第十七話 首都強襲
僕達は西坂で馬車を借りると、ジェラルド率いる外交派遣団と共に輝京を目指していた。宝来の兵士達が先行し、その後ろを僕らと外交派遣団が進む。僕らはラズベリアの騎馬兵に終始囲まれていた。これではまるで連行だな‥。ジェラルドも僕らから決して目を離さない。最初の印象は意外と抜けてる人なのかと思ったが、とんでもないキレ者だ。自分の事を強く見せようとしたり、怖く見せようとする人は、意外と御しやすい。考えてる事などがわかりやすいからだ。だが、ジェラルドのように掴みどころがなく、虚勢や見栄を張らない人は厄介だ。そう。これは連行のように見えるが、ジェラルドなりの『護衛』なのかもしれない。ラズベリアの兵士に囲まれていれば、簡単には手は出せない。ジェラルドが僕の事をどこまで信じてくれたかはわからないが、ひょっとするとシーマに対する信頼の高さからなのかもしれないな‥。九の関を出発して二日経つが、僕らとは話しをしていないのでジェラルドの心内はわからないままだ。そして遠くに大きな建物が沢山見えてくる頃には、日は傾き始めていた。ついに、ついに宝来の首都、輝京だ。この輝京の瑠璃城に宝来大国国王の龍禅がいるのだ。輝京はやはり紅都と同じくらいかそれ以上の大きい街だ。僕らは輝京を取り囲む巨大な塀にたどり着いた。大きな門を潜ると、左右にずらりと並んだ兵士達がジェラルド率いる外交派遣団を盛大に出迎える。すると前方に馬に乗った男が現れた。男は馬から降りてジェラルド達を出迎える。ジェラルドも馬から降りて、その男と挨拶する。
「久しぶりですな、ジェラルド殿。龍禅陛下がお待ちです。こちらへどうぞ‥」
男がジェラルドに言うと
「ありがとうございます。漢白殿もご機嫌麗しゅうございますな」
ジェラルドがその男に和かに言う。漢白と呼ばれた男は
「今宵はまた大勢でございますな‥」
と僕らの方を見る。すると刃が馬車から降りた。
「久しいな、漢白‥」
刃が漢白に話しかける。
「‥‥刃か?お主、こんな所で何しておる?」
漢白が驚いて刃を見る。
「いやなに‥紅都で知り合った者が、どうしても龍禅陛下への謁見を望んでいてなぁ‥。無理を承知でお前になんとか頼めないものかと思ってなぁ‥‥」
刃が頭を掻きながら漢白に言う。どうやら二人は旧知の仲のようだ。漢白は立派な髭を生やして体格もいい。刃と同じぐらいの歳だろうか。鋭い目つきをしていて、龍禅の側近のようだ。漢白はジェラルドに
「‥お知り合いか何かで‥?」
と尋ねる。ジェラルドは僕らを見ながら
「いや‥。私にも龍禅陛下へ謁見したいと懇願してきまして‥。どうしたものかと少々困っていたところです」
と首を振った。まぁ、国を代表してここへ来ている身だ。僕らへの肩入れは出来ないよな‥。すると、刃が漢白に深々と頭を下げて
「すまん!この通りだ。なんとかこの者達を、陛下に謁見させてやってくれ。頼む!」
と言った。刃へはまだマリリアの素性は話してはいなかっった。ただ、輝京で龍禅に謁見したい、としか言っていない。だが、僕達の話しぶりで、ただならぬ事態だと理解してくれたのだ。しかし漢白は
「バカを言え。陛下に謁見など、そこらの平民風情が出来る事ではない。いくらお主でも無礼が過ぎるぞ」
と腕を組んで言う。まぁ当然の答えだろう。国王に謁見など、おいそれと出来るものではない。するとマリリアが僕を見る。僕も軽く頷く。ここまで来れば‥。マリリアが前へ出て漢白の前に立つ。そして凛とした声で
「私はオルタナ王国の王女、リリア・ファン・ブローテンホルム・オルタナです。一刻も早い龍禅国王陛下との謁見をお願い致したく参りました」
と言った。途端に周りの宝来の兵士達がざわつき始める。漢白はざわつく兵士達を一睨みする。するとまた静かになった。
「‥なぜオルタナ王国の王女様が宝来へ?」
と漢白が尋ねる。
「‥我が両親、ファン国王並びにユリア妃は、王宮に侵入した賊の手により殺害されました。私は家臣達に命を助けられ、逃げ出す事が出来ました。そしてここにいるみんなのおかげで、ようやく宝来大国の輝京へ辿り着く事が出来ました。今、オルタナは国の存続の危機にあります。なので龍禅陛下と宝来のお力をお貸し願えないかとのお願いに参った所存です」
マリリアは真っ直ぐ漢白を見据えて言った。またもや周りの兵士達がざわつき始める。オルタナが滅亡の危機‥。きっと寝耳に水の話しだろう。漢白は腕を組んだまま考えている。するとジェラルドが
「‥私も同席致します。何かあれば、連れてきた私の責任にしてもらって構いません」
と言った。僕らは全員、頭を下げた。しばらくの沈黙の後、漢白が
「‥わかりました。早急に陛下にお伝え致します‥。ですが、時間はあまり取れないやもしれませんが、よろしいか?」
と言ってくれた。マリリアは真っ直ぐ前を見たまま
「はい!」
と頷いた。そして僕らは、なんとか輝京の中へ入る事が出来たのだ。輝京の街は、やはりとんでもない広さだ。すでに日は落ちていたが、沢山の灯りでそこら中が輝いているようだ。道には大勢の人が往来している。輝く都、だから輝京なのか‥。
そして遠くに小高く一際光り輝いている建物がある。あれが瑠璃城かな?僕らは宝来兵達を先頭に、その一際輝いている建物に向かっていった。両側に沢山の店が立ち並ぶ大通りを抜けていくと、ようやく光り輝く高い建物の前に着いた。先頭を行く漢白に案内されるがまま、建物の中へと通される。そして大きな部屋に通された。壁やら天井には綺麗な絵が描かれている。そして部屋の奥には大きくて豪華な造りの玉座があった。しばらくここで待て、と言い残すと漢白はどこかへ行ってしまった。僕らが待っていると、太鼓の音が響いて宝来の高官と思われる人々が僕らの左右に並んだ。そして一斉に頭を下げる。僕らも慌てて頭を下げる。すると右脇から龍禅国王がゆっくりと現れ、玉座に腰を下ろした。玉座の左隣りには漢白が立っている。一斉に左右の高官達が顔を上げたので、僕らも顔を上げる。玉座に座った龍禅は、派手な服ではなく意外と地味な色味の服を着ていた。光輝く都に住んでいる国王だから、勝手に煌びやかな服だと思い込んでしまっていた。髭を生やしており、静かにこちらを見つめる目は、貴族というより刃や漢白に近い武人のようだ。先頭のジェラルドが龍禅に挨拶をして、ラズベリア国王の書状を渡している。龍禅は表情を変える事なく、書状に目を通す。龍禅が低い声で言葉少なく、ジェラルドに質問している。ジェラルドはその一つ一つに答えていった。
「‥それで?後ろにいる者は?」
龍禅が突如、僕らの事を見ながら言う。いきなり来たな‥。するとマリリアが前へ出る。そして先ほど輝京の入り口で漢白に話した事を、もう一度龍禅に伝えた。そして更にこれまでの事を詳しく話した。オルタナの国王殺害にドルギアが関与している疑いや、魔装兵器グングニルの事まで、今までの事を全て話した。龍禅は静かに聞いている。そしてマリリアが話し終えると、立ち上がりマリリアの前へ行った。そして
「‥リリア王女。そなたがオルタナの王女である証を示せ‥」
と言った。マリリアは少しの間の後、懐から青龍の鍵を取り出した。
「‥魔装具、青龍の鍵です。我がオルタナに古くから伝わる物‥。最後に父が私に託した物です‥‥」
と、マリリアが言うと龍禅は漢白を見る。漢白が龍禅に近づき、大きな剣を渡す。龍禅が剣を抜くと、剣と青龍の鍵が光を帯び始めた。まるで共鳴してるようだ。
「‥これは魔装具『白虎の剣』だ。我が宝来の王となる者に代々伝わる物‥。その昔、東の大陸はオルタニアという一つの国だった。その国がバラバラになりオルタナや宝来などの国々になっていった時に、時のオルタナ国王が宝来の国王に送ったとされている物がこれだ。当時、宝来はまだ小さい国だった。オルタナはその宝来と同盟を結び、その後宝来は大国へとなっていく。今の宝来があるのはこの白虎の剣があったから。すなわち、オルタナ王国の支えあってこそなのだ」
龍禅はここまで話すと一息つく。そして続けて
「その青龍の鍵は古の恐ろしい魔装兵器を封印し、二度と地上にその姿を表さないように、オルタニアからの流れを引き継ぐオルタナ王国が保管する事になった。つまり青龍の鍵を持つものは、オルタナ王国の正当な王位継承者であると認められる。この白虎の剣と青龍の鍵は、お互いに共鳴すると言う。つまりその青龍の鍵は、間違いなく本物だと証明された」
と言った。そして周りの宝来の高官達を見回しながら
「ワシはリリア王女を後押しする!リリア王女と協力しオルタナ再興の手助けをする!異議のある者は前へ出よ!」
と叫んだ。一斉に頭を下げる高官達。異論はない、という事だ。それを見届けると龍禅が
「‥立派になられましたな。リリア王女‥」
と言った。マリリアが驚いて
「私の事をご存知でしたか?」
と聞くと、龍禅は
「昔、一度だけオルタナを訪問しましてな。まだ小さい時ですが、お会いしているんですよ」
と初めて笑顔を見せる。そうか。だから何かあったら宝来に行け、と言われていたのか‥。神楽はジェイガンから言われたのだろう。ジェイガンは龍禅のオルタナ来訪を知ってたから、そう言ったんだろうな。とにかく、これでマリリアは宝来大国の全面協力を受ける事が出来る。すぐにオルタナに戻り、ゴルドー伯爵から政権を取り戻さないといけない。だが青龍の鍵を狙う月黄泉は諦めないだろう。宝来の全面協力があっても気は抜けない。完全防備でオルタナに戻り、オルタナでも守りを固めないといけないな。するとジェラルドが
「この一件、ドルギアが関わっている事は間違いなさそうです。リリア王女の後押しをすれば、ドルギアと事を構えざるを得ないやもしれません。我がラズベリアは早急に軍を整えたいと思います」
と龍禅に進言する。龍禅は
「もちろん、我らの方から武力でどうこうする気はない。だが、身を守る為には致し方のない事だ‥。我が国も軍を整える。マルセルトやダルビア連邦諸国にも伝令を走らせよう」
と言った。ジェラルドは龍禅に一礼すると
「私もすぐに本国へ戻ります。ベリオルト陛下にこの事を伝え、宝来と足並みを揃えたいと思います」
と言い、僕らには
「と、言うことだ。俺は急いでラズベリアに戻る。くれぐれも気をつけるんだぞ。あのドルギアの道化師とお付きの女。アイツらは只者じゃない」
と言うと、再度龍禅に一礼し部屋を出ていった。どうやら、すぐにラズベリアへの帰路につくようだ。なんだか慌ただしいな‥。僕らは話し合いの結果、明日オルタナに向かう準備を整え、明後日にオルタナに向けて出発する事にした。宝来の国賓送迎の船を出してくれるというので、その船でラズベリアに一旦入国して、陸路でオルタナに向かう。途中まではジェラルドの後を追いかけるような形だ。当然、来た道ではなく竜鱗寺の方向へ向かう。ラファエル達と合流する為だ。竜鱗寺から輝京に来るには参の関を通る為、参の関で待つか、参の関にまだ来てないようであれば、竜鱗寺まで行く事にした。すれ違いが怖いが最悪、後からオルタナを目指して貰えばいい。宝来の協力は得ているから、追いかけるのは容易い。何より一日でも早く、オルタナの政権を取り戻したいのだ。龍禅は僕らに護衛の軍もつけてくれる。大所帯での移動になる為、小回りは効かないがオルタナまで安心だ。僕らはこの日、瑠璃城の別の建物に案内される。来訪した国賓が泊まる迎賓館だそうだ。そこの豪勢で煌びやかな部屋で豪華な食事を頂き、綺麗な部屋で宿泊させてもらったのだ。そして次の日にオルタナまでの旅支度を整える。刃は、輝京にもある総合医療診療所が見たいと言い出し、準備はそっちのけで見学に行ってしまった。そこには内大師と言う法力医療の権威がいるらしく、刃と紅都の太政さんの師匠なのだそうだ。輝京もまた法力による治療が盛んで、沢山の法力医がいると言う。その夜は、またもや迎賓館で宿泊させてもらった。そして次の日、いよいよオルタナへ出発する日となった。瑠璃城には沢山の兵士が武装し集まっている。これだけの数がいれば心強い。僕らは再度、龍禅陛下に謁見する事になっていた。オルタナへの出発の報告だ。僕とヒルダ、マリリア、シーマ、刃、ミルコ、ルドガーの七人は瑠璃城の玉座の間へ通される。龍禅陛下が来るまで待っていると、一人の兵士が現れ
「リリア王女、龍禅陛下は少し遅れるようです。それと何やら江洛より巴と言う者が参っております。どうしてもリリア王女にお会いしたいと‥」
と言った。なんと。江洛から巴が?マリリアの事を追ってきたのか?
「わかりました。すぐに行きます」
マリリアは嬉しそうに向かおうとする。するとシーマが
「ジェラルドがくれぐれも気をつけろ、って言ってただろ?私も行くよ。護衛がわりだ」
そう言うと二人は兵士に連れられ、玉座の間から出ていった。まぁ、劉禅も遅れるとの事だし、すぐに戻れば謁見に遅れる事はないだろう。するとヒルダが
「なんじゃ。妾も巴に会いに行こうかの‥」
と言って二人の後を追おうとする。ヒルダが行くと話し込んで長くなりそうだな‥。僕は慌ててヒルダを止める。ヒルダはムスッとした顔で僕を恨めしそうに見る。
「後でね。謁見が終わった後にゆっくり話しをしよう」
僕が苦笑いで諭す。そしてしばらくすると、なんと龍禅が漢白と共に現れたのだ。あれ?遅れるって話しじゃ‥?まずいぞ。主役のマリリアが席を外して、国王を待たせるなんて‥。するとヒルダが小声で
「ちょっと見てくる‥」
と言ってすぅっと離れる。いやいや。あんたまでいなくなると、それはそれで面倒だから。僕が部屋から出て行こうとするヒルダに声を掛けようとした時だった。ドォン、という大きな音が響いた。ん?なんだこの音は?すると刃が血相を変えて盾を構える。
「全員、この中へ!早く!」
盾が大きく開いた瞬間、
ドガァーン!
耳をつんざく爆発音と衝撃が響く。爆風で無数の瓦礫が飛んでいくが、刃が傘のように大きく広げた玄武の盾で、僕とミルコ、ルドガー、龍禅、漢白は難を逃れた。玄武の盾はこんな使い方も出来るのか?どうやら何かが目の前で爆発したようだ。爆風と衝撃が収まり、玄武の盾から恐る恐る顔を出すと、玉座の間の天井に大きな穴が空き、空が見えていた。すると空には見たこともない巨大な船のようなものが、すぐ上に浮かんでいたのだ。今の爆発はアレがやったのか?するとその船のようなものから、玉座の間へ階段が下ろされた。そしてその船からなんと、アルバトスが降りてきたのだ。ドルギアの将校であり、東の大陸最強と名高い男、アルバトス・クウガ。魔装具『死神の紋章』を使い、闘技大会では圧倒的な力を見せた。そしてその後ろからは、馬の顔の形の兜をすっぽりと被り顔が見えない騎士と、同じく牛の顔の形の兜を被った騎士が降りてきた。
「‥!‥。ネロ・ベリスタ!もう一人は弟のバド・ベリスタだ!」
ミルコが叫ぶ。
「馬の兜がネロ。ネロはドルギア四強の一人だ。牛の兜が弟だ。バドもかなり強いらしいぜ‥」
ルドガーが呟く。ミルコに勝るとも劣らない情報通だ。というか、何故コイツらが此処に?まさか、乗り込んで来たのか?ドルギアが宝来の首都に乗り込んでくるなんて‥。僕らの考えが甘かった‥。月黄泉は過去に、オルタナやカマリアを急襲していたんだった‥。もっと襲撃に備えておくべきだった‥。そうだ!ヒルダは?ヒルダの姿が見えない。周りを見渡すと、ヒルダが倒れているのが見える。ヒルダは僕らより少し離れた所にいた為、刃の盾の陰に入れず、さっきの爆発で吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ気を失ったのだろう。大怪我や大事に至らなければいいが‥。それに、シーマとマリリアは無事だろうか?僕はそちらも気掛かりだった。
マリリアとシーマは先ほど伝えに来た兵士に連れられ、通路を歩いていた。マリリアは久しぶりに巴に会えるのが嬉しいようだ。自然と笑顔が溢れている。まぁ、無理もない。マリリアの境遇上、数少ない女友達だからな‥。と、その時だった。
ドガァーン!
もの凄い音と衝撃が響く。シーマが来た方へ振り返る。玉座の間の方からだ!だがその瞬間、シーマの顔に何かが掛かった。赤い血だった。そしてマリリアが血飛沫を上げて倒れた。マリリアの血を浴びたシーマは立ち尽くす。目の前には先ほど巴の事を伝えに来た兵士が、刀を振り抜いた体制で立っていた。
「‥アンタも甘いなぁ。仲間を二度も殺されるなんて」
そこには宝来の兵士に変装したノエルが笑っていた。兜を深く被っていたので気づかなかったのだ。
「ノエル!貴様ぁぁぁ!」
叫びながらシーマがムーンソードで斬りつける。刀の形のムーンソードが空を切った。用心はしていた。ノエルなら宝来だろうがラズベリアであろうが変装して侵入してくる。特にマリリアの身辺には気をつけてはいた。兵士の顔もよく見ていればよかった。まさか、こんな簡単な変装でくるとは‥。龍禅からの協力が得られ、油断してしまったのだろう。そして一瞬、目を離してしまった。それに‥。
「‥なぜ、巴の名を知っている?なぜ巴の名を使った?」
シーマは恐れていた。ノエルの答えを恐れていたのだ。ノエルはニヤけたまま
「‥ガーゴイルと連絡が取れなくなってね。様子を見に行ったのさ。そしたらいつの間にか、ガーゴイルがやられちゃってるじゃん?だからさ‥‥」
と言い、悪魔のような笑顔を浮かべ
「あの町の奴らを一人一人、殺しながら聞いて回ったんだよ。そしたらあの娘の名が上がったから、直接聞きに行ったんだ‥。色々、聞けたよ?八咫烏もアンタらの仲間なんだってな?まぁ、アイツは最初から信用してなかったがな‥」
シーマはこの先は聞きたくなかった。心臓の鼓動が激しくなる。
「‥あの娘、お友達なんだってなぁ?腕と足を一本一本斬り落としたら、泣きながら命乞いしてたよ!」
ノエルが言い終わらない内にシーマが斬りつける。恐れていた通りの答えだった。こいつは文字通り、人の皮を被った悪魔なのか?ノエルは後方へ宙返りをしてかわすと、大きく距離をとる。
「‥俺の獲物は青龍の鍵なんでね。目的は果たしたから、アンタとやり合うつもりはないんだよ」
ノエルはそう言いながら、青龍の鍵を見せびらかす。マリリアを斬りつけた時に抜きとったのだろう。マリリアはピクリとも動かない。シーマの脳裏でナターシャが倒れていた光景と重なる。まずい‥。早く手当をしないと‥。刃を早く呼んでこないとマリリアが‥。最悪の事態しか頭に浮かばない。そんなシーマに
「羅刹!夜叉!お前らが相手しろ!俺はアルバトスに青龍の鍵を届ける」
ノエルはそう言うと、またさらに後ろへ下がる。するといつの間にかノエルの後方から二人の人影が現れた。一人は金色の短い髪で、鋭い目をしたガッチリした体格の若い男だ。もう一人は黒い短い髪で華奢な体つき。一見すると若い男性に見えるが女性のようだ。
「待て!ノエル!」
シーマが叫ぶが、ノエルは後方へ遠ざかりながら
「そいつらは羅刹と夜叉。妖華刺の配下の『人ならざる者』だ。そいつらはとんでもない強さだ。もうこの世でアンタと会う事もないだろう。アンタは永遠に第三部隊の敵討ちは出来ないんだよ!じゃあな!」
と叫んで消えた。シーマの前には羅刹と夜叉が立ちはだかっている。シーマはムーンソードを構え直した。
「龍禅がいるじゃねえか?首、取っちまうか?」
牛の兜のバドが、アルバトスと兄のネロに聞いている。
「いや。青龍の鍵が優先だ。ノエルの回収を急げ。グングニルが起動すれば、宝来など敵ではない。この魔導戦艦ベリアルだけでも世界を支配できそうだしな」
馬の兜のネロが弟のバドに言う。あの空に浮かんでいる巨大な船はベリアルというのか?魔導戦艦‥。ランドルガンのように魔導の力で空を飛んでいるようだ‥。すると刃が
「漢白!龍禅陛下を安全な所へお連れしろ!ミルコ!ルドガー!すまんがマリリアとシーマの様子を見てきてくれ!嫌な予感がする!行け!」
そう言ってアルバトス、ネロ、バドの前に立ちはだかる。僕も剣を抜いて刃の隣に立った。漢白が龍禅を連れて下がった。
「応援呼んですぐ戻る!」
ミルコが叫んで走り出す。ルドガーも走り出した。いや。この三人はそこらの兵士では敵わない。応援は期待出来ないだろう‥。ヒルダが目覚めれば形勢は変わるのだが‥。僕は倒れているヒルダをチラリと見る。ヒルダは倒れたまま動かない。
「おいおい。この虫ケラ二人はどうする?」
ネロがアルバトスに聞く。アルバトスは表情を変えずに
「‥青龍の鍵を回収出来次第、撤収する。それまでは好きにしろ」
と言った。すると刃が小声で
「‥ネロとバドはなんとかする。アルバトスの相手を頼めるか?」
と言ってくる。
「‥わかった」
僕も小さく頷く。東の大陸最強の男‥。注意すべきは死神の紋章だ。やるしかないのか‥。僕は覚悟を決めて目を閉じる。そしてゆっくりとアルバトスの方へ行く。刃は柄の長い青龍刀と玄武の盾を構えてネロとバドの方を向く。アルバトスはゆっくりと剣を抜きながら
「‥俺とやるつもりか?良い根性だ」
と言った。するとアルバトスの体の周りに黒い煙のようなものが立ち込める。あれが死神‥。ヒルダの話しでは、死神は様々な武器を使いアルバトスを守るという‥。アルバトスの体の周りの黒い煙は触手のように何本か伸びた。そしてその先に短剣が何本かついている。そして短剣を持った黒い触手が一斉に攻撃を始めた。僕は冷静に短剣を弾いていく。時折、黒い煙を攻撃してみるが、手応えがない。ただの煙だ。死神だから実体がないのか?ならば死神の紋章そのものを破壊すれば倒せるかもしれない。アルバトスが身につけているのだろうが、僕のルビウスの紋章のような首飾りではなさそうだ。死神の紋章が、どんなものなのかがわからない‥。ヒルダなら知っていたかもしれない。事前にヒルダに聞いておけば良かった。とにかく、アルバトス自身を攻撃しなければ!僕はアルバトスに斬り込む。だが、黒い煙の持つ短剣によって阻まれた。すると黒い煙の触手が持つ短剣が全て消えた。そして今度は大きな剣が何本も現れた。唸りを上げて大きな剣が斬りかかってくる。僕は必死で避けた。受け太刀すれば体ごと吹っ飛ばされる勢いだからだ。振り回すように連続で大きな剣が斬りかかってくる。僕は避けながら間合いを詰めて、アルバトスに斬りかかろうとする。だが、大きな剣で阻まれてしまう。これでは埒があかない。
「‥意外とやるな。ならば、本気で行ってやるか‥」
アルバトスが呟く。するとアルバトス自身が斬りかかってきた。今まではアルバトス自身は微動だにしなかった。体の周りの黒い煙だけが攻撃をしていたのだ。アルバトスは立っているだけだったのだ。だが、アルバトスは連続して斬りかかってくる。同時に黒い煙の触手も大きな剣で攻撃を仕掛けてくる。アルバトスと死神の同時攻撃だ。僕は慌てて後方へ下がりながらかわしていく。避けきれない攻撃は剣で弾いた。
キィン!キィン!
剣と剣がぶつかり合う金属音が響く。
ドンッ!
背中が壁に付いた。しまった。これ以上下がれない。一斉に黒い煙が持つ大きな剣が振り下ろされる。
「くっ!」
僕は後ろの壁を足で蹴り前へ出る。大きな剣が振り下ろされる前にアルバトスに体当たり出来れば‥!だがアルバトスは左にかわした。僕は無防備で飛び出して、アルバトスに背を見せるような形になってしまった。まずい!その瞬間、アルバトスが手に持つ剣を振り下ろし、僕は背中を大きく斬られた。血飛沫を上げてうつ伏せに倒れる僕に、アルバトスの黒い煙が持つ大きな剣が七本、上から突き刺さった。
「アストリア!」
刃が倒れているアストリアに大きな剣が突き刺さるのを見て叫ぶ。刃もボロボロだった。ネロとバドの連携攻撃に手も足も出ない状態だった。体のあちこちを斬られ、血まみれだったのだ。せめて一人づつと戦えれば‥。だが、戦場ではそんな事は言ってられない。
「あっちは終わったようだ。こちらも片付けるぞ」
ネロがバドに言う。ネロとバドは大きな長い槍を構えた。ネロの連続しての素早い突き。刃が盾で防ぐがその凄まじい勢いで体が後ろへ下がる。すると真横にバドが来る。刃が慌てて盾を向けるが、バドの渾身の突きが盾に当たると体制を崩して吹っ飛ぶ。そこへ間合いを詰めたネロの突きが、刃の右肩と右腕を突き刺す。血飛沫を上げて刃が下がった。この連携攻撃を先ほどから何度もくらっていたのだ。まずいな。出血で意識が朦朧としてきた。全身が激痛で痺れている。とにかく、まずどちらかを止めなければ話しにならない。速さのネロか力のバドか‥。力比べなら刃も自信がある。ならバドをまず止めよう。刃はバドに斬り込むと見せかけて、ネロに斬り込んだ。だがこれは牽制だ。本命は‥!刃は盾をバドに押し付ける。そして大きな盾でバドを押していく。バドも押されまいと踏ん張るが、力で押していき盾で壁に押し付けた。背後からネロの素早い突きがくる。刃はバドを盾で壁に押し付けながら、青龍刀でネロに応戦する。壁と盾でバドを挟み、その盾に体を押し付け全体重で壁に押し付ける。このまま押し潰さんとする勢いだ。このままバドが圧迫されて気を失ってくれれば‥。だがネロは攻撃の手を緩めない。そして刃の青龍刀が叩き落とされた。しまった!ネロは槍を大きく振りかぶると、刃に振り下ろした。刃は肩から脇腹にかけて大きく斬られると、血飛沫を上げて倒れた。
ミルコは蜂の巣を突いたような騒ぎの、瑠璃城の廊下を走っていた。沢山の兵士が右往左往しているが、マリリアとシーマはどこにもいない。あの兵士は巴が来ていると言っていた。てっきり瑠璃城の表門かと思って表門方向に走っていた。だが、どこにも見当たらない。そこまで遠くには行っていないはず‥。
「どこか違う通路に入ったんじゃねえか?」
ルドガーが周りを見渡し言う。瑠璃城は大きくて広い。同じような廊下がいくつもあり、まるで迷路のようだ。賊が侵入した時に迷わせる為に、敢えてわかりにくい造りなのだという。だが、こういう非常事態の時は困る。それに用心深いシーマがついている。変な通路は使わないはずだ‥。
「‥表門じゃなく、裏門に向かったのかも‥。表門だと人が多いからって‥」
ミルコはルドガーに言うと裏門の方へ走り出す。すると沢山の兵士に紛れて、法力医の服を着ている人達数人とすれ違った。
「玉座の間に行って下さい!」
ミルコが咄嗟に法力医達に声をかける。玉座の間を出る時、ヒルダが倒れていたからだ。
「玉座の間にも怪我人がいるのか?診療所からもっと応援を連れてこい!」
法力医が仲間の法力医に叫んだ。玉座の間にも‥?と言う事は他にも怪我人がいるのか?爆発は玉座の間だけじゃないのか?
「他に怪我人が?」
ミルコが法力医に尋ねる。
「北側の通路だ!ひどいケガをしている!」
ミルコは走り出した。嫌な予感がする!北側通路は、玉座の間から裏口へ向かう通路だ。ミルコが北側通路に着くと、何人かの法力医が治療にあたっていた。
「止血しろ!早く!」
「脈が弱くなってるぞ!」
「法力で安定させる!早くしろ!」
法力医達の怒号が飛び交う。マリリアだった。血まみれのマリリアが廊下に倒れていて、法力医達に囲まれ治療を受けていた。ミルコは力無くその場に跪いた。
「もう一人も酷い!」
「内臓がやられてるぞ!」
「くそ!早く応援を呼べ!」
マリリアから少し離れた所にも法力医が集まっている。シーマだった。シーマも血まみれで倒れていたのだ。嘘だ‥。あんなに強いシーマが‥。こんなの嘘だ‥。悪い夢だ‥。マリリアとシーマが死んじゃうのかよ‥?嘘だって‥‥こんなの‥。するとルドガーがミルコの胸ぐらを掴む。
「しっかりしろ!ここでヘタレていても仕方ねぇ!玉座の間に行ってアストリア達にこの事を知らせろ!ここは法力医の先生達に任せるんだ!」
ミルコは我に帰る。しっかりしないと‥。だが動悸が治らない。胸が苦しい。心を斬られたようだ‥。不安が津波のように押し寄せる。ミルコは走り出す。何も考えるな!考えると不安に押し潰される。押し潰されて二度と動けなくなりそうだった。だから、今は何も考えない。考えないでミルコは夢中で走った。
刃が倒れると同時にノエルが玉座の間に入ってきた。
「青龍の鍵は手に入れた。月黄泉様に渡してくれ」
ノエルがアルバトスに青龍の鍵を渡す。
「‥よくやったノエル。撤退するぞ」
アルバトスがネロとバドに言う。刃にトドメを刺そうとしているバドが
「チッ!」
と舌打ちする。ネロがアルバトスに
「それで?この後の手筈は?」
と聞いている。
「このままベリアルで北州に行き、北州を制圧する。そして北州を戦略拠点としてベリアルを駐留させる。すぐにハリードからリーゼル率いる本隊が北州に到着する。お前達とノエル、羅刹、夜叉はベリアルと共に北州に残り、グングニル稼働まで宝来を食い止めろ。俺は月黄泉に青龍の鍵を届けにハリードへ戻る」
アルバトスが支持を出す。そして四人は階段を登りベリアルの中へ入っていったのだった。
その直後、ミルコが玉座の間に飛び込んできた。アストリアが手前にうつ伏せで倒れている。床には尋常じゃない血が流れていた。刃も奥でうつ伏せに倒れている。アルバトスとネロとバドの姿はない。天井の大きな穴を見ると、ベリアルが瑠璃城から離れていくのが見えた。
「‥あ、アストリア?‥アストリア?‥しっかりし‥」
アストリアは背中を斬られ刺し傷もいくつか見える。ピクリとも動かない。‥嘘だろ?アストリアまで‥。きっと、なんかの冗談だろ?ミルコは声を失った。すると大勢の法力医達も玉座の間に入ってくる。
「すぐに止血だ!早くしろ!」
「こっちも酷いぞ!脈が弱い!」
「奥にもいるぞ!こっちだ!」
「すまない!ちょっとどいてくれ!」
ミルコは法力医達にどかされる。すると法力医に治療を受け始めた刃が起き上がった。
「‥‥ミルコ‥すまない‥‥アストリアが‥‥」
刃が苦しそうに呻く。
「‥な‥何言ってんだよ‥‥‥‥刃だって酷い怪我じゃねぇかよ‥‥」
ミルコはフラフラと刃に近づく。刃は斬られた直後から、法力で自分の傷の止血をしていたのだった。効力は弱くとも、血が大量に流れ出るのを防いでいたのだ。ミルコは刃の近くで跪く。すると刃がミルコの背後を見て、微かに微笑んで言う。
「‥‥無事だったか‥‥よかった‥」
ミルコが振り向くと、そこにはヒルダが立っていた。頭に少し傷があるが他はなんともないようだ。
「‥‥何があった?」
ヒルダがミルコに静かに尋ねる。目は怒りに満ちている。
「‥ドルギアが空飛ぶ船で乗り込んできたんだ。アストリアがやられた‥‥。あと‥‥シーマと‥‥マリリアも‥酷い怪我で‥‥その‥‥た、助からないかも‥‥」
最後は声にならなかった。ヒルダがミルコの胸ぐらを掴む。
「‥アルバトスだ‥‥。それにネロと‥バド‥。ノエルというヤツが青龍の鍵を持っていた‥‥」
刃が言う。刃は自ら治療しながら法力医達からも治療を受けていた。
「‥このまま北州を制圧する、と言っていた。青龍の鍵がドルギアの手に渡った以上、グングニルの復活は避けられない‥‥。この世の地獄が始まるぞ‥」
刃が低い声で呻いた。




