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第十五話 悪人街







ミルコは地面に頭を打った痛みと衝撃で目が覚めた。そうだ。あの後ジャックに見つかり、短剣を抜いて抵抗しようとしたが、男達にボコボコにされたんだ。ここはどこだ?気を失ってる間に、どこか別の場所に連れてこられたようだ。うっすら目を開けて周りを見る。が、すかさず男の一人がミルコの腹に蹴りを入れる。ミルコはたまらず呻き声が出る。見る限りどこかの広い室内だ。その室内の真ん中にミルコは倒れていて、ミルコを取り囲むように男達が立っている。そうだ、ドロシーは?また薄目を開いてドロシーを探す。両目が殴られて腫れ上がっていて、ちゃんと開かない。ミルコが倒れている所から少し離れた所にベッドがあり、ドロシーはそこに座らされていた。隣にはジャックが立っている。

「目ぇ覚めたようだな?ずいぶん、ふざけた真似してくれたよなぁ。手足の指を一本づつ切り落としてから、両腕と両足も切り落としてやるからなぁ。覚悟しとけよ?」

ジャックはミルコに向かってそう言うと、何かの液体をグラスに注いで、薬包紙に包まれた粉薬のようなものを入れて混ぜた。

「その前にお前の妹と楽しませてもらうからなぁ。ほら、飲め!」

その液体をドロシーに差し出す。ドロシーはそっぽを向いて拒絶するが、ジャックはドロシーの顎を掴むと、無理矢理グラスの液体を飲ませた。

「これで天国行きだ!楽しもうぜ?」

ジャックはニヤつきながら服を脱ぐ。ドロシーは意識朦朧としてるのか、座ったまま左右に揺れている。あれが魔壊薬か?ミルコは声にならない呻き声と共に起きあがろうとする。途端に周りの男達がミルコを蹴り始める。

「はいはい。お兄さんは大人しくしててね〜」

ジャックは勝ち誇ったようにミルコに言うと、ミルコに近づき顔面に蹴りを入れた。そしてフラフラと左右に揺れているドロシーの服を脱がそうと手をかけた。が、その時

バァァン!

勢いよく扉が開く音がした。

「‥!‥てめぇ!」

ジャックが呻く。扉の所にはアストリアが立っていたのだ。

「ミルコ、大丈夫か?」

僕はそう言うと、先ほど拾っておいた青龍刀を二本、両手で持って構える。僕は椿を出た後、花蘭が教えてくれた山茶花と言う宿屋に向かった。遅かれ早かれここへ連れてこられてしまうのではないか?という予防策だった。明日までにジャック達がここへ現れなければ、役所に向かえばいい。だが来てみたら、ミルコ達はすでに連れ込まれていたのだ。危ない所だった。ジャックは

「てめぇ‥‥クラブはどうした?」

と聞いてくる。

「気絶してるよ。今頃、花蘭さんが紅都の自警団に突き出してる頃かな?」

僕が答えるとジャックの手下達が僕を取り囲む。手には短剣やら、青龍刀やらが握られている。僕は青龍刀の刃を上にして持ち替えると、素早く両手で振り回し、手下の武器を一つずつ叩き落としていく。僕は初めての二刀流だったが、見様見真似の付け焼き刃でも意外といけるようだ。武器を叩き落としながら青龍刀の峰で叩いていく。手下達は呻き声を上げながら、倒れていった。

「こんのクソガキィィィ!」

ジャックがキレ狂いながら斬りかかってくる。僕は両手の青龍刀で捌きながら後ろへ下がる。ジャックは剣の腕は確かなようだ。ジャックの渾身の振り下ろしを、僕は二本の青龍刀を交差させて受ける。そしてジャックの剣を交差させたまま挟み込み、捻って奪いとった。ジャックの剣がガシャンと床に落ちる。するとすかさずジャックが右足で前蹴りを打ってきた。蹴りは僕の腹に食い込み、僕はたまらず後ろの壁にぶち当たる。ジャックは自分の腰から短剣を引き抜くと、構えて走ってくる。僕は左手の青龍刀で短剣を叩き落とし、右手の青龍刀でジャックの左肩を叩きつけた。

「ぐ、ぐぅぅぅ‥」

ジャックは呻き声を上げてその場に蹲った。

「ふぅぅ‥」

僕は溜息をつくと、周りはジャックの手下達がヨロヨロと立ち上がっていた。ここは山茶花の二階の一部屋なのだが、下の階では

「なんの騒ぎだ?」

「どこかのカチ込みか?」

と騒がしくなっている。増援が来ると面倒だな‥。と思った時、ミルコがドロシーの隣に立ち、何かに火をつけるのが見えた。

「‥吹っ飛べ!」

ミルコが火のついた何かを部屋の真ん中に投げる。爆弾だ!ミルコ、やりすぎだって!僕は青龍刀を投げ捨てると、走ってミルコとドロシーを両脇に抱えて、体ごと窓を突き破った。すぐに一階の屋根があり、屋根を転がりながら三人は地面に落ちた。

ズドーーン!

凄まじい爆発音と共に、木の破片やら何かが大量に降ってくる。僕は必死にミルコとドロシーの頭を両脇で抱え込んで守る。瓦礫が落ちきるのを待って

「行こう!」

僕はミルコに言うとドロシーを抱えて走り出す。ミルコも立ち上がり、片足を引きずりながら歩き出した。だが痛みで早くは走れないようだ。

「どこだ?」

「あっちだ!」

「逃すなよ!」

ここは悪人街だ。周辺の奴らはみんなお仲間なんだろう。このままではまずい‥。だからと言って、流石に二人の人間を抱えて逃げるのは不可能だ。ドロシーを抱えて逃げるのも大変なのに‥。するとミルコが

「‥アストリアはドロシーを連れて逃げて!俺は大丈夫だから‥」

と叫ぶ。追手の声がどんどん近くなる。躊躇してられない。

「‥わかった!必ず助けに来るから!」

僕は叫ぶとドロシーを抱き抱えて全速力で走り出す。すまない、ミルコ。でも必ず戻る。少し辛抱してくれ。



ヒルダ達を乗せた馬車は、東門地区から源安爺さんの店がある南門地区へ向かっていた。マリリアは馬車から外を見ていた。夜も遅いのに沢山の提灯の灯りに照らされて、多くの人が歩いている。ミラト村や故郷のオルタナでは考えられない。暗くなれば皆、外を出歩かないからだ。

挿絵(By みてみん)

「紅都は一晩中、灯りが絶えないんだ。『夜亡きの街』(よなきのまち)とも言われている」

マリリアを見て刃が言う。夜亡きの街‥。だから魔壊薬のような物も出回ってしまうのか‥。するとマリリアが突然

「‥!‥馬車を止めて!早く!」

と叫んだ。シーマが

「急にどうした?」

と聞くと

「あそこ!アストリアが走ってる!」

マリリアが叫んで指差す方を見ると、アストリアが誰かを抱えて走っている。その後ろからはガラの悪そうな男達が数人、アストリアを追いかけている。

「馬車は止めずに、あの御仁の横につけてくれ!」

刃が御者に指示をする。馬車でアストリアと並走するつもりだ。馬車は一回、回り込んでアストリア達の後ろから横に並ぶ。シーマが走る馬車の扉を開けて

「アストリア!こっちへ!」

と叫ぶ。アストリアはシーマに気づくと、走りながら抱えている女性を差し出す。刃とシーマが馬車から身を乗り出し、女性の腕や服を掴むと一気に引き上げる。女性をなんとか馬車の中に入れると、アストリアは馬車の後方を掴み馬車本体にしがみつく。それを見届けた御者が馬車の速度を一気に上げて、追いかけてくる男達を引き離したのだった。馬車の中では引き上げた女性を見て刃が

「麗玲?麗玲ではないか?しっかりせい!」

と言った。女性は意識朦朧として泡を吹いている。

「‥魔壊薬を飲んだのか?どうして‥‥?」

刃は女性の目を見て瞳孔の状態を見ている。脈をとり馬車の中で寝かせる。

「‥一度止めた人間が再度服用すれば、さらに強い禁断症状が出る‥。誰かに無理矢理飲まされたのか‥?」

アストリアから事情を聞きたい所だが、アストリアは馬車の速度が早くて馬車の中に入ってこれない。馬車の後方に張り付いたままだ。それにミルコは?ミルコはどうしたのだろう?

「とにかく安静にさせて一晩様子を見よう‥。もうすぐ源安爺さんの店に着く。店で少し横にな‥‥」

喋っていた刃が突然黙る。馬車の前方を見ているようだ。三人も馬車の前方を見る。

「‥!‥あれって源安爺さんの‥店‥‥?」

店が大きな炎に包まれていたのだ。店の外には源安爺さんと李楽婆さんが立ち尽くしている。馬車は二人の近くで止まった。

「源安爺さん!何があった?」

刃が馬車を飛び降りながら二人に叫ぶ。

「刃さん‥アイツらがまた来て『あの生意気な女達を出せ!』って‥‥」

「いないって言ったら、火をつけていったんだ‥‥店が燃えちまった‥‥」

源安爺さんと李楽婆さんは、刃に縋り付くように抱きつくと、力無く座り込んだ。アストリアも馬車から離れてこちらへ来た。近隣の住民が火を消そうと水を撒いているが、火の勢いは止まりそうにない。事情の説明は後回しにして、アストリア達も全員で火を消すのを手伝った。そしてしばらくするとなんとか鎮火する事が出来たのだ。

「とにかく身の安全の確保が大事だ。総合医学診療所に戻ろう‥」

刃が煤で黒くなった顔で言う。僕らとドロシーと刃、源安爺さん達二人を加えた八人は、馬車で総合医学診療所へ戻った。


その頃、悪人街は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。ミルコは男達数人に取り押さえられていた。

「こんのクソガキ!舐めた真似しやがって!」

ミルコは地面に押し付けられ、男たちが上から押さえつけている。すると

「なんだぁ?どこのカチコミだ?」

と、太い声が聞こえた。ミルコは取り押さえられながら、目線だけ声のした方を見る。恰幅のいい大柄な髭を生やした男が立っていた。綺麗で派手な服を着ている。

「親分!」

周辺の男達が口々に叫ぶ。親分?と言う事は、こいつが‥?

「このガキが犯人か?テメェ、一体どこのモンだ?このトランブルに喧嘩売ろうってのか?」

そう、この大柄な男が今の悪人街を仕切っている、トランブル・キングだ。トランブルはしゃがんでミルコに凄む。

「こいつとその仲間に、二代目がやられました。今、手当を受けてますが‥」

と部下の一人がトランブルに伝える。

「はぁ?ジャックがやられたのに、あんたら何してんだい?やった奴ら全員の首を持ってきな!」

今度は女性の声がする。その女性はトランブルの隣にいるようだ。ミルコは抑えられているから、自由に首が動かせない。ミルコの所からは姿は見えなかった。

「着ていた服から見ると、どうやら異国の奴らみたいです。源安のジジイの所に行った奴らも‥‥!うあぁぁ!」

話していた男が血飛沫をあげて倒れた。

「‥テメェ‥可愛い息子がやられたんだぞ?テメェらもやられてきたくせに、何を悠長に説明してんだ?わかってんだったら、とっととぶっ殺せって言ってんだろ!あぁ?」

トランブルが苛立ち、話していた部下の男を斬り捨てたようだ。

「お前らも早く戦争の準備しろ!クイン、お前もだ。ジャックをやった奴らを叩き潰すぞ」

トランブルが他の部下達に指示を出す。女性はクインと言う名のようだ。

「至急、人を集めな!総動員だ!あと武器もありったけだ!」

クインも部下達に指示を出している。立場的に上の人間なのか?

「奴らはこのガキを取り返しにくる。誘き寄せて囲んでまとめて殺っちまえ。このガキは俺の屋敷に連れてこい」

トランブルはミルコを押さえつけている男達にそう言うと、クインと共にその場から立ち去った。



総合医学診療所に着く頃には日付が変わった深夜だった。だが診療所にはまだ多くの人がいた。僕はこれまでの事情をみんなに説明した。みんなからも、これまでの経緯を聞いた。

「‥そうか。この娘の本当の名はドロシーと言うのか‥」

刃が診療所のベッドで眠るドロシーを見て呟く。

「‥一年ぐらい前に、診療所の外をフラフラと歩いていたんだ。ガリガリに痩せて体中傷だらけで、酷い魔壊中毒だった。日常的に暴力を受けていたんだろう‥。うわ言のように繰り返し『ごめんなさい』と呟いて怯えていたよ‥」

刃は立ち上がってドロシーの掛け布団を掛け直す。

「どこから来たのかも聞いても答えなかった。ようやく最近になって禁断症状を克服してきた所だったんだが‥」

太政も病室に来てドロシーの様子を診ている。僕は

「ここは安全なんですよね?」

 と聞く。刃は

「あぁ。奴らもここには手を出さない。自警団もここには常駐してるしな」

と言った。それを聞くと僕らは立ち上がる。

「じゃあ、ドロシーの事をお願いします」

僕とヒルダとシーマとマリリアは部屋から出ていこうとする。すると刃が

「お願いしますって‥‥どこに行くんだ?‥‥まさか捕まったこの娘の兄を助けに行くのか?」

と聞いてくる。

「えぇ」

僕は笑顔で答える。源安爺さんと李楽婆さんも、心配そうにこちらを見る。

「大丈夫!私は火をつけた人達を絶対に許さない」

マリリアが二人に言う。ヒルダは言葉に出来ないぐらい怒り狂っている。

「早く行くぞ‥」

シーマも怒りが隠せないようだ。イライラしている。

「いくらなんでもたった四人で悪人街に乗り込むのは危険だ!自殺行為だぞ!」

太政が叫ぶと突然

「ガハハハハハ」

刃が笑い出した。

「お前達は本当に面白いな。最初に源安爺さんを助けてくれた時から只者ではない、とは思っていたが‥」

刃は立ち上がると太政に

「‥ドロシーを頼む。ワシももう我慢出来んからな‥」

と言うと、止める太政を尻目に

「ワシも行くぞ!久しぶりに大暴れだ!」

とニンマリ笑った。その顔を見て僕はヴリトラと気が合いそうな人だな、と感じた。僕らは馬車の御者を巻き込んでしまうのを危惧して、歩いて西門地区の悪人街を目指す事にした。



しばらく歩いて、僕達五人は悪人街の入り口に着いた。大勢で待ち構えているはずなんだろうが、深夜の悪人街はとても静かだ。嵐の前の静けさかな‥。街の中へ進むと案の定、建物の影から武装したガラの悪い男達が出てきた。物凄い数だ。前方に数十人、後方にも数十人いる。

「刃のその盾は、ひょっとして魔装具か?」

ヒルダが盾を見ながら刃に尋ねる。

「‥あぁ。魔装具、玄武の盾だ。特徴は‥‥まぁ暇な時に説明するわい。ところで、ドロシーの兄貴はどこに捕まってるのか見当はついてるのか?」

刃が僕に聞く。

「いや」

僕は即答する。

「全員倒せばいい」

シーマが言う。

「なんなら建物ごと消し去ってやる」

ヒルダが真顔で言う。

「刃さん、やりすぎたら止めてくださいね」

マリリアは笑顔で言う。

「ガハハハハハハ」

刃は笑うと

「いやいや。本当に面白い奴らだな。‥‥ならば参るぞ!」

大きな玄武の盾を前方に構えて前に突進した。一斉に短剣や弓矢が刃を目がけて飛んでくる。だが玄武の盾は物ともしない。飛んできた物を全て弾き飛ばすと、そのまま男達の集団に突っ込み、何人かを吹っ飛ばす。

「でえぇぇぇぇい!」

刃は背中から、長い柄の大きな青龍刀を抜くと振り回した。男達の持つ武器が幾つか弾け飛ぶ。

「くれぐれも殺すなよ!後味が悪いからな!」

刃が叫ぶ。

「言われなくとも!」

シーマが叫んで斬馬刀の形のムーンソードを、両手で振り上げ飛び上がる。

「フォルテッシモ!」

前方の男達の集団のど真ん中に振り下ろした。

ズドン!

斬馬刀は地面に突き刺さり、地響きと共に地面を砕く。

「不可抗力なら許せ。一応、警告はしておくがな」

ヒルダがそう言うと、体を炎が包み込む。

「命が惜しい者は立ち去れ!一度しか言わぬぞ!」

炎がみるみる大きくなる。

「クリメイション!」

ヒルダが叫ぶと両側の建物が炎に包まれ大炎上する。街は一気に炎に包まれた。

「火加減に注意してね!一般の人の家に燃え移らないように!」

マリリアがヒルダに叫ぶ。

「わかっておる!」

ヒルダは叫ぶと続けて

「メルデゼリア!」

燃え上がる建物に魔法をぶつける。建物は崩れて燃えながら倒れた。あちこちで火の手が上がり、燃えた建物を魔法で壊していく。

「フォルテッシモ!」

シーマも燃えている建物に斬馬刀を叩きつける。火のついた柱や屋根が男達に降りかかる。男達は悲鳴を上げて逃げ惑っている。大混乱の男達を、刃が盾で吹き飛ばしたり剣の柄で叩きのめしている。

「‥いつになく大暴れだね」

マリリアが僕に言う。僕とマリリアは背後から襲ってきた連中の相手をしていた。前方は火の海で二人の女性と中年男性が建物を壊しまくっている。まるで地獄絵図だ。それに比べ、こちらは比較的平和に見える。

「ライプラッシュ!」

マリリアが叫ぶと一瞬、とても眩しくて強い光が辺りを包んだ。目が眩んだ男達を僕が剣の柄で叩きのめしていく。順調に数を減らしていった時だった。一際、強い殺気を感じた。

「危ない!」

僕はマリリアを突き飛ばす。するとマリリアの立っていた所に短剣が二本突き刺さる。投げたのは白い髪の男だ。

「スペードさん‥」

「スペードさんだ‥」

男達が白い髪の男を見てざわつく。するとシーマが僕の隣に来て

「ここは任せろ。ミルコを探してくれ。‥あとヒルダも連れていけ。あの勢いだと、悪人街全部を燃やしかねん‥」

と言う。僕が

「‥あのスペードって奴‥気をつけて‥」

と言うとシーマは頷く。僕とマリリアはヒルダの所へ行く。

「ヒルダ!ミルコを探しに‥‥」

僕がそう言いかけた時だった。鋭い稲妻が僕を目掛けて飛んできた。

「ディザイアード!」

マリリアが魔法の壁で防いでくれる。危なかった‥。見ると少し離れた所から、派手な服と派手な化粧をした女性がこちらへ歩いてくる。

「‥クインだ。トランブルの嫁で魔法使いだ。手強いぞ‥」

刃が教えてくれる。

「‥ふん。妾が相手する」

ヒルダはそう言うとクインに向かって歩き出す。

「‥多分囚われてるのは、あの大きな建物だ。あそこがトランブルの屋敷だからな」

刃は一際大きな建物を指差す。

「ヒルダ、気をつけてね!」

僕はヒルダに声をかけるとマリリアと刃と走り出す。本当はやり過ぎないでね、と言いたかったが相手も手強そうだ。


シーマはスペードと対峙していた。シーマはすでにあちこちを斬られてボロボロだった。シーマのムーンソードは斬馬刀の形。対してスペードは青龍刀。斬馬刀が大き過ぎて、素早く斬り込んでくる青龍刀の速さについていけないのだ。ムーンソードは今の月の形に比例する。空には大きな満月が輝いている。相手が青龍刀ならレイピアの方が戦いやすい。刀身を選べないのがムーンソードの弱点でもある。またもやスペードが素早く斬り込んでくる。シーマは防戦一方だ。

「ふん。さっきの威勢はどうした?まさかこの程度か?」

スペードが勝ち誇る。

「‥うるさい。いいからかかってこい」

シーマは言い返す。そして斬馬刀を構え直し渾身の力で振り抜く。スペードは難なくかわし、またもや素早く斬りつける。スペードの青龍刀がシーマの右肩を捉えた。血飛沫が上がり、シーマは苦悶の表情を浮かべる。だが斬馬刀を左手で持つと振り上げてスペードに斬りかかる。

「そんな大振り、当たるわけがない!」

スペードが後ろへ下がってかわすと、斬馬刀は地面に叩きつけられ地面に食い込む。するとスペードが一気に間合いを詰めた。

「終わりだな!」

スペードが叫んで斬りかかる。だがシーマが

「デュエット‥」

と呟くとシーマの右手にもう一本、斬馬刀が現れる。斬馬刀の二刀流。

「‥!‥」

驚くスペードの体を、シーマの右手の斬馬刀の峰が捉え、スペードは真後ろに吹っ飛び壁に叩きつけられ、グシャリと崩れ落ちた。

「‥さて、後奏曲ポストリュードだ‥」

シーマは斬馬刀を両手に二本持ち直すと、残っている男達に向かって走り出した。


ヒルダの近くまでクインが歩いてきた。

「あらやだ。こんな可愛らしいお嬢さんが相手なの?」

クインはヒルダを見て杖を構える。さっきのを見る限り、雷の魔法を使うのか‥?それならば、先手必勝!ヒルダは炎をクインにぶつけようとするが

雷壁らいへき!」

クインが叫ぶとクインの体の周りに雷が集まり、炎をかき消した。すぐさまクインが

雷槍らいそう!」

と叫ぶと雷が一直線にヒルダに飛んでいった。すんでの所でかわして、ヒルダはまだ火がついていない建物に身を隠す。雷であれば建物の壁などを使ってかわす事が出来るし、何より直線的な攻撃しか出来ないはず。建物に隠れながら距離を詰めて、炎かメルデゼリアを当てるしかない。するとクインが

「そうよねぇ‥。建物に隠れるわよねぇ‥」

と呟く。そして

「‥でも残念!狙雷撃そらいげき!」

と言うと雷を放つ。雷は真っ直ぐ飛んでいき、ヒルダが隠れながら進んでいる建物の横で直角に曲がり、建物の窓からヒルダの体を掠めて壁に当たった。

「‥なんじゃと?雷が曲がった?」

ヒルダが驚く。クインは

「アタシは雷を自在に操れるのさ。もちろん曲げる事も出来る。だから逃がしゃしないよ!」

クインは意地の悪い笑みを浮かべると

狙雷連撃そらいれんげき!」

と叫んで連続で雷を出す。慌てて走るヒルダに雷が連続で襲いかかった。何発かはかわしたが、一発がヒルダを捉えた。文字通り全身に電気が走り、ヒルダはその場に力無く跪く。焼けこげたような煙が全身から上がった。ヒルダの炎では雷は防げないのだ。まずいぞ‥。もう一撃くらえばやられる‥。ヒルダはクインの声がした方へ杖を構える。大体、この辺りだろう‥。マリリア、すまんな。火加減に注意しろと言ってたが、守れそうもない‥。クインはまた更に雷を集めている。

「‥一発、当たったね。次で死ぬかな?」

クインが雷を放とうとした瞬間

「業火爆炎!」

ヒルダが凄まじい炎を放つ。巨大な炎は建物の壁を吹き飛ばし、クインに襲いかかった。クインは慌てて雷で炎をかき消そうとする。炎が雷とぶつかり合っている最中、突然炎が消えた。何が起こったか分からないクインの背後に、ヒルダが杖を構えて立つ。

「炎は囮じゃ。メルデゼリア!」

光の塊がクインの背中に当たり、クインは吹っ飛ばされて建物の柱に叩きつけられ地面に崩れ落ちた。

「‥やれやれ。念の為、杖も折っておくかの‥」

ヒルダは呟くとクインの杖を真っ二つに折ったのだった。



僕とマリリアと刃は、トランブルの部下達を倒しながら、大きな屋敷に辿り着いた。刃は躊躇う事なく門をくぐり、屋敷の中へと入っていく。中は大きな庭が広がっていた。そこには赤い髪の女性と青い髪の男性がいた。

挿絵(By みてみん)

「来たよ、ダイヤ」

赤い髪の女性が青い髪の男性に言う。

「‥町医者の刃か?相当な手練と聞いた。いつか手合わせしたいと思ってたんだよなぁ‥」

ダイヤと呼ばれた青い髪の男が、嬉しそうに言う。

「‥ハートとダイヤだ。アイツらも手強い‥。気をつけろ」

刃が低い声で僕らに言う。するとマリリアが

「アストリア、ここは私と刃さんが‥。アストリアはミルコをお願い‥‥」

と言う。僕がマリリアを見ると、力強く頷いてみせる。刃も頷いている。‥心配ではあるが、マリリアも刃も守りに特化している。ミルコを助けてすぐに戻れば、きっと大丈夫だろう。すると刃が

「きっとトランブルの奴もいる筈だ。アイツも強い‥。くれぐれも気をつけろよ!」

と言う。‥そうか。まだ親玉が残っているか‥。なんとか早めに倒して、早く戻ってきたい所だな。

「‥わかった。二人も気をつけて!」

僕は叫ぶと走り出す。

「ちょっと待ちな!どこいくんだよ!」

ハートが叫びながら杖を振りかざすと、何かが僕をめがけて飛んできた。

「ディザイアード!」

マリリアが僕の目の前に魔法の防御壁を出す。すると見えない何かが、僕の前方にあった小さい植え込みの葉を切り裂きながら、魔法壁に当たって消えたのだ。

「‥真空の刃‥?」

僕は呟く。多分そうだ。メルデゼリアとは違う、空気の刃を飛ばしたんだ。と言う事は‥?

「‥きっとそいつは風の魔法使いだ!見えない攻撃に気をつけて!」

僕は叫んで再び走り出す。刃はすでにダイヤと派手な殺陣を繰り広げていた。

「逃すか!」

再び僕に杖を向けるハートにマリリアが

「エザリア!力を貸して!」

と叫んでタクトを構える。一度も出来なかった‥。エザリアとのオルタナでの練習では、一度も成功しなかった光の攻撃魔法‥『ライトライデン』‥。マリリアは集中して目を閉じて呼吸を整える。大丈夫。きっと出来る。オルタナを再興すれば私は女王となる。何事も出来ないでは通用しない。出来なければ国が滅びる事だってある。泣いていられない。泣き言は言ってられない。いつまでも、みんなに助けてもらってばかりではいられない!『私』がやるんだ!マリリアは目を開いて叫んだ。

「ライトライデン!」

数本の光の帯がハートに襲いかかる。

「‥!‥な?‥こいつ!」

ハートが自分の周りに大きな竜巻のように風を起こして、光を掻き消した。‥ダメだ。光の数が少ない。もっと沢山の光の帯を出して、あの竜巻のようにハートの体を取り巻く風を突き破らなくては‥。だが、アストリアはその隙に屋敷の中に入って行けたようだ。

「切り刻んでやるよ!」

ハートがマリリアに杖を向ける。

「エアトラッシュ!」

ハートが叫ぶが何も起こらない。だが次の瞬間、マリリアの両腕が切れて血飛沫が上がる。これは‥?さっきアストリアが言ってた見えない攻撃‥。

「ほら!どんどん行くよ!」

ハートは杖を構えたまま叫ぶ。マリリアは慌てて、自分の前に魔法壁を出した。すぐにガツンガツンと魔法壁に何かの衝突音が聞こえた。

「いつまで持つかな?エアトラッシュ!」

ハートが叫ぶと続けざまにまた、真空の刃が魔法壁に当たる音がする。だが今度は音が途切れない。ハートは連続で真空の刃を発射してるのだ。

「‥くっ‥‥」

連続で魔法壁に当たる真空の刃に、マリリアは圧倒されていった。切れた両腕から血が滴り落ちて、地面にポタポタと落ちていく。魔法壁が一瞬でも破られたら、マリリアの体は間違いなく切り刻まれてしまうだろう‥。どうすれば‥?その時、

「マリリア!」

背後から声がした。魔法壁で防御しながらチラリと後ろを見ると、遠くからヒルダとシーマがこちらへ走ってきていた。

「‥ちっ!一気に片付けるか‥」

ハートが呟くと、ハートの体の周りで渦巻く竜巻が、さらに激しく大きくなった。周りに落ちている落ち葉や枝などを巻き込み、空へ巻き上げている。

「ウィンドルネ!」

ハートが叫ぶと巨大な竜巻がマリリアに襲いかかる。

「いかん!シーマ、これをマリリアに投げろ!」

ヒルダが叫び、自分の杖をシーマに渡す。シーマは杖を受け取ると、渾身の力で槍を投げるように杖を投げ飛ばした。ヒルダの杖は魔法壁で防御しているマリリアの足元の近くへ滑ってきたのだ。これを使えと言う事か?マリリアは片手で素早く杖を拾う。今度こそ‥。そう思って魔力を高めようと集中した瞬間、マリリアの体が眩い光に包まれる。これは?この力は?

「‥やっぱりじゃ‥」

ヒルダはマリリアに向かって走りながら呟く。

「‥どういう事だ?‥あの魔力は‥?」

シーマもマリリアを見て驚いている。ヒルダは

「前からあのタクトは気になってたんじゃ‥。あのタクトはおそらく魔力を抑える仕掛けがされておる‥。多分、エザリアの奴がマリリアの体を気遣い、魔力を使いすぎないように魔力を抑えるタクトを渡したのだろう‥」

とシーマに説明する。当のマリリアは、誰より一番驚いていた。私にこんな力が?だが目の前には、巨大な竜巻が唸りをあげて迫っていた。マリリアは慌てて杖を構える。防ぐには間に合わない。ならば!

「ライトライデン!」

マリリアは一か八か叫んだ。すると無数の光の帯がマリリアの体から伸びて、巨大な竜巻を包み込むように飲み込んだ。そしてそのまま一つの光の帯となって、ハートに直撃したのだ。ハートがゆっくり倒れたのと同時に、ヒルダとシーマがマリリアの下へ到着したのだった。

「大丈夫か?」

シーマがマリリアに聞く。マリリアは頷いた。ヒルダがすぐに倒れたハートの様子を見に行く。光がハートを直撃した衝撃で、ハートの杖は粉々になっていた。ハートも重傷だが、息はある。刃の戦いが終わったら、刃にすぐに手当してもらおう。ヒルダは戦っている刃の方を見た。


アストリアが走り出すと、刃はダイヤと距離をつめる。こちらを手早く片付けて、マリリアの手助けをしなくては‥。マリリアはドロシーと年は一つしか変わらない。まだ少女だ。戦いに身を置くには早い。何よりその手を血で染めさせる訳にはいかない。刃は確固たる決意でダイヤに斬りかかる。大型の青龍刀だ。持ち手の柄の部分が槍のように長い。刃はその長い青龍刀を槍のように振り回して連続で斬りかかる。ダイヤはかわしながら、隙をついて通常の大きさの青龍刀で斬りつける。刃は左手で盾を持ち攻撃を防ぐ。右手の長い青龍刀は小回りは効かないが、攻撃範囲が広い。一方、ダイヤの普通の青龍刀は攻撃範囲は狭いが素早く斬り込める。攻撃そのものは、速さで勝るダイヤが圧倒している。だが、ことごとく玄武の盾に防がれているのだ。硬い。とてつもなく硬い守り。これが刃の特化した戦いだった。そして硬い守りに阻まれ続ければ、人は焦りが生まれる。自ずと隙が生まれるのだ。ダイヤは刃の守りを崩す為に変則的な動きをする。だが、ここで動じてはいけないのだ。山の如く、動かずしっかり守る。ダイヤの変則的な攻撃を全て防ぎきる。と、ダイヤの不用意な突きがくる。その僅かな隙を逃さず、刃はダイヤの青龍刀を叩き落とし、丸腰のダイヤを盾で殴りつけた。たまらず下がるダイヤに、青龍刀の長い柄の部分で真上から叩きつける。柄の先がダイヤの脳天に直撃すると、ダイヤは崩れ落ちた。一息ついて刃はマリリアの方を見る。するといつの間にかヒルダとシーマがマリリアに合流していて、ヒルダが刃にこちらへ来い、と手招きしていたのだった。



僕は屋敷の中にいた。ハートの追撃はマリリアが邪魔して防いでくれたようだ。マリリアなら、きっと大丈夫だ。僕は何個目かの扉を突き破る。そこは大きな広い部屋になっていた。壁や床は板で出来た部屋だ。その奥に大柄の恰幅のいい男が一人で立っていた。足元には誰かが倒れている。

挿絵(By みてみん)

「‥ミルコ?大丈夫か?」

倒れているのは両手両足を縛られ、口に猿轡をされたミルコだった。僕が声をかけると、ミルコはモゾモゾと動く。よかった‥。生きてはいるようだ。

「テメェか?ジャックをやった奴は?」

大柄の男が僕に聞いてくる。おそらくこいつがトランブル‥。

「そうだ‥。ミルコを返してもらう」

僕は言いながら近づく。トランブルは大きな刀を抜いた。刀身が大きく湾曲しており、サーベルのようだ。

「やってみろ。取り返したいなら、力尽くで来い」

トランブルはどっしりと構える。隙がない。さすが悪人街のような犯罪者の街を仕切るだけのことはある。と、トランブルが体つきに似合わない速さで斬り込んできた。僕は慌てて避ける。トランブルは斬り込みながら、素早く蹴りも入れてくる。たまらず下がる僕に、トランブルの強烈な一振り。

キィィン!

僕の剣が弾け飛んで地面にガシャンと落ちた。しまった!剣は僕の右側の少し離れた所に落ちた。慌てて剣を取りに行く僕に、トランブルが体当たりをして突き飛ばす。そして足で僕の剣を蹴り飛ばした。僕の剣は僕から遠く離れた所へすっ飛んでいく。僕は地面に転がると、剣の位置を把握する。が、丸腰の僕にトランブルの追撃がくる。必死で避けながらなんとか剣の方へ行こうとするが、トランブルが当然行かせない。このままではマズイ‥。チラリと飛ばされた剣の方を見ると、両手両足を縛られたままのミルコが、体をくねらせながら床を必死に這いずっていた。なんとか剣の方へ行くつもりのようだが、まだ時間がかかる‥。なおもトランブルの連続攻撃。剣をなんとかかわすが、蹴りが僕の鳩尾に入った。

「‥ぐっっ‥」

動きが鈍くなった僕に、トランブルの強烈な振り下ろし。

ガキン!

トランブルの剣が僕の右肩に直撃して、僕は両膝で跪く。肩の鎧が守ってくれて斬れはしなかったが、右肩の骨にヒビが入ったようだ。凄まじい激痛が走る。するとトランブルの剣は僕の鎧に刃が食い込み、抜けなくなったようだ。僕は慌てて左手でトランブルの剣を押さえつける。トランブルは剣を抜こうと力を込めるが、僕が左手で押さえつけてるせいか、中々抜けない。するとトランブルは剣から手を離し、僕の胸を蹴り飛ばした。僕が仰向けに倒れると、トランブルは馬乗りになり力任せに両手で殴りつけてきた。僕は左手で防ごうとするが、とてもじゃないが防ぎきれない。僕より大柄な男が馬乗りになっている為、逃げるのも難しい。ドスン、ドスンと鈍い音が響き僕の顔面は血まみれになっていく。まずい‥。意識が遠のく。その時だった。ミルコがようやく剣が飛ばされた場所に体をくねらせ辿り着いた。狙いすまして両足で僕の剣を蹴り飛ばす。僕の剣は床を凄い勢いでクルクル回転しながら、僕の方へすっ飛んできた。そして僕に馬乗りになってるトランブルの右膝に突き刺さったのだ。

「ぐあぁぁ!」

思いもよらぬ激痛にトランブルが呻く。僕は左手で剣を掴むと、さらに力を込めてトランブルの右膝に突き刺す。堪らず僕の剣を押さえつけようと、トランブルの体の重心が右側に偏ったのを逃さず、力を込めてなんとかトランブルを少し浮かせて、素早く立ち上がりながら刺さった剣を抜いた。今度はトランブルが丸腰だ。僕は痺れて感覚がない右手でなんとか剣を握ると、左手で右肩の鎧に食い込んでるトランブルの剣を力ずくで外した。そしてその剣をトランブルの足元へ投げつける。トランブルがどういう人間かは知らないが、これまでの戦いは卑怯な手は使っていない。真っ向から勝負しにきている。それなら僕も真っ向勝負だ。さぁ、来い!トランブルはニヤリと笑うと足元の剣を拾おうとする。が、右手で拾った瞬間、そのまま僕に剣を投げつけて突進してきた。僕は冷静に飛んできた剣を叩き落とすと、突進してきたトランブルの額を剣の柄で殴りつける。だがトランブルは怯む事なく突進してきて、僕を両手で掴んで投げ飛ばした。僕は地面に叩きつけられたが、勢いのまま体を一回転させて起き上がる。するとトランブルがさっき叩き落とした剣を拾い斬りつけてきた。僕はかわすとトランブルの右足を斬りつける。さっき剣が刺さっていた辺りだ。トランブルが呻き声を上げて右膝で跪く。僕は真上に剣を振り上げると、渾身の力でトランブルの額を剣の柄で殴りつけた。

バキン!

物凄い音がして、トランブルは崩れるように無言で倒れた。それを見届けて、僕もその場に倒れ込んだのだった。



僕が気がつくと、総合医学診療所のベッドの上だった。窓から陽の光が差し込んでいる。もう昼ぐらいだろうか。どれぐらい寝てたのかな?僕の顔面は腫れ上がり、口の中が切れていて痛い。隣を見ると、ミルコが寝ていた。ミルコも顔が腫れ上がっている。きっと酷い暴力を受けたのだろう。手や足にも包帯が巻かれていた。その脇にはドロシーが座っている。体はもう大丈夫なのかな?兄の世話をしていたのだろうか?なんだかんだ言っても兄弟なんだな‥。僕がゆっくり起き上がると、ヒルダとシーマとマリリアと刃が、ちょうど部屋に入ってきた。

挿絵(By みてみん)

「おっ、目覚めたか?丸一日、寝とったぞ」

ヒルダが僕に気づく。

「今、役所に行ってきてのう。全員分の通行手形を貰ってきた所じゃ」

ヒルダが木の札のような物を見せてくれる。

「‥あぁ‥ありがとう‥。あれからどうなったの?」

僕はクラクラする頭を押さえながら聞く。

「あの後、自警団が乗り込んできて、トランブル達は取り押さえられたよ。太政さんが知り合いの自警団に頼んで動いてもらったらしい。まぁ、トランブルと一部の幹部しか捕らえられなかったらしいが‥」

とシーマが説明してくれる。そうだったのか‥。悪人街に乗り込んだのが深夜の朝方で、次の日は僕は丸一日寝てしまい、今日はその次の日だそうだ。ヒルダ達も昨日は一日寝ていたそうだ。つまり僕らが紅都に着き、日が変わって悪人街に乗り込んでから二日目の昼だったのだ。

「幹部を数人、捕まえた所で悪人街は何も変わらん。違う連中がやってきて、そいつらが仕切り出すだけだ‥」

刃が諦めたような言い方をする。するとドロシーが立ち上がり

「‥あの‥ありがとうございました。兄をよろしくお願いします」

と言って部屋から出て行こうとする。すると刃が

「中毒症状は治ったが、もう少し様子を見た方が良い」

と引き留める。だがドロシーは黙ったまま一礼した。聞く気がないみたいだ。すると

「‥ド‥‥ドロシー‥」

ミルコが起きあがろうとする。いつの間にか目覚めていたのか‥。マリリアが慌てて手を貸し、起き上がるのを手伝う。

「‥どこへ‥」

ミルコが掠れた声でドロシーに聞く。ドロシーは

「‥椿に戻る。もう会う事もないだろうから、元気にやってね」

と俯きながらミルコに言う。

「‥あのさ、ラズベリアに来ないか?兄ちゃんと一緒に暮らそう。今すぐは無理だけど、この旅が終わったら迎えにくるから‥」

ミルコがドロシーを見つめながら言う。

「‥‥無理だよ‥‥今更‥」

ドロシーは俯いたまま言う。

「‥な‥なんで‥?‥ここよりラズベリアで静かに暮らした方が‥」

ミルコが納得いかずに喋り出したのをドロシーが遮る。

「あんたにはわからないよ!私が何されたか!どれだけ酷い事をされたか!どんな気持ちでいたか!どんな思いで今まで生きてきたか!生きたまま死んでたの!生きたまま心は死んでたの!」

ドロシーの剣幕にミルコが黙る。

「‥‥わからないでしょ‥‥?‥‥この世から早く消えてなくなりたい人間の心境なんか‥‥早く死にたい人間の気持ちなんかさ」

ドロシーの目から涙が溢れる。長い沈黙の後、シーマが静かに語り出す。

「‥比較したりするつもりはないが、ここにいる連中はそれなりに辛い思いをしてきている。だが、自分の境遇を恨んだりはしていない。不運な境遇の人間もいれば、恵まれた境遇の人間もいる。人間は平等じゃない。元々、不平等なものだ‥」

シーマは一息つき、続けて

「どんな酷い事をされたかはわからないが、大事なのは過去じゃない。現在だ。現在をどう考えて未来につなげるか。ようは考え方だ。幸せとは目に見えるものじゃない。感じるものだ。金があろうが長生きしようが、本人が不幸だと思えば不幸になる。どんなに酷い事があっても、今が幸せだと思えればそれは幸せなんだ。つまり考え方一つで幸せにも不幸にもなる」

と言った。シーマもヒルダもマリリアも多くの人を失ってここにいる。でもそんな『過去』を振り払うかのように『今』を生きて『未来』を見ている。と、マリリアがドロシーに近寄る。

「‥生きていたくないって思うぐらい酷い事をされたんだよね?辛かったよね?でも、もう大丈夫。大丈夫だよ‥これからはきっと幸せになれる」

と言ってそっとドロシーを抱きしめる。

「‥あたし‥‥あたしは‥‥」

ドロシーはマリリアに抱かれて泣き崩れている。

「‥生きなきゃ‥‥生きていいんだよ‥‥お兄ちゃんと一緒に生きてみようよ‥‥。お兄ちゃんにとっては、あなたがいてくれるだけでいいの‥。誰にも変わりは出来ないんだよ‥‥」

マリリアは優しくドロシーに言った。


その後、ミルコとドロシーは改めて話し合い、ドロシーはしばらくは源安爺さん達と一緒に暮らす事になったのだ。源安爺さんは焼けた店を閉めて、店があった場所に小さな家を建てるのだと言う。そこに住まわせてもらうそうだ。

椿での仕事は辞めて、総合医療診療所でお手伝いをするそうだ。太政さんが面倒を見てくれると言う。椿の花蘭さんとも話しがついた。そしてこの旅が終わったらミルコが様子を見に行き、ラズベリアに行くかこのまま宝来で暮らすか話し合うという事になった。なんとか落ち着いてよかった。手形も無事に手に入れた事だし、僕らは早々に輝京を目指す事にした。すると刃が輝京までついてきてくれるという。なんでも国王の龍禅の側近と知り合いらしい。僕らが国王と謁見したい事を知って、その側近を紹介してくれるそうだ。やはり平民がおいそれと謁見できるものではないらしい。僕らは太政さんと源安爺さんと李楽婆さんにドロシーをお願いすると、明日輝京へと出発する事にした。



 


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