第十四話 兄と妹
馬車はひたすら紅都を目指している。こちらはアストリア達『紅都を目指す組』だ。竜鱗寺を目指すラファエルと神楽と江洛で別れて、すでに丸二日が経っていた。広大な茶色い大地を土煙を舞い上げながら、二台の馬車は競い合うように並んで駆け抜けていく。一昨日は大きな木の木陰、そして昨晩は小さな川を見つけ、そこで馬車を止めて休んだ。そしてまた朝から紅都を目指して馬車を走らせているのだ。今日の夕方にはなんとか紅都に到着するのでは?という御者の見立てだ。僕は馬車の窓から外を見ている。すると
「考え事か?」
とヒルダが聞いてくる。
「‥うん。魔香の話しを思い出しててね。闘技大会の時、アルバトスは確かにアレフにトドメを刺そうとしてたけど、見た感じ洗脳や操られているようには見えなかったから‥」
と僕が言うと、ヒルダは
「洗脳や催眠状態の人間は、側からは普通に見えるものじゃ。本人も気づかない内に考え方や心を支配される。悪魔とはそういうモノじゃ‥」
と言った。なるほど。気づかない内に寄生されてるようなものか‥。よく考えると、とても恐ろしい事だ。そんな事を考えていると、遠くに大きな街並みが見えてきた。すると御者が
「見えてきました!あれが紅都ですよ!」
と叫ぶ。大きな建物が遠くに幾つも見える。あれが紅都か‥‥。ラズベリアの首都、ベリアードに匹敵するぐらいの大きさかもしれない‥。かなり大きそうな街だ。そして日が傾き始めた頃、僕らはようやく紅都に到着したのだった。入り口の大きな門で僕らを下ろすと、御者は江洛へ戻っていった。僕らは歩いて紅都の中へ入る。やはり想像通り、かなり大きな街が広がっていた。一面、赤い大小の建物が沢山立ち並んでいる。どの建物も赤一色だ。だから紅い都で紅都なのか‥。建物の形がラズベリアとかとは違う。江洛もそうだが、木造の独特の形の建物だ。当然、人もベリアード並に多い。闘技大会もないのに、かなりの人が道を行き交っている。凄いな‥。さすがドルギアに並ぶ大国だ。驚くのはここが首都ではない、という事だ。首都はこの先の目的地、輝京だ。これと同じぐらいの規模の大きな街がもう一つあるのか?ラズベリアにベリアードが二つあるようなもんだ。僕らはもの珍しさで辺りを見渡しながら街を歩く。江洛に着いた当初も同じだったが、江洛とは規模が違いすぎる為、街の端まで行くのにもかなり時間がかかるだろう。
「‥えぇ〜と‥目的を忘れちゃうね‥」
僕は赤い建物を見上げながら皆に言う。するとマリリアが
「‥輝京への通行手形って、どこで貰えるのかな‥」
と周りを見渡しながら言う。シーマが
「おそらく役所だろう‥。その辺の人に聞いてみるか‥?」
と言ってミルコと二人で、道ゆく人々に聞き込みを始めた。ヒルダは
「こんだけ大きな街なら、美味しい店も沢山ありそうじゃ‥。巴の店の味を超えるような美味しい所はないかのぅ」
と言って周りを見ている。なんか一人だけ目的が違う気がする‥。しばらくしてミルコとシーマがこっちへ来た。
「あの大きな建物が役所だって。東門地区っていう所にあるらしい。輝京への通行手形はあそこで貰えるってさ。ただ今の時間はもう閉まってるみたいだから、明日出直すしかないみたい」
ミルコがはるか遠くに見える、高い建物を指差しながら言う。
「紅都は建物と道が、細かく四角の形で区画整理されてるんだって。んで、今いる所が北門地区。役所や行政関係は東門地区。飲食店なんかは南門地区に多いって」
確かに紅都の街はびっしりと建物が立ち並んでいる所と、道がはっきり別れている。道も直線的な道が多い。それぞれが四角い形で区画が分けられ、それが幾つも合わさっているのか‥。
「とりあえず、腹ごなしではないか?その南門地区とやらへ行ってみよう」
ヒルダはマリリアの右腕とシーマの左腕を掴み、南門地区へと歩き出している。やれやれ、と僕とミルコも歩き出した時だった。ミルコが突然、立ち止まる。
「‥‥あ、あれ?‥‥」
たった今、ミルコとすれ違った綺麗で派手な髪飾りをつけた黒い服を着た女性に向かってミルコが呟く。その女性は後ろ姿で顔は見えない。一瞬、立ち止まったようにも見えたが、もう歩き出している。
「ドロシー?‥ドロシーじゃあ‥?」
ミルコが言いながらその女性の後ろ姿を追う。するとその女性は何も言わず、突然走り出した。人混みをすり抜けるように走っていく。
「‥ちょ、ちょっと待って‥!」
叫んだミルコもその女性を追って走り出す。
「ミルコ?どうしたの?」
僕は慌ててミルコに聞くが聞こえてないようだ。僕はヒルダ達に
「待って!ミルコが!」
と叫ぶとミルコを追って走り出す。そうしないとミルコを見失いそうな気がしたからだ。
「どうしたぁ?」
背中から聞こえるヒルダののんびりした返しに答える事が出来ずに、人混みをかき分けるようにミルコを追う。まだミルコの背中は見えていた。ミルコも追いかけている女性を見失っていないようだ。必死に追いかけているが、なにぶん人が多い。中々、前へ進めない。だが、一体どうしたのだろう?知り合いなのだろうか‥。通りを右へ左へ曲がる。‥まずい。これでは間違いなく迷ってしまう‥。しかもヒルダ達とは完全にはぐれたようだ。なにしろ初めて訪れた街だ。しかも広大な広さ。今、どこをどう走っているのか分からない‥。とにかくミルコを見失わないようにしなければ‥。走り続けてだいぶ息も上がってきた。どこまで走るんだ‥?周りを見ると三、四階立ての建物が沢山連なっている、裏通りのような所へ来た。スラム街のような少し怪しい雰囲気がある不思議な場所だ。そしてその内の一つの建物の前で、ミルコが両手を両膝につけて息を整えていた。さすがにバテたようで、呼吸をするのに必死で喋れないようだ。かなりの距離を走ってきたのだ。無理もない。
「‥‥‥こ、この建物に‥‥は、入っていった‥‥」
ミルコは辛うじて喋って伝えようとしてくるが、とりあえずここは落ち着こう。ミルコの呼吸が整うのを待ち、僕は
「急に走りだしてどうしたの?あの女性は?知り合い?」
と聞く。ようやく呼吸が整いだしたミルコは
「‥‥‥妹。親に売り飛ばされて、生き別れになった妹‥‥‥かもしれない‥」
と俯きかげんに言う。そうか。前に聞いた二歳下の妹かもしれないのか‥。確かに後ろ姿は若そうな女性だったが‥。
「‥確証は?あるの?」
僕が聞くとミルコは力無く首を振る。
「‥‥似ていたんだけど‥‥。別れたのが八年前で、妹が六歳の時までしか知らないから‥‥。違う人かも‥」
最後に見たのが妹が六歳の時で、それから八年経ち今は十四歳か‥‥。見た目が大きく変わる時期でもあるからなんとも言えない‥。だが、ミルコに声をかけられて逃げたような感じではあった。しかもかなり遠くまで全力で走っている。その事をミルコに伝えると
「そう!そうなんだよ!だから間違いないって走って追いかけたけど‥‥‥なんで逃げるんだろう‥‥」
最後の方は声に力がない。やっと見つけたかもしれない妹に、声をかけたら逃げ出されてしまったのだ。かなり傷ついただろう‥。何か逃げなきゃいけない理由でもあったのだろうか‥?
「‥とにかく、ちょっと話しを聞いてみようか?」
僕がミルコに提案すると、ミルコは黙って頷く。僕らは女性が入っていった建物に入ってみることにした。
ヒルダ達は途方に暮れていた。何か声がして後ろを振り向くと、アストリアとミルコがいないのだ。そこらを探してみたが見つからない。完全にはぐれてしまったのだ。
「‥どうしよう?こんな大きな街なのに‥」
マリリアが不安そうに辺りを見渡す。するとシーマが
「‥まぁ、はぐれたとしても役所に用がある事は変わらない。明日、役所で待っていれば現れるだろう」
と肩をすくめて言う。確かにそうだが、多少の不安は残る。だが、連絡をとる手段がない以上それしかないか‥。
「‥とりあえず南門地区へいくぞ。アストリア達も妾達が南門地区へ向かってる事は知ってるはずじゃ。向こうで会えるかもしれん‥」
とヒルダが言うと三人は南門地区へ歩きだした。道ゆく街の人達に聞きながら、なんとか南門地区へと着いた。確かに飲食店が多いような気もする。とりあえず、入る店を探しながらアストリア達も探して周辺を歩いてみる事にした。歩き始めてしばらくすると、何やら人だかりが出来ている店があった。怒号や大きな音も聞こえる。自然とその人だかりの方へ足が向く。ヒルダ達が人々の隙間から何の騒ぎか様子を伺うと、店のすぐ前の通りで何やら揉めているようだった。ガラの悪そうな男達が数人、お店の店主だろうか?年老いた夫婦に絡んでいた。
「おいコラ!ジジイ!わかってんのかテメェ!」
「早く払うもん払えや!店、潰すぞコラ!」
一人が椅子を蹴り飛ばす。数人で喚き散らしながら老夫婦に詰め寄る。店主であろうお爺さんが
「‥すいません。‥でもあんな高額な家賃、払えません‥‥」
と言うと、隣にいるお婆さんも
「‥なんとか以前の家賃に戻してもらえませんか?‥じゃないとウチらのような小さい店は‥」
と男達に訴える。すると男の一人がお爺さんの胸ぐらを両手で掴んで持ち上げる。
「あぁ?テメェらトランブルさんに逆らうのか?払えねぇとどうなるかわかってんのか?」
お爺さんは苦しそうに踠いているが、男の怪力で持ち上げられたままだ。お婆さんがたまらず
「お願いです!やめてください!お金はなんとかしますから‥」
と懇願する。すると今度はお婆さんの胸ぐらを掴もうとする。だがその手をヒルダの杖が払い落とす。
「痛ってぇ!なんだコイツ!」
男が叫んで後ろへ下がった。お婆さんの前にヒルダとシーマが立つと、男達は身構えながら
「テメエら、どこのモンだ?」
「ウチらがトランブル一家だと知ってて喧嘩売ってんのか?」
と口々に叫ぶ。
「知らんっ!」
ヒルダの鶴の一声。意外な答えに男達は驚いたのか、一瞬静かになる。
「お前ら悪人街の奴らじゃねぇな?」
「知らねぇぞ?ウチらと戦争する気か?」
「異国の人間でも容赦しねぇからな?」
だがまた騒ぎだした男達に、シーマは一歩前へ出るとムーンソードを抜いて構える。今は満月。大きな斬馬刀のような形だ。馬の首をも切り落とすという、柄が長くとても大きな剣だ。
「‥ごちゃごちゃとうるさい!」
シーマは叫ぶと斬馬刀を頭上で円を描くように振り回し、力任せに地面に叩きつけた。
ズドン!
地響きのような音が響き渡り、土の地面が砕けて飛び散り大きく割れたのだ。その凄まじい勢いに、周りの野次馬が悲鳴を上げて思わず後ずさる。
「‥お主達、丸焼きにしてやろうか?」
ヒルダも炎を体の周りに出した。杖を一振りすると、その炎はさらに大きくなり、周りを取り囲む野次馬の近くまで広がる。もちろん火がつかないギリギリの所だ。野次馬たちは悲鳴を上げて逃げ出す。すると男達も
「ヤベェぞ、コイツら‥」
「逃げろ!」
と逃げ出した。ヒルダはすぐに炎を消し去る。シーマも溜息をついてムーンソードをしまった。マリリアがお爺さんを抱き起こす。
「大丈夫?怪我はない?」
マリリアがお爺さんに聞く。お爺さんは
「‥あぁ、ありがとう。大丈夫だ。本当にすまないねぇ‥」
と申し訳なさそうに言う。お婆さんも
「‥なんとお礼を言ったら‥。本当にありがとう‥」
と頭を下げた。
「私はマリリア。こちらがヒルダで向こうがシーマ。よかったら何があったのか聞かせて?」
とマリリアが優しく微笑む。すると背後から大きな声が聞こえた。
「源安爺さん!大丈夫か?」
黒髪を頭の上で結んでいて、立派な髭を生やした大柄な男が近づいてくる。年は四、五十代だろうか?鎧を身に着けていて大きな盾を持ち、背中には柄の長い刀を差している。無骨な武人のようだ。
「‥刃さん。またアイツらが取り立てに来たんだよ‥」
お婆さんが困った顔で大柄の男に言う。
「‥この方達が見兼ねて助けてくれたんだ‥」
お婆さんがマリリア達を見ながら言うと、刃と呼ばれた大柄の男が
「‥それはまたとんだ所に‥。本当にありがとう。ワシは刃令明。そなた達は?異国の旅人か?」
と言い軽く頭を下げた。マリリア達も簡単に自己紹介する。
「この二人は源安爺さんと李楽婆さん。ここで七十年続く飲食店をやってるんだ。まぁ、とにかくここじゃあなんだから、中で話そう」
刃はマリリア達を源安爺さんの店へと促す。マリリア達は顔を見合わせる。するとヒルダが
「この店は美味いのか?」
と少し失礼な事を聞く。だが刃は笑顔で
「もちろんだ。この辺じゃ安くて美味いで有名なんだ」
と言った。途端にヒルダはシーマとマリリアの腕を掴んで店に入る。もうお腹が空いて我慢出来なかったのだろう‥。店の中はテーブルや椅子が散乱していた。あの男達が店の中でも暴れたのだろう。刃は苦笑いを浮かべながら、テーブルと椅子を起こして直す。
「‥アイツらが仕切るようになってから、こうなっちまってな‥」
刃は呟くと三人に椅子に座るように促し、源庵爺さんに料理を注文した。
「‥アイツらというのは?」
ヒルダが聞く。
「‥トランブル・キング一家だ。何年か前に悪人街を仕切りだしたんだ。今じゃどこも太刀打ち出来ないデカい組織になっちまったんだ‥」
刃の話しでは、この紅都の西門地区は古くから『悪人街』と呼ばれていて、犯罪者達の巣窟になっているらしい。そしてその犯罪者達が徒党を組み対立を繰り返しているのだという。それぞれの組織が活動資金として、南や北の地区の飲食店から家賃と称してお金を取っているのだ。その代わり、変な輩が近づかないようにしてくれると言う訳だ。つまり大きくて強い組織にお金さえ払っておけば、揉め事は起きないのだ。だが近年、仕切りだしたトランブルという者が決めた家賃が、とんでもない金額なのだという。払えないのをいい事にトランブル一家はやりたい放題なのだという。
「‥だが近隣の飲食店から家賃が払ってもらえないと困るのはトランブル本人じゃないのか?」
シーマが素朴な疑問を口にする。確かにそうだ。
「‥それがそうでもなさそうなんだ。魔壊薬に手を出し始めたからな‥。トランブルはこの紅都全てを牛耳るつもりだ。」
刃が眉間にシワを寄せながら答える。
「魔壊薬?」
マリリアが聞く。
「トリニティークという植物から抽出されて、飲むと気分が良くなり幻覚を見たりする薬だ。依存性が強く体への副作用も強い。多用すれば精神も体も壊れる、悪魔のような薬だよ。今、宝来の各地で蔓延しているんだ‥」
刃が答える。そして続けて
「‥魔壊薬は高額だ。最初はタダで渡し、高い依存性でおかしくなった人から高額の金をむしり取る‥。完全に壊れたら用済み‥。そうやって廃人を増やしていき、紅都全体を悪人街にするつもりだ」
刃は食事を終えて、お茶を啜りながら言う。そんなとんでもなく恐ろしい事が、この大きな街で行われているのか‥。
「‥ところでやけに魔壊薬に詳しいのう?見たところ武人に見えるが‥」
ヒルダも食べ終わり、出てきた水を飲みながら聞いている。
「‥宝来軍の軍医をやっていた‥。今は色々あって紅都で町医者をしている。法力による法力治癒だ。お主達は西から来たのか?」
刃が聞いてくる。
「あぁ。ラズベリアから来た。法力治癒とは?」
シーマが答えると刃が
「宝来では古来より法力というものがあってな。西の国の魔法と似たようなもんだ。言霊に霊力を込めて、退魔や治癒をする。‥ちょうどいい。この後、『総合医学診療所』に行く所だったんだ。一緒に行くか?」
と提案してくる。三人は顔を見合わせた後、マリリアが
「‥実は仲間が後二人いるんですが、ついさっきはぐれてしまって‥」
と現在の状況を説明する。すると刃が
「‥そうか。どっちにしろ明日、役所で会えるんじゃないか?」
とシーマと同じ事を言う。そのほうがこの広い街を無闇に探すよりも確実か‥。すると李楽婆さんが
「今夜はウチの二階に泊まっておくれ。助けてもらったせめてものお礼だよ」
と言ってくれた。三人は相談し、刃について行く間に部屋を用意してもらい、今晩はここで一泊させてもらって、明日役所でのアストリア達との合流を試みることにした。
「じゃあ、総合医学診療所に行こうか?東門地区にあるから、馬車で行こう」
刃はそう言うと外へ出て馬車を手配してくれた。刃とヒルダ、シーマとマリリアの四人は馬車に乗り東門地区へ向かった。
アストリアとミルコは女性が入っていった建物の扉を開ける。ラズベリアでは押したり引いたりする扉が主流だが、宝来では扉を横へずらす扉だ。辺りはすっかり日が落ち、提灯が幾つも灯っていて赤い光で周りを照らしている。道のあちこちに、派手な服を着て少し胸元を開けた女性達が立っている。
入り口に入ると、すぐに白髪の女性が椅子に座って長いパイプを蒸していた。六十代ぐらいだろうか?派手な服を着ていて、鋭い目つきだ。
「なんの用だい?」
その女性がぶっきらぼうに聞いてくる。
「‥あぁ‥えっと‥女性を探していて‥‥今さっきここへ入ってきた女性なんですけど‥」
僕が言葉を探しながらなんとか答えると、その女性は立ち上がり、僕とミルコを上から下までジロジロと眺める。
「‥あんたら異国の人かい?‥悪いけどそんな女は知らないね」
女性はそう言うとまた椅子に腰掛けた。するとミルコが
「ここに入ったんだって!ついさっきだよ!」
と食い下がる。すると女性は
「だから知らないって言ってんだろ!客じゃないなら、もう帰ってくれ!」
と苛立ち始めた。僕はミルコを宥めてから
「‥お客って?ここは何かの店ですか?」
と聞いてみる。すると女性はパイプの煙を吐き出しながら
「‥売春宿だよ。あんたらもどうだい?」
と言った。それを聞いたミルコは、その場に力無く座り込む。そして頭を地面につけて女性に土下座しながら
「‥‥‥お願いします‥‥生き別れの妹かもしれないんです‥‥。会わせてください‥‥」
と言った。女性はパイプを蒸しながら、黙ってミルコ見ている。すると部屋の奥から
「‥あんたの妹は死んだよ‥」
と別の女性の声がした。かなり若い声だ。見ると部屋の奥から一人の女性が出てきた。さっきまでミルコが追いかけていた女性と同じ服だ。
「‥!‥‥ドロシー?‥‥やっぱり‥‥」
ミルコが顔を上げて、その女性の顔見て呟く。どうやらミルコの妹に間違いないようだが‥‥。
「‥だから、あんたの妹は死んだって言ってんだろ」
ミルコの妹らしき女性が苛立つ。年齢は十四歳と聞いていたが、派手な化粧をしていて大人っぽく見える。髪に綺麗な髪飾りを付けていて、痩せているせいか健康そうに見えない。年齢的にはマリリアと一つしか変わらないのか‥。
「‥で、でも、間違いなくドロシーじゃあ‥‥?」
ミルコは戸惑いながら女性に言う。
「‥‥ドロシー・シャンティは父親に売られた時に死んだ。ここにいるのは麗玲って言う薄汚い売春婦だよ」
女性は少し悲しげな表情をしながら言う。‥そういう事か。父親に売られた後、今まで酷い事をされてきたのだろう。自分の名前を捨てて違う人間として生きないと、精神が持たなかったんではなかろうか?突然、実の兄が現れて嬉しいという感情より、正直混乱しているんではないか?僕はそんな気がしたので、ミルコを連れて一旦建物から外へ出た。
「‥何だよ?どうしたの?」
ミルコは外へ連れ出されて不満そうだ。僕はミルコに僕の感じた事を伝えた。
「‥そりゃあ‥‥そうかもしれないけどさ‥‥」
ミルコは俯く。ミルコの気持ちもわかる。八年ぶりにようやく探し出せたのだ。きっと生きてまた会えるのは奇跡に近いと思っていたはずだ。だが、お互いが同じ気持ちとは限らなかったりするのだ。
「‥宝来で元気にしていた‥‥。それが分かっただけでいいんじゃないかな?一目会う事も出来たし‥。そっとしておく方が‥‥」
僕は宥めるようにミルコに言う。ミルコも会ってからどうするか、までは具体的に決めてなかったようだ。だが、あまりに想像と違う再会に納得がいかない。俯いたまま唇を噛み締めている。すると遠くから数人の男達が歩いてきて、僕らのいる建物の前まで来た。かなりガラの悪そうな男達だ。先頭の男は赤い服を着ていて、長い茶色の髪の痩せた若い男だ。
「邪魔だ。どけ」
先頭の男が僕らに言う。僕らがどくと男達は扉を開けて入っていった。
「ジャック!あんたウチの香春になんて事してくれてんだい!」
さっきの入り口にいた女性の怒鳴り声が聞こえる。
「あぁ?あの女が魔壊薬をくれ、って言うからあげただけだろ?言いがかりはやめろよ、花蘭」
ジャックと呼ばれた先頭の男が、入り口にいた女性に言い返す。花蘭と呼ばれた女性が
「‥香春はね、魔壊薬が止められなくなっちまったんだよ。よくもウチの看板娘を壊してくれたね!」
と叫ぶ。怒りが収まらないようだ。
「まだ、最近入った麗玲がいるじゃねぇか?今日はあの女を指名だ」
ジャックの隣にいる緑の髪色の男が、花蘭の後ろに立つ麗玲を見ながら言う。花蘭は
「冗談じゃないよ!誰があんたらなんかに!」
と喚きながら麗玲を庇うような仕草をする。するとジャックが
「そんな口聞いていいのか?あぁ?誰のおかげで安全に商売出来てると思ってんだ?テメェらは黙って言う事聞いときゃいいんだよ」
と金貨を取り出しバラ撒いた。
「クラブ、連れてこい」
ジャックが言うと緑の髪の男が花蘭を押しのけ麗玲の腕を掴む。
「いやだ!離して!」
麗玲が叫ぶが、引きずり出されるように建物の外へ連れ出された。僕とミルコは男達の前に立つ。
「なんだテメェら?」
ジャックが僕らに言う。ミルコが
「‥妹から手を離せ。嫌がってんだろ」
静かに言うが言葉に怒りが籠っている。
「あぁ?妹?お前の妹か?こいつはいい。お前の妹をこれからみんなで可愛がってやるから、大人しく待っとけ」
ジャックが笑いながら言うと、クラブと呼ばれた緑の髪の男が麗玲をジャックに渡す。ジャックは麗玲の髪の毛を掴むと
「こっちに来い!」
と力ずくで引っ張り、来た方向と反対の方へ歩き出した。僕らの前にはクラブと他の男達が残る。クラブは緑の髪色で髭面。体格もいい。クラブと男達は剣を抜いた。片刃の剣で湾曲している。ミルコに紅都へ来る馬車の中で聞いたのだが、青龍刀という剣だそうで宝来では一般的な形の剣らしい。片手で扱えて素早く斬り込めるという。闘技大会の予選一回戦で斬蓮が使っていた模造刀が同じ形だ。僕はミルコに小声で
「ここは任せて。ミルコは妹を追うんだ。もしはぐれたら、明日役所で会おう」
と伝える。ミルコは僕を見て軽く頷く。僕は剣を抜くと、目を閉じて構えた。
「おりゃあぁぁぁ!」
ミルコが叫びながら、すぐ近くにあった小さな木の桶を投げつける。それと同時に僕が斬り込むと、ミルコは男達の脇をすり抜け走り出す。
「おい!あいつを追え!」
何人かがミルコを追おうとするのを見て、僕は木の桶の隣にあった土で出来た小さい壷を投げつけた。壷は走り出した男の後頭部に当たり、男が倒れる。すぐにもう一つの壺を投げつけ、もう一人の足に当たり、その男も地面に転がった。するとクラブが素早く斬り込んできた。何とか右に避けると、続けざまに連続で斬り込んでくる。早い!かわすので精一杯だ。するとクラブの回し蹴りが僕の胸に直撃する。僕は吹っ飛んで壁に叩きつけられた。青龍刀は片手で扱える為、振り回しながら時折体術も織り交ぜてくるってミルコが言ってたな‥。僕は胸の痛みを堪えて剣を構え直す。すると今度はクラブの右にいた男が斬り込んできた。僕はその男の剣を叩き落とし、剣の柄で殴り飛ばす。男が倒れると、今度は別の男が斬り込んでくる。受け太刀して、鍔迫り合いから男を後ろへ突き飛ばす。男は後ろにいた男達数人を巻き込んで倒れた。僕は素早く落ちている青龍刀を拾うと、剣の峰で倒れた男達を叩いていく。今度は左からクラブが斬り込んできた。こいつだけ動きがいい。他の男達とは別格だ。僕は自分の剣で捌きながら、後ろへ下がって少し距離をとった。もう立っているのはクラブとあと二人の男だけだ。僕は自分の剣をゆっくりしまい青龍刀を右手で持つ。軽くて素早く振りやすい。クラブの少し後ろにいた男が大きな石を投げつけてくる。僕が避けると避けた先にクラブの蹴りが飛んでくる。何とかかわしたが、もう一人の男が木の棒で殴りつけてきた。木の棒は僕の額に当たり、みるみる血が流れ落ちる。三人同時の攻撃か‥。するとまた少し後ろに立つ男が大きな石を投げつけてくる。僕は今度は石を青龍刀で叩き落とした。そして落ちて転がる大きな石に、思わず飛び上がる木の棒を持つ男に体当たりを喰らわせ吹っ飛ばすと、斬り込んできたクラブの青龍刀を弾き飛ばし、剣の峰で頭頂部を打ち下ろす。クラブは目を回して倒れた。あとは石を投げつけてきた男にゆっくり近づくと、男は逃げ出したのだった。僕は溜息をつくと青龍刀を投げ捨てて、額を触る。血で真っ赤だ。振り向くといつの間にか花蘭が立っていて、無言で布を差し出してくれたのだった。
ミルコは走ってジャックを追いかけていた。ジャックは麗玲の髪の毛と服を掴んで、無理矢理引きずるように歩いている。
「痛い!やめて!離して!」
麗玲が叫んでいる。周りにいる人は驚いてはいるが助けようとはしない。ジャックが怖いのか、見てみぬふりだ。ミルコは走りながら、背中に背負っている袋から何かを出す。それは導火線のついた棒だった。近くにあった提灯の火で導火線に火をつけると、走ってジャックと麗玲に近づく。走ってくるミルコに気づいたジャックに
「これあげる!爆弾だよ!」
とミルコは言って導火線のついた棒をジャックの胸元に押し込んだ。思わず両手を離したジャックにミルコは麗玲の右手を掴み
「こっち!」
と言って二人で走り出した。ジャックは慌てて爆弾を胸元から出そうとするが、慌てすぎて服に引っかかって中々出せない。ようやく出せた時には導火線の火は棒に着く寸前だった。ジャックは慌てて導火線のついた棒を放り投げ
「爆弾だぁぁぁ!伏せろぉぉぉ!」
と言ってその場にうずくまる。だが、いつまで待っても何も起きない。ん?なぜだ?ジャックは恐る恐る顔を上げた。周りの道ゆく人達もキョトンとしている。そう。ミルコが火をつけて渡したのは爆弾によく似せた偽物だったのだ。ジャックは慌てて辺りを見渡すが、ミルコと麗玲の姿は見えなかった。
「あんのクソガキィィィ‥‥ぶっ殺してやるっ‥‥」
ジャックは怒りで身を震わせた。
アストリアは花蘭から手当を受けていた。止血の塗り薬をもらい、白い布を額に巻いてくれた。ここは南門地区にある『椿』と言う売春宿だそうだ。
「‥麗玲はね、まだここへ来て日が浅いんだよ。親に売られて、宝来のどこぞの金持ちに買われたらしいんだけど、酷いヤツだったらしくてね‥‥。なんとか逃げ出したが、ここへ来た時には魔壊中毒になってたんだ」
魔壊薬の説明は花蘭から聞いた。頻繁に摂取すると中毒になり、体が壊れて死ぬまで止められなくなるという。
「だが、刃令明って医者に救われて、何とか中毒からは立ち直ったんだがね‥。綺麗で真っ白な自分しか知らない兄に、薄汚れた自分を見せたくなかったんじゃないかね‥」
花蘭はパイプを蒸しながら言う。この紅都の現状と、悪人街の話しも色々話してくれた。
「さっきのジャックって奴は?」
僕が聞くと
「トランブルのとこのバカ息子だよ。親が悪人街を仕切ってるのをいい事に、やりたい放題だよ」
どうやらトランブル一家とは、だいぶ大きな組織のようだ。ミルコが妹を取り返したとしても、明日まで二人だけで逃げ切るのは難しいか‥。
「‥そのジャックって奴の居所はわかる?」
と僕が聞くと花蘭は
「アイツはいつも悪人街にある『山茶花』(さざんか)って宿にいるよ。アイツが経営してるんだ。取り巻き達と入り浸ってるよ」
僕は花蘭にお礼を言うと、椿を後にして街へ出た。
ヒルダとシーマとマリリアは東門地区にある総合医学診療所に来ていた。赤い大きな建物の中に入ると、沢山の人がいる。みんな診察を受けに来た人なのだ。
「ここは通常の医療と、法力による治療が受けられる。漢方薬も沢山揃えられていて、薬にも特化しているんだ」
中はとても広く、迷子になりかねない広さだ。
「これは刃先生。遅くまで大変ですな」
刃が声をかけられる。白い宝来特有の法衣を着た年配の男だ。刃と同じく大柄な体格をしている。
「あぁ。仕事ではなく、薬を届けに来たんですよ。そのついでに知り合いを案内しておる所です」
刃は笑顔で返して男性の紹介をする。
「こちらは太政先生だ。ワシと同じ法力の医者をやってる」
この男性は見るからに医者か僧侶に見えるが、刃は医者というより兵士にしか見えない。
「刃もここで働いているのか?」
ヒルダが聞くと
「あぁ。隣の棟の法力医療院で働いている。時折、さっきのように街に出て回診もしているんだ」
と刃が答える。
「鎧を着て大きな盾を持ってるから、回診には見えんがな」
太政と呼ばれた男性が笑う。‥確かにそうだ。
「法力の治療には医療器具は使わないんですか?」
マリリアが素朴な質問をする。
「法力は魔法に近い。故に道具は使わないんだ」
刃は言いながらヒルダをチラリと見る。ヒルダは左手で右手を掻いている。虫にでも刺されたのだろうか?刃はヒルダの右手に自分の右手をかざした。そして何事かを呟く。すると
「おぉ!痒みが消えた。凄いのう!」
ヒルダが驚く。
「手をかざして己の霊力を流し込み、患部の治療をする。文字通り『手当』だ。時間を掛ければ、止血や消毒、折れた骨の接骨や、損傷した内臓も回復する事が出来る。死んだ人間は生き返らせる事は出来んがな」
言いながら刃は豪快に笑った。意外と凄い人なんだな、と三人は感心する。
「‥だが今は魔壊中毒患者が増えている。中毒症状は治せても、禁断症状から立ち直るのに時間がかかる。完全に断ち切らないと意味がないんでな」
太政が深刻な表情で言うと
「魔壊薬はその依存性の高さから、再度手を出してしまうんだ。そして再度手を出してしまった自分自身への落胆から、自暴自棄に陥りやすく更に深みにハマる。まさに負の連鎖だ」
刃も途端に深刻な顔になる。刃は魔壊薬依存の治療も携わっているのか‥。
「さぁ、夜も更けてきた。ワシの用事も片付いたし、そろそろ源安爺さんの店に戻ろう」
刃が気を取り直して言うと、三人は頷いたのだった。
その頃、ミルコと麗玲は裏通りを走っていた。後ろを見るとジャックは追ってきていない。偽爆弾作戦が上手くいったようだ。だが油断は出来ない。ミルコは走りながら麗玲に
「何とか巻けたみたいだけど、どこか逃げ込める所はある?」
と聞いた。麗玲は
「‥わからない。あちこちにトランブルの手下がいるから‥」
と言う。とにかく人目のつかない場所を探して、大きな川にかかる橋の下へ入った。
「‥どうしようかな‥」
橋の下でミルコは一息つく。だが、いつまでもここにいるのも危険な気がする。早いところ、みんなと合流したいが場所がわからない。明日、役所で合流するしかないのか‥。それまで何とか逃げ切らなければ‥。ミルコは麗玲を見る。麗玲はミルコの視線に気づくと後ろを向いて
「‥あんま見ないで‥」
とぶっきら棒に言う。
「‥あぁ、ごめん‥」
ミルコも思わず謝る。ミルコは完全に戸惑っていた。妹とどう接していいかわからないのだ。すると麗玲が
「‥ごめんね。可愛い妹じゃなくて。あんたの可愛い妹はもういないの」
と腕組みして言う。ミルコはしばらく黙っていたが
「‥‥ミゲルは十二歳の時に死んだよ。ドルギアで病死したって‥」
と麗玲に伝えた。麗玲は少し遠くを見つめ、懐から長いパイプを取り出すと火をつけた。
「‥あたしも早く死にたいわ‥」
麗玲はパイプを蒸しながら呟く。ミルコは麗玲からパイプを奪い取った。
「やめろよ!こんな事!」
麗玲はミルコを睨みつける。
「‥はぁ?今更、現れて兄貴ヅラ?あんたとはもう関係ねぇんだよ!」
麗玲が叫んでミルコを突き飛ばした。ミルコからパイプを奪い返すと、スタスタと歩いていく。
「どこいくの?見つかったら‥‥」
ミルコが慌てて言うと
「関係ねぇだろ!」
麗玲は叫んで行ってしまった。ミルコは少し躊躇いながらも麗玲を追いかけた。少し後ろをついて行く。
「だから、ついてくんなって!」
麗玲が振り向いて叫ぶ。ミルコは走って麗玲の近くまで行った。
「‥探したんだ。一生懸命、ミゲルとドロシーの事を‥。俺もあの後すぐに売りに出された。ボコボコにされて売りに出された所を、ラズベリアで情報屋をやってる人に拾われたんだ。それから、あらゆる手段を使って、二人がどこでどうしてるか調べた。ミゲルは死んじゃってたけど、ドロシーはどこかで生きてるかもしれないって分かった時、正直嬉しかった。また会えるかもしれないって思って、必死に探した。見つけてからの事は考えてなかったから、どうしたらいいのかわかんないけど‥」
ミルコは一気に喋ると一息つく。麗玲、いやドロシーはミルコを見つめて
「‥もうあたしのことは放っておいて‥。あたしなんかに構わずに、あんたの人生を歩みなよ‥」
少し悲しげな目でそう言うとまた歩き出そうとする。だがその時
「み〜つけた!」
ジャックがドロシーの背後に立っていたのだ。気づくと周りは男達に囲まれていた。
「逃げろ!」
ミルコはドロシーに叫ぶと短剣を抜いて構えた。




