第十一話 人ならざる者
僕らの宿泊している宿に、ランドルガン議会の職員がきた。宝来大国が近いから下船の準備をしてくれ、との事だった。予定では明日の朝、宝来に接岸予定だそうだ。僕らは大道芸団にその報告とお別れの挨拶をしに行く。カール団長やロビン、マリーやビルとウィルにも挨拶した。この後、ランドルガンはラズベリアに向かい、ガネーレ達を降ろした後にマルセルト公国に向かうという。そこでマリー達三人も降ろされるそうだ。それまでの間、マリー達はこの大道芸団で公演に出演する事を、ランドルガン議会から許されたのだ。
「マルセルトに着くまで、しっかりと稼がないとな!」
マリーが笑顔で言う。さすが逞しい。ガネーレ達も大人しくしているようだ。その辺の海に、小舟で放り出されるのを恐れているようだ。僕らはお別れを言うと宿に戻った。そして下船の準備を始めた。荷物をまとめると早めに就寝、そして次の日の朝、起きると宿を出発し港へ向かった。港には二艘の小さな船と船頭さんが二人、用意されていた。どうやらこれに乗り、宝来に上陸するようだ。一艘に僕らが乗りこみ、もう一艘にクロと荷物が乗せられた。船が出発しランドルガンから離れていく。ごく短い間だが、なんか色々あったなぁ‥。目の前には宝来の陸地が見えている。すると僕らの船の船頭さんが
「これから宝来の江洛という小さな港町に接岸します。皆さんを降ろしたら私らはランドルガンに戻りますんで‥」
と伝えてくれる。僕は
「宝来では補給はしないんですか?」
と尋ねる。ランドルガンは大所帯な為、事あるごとに補給をしていると聞いていたからだ。船頭さんは
「江洛は大きな街ではない為、ラズベリアに着くまで持たせるみたいですよ。それまでにいくつか船が接岸してくるでしょうし‥」
と言った。僕は納得するとしばしの間、小さな船での船旅を静かに楽しんだ。天気がよく海も静かだ。そしてみるみると陸地が近づき、小さな港町が見えてきた。船が小さな桟橋に接岸すると僕らは船から降りた。船頭さんにお礼を言うと船はランドルガンへと戻っていった。さぁ、いよいよ宝来大国だ。ラズベリアから初めての異国の地。江洛の街並みは明らかに今までの街と違っていた。きっと昔からの歴史と文化が違うのだろう。レンガや石造りで作られた建物はなく、木造が多い印象だ。
この場にいる全員が宝来は初上陸だ。もの珍しさに周りの景色ばかり見てしまう。町の人々も異国の人間が珍しいようだ。僕らを見ながら何やらヒソヒソ話しをしている。ヒルダはそんな事は気にも留めず、道ゆく町の人に
「ここで一番美味しいお店はどこじゃ?」
と聞いて回っている。すると一人の町人が一軒のお店を教えてくれた。僕らはお礼を言うと、その店に向かう。町の中心にある比較的大きな店だ。僕らは中に入ると席に通される。すると
「いらっしゃい!‥‥あれ?お客さん達、どちらから来たの?」
と元気のいい店の女性従業員が話しかけてきた。ヒルダやラファエルと同じぐらいの二十代前半だろうか?髪は黒髪を頭の上でお団子にしていて、目が大きくて特徴的だ。小柄だが宝来独特の布の服を着ている。活発で明るそうな感じだ。
「ラズベリアからだよ。ついさっきランドルガン経由で来たんだ」
ミルコが女性従業員に言う。するとその女性は大きな目を見開き
「ラズベリア!素敵な所よね〜!あたし大好き!いつか行ってみたいな〜」
と声をあげる。喜怒哀楽がハッキリしている人だなぁ、と感じた。
「‥あ、あたし巴で〜す。皆さんは?」
と興味津々で聞いてくる。僕らも一通り自己紹介する。するとヒルダが
「この店でイチ押しの品はどれじゃ?」
と聞く。巴は
「ラズベリアから来たんなら、これは?刺身って言って新鮮な生のお魚を醤油ってのに漬けて食べるの。美味しいよ!」
生の魚を?ラズベリアには生魚を食べる習慣がない。僕らは顔を見合わせるが、ヒルダは構わず
「じゃあ、それを人数分と‥あとは何が美味しいんじゃ?」
と巴に聞いている。まぁ珍しいものが食べれるなら、それでいいか‥。しばらくすると見た事がない料理の数々がテーブルに並ぶ。
「‥これ、あっさりしてて美味しい‥」
マリリアが豆腐というものを食べながら呟く。刺身というのも美味しい。生の魚は初めてだが、新鮮だとこんなに美味しいものなのか‥。僕らは一通り宝来ならではの料理を堪能すると、巴に宝来の国王龍禅がいる宝来の首都、輝京への行き方を聞く。
「輝京へ行きたいの?それなら一度、紅都へ行かないとね」
と巴が言う。
「紅都?」
僕が聞くと巴は
「紅都は輝京に次ぐ『第二の都』と呼ばれている大きな街よ。ここからだいぶ南に行った所にあるんだけどね。その紅都へ行って輝京への通行手形を貰ってこないといけないの」
と言った。ラファエルが
「通行手形って?」
と聞くと巴は
「輝京への行き方は幾つかあるんだけど、どこも必ず関所と言うものがあるの。その関所を通る時に通行手形が必要なのよ。だから輝京に行くには必然的に通行手形がないと行けないのよ」
と教えてくれた。なるほど。国が変わると色々しきたりも変わるものだな‥。すると巴が僕の腰にさしてる剣を見て
「‥ひょっとして剣が使える人?」
と聞いてくる。どういう意味かはわからないが
「‥‥え?‥ま、まぁ多少なら‥」
と答えた。すると巴は
「ならお願いしてもいい?最近、向こうに見える山に蝙蝠の魔物が数匹、棲みついたみたいでさ。度々、この町に来るんだよね。その度にみんな家に避難しないといけないし、この前も二人が大怪我したし、なんとかしてほしいのよ。お願いしてもいい?」
巴は両手を合わせて頼んでくる。
「交渉次第だな。条件は?」
シーマが腕組みしたまま聞く。‥おいおい。シーマまでヒルダに似てきたぞ‥。
「‥ん〜、紅都に行きたいんでしょ?じゃあ、紅都までの馬車代を町のみんなで出す!これでどう?」
巴が言うと
「決まりじゃな」
ヒルダが笑みを浮かべて立ち上がる。めでたく交渉成立だ‥。まぁ、数匹の魔物退治であれば、大した手間ではないだろう‥。美味しい料理も食べさせてもらった事だし、ちょっとした人助けといこうか。僕らが魔物の棲み家への行き方を聞いていると
「あ、俺は留守番でもいい?」
とミルコが言う。僕が理由を尋ねると
「宝来の情報を仕入れたくてさ。この町の人達に色々聞いて回ろうと思ってて‥」
と言った。さすが情報屋。新しい情報に目がないんだろう。するとマリリアも
「‥私もいいかな?巴さんにこの国のお料理を教えて欲しくて‥」
と言う。巴は
「あたしに?もちろん!教えちゃう教えちゃう!」
巴は大喜びだ。僕は
「わかった。じゃあ、四人で行ってくる」
と言い、出発の準備を始める。聞いた所、魔物の住処は山の中腹辺り。そんなに遠くはなさそうだ。今から行けば、日が暮れる前には戻ってこれる。もちろん順調にいけば、の話しだが‥。
「安心しろ。すぐに戻るからのう」
ヒルダもマリリアとミルコに言うと、僕とヒルダとシーマとラファエルの四人は魔物退治へと出発した。
アストリア達が出発すると、ミルコは早速町へ出た。そしてとにかく手当たり次第に声を掛けていく。話を聞きながら、どんな些細な話しでも紙に書いていった。どんな話しが情報になるかわからない。だからとにかく色々な話しを正確に記憶する事が大事なのだ。時には思いもよらない事が情報となる事もある。ある人にはどうでもいい事が、ある人には重要な情報となる。そういうものなのだ。マリリアは今頃、あの店で巴さんに料理の手解きを受けている。確かに異国の食文化は興味深いものだ。そんな事を考えながら、町を一通り回った時だった。空が突然、暗くなった。さっきまで晴れていたのに‥と空を見上げると、なんと無数の蝙蝠の魔物が町の空を覆っていたのだ。体が大きく犬ぐらいの大きさだ。羽を広げると山羊や羊と同じぐらいの大きさになる。足に鋭い爪があり、口には獰猛な牙がある。なぜだ?アストリア達はこの魔物を退治しに行ったのではないのか?しかもこの数。物凄い数だ。聞いてた話しでは数匹だったはず‥。まさかアストリア達がやられた?いやそれはないだろう。きっと何かの手違いか何かだと思いたい。すぐに助けに戻ってきてくれるはずだ。それまでは俺がしっかりしないと!周りを見ると町の人々は口々に悲鳴をあげて逃げ惑っていた。
「早く!自分の家に逃げて!しっかり戸締りをして、家から出ないように!」
ミルコは逃げ惑う人達に叫びながら、さっきいた店へと走る。と、突然右肩に衝撃と痛みが走る。蝙蝠の魔物が飛びながら喰らいついてきたのだ。ミルコは短剣を抜くと上空へ振り回す。蝙蝠の魔物は怯む事なくミルコのすぐ上を飛び回り攻撃してくる。ミルコの腕が切り傷で血に染まっていく。すると
「ディザイアード!」
マリリアが町の異変に気づき外へ出てきたのだ。マリリアは防御魔法で防御壁を作り、蝙蝠の魔物の攻撃を防いでくれた。だが魔物は構わず防御壁に攻撃を続ける。ガツン!ガツン!とぶつかる音が響く。無数にいる蝙蝠の魔物の波状攻撃で防御壁はすぐに破られてしまった。すぐさまマリリアが新たな防御壁を作る。だがそれにも蝙蝠の魔物が攻撃を仕掛ける。破られるのも時間の問題だ。このままではマリリアの魔力が持たない。なんとしてでもマリリアと町の人達を守らないと‥。ミルコの頭にかつての自分が過った‥‥。
ミルコは西の大陸にある、ロメスタという街で生まれた。比較的大きな街で多くの人で賑わっていた。だがミルコの家はとても貧しかった。三人兄弟の長男で一歳づつ離れた弟と妹がいた。父親は血は繋がっておらず博打打ちで、母親は売春婦だった。父親は酒を飲んで機嫌が悪くなると、子供達を殴るようになった。ミルコは弟と妹を守る為、自分だけが殴られるようにした。母親は見てみぬふりだった。どんなに激しい暴力も理不尽な事もミルコは耐えた。毎日が地獄のようだった。生きていく事が嫌になったりもした。だが自分がいなくなれば、父親の暴力の矛先は弟と妹へ向けられる。それだけは、絶対にさせたくなかった。たとえ骨が折られるまで殴られても必死で耐えた。ミルコが八歳の時、父親が博打を取り仕切る組織の金を使い込んでのがバレて、組織の用心棒が何人もミルコの家に乗り込んできた。父親は殴られて血まみれだった。数日中にとんでもない大金を耳揃えて返せと言われていた。返さなければ殺すと‥。その次の日、ミルコは母親に買い物を頼まれた。買い物を終えて家に戻ると弟と妹の姿が見えなかった。母親に聞いても答えてくれなかった。父親が家に戻ると大金を手にしていた。だが、まだ足りないと呟いていた。嫌な予感がした。恐る恐る、父親に弟と妹の事を聞いた。金がいるから売り飛ばしたと答えた。ミルコは頭の中で何かが崩れる音がした。気づくと父親に殴りかかっていた。殴り返され蹴り飛ばされても更に殴りかかっていった。弟の優しい手。妹の可愛らしい目。もう見る事も触る事も出来ない。何より、もう守ってあげる事が出来ない。悔しかった。この男が憎くて憎くて仕方がなかった。血まみれで骨が折れて激痛で動けなくなるまで殴りかかった。そしてミルコも次の日に売りに出された。人身売買の組織が開催する『市場』は港の地下倉庫で開かれる。買い手が決まり次第、直ちに『出荷』されるからだ。『商品』となる人間は檻に入れられ『お客様』は商品をじっくり見て回る。買い手の思惑としては、奴隷として働かせたり性の対象とするのが主だ。なので見た目の良い人間や、頑丈そうな人間が高額で取引される。だがミルコは血まみれで顔が腫れ上がり、腕や足が折れてボロ雑巾のように檻の中で倒れたまま放置されていた。なのでミルコの買い手はいなかった。市場が閉まる寸前に一人の男がミルコの檻に近づいてしゃがみ込んだ。
「‥ひでぇな。誰にやられたんだ?」
男がミルコに聞く。ガッチリとした体格で大柄な男だ。四十代ぐらいで、坊主頭に髭を生やしている。
ミルコは倒れたまま、うっすら目を開けると
「‥‥父親だった男‥」
と答えた。それを聞くと男は
「‥そいつに復讐したいか?」
と聞いてきた。ミルコは
「‥‥いや。‥弟と妹を取り戻したい‥」
と言った。どんなに時間が掛かっても構わない。今頃、きっと酷い事をされている。だからいつか必ず取り戻したい。それがミルコの願いだった。
「‥それをするのに必要なものは何かわかるか?」
と男が再度聞いてくる。ミルコは少し考え
「‥‥力?かな‥」
と答えた。
「残念!ハズレだ坊主。必要なのは『情報』だ。情報を集めれば人探しなんて容易い」
と言いながら男は立ち上がる。そして
「そんだけボロボロにされたのに、そいつに復讐しねぇ根性は褒めてやる。どうだ?情報を集めて弟と妹を探してみるか?」
と聞いてきた。ミルコは少し考えた後、力を入れて起き上がる。全身に激痛が走る。骨が折れている所が飛び上がるほど痛い。だがミルコは歯を食いしばり頭を地面に擦りつけ、なんとか土下座の体制をすると
「‥‥ミ、ミルコ・シャンティ‥‥です。‥よ、よろしく‥お願いします‥」
と言った。男はそれを見ると
「ルドガー・アレクセイだ。よろしくな」
と言ってミルコを檻から出したのだ。
それからミルコはルドガーに連れられ東の大陸に渡った。ルドガーは情報屋として身寄りのない人間を集めていた。その方が情報を集める際に、正体がバレにくいという。人身売買の会場にいたのも、人を集める為だったのだ。そしてそんな連中を集めたベルグンガルドのシーキャットで、ミルコは情報屋見習いとして働き出した。シーキャットの人達はみんな優しかった。ミルコは最初は塞ぎ込みがちだったが徐々に慣れていった。元々明るい性格だった為、しばらくすると本当の家族のように仲良くなった。ルドガーも厳しく熱心に情報屋の仕事を教えてくれた。時にひどく怒られる事もあったが、決して暴力は振るわなかった。西の大陸の両親のことはすぐに忘れた。母親のことは少し心に残ったが、弟と妹の行方を探すのに全力を尽くそうと思った。ミルコは器用で要領も良かった為、あらゆる知識や術をどんどん吸収していった。文献も沢山読んだ。十三歳になる頃には、ルドガーの手伝いとして情報屋の仕事を手伝わせてもらえるようになった。ルドガーは少し抜けている所もあって、ミルコがそれを補うように助力した。それから一年後に、ようやく弟と妹の有力な情報を手に入れた。弟はドルギア帝国の貴族に。妹は宝来大国のお金持ちに売られていた。そして更に調べて、その半年後に現在の状況が判明したのだ。弟は二年前に亡くなっていた。病死だった。元々、体が弱かった。一緒にいた時も、よく看病していたのを思い出す。最後に一緒にいてあげれなかった‥。ミルコは悔しさで唇を噛み締める。妹は宝来の金持ちに買われた後、しばらく後に行方知れずになったという。妹はまだどこかで生きているかも知れない‥。微かな希望だけが残った。ミルコは引き続き、妹の行方を探すことにした。もう一度。もう一度会いたい。ただそれだけだった‥。
そしてそれから二年経ったある日、シーキャットに女性の客が訪れる。フードを深く被っていたが、顔はよく覚えている。その女性がオルタナ王国近衛師団長のジェイガンの使いで、とある少女の身辺調査を依頼されたのだ。何やら自分は大切な用事があるとかで、しばらく国から出るとか言っていた。少し胡散臭い匂いを感じ、ミルコとルドガーが調べると、その少女はオルタナ王国のリリア王女だった。ミルコとルドガーは高額の報酬に惹かれて依頼を引き受け、リリア王女が向かったとされるベリアードに自分達も向かったのだ。ルドガーは四年前に闘技大会に出場し、三位入賞を果たしたので今回も参加すると言って聞かない。あの年はたまたま有力選手の辞退が相次いだので不作の年だったのだ。それを説明してもルドガーは聞かなかった。やれやれと思っている所にルドガーがラズベリア軍の馬車を見つける。ミルコが一人で様子を見に行き、そこでアストリア達と出会ったのだ。ベリアードに入りアストリア達と別れた後でルドガーと合流した。リリア王女発見の一報を伝えるとルドガーはしばらく考えた後
「‥知り合いになったなら話しは早い。お前はついていける所までついていけ」
と言う。
「‥別にいいけど、ルドガーは?どうすんの?」
とミルコが聞くとルドガーは
「俺は闘技大会で今回こそ優勝するから、この仕事はお前に任すよ。お前の好きにやりな。まぁ、あらかた片付いたら俺の優勝賞金でどこかで豪遊しようぜ」
と言って笑っていたが、予選で八咫烏に一瞬で気絶させられ敗北し、それが原因で腰痛が悪化し動けなくなり、ベルグンガルドの自宅で療養を余儀なくされたのである。そしてミルコは再びアストリア達に近づき、行動を共にする。アストリアやヒルダは見る限り怪しい人間には見えない。あろう事かラズベリア最強と名高いシーマ・シュタイナーまで同行する事になった。マリリアにはベルグンガルドへ向かう途中でみんなの隙を見て伝えた。驚いているようだったが、みんなにまだ素性は話したくないと言われた。なのでミルコは自分の素性も、マリリアが全てを告白した際に自分も話そうと思った。なんとなくだが、そう遠い話しではないような気がしたのである。そしてベルグンガルドでマリリアが拉致されて、ミルコは情報屋の力を駆使してマリリアを探し出した。ルドガーが前に言った言葉が頭を何度も過って自分に言い聞かせた。『情報を集めれば人探しなんて容易い』あの時、マリリアを探しながら弟や妹を必死で探した事を思い出していた。そしてその後にマリリアの過去の話しをみんなで聞いた。なんとか力になりたいと心から思った。アストリアやシーマのような力は自分にはない。だが情報は集められる。弟と妹は守ってあげられなかった。だからこそ、今度は情報を使ってみんなの助けになり、マリリアを守りたい。そうミルコは固く決意していたのである。
マリリアはタクトを構えて連続で防御壁を出している。
「‥‥ハァハァハァ‥‥」
息が荒くなっていく。魔力は魔法を使う度に消耗する。魔法を使うと、全身が脱力するような感じになるのだ。それをもう何度も使っている。マリリアは今や立っているのがやっとの状態だ。ミルコはふと何かを思い出し、背中に背負っていた袋を漁り始める。
「‥確かどこかに‥‥」
あった!取り出したのは一本の爆薬だった。ランドルガンに乗り込む船に乗っていた時に、何かの時に役立つだろうと思い、暇なのを利用して調合して作っておいたのだ。
「マリリア!もう少し頑張って!」
ミルコは火を探す。どこかに燃えてるものは‥。あった!家の軒先に掲げてある、紙のような物で包まれて中に火が灯してある、ランプ替わりの物。後で知ったのだが『提灯』というらしい。あれだ!ミルコは提灯目掛けて走り出す。
「‥!‥ミルコ!」
マリリアは防御壁で魔物の攻撃に耐えながらミルコの方を見る。
「マリリア!衝撃が来る!防御壁を途切れさせないで!」
ミルコは導火線を歯で噛みちぎりながら叫ぶ。爆破までの時間を短くしたいのだ。ミルコは軒先に掲げてある提灯を飛び上がって取ると、中で火がついている蝋燭を取り出し導火線に火をつける。無数に上空を飛んでる魔物の数匹がミルコ目掛けて飛んでいった。ミルコは導火線に火がつくと、向かってきた魔物を短剣で振り払い、上空へ向けて爆薬を放り投げた。爆薬は群がる魔物の群れの真ん中あたりに飛んでいく。ミルコは地面に伏せて頭を両手で押さえる。
ドオォォォォン!
耳をつんざく爆発音。マリリアの防御壁には爆風とバラバラになった魔物の体の一部が飛んできた。ミルコは爆風の衝撃が止むと上空を見上げる。半数ぐらいはやったか?でもまだ半分残っている。爆薬は一本しかない。この後どうする‥?その時、蝙蝠の魔物の鳴き声が山の方から聞こえた。そちらの方を見たミルコは愕然とする。山から更にもの凄い数の蝙蝠の魔物がこちらに向かって飛んできていたのだ。
「くっ!マリリア!店に入ろう!」
ミルコは走ってマリリアの所へ戻るとマリリアの手を取り、先ほどの店まで走る。マリリアは体力を消耗していて足元がおぼつかない。ミルコは追撃してくる蝙蝠の魔物を短剣で追い払いながら、マリリアとようやく店の中に入って扉を閉めた。
その頃、アストリア達は蝙蝠の魔物が住むという山にいた。鬱蒼と木が生い茂っていて上空を覆っており、空が見え難い状況だったのだ。なので最初の蝙蝠の魔物の大群が山を飛び立ったの事に気づかなかったのである。そろそろ魔物の棲み家があると言う巨大な洞窟に到着する頃に、遠くで
ドオォォォォン
と爆発音が聞こえた。急いでシーマが高台に登り音のした方を伺う。
「まずい!蝙蝠の魔物の群れが町を襲撃している!」
なんだって!町にはミルコとマリリアがいる。きっと懸命に対応してくれているだろうが、急いで戻らねば危険だ!その時、地響きのような羽音をたてて洞窟から蝙蝠の魔物の大群が町に向かって飛び出していく。夥しい数の蝙蝠達は群れをなし、まるで洞窟から黒い帯が伸びているように見える。
「な、なんという数じゃ!」
ヒルダが驚いて叫ぶ。
「おい!急いで戻らねぇと、まずいぞ!」
ラファエルから変わっているヴリトラが全速力で走り出す。僕とシーマとヒルダも続いて下山を始めた。
ミルコは店の中を飛び交う蝙蝠の魔物と短剣で格闘していた。どうやら二階の窓が開いていたらしく、そこから侵入してきたのだ。外で見るのと家の中で見るのとだと、大きさが違って見える。同じ大きさのはずなのに、家の中で見ると外で見るより何故か大きく見えるのだ。大きな蝙蝠の魔物にとっては狭い家の中なのに、自由自在に飛び回りミルコの短剣も綺麗に避ける。マリリアももう防御魔法を繰り出す力がない。力なくタクトを上空に振り回す。そのマリリアの後ろで巴が大きな鍋で応戦している。大きな鉄の鍋なので魔物の攻撃を防げるようだ。他の従業員もそれぞれ大鍋で身を守っている。
「これ!使いなよ!」
巴が自分が使っている大鍋をミルコに渡そうとする。
「いや!それは巴さんが使って!俺は大丈夫!俺よりマリリアを!」
ミルコが叫ぶと巴はフラフラのマリリアに
「マリリア!こっちだよ!」
と叫びマリリアを攻撃しようとしている魔物を大鍋で威嚇する。従業員達は部屋の隅で一塊になって大鍋で防御しているのだ。マリリアをどうにかその集団の所まで連れていくと、蝙蝠の魔物達が大鍋目掛けて総攻撃を始める。マリリアの魔法の防御壁にやったように複数で連続しての体当たり。
「ぐっっ!」
「うわぁぁ!」
「だ、だめだ!」
たまらず大鍋で防御している従業員達から悲痛な叫びが上がる。犬ぐらいの大きさの塊がもの凄い勢いで何度もぶつかってくるのだ。いくら鉄の大鍋でも伝わる衝撃は相当なものだ。そう何度も耐えられるものじゃない。
「やめろぉ!」
ミルコが短剣を振り回して蝙蝠達を追い払う。が、今度はミルコが蝙蝠の魔物の総攻撃をくらってしまった。肩や腕が噛みちぎりられたり、爪で引き裂かれたりした。一匹の魔物がミルコの肩に足で摑まり額に食いつく。ミルコが短剣を振り回すと額から血が吹き出た。まずい。先ほどから腕や肩から出血していて血が止まらない。貧血なのか一瞬、気が遠くなった瞬間だった。ミルコの正面から一匹の魔物が胸元に体当たりをすると、ミルコは体勢を崩して仰向けに倒れる。その上からもう一匹が馬乗りになり、ミルコの喉を食いちぎろうと牙をたてたのだ。ミルコが短剣で下から堪えようとするが、激痛で腕に力が入らない。両腕とも切り裂かれたり食いちぎられたりしていたからだ。蝙蝠の魔物は怪力でミルコの喉に牙を立てようとする。薄れゆく意識の中、マリリアが何か叫んでいる。あぁ、もうダメか‥。アストリア、ごめんよ‥。マリリアを守れなかった‥。また‥また‥俺は守れなかった‥。情けねぇよなぁ‥。
その時、声が聞こえた。
「よくやった。あとは任せろ」
ミルコの体の上に乗っていた蝙蝠の魔物が突然、真っ二つになる。ミルコは意識を取り戻し慌てて起き上がった。うぅ‥貧血で頭がクラクラする‥。でも今はそれどころじゃない!ふと隣に人影がある事に気づく。その人物を見ると、なんと八咫烏だったのである。闘技大会と同じようにフードを被り仮面を着けていて正体はわからない。その八咫烏がミルコを助けたのだ。ミルコは訳が分からず戸惑う。そのミルコに
「来るぞ!後ろだ!」
と八咫烏が叫ぶ。とっさにしゃがんで避けると、八咫烏がその飛んできた魔物を持っていた短剣で切り裂く。そう、蝙蝠の魔物に避けさせないのだ。避ける方向に動いて刃を合わせている。蝙蝠の行動や習性を充分に把握していても出来る芸当ではない。ヴリトラと互角に戦って見せたのも、この高い身体能力ゆえだろう。部屋に入り込んだ数匹を瞬く間に全て斬り落としてしまった。
「‥二階の窓!今の内に急いで閉めよう!」
巴が言いながら駆け出すと他の従業員達も慌てて二階に駆け上がって行った。ミルコは力が抜けその場に座り込んだ。マリリアも座ったまま動けないようだ。
「‥‥あなたは何者?‥どうして私達を助けてくれるの‥?」
マリリアが座ったまま八咫烏に聞く。八咫烏は黙ってマリリアを見つめている。その時だった。
バァァン!
何かが弾け飛ぶような音がした。見ると木製の扉に大きな穴が開いており、蝙蝠の魔物が部屋の中を飛んでいたのである。どうやら勢いをつけて扉に体当たりをして、突き破ってきたようだ。
「話しはあとだ」
八咫烏がそう言うと低い体勢で身構える。するとその部屋に突き破ってきた蝙蝠の魔物が飛びながら空中で静止する。よく見ると蝙蝠の魔物ではなかったのだ。両耳が大きく頭に角が二本生えていて顔は鬼のようだ。両腕もしっかりあって人間と同じような体をしている。羽は大きく見た目は蝙蝠の羽そのものだ。
「‥なんだ。少しは骨がありそうな奴がいるではないか‥」
驚くことにその魔物が喋り出したのだ。
「ま、魔物が喋った‥?」
ミルコは驚いて口走る。マリリアも驚いているようだ。
「‥こいつはガーゴイル。魔物ではなく悪魔だ。悪魔は人の言葉を喋る事が出来る‥古来より『人ならざる者』と呼ばれている」
八咫烏が淡々と説明する。こいつが悪魔‥。遠い昔のお伽話だと思っていた‥。本当にいるのか‥。
次の瞬間、八咫烏が素早くガーゴイルに斬り込む。ガーゴイルは難なく避けると八咫烏を掴んで投げ飛ばした。八咫烏は投げ飛ばされ、木製の扉を突き破って外へ飛び出していった。ガーゴイルが後を追う。ミルコとマリリアも立ち上がり外へ出ようとして、扉付近で思わず立ち竦んだ。外は蝙蝠の魔物の大群で、空一面が真っ黒に覆われていたのだ。もの凄い数である。さっきと比べものにならない。八咫烏はガーゴイルと戦っているが、上空から蝙蝠の魔物がガーゴイルの手助けに入る。八咫烏の肩や腕を噛みちぎったり、引き裂いたりしているのだ。八咫烏が蝙蝠に気を取られると、ガーゴイルの突きや蹴りが入る。ガーゴイルの戦い方は、飛んでる事以外は人間そのものだ。ミルコが痛む傷を堪えて加勢に行こうとした時、蝙蝠達の一部がミルコとマリリア目掛けて飛んできた。
「まずい!」
ミルコは慌てて隣にいるマリリアに覆い被さる。無数の蝙蝠は、ミルコの肩や背中や腰や足に爪や牙を立てる。ミルコは体中に激痛が走り、たちまち血が吹き出る。くっ!こうなればマリリアだけ、マリリアだけでも守らなくては!諦めかけたのを八咫烏に助けてもらったんだ。今度こそ!今度こそ守るんだ!ミルコは激痛に耐えながら、雄叫びを上げる。全身が痛い。だがたとえ啄まれて骨だけになろうとも、ここを動く訳にはいかない。弟と妹は守れなかった。だがマリリアは守る!死んだって守ってやる!
と、背中の衝撃が突如止んだ。そして誰かに肩を叩かれた。
「ごめん、ミルコ。遅くなった。本当によく頑張った!」
顔を上げるとアストリアの笑顔があった。
「‥‥‥おっせぇよぉ。死んだかと思ったじゃんよぉ‥」
背中の激痛からか安心したからか、ミルコは気づくと涙を流していた。本当にごめん。でもなんとか間に合ったようだ。八咫烏を攻撃していたガーゴイルが、突然吹っ飛ぶ。
ヴリトラが横から蹴り飛ばしたのだ。
「‥よぉ。久しぶりだな。テメェとは決着つけねぇとな」
ヴリトラが嬉しそうに八咫烏に言う。
「その前にアイツだな‥」
ヴリトラは身構えるとガーゴイルに飛びかかっていった。
僕はミルコを抱き起こす。シーマも到着してマリリアに声をかける。ミルコもマリリアも命に別状はないようだ。
「‥アストリア、シーマ。蝙蝠の魔物は素早いから気をつけて」
ミルコが僕らに教えてくれる。シーマは軽く笑みを浮かべると、あっちを見ろという仕草をしながら
「‥あぁ、わかった。でもな、もう大丈夫だ。お前やマリリアを傷つけられて相当お怒りの方が到着したからな‥」
ミルコとマリリアがその方向を見ると、ヒルダがゆっくりと歩いてくる。体の周りは炎で包まれている。
「‥‥妾の連れが大層世話になったのう。たっぷりとお返しをさせてもらうぞ」
そう言うと炎が一層ゆらめき立つ。
「我が名ヒルダの名において命ずる。灼熱の業火で焼き尽くせ!」
蝙蝠で真っ黒に染まった空が、一瞬で真っ赤に染まった。業火は空全体を覆い尽くし飲み込んでいった。まるで巨大な赤い化物が空を食べているような感じである。あっという間に蝙蝠の魔物達を焼き尽くすと、一瞬で消え空はまた昼過ぎの長閑な青い空に戻ったのだった。
ヴリトラの素早い突きや蹴りをガーゴイルが難なくかわす。ヴリトラはイラついた口調で
「‥くそっ!ちょこまかと動きやがって!」
と叫ぶ。ガーゴイルは空を飛びながら戦っている。攻撃の時は地面に降り、危なくなると空中へ逃げる。今まで戦ってきた奴らとは明らかに動きが違う。とても戦い辛いのだ。ガーゴイルがそんなヴリトラの隙をついて脇腹に拳を叩き込む。
「ぐっっ‥」
痛みを堪えてヴリトラも拳を振り回す。ガーゴイルは綺麗にかわすと、また空中へ逃げた。ヴリトラの攻撃が止むと、また地面に降り今度は反対の脇腹に拳を叩き込む。すると明らかにヴリトラの動きが鈍くなる。
「‥‥ぐっ‥くそっ‥‥」
体が重い。足が上がらない。腹に何発かくらったからか?そこへガーゴイルが空中でヴリトラの顔面を蹴る。たまらずヴリトラが仰向けに倒れる。
「‥ようやく効いてきたか。充分頑張った方だぞ?」
ガーゴイルが勝ち誇ったように言う。ガーゴイルはヴリトラの腹を狙って攻撃していたのだ。顔面への攻撃は、当然警戒されて当たり辛い。体への攻撃は比較的に当てやすいのだ。そして体への攻撃は、即効性はないが体力を奪う事が出来る。ヴリトラは何度も腹に攻撃をもらったせいで、一時的に動きが鈍くなってしまったのだ。ガーゴイルがヴリトラにトドメを刺そうとした瞬間、八咫烏がガーゴイルに斬り込む。
「忘れてもらっては困る‥」
八咫烏がガーゴイルに言う。ガーゴイルは攻撃をかわしながら、ヴリトラとの戦い同様に空中に逃げようとする。だが八咫烏は逃さない。高く空中へ飛び上がると、ガーゴイルの上から両足で地面に蹴り落とす。回転して着地したガーゴイルに、空中から八咫烏が短剣を突き立てようと飛んでくる。避けようとするガーゴイルにヴリトラが飛びついて抱きつく。
「‥逃がさねぇよ!」
ヴリトラは鼻血で真っ赤な顔で不敵に笑う。
「くっ‥離せぇぇぇ!」
近づくで離そうとするガーゴイルをヴリトラが怪力で締め付ける。そこへ空中から飛んできた八咫烏が、ガーゴイルの頭に短剣を突き立てた。
「ぎやぁぁぁぁぁぁ!」
ガーゴイルは断末魔の叫びを上げると、煙になり消えていったのだった。
僕らはヴリトラ達に駆け寄る。
「ヴリトラ、大丈夫?」
僕が声をかけると、ヴリトラが親指を立てて僕に見せる。そして僕らは八咫烏を見る。八咫烏はその場の全員を見渡すと、自分の仮面に手をかけた。
「‥‥!‥神楽?‥神楽ではないですか!」
マリリアが驚きの声を上げる。仮面を取った八咫烏の正体は、オルタナで情報収集をしていたエザリアの部下、神楽という女性だったのだ。
「‥申し訳ございません。皆様、並びにリリア様への度々のご無礼、どうかお許しください‥」
とその場で片膝をついて頭を下げる。
「あの時の姉ちゃんが神楽って人だったのか‥」
ミルコも驚いている。そう、ミルコにジェイガンの使いとして依頼をした女性も神楽だった。
「‥どういう事か説明してくれないか?」
僕が言うと神楽は頷いた。
僕らは場所を変えて、神楽の話しを聞く事にしたのだった。




