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第二話 孤独な魔法使い




 


「うぅぅ‥」

僕は身体中の激痛で目が覚めた。あれ?ここはどこだっけ?体が痛くて動かない。周りは暗くてよくわからない。えっと、親方達とカマリアの街へ来て、それからどうしたんだっけ?あぁそっか、火の手が見えて逃げようとしてそれから‥‥。

その瞬間、ミリアのあの姿を思い出した!

そうだ、ミリア‥‥。僕は助ける事が出来なかった。過去の自分のように助けてあげる事が出来なかった。ごめん、ミリア‥。僕が記憶喪失じゃなければ、助けられたかもしれない‥。惨めで情けなくて悲しくなった。涙が自然と溢れてくる。悔しかった。何よりも、情けない自分自身に悔しくて怒りすら込み上げてきた。僕は泣きながらまた意識を失っていった。



僕は夢を見た。

ここはどこだろう?大きなお屋敷の廊下を僕が歩いている。綺麗な青銅の鎧を身に着けて腰には大きな剣をさしている。身なりも綺麗で颯爽と歩いている。僕はその僕の少し後ろを背後霊のように見ている。あぁこれは夢なんだな、とすぐ気づいた。その身なりの綺麗な僕が、とある扉の前で立ち止まる。扉の中に入ると、広い部屋だった。壁には絵や彫刻などが飾られていて、部屋の隅には花瓶に花が生けてある。絵に描いたような貴族の一室みたいだ。真ん中に椅子とテーブルがあり男が一人座っていた。男はテーブルの上に並べられた美味しそうな料理をムシャムシャと食べていた。

「よう。久しぶりだなぁ」

男が僕に気づき、食べながら声をかけてくる。

「ライネル、口からこぼすな」

僕が男に呆れたように注意する。この男はライネルというらしい。茶色の長い髪を束ねて後ろで縛っている。歳は三十代ぐらいだろうか、無精髭だが男前だ。皮の鎧に身を包んでいて、かなりガッチリした体格。無骨な剣士、という感じだな。

「いいじゃねぇか。気にすんな」

ライネルは食べるのも喋るのもやめない。僕がライネルの向かいに座ると、僕の前にあるグラスに酒のような液体を注ぎながら

「あれから何年だ?」

と聞く。

「二年ぐらいかな?」

僕が答えながらグラスをかかげる。ライネルもグラスをかかげて、一気にその液体を飲み干した。

「んで。お前は今何してんだよ」

ライネルが何かの肉をナイフとフォークで切りながら聞いてくる。

「うん。ちょっと色々とね」

僕が視線を逸らして答える。

「なぁんだよ。まぁた厄介ごとに首突っ込んでんのかぁ?」

ライネルが呆れたように、でもどこか嬉しそうに聞いてくる。

「まあね。」

僕がニッコリと微笑むと、ライネルもニヤリと笑った。

「しばらく、東の大陸に行こうと思っていてね」

僕が飲み干したグラスをテーブルに置きながらいうと

「東の大陸ぅ?ずいぶんまた遠くに行くんだな?」

ライネルがすかさず空いたグラスに注ぎながら言う。

「ヒルダはどうすんだ?連れていくのか?」

ライネルが続ける。ヒルダ?誰だろう。

「今、ちょうど里帰りをしていてね。だから一人で行こうと思っているんだ」

僕が答えると、ライネルはふ〜んといった感じで頷く。

「まぁ何かあっても、これがあるからね」

僕が首飾りを指でつまんで見せた。首飾り?首飾りに何かあるのか?

「お前、あの言葉忘れてねぇだろうなぁ?忘れたら洒落にならんぞ?」

ライネルが意地悪そうな笑みを浮かべながら言う。

「大丈夫。忘れてないよ」

僕が笑うと急激にあたりが暗くなっていく。意識がどんどん遠くなり僕はまた深い眠りに入っていった。



 


僕は目が覚めた。周りは薄暗い。体を動かそうとすると、痛みが走る。ここはどこだろう?天井は石で出来ているようだ。体は?どうなってる?指は動く。手や足も痛いが動く。そうだ!アデルや親方はどうしたんだろう?無事なんだろうか?あれからどのぐらい時間が経ったのか?僕はどれぐらい眠っていたのだろうか?今が昼間なのか夜なのか、窓らしきものがないからわからない。

「くぅぅぅぅ‥」

少しづつ少しづつ体を動かす。痛みを堪えながら上半身をゆっくり起こすと、壁に背中をつけて腰掛けた。少し目が慣れてきた。ここは石でできた牢獄ようだ。薄暗く灯りはなく、決して広くはない。石で出来たベッドが一つあるだけで、僕はその石のベッドに腰掛けていた。牢屋ならではの頑丈そうな鉄格子があり、当然鍵がしっかりかけてある。僕は座ったまま、さっきの夢を思い出していた。あれは妄想なのか、過去にあった出来事なのかはわからない。ただなんとも言えない、なんか懐かしい感じはした。不思議な感覚だ。あのライネルという男、話しぶりからして旧友なのか?それとも全然知らない人?ひょっとしたら、西の大陸の魔王を倒した旅の同行者かもしれない。それにヒルダという人物。一体誰なんだろう?そして、この首飾り。

僕は首飾りを見つめる。

あの言葉?あの言葉とは?そう思った瞬間、自然と口から

「ルーメルステリクトルム・デ・ベセルダ‥‥」

と呟いていた。不思議だった。思い出そうとかしていないのに。まるで普段からの口癖のように、自然と口から飛び出していた。どこの国の言葉なのか、どんな意味があるのかわからないが、文字の羅列だけ覚えていたようだ。だがこの言葉は何なんだろう?これで何かできるのかな?何かが変わるのかな?今の所、僕の体や周りに何か変化は感じないが?相変わらず、身体中が痛い。僕が少し座り直した瞬間だった。

「どうしたんじゃ?何かあったのか?」

突然、隣で声がした。僕は驚きのあまり痛みも忘れて飛び上がって、石のベッドから落ちて地面に座り込んだ。見るとさっきまで確かに誰もいなかった牢獄の部屋の中に、女性が一人立っていた。赤い髪で全体的に短めだが、所々長い部分がある。まだ若そうでおそらく二十代前半くらい。綺麗な顔立ちで猫目が似合う美女だ。小柄で白くて長いローブのような服を着ていて、手には長い杖のようものを持っている。杖の先には水晶玉のようなものが付いている。

「えぇぇ!だ、だれ?ど、どこから?」

驚きすぎて掠れたような声が出た。

「何じゃ、ここは?それにお主も汚ったない格好してどうしたんじゃ?」

なんか僕を知っている口ぶりだ。女性は僕の質問には答えずに質問で返してくる。このままでは埒があかないと感じた僕は慌てて手短に説明をした。僕が記憶喪失な事。ここがカマリアという街で、ドルギア帝国が突然侵攻してきた事。そして捉えられているという事。女性は立ったまま話しを聞いていたが、僕が一気に話し終えると突然笑い出した。

「あははははは!お主が記憶喪失?最近の出来事で一番笑えるぞ」

お腹を抱えて笑っている。いやいや、こっちは切実なんだって。僕がどうしていいか反応に困っていると、女性もようやく

「すまぬ、すまぬ。あまりに可笑しくてな」

笑いすぎて出た涙を拭きながら、石のベッドに腰をおろし話し始めた。

「で、どこから何を話せば良いのじゃ?」

と聞いてきたので、とにかく全部最初からと答えると、ようやく事の重大さを少し理解してくれたようだった。

「妾の名前も忘れとるのか?はぁぁ、仕方ないのぉ」

少し間があって改めて

「妾はヒルダ。魔法使いじゃ」

と言った。ヒルダ!あの夢で二人が話していた人か。この人が。

ヒルダの話しはこうだ。ヒルダは千年前の人で、西の大陸の魔法使いだったらしい。今から六〜七年程前にかつての僕が今の時代に呼び寄せたのだという。ちょっと待ってくれ。千年前から?今の時代に呼び寄せた?そんなことが出来るのか?過去から現在に人が来れるのか?空想や妄想の世界だ。魔法というものはそんなことも出来るのか?いやいや、僕は魔法使いじゃないはず。魔法は使えないはずだ。

「その首飾りじゃ」

ヒルダは僕の首飾りを顎で指した。

「ルビウスの紋章と言ってな。強力な魔装具の一つじゃ。お主はそれを見つけ妾を現在へ呼び出したんじゃ」

「魔装具?」

「強力な魔力が込められた武具や道具の事じゃ。人が持つ魔力を溜め込んだり増幅する事が出来て、人智を遥かに超えた力を発揮することもある。この世に数個しかないと言われており大変貴重な物なんじゃ」

そんなとんでもない物だったのか、この首飾りは。僕は首飾りをまじまじと見つめる。翼のような羽の形がついになってその真ん中に宝石のような石が入ってる。心なしか中の宝石のようなものの輝きが少し薄れた気がする。

「魔力を失っておる。お主が今使ってしもうたからのう」

ヒルダが周りを見渡しながら言う。使った?僕が?いつ?どこで?僕が納得いかない顔をしているのを見て、ヒルダが再度説明してくれる。このルビウスの紋章には、幻の大魔法『時空転送術』というものが封じ込められているが、それを使用するにはとんでもない量の魔力が必要なのだとか。ヒルダの師匠であるルバルディという魔法使いが長年かけて大量の魔力を溜め込んで使用出来るように作ったものらしい。それが使用されないまま千年という月日が流れ、西の大陸を魔王を倒す為に旅をしていた僕が見つけ、魔王討伐に古の魔法使いの力が必要という事で使用したんだとか。そしてヒルダが過去から転送されて僕らと共に魔王討伐に参加し、それを成し遂げたと。その後、魔力を失った紋章にヒルダが魔力を込め続け、過去からの転送術とまではいかないが、遠く離れた場所からの転送術が出来るまで復活させたのだとか。そしてそれを僕に持たせてヒルダの力が必要な時には、術の発動の引き金となる言葉

「ルーメルステリクトルム・デ・ベセルダか!」

「その通りじゃ」

ヒルダはニコニコして答える。そうか。夢で言葉の存在を思い出した僕が不用意に発したのが引き金となり、遠く西の大陸にいたヒルダをここへ呼び寄せたのか。知らない間にとんでもない転送術を使っていただなんて。ん?ちょっと待てよ。転送されてくるのはイイけど、帰りはどうするんだろう。もう魔力を失っているという事は、また魔力を込め続けないと使えないんじゃ?そもそも魔王を討伐したのに、ヒルダはなぜ元の時代に戻らないんだ?大量の魔力が必要って言ってたけど、まさか!

「もう元の時代に戻る事は出来んがの」

ヒルダが僕の心を悟ったかのように呟く。理由を聞くと、やはり過去に戻るにはとてつもない魔力が必要で、ヒルダの力だけでは難しいらしい。ルバルディという偉大な魔法使いが長い年月を掛けて色々な方法で魔力を込め続けたから出来た事なのだとか。今使ってしまった転送術ですらそれなりの年月を掛けて膨大な魔力を込めないと使えないそうだ。

「でも、帰るつもりもないがのぉ」

ヒルダがあっけらかんと言う。なぜだろう?いきなり千年前からこの世界に来て、元の世界に未練はないのだろうか?家族とか友達とか、心配にならないんだろうか?寂しくなったりしないのだろうか?そんな事を考えていたその時、鉄格子の向こうから声が聞こえた。

「アストリアさん?いるんですか?」

アデルの声だ!鉄格子の外は廊下がありその向かいにも牢獄がある。見る限りいくつもの牢獄が廊下を挟んで対象的に並んでいるようだ。声は斜め前ぐらいの牢獄から聞こえる。僕はヒルダに少し待ってという仕草をしてから鉄格子を掴みながら小声で

「アデル!無事か?親方は?」

と言った。

「よかったー!無事なんですね?はい!親方もここにいます!無事です!」

それを聞いたら安心したのと、全身の痛みを思い出したのとで座り込んだ。とにかくよかった。

「あれから三日ほど経ちました。心配したんですよ」

アデルが言う。そうかあれから三日も眠っていたのか。それを見ていたヒルダが

「連れがおるのか?」

と聞いた。僕はデンゼルの親方とアデルの話しをした。助けてもらった時から今までの事。ミリアのことも話した。

「そうか‥。あの時の娘が。それは残念じゃのう。いつだってこの世は残酷じゃ」

ヒルダも悲しそうな顔をする。ヒルダはミリアの事を覚えていた。西の大陸でミリアを助けた時、ヒルダもすでに同行していたそうだ。再会させてあげたかったな‥。僕が溜息をついて俯いていると

「それはそうと、ここから出ないと話しは始まらんな」

とヒルダが鉄格子にむかってスタスタと歩き出す。いやそれはそうなんだけど、簡単には出れないでしょと言おうとした時、ヒルダが杖の水晶の部分を鉄格子の扉の取手に向けた。次の瞬間、ガシャンと扉が開いたのだ!扉の外には大きな鍵が壊れて地面に落ちている。ヒルダは何も言わずにスタスタと牢から出ると、アデル達のいる牢獄の前に行く。僕も痛みを堪えながら慌てて後を追うと、ガシャンとアデル達の牢の扉が開く所だった。

「あ、あなたは?」

アデルの驚いた声が聞こえた。僕がヒルダの所へ行くと、牢獄の中にアデルと親方がいた。アデルは元気そうだったし、親方の傷も止血が効いていて、僕が気を失った三日前より元気そうで動けそうだった。

「とにかくここを出よう!」

僕はアデルと親方にヒルダの事を簡単に説明した。記憶を失う前の仲間で魔法使いだという事。他の細かい説明は後でゆっくりしよう。とりあえず僕らは牢獄が並んでいる廊下の突き当たりまで行った。そこには扉があり、扉についている小窓から中の様子が伺えた。そこは部屋になっていて、中で五人の兵士が談笑していた。なるほど。牢獄の外に監視がいないと思ったら、そういうことか。牢獄から外に出るにはこの部屋を通らなければならない。だからこの部屋にいれば暗くて寒い牢獄の前で監視をしなくても同じだという事か。さて相手は屈強そうな兵士が五人。どうしたものか?と考えているとヒルダが躊躇いなくガチャリと扉を開け中に入って行く。えぇぇぇ?嘘でしょ?

「おいっ!何だ貴様!」

「侵入者だ!捕えろっ!」

中にいた五人が一斉に立ち上がり叫ぶ。いやいや当然そうなるよね?僕が覚悟を決めて部屋の中に飛び込んで行こうとした時、ヒルダが杖を五人に向けて静かに構えた。

「メルデゼリア」

ヒルダが呟いた瞬間、五人の兵士が一斉に吹っ飛んで壁に勢いよく叩きつけられた後に、糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。何だ?何をしたんだ?僕達が明らかに驚いてるの見て

「ごく一般的な攻撃魔法メルデゼリア。衝撃波を飛ばして相手にぶつける魔法じゃ。心配しなくても気絶しとるだけじゃ。死んではおらん」

ヒルダが説明する。凄い。五人の兵士を一瞬で倒してしまうなんて。ヒルダはまたスタスタと歩いて奥の扉から外に出ていってしまう。ヒルダを慌てて追いかけようとした時、見覚えのあるものが目についた。カマリアでの戦いの時に使っていた銀色の長い剣だ。部屋の片隅に無造作に置かれている。きっと没収されてここに置かれたのだろう。僕は急いでその剣を腰にさしてヒルダの後を追った。




ヒルダは階段を登っていた。さっきまで、西の大陸のとある街の骨董品の店にいた。昔住んでいた屋敷の跡地に行った後、周辺の街で古い文献や道具などを探していたのだ。そしたら突然光に包まれ、気づくとここの牢獄だったのだ。

「ちょっと待って!一応、まだケガ人なんだって」

下からアストリアの声が聞こえる。そうルビウスの紋章の力で千年前から転送されて以来、再度転送されたのだ。ルビウスの紋章‥‥。ヒルダは歩きながら昔の事を思い出していた。



挿絵(By みてみん)




ヒルダは孤児だった。親も兄弟もいなかった。ヒルダは西の大陸のセルアドという海に近い小さな港街で育った。物心ついた時には、街にいる他の身寄りのない孤児達と一緒に暮らしていた。地下水道の中や空き家が主な寝床だ。食べ物は街の人からの貰い物や食べ残しなんかはまだいい方で、魚はもちろん蛇やカエルやネズミに野鳥など何でも食べた。いつもお腹が空いていたが、とにかく自由だった。昼間は街中を好きなように駆け回り、夜はみんな仲良く固まって寝た。食いしん坊のククル。短気なライ。いつも臭いタトス。おしゃべりなアン。中でもいつも一緒にいたのは、甘えん坊のメイだった。ヒルダより少し下で妹のようだった。ヒルダにはある特技があった。なんと、人差し指の先から小さい炎を出す事が出来たのだ。その炎で寒い日は火を起こして暖をとった。ある日、火を出したり消したりして遊んでいると、一人のお爺さんが話しかけてきた。

「お嬢ちゃん、それは誰に教わったんだい?」

そのお爺さんは、黒くて長いローブのようなものを頭からかぶって着ていて、長い髭を生やして木の杖をついていた。

「教わってないよ。ちっちゃい頃から出来るよ」

ヒルダが言うと、お爺さんは少し驚いたような顔をした後にニッコリと笑って

「そうかい」

と言って去って行った。不思議なお爺さんだな、とヒルダは思った。

ヒルダにはメイの他にもう一人、お気に入りの人がいた。衛兵のロイドだ。セルアドは港街の為、海賊対策として衛兵が沢山いたのだ。中でもロイドは一番の男前だった。剣の腕も長けていてセルアドでロイドに敵う者はいないぐらいだった。ロイドを見かけると、いつもヒルダは話しかけにいった。服も顔も汚れた家無し孤児にも関わらず、ロイドは嫌な顔をせずニコニコと応じてくれた。男の子には剣も教えてくれたりした。

「いつか役に立つ日が来るかもしれない」

そう言って熱心に教えてくれた。ヒルダにも色々話してくれた。広いこの世界の事、まだ見ぬ街の事、いつか行ってみたいと思わせてくれる話しを沢山してくれた。そして、いつかは恋をして大切な人と一緒に幸せになりなさい、と言ってくれた。そんなロイドがヒルダは大好きだった。出来ればロイドと一緒になりたいとさえ思った。でも、汚く周りから忌み嫌われてる家無し孤児では無理な話だとわかっていた。


ある日、事件は起きた。セルアドの街を海賊が襲撃してきたのだ。海から何艘もの船で押し寄せ、かなりの人数で街へと上陸してきたのだ。衛兵達も応戦したが、あちこちで火の手が上がり始めた。ヒルダ達は最初は地下水道に隠れていたが、ロイドのことが気がかりだった。ヒルダだけでなく、みんなロイドが心配だった。きっと今頃、海賊達と戦っているからだ。すると男の子達がロイドの様子を見に行くと言って、地下水道から出て行った。ヒルダとメイも後を追った。外へ出ると、そこは地獄のようだった。海賊達は好き放題暴れ周り、あちこちで人が倒れていて街は炎と煙に包まれていた。ヒルダは走りながらロイドを探す。いた!海賊数人と戦っていた。あんなに強かったロイドの事だ。きっとやっつけてくれる!そう思ってロイドに近づいたヒルダは愕然とした。


血まみれだった。あんなに強かったロイドが体中から血を流してボロボロで荒く息をして立っていた。だが決して退くことはなかった。

「んだよコイツ。しぶてーなぁ」

「弱えくせに邪魔すんじゃねー!」

海賊達がニヤつきながら斬りかかっている。違う!ロイドは弱くなんかない!あんた達が大勢だからじゃないか!ロイドは一人で戦っているんだ!あんた達とは違うんだ!ヒルダは叫んだ。泣きながら叫んだ。ロイド、頑張れ!ロイド、負けないで!と。だがロイドは次々と切り裂かれ、ついに左腕を切り落とされてしまって倒れた。ヒルダは涙が止まらなかった。泣きながら周りを見ると、いつに間にか孤児のみんなも倒れていた。ククルもタトスもライもアンも血を流して倒れている。その中にメイもいた。ヒルダは叫んで走り寄る。メイは首から血を流して倒れていた。小さな手はもう動かなかった。なんで?なんでこんな事するの?なんでこんな酷い事をするの?私たちが何かした?何で?何でメイ達が殺されなきゃならないの?メイ、メイ、嫌だよぉ。一人にしないでよぉ。また遊ぼうよぉ。ヒルダは泣き叫びながらメイを抱きしめた。その時、ヒルダの隣に海賊が来た。

「まだガキがいたか?ギャアギャアうるせえなぁ!」

海賊がヒルダに剣を振り上げた瞬間、その海賊が血を吹き出し倒れた。立ち上がったロイドが切りつけたのだ。だがロイドは力尽きてヒルダの膝下に仰向けに倒れ込む。

「ロイドぉ、ロイドぉぉ」

ヒルダが泣きじゃくっていると、ロイドが血まみれの青ざめた顔で静かに話し始めた。

「‥ヒルダ、よく聞くんだ‥。急いでここから逃げるんだ。これから一人になってしまうかもしれない。でも生きるんだよ。生き続けなさい。そしたらいつか、生きていて良かったと思う日がきっと来るからね」

ヒルダが泣きながら頷くと、ロイドはまたフラフラと立ち上がった。向こうから海賊が数人こちらに来る。ロイドは最後まで戦うつもりだ。ロイドは雄叫びをあげて切りかかっていった。ヒルダが言葉にならない叫びをあげた瞬間、ロイドが血飛沫をあげて倒れた。あんなに強かったロイドが。あんなに好きだったロイドが。こんなにも無惨に殺されてしまった。海賊達が、倒れているロイドの体をまだ剣で刺している。何度も何度も。もう止めて!お願い、もう止めて!ロイドは立派に戦ったじゃないか!褒められる事はあっても、こんな仕打ちは許せない!許せない!許せない!ヒルダの体が熱くなり何かを叫んだ。

次の瞬間、ヒルダの周りが激しい炎に包まれた。大木より高い火柱はヒルダの周りを灼熱の高温で焼き尽くしていく。そしてまるで生き物のように一気に街全体に広がった。そう、街が灼熱の巨大な炎で完全に包まれたのだ。激しく燃える業火の中、ヒルダはただただ泣いていた。



どれぐらい泣いていたのだろう。ヒルダは泣き疲れて、ただ一人座り込んでいた。あんなに激しく燃えていた炎はしばらくすると突然消えたのだ。周りは見渡す限り、焼け野原のようだった。黒煙があちらこちらで上がり、あたり一面黒焦げになっていて、焦げ臭い匂いが漂っている。しばらくすると、後ろから足音がした。ヒルダがゆっくり振り向くと、いつかのお爺さんが立っていた。お爺さんは静かな声で

「辛かっただろう。おいで」

と言って手を差し出した。ヒルダは少しの間の後、その手を取った。お爺さんはヒルダを連れて森に入って行った。そこは深い深い森だった。まる一日歩いてようやく森の奥深くにある屋敷に着いた。かなり大きな屋敷だが鬱蒼とした深い森に囲まれている為、かなり不気味に見えた。不思議だったのはお爺さんが屋敷に近づくと、灯りが勝手に灯り扉が勝手に開くのだ。ヒルダはお爺さんの足元にしがみつくようについて行った。屋敷の奥にある部屋に着くと、お爺さんがパンとミルクをくれた。食べ終わるとお爺さんが、屋敷の裏手にある泉で体を洗ってきなさい、と言った。ヒルダは血などでかなり汚れていたのだ。泉で水浴びして部屋に戻ると、白くて綺麗なローブが置いてあった。これを着なさいって事かなとヒルダは思い、白いローブを身にまとった。お爺さんは、ルバルディという名の魔法使いだった。ヒルダは好きに過ごして構わないと言われたので、屋敷の中を色々散策してみた。屋敷はルバルディとヒルダ以外誰もいなかった。屋敷はどこもかしこも書物だらけだった。ヒルダは興味本位で本を片っ端から手に取り読み漁った。特にやる事もなかったので、ひたすら本を読んだ。魔法に関する本が多かったが、世界の事や歴史に関する本も沢山あった。たまにルバルディに魔法も教えてもらった。ルバルディは常に

「魔法の力は感情任せで使ってはいけないよ。しっかりと自分の意思で操るように使うのじゃ」

と言っていた。そう、あのセルアドを包んだ巨大な炎はヒルダの感情が爆発して魔力が暴走したからなのだそうだ。ヒルダはルバルディに杖を貰った。何やら大層珍しい杖らしい。その杖を使い魔法の勉強に励んだ。そうして何年かの月日が経った。ルバルディは寝ている事が多くなっていった。そんなある日、ルバルディに呼ばれた。

「これはルビウスの紋章と言ってな、膨大な魔力が込められた魔装具じゃよ」

ルバルディはそう言うと首飾りのようなものをヒルダに渡した。

「いいかい。自分の願いをこれに込めて、その願いを魔法紙に書いて一緒に大切にしまっておきなさい。いつかその願いが叶うかもしれないからのう」

と言った。自分の願い‥。何だろうなぁ。死んだ人は生き返らないだろうし、それ以外では今は特に思いつかない。とりあえず、言われた通り大切にしまい込んだ。それからまたしばらくの月日が経った。ある朝、ルバルディが起きて来なかった。不思議に思いルバルディの寝室に行くと、ルバルディはベッドの中で冷たくなっていた。ヒルダはルバルディの遺体を屋敷裏手の泉の近くに埋めて墓を建てた。屋敷はヒルダ一人になってしまった。ヒルダはひたすら本を読み続けた。なぜかお金は奥の部屋に沢山あった。食料がなくなるとそのお金で買い出しに行った。それ以外は屋敷で本を読んでいた。何年も何年も。


ある夜、夢を見た。みんながいた。みんなで楽しく暮らしていた。ククルもタトスもライもアンもいる。メイは隣で引っ付いている。みんな笑って楽しそうだ。ロイドも笑っているし、ルバルディもいる。なによりヒルダも笑っていた。


目が覚めると涙が溢れた。その夢はもう二度と来ない日々だからだ。会いたくてももう二度と会えない人ばかりだからだ。ヒルダはしまってあったルビウスの紋章を取りだした。泣きながらヒルダは願いを込めた。

ただ一言だけ、『一人ぼっちはもう沢山』(ルーメルステリクトルム・デ・ベセルダ)。

この言葉は古の言葉で今は使われていないという。そして魔法紙と呼ばれる特別な紙に『ルーメルステリクトルム・デ・ベセルダ』と書きルビウスの紋章と共に元の場所へしまった。この紙は特別な力で長い年月が経っても綺麗に残るという。これでいつか本当に私の願いは叶うのだろうか?

その時、ヒルダの体が光に包まれた。眩い光に堪らず目を閉じる。次に目を開くとそこには見たこともない男が立っていた。男はアストリア・バーンシュタインというらしい。そしてここは私がいた時代の千年後なんだとか。アストリアは古の魔法使いの事を調べていて、ルバルディの屋敷の場所を探していたのだ。そして屋敷跡地で紋章と魔法紙を見つけ、魔法紙に書いてある言葉を口にすると、突然ヒルダが現れたのだと言う。するとアストリアはヒルダがルバルディの弟子と知り

「貴方の力が必要なんです。魔王ルーファウスを倒す為に共に戦ってください!」

と言った。

「本当はルバルディに来てもらいたかったのではないのか?」

と聞くとアストリアは少し困った顔をして

「確かにそうなんですが‥」

と言った後に

「でも貴方がこの時代に来たのは、何か理由があるような気がしたんです。だから貴方に共に来て欲しいと思ったんです」

真っ直ぐなその目はロイドにどこか似ていた。

共に行く理由はそれだけで充分だった。






「ヒルダ?」

アストリアに声をかけられヒルダは我に帰る。

「どうしたの?ぼーっとしてたけど」

「うん。まぁ、ちょっと昔を思い出してての‥」

久しぶりにルビウスの紋章の力を目の当たりにして色々と思い出してしまったのだ。ルビウスの紋章に時空転送の力がある事は、当時のヒルダは知らなかった。ヒルダは『願いが叶う道具』と聞かされていたからだ。こちらの時代に来て、色々な魔法に関する文献や歴史的な文献を見て初めて知ったのである。それからヒルダは当時の事を詳しく調べ、ルバルディが人生を賭けて様々な方法で魔力を集め、ルビウスの紋章を完成させた事を知った。しかし、何故それをいとも簡単にヒルダに託したのか。ヒルダはなんとなくわかっていた。きっとルバルディはヒルダの願いがわかっていたんじゃないかと。ルバルディもロイドと同じくヒルダの幸せを心から願っていたんじゃないかと。ヒルダは階段を登りながら小声で呟いた。


「一人ぼっちではなくなったよ。ありがとう。おじいちゃん‥」



 

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