第十六話 医者の生き様
僕らは紅都を後にして、輝京へと向かった。輝京へと通じる関所へはそれほど遠くはないとの事なので、歩いて関所へ向かう事にした。この宝来に関所は十二ヶ所あり、僕らが目指しているのは『九の関』と言うらしい。九の関を超えたすぐ近くに西坂という街があるという事なので、九の関を超えるまで歩いて行き、西坂で馬車を借りて一気に輝京を目指す事にした。久しぶりの歩きでの旅だ。僕らはクロに荷物を乗せて、一面茶色の荒野を歩いて行く。僕は鼻の骨と頬骨など数カ所骨折していて、ミルコも腕や足を骨折していたが、刃と太政さんの法力治療により、驚くべき速さで治ってしまった。改めて法力の凄さを思い知った。紅都を出て半日ほど歩いた後、木陰での休憩中にマリリアが
「関所ってなんの為にあるの?」
と刃に聞いた。
「いろいろな理由があるが、一番は輝京の防衛の為だな。輝京に繋がる街道の全てに関所があるから、有事の際は関所の防衛を固めればいい。敵が輝京に雪崩れ込んでくるのを堰き止める事が出来る」
なるほど。ラズベリアや西の大陸で言う所の砦の役割があるのか‥。
「以前は輝京に入る人間の選定の意味もあったらしい。かなり厳しい審査があったみたいだが、今は誰でも通行手形を貰えて、手形さえあれば通れてしまう。高い手形料も今は廃止になったしな」
と刃が答える。なんかランドルガンの上陸審査みたいだな‥。するとミルコが
「さっすが長老。情報屋の仕事なんていかがっすか?」
と揶揄う。ドロシーも見つかり、今後は二人で暮らすという目標も出来て、すっかり元気が戻ってきていた。まぁ、ミルコはこうでないとな‥。
「なんだ?ワシを年寄り扱いする気か?」
刃も笑顔で返す。こうして見てると親子のようだ。
「刃は家族は?兄弟とかはいないの?」
マリリアがふと尋ねる。刃は
「あぁ、兄弟は四人いる。姉が一人に弟が二人に妹が一人。宝来の南州と言う街に暮らしておる。昔はワシも結婚して家族がいたんだがな‥‥今はおらん‥」
と、少し寂しそうに言う。
「なんじゃ?奥さんがおったのか?」
ヒルダが意外だと言わんばかりの言い方をする。
「‥あぁ。昔の話しだがな‥」
刃が答えるとヒルダが続けて
「どんな人だったんだ?美人だったのか?」
と聞く。僕やラファエルやミルコにはない話しだ。興味津々なのだろう。
「当たり前だ。誰よりも美人で気立もよかったぞ」
刃がニンマリと笑う。
「子供はいるのか?」
今度はシーマが聞く。
「あぁ、二人いた。上が女の子で下が男の子だ。生きていればミルコとマリリアと同じぐらいだな」
刃が答える。生きていれば?全員が固まる。そんなみんなを見て、刃は少し微笑むと当時の事を話し始めた。
刃は宝来の南にある南州という街に住んでいた。気候は温暖で南国特有の気温の高さと湿気が特徴だ。刃は二十五歳の時、貂香という女性と結婚していた。美人で気立のいい心優しい女性だった。二人の子供にも恵まれ、上の子は星海という女の子、下の子は陸砕という男の子だった。四人は仲睦まじく暮らしていた。刃は南州で軍医をしていた。宝来の軍に所属し、兵士の怪我や病気を法力で治療していた。だがある時、恐ろしい疫病が流行し始めた。南の郭南で内乱が起きた時、鎮圧に向かった南州の兵士が何人か感染したのだ。ゴモラ病という病で、発症すると発疹が身体中に出来て、高熱と嘔吐で衰弱し死に至る。非常に感染力が強く、原因不明の恐ろしい病だった。軍から刃に現地に向かうようにという指令がおりた。貂香も許してくれた。
「くれぐれも気をつけてくださいね」
心配する貂香に刃は
「大丈夫だ。星海と陸砕を頼む」
と言い郭南へ向かう。だが、郭南ではすでに街中に病気が広がっていた。到着すると刃は患者の看病に奔走した。同じく軍医の太政や他の者とも協力して必死に治療して回った。だが時に間に合わず、沢山の人が病気によって命を落としていった。その多くは体力のない老人や子供達だったのである。街中の道端には、病気で息絶えた人の遺体が転がっていた。皆、感染を恐れて遺体を片付けられないのである。死臭が漂い、まさに地獄絵図だった。そんな中でも刃は人々の治療を続けた。貂香とは手紙でやり取りをしていた。子供達の日々の成長などが綴られていて、刃の唯一の励みだった。この一件が片付いたら、また四人で楽しく暮らす。それだけを心の支えにしていた。毎晩のように南州の夢を見た。そして気づけば一年という月日が経っていた。ある時刃は、南州近郊でもゴモラ病が流行り始めたという噂を聞く。嫌な予感がした。慌てて手紙を書いた。だが、返事はいくら待っても来なかった。刃が太政に相談すると、太政はすぐに南州へ帰れと言ってくれた。比較的、郭南は落ち着き始めていたのだ。軍に休暇を願い出ると、刃はすぐに南州へ帰った。南州へ着くと、やはりゴモラ病が蔓延し始めていた。すぐに自宅を目指す。だが、手遅れだった。貂香と星海と陸砕は病に冒されていた。近所の人が病気になり、貂香が看病していたそうだ。どうやらその時に感染したようだ。三人は自宅に川の字に寝かされていた。感染を恐れ誰も看病せず、放置されていたのだ。発疹で顔が腫れて酷い高熱で子供達はうなされていた。刃は涙が溢れてきた。
「‥すまない。ワシは‥‥ワシは‥」
泣きながら必死に三人の看病をした。体温を下げる為、解熱作用のある薬を飲ませ、寝ないで法力の治療を続けた。だが二日後に陸砕が亡くなった。そしてその次の日、星海が亡くなった。刃は頭がおかしくなりそうだった。何も出来ない‥。可愛い我が子達が衰弱して死んでいくのを見送る‥。こんなに辛い事はなかった。貂香も衰弱していった。
「‥すまない‥‥もっと早く帰っていれば‥‥」
『たら、れば』を言い出したらキリがない。でも言いようのないもどかしさしかなかった。時間を戻せるなら戻したい。そんな気持ちだった。
「‥‥お前まで死なせてしまったら‥‥ワシは‥」
呟く刃に
「‥‥でも‥‥あの子達だけじゃあ‥‥かわいそうよ‥‥‥三人で‥‥いるから‥‥‥ね‥」
貂香の最後の言葉だった。刃は三人を小高い丘に埋葬した。患者はこれから増えていくのだが、刃はそれどころではなかった。全ての気力がなくなっていたのだ。生きる気力すら失っていた。家族とまた仲良く暮らす。それだけを目標にこれまでやってきたのだ。それが二度と叶わなくなってしまった‥。刃は虚な目で三人の墓の前で佇んでいた。もう何もしたくない。このまま死んで三人の隣へ行きたい。頭には三人の笑顔が浮かんでは消えた。陸砕の『父ちゃん!』という声が何度もこだまする。星海の笑い声が何度も頭に響いた。そして貂香の優しい声が‥。刃は短刀を自分の首にあてがう。その時、背後から声がした。
「あんた!何やってるんだい!」
声の主は刃の姉の令凛だった。刃の兄弟達は、刃の自宅から少し離れた山の麓に住んでいたのだ。刃が紅都へ行った後、心配してたまに貂香達の様子を見にきてくれていたのだ。数日前に様子を見にきた時に、刃が帰ってきている事と貂香達の病気を知り、埋葬までの手伝いをしてくれていたのだ。
「あんた!こんな事してどうすんのさ!」
令凛は、刃の持つ短刀を掴んでむしり取った。
「‥もう生きていく気力がない‥‥全てを失った‥死なせてくれ‥‥」
刃が力なく言うと
「‥星海と陸砕はね‥‥あんたを自慢の父ちゃんだ、って言ってたよ‥。病気を恐れず沢山の人を治療してるって‥‥。それなのに、こんな腑抜けた父ちゃんの姿を見せていいのかい?」
令凛は泣きながら刃に言う。
「貂香も最後に『三人でいるから』って言ってただろう?あれは三人でいるから心配しないで、って事なんじゃないのかい?あんたはしっかり頑張りなさい、って事なんじゃないのかい?」
令凛は泣きながら刃の胸ぐらを掴み激しく揺さぶる。気づけば刃も涙が流れていた。
「悔しくないのかい!あんたの家族の命を奪った病気を、叩き潰さなくていいのかい!」
令凛は刃の胸で泣き崩れる。刃と令凛はしばらくその場で立ち尽くしていたのだった。
その次の日から、刃は目覚めたように街の人々の治療を始めた。鬼の形相で次々と法力による治療をして行った。一人でも多くの命を救う為‥。そう、これは復讐だ。病気への復讐。この病気を根絶する!鬼気迫る気迫で治療をした。そして数年後、感染後の適切な処置の周知なども広がり、ゴモラ病の感染者は減っていったのであった。
刃は話し終えると水を一口飲んだ。そうか‥。刃にもそんな辛い過去が‥。
「‥いやなに、昔の話しだ。そんな辛気臭い顔するな」
刃はみんなの顔を見て笑いながら言うと
「‥でも家族の死を乗り越えて、今をこんなに明るく生きている刃さんは凄いと思うよ」
マリリアが刃を褒める。すると刃が
「‥‥まぁ、家族の死を吹っ切れたのには訳があってな‥‥」
と遠くを見ながら言い、続けて
「‥ワシもゴモラ病に感染しておる。そんなに長くはないだろう‥‥」
と言った。
「‥!‥えぇ?」
ミルコがひっくり返った声を出す。
「ガハハハ。心配しなくても感染はしない。法力の力で発症を押さえ込んでいるからな‥。だが、それもいつまで持つかわからん‥。数年後か数日後か‥。とにかく、それがわかってから、限られた僅かな時間を有効に使おうと決めたんだ。‥皮肉な話しだろ?あんなに死にたがってたのに、終わりがわかった途端に有効に使おうだなんて‥」
刃が笑顔で話す。とっくに覚悟が決まっているようだ。だからこそ吹っ切れて、より明るく生きる事が出来ているのかもしれない。
「法力では治せないのか?」
ヒルダが聞くと、刃は
「法力は気を流して治療する。他人にはその力を発揮するが、自分自身には弱いようだ。太政や他の沢山の法力医にも試してもらったが、治らなかったよ‥」
と諦めたような言い方をした。
「でも、発症は抑え込めてる。今はそれだけで充分だ」
刃は立ち上がり、皆に出発を促す。僕らも立ち上がると、九の関を目指して進み始めた。
僕らは茶色い大地の荒野を抜けて、木が生い茂る森の中へ入っていった。この先は小高い山になっているようだ。この山を抜けた先が九の関だ。
「何を見ておる?」
僕が歩きながらルビウスの紋章を手にして見つめていると、ヒルダが不思議そうに聞いてくる。
「‥あぁ、どうやって魔力をこめるのかな?って思って」
と僕が答えると、ヒルダは紋章に右手をかざした。すると紋章が微かに光を帯び始める。
「魔力を感知すると魔力の吸収を始める。だから最初だけ魔力を注入してあげるんじゃ。そうすれば後は勝手に吸収し始めて、しばらくしたら勝手にやめる」
ヒルダはそう言うと、手をかざすのをやめた。だが、まだ紋章は微かな光を保っている。なるほど。最初に魔力で刺激を与えれば、周辺の魔力を吸収し続けるのか。
「実を言うと、たまに魔力を込めているんだぞ」
ヒルダがドヤ顔をする。たしかに、たまに紋章を貸してくれと言われる。その時に魔力を込めていてくれてたのか。
「まだ、隣の家ぐらいの距離の転送しか出来ないがな‥」
それは転送と言うより、ただの移動だな‥。そんな話しをしながら歩いていると、先頭を歩くシーマが右手を挙げて足を止めた。ただならぬ気配がする。周囲の木の間や草の分け目からガサガサと物音がして、気づけばいつの間にか周りを囲まれていた。一体、何者だ?僕らの歩いている道の前方に沢山の人影が現れた。皆、武装していて仮面のようなもので顔を隠している。
「ナユタ族だ‥。宝来の原住民で、森の奥に住む戦闘民族だ。ここは様子を見よう‥‥」
刃が小声でみんなに言う。すると前方の集団から一人が前に出る。
「‥我が名はサイ。この森は神聖な森だ。通す訳にはいかない‥」
と言った。すると刃が
「すまない。そなた達の住む森とは知らなかった。すぐに出ていこう」
と告げて元の道を戻ろうとする。だが、後ろもナユタ族が立ちはだかっていた。
「おい!我々はそなた達に危害を加える気など‥‥」
刃が必死に訴えるが、サイと名乗った男が剣を抜いて刃に突きつけた。
「大人しくついてきてもらおう‥」
刃は僕をチラリと見る。僕は軽く首を横に振った。完全に周りを囲まれている。この状況では、突破するのも退却するのもかなり難しい。僕らは後ろ手に縄で縛られ、ナユタ族に連行されるように森の奥へと入っていった。山道を登りながら、森をどんどん深く入っていく。周りは背の高い木しか見えない。沢を越えてさらに深く入っていった先に、少し開けた場所に出た。どうやら小さい集落のようだ。ここがナユタ族の集落か‥。するとサイが僕らだけを集落の奥へ連れていく。集落の奥には小高い山があり、下には穴が開いていて洞窟になっている。山は垂直な壁のようで、上の方にも所々穴が空いていた。僕らはその洞窟の中へ入っていく。中はかなり広い洞窟だった。天井がかなり高い。灯りが灯されていて、奥まで続いている。洞窟の奥へ進んでいくと、左右に小部屋があるのに気づいた。中には人がいるようだ。すると刃が何かに気づいて、その小部屋に近づく。
「‥こ、これは‥‥?」
刃が中を見て驚いた声を出す。中は小さな独房のようになっており、包帯でグルグルに巻かれた人が寝ていたのだ。すると前を歩いていたサイが、小部屋を見てる刃に気づく。
「おい!近づくな!」
サイが刃に叫ぶ。刃は
「この者達は?」
とサイに聞くが
「貴様には関係ない事だ!いいから離れろ!」
とサイが叫んだ。仕方なく刃は小部屋から離れて歩き出す。それを見届けると、サイはまた歩き出した。すると洞窟の突き当たりに着いた。そこは大きな部屋のようになっていて、奥の壁際には玉座が置いてあり老婆が座っていた。部屋の周りには沢山の武装した兵士が立っている。
「‥ナユタ族のシャーマンだ。まぁ、国王みたいなもんだ‥」
刃が教えてくれる。サイは老婆の隣にいき、何事か耳打ちする。すると
「‥お前達は異国の者か‥?」
老婆が静かに問いかけてくる。
「‥はい。訳あって輝京を目指して、九の関を通ろうと思ってました。あなた方の森に入ってしまったのは謝ります。だからどうか解放していただけないでしょうか?」
僕は丁寧に伝えた。だが、周りにいる沢山の兵士達が騒ぎ出す。
「こいつらの言う事は信じられねぇ!」
「今すぐ殺すべきだ!」
「また犠牲者が出る前に!」
これは穏やかではない。だいぶ忌み嫌われているようだ。
「今の宝来は漢人がほとんどだ。原住民のナユタ族は漢人に追いやられて、森の奥にひっそり住むようになった。血で血を洗う争いが多くあり、漢人は忌み嫌われている‥。そんな歴史からナユタ族は用心深くなり、他民族を信用していないんだ」
刃は俯きながら言う。確かに酷い事が現実に行われてきたのは事実なのだろう。だがその酷い過去の歴史を、僕らに押し付けられるのは少し違う気がする。
「‥ちょっと待ってくれ!僕らはただ九の関へ行きたいだけだ!あなた達へ危害を加える‥‥」
叫ぶ僕を老婆が遮る。
「黙れ!そう言って森へ入る輩がどれだけおった事か!森は荒らされ、こともあろうか火を放つ輩もおる。森は焼け、生き物は死ぬ。我らはそうやって森の奥へと追いやられ、悔やんでも悔やみきれない思いをどれだけしてきたか!ナユタの歴史は裏切られてばかりじゃ!この世は悪ばかり蔓延っておる!」
何を言っても信じてもらえないようだ。僕が困り果てていると刃が
「‥あの小部屋の者達は?見たところ病人のようだが‥‥?」
と聞いた。するとサイがまた老婆に耳打ちする。老婆は刃の問いには答えない。黙ったままだ。刃は老婆を見据えると、くるりと反転して元きた道を歩き出す。
「貴様!どこへ行く!」
「まだ話しは終わっておらんぞ!」
周りの兵士達が一斉に騒ぎ出す。刃は振り向くと老婆に向かって
「ワシは医者だ!もしあの者達が病人であれば、診察する義務がある!」
と叫んだ。老婆が
「余計な事をするでない!よそ者が!」
と叫んだ瞬間、一斉に周りの兵士が剣を抜いた。その瞬間、ミルコが全員の縄を解く。ミルコは隠し持っていたナイフで、とっくに自分の縄を解いていたのだ。僕とシーマも剣を抜いて刃の前に立つ。ヒルダとマリリアも杖とタクトを構え、ミルコは爆薬を取り出した。
「刃、行け!」
ヒルダが叫ぶ。刃は小走りに先ほどの小部屋に向かった。僕らも後ろへ下がりながら刃の跡を追う。僕らと一定の距離を取りながら兵士達も追いかけてくる。刃が最初の小部屋にたどり着いた。後からきたヒルダが扉の鍵を壊す。刃が中に飛び込んだ。僕らも下がりながら部屋の前に来た。お見合いするように兵士達も部屋の前まで来た。すると兵士達をかき分けるように後ろからサイが現れた。そして前に出ると剣を抜いて斬りかかってきた。僕は受け太刀すると
「やめろ!僕達はあなた達を傷つけるつもりはない!剣を納めてくれ!」
とサイに叫んだ。横ではシーマがサイの後ろの兵士達を剣で威嚇している。
「刃!早く!」
ミルコが刃に叫ぶ。刃は包帯でグルグル巻きの人を診察しているようだ。僕が力でサイを押し返すと、同時に小部屋から刃が出てきた。
「この者達は『腐壊病』にかかっておるな‥」
刃が言うと兵士達がざわつき始める。
「まず綺麗な水を用意してくれ。あと綺麗な布と酒だ。消毒に使う。お湯も沸かしておいてほしい」
刃が兵士達に言う。兵士達は戸惑っているようだ。するとサイが
「‥治るのか?」
と刃に聞いた。
「‥見たところかなりの人数がいる。どうなるかはわからんが、やれるだけの事はやる。それが医者の仕事だ‥」
刃はサイを見ながら言う。するとまたもや兵士をかき分けるように、今度はシャーマンの老婆が現れた。老婆は刃への返答を迷っているサイに
「‥手伝ってやれ」
と言った。すると周りの兵士達が一斉に動き出した。サイが兵士達に指示を出し、用意する物を分担している。僕らも剣をしまい、刃の手伝いをする事にした。ヒルダは魔法で灯りを起こし、部屋を出来るだけ明るく灯す。僕とシーマは水や布を運ぶのを手伝った。刃は自分の手荷物から、革で出来た小さな鞄を出した。開けると中には金属で出来た小さな刃物のようなものが綺麗に並べられている。刃は小さな刃物を、酒と沸かしたお湯で消毒しながら
「腐壊病は体の一部が腐っていく病気だ。患部を切除して後は法力による治療をしてみる」
と言った。患者の包帯を取ると、体のあちこちが腐って溶けているように見える。刃は患部に酒をかけると、刃物で切除していく。激痛からか患者が呻き声を上げた。
「押さえて!早く!」
僕とサイとシーマで患者の手足を押さえた。ミルコとマリリアは鼻と口を白い布で覆い、刃の手伝いをしている。そうやって一つ一つ患部を切除していき、ようやく一人の治療が終わった。僕らはヘトヘトだったが、刃は続けて法力での治療をしている。すごい体力だ。
「‥よし。後は様子を見よう。じゃあ、次だ」
刃は立ち上がり次の小部屋へと向かった。患者は二十人ほどいるという。これをあと二十回繰り返すのか?医者というのは本当に凄いんだな‥。刃が頑張っているのに、僕らが音をあげる訳にはいかない。僕らも刃の後を追う。そして刃は丸一日休む事なく二十人の治療を続けたのだ。僕らは交代で休ませてもらったのだが、刃は寝る事もなく治療を続けた。
「普段から慣れておるしな‥」
刃は平然と言ってのける。本当に凄い男だ。そしてようやく治療を終えると、大の字でイビキをかいて寝てしまった。僕らも疲れ果てて座り込んでいると、サイがやってきた。
「‥キミ達には本当にすまない事をした。我らの仲間の命を救ってくれてありがとう」
と言ってサイは頭を下げる。僕は
「刃が起きたら直接言ってあげてくれ。僕らは手伝っただけだから‥」
と笑顔で言う。ある意味これでよかったのだろう。刃がここへ来なければ、あの二十人はいずれ死んでいた。二十人もの命が救えてよかった。するとサイがナユタ族一同で歓迎の宴を開いてくれると言う。僕らは刃が起きるまで待って、宴に参加する事にした。沢山のご馳走が並び、酒も用意してくれた。ナユタの歓迎の踊りを見たり、飲んだり食ったり楽しい宴だった。刃がサイに腐壊病に効く薬草を教えていた。二十人は一命は取り留めたが、薬草による治療をしばらくは続けなくてはならないからだ。腐壊病の予防法も兵士達に教えていた。戦いなどの後に傷口の消毒を徹底すれば、それだけでだいぶ違うらしい。僕らも気をつけよう‥。
次の日、僕らはナユタの人達にお別れを言い、集落を出発した。サイが近くまで見送ってくれた。僕らはサイにお別れを言い、九の関を目指す。もうそれほど遠くはないはずだ。そして森の中を歩いていくと、森から抜けて開けた場所にでた。その先に大きな門が立っている。あれが九の関の入口かな?
関所は敵を食い止める要所にもなる為、かなり大きくて頑丈そうな門だ。門をくぐり中へ入ると、大きな広場になっていて、すぐそばには大きな屋敷が立っている。これが九の関か‥。広場には武装した兵士達が大勢いる。ここに駐屯している宝来の兵士だろう。すると
「ミルコ!」
と声がする。声のした方を見ると、坊主頭の男性が立っている。
「ルドガー!遅かったじゃん」
ミルコが叫ぶ。この男が‥。ミルコの育ての親でもあり、師匠でもある。闘技大会で八咫烏、つまり神楽に一瞬で倒された‥‥ルドガー・アレクセイ。情報屋ギルド、シーキャットのギルド長でもある。
「使い鳥を飛ばして、ライネルの居場所を調べてもらったんだ」
とミルコが僕らに説明する。するとルドガーが僕の前に来て
「‥あんたがアストリアさんかい?」
と聞いてくる。僕が
「‥‥あ、あぁ‥そうだけど‥」
と言うと、ルドガーは深々と頭を下げて
「‥ミルコの事、いつも助けて頂いてありがとうございます。こんな奴ですが、どうかよろしくお願いします」
と言いさらに他のみんなにも頭を下げた。
「‥ルドガー‥」
ミルコは少し照れくさそうだ。いやいや、立派な親御さんだよ。僕は
「とんでもない。こちらこそ、いつも助けてもらってます」
と笑った。そんな僕らをミルコが見兼ねて
「‥で、ライネルの居場所はわかった?」
と聞く。ルドガーは
「それがな‥。消息がつかめねぇんだよ‥。西の大陸にいる仲間に色々調べてもらったんだがな。一年ぐらい前からの消息がわからねぇ‥」
と言った。一年前‥。影丸が殺された翌年だ。
「ところで、これから輝京へいくんだろ?俺もついて行っていいか?」
とルドガーが言う。
「なんで?輝京になんか用事?」
とミルコが聞く。ルドガーが周りを見ながら
「‥いや、実は紅都にいる仲間に、お前らの行動を監視して貰ってたんだよ」
と言うと、ミルコが途端に嫌な顔をする。
「‥いや、悪い悪い‥。なんかあった時の為だよ‥」
ルドガーがミルコに謝る。きっと昔から用心深い性格なのだろう。ミルコとしては信用されてないようで嫌なんだろうな‥。
「その仲間が、お前らの事を他にも見てた奴らがいた、って言うんだよ。その後、使い鳥をどこかへ飛ばして姿を消したって‥。気のせいかもしれんが、早いとこ輝京に行った方がいい。だから護衛も多い方がいいと思ってな‥」
とルドガーがマリリアを見ながら言う。それはまずい。月黄泉にマリリアの居場所がバレた可能性がある。急いで輝京へ向かわねば‥。そんな話しをしていると、ふと広場の端に見た事がある紋章がついた旗を掲げる一団がいた。鎧甲冑に身を包み、沢山の馬と大型の馬車も何台かある。宝来の兵士とは明らかに身なりが違う為、あそこだけ異様な風景だ。
「あれって‥ラズベリアの紋章だよね‥」
僕がシーマに尋ねる。するとシーマがその一団を見て
「‥あれは?」
と呟き、ラズベリアの紋章を掲げている一団に近づいて行った。僕らも慌ててシーマの後を追う。
「‥やっぱり。ジェラルドではないか?」
シーマが馬に乗ろうとしている男性に声を掛ける。ジェラルドと呼ばれた男が振り返る。赤い長い髪で少し無精髭が生えている。切れ長の鋭い目で背の高い男だ。
「‥!‥シーマ?なぜこんな所に‥」
ジェラルドは驚いている。
「それはこちらの台詞だ。ベリオルト陛下直属の近衛師団のお前がなんで宝来へ?」
ジェラルドは馬を部下に預け、こちらへ近づいてきた。
「本来は機密事項なのだが‥。まぁお前ならいいか‥。陛下からの書状を劉禅殿に渡しに行く所だ」
ジェラルドは周りを軽く見渡し、少し小声で教えてくれる。ラズベリア国王のベリオルト陛下から、宝来国王の劉禅への書状‥。つまりこの一団はラズベリアからの外交派遣団だったのだ。宝来の国賓送迎用の特別船に乗り、特別船だけが知ってる特殊な航路で大渦巻を避けて上陸し、最短で輝京に行く。ラズベリアと宝来の国交の重要な手段となっているのだ。
「ドルギアによる突然のカマリアへの侵攻。ドルギアの作戦参謀が謝罪と釈明に来訪するが、その最中に起きたベリアード城の無断侵入事件。ベリオルト陛下もさすがに黙ってられん」
ジェラルドはシーマに絶大な信頼を寄せているようだ。聞いてない事まで話してくれる。
「だから宝来と足並みを合わせようと?」
シーマが聞くとジェラルドは頷く。
「ドルギアに対抗できるのは宝来ぐらいだ。マルセルトやオルタナ、ダルビア連邦諸国とも連携を強めて、ドルギアの包囲網が出来るといいんだが‥」
オルタナの名前が出てマリリアが固まる。そう。今のオルタナは国家として他の国との連携は微妙な所だ。
「陛下に謁見にきたドルギアの作戦参謀も、どうにも胡散臭い。ドルギアはますます軍事力の強化を進めているというし、もはや一刻の猶予もない状況だ」
ジェラルドは言いながら僕らを見渡し
「‥所でこの者たちは?」
と聞いてきた。シーマが僕を見る。僕は微かに首を横に振った。多分シーマは、マリリアの事を話してもいいか?と言いたかったのだろう。だが劉禅に会うまでは、まだ安心は出来ない。なので僕は首を振ったのだ。
「‥闘技大会の後、弟子志望が増えてな。皆、私の弟子だ」
シーマが機転を効かせる。
「‥そうか。年齢層が幅広いな‥。本当に弟子なのか‥?」
ジェラルドはマリリアやミルコ、刃を見ながら言う。マリリアは少し俯いて顔を見せないようにする。だがジェラルドはマリリアに近づき、マリリアの目の前に立った
「‥最近、良からぬ噂を耳にしてな。ベリアード城で賊に殺された男、バルデスとか言ったかな?オルタナ王国のリリア王女を探していたらしいんだ。何故探していたのか、まではわからんがな。オルタナで何かあったのか、失踪中なんて噂も耳にした‥。まぁ、あくまで噂だがな‥」
ジェラルドは俯くマリリアを見ながら言う。マリリアは震えそうになる手を固く握りしめて、震えないようにしていた。
「‥そうなのか?それは知らなかった‥。それならどこかでひっそりと隠れているんじゃないか?」
シーマはマリリアから注意を逸そうと、少し大袈裟な話し方をする。
「‥もし俺がオルタナの王族だったとして、国に何かあって逃亡したとするなら、宝来の劉禅殿に助けを求めるだろうと思うんだ。宝来のような大国が後ろ盾になれば、国へ戻った時に何かと都合がいいだろ?ただ厄介なのは、そう見せかけておいて龍禅殿に近づき暗殺、なんて事もあるかもしれない‥‥あぁ、ところでお前らはこれからどこへ行くんだ?」
ジェラルドはマリリアから目を離さない。ここで嘘を言うのは容易いが、ジェラルド達も輝京で劉禅と謁見する。行き先が同じなので、いずれバレてしまうだろう。
「‥輝京だ」
シーマが絞り出したように言う。その瞬間、ジェラルドが剣を引き抜いて、剣先をシーマに突きつけた。
「‥もしもの話しだ。もしお前がオルタナの王女と一緒にいて宝来の劉禅殿へ謁見しようとしているならば‥。ラズベリアとしては看過出来ない。お前にはラズベリア国民として我々に説明をする義務がある。事の次第では国を巻き込む大事になりかねんからだ」
ジェラルドは声を張る。その声を聞きつけて、周りの宝来の兵士がざわつき始める。まずい。騒ぎが大きくなって、ここを通れなくなったらそれこそお終いだ。だが本当の事を言っても信じてもらえない可能性もある。ようやく、ここまで来たのに‥‥。すると宝来の兵士達がゆっくりと近づいてくる。僕は覚悟を決めて、シーマを下がらせジェラルドの剣の前に立った。
「‥君達も輝京へ行くのだろう?ならば輝京で僕らと劉禅陛下との謁見に、立ち会ってもらうっていうのではダメかな?その時に全てがわかると思うが?」
と僕が言うとジェラルドは剣先を僕の喉元に付ける。チクッとした痛みがあり、剣先が少し刺さっていて、少し血も滲みだした。
「俺が危惧しているのは、貴様らがリリア王女を誘拐して、劉禅殿に謁見すると見せかけて劉禅殿の暗殺を目論んでいるのではないのか?という事だ」
ジェラルドが目を細める。きっとかなりの手練れであろう。剣を持つ手でわかる。
「断じて違う。こんな得体の知れない輩の言う事を信じてくれとは言わない。だが僕らはどうしても輝京へ行かなければならない。僕らはどうなったっていい。この娘だけ‥。この娘だけでも輝京に行かせてあげたいんだ。これでわかってほしい‥‥」
僕はジェラルドを真っ直ぐ見る。するとシーマが僕の喉元のジェラルドの剣を素手で掴んだ。僕の喉から力ずくで離す。たちまちシーマの手が切れて血が滴り落ちた。
「私がラズベリアを裏切り、劉禅陛下を討ち取ると?本当にそう思っているのか?ふざけるな!私は何があっても仲間や国を裏切るような事はしない!第三部隊に誓ってだ!」
シーマが叫び終わると、背後からゆっくりと近づいてきた宝来の兵士達が声をかける。
「ジェラルド様。どうかされましたか?」
ジェラルドはシーマを見て僕を見る。そして最後にマリリアを見た。マリリアはもう俯いていなかった。しっかりとジェラルドを見ていた。ジェラルドはそれを見ると、突然笑い出した。
「いや〜俺の女を寝とった男かと勘違いしてしまって‥。つい熱くなってしまって‥申し訳ない。と言う訳でお騒がせしました」
と宝来の兵士達に謝る。宝来の兵士達はやれやれといった感じで持ち場へと戻っていった。
「‥まだ完全に信じた訳じゃない。輝京に着くまで同行願おうか」
ジェラルドは剣に食い込んだシーマの指を剥がしながら言う。シーマは苦痛に顔を歪めながら
「‥わかった。気の済むようにしろ」
と言った。そして僕らは関所を通る手続きを済ませると、ジェラルド率いる派遣団一行に連れられるように関所を後にしたのだった。
月黄泉はドルギアの首都ハリードにあるトルメキア城の一室にいた。窓辺で外を見ている。辺りは濃い霧が立ち込め、天気も悪い。そこへ一羽のハトが飛んで来て、窓辺に留まった。月黄泉は手を差し出し、撫でるような仕草をする。ハトの足には手紙のようなものが付いていた。するとドアをノックする音が聞こえ、妖華刺が部屋に入ってきた。
「月黄泉様。魔装具探知装置の正常な稼働が実現出来ました。青龍の鍵は宝来にあります。輝京の近くです」
と伝えた。月黄泉は嬉しそうな笑みを浮かべると
「そう?こちらもノエルの部下からの伝令が届いたよ。『リリア王女、発見』だとさ。やはり宝来にいるみたいだね」
と言い、ハトの足に付いていた小さい紙を広げて見せる。続けて
「アレの準備は?」
と妖華刺に聞く。
「万全でございます。いつでも出せるかと‥」
と妖華刺が答えると
「いよいよだね‥。いよいよ僕が主催の『最高の宴』が始まる‥。いやぁ楽しみだね!あははははははは‥」
と月黄泉の笑いが響き渡ったのだった。




