第十二話 作戦会議
僕らは場所を変えて神楽の話しを聞く事にした。町の人達も騒ぎが収まり、外へ出て来はじめた。僕らは店で騒ぎの片付けをしている巴に頼んで、店の二階をしばらく借りる事にした。二階は広い部屋が幾つか並んでいる。すると巴が
「『お座敷』て言うんだよ。床は『畳』って物が敷いてあるから、ここから靴を脱いで上がってね」
と教えてくれる。僕らはお座敷の一部屋にテーブルを囲うように全員で座る。
「私はエザリア様の行方を探る為、ドルギアに潜入していました。仮面をつけ八咫烏としてドルギアに渡り傭兵として軍に入ったんです」
神楽が静かに語り始めた。
「ドルギアの目的はやはり巨大魔装兵器『グングニル』を手に入れて、世界各国を支配する事のようです。オルタナ襲撃も、ドルギアの作戦参謀の月黄泉と補佐官の妖華刺の命で、青龍の鍵を強奪する為に行われたものです。強奪は失敗に終わりましたが、その少し前にドルギアは、魔装具探知装置の開発に成功しました。ですが稼働させるのに膨大な魔力と、その装置を制御する明晰な頭脳が必要だったんです」
神楽は一息つくと
「そこで月黄泉達は古代の魔獣ヒュドラを捕獲しました。ヒュドラが持つ膨大な魔力を使う為です。そしてオルタナ襲撃時に同行していた妖華刺が、聖ボルト教会の法衣を着て勇敢に戦ったエザリア様の姿を見て『明晰な頭脳』に充てがう事を思いついたようです。」
と話した所でマリリアが畳に膝で立つ。嫌な予感がしたのだろう。顔面は蒼白だ。
「‥‥申し上げにくいのですが、エザリア様はご存命ですが、ヒュドラに取り込まれ今は魔装具探知装置の一部になっております」
なんという事だ‥。それを聞いたマリリアは力無く座り、両手で顔を覆った。ヒルダがそっとマリリアの肩を抱き寄せる。二人はエザリアの事を慕っていたから無理もない‥。
「‥ヒュドラに取り込まれたって言うのは‥」
ラファエルがおずおずと聞くと
「ヒュドラは魔力を吸い込んで自分の魔力に変える力があるんです。その力を魔装具探知装置の稼働に利用しています。ですがヒュドラに思考能力はありません。そこでエザリア様を仮死状態にしてヒュドラの体に埋め込み、ヒュドラの頭脳として動かそうとしているんです。つまりヒュドラの膨大な魔力を使い魔装具探知装置を稼働させ、魔装具の魔力を探知するとエザリア様の頭脳を連動させて場所を特定させているようです」
と神楽が答える。そんな事が出来るのか‥。でもそんな知識と技術って‥。
「魔装具探知は妖華刺が携わっています。あの者は間違いなく人外‥『人ならざる者』でしょう‥。先ほどのガーゴイルも妖華刺の配下の一人です。戦力が必要との命を受けて、あの山で蝙蝠の魔物『バドラス』を大量に作っていたようです」
神楽の話しにヒルダが頷く。確かに妖華刺はただならぬ雰囲気の持ち主だった。『人ならざる者』つまり悪魔なら恐ろしい知識や技術にも詳しいのか‥。
「リリア様、ジェイガン様の幽閉は解かれました。ですがゴルドー伯爵の影響が強くなっていて、思うように動けないご様子。どうか一刻も早く龍禅様にお会いして、身の安全を確保していただくようお願いいたします」
神楽は泣いているマリリアに進言する。そして僕らを見ながら
「今一度、皆様にお願いいたします。どうかリリア様をお守りください。お願いいたします」
深々と頭を下げた。言われるまでもない話しなのだが‥
「もちろん!一緒に守ろうよ」
ミルコが神楽に言う。神楽は顔を上げてミルコを見る。
「‥‥私がご一緒しても‥?」
申し訳なさそうな顔をしている。なので僕も
「ドルギアへの潜入はもう終わったんでしょ?他に任務がないなら、マリリアの側にいてあげてほしいな」
と言った。すると神楽はチラリとラファエルを見る。どうやら闘技大会のヴリトラとの戦いを気にしているようだ。
「‥あぁ。ヴリトラの事なら気にしないで。血の気が多いだけだから‥」
とラファエルがにこやかに言う。するとマリリアも涙を拭き鼻声で
「‥神楽、よろしくお願いします。必ず、二人でオルタナに帰りましょう。そしてエザリアを助け出しましょう」
と力強く言う。すると神楽は立ち上がり
「‥火鳥神楽と申します。我が命に変えてでもリリア様をお守りいたします」
と頭を下げた。するとシーマが
「‥所でノエルは今どこにいる?」
と神楽に聞く。そうか。神楽なら知ってるかも‥。
「ノエルはドルギアの首都ハリードにいると思います」
と神楽が答える。僕は神楽にシーマとノエルの関係を簡単に説明した。すると神楽が
「それはどれぐらい前のお話ですか?」
とシーマに聞く。シーマが
「三年ほど前だ」
と答えると、神楽が衝撃的な事を言う。
「そうでしたか‥。これはあくまで私の推察ですが、シーマ様のお知り合いのグエンという方とノエルは同一人物ではなく、ノエルがグエンになり変わっている気がいたします‥」
なんだって?一体どういう事だ?神楽は続けて
「ノエルはドルギアの偵察密偵部隊。聞こえはいいですが要は暗殺部隊です。敵地へ潜入し目標を暗殺する事が最も得意とする所。潜入する為に顔を何度か変えているそうです。もしかするとグエンに顔を変えてシーマ様に近づいた可能性が高いかと‥」
シーマは腕組みして考え込む。
「‥つまりグエンとノエルは別々の人間で、ノエルが顔をグエンに変えて近づき、ムーンソードを奪おうとした‥と?」
とシーマが神楽に言うと
「‥はい。三年前は魔装具探知装置がなかったので、手当たり次第に魔装具を探していたんじゃないかと‥」
と神楽は答える。と言うか、そもそも顔を変えるなんて、簡単に出来るのだろうか?人間の顔は複雑だ。本人と変わらないぐらい似せる事なんて‥‥。するとヒルダが
「人ならざる者、悪魔の所業じゃな。人の皮をはぎ、それを被って本人になりかわるという悪魔の術があると聞いた事がある‥。それもこれも妖華刺がノエルにやらせたんだろうな‥」
ミルコとラファエルが、あからさまに嫌な顔をして聞いている。するとシーマが
「‥では本物のグエンは我々の第三部隊が全滅する前に、ノエルに殺されていると言う事か‥?」
と言うと神楽は
「‥おそらく‥」
と答えた。しばらく間があった後に
「‥確かに今だにグエンがみんなを裏切った事が信じられない‥。別人が、なり変わったのなら納得もいく‥。私の知ってる、やんちゃだが曲ったことが嫌いで純粋なグエンが敵ではないかも知れない‥。モヤモヤしてたものが、少しスッキリしたよ」
とシーマは軽く微笑んだ。昔から知っている仲間が敵になってしまった事に、複雑な心境だったのだろう‥。少し気持ちが楽になったようだ。それと気になる事がもう一つ‥。
「あの時、なんでノエルの事を僕に話したの?」
と僕が神楽に聞く。ベリアード城でのバルデス暗殺の時だ。
「‥アストリア様の事はエザリア様や兄弟子から聞いておりましたゆえ‥。アストリア様達と知らずにミルコ殿に身辺調査を依頼をしましたが、闘技大会の時にお名前とお姿をお見かけして、隙あらばお伝えしようと思っていました。私は身体能力の高さを買われて、バルデス暗殺の実行部隊の任を与えられました。もちろん、爆薬を仕掛けただけで誰も傷つけていません。あの後合流地点で合流する予定でしたが、合流すれば私は殺されてバルデス暗殺の罪を擦りつけられると思ったので合流していません」
と神楽が答える。
「兄弟子というのは?」
シーマが聞くと
「梟影丸です。アストリア様やエザリア様と共に旅をした者です。私の故郷、雅の国で『華
隠心眼流』(はながくれしんがんりゅう)を会得した兄弟子なんです。西の大陸の旅の後に影丸様の口利きで、エザリア様にお会いする事が出来、オルタナでの情報収集を頼まれたのです」
と神楽が答える。
「そうか‥。お主は影丸と同門だったのじゃな?確かに、あの身のこなしは影丸と似ておる‥。して、影丸は?元気にしてるのか?」
とヒルダが聞くと神楽は少し俯き
「‥‥影丸様は二年ほど前に亡くなりました‥」
と答えた。
「‥な?影丸が死んだ‥?」
思わずヒルダは立ち上がる。二年前‥。僕らが西の大陸で魔王討伐を果たした一年後だ。
「‥影丸様は皆様との旅の後、故郷である雅の国の灼那という小さい町におりました。そこに私達、華隠心眼流の道場を開き、そこで師範として暮らしていました。私も最初は一緒にお手伝いをしておりましたが、私がオルタナでエザリア様の元で働くようになったので、しばらく留守にしていた時です。ライネルという西の大陸でご一緒されてたお仲間が訪ねて来られたそうで、二人っきりで話しがしたいと出かけられ、その後背後から斬られたご遺体が発見されたそうです‥。当時の現場の状況を見た者によると、二人でお話をされている時にライネルに後ろから斬られたのではないか?との事であります‥」
ヒルダが机を叩いて
「そんなバカな!ライネルが影丸を‥?ありえない!」
と叫ぶ。ヒルダの話しでは二人は仲が良かったようだ。影丸は無口で無愛想だが、心は優しい一面もあったという。おしゃべりで明るいライネルとは真逆の性格だが、戦いの時などはお互いに信頼しあっていたという。
「しかもあのライネルが、後ろから仲間を斬るなど‥信じられん‥」
ヒルダは言いながらかつての旅を思い出していた。
ヒルダ達は西の大陸のフォルネウス山地にいた。魔王ルーファウスの配下である巨大な竜レヴィアタンを、近くにあるネフィリム城の兵士達と共同で倒しに向かう所だ。レヴィアタンは大きな屋敷ぐらい体が大きく、翼が生えている竜だ。とても凶暴な性格で『人ならざる者』、悪魔なので人の言葉を喋る。レヴィアタンにより幾つもの街が被害に遭っている。レヴィアタンは山の頂上付近に棲み家を作っていた。ヒルダとライネル、影丸とエザリアの四人が正面から山を登って囮となり、アストリア率いるネフィリムの兵士達が回り込み、レヴィアタンを討ち取るという作戦だ。すでに作戦が始まり二日が経とうとしていた。レヴィアタンは山を登ってくるヒルダ達に気づくと、配下のウイングドラゴンの群れにヒルダ達を攻撃させたのだ。ウイングドラゴンは翼の生えた小型の竜で、空を飛びながら炎を吐く。ヒルダ達は激しい攻撃を凌ぎながら、険しい山を登らなければならなかった。ウイングドラゴンが空から吐く炎を、エザリアのディザイアードで防ぎ、ヒルダがメルデゼリアを当てて撃ち落とす。地面に落ちたウイングドラゴンを、ライネルが大きな剣で斬り倒し、影丸も素早く刀で斬り刻んでいく。そんな戦いが丸二日、続いていたのだ。四人は大きな岩の物陰に隠れる。この日、何度目かの休憩だ。
「‥あぁ、くそ!キリがねぇ!なんつー数だ!」
ライネルが苛立ちを隠せずに叫ぶ。
「‥もうすぐ山の中腹です。もう少し登れば山頂が見えてきます。あと少し、頑張りましょう」
エザリアが冷静にライネルを諭す。影丸は無言で、自分の足の傷の応急処置をしている。どこかでウイングドラゴンの爪でやられたのだろう‥。見るとみんな傷だらけだ。エザリアの魔力もいつまで持つか‥。エザリアの魔力が尽きれば、炎を防ぐ手立てがなくなる。逃げ惑いながら山を登らねばならない。
「‥アストリア達は上手く回り込めているんじゃろうか‥?」
ヒルダが不安を口にする。レヴィアタンは非常に強い竜だ。正面からまともに戦えば、大きな犠牲が出る可能性がある。なのでこの作戦が立案された。あくまでレヴィアタンの注意をこちらに逸らし、隙をついて仕留めなければならない。アストリア達が回り込んでいるのがレヴィアタンに知られると非常にまずいのだ。
「‥急ごう。時間を掛かればそれだけアストリア達の動きが悟られやすくなる‥」
影丸が言う。するとライネルが
「‥そんな事ぁわかってんだよ。でもなぁ‥体が動かねぇんだよ‥」
さすがのライネルも疲労を隠せないようだ。座って岩にもたれかかっている。すると影丸が
「‥‥大丈夫だ、ライネル。俺が後ろから援護する」
影丸は真っ直ぐライネルを見る。ライネルは
「‥わかった、わかった。いきゃあいいんだろ‥」
投げやりな言い方をすると、溜息混じりに立ち上がる。
「‥‥よしっ!行くぞぉ!」
雄叫びと共にライネルは走り出す。影丸が後に続く。ヒルダとエザリアも走り出した。ヒルダは連続でメルデゼリアを放つ。杖からまるで流星のように幾つも光が放たれる。次々とウイングドラゴンが撃ち落とされ、ライネルと影丸がトドメを刺していった。ウイングドラゴンの炎が雨のように降り注ぐが、エザリアがディザイアードをまるで大きな屋根のように広げて防ぐ。エザリアの魔力も人間離れしていた。エザリアは幼少期から、聖ボルト教会で光の魔法について学んだ。両親が共に聖ボルト教会の司祭だったのだ。聖ボルト教会は全ての人間の平等を重視していた。なので女性にも司祭の地位を与えられたのだ。エザリアもそんな両親に憧れ光の魔法を学び、将来は立派な司祭になるのが夢だった。そしてその高い魔力と魔法技術が買われ、聖ボルト教会を代表して、魔王ルーファウス討伐の旅に参加する事になった。聖ボルト教会の司祭が魔を打ち滅ぼせば、破邪や破魔の教えとしてさらに広く伝わるからだ。だがそんなエザリアでさえ疲労が隠せなくなってきていたのだ。
その時、ようやく山頂が遠くに見えてきた。
「‥皆さん!山頂です。あそこにレヴィアタンがいます!もう少しです!」
エザリアが叫ぶ。
「やっとじゃな!ライネル、もう一踏ん張りじゃ!」
ヒルダがさらにウイングドラゴンを撃ち落とす。
「‥たくっ!人使いが荒いんだよっ!」
ライネルも必死でトドメを刺していく。その時だった。
「ふん‥。もうここまで来たか‥」
ライネルの背後から何者かの声が聞こえた。ライネルがゆっくり振り向くと、なんとライネルの背後にレヴィアタンが立っていたのだ。
まだ山頂ではない。レヴィアタンが自らここまで下りてきたのだ。まさに最悪の緊急事態だ。アストリア達はこの事を知らない。まだひたすら山頂を目指しているはずだ。ここにいる四人はウイングドラゴンの群れと丸二日、戦い続け消耗しきっている。強力なレヴィアタン相手では長くは持たない。アストリア達が気づいてここへ来る頃には全滅しているだろう‥。ヒルダは杖を構える。もう全力でいくしかない。勝てるかどうかはわからないが、多少でも手傷を負わせる事が出来れば、その後のアストリア達の戦いの僅かな勝率が少しだけ上がる。エザリアも覚悟を決めた顔だ。全員で一斉に掛かれば、あるいは‥。その時、ライネルが小声で影丸に
「‥影丸。お前はアストリアに伝えに行け。ここは俺達三人で持たせる‥」
と言った。
「‥何を言う?レヴィアタンは万全な状態の四人でも勝てるかわからない相手‥。それなのに、消耗した三人を残して一人を伝令に行かせるなど、愚策に等しい‥。四人でやるぞ‥」
影丸も小声で言い返す。
「‥もし僅かな望みがあるとすれば、この方法しかねぇんだよ‥。アストリア達も近くにはいるはずだ。お前の足ならさほど時間はかからねぇ‥。俺達なら大丈夫だ。持たせてみせる‥」
ライネルは静かに影丸に言う。決して自暴自棄になっている訳ではない。本当に僅かな望みに賭けている者の目だ。それを見てエザリアも影丸に頷いてみせる。ヒルダも頷いた。影丸はみんなを見ると、目を閉じて
「‥‥わかった。必ず戻る。それまで皆の武運を祈る‥」
と静かに言う。ライネルは深呼吸をすると
「行くぞぉ!おらぁぁ!」
雄叫びを上げてレヴィアタンに斬り込むと、影丸も同時に走り出した。レヴィアタンは下がりながら巨大な炎を吐く。
「ディザイアード!」
エザリアが防御魔法で大きな壁を作るが、炎の勢いは凄まじい。
「くっっ!」
エザリアが険しい表情になる。炎の勢いを抑えきれないのだ。
「‥エザリア。もう少し耐えてくれ‥」
ヒルダは杖を構えて魔力を貯めている。全力だ。妾の全力の魔力をぶつけるんだ。ヒルダの体の取り囲む炎がどんどん大きくなる。まだだ。まだ足りない。ヒルダはさらに魔力を貯める。
「‥‥も、もう持たない‥」
エザリアが苦しそうに呟いた瞬間、レヴィアタンの吐き出した巨大な炎が、エザリアの防御魔法を粉々に打ち砕いた。そしてライネルを飲み込もうと襲いかかる。
「ライネル!避けろぉ!」
ヒルダが叫ぶと、ライネルは素早く真横に飛んだ。その瞬間
「業火爆炎!」
叫んだヒルダの杖から、レヴィアタンが吐いた炎と同じくらいの巨大な炎が飛び出し、炎と炎がぶつかり合ったのだ。そしてレヴィアタンの吐いた炎を飲み込むように包み込むと、レヴィアタンに襲いかかった。激しい炎がレヴィアタンを包み込むと、大きな爆発が起こった。激しい爆風でヒルダとエザリアが吹っ飛ぶ。爆風が止みヒルダは体を起こす。あたりは濃い煙が立ち込めていて、よく見えない。どうだ?全力の一撃。仕留めたか?だが、そこにはボロボロの体のレヴィアタンが立っていた。
「‥‥おのれぇ‥ここまでの魔法使いがいるとは‥」
レヴィアタンは怒りに打ち震えている。ヒルダは力無くその場に跪く。もう力が入らない。立ってられないのだ。エザリアが起き上がりヒルダの前に庇うように立ち、杖を構える。そのエザリアとヒルダに向けて、レヴィアタンが炎を吐き出そうとする。もうエザリアにも魔力がほとんど残ってはいなかった。覚悟を決めたエザリアとヒルダだったが、突然レヴィアタンが呻き声を上げて炎を吐くのを止める。ライネルがレヴィアタンの足を斬りつけているのだ。
「えぇい!忌々しい虫ケラめ!」
レヴィアタンが苛立ち、尻尾でライネルを弾き飛ばす。ライネルは吹っ飛ばされて、地面に叩きつけられる。だがすぐに起き上がると、またレヴィアタンを斬りつける。
「貴様!しつこいぞ!」
レヴィアタンは何度もライネルを手や尻尾で弾き飛ばすが、ライネルは起き上がる。もう左腕と肋骨が折れて、顔も血まみれだ。足を引きずりながらも、斬りつけようとする。
「ならば噛み砕いてやろう」
レヴィアタンが大きな口を開け、ライネルに食いつこうとした時だった。影丸の刀がレヴィアタンの右腕を斬り落とした。
「ウガァァァァ!」
レヴィアタンが叫び声を上げる。すると一斉に無数の矢がレヴィアタンに突き刺さる。ネフィリムの兵士達の攻撃だ。
「おのれぇ、おのれぇ!」
怒号を上げるレヴィアタンの頭上がキラリと一瞬光った。次の瞬間、レヴィアタンの首が地面にドスンと落ちた。そしてレヴィアタンは煙となり消えていったのだった。煙の中には剣をしまいながら、にこやかにこちらを見ているアストリアが立っていた。ヒルダはエザリアに抱き抱えられ、薄れゆく意識の中
「‥やっと来おったか‥‥待たせおって‥」
と呟いた。
ヒルダは我に返った。数年前の記憶だが、昨日の事のように覚えている。その影丸が死に、エザリアもヒュドラに取り込まれてしまったという。そして影丸を殺したのがライネルだとしたら‥。ヒルダはやりきれない思いに包まれた。僕らはヒルダからライネルや影丸の話しを聞いた。ライネルは荒っぽい性格だが、卑怯な事を嫌う常に真っ向勝負の猪突猛進な性格だったようだ。確かに背後から斬りつけるような姑息な人間には見えなかったなぁ‥。僕はかつて見た夢の話しをヒルダにした。ライネルと食事をしてヒルダの話題になったあの夢だ。するとヒルダは
「‥案外、夢ではないかもしれん。ライネルの見た目も一致しておるし、妾がルバルディの屋敷へ向かった後に、実際にあった事かもしれんぞ‥」
と言う。やはりそうか‥。あの夢のおかげで僕は『合言葉』を思い出し、ヒルダと再会する事が出来たのだ。そしてこの旅が始まった‥。実際にあった事であれば、僕が唯一思い出した記憶という事になる。
「‥実はドルギアに潜入して気づいた事があります‥。ドルギアの首都ハリードにある王宮に出入りする軍の将校達が皆、血の気が多くなっているんです。闘技大会のアルバトスもそうです。アレフに無闇にトドメを刺そうとしていましたし、他の上層部も皆、目が血走り争いを好んでいるように見えました‥」
と神楽からの報告に、シーマが
「‥何か心当たりはあるのか?」
と聞くと
「‥首都に住む人達に聞くと近年、霧が出始めてから軍事力に力を入れ始め、荒れた将校が増えたとの事‥。確かに首都ハリードの王宮周辺が、深い霧に覆われていました。数年前から突如、霧が王宮を包み込むように発生するようになったとか‥。それからドルギアは軍事大国への転進に進んだようです。ドルギアの国王ハーディングも以前は人徳のある心優しいお方だったそうですが、その霧が現れたぐらいから、まるで人が変わられたようだとハリードの住民達が話しておりました‥」
神楽の話しを聞いていたヒルダが少し考えた後
「‥妖華刺は『人ならざる者』、つまり悪魔で間違いないじゃろう‥。しかもガーゴイルほどの悪魔を従えているなら、かなり高位の悪魔じゃ‥。ひょっとするとその霧の正体は『魔香』かもしれんぞ‥」
と低い声で言う。ラファエルが
「魔香?」
と聞くと
「‥うむ。魔香とは一部の高位の悪魔が使える、魔の瘴気のようなものじゃ。それに充てられた人間は、正気を失い残忍で冷酷な悪魔の兵士となる、と古い文献で見た事がある‥。バーサーカーの秘術と似ておるが、一時的に筋力や体力を底上げするような瞬発的なものではなく、どちらかというと頭や心を支配して持続的に続かせるものらしい。催眠や洗脳に近いものじゃな‥」
つまり、ドルギアの国王や側近の将校達は、妖華刺の魔香によって正気を失い、操られるように軍事国家を作りあげているのか‥?ならば月黄泉は?アイツもそうなのか?
「‥月黄泉はわかりません。あの者は妖華刺と同じく、出身や過去の事など全て謎なのです。妖華刺と共に数年前に突然現れて、あっと言う間にドルギアを掌握していったとの事。あの者が妖華刺に操られているのか、自分の意思なのかは解りかねますが、ただ‥‥」
神楽がヒルダを見て続ける
「‥ライネルも魔香に充てられていたのかもしれません‥」
ライネルが‥?魔香に充てられて影丸を背後から襲ったのか‥。
「‥影丸様の亡骸を調べた者によると、背中の傷は一太刀で致命傷になっていたとの事‥。かつての仲間を背後から何の迷いもなく一太刀で斬れるとは、到底思えないのです。先ほど魔香の話しを聞き、もしやと思いましたので‥」
と神楽が言うとヒルダが
「‥ライネルが妖華刺とどこかで会っていれば、その可能性もなくはない‥。こうなればライネルを探し出して、事の真意を確かめねばならんな‥」
と呟く。するとミルコが
「人探しならこのミルコ・シャンティにお任せあれ!」
とヒルダの隣に行く。ミルコとマリリアはシーマに手当を受けていたのだ。ミルコは身体中を包帯で巻かれ痛々しい。するとヒルダが思い出したように
「‥そういえば、お主はこれからどうするんじゃ?神楽がマリリアに同行するなら、妾たちの動向調査はもう必要ないじゃろう?」
とミルコに聞く。確かにそうだ。依頼主が同行するならミルコが受けた依頼は達成された事になり、僕達に同行する理由がなくなる。
「もちろん、みんなについて行くよ!マリリアのオルタナ再興に貢献したいんだ。さっきみたいにやられちゃうかもしれないけど、それでもみんなといたい!少しでも役に立ちたいんだ!」
ミルコはまっすぐな目でみんなを見る。少しの間の後、僕が
「‥じゃあ、僕が依頼するよ。マリリアのオルタナ再興を成功させる為に必要な情報を集めて欲しい。ありとあらゆる情報を‥」
と言うとミルコは僕に親指を立てて見せて
「その依頼、引き受けた!依頼料は後でアストリアに請求するね!」
と元気よく言う。さすが‥逞しい‥。するとヒルダが神楽に
「そのヒュドラの魔装具探知装置は曖昧な位置しか特定できないのか?」
と聞く。神楽は
「‥はい。今のところは‥。妖華刺は、ある程度正確な位置を把握する為に、エザリア様を仮死状態にしてヒュドラに埋め込みました‥。ですが機能していない様子‥。エザリア様が無意識に抵抗しておられるのか、装置の不具合なのか、妖華刺にもわからないようです‥。ですが妖華刺が月黄泉に、『時間の問題だ』と話しておりました‥」
そうか‥。エザリアは仮死状態になっても必死に抵抗しているのかも知れないな‥。
「‥早く助け出さないと‥」
マリリアが小さい声だが、しっかりした口調で言う。もう泣いていない。強い覚悟を感じる。
「‥はい。私にはエザリア様がリリア様の居場所を特定されないように、必死に抵抗してるように思えてなりません‥。ただ、今の状態が長く続くと命が危険です。一刻も早く助け出しましょう」
神楽も力強く言う。するとマリリアが
「‥私もそんな気がするの‥‥‥それと神楽。私の事はマリリアでいいよ。素性がバレてしまうし、話し方も変えよう‥。もっと友達みたいでイイよ‥」
と言って軽く微笑む。神楽は驚いた顔でマリリアを見た。
「‥‥あ‥はい‥い、いや‥‥う、うん」
恥ずかしいのか神楽は顔が赤くなっている。今まで話しをしてきて、初めて彼女のわかりやすい感情を見た。シーマよりも表情を変えずに淡々と話すからだ。年は二十三歳になるという。黒髪を後ろで束ね、顔つきは少し幼く見える。小柄で華奢な体つきなので、ヴリトラと互角に戦ったとは思えない。
すると巴が二階に上がってきた。
「あんな数の魔物を退治してくれてありがとう!もしみんなが居なかったら、ひとたまりもなかったよ!約束通り、輝京までの馬車は用意してあるからね!いつでも使って!」
と言ってくれてお茶と饅頭というお菓子を出してくれた。僕らは食べながら話しを続ける。
「‥あの、突然で申し訳ないんですけど‥」
ラファエルがおずおずと話しだす。みんながラファエルを見ると
「‥僕はここから別行動してもいいですか‥‥」
とラファエルが言う。急にどうしたんだろう?理由を尋ねると
「‥‥さっきの戦いでハッキリと感じたんです‥。アストリアは無明剣という剣術があるし、シーマもムーンソードとそれに合わせた幅広く卓越した剣術がある。ヒルダも圧倒的な魔力があるし、神楽も華隠心眼流という戦闘術の使い手‥。それに引き換え、僕はバーサーカーの秘術で力任せに殴ったり蹴ったりしか出来ない‥。戦闘に関する知識と技術がないんです。なのでガーゴイルの戦略的な戦い方に追い詰められました‥」
とラファエルが話す。ラファエルはラファエルなりに自分の、つまりヴリトラの戦い方を分析していたのか‥。
「‥なので戦闘に関する技術を、多少でも身につけたいんです‥。この先、手強い相手も出てくるかも知れないし‥
」
とラファエルは言って、ミルコに宝来大国の地図を出してもらうように言う。ミルコは宝来の大まかな地図を持っているのだ。さすが世界を股にかける情報屋。
「‥ここが江洛です。輝京はここから東へ行った先‥。ここから南にずーっと行くと紅都がここにあります‥。ですが江洛から北に向かった所に燕山と言う山があります。そこに竜鱗寺と言う大きな寺院があるそうです。そこに『竜鱗寺拳法』と言う古来から伝わる格闘術があるというのを、昔父親から聞いた事があって、そこへ行ってその格闘術を身につけたいんです。‥もちろん、すぐに全てを体得出来るはずがないので、基本的な事だけでも良いんですが‥」
とラファエルが申し出る。
「‥一人で竜鱗寺に行くの?」
と僕が尋ねると、ラファエルは頷く。僕はみんなを見ると、みんなも顔を見合わせる。つまり、僕らは南に向かい紅都に行く。ラファエルは北に行き竜鱗寺に行く。そして東にある輝京に向かうのだが‥
「‥僕らは紅都へ行きその後に輝京へ向かうとして、ラファエルは竜鱗寺に行った後、いつ合流するの?方向は真逆だし輝京は東にある‥。僕らは通行手形があるから輝京を目指せるけど、ラファエルはどちらにせよ、一度紅都に行かないと輝京に行けないんじゃない?」
と、僕が素直な疑問を口にする。すると神楽が
「‥‥それなのであれば、私も竜鱗寺に同行させてください。実は竜鱗寺に武具を預けてありまして、取りに行きがてらご一緒できればと‥。私は通行手形を持っておりますし、ラファエルの分は竜鱗寺で頂けるかも知れません‥」
と申し出る。通行手形は竜鱗寺でも貰えるのか?ならば紅都に行かなくても皆で竜鱗寺へ向かえば‥?
「竜鱗寺では『試練の関門』と言う修行があり、それを突破したものに初段の称号が与えられます。段位は九まであり、上がれば上がるほど難しくなるそうです。つまり最初の段位が取れれば、竜鱗寺拳法の使い手と認められ、通行手形も与えられるそうです。ラファエルが竜鱗寺拳法に入門し試練の関門を突破すれば‥」
と神楽が言う。なるほど。みんなで竜鱗寺に行っても、僕らは頑張れば試練の関門を突破出来るかも知れないが、マリリアやミルコには荷が重いかも知れないか‥。それならばラファエル一人に頑張って突破してもらう方が話しは早いな‥。
「‥わかった。じゃあ、僕とヒルダ、マリリア、シーマ、ミルコは南の紅都へ行き、通行手形を貰った後に輝京に向かう。ラファエルと神楽は北の竜鱗寺に行き、試練の関門を突破して通行手形を獲得後に輝京へ向かう。なら合流地点は輝京でいいね?」
とみんなに伝えると全員が力強く頷いた。問題はラファエルが試練の関門の突破にどれぐらいの時間が掛かるかだ‥。理想は僕らが紅都に行き、輝京に着くと同時に合流する事だ。だが、そんなに上手くは運ばないよな‥。地図で見ると竜鱗寺の方が紅都より、ここ江洛から近いようだ。それでも輝京でしばらく待つ事になるかも知れないな‥。僕らは作戦会議を終えると、巴にお礼を言って店を出ようとする。すると巴が
「あれ?どこ行くの?夜ご飯、食べてくでしょ?」
と言う。なんと散らかった店を片付けた後、僕らの人数分の夕食を用意している最中だったのだ。何から何まで申し訳ないなぁ‥。僕は巴に先ほどの話し合いで明日、紅都と竜鱗寺に行く事になった旨を伝えると
「なら今晩は二階に泊まっていきなよ。ここは昔は宿屋も兼ねてたからさ。大浴場もあるんだよ」
と言ってくれた。今から宿を探すと大変だと言われ、僕らは好意に甘える事にした。店の奥にある大浴場に、女性陣と男性陣で交代で入ると、二階には昼間より豪華な食事が用意されていた。僕らは再度、宝来ならではの豪華な食事を堪能すると、畳に寝具を敷いてみんなで並んで眠りについた。ラズベリアではベッドが当たり前な為、大きな部屋で横並びに並んで寝る事が、とても新鮮だった。
そして朝になり僕らは支度を済ませると、巴にお礼とお別れを言う。
「‥絶対、また来てよ!待ってるからね!」
巴とマリリアは抱き合って別れを惜しんでいる。
「‥うん。必ず来るよ‥。その時はまた料理を教えてね‥」
マリリアはそう言うと馬車に乗り込む。なんと町の人達の好意で、馬車を三台も用意してくれたのだ。その内の二台に、僕とヒルダ、シーマ、マリリア、ミルコとクロが乗り込み、もう一台にラファエルと神楽が乗り込んだ。僕はラファエルと神楽に
「気をつけてね。輝京で会おう!」
と告げる。神楽は
「何かあれば、伝令として使い鳥を飛ばします。皆様からも何かあれば、その鳥に伝令を持たせてください。‥どうかマリリアの事をよろしくお願いします。‥マリリア、行って参ります」
と言った。マリリアは笑顔で手を振る。知らなければ、姉妹に見えなくもない。ラファエルもみんなに
「皆さんも気をつけて‥」
と言って頭を下げる。みんなが手を振って答えると、三台の馬車は走り出したのだった。




