
刃はミルコと並走しながらミルコを褒める。すると通路の窓から遠くの中庭が見え、そこに大勢のドルギア兵がいるのが見えた。
「おい!シーマ達だ!」
最後尾を走るルドガーが叫ぶ。その中庭のドルギア兵の中を、飛び回っているシーマの姿が一瞬見えた。
「よし!あそこへ行‥‥!」
話していたルドガーの言葉が途切れる。刃とミルコが振り向くと、ルドガーの右肩から剣が突き出ていた。ルドガーの後ろには、リーゼルが右手に剣を握り立っていた。リーゼルは追いかけてきて、ルドガーを後ろから剣で突き刺したのだ。
「ルドガー!」
ミルコが叫ぶ。
「ぐ、うぅぅぅ‥」
ルドガーの顔は苦痛で歪んでいる。そしてリーゼルはルドガーの肩から剣を引き抜くと、ルドガーの背中を斬りつけた。血飛沫を上げてルドガーがうつ伏せに倒れる。すかさず刃がリーゼルに斬り込む。
「背後から斬るとは、それでも騎士か?」
刃がリーゼルに言う。
「賊風情が知ったような口を!」
リーゼルが叫びながら連続で斬り込む。両手で持つような大きな剣だ。その攻撃を刃が盾で防ぐ。ミルコはルドガーの元へ走った。急いで傷の状態を見る。傷はそこまで深くはない。致命傷ではないようだ。だが、すぐに手当をしなければ‥。ミルコは吹き矢を持ち、立ち上がった。
中庭では、シーマと神楽と阿右と左吽が戦っていた。大勢いたドルギア兵も、半分ぐらいまで減らしていた。もう少し頑張れば‥。その時、シーマの横から剣が飛び出してきた。シーマは、すんでの所でかわす。だが次々と剣が襲いかかってくる。シーマは地面を転がりながら、全て避けきった。その剣達の柄を黒い煙が握っていた。この黒い煙‥‥。
「‥ほぅ。全部避けたか‥」
そこには黒い煙を全身に纏ったアルバトスが立っていた。煙はタコの足のように何本も細く伸びていて、その先全てに剣が握られていた。
「‥トリオ」
シーマが呟くと、柄の下からもう一つ刃が現れる。
「カルテット」
続けて呟き、もう一本の刀の柄の下から刃が現れた。それを見たアルバトスが
「‥不思議な剣だな。新たな刀身が現れた‥‥もしやムーンソードか?‥‥ならばお前がシーマとやらか?」
と独り言のように言う。シーマは素早く飛び込みながら
「だとしたらなんだ?」
と言う。アルバトスは不敵な笑みを浮かべ
「相手にとって不足なし!」
と叫んで全ての剣をシーマに差し向けた。シーマは双刃刀を振り回して剣を弾いていく。そこから少し離れた所では、神楽がドルギア兵を一人づつ倒していた。近くの敵は短刀で足などを斬りつけ動けなくしていき、離れた敵は朱雀の弓で足を射抜いていった。そしてシーマと戦うアルバトスに気づく。ここへ来る途中、ベリアルでヒルダとシーマと話しをした。
「アルバトスの死神の紋章じゃが、アストリアがやられるぐらい強力じゃ。まともにやりあえば、無事ではすまんかもしれん‥」
ヒルダが腕組みしながら言う。続けて
「じゃが、破壊してしまえば紋章の力は失われるはずじゃ。ルビウスの紋章は首飾りじゃが、死神の紋章は違う。昔に見た文献では、腕輪の形で描かれていた。つまりアルバトスはどちらかの腕に腕輪を付けているはず‥。それを破壊する事が出来れば、死神を封じる事が出来るはずじゃ‥」
と言った。シーマと神楽はそれを聞いていたのだ。神楽は朱雀の弓を構える。まずアルバトスのどちらかの手に当てよう。狙いをすまし弓を構え続ける。だが突然、横から誰かが斬り込んでくる。横っ飛びで避けると、斬り込んできた人物に向き直る。
「我が名はドルギア近衛師団、師団長ワグナス・クリストフ!お相手願おうか!」
斬り込んだワグナスは名乗りを上げて剣を構え直す。騎士の戦いの作法だ。
「‥我が名は火鳥神楽。参る!」
神楽も礼儀として名乗りを上げ、短刀で斬り込んだ。
神楽達からまた少し離れた所では、左吽がドルギア兵を蹴り飛ばしていた。すぐ横で阿右も正拳突きで一度に数人を吹っ飛ばす。すると突然、雄叫びのような声が響き渡る。
「なんだ?この声は?」
阿右が周りを見渡す。するとドルギア兵達の後ろから、とんでもない大男が兵を弾き飛ばしながら現れた。普通の人間の二回り以上大きい。長い黒髪に髭が伸びていて、上半身裸の肉体は鋼のようだ。両目は潰されていて見えてないようだ。
「ウガァァァァ!」
大男の大きな雄叫びに周りのドルギア兵がざわつく。
「アンダカだ‥」
「誰がアンダカを解き放ったんだ?」
ドルギア兵達は、大男を見て明らかに驚いている。阿右が倒れているドルギア兵の胸ぐらを掴んで
「おい!アイツはなんだ?」
と聞く。ドルギア兵は大男を見て
「‥アンダカだ‥‥あまりに凶暴すぎて同胞を何人も殺害した為、両目を潰され地下牢にずっと閉じ込めれていた悪魔だよ。きっと誰かが解き放ったんだ‥」
と呟く。アンダカはこちらへ向かってくる。ドルギア兵達はアンダカを恐れ、その場から離れていった。
「こんなのがいるとは、聞いてないぞ‥」
左吽が身構えながら言う。
「やるしかあるまい‥。話しが通じる相手ではなさそうだ‥」
阿右も構える。アンダカは雄叫びを上げながら二人に襲いかかった。
僕とヒルダとマリリアは地下へ降りる階段を探す。
「あれは?」
マリリアが指差す方向に、暗く狭い階段が見えた。
「あった!あれだ!」
ヒルダが叫んで走り出す。僕達三人は急いで階段を降りる。暗く狭い階段を降りると、大きな地下通路が広がっていた。その先に大きな扉がある。白虎の剣の光は扉を指していた。が、その前に女性が立っていた。妖華刺だ。
「‥お久しゅうございます。カマリア以来ですね。あなた方には、我が同胞が随分とお世話になっているようで‥。この借りはきっちりと返させて頂きますよ」
妖華刺の瞳が一段と赤くなる。妖華刺の体の周りが黒い闇に覆われていく。
「‥闇の魔法か?」
ヒルダが呻く。そして杖を構えた。
「私も一緒に戦います!」
マリリアも杖を構える。
「‥気をつけろ。あやつの正体は多分、悪魔の王サタンだ‥」
ヒルダが妖華刺を見ながら言う。そしてヒルダの体が炎で包まれる。
「‥わかった。アストリアは隙を見て突破して!」
マリリアの体が光に包まれる。
「わかった!」
僕は叫びながら妖華刺の後ろにある扉を見る。
「‥光と炎か。全て我が闇で飲み込んでやる!」
妖華刺が叫ぶと闇が大きく広がっていった。
ヴリトラの連続の蹴りを避けた阿修羅は、一回転して着地してすぐさま飛び込んでくる。そして素早い連続の突きを繰り出す。ヴリトラは爪牙狩猟拳の動きで両手で捌いていく。手で噛み付くように阿修羅の腕を掴み、鋭い突きを放つ。阿修羅も落ち着いて防御する。意表をついた阿修羅の足払いにヴリトラはひっくり返るが、すぐさま飛び起きる。だが阿修羅の横蹴りが脇腹に入った。その瞬間、ヴリトラの左正拳突きも阿修羅の胸を捉えていた。両者は弾けるように後方に吹っ飛ぶ。だが二人共、後方宙返りで着地した。ここまではほぼ互角‥のはずだった。突然、ヴリトラが血を吐いて跪く。阿修羅の攻撃の威力は凄まじく、羅刹の比ではなかったのだ。最後の横蹴りを防御する事なく、左正拳突きを放ってしまい、まともに喰らってしまった。そのダメージは計り知れない。なんとか立ち上がるが、阿修羅はこの好機を逃さず追撃してくる。ヴリトラは両腕を顔の前で交差させ、姿勢を低くして防御の体制をとるが、阿修羅の容赦ない攻撃が続く。そして痛めた脇腹に阿修羅の拳が入る。激痛で思わずヴリトラの両手が下がった。そこへ阿修羅の右拳がヴリトラの顔面を捉える。連続して左拳が入り続けて回し蹴りが顔面に入ると、ヴリトラは吹っ飛んで倒れた。阿修羅がトドメを刺しに、ゆっくり近づいてくる。だがヴリトラは完全に意識を失ってしまった。その時、ラファエルは自分の心の中にいた。必死にヴリトラを起こそうと叫んでいる。だがヴリトラは目覚めない。まずい。阿修羅がトドメを刺しにくる。するとラファエルの目の前に、突然ヴリトラが現れた。
「‥代われ」
ヴリトラがラファエルに言う。
「‥え?」
ラファエルが驚いて聞き返す。ヴリトラは
「この状況を乗り越えるにはそれしかねぇ‥。俺はしばらく起きられねぇ。このままでは、阿修羅にトドメ刺されて終わりだ。だが俺が消えてお前に代われば、すぐに目が覚める。その後はお前が戦え」
と言った。
「‥ちょっと待ってよ。消えるってどう言う事?一時的だよね?今だけ消えるって事だよね?それに僕じゃあ、あんなに強い人に勝てないよ‥」
ラファエルが泣きそうな顔で言う。だがヴリトラが右手の拳をラファエルの胸に突きつけ
「無理矢理、消える訳だから一時的じゃねぇ。これでお別れだ。でも、そうしないとお前と代われないんだよ!代わらないと俺達はここで死ぬ!それでいいのか?」
と叫ぶ。ラファエルは
「‥そ、そんな‥‥嫌だよ‥‥ヴリトラとお別れしたくないよ‥‥。他に何か方法が‥‥」
と言いながら涙が溢れ出す。そんなラファエルに
「早くしろ!俺の手を掴め!阿修羅が来る!他に方法はねぇ!」
とヴリトラが叫ぶ。愕然としているラファエルにヴリトラは
「‥大丈夫だ。お前はもう一人でやれる。俺がいなくても戦える。あの頃とは違う。俺の体はお前の体だ。後は気持ちの問題だけだ」
と軽く微笑む。そして
「マリリアの事、頼んだぞ‥。お前が守るんだ」
と言い
「早く!俺の手を掴んで代われ!」
と叫んだ。躊躇するラファエルの胸を、ヴリトラの拳が突くように押す。ラファエルはヴリトラを見つめ
「‥こんな僕でも出来るかな‥‥?」
と言った。ヴリトラは
「やるんだ!腹をくくれ!きっと出来る!」
と叫ぶ。ラファエルは
「今まで側にいてくれてありがとう‥‥ヴリトラは‥僕の最高の友達だ‥‥」
と泣きながら言い、意を決してヴリトラの拳を掴んだ。
シーマとアルバトスは怒涛の斬り合いをしていた。死神が黒い煙で剣を振り回し、アルバトスが隙を見て斬り込んでくる。シーマは双刃刀の二刀流でそれらを弾いていく。だが少しづつ、シーマが押され始めた。体力の限界だ。死神は体力の概念がない。無尽蔵に動けるのに対し、シーマは生身の人間だ。どんなに剣の達人でも、体力を失えば動けなくなる。シーマは限界をとっくに超えていた。
「ハァハァハァハァ‥」
シーマは荒い呼吸をしながら必死に体を動かす。
「ピアニッシモ!」
素早く連続で斬り込み
「クレッシェンド!」
双刃刀を交差させて、斬り込みながら突進する。そして
「フォルテッシモ!」
高く飛び上がると、両手の双刃刀を力強く振り下ろす。だが尽く死神が操る剣によって阻まれてしまった。やはり死神を封じないと、勝つのが難しい‥。間髪入れずに死神の総攻撃が始まる。黒い煙が操る剣が、一斉にシーマを攻撃する。防戦一方になるシーマ。捌ききれない剣先が、シーマの肩や足などを掠めていく。あちこちから血が噴き出し始めた。
「‥ふん。貴様もこの程度か?」
アルバトスが小馬鹿にしたような言い方をする。だが次の瞬間、とんでもない速さでシーマがアルバトスに斬り込んだ。そして連続して斬りつける。
「‥!‥まだこんな力が‥?」
アルバトスが初めて驚いた表情をした。だがシーマの動きが止まった。力無く跪く。最後の力を振り絞り斬りつけたのだが、それも全て弾かれてしまったのだ。
「貴様もよくやった方だ。敬意を表して叩き斬る!」
アルバトスが叫んで自らの剣を振りかぶる。シーマに避ける力は残っていなかった。
阿右は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。左吽も殴り飛ばされ、地面に転がる。アンダカは恐ろしい怪力だ。完全に規格外の力で、こちらの攻撃も鋼のような肉体には効かない。急所に狙いすまして当てないと、倒す事は出来ないだろう。本来なら顎や眉間や顳顬などが急所だが、体の大きいアンダカには届かない。それならば連打だ。一撃で効かないのなら、どこか体の一部に連続して攻撃を当てるしかない。正確に一箇所に攻撃を当て続ければ、どんなに頑丈でも崩れる。だが、当てても当てても崩れない。左吽は起き上がると、気合い一閃と共に飛び込みながら、蹴りをアンダカの左膝に打ち込む。阿右もアンダカの大振りの拳をかわして、左右の拳の連打をアンダカの腹に叩きこむ。だが全く動じないアンダカは、阿右を掴むと左吽目掛けて投げ飛ばす。阿右は左吽とぶつかり、二人は倒れ込んだ。左吽は起き上がりながら
「‥我らの攻撃を物ともしないとは‥」
と呟く。阿右も
「‥全力でいくぞ。渾身の力で叩きこむ」
と言い気合を溜める。そして
「金剛の型‥」
と言い、息をゆっくり吐き出す。左吽も
「金剛の型!」
と言い同じように息を吐き出した。
ドンッ!
阿右が右足を前に踏み出し、左吽が左足を前に踏み出した。そしてゆっくり構えると、闘気のようなもので全身が包まれる。
「参る!」
二人は同時に叫んで前へ飛び出した。そしてアンダカの目の前で二手に別れる。
「ウガァァァ!」
アンダカが拳を振り回すが、それをかわして
「那羅延金剛撃!」
阿右が叫んでアンダカの右脇腹に右拳を叩きこむ。
「密迹金剛撃!」
左吽も叫んでアンダカの左膝に左拳を叩きこむ。
「ガアァァァ‥‥」
二人同時の渾身の一撃にアンダカが苦悶の表情で後ずさる。
「いけるぞ!」
阿右が追撃の為に前へ出た。いや、こんなもんじゃない。咄嗟にそう思った左吽が
「待て!阿右!」
と叫ぶが阿右は構わず前へ出た。
「那羅延金剛撃!」
阿右は飛び上がり、渾身の右拳をアンダカの顔面に叩き込んだ。堪らず足元がよろけるアンダカだったが、倒れる寸前で踏ん張る。そして空中の阿右に右拳を叩きこむ。阿右は吹っ飛んで壁に叩きつけられた。口から血を吐き出す阿右にアンダカが追撃の為に近づく。だが
「密迹金剛撃!」
左吽の左拳がアンダカの左膝に叩き込まれた。
「グウゥゥ‥」
呻き声と共にアンダカが左膝を地面に着けた。だが同時に左手を水平に払う。左吽はアンダカの左手で吹っ飛ばされ地面に転がった。
「‥ウオォォォォ!那羅延金剛撃!」
口元が血まみれの阿右が、壁を蹴って飛び込みながら右拳をアンダカの顔面に叩きこんだ。だがアンダカが左手を高く挙げて打ち下ろす。阿右は地面に叩きつけられた。
「阿右!‥くそ!」
左吽は飛び出した。左拳に全身全霊を込める。
「密迹金剛撃ぃぃ!」
左吽の渾身の一撃がアンダカの顔面を捉える。アンダカの顔面は、その凄まじい衝撃で一瞬変形するほどだった。そしてアンダカはゆっくりと前のめりに倒れた。
「阿右!」
左吽は叫びながらアンダカの隣で倒れている阿右に駆け寄ると、ぐったりとしている阿右を抱き起こした。
「阿右!しっかりしろ!」
左吽が声をかける。阿右はアンダカの強烈な攻撃で、全身の骨が折れ内臓も破裂していた。阿右は血を吹き出しながら掠れる声で
「‥‥左吽‥‥竜鱗寺を頼むぞ‥‥」
と言った。
「阿右!しっかりしろ!今すぐ刃を連れてくる!それまで‥‥」
立ち上がりかける左吽を阿右が掴んで引き留める。
「‥‥間に合わんさ‥‥それよりシーマと‥‥神楽を‥‥助けて‥やれ‥‥」
阿右が微かに笑う。左吽の頬を涙が伝った。
「‥‥阿右‥‥我が友よ‥‥‥」
左吽は跪き、左手を立て拝む姿勢でお経を唱えだす。
「‥‥まさ‥か‥お前‥‥に送られる‥とはな‥‥」
阿右は血を吹き出し、静かに息を引き取った。
神楽は素早さでワグナスを圧倒していた。神楽の連続しての斬り込みに、ワグナスは防戦一方だった。だが、ワグナスも中々しぶとい。仕留めきれずにいると、アルバトスがシーマに剣を振りかぶっているのが見えた。神楽は矢を三本同時に持つと、朱雀の弓をアルバトスに向けて構える。
「やらせるか!」
ワグナスが剣で神楽の左肩を突いた。神楽は激しい痛みを堪え構わず矢を放つ。三本の矢は唸りを上げてアルバトスに飛んでいった。アルバトスの体を包む黒い死神の煙が、二本の矢を剣で叩き落とす。だが一本の矢がアルバトスの左腕に、鎧を貫通して突き刺さった。
「‥くっっ!」
苦悶の表情を浮かべるアルバトス。少し離れた所にいる神楽に向き直る。
「貴様!」
アルバトスは叫ぶと死神の煙を神楽に向けた。黒い煙が持つ剣が一斉に神楽に襲いかかる。神楽はワグナスを蹴り飛ばし、左肩に刺さった剣を抜いた。そしてアルバトスの攻撃を避けながら、またもや三本同時の矢を放つ。アルバトスは今度は全て叩き落とした。するとアルバトスの攻撃を避けている神楽に、ワグナスが横から体当たりする。神楽は吹っ飛んで地面に転がった。
「今だ!」
ワグナスが叫ぶ。
「でかしたぞ!ワグナス!」
アルバトスが一斉に剣を神楽に向けた。だがその瞬間
「フォルテッシモ!」
キィン!
神楽に向かってきた剣が全て弾き飛ばされた。神楽の前には荒い息遣いのシーマが立っていた。
「神楽‥私がアルバトスの動きを止める。その隙に死神の紋章を砕け‥」
シーマが神楽に言う。神楽は
「‥わかった。死神の紋章は多分、右腕だ‥」
と言った。確証はない。だが、ヒルダの話しを聞いてからアルバトスをよく見ると、右手首から黒い煙が伸びて全身を覆っているように見える。矢はあと一本しか残ってない。外せば勝てる見込みがなくなる‥。アルバトスは、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。その隣にはワグナスが剣を構えている。
「‥四本の刃と神楽の矢で、カルテットならぬクインテットだ!いくぞ、アルバトス!」
シーマは叫んで前へ飛び出す。ワグナスも走りだした。神楽はその場でしゃがんで朱雀の弓を構える。
「ふん!七星剣!」
アルバトスが叫ぶと、七本の剣が螺旋状に回転しながらシーマ目掛けて飛んでくる。凄まじい勢いだ。シーマは飛び上がり、ワグナスを飛び越し叫ぶ。
「フェルマータァァァ!」
ガキィィン!
衝撃音と共に、シーマが空中で吹っ飛ばされている。だが、七本の剣も弾き飛ばされていた。地上ではワグナスが剣を振りかぶり神楽に斬りかかる。神楽は狙いをすまして矢を放った。矢は凄まじい勢いで、ワグナスの右肩を貫通した。ワグナスは右肩を押さえてその場に蹲る。そして矢は七本の剣を弾かれ、無防備になったアルバトスの右手首に当たったのだ。
バキィン!
と金属音がすると、アルバトスの右手首から何かが地面に落ちた。するとアルバトスの全身を取り囲む黒い煙が消えたのだ。
ガシャァン!
七本の剣も全て地面に落ちた。シーマは空中で回転すると、地面に着地する。そしてとんでもない速さで前に飛び出した。
「おのれぇ!」
「‥クレッシェンド!」
シーマとアルバトスは同時に叫ぶと、両者お互い同時に斬りかかった。
リーゼルと刃は激しく斬り合っていた。ミルコは吹き矢を構えてリーゼルに当てようとするが、動きが早くて当てられない。早くリーゼルを倒して、ルドガーの手当てをしないと‥。焦るがなかなか当てられない。すると他のドルギアの兵士達も、煙幕を潜り抜けて集まってきた。まずい‥このままでは‥。するとその時、狼の遠吠えのような声が聞こえた。そして奥の通路からリカオリオン‥黒い狼の化け物が現れたのだ。そのリカオリオンはとんでもなく巨大だった。その後ろには通常の大きさのリカオリオンの群れがいる。
「‥月黄泉め‥。リカオリオンを放ったのか‥?」
リーゼルがリカオリオンを見て恨めしそうに呟く。そしてリカオリオンの群れはドルギア兵達に飛びかかったのだ。騒然となるドルギア兵。怒号と悲鳴が辺りに響く。
「どうやら味方という訳ではないな!誰かれ構わず、という事か!」
刃は飛びかかってきたリカオリオンも斬り倒す。ミルコも飛びかかってきたリカオリオンを吹き矢で仕留める。すると大きなリカオリオンがリーゼルに飛びかかった。リーゼルが剣で防御して後ろに下がる。
「各自、魔物を討伐せよ!負傷した者は下がれ!」
リーゼルがドルギア兵に指示を出した。だが大きいリカオリオンが、リーゼルに向かって素早く飛び込んだ。リーゼルは鋭い爪を防御するが、力で吹っ飛ばされる。刃はあっという間に三匹のリカオリオンを斬り倒し、ミルコとルドガーの元へ駆けつけた。そして法力でルドガーの治療を始める。飛びかかってきたリカオリオンは、ミルコが吹き矢で倒した。しばらくすると刃は立ち上がる。
「よし!なんとか止血は出来た。あくまで応急処置だ。後でゆっくり治療を‥‥」
だがその刃の背後から、あの大きなリカオリオンが刃の右肩に喰いついた。
「ぐあぁ!」
刃が慌てて剣で振り払う。リカオリオンは飛んで後ろへ下がった。刃の右肩は食いちぎられて、血が噴き出した。その背後からリーゼルが斬りかかるが、大きなリカオリオンは気配を察知して素早く避ける。
「こいつ‥‥強いな‥エンペラーか‥?」
月黄泉と妖華刺は沢山のリカオリオンを飼い慣らしていた。そして体の大きいリカオリオンの中で、一際戦闘に特化した個体を『エンペラー』と名付けていたのだ。そしてリーゼルと刃は並んでエンペラーと対峙する。エンペラーの鋭い飛び込みを、刃が玄武の盾で防御した。リーゼルがその隙に斬り込むが、エンペラーは素早く避けていく。避けた先に刃が待ち構え、鋭く斬り込んだ。だが、またしてもエンペラーは素早く避けてしまった。人間にはない、とんでもない身体能力だ。リーゼルがまたも素早く斬り込む。だが、エンペラーはかわしてリーゼルに飛びかかった。リーゼルもドルギア四強の一人だ。決して弱い訳ではない。エンペラーが強すぎるのだ。リーゼルは吹っ飛ばされて地面に転がる。その上からリカオリオンが数匹、覆い被さった。刃がすかさずエンペラーに斬りつけるが、エンペラーはその動きを事前に察知していた。斬りつけられる前に刃に爪を振り下ろす。
「ぐあぁぁ‥」
刃が血飛沫を上げた。そして鋭い爪を刃の腹に突き刺す。血まみれの刃が、自分の腹を突き刺したエンペラーの腕を掴み
「ミルコ!今だ!」
と叫んだ。刃の背後から、ミルコが狙いをすまして吹き矢を放つ。吹き矢は逃げられないエンペラーの首元に刺さった。エンペラーは刃に突き刺した爪を、無理矢理引き抜いて後ろに下がる。だが、動きが止まる気配がない。エンペラーは赤く燃えるような目をミルコに向けた。
「‥嘘だろ‥。大型の猛獣でもイチコロの毒薬なのに‥」
ミルコは思わず後退りする。刃は血まみれのまま跪いた。そしてミルコに
「‥‥ミルコ‥ルドガーを連れてシーマ達の所へ行け‥。これを忘れるなよ‥」
と言って玄武の盾をミルコに投げる。
「‥‥えっ?」
驚くミルコに刃は
「‥‥ワシはもう助からん‥‥どの道、先は短かかった訳だしな‥‥。だが、ルドガーはまだ助かる。シーマ達と合流して玄武で脱出しろ‥」
と言った。
「‥なんでだよ!嫌だよ!刃も一緒に‥‥」
ミルコが言いながら刃に近づこうとするのを、刃が左手で制止する。そして微かに微笑むと
「‥もう法力の力があまりない‥。ゴモラ病が発症しかかっている‥‥くれぐれも近づくなよ‥‥」
と言ってゆっくりと立ち上がる。そして
「‥まぁそういう事だ‥‥早いとこルドガーを連れて行け‥‥。育ての親なんだろう‥?」
と言って剣を構えた。ミルコは涙を流しながら
「‥‥何言ってんだよ。刃だって俺の父ちゃんみたいなもんだよ‥‥」
と言う。すると刃は少し驚いた顔をして
「‥ガハハハ‥‥嬉しいなぁ。こんなに嬉しい事はない‥‥」
刃も涙を流していた。
「‥まるで息子が蘇ったようだ‥‥ワシは幸せモンだなぁ‥‥ありがとう、ミルコ‥‥さぁ!行け!」
刃は最後の力を振り絞り、エンペラーに斬りかかる。ミルコは泣きながら玄武の盾を背負うとルドガーを肩に担いだ。刃は今までみんなを助けてくれた。傷ついた仲間を治してくれた。マリリアの事を何も聞かずに手助けしてくれた。ドロシーの事も気遣ってくれた。
「‥‥刃は‥刃は‥‥みんなの父ちゃんだ!‥立派な父ちゃんだ!俺も父ちゃんみたいになる!ありがとう、父ちゃん!」
ミルコは泣き叫びながら走りだした。忘れない‥絶対に忘れないからな‥。ミルコは泣きながら呟いた。薄れゆく意識の中で刃はその声を聞いていた。ミルコ‥本当にありがとう‥。みんなと達者に暮らすんだぞ‥。貂香‥星海‥陸砕‥‥もうすぐ隣へ行ける‥ずいぶん待たせてしまったな‥。剣を振り回す刃にリカオリオン達が飛びかかる。だが、覆い被さっていたリカオリオンを跳ね除けたリーゼルが立ち上がり、すかさず全て斬り倒してくれた。そしてエンペラーに斬りかかる。吹き矢が効いているのか、エンペラーは先ほどより動きが悪い。リーゼルの連続した斬りつけを辛うじて避けている。刃はエンペラーの避けた先に回り込んだ。
「うおぉぉぉぉ!」
刃は雄叫びをあげ、剣を渾身の力で振り下ろす。エンペラーの首が血飛沫をあげて地面に転がると、刃はゆっくりと前のめりに倒れた。それを見たリーゼルが近寄ろうとする。刃はうつ伏せに倒れたまま
「‥‥来てはならぬ。流行病に感染するぞ‥‥」
と呟いた。リーゼルは立ち止まると刃を見つめ
「‥その事を言わなければ、俺を感染させて死に追いやる事も出来た‥」
と言った。
「‥そんな事、医者のワシに出来る訳がなかろう‥」
刃が消え入りそうな声で言う。それを聞いたリーゼルは声を張り上げ
「其方は武人としても医者としても立派であった!敬意を表し、その最期をこのリーゼル・グレイブが見届ける!」
と言った。刃は微かに微笑むと、リーゼルに看取られながら息を引き取ったのだった。
阿修羅はヴリトラにトドメを刺すべく近づいてきた。そして倒れているヴリトラのすぐ真横まで来ると、拳を振りかぶる。だがヴリトラは飛び起きて阿修羅から素早く距離をとった。
「‥ほう‥まだ起き上がれるとは‥」
阿修羅は少し驚いているようだ。そしてヴリトラをじっと見つめる。
「‥ふむ‥‥まるで別人のような顔つきをしている。これは一体‥?」
阿修羅が呟く。そう、ヴリトラからラファエルに変わっていたのだ。
ラファエルは構える。そうだ。精神面だけヴリトラと入れ替わっていただけで、体は同じだ。バーサーカーの術は体そのものに効いている。つまり僕でもやれるはずだ!だが、物凄い速さで阿修羅が拳を打ち込んでくる。防御するラファエルは吹っ飛ばされた。そんなラファエルの頭の中でヴリトラの声が聞こえる。
「‥あいつの攻撃は強い!防御じゃなくてなんとか避けろ!」
ラファエルは体勢を整える。そんなラファエルに阿修羅の連続しての蹴りが飛んできた。ラファエルはヴリトラの忠告通り、なんとか全て避けきる。阿修羅は構え直すと
「‥顔つきは別人だが、動きは同じですね‥‥。多重人格者か‥?」
と呟く。ラファエルも構え直す。そんなラファエルに
「‥‥俺の声ももうすぐ消える。短期決戦といこうぜ!金剛の型だ!」
とヴリトラが言う。ここへ来る途中に、阿右と左吽に教わった全身の筋力を極限まで高める攻防一体の型だ。ラファエルは
「‥わかった」
と呟くと静かに息を吸い込み、吐き出しながら一歩前へ出る。ラファエルの全身が闘気で包まれた。
「‥まだそんな力が‥‥羅刹や夜叉が倒されたのも納得ですね‥」
阿修羅も息を吐き出し構えた。すると阿修羅の体も闘気で包まれる。
「三面六手!」
阿修羅が叫んで打ち込んでくる。凄まじい速さで腕が何本もあるように見えた。ラファエルは爪牙狩猟拳の動きで捌こうとするが、全ては捌ききれない。何発かの拳が体に入り、堪らず後ろへ下がる。そして阿修羅の追撃の右拳を危なくかわすと
「仁王金剛撃!」
と叫んで阿修羅の右脇腹に拳を叩き込んだ。
「ぐはぁぁ!」
阿修羅はくの字になり、悶絶しながら後ろを向いた。その隙を逃さず、ラファエルが飛び込む。だが阿修羅は後ろに顔があって見えているかのように、回し蹴りを繰り出した。阿修羅の回し蹴りがラファエルの顔面を捉える。凄まじい衝撃。ラファエルの意識が飛ぶ‥‥。だが、ラファエルは堪えた。前へ倒れそうになるのを、右足を前に出して踏ん張った。ヴリトラの声はもう聞こえない。もう時間がない。倒れちゃダメだ!勝つんだ!勝った所をヴリトラに見せるんだ!勝った所をヴリトラに見せれば、ヴリトラも安心するはずだ!それが今まで色々な事を背負わせてしまった、僕からヴリトラへのお礼替わりなんだ!
「仁王金剛撃!」
倒れるのを踏ん張ったラファエルが、叫びながら右拳を打ち込む。だが阿修羅もトドメの一撃を振り下ろしていた。両者相打ちになった。だがラファエルは倒れる事なく、続けて左の拳を打ち込む。そして
「仁王金剛連撃ぃぃ!」
と叫んで連打を打ち込んだ。弾かれるように阿修羅は飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「これからは僕がみんなを守るんだぁぁぁ!」
ラファエルが叫びながら渾身の右拳を、壁に張り付いたままの阿修羅の左胸に叩き込んだ。凄まじい衝撃で阿修羅の心臓が破裂すると、阿修羅は煙のように消えていった。ラファエルが血塗れで力尽きてその場に跪くと、頭の中で遠く微かに
「‥ラファエル‥強くなったじゃねぇか‥‥色々楽しかったぜ‥‥ありがとうな‥‥」
ヴリトラの声が響いて消えた。
シーマとアルバトスは、前へ出ながらほぼ同時に剣を繰り出す。そしてお互いすれ違いざまに剣を振り抜いた。両者がすれ違ったまま立ち尽くし、辺りは静寂に包まれる。そしてガシャンと剣が地面に落ちて、シーマが跪いた。左肩から血が滴り落ちる。アルバトスはゆっくり振り向くと
「‥見事だ‥」
と言い、左肩から血飛沫が上がった。両者相打ちだった。シーマは落とした剣を掴み立ち上がる。
「‥ふん。しぶとい奴だな‥」
アルバトスがシーマに言う。
「‥相手が誰であろうと、負ける訳にはいかないんでな」
シーマは軽く微笑む。だがその時、狼の遠吠えのようなものが聞こえた。
「‥リカオリオンの遠吠え‥?‥まさか月黄泉の奴‥」
アルバトスが言い終わらない内に、中庭に狼の魔物の群れが現れた。中庭には負傷したドルギア兵が数多く倒れている。アルバトスがシーマに
「勝負は預けさせてもらうぞ。ワグナス!負傷した兵士を連れて逃げろ!」
肩を抑えて立ち上がるワグナスにアルバトスが指示を出す。そしてアルバトスはリカオリオンの群れと対峙する。するとその隣にシーマが立った。そしてシーマの隣には神楽も立つ。
「‥!‥貴様ら‥?‥‥逃げなくていいのか?」
驚いたアルバトスがシーマに聞く。
「もちろん、逃げるさ。逃げるのにコイツらが邪魔なだけだ」
シーマはムーンソードを構えた。そして短刀を構える神楽が歩いてくる左吽に気づく。
「左吽!無事か?阿右は?」
神楽が左吽に尋ねる。左吽は阿右を両手で抱えていた。そして神楽の隣まで歩いてくると、阿右を地面に降ろし首を左右に軽く振った。阿右の亡骸を見て絶句する神楽とシーマに
「‥阿右は最後までお前達の心配をしていた。我が友の弔いだ!この戦い、生きて帰るぞ!」
と叫んでリカオリオン達に向かって構える。
「‥すまん‥負傷者が退却するまででいい‥。後は俺が片付ける‥」
アルバトスはそう言うと、リカオリオンの群れに突撃する。シーマと神楽と左吽も後に続いたのだった。
ヒルダとマリリアは妖華刺と対峙していた。妖華刺の全身は黒い闇が広がり、ピリピリと雷のようなものが走ってる。その凄まじい迫力に圧倒されて、僕は動けなかった。すると妖華刺が
「‥私の魔香が効いていないのはその数珠のせいか?誰かが『破魔の印』を施したか‥」
と呟く。すると妖華刺の後ろにある扉が開く。そして中から月黄泉が現れた。
「久しぶり〜。元気だったかい?いや〜ベリアルをグングニルにぶつけるなんて、やってくれるね〜。狙ってたのか知らないけど、城にいるドルギア兵の大軍の分断にも成功してるし。それに、グングニルの修理にまた時間がかかるよ」
月黄泉が嬉しそうに言う。そして
「‥魔香が効かない術もあるんだね〜。でも‥‥前に魔香に充てられた事がある人間は別、かもね‥」
と言いニンマリと笑った。するとガシャンと音がした。ヒルダとマリリアが音のした方を見る。アストリアが白虎の剣を地面に落としたのだ。そしてゆっくりとヒルダと妖華刺の間に歩いてくる。そしてヒルダの方を向いた。
「これ‥使いなよ」
月黄泉が剣をアストリアに投げた。アストリアはその剣を掴むと、抜いてヒルダとマリリアに向けて構えた。
「‥アストリア?‥どうしたの‥?」
マリリアが恐る恐る聞く。アストリアの目は虚だった。
「‥‥魔香に充てられておる‥」
ヒルダが眉間に皺を寄せて呟く。
「で、でもこの数珠を着けてれば大丈夫なんじゃ‥」
マリリアが叫ぶと月黄泉は
「だから〜、過去に魔香に充てられた事がある人間は、その数珠の印の効果が薄くなるんだよ。ここに来るまでは効いてたみたいだけどね〜。妖華刺から出る強い魔香を浴びて、効果が薄くなっちゃったんじゃない?」
と笑顔で言う。
「そ、そんな‥‥」
マリリアは驚いて後ずさる。ヒルダは杖を構えたままだ。
「‥やはりお主‥妾とアストリアの事を以前から知っておるな‥?そしてアストリアは以前、魔香に充てられた事がある‥‥と言う事はまさか‥?」
ヒルダが低い声で言う。月黄泉はまたもニンマリすると
「‥察しがいいねぇ〜。さすが『業火のヒルダ』様だ‥。そうだよ‥影丸を殺したのはアストリアだよ‥」
と言ったのだった。




