第十話 正しい事
次の日の朝、僕らは出発の準備を整える。これから船に乗りランドルガンを目指す。ランドルガンは海上移動都市。言わば移動する島だ。常に居場所が変わる為、大まかな位置まで行き、あとは目視で探さなければならないそうだ。そんな博打的な行き方なのか‥。ランドルガンも物資の補給の為、そういう船を自ら探しているそうだ。物資の補給がてら、乗っている人を上陸させてくれる。だが乗り込むには、厳しい審査があると言う。シーマやラファエルは、ラズベリア国民としての証明書を持っていて問題なさそうだが、僕とヒルダは東の大陸の人間だ。それにヒルダは千年前の人だし、マリリアは身分を明かせない。ミルコも正規の証明書は持っていないらしい。
「まとめて全員の証明書を作ったから‥」
ミルコが知り合いの業者に頼んで、証明書を偽造したようだ。多少気が引けるが、マリリアの身の安全を考えると身分を明かす訳にはいかないし、僕らのように身分が曖昧だと上陸許可が降りないと言う。そんな厳しい審査に通れば、ランドルガンに上陸出来る。ランドルガンはどこの国にも属さない独立中立都市なのだ。その為、犯罪者や訳ありの人々が多数亡命してくるそうだ。厳しい審査さえ何とか乗り切れば中立都市の為、公には誰も手を出せなくなるからだ。なのでランドルガンは別名『亡命都市』と呼ばれているそうだ。国が丸ごと海を移動してるような感じである。国ごと移動してしまえば、様々な国と貿易も出来るし、いざとなれば危険を避ける事も出来る。安全かつ便利となれば、沢山の人が入国したくなる。その沢山の入国費で国は潤うと言うわけだ。それに何かあればすぐにランドルガンから追い出されてしまう為、治安はとても良いという。多くの人が何か訳ありで追い出されると困る為、大人しく暮らしてると言う訳か‥。なんか複雑な所だな‥。
僕らはシーキャットの従業員達に、お礼とお別れを言うと港へ向かった。ここベルグンガルドは港街の為、朝は早い。早朝から漁の船や他の国の船がたくさん行き交う。今は昼に近い午前中だが、まだまだ沢山の人で賑わっている。
「え〜と‥。あ、たぶんあの船だ!」
ミルコが比較的、大きめな船を指差す。僕らはミルコに連れられて乗船手続きを済ますと、ランドルガン行きの船に乗り込んだ。木で出来た立派な帆船だ。大きな帆が聳え立っている。甲板から階段で船の中に降りると小部屋が幾つかある。僕とラファエルとミルコが同じ部屋で、ヒルダとシーマとマリリアが隣の部屋だ。三人でもかなり狭い部屋だが、ランドルガンに着くまでの辛抱だ。早ければ二、三日で着く、というか探せるらしい。早ければ、と言うのが気になるが‥。しばらくすると船が動き出したようだ。僕らは甲板へ上がる。とても天気がよくカモメが沢山飛んでいた。
港から見送る人達が手を振ってくれている。僕らも手を振り返し、船は潮風に吹かれながら海原を進んで行く。僕らはまた階段を降り船室に戻ると作戦会議を始めた。
「これがみんなの身分証。みんな自分の名前を覚えてね」
ミルコが言いながら全員に紙を手渡していく。その紙にはデタラメの名前と住んでいる場所や僕の似顔絵などが書き込まれている。証明書専門の絵師がいて、そっくりに描いてくれるのだ。あまりにそっくりな似顔絵に感心してしまう。みんなのを見ると、それぞれそっくりに描かれている。ベルグンガルドに一人しかいない、引退した証明書専門絵師に描いてもらったのだ。昨日の夜、徹夜でミルコ以外の五人分を描いてもらったそうだ。専門絵師の報酬と、この船の乗船券。それとこの証明書の作成料とランドルガンの入国料。合わせると、かなりの金額だ。バルデスの護送のお礼とシーマの闘技大会の優勝賞金では足りず、シーキャットにツケで払ってもらった。
「どこかでお金稼がないとね〜」
ミルコはなんか嬉しそうだ。儲かってしょうがない、って感じかな?なにより、旅を続けるにもお金がいる‥。『この世はお金が全て』と誰かが言っていたが、この世がお金を中心に全ての仕組みが成り立っているのは事実だ。仕組みに則って生活する以上、お金が必要になる。
「また何か探すとするか‥」
ヒルダは溜息混じりに呟くと部屋から出ていく。僕が部屋から顔だけ出すと、通路の先で乗組員と話してるヒルダが見える。この船に乗ってる人達にお金儲けの話しを聞きに行ってるのか?バルダナでも酒場でヒルダが山賊調査の話しを聞き出したっけ‥。しばらくするとヒルダが満面の笑みで戻ってきた。
「喜べ。お金になりそうな話しがあったぞ」
早速、みんなを集め
「どうやらランドルガンの大道芸人団が演者を探しておるようじゃ。かなり報酬はいいらしいぞ」
と言った。
「‥でも僕らはランドルガンに長期滞在する訳じゃないけど‥」
と僕が言うと
「優れた技を持ってれば、数日でも良いそうじゃ。むしろ長期だと飽きられてしまうそうじゃ」
なるほど。どんなに凄い事をやっても、同じ事ばかりやってると飽きられてしまうのか‥。でも僕らは大道芸なんてやった事がない。一体、何が出来るだろう?するとミルコが
「アストリアとシーマの剣技は?ちょっとした技とかなんかないの?」
とんだ無茶振りをしてくる。と、シーマが
「‥ミルコ。そこの壁に立ってごらん」
と言う。ミルコが不思議そうに部屋の壁際に立ちこちらを向く。
「絶対に動くなよ‥」
シーマはそう言うと、素早くナイフを五本同時にミルコに投げたのだ。凍りつくミルコの頭のてっぺんと両耳と両肩スレスレにナイフが飛んでいき壁に突き刺さった。
「‥これぐらいなら出来るがな‥」
シーマが呟くとミルコが床に力無く座り込む。
「‥‥し、死んだかと思った‥」
ミルコが泣きそうな声を出す。これなら大道芸として充分だろう。あとは誰がミルコの役をやるかだな‥‥。
「お主は目隠ししてリンゴでも切ったらどうじゃ?妾も加減して炎を出して見せれば、それなりにウケるじゃろう?」
ヒルダが言う。僕は無明剣を普段使っている。目を閉じて戦っているのだ。僕には当たり前の事なんだが、周りから見ると不思議な光景なんだろう。そうか。目隠ししてリンゴを切ったりするのは僕には簡単な事だが、見せ物として成立するのか‥。
「僕は助手とかお手伝いをしますよ。ヴリトラは不器用だし加減が出来ないから、大道芸には向いてないと思うんで‥」
確かに‥。
「私もこれで‥何かできるかな?」
マリリアがタクトを見ながら言う。エザリアからもらったタクト‥。バルデスに従えられてたクリプトン司祭の魔法を防いだ事もある。マリリアも何かの役に立ちたいのだろう。気持ちはわかるが‥
「今はマリリアは目立たない方がいいと思うよ。でも、ありがとう。気持ちだけで充分だよ。ラファエルと一緒にお手伝いをしてくれると助かるかな?」
と僕が言うと
「‥‥わかった」
マリリアも頷く。自分の身の上を打ち明けたマリリア‥。僕はあの話しを聞いた後、僕らはマリリアがオルタナの王女様であっても何も変えるつもりはないと伝えた。本来ならマリリアはオルタナ王国の王族なのだから、僕ら平民が下手な口を聞く事は出来ない。だが、マリリアが王女と知った途端に、よそよそしくなったり敬ったりするのが嫌だった。マリリアも当然だと言ってくれた。なので僕らは話しを聞く以前と変わらないように接していた。後からラファエルから聞いたのだが、みんなが変わらず接してくれた事をとても喜んでいたそうだ。そして出航して二日経った昼過ぎに甲板が騒がしくなった。
「見つけたぞ!ランドルガンだ!」
「面舵、左!最大船速!見失うなよ!」
「接岸準備にかかれ!」
船員達が慌ただしく動き出す。遠くに島のような陸地が見える。あれがランドルガンか‥。ランドルガンは海上を移動しているが、動力は魔道の力だという。どれぐらいの速さで動いてるんだろう?ラファエルに聞くと
「船と変わらないみたいですよ。魔道の力とはいえ、とんでもない速さでは動けません。大きな島が船と同じ速さで進んでると思ってください」
なるほど。
「ランドルガンの航路は『ランドルガン議会』というものがあって、そこで決めるそうです。言わば船長替わりですね。ただ大嵐とかが来ても沈む事はないから、大まかな行き先だけを決めているようです」
そうか。街であり国でもあるから、議会なんてものもあるのか‥。そして遠くに見えていたランドルガンがどんどん近づいてきた。
「向こうもこちらを見つけたんじゃない?ランドルガンには沢山の人が住んでるから、いくら補給を受けても足りないんだって」
ミルコが背中の袋から出した双眼鏡を見ながら言う。
「ほら。あの塔が制御室なんだって。ランドルガンを移動させたりするのがあそこ」
僕に双眼鏡を渡してくれる。双眼鏡でランドルガンを見ると陸地の真ん中に塔が一つ立っている。あの塔の中でこの巨大な陸地を制御しているのか‥。僕らは下の船室に戻り、下船準備を始めた。シーマとラファエルは正規の証明書でも良かったのだが、ミルコが複数の男女が一緒に行動してると変に怪しまれると言うので、僕とシーマが夫婦という設定にして、ラファエル、ヒルダ、ミルコ、マリリアは僕らの子供で四兄弟という設定にした。だいぶ設定に無理がある気がするがなぁ‥。僕らは一般の家族に見える服に着替えた。普通の荷物とミルコのロバのクロは通常の荷物として降ろしてもらい、僕の剣や鎧、ヒルダの杖などはミルコが知り合いの船員に頼んで密かに降してもらう事になった。荷物をまとめ部屋を片付けてまた甲板に上がると、ランドルガンは目の前に来ていた。僕はその時初めてランドルガンが海面から少し浮いている事に気づいた。
「海から浮いているんだ?」
驚く僕にラファエルが
「そうです。移動する時は魔道の力で浮いているんですよ。なので抵抗が少なくなり、こんな大きな島を動かせる事が出来るらしいです。大きな島が着水して移動すれば大きな波も立ちますしね」
なるほど。でも上陸はどうするんだろう?ランドルガンの周りは土が剥き出しになって高い崖のようになっている。まさかあの崖をよじ登って上の街に行くのか?
「停船!」
一人の船員が大声で叫ぶ。ここからではまだランドルガンと少し距離がある。なんで止まったんだろう?そう思っていると、ランドルガンが少しづつ下に下がっていく。ゆっくりと下降し海に着水するとさらに下がっていく。みるみるとランドルガンの街を取り囲む高い塀が見えてきた。そして塀に張り付いていた桟橋が下される。桟橋が海面と同じ高さになると、ランドルガンは下降を止めた。
「よぉし!船速前進!」
ランドルガンの着水時に起こった小さい波を受けながら、船は再度ランドルガンに進み始めた。ほどなくして船は桟橋に着いた。
「さぁ!降りるよ。乗客はこの桟橋から行くんだ」
ミルコがみんなに声をかける。乗客を桟橋で降ろした後、船は港に回り荷物を下ろすのだという。僕らは桟橋に降りると細い桟橋を歩いてランドルガンの高い塀に近づく。塀には扉がついていて扉から中に入る。中は広い部屋になっていて大勢の人がいた。
「まだ私達の一つ前に着いた船の入国審査が終わってないようだな」
シーマが言う。そう、この部屋の中の人達は入国審査待ちの人達なのだ。ランドルガンには沢山の船が接岸する。中には大きな客船もあるそうだ。そうすると一度に何十人も降りてきて、このような混雑になるらしい。ミルコが入口で受付を済ましてくれた。僕らも順番になるまで待つとするか‥。しばらくすると聞き慣れない名前が呼ばれる。
「はい!」
ミルコが手を挙げて立ち上がる。そうか。偽名だから慣れないんだ‥。僕らも立ち上がりミルコについて行く。すると今いた大きな部屋から隣の小さい部屋に通される。部屋には机が二つ、右側と左側にある。右側の机には審査官と対面して三人組が座っている。真ん中が女性で両側は男性のようだ。僕らは左側の机の審査官の前に行く。
「では身分証を見せてください」
審査官が事務口調で言う。審査官の後ろには武装した兵士が二人立っている。右側の机の審査官の後ろにも二人いる。かなり物々しい。不審な行動をすれば、即時取り押さえられてしまうのだろう。審査官が書類の確認してると、右側の机の人達の会話が耳に入ってくる。
「‥そう。あたしがシーマ・シュタイナーでこっちがビル。んでこっちがウィル」
僕らは一同顔を見合わす。シーマ?シーマって言った?シーマを見るとこっちを見て軽く首を振る。僕はこっそり右の机を見る。真ん中の女性は、赤い長い髪に健康的に日焼けして露出の多い服を着ている。右側のビルと呼ばれていた男性は金髪の短い髪。赤いシャツに緑のズボンだ。反対側のウィルと呼ばれた男性は同じく金髪で長い髪。こちらは緑のシャツに赤いズボンだ。
「ほら。この眼帯でわかるでしょ?ラズベリアの有名な剣士、シーマだって」
シーマと名乗った女性が左目の眼帯を指差す。みんなもこっそり右の机を見ている。もう気になってしょうがない。実はこの時、シーマは眼帯を外していたのだ。普通の家族という設定で眼帯は目立つし、何より証明書の似顔絵を描いた絵師の手違いで眼帯を描き忘れたのだ。なのでこの審査の時だけシーマは眼帯を外して、長い髪で左目を隠していたのだ。
「ランドルガンへはどんなご用件で?」
右側の机の審査官が偽シーマに聞く。
「ここの大道芸団が人を欲しがってるって聞いてね。ちょいと稼ぎにきたのさ」
偽シーマが言う。まさか目的も一緒か‥。すると審査官は書類に何かを書き込み
「わかりました。お通りください」
となんと偽シーマを通してしまった。厳しい審査が聞いて呆れる。要は書類さえちゃんと用意出来れば、通れてしまうようだ。
「ずいぶん若いご夫婦ですねぇ‥」
審査官が僕とシーマを見ながら言う。確かにラファエルやヒルダが子供という設定は無理があるよなぁ‥。
「‥え、えぇ。若い時に一緒になったものですから‥」
僕は出来るだけ低い声で言う。この方が年齢が上に見えるかな?
「ランドルガンへはどのようなご用件で?」
審査官の問いかけに
「‥観光です。ラズベリアの闘技大会を見に行って、そのままこちらを回って帰ろうかと‥」
おもむろに闘技大会のお土産の木彫りの小さい人形を見せる。これはラファエルが本当に買った物だ。こういう小物を見せる事で話しの信憑性が増すという、ミルコからの演技指導だ。それが功を奏したのかはわからないが、審査官は書類に何かを書き込むと
「どうぞ。お通りください」
と書類を返しながら言った。良かった〜。やっと変な緊張感から解放される。僕らは書類を受け取ると、部屋の奥に通されて部屋から出た。部屋の外は長い通路がありその先に外に出る扉があるようだ。
「まず港に行って荷物を受け取らないとね」
ミルコが言うと後ろでヒルダがシーマに
「さっきの奴ら、なぜお主の名を騙るのじゃ?」
と聞いている。
「‥さあな。おおかた私の名前を使えば大道芸で広く客を集められる、とでも思ったのだろう」
シーマが溜息混じりに答える。まぁ、有名人に『なりすまし』なんてする奴らの目的はそんな所か‥。変な悪事に使われなければいいが‥。
「‥でもあの人達のおかげで、目的の大道芸団に入れないんじゃない?」
マリリアが心配そうに言う。確かにそうかもしれない‥。もうシーマは眼帯を付けている。眼帯を付けた女性が同じ大道芸団に二人いるのも何か変だ。もしシーマの素性がバレれば偽造書類で入国した事もバレてしまう。そうなればランドルガンから追い出されてしまうのだ。なんとか宝来大国に着くまでは、大人しくしていたいものだが‥。僕らは大きな扉を開けて外に出た。すでに日が暮れかけていたが、そこは建物が幾つも立ち並び、大勢の人が行き交っていた。とてもじゃないが、海の上を移動しているような特殊な街には見えない。至って極普通の島というか街が広がっている。
「‥‥普通の街‥だね‥」
マリリアが周りを見渡しながら言う。全く同意見だ。
「ちなみにもう動いているからね」
ミルコが言った事に驚き慌てて空を見る。確かに雲が流れるように移動していく。言われなければ動いてる事に気づかない。揺れも振動も全くないのだ。僕らは港へ向かうと、船から積み下ろされた荷物からクロと自分達の荷物を探し出し受け取る。そして密かに降ろしてくれた荷物も回収すると、宿屋に向かった。宝来まで数日掛かるようなので宿を確保したかったのだ。宝来はラズベリアの隣国で距離は近い。だが今回、ランドルガンが宝来の近くにいなかった為、宝来から少し離れる形になったのだ。陸路が使えない以上、致し方ない。ミルコの話しではランドルガンの次の行き先は宝来で間違いないようだ。宿をとると僕らは元の服装に着替えた。やはりこっちの方が落ち着く。するとヒルダが宿屋の受付の壁に貼ってある張り紙を見つける。
「‥おっ?あれはどうじゃ?」
それは大道芸人募集の張り紙だった。そしてその張り紙の下の方に『小道具係、大道具係、清掃員も募集中』と書かれてあった。お金が稼げるなら文句は言いません。何だってやりますよ。するとマリリアが
「‥私もやるよ。大道芸人じゃなければ目立たないでしょ?」
と言った。ラファエルも
「大道芸人に比べて賃金は低いと思うので、みんなでやりましょうよ?」
と言った。まぁ、そうだな。ここは皆で力を合わせよう。僕らは大道芸団のいる建物に行ってみる事にした。外はすっかり日が暮れている。僕らが張り紙に書かれた場所に着くと、そこには巨大なテントが貼られていて、外には沢山の人が並んでいる。もうすぐ公演が始まるようだ。僕らもとりあえず観覧券を購入すると列に並んだ。一度、どういうものなのか見ておきたかったのだ。テントの中に入るとそこはとても広い空間が広がっていた。僕らが席に座るとすぐに公演が始まる。太鼓の音が鳴り響き、次々と大道芸が演じられていく。火の付いた棒を両手に持ちグルグル回したり、素手で木の板や重ねた石を割って見せたり、美女数名による華麗な演舞や息も吐かせぬ連携技などなど。一つの演目が終わる度に会場からは拍手が巻き起こる。なかなか見応えのある公演だ。そして最後の方にあの偽シーマが出てきた。
「さぁさぁ!我が名はシーマ・シュタイナー!ラズベリア最強の剣士!」
と叫ぶと、あの時両側にいたビルとウィルが現れリンゴを両手に持った。偽シーマは目隠しをすると、ビルとウィルが両手に乗せたリンゴを上から垂直に真っ二つにしていく。リンゴは綺麗に真っ二つだがビルとウィルの手は斬れていない。絶妙な力加減なのだろう。そして今度はウィルがビルを座らせると頭にリンゴを一つ置いた。ウィルが目隠ししたままの偽シーマを誘導して、ビルの近くに立たせる。そして気合い一閃。偽シーマは今度は水平にリンゴを斬る。ビルの頭の上のリンゴは綺麗に真っ二つになり、拍手が巻き起こった。シーマの名を騙るだけはある。もちろんシーマほどではないが、剣の腕は確かなようだ。
僕らは公演が終わるとテントの裏手に行き、従業員の男に張り紙を見てきたと伝えた。男は待っててと言い残すと、テントの中へ消えた。しばらくすると髭を生やした筋肉質の年配の男が現れた。黒い短い髪で上半身は裸だ。よく見ると最初の方で火のついた棒を振り回していた人だ。
「え〜と‥。君たちが働きたいって人達かな?」
男が言うとマリリアが一歩前に出て
「はい!何でもやります!よろしくお願いします!」
と頭を下げた。僕らも慌てて頭を下げる。
「え、あ、あぁ‥‥わかった‥。よろしく頼むよ」
男は戸惑いながらも了承する。さすがだな。マリリアのような少女に頭を下げられれば、なぜか悪い事をしてるようで断りづらくなる。マリリアが男に見えないように親指を立ててこちらに見せる。‥なんか性格もヒルダに似てきてる気がする‥。
「俺は団長のカールだ。この『カール大道芸団』を率いている」
男がテントに入りながら自己紹介をする。僕らもカール団長に付いて行きながら、それぞれ自己紹介をした。
「じゃあ、ラファエルとマリリアは小道具係だ。あそこの奴に詳しく聞いてくれ。ミルコは大道具。あっちだ」
カール団長が僕らに支持を出す。
「後の三人は清掃係だ。ロビン!頼む!」
カール団長にロビンと呼ばれた男がこっちへ来た。
「今日からの新人だ。仕事を教えてやってくれ」
カール団長はロビンに僕らを任せると、どこかへ行ってしまった。
「ロビンです。よろしく」
丸っとした小柄な男性だ。年は四、五十代だろうか。カール団長と同じぐらいだろう。ロビンは僕らに観客席や舞台の清掃のやり方を教えてくれた。僕らはホウキで誰もいない広い観客席を掃除していく。舞台上ではミルコが演目で使われる縄などを片付けている。ラファエルとマリリアは姿が見えない。きっと楽屋の方かな?などと考えながら、ようやく掃除を終わらせた。ミルコもあらかた終わったようだ。僕ら四人はラファエルとマリリアを探して楽屋に向かった。すると何やら話し声が聞こえる。
「‥‥‥っとまぁそういう訳。ん?お仲間か?」
さっきの偽シーマだ。マリリアとラファエルと話していて、近づいてきた僕らに気づいたのだ。シーマは慌てて眼帯を外す。なんで本物が気を使わないといけないんだろう‥。
「では、また明日。よろしくお願いします」
「お疲れ様でした」
マリリアとラファエルが偽シーマに挨拶をしてこちらに来た。
「マリリアが仲良くなってくれて、色々話しを聞けました。詳細は宿で話します」
ラファエルが小声で僕らに言う。僕らは軽く頷いてカール団長の所へ行き、今日の給料をもらうと宿屋に戻った。宿屋に着くとマリリアが早速
「彼女はマリーという名で本職は大道芸人だそうです。マルセルト公国から船で来たらしく、ランドルガンは初めてなんだとか‥」
と話し始める。
「シーマの名前を騙っているのも、やはり客足への影響が大きいからだそうです。特に今回、シーマが闘技大会で優勝したから知名度がさらに上がっているんだとか‥」
なるほど。やはりそうか‥。シーマは目を閉じて首を左右に軽く振っている。
「‥どうする?」
ミルコがシーマに聞く。どうするも何も、今は放っておくしかない。揉め事があればマリー達もランドルガンから追い出されるが、僕らも追い出されてしまう。宝来に着くまでは追い出される事だけは避けたい。とにかく放っておこうとみんなに伝えると、僕らは就寝する事にした。明日も大道芸団で仕事だからだ。
次の日、僕らは大道芸団のテントに向かった。今日の仕事は公演の準備からだ。公演は一日三回行われ、午前の部と午後の部と夜の部に分かれている。僕らが昨日観たのは夜の部だ。着いてすぐミルコは舞台装置の準備に大忙しだ。ラファエルとマリリアも出演者の衣装の準備などをしている。清掃係の僕らは公演終わりまで仕事がない。なので観覧券の販売の手伝いや、お客さんの入場整理などを手伝った。そして午前の部が始まった。公演中もミルコは舞台装置にかかりっきりだし、ラファエルとマリリアも衣装替えなどで大忙しだ。僕とヒルダとシーマは舞台袖の端っこで大人しくしていた。そしてマリーの剣技が始まった。大きな舞台装置の出番があらかた終わり、ミルコが僕らのもとへ来た。ラファエルとマリリアはまだまだ忙しいみたいで姿が見えない。そしてマリーの剣技が終わりに差し掛かる頃、観客席から大きな声が聞こえた。
「本当にラズベリア最強の剣士なのかぁ?」
一斉に皆が声の方を見る。マリー達も手を止めてそちらを見ている。声の主は綺麗な服を着た金持ち風の男だった。黒い髪を綺麗に全て後ろに流していて、片目に鎖の付いた眼鏡をつけている。鼻の下にだけ髭を生やしていて、指輪を沢山つけている。男は立ち上がると、なんと舞台に上がってきたのだ。後ろには部下らしき三人の男女が付いている。
「ちょっと!上がってきちゃダメだって!」
慌ててマリーが男達を制すが、聞く耳持たずだ。
「‥あんた、本当にラズベリア最強なのか?って聞いてんだよ!」
男がニヤつきながら叫ぶ。会場は突然の出来事にざわついている。
「‥またガネーレだ!」
いつの間にか隣にロビンがいて、男を見て吐き捨てるように言った。
「‥誰です?」
僕はロビンに聞く。
「ガネーレって奴でランドルガンの議会議員だよ。コネで議員になったらしいんだが、昔はラズベリアの闘技大会で何回か優勝してるらしくて、武闘派で有名なんだ。取り巻きも血の気の多い奴ばかりで、黒い噂が絶えない。ウチの大道芸団を目の敵にしていて、何かとイチャモンつけてくるんだよ。この前は演者が絡まれて、その前は裏方の奴が怪我させられたんだ」
ロビンが嫌そうな顔で教えてくれる。そのせいで何人か辞めて、人員を募集しないといけなくなったそうだ。
「いつもは適当に宥めて収めるんだが、あの新入りはガネーレを知らないだろうからなぁ‥」
ロビンがマリーを見ながら言う。
「とっとと降りろ!邪魔しないでくれ!」
マリーがガネーレに叫ぶ。ガネーレはニヤついたまま
「おい!アルハ!ベーダ!ガマー!ちょっと相手してやれよ!」
後ろに立っている三人に声をかけた。すると三人はガネーレの前へ出る。一人は赤い服を着て杖を持った小柄な女性。もう一人は青い服を着た大きな剣を持った坊主の男性。三人目はかなり大柄で膨よかで黄色い服を着ている。牛の角のような物が付いた兜を被った男性だ。
「ベーダ。あんたがシーマをやりなよ」
赤い服の女性がニヤつきながら青い服の男性に言う。ベーダと呼ばれた青い服を着た坊主の男は
「アルハは手を出すな。魔法は必要ねぇ」
赤い服の女性に言う。
「ちっ‥。つまんねぇの‥」
アルハと呼ばれた女性が舌打ちをしてガネーレの隣に下がる。ならあの黄色い服着た大柄な男がガマーか?するとカール団長が騒ぎを聞きつけ飛んできた。
「ガネーレさん!困りますよ。この前ので話しはついてるじゃないですか?」
カール団長がマリーの隣でガネーレに必死に訴える。
「あぁ‥あれはあれだ。これはこれ。話しは別だ」
ガネーレはニヤつきながら答える。
「‥議会議員の立場を利用して無理難題ばかり吹っかけてくるんだ‥。議員は少々荒っぽい事しても咎められない。ウチらがランドルガンを追い出されたら困るのを知ってて足元見てやがる‥‥」
ロビンが悔しそうに唸る。そういう事か。ガネーレはみんなが追い出される事を恐れているのを逆手にとって、議会議員の立場を利用してやりたい放題ってことか。
「嘘ついて公演してたら問題だからなぁ!本物のラズベリア最強剣士かどうか確かめてやるよ!」
ガネーレはパイプを取り出し蒸し出した。
「ちょっ、ちょっと待ってください!そんなつもりは‥」
カール団長はガネーレに必死に訴え続ける。まずいな‥。多分、マリー達は大道芸人であって、剣士ではない。見せ物用の剣技しか知らないはずだ。剣で生身の人間と戦った事がない。だが対する三人は何らかの武道に精通しているようだ。戦えばラズベリア最強剣士ではない事がバレてしまう‥。するとマリーがカール団長の前に立った。そしてその場で座り込むと深々と頭を下げたのだ。地面に頭をつけて土下座をしている。
「‥あなた方と剣を交えるつもりはありません。どうかこれで勘弁してください。カール団長や大道芸団には、どうかご容赦を‥」
するとビルとウィルもマリーの両脇に座り土下座を始めた。マリーが偽物だとバレれば、偽物を雇って嘘の公演を目論んだとして、この大道芸団全員が追い出される事になる。かといって下手に抵抗して、たとえ偽物だとバレなかったとしても、問題を起こしたとして追い出される。救いの道があるとするならば、無抵抗にされるがまま‥。それしかないのだ。すると土下座をしているマリーにガネーレが近づき、突然上から蹴りを入れた。
「おい!ねぇちゃん!さっきの威勢はどうした?あぁ?コラァ!」
上から容赦なく何度も蹴り続ける。マリーの後頭部を全体重をかけて、何度も踏みつけている。隣で土下座しているビルとウィルにも蹴りを入れ始めた。土下座をしているマリーの顔の下の地面が、みるみる血で赤くなっていく。シーマとヒルダがたまらず動こうとするが
「‥ダメだよ。宝来までまだ掛かるよ‥」
ミルコが唇を噛み締めながら言う。ミルコも必死に我慢しているのだ。マリリアの為にも、なるべく早く宝来に着きたい。ここで下手に逆らってランドルガンから降ろされれば、陸路しか渡航手段がなくなり、かなりの危険が伴う事になるのと、ここまで無駄な時間を費やした事になってしまう。ここは我慢するしかないのか‥。会場は静まりかえり、ガネーレの蹴りをいれる鈍い音だけが響きわたる。誰も何も言わなかった。みんな揉めて追い出されるのが怖いのだ。観客はみんな下を向いて、舞台を見ないようにしていた。コソコソと気づかれないように帰る客も出始めた。ガネーレはようやく蹴るのを止めると
「‥ったく。こんな弱えんじゃ偽物だな?今度の議会で問題にしてやるからなぁ。罰則金の用意しとけよ?払えなかったら追放だかんな?」
ガネーレはニヤつきながら今度はカール団長を突き飛ばす。カール団長は仰向けに倒れ込んだ。そのカール団長に近づくガネーレに、後ろから顔面血まみれのマリーがよろけながら先回りをして、ガネーレの前でまた土下座をした。
「‥‥ど、どうかご容赦を‥どうか‥どうかご容赦を‥勘弁してください‥」
マリーは土下座を続ける。そのマリーにガネーレが
「あぁ?うるせぇなぁテメェはよ!」
と言いまたも蹴り始めた。たまらず横になり体を丸めるマリーの腹を、手加減なしで蹴りつける。鈍い音が響き渡りマリーの声にならない呻き声が漏れると、後ろのガネーレの部下達はそれを見てゲラゲラ笑っている。
「あんなのがラズベリア最強の訳ねぇじゃん」
「やり過ぎると死んじゃうかもよ〜」
もう限界だった。これ以上は見ていられない‥。マリリア、ごめん。僕はこの理不尽な状況を黙って見て見ぬふりは出来ない。僕が剣に手をかけガネーレに向かい始めた時だった。
パァァン!
乾いた音が響いた。見るとガネーレの顔をマリリアが叩いた後だった。
「恥を知りなさい!頭を垂れている者にする仕打ちではありません!」
そして僕らの方に向いて叫んだ。
「みんな!私なんかの為に我慢しないで!こんな酷い奴を野放しにしたらダメ!みんなとだったらどうなったって構わない!私はこの人達を許さない!」
怒り狂ってマリリアに殴り掛かるガネーレを、僕は体当たりで突き飛ばす。
「よく言ったぞ、マリリア!」
ヒルダが言いながらゆっくりと舞台に出てくる。シーマとミルコ、そしてラファエルから変わったヴリトラも舞台に上がる。
シーマが倒れたままのカール団長に
「観客を避難させろ。演者も全員だ」
と言うとカール団長は慌てて団員たちに指示を出す。会場は途端に騒然となり避難する人で慌ただしくなる。
「‥テメェら。俺にこんな事してタダで済むと思ってんのか?」
ガネーレが凄む。
「思ってねぇなぁ!こちとら覚悟の上だ!どうせ追い出されんなら、とことんやってやるよ!」
ヴリトラが意気揚々と前へ出る。そのヴリトラに大柄なガマーが殴り掛かる。
「へぇ‥。俺と同じ素手かよ。おもしれぇ!」
ヴリトラも応戦する。すると急に激しい水流が僕に向かって飛んできた。マリリアが僕の前に素早く立ちはだかる。
「ディザイアード!」
魔法の壁が現れ水流を弾いている。水流の出所はアルハの杖からだった。
「‥ほう?水の魔法使いか?」
ヒルダがアルハに向けて歩き出した。次の瞬間
「死ねやぁぁぁ!」
ガネーレが大きな剣で僕に斬り込んできた。
ガキィィン!
その間にシーマが飛び込みガネーレの剣を受ける。ムーンソードは『太刀』の形だ。するとガネーレと鍔迫り合いをしているシーマの背後からベーダが斬り込んでくる。
キィィィン!
今度は僕が間に入りベーダの剣を受ける。シーマと背中を合わせる形でベーダと鍔迫り合いになった。その間にマリリアとミルコが動けないマリーとビルとウィルを引きずって移動させて避難させている。
ヒルダは杖を構えてアルハに近づく。アルハは杖から水流を出す。かなりの勢いの放水だ。大の大人でもまともに食らえば吹っ飛ばされる勢いだろう。だがヒルダには通用しなかった。激しい放水はヒルダに当たる直前に消えてなくなるのだ。
「な、なぜだ?なんで当たらない?」
アルハは焦りを隠せない。さらに強く放水するが、ヒルダには当たらない。そう。ヒルダの体の周りは激しい炎に包まれている。その凄まじい熱気によりヒルダに当たる前に蒸発して気化しているのだ。
「お主では永遠に妾に勝てん‥」
ヒルダはゆっくりとアルハの目の前まで来た。
「‥うぅ。あ、熱!」
アルハはヒルダの周りの熱気に当てられて、尻もちをついて後ずさる。ヒルダの周りの熱気はさらに大きくなる。アルハの顔は恐怖で歪んでいる。
「‥どうじゃ?弱い者いじめされる気分は?」
ヒルダは冷ややかな目でアルハを見下す。
「‥ご、ごめんなさい!許して!」
アルハが叫ぶがヒルダは構わずアルハに杖を構える。
「い、嫌だ!やめてぇ!」
アルハはうずくまり必死に懇願する。すると
「ボーベルグ!」
マリー達の避難を終えたマリリアが、アルハの魔法を封じ込めた。
「‥ったく。そこで反省しておれ」
ヒルダはアルハに言うと、マリリアに親指を立てて見せた。
ドスン!
ヴリトラの強力な拳をガマーがくらっているが、ものともしない。すぐに殴り返す。ヴリトラはすかさず避ける。
「‥こんだけ打ち込んでんのになぁ‥」
先ほどから良いのが何発か入っているのだが、ガマーの動きは止まらない。かなりの耐久力だ。ガマーの拳をかわしながら力任せにさらに何発か叩き込む。それでもガマーは止まらなかった。
「‥こいつ!不死身かよ!」
これでもかと殴り続けるが、ガマーは表情一つ変えない。すぐに殴り返してくる。
「うらぁぁぁぁぁ!」
ヴリトラは両手で連打を叩き込む。まずい。両手の感覚がなくなってきた。と、右手が急に空振りをした。ガマーは表情を変えないまま倒れていたのだ。
「‥‥んだよ。とっくに意識が飛んでたのか‥」
ヴリトラは呟くと痛む両手の拳をさすった。
キィン!キィン!
高い金属音が響きわたる。狂ったように打ち込んでくるガネーレの剣を僕はなんとか捌いている。隣ではベーダがシーマに素早く斬り込んでいる。シーマは全て華麗にかわすと背面宙返りをして着地をする。そしてしゃがんだ体制のままムーンソードを鞘に戻す。そこへベーダが追い打ちで斬り込んでくる。
「クレッシェンド!」
シーマは掛け声と共に、とんでもない速さでムーンソードを抜きながら前に飛び出す。侍が使うという居合い抜きだ。ベーダの剣は弾け飛び、はるか後方の地面に落ちた。シーマが丸腰のベーダの喉元にムーンソードを突きつけ
「‥これがラズベリア最強の剣だ」
と言うとベーダは力無く座り込んだのだった。
「うがぁぁぁぁ!」
ガネーレが力任せに剣を振る。完全に怒りで我を忘れているようだ。この手の人間は自分の思い通りにならないと、必要以上に腹を立てる。だがそのおかげで、動きは単調で凌ぎやすい。大きな縦切りを左に避ける。するとガネーレは右足で僕の足を引っ掛けてきた。
「‥しまった!」
体制が崩れた僕にガネーレが体当たりをしてくる。僕は吹っ飛ばされ舞台の壁に激しく激突する。
「ぐふぅぅ!」
全身を激痛が襲い、たまらず悶える。
「ぶっ殺してやる!」
ガネーレが剣を構えて突っ込んできた。僕がギリギリでかわすとガネーレの剣は木製の壁に突き刺さる。すかさず殴りかかってくるガネーレを僕は剣の柄で殴りつけた。
バキン!
鈍い音がしてガネーレはうつ伏せに倒れ込んだ。僕は剣を鞘に収めながら
「ふぅぅ‥」
と息を吐き出した。
「そこまでだ!」
突然、聞きなれない声が会場に響きわたる。見ると会場の観客席にゾロゾロと鎧甲冑に身を包んだ兵士が入ってくる。舞台の袖からも同じ格好の多数の兵士が入ってきた。入国審査の時に審査官の後ろに立っていた兵士と同じ格好‥。つまりランドルガンの警備兵だ。そして警備兵に囲まれて一人の恰幅の良い男性が現れた。綺麗な黄色い服を着ていて顔には立派な髭を生やしている。眼鏡をつけていて髪の毛は少し薄い。
「‥これは一体なんの騒ぎだ?」
男性が問いかける。最初の声もこの男性だろう。するとガネーレがヨロヨロと立ち上がり
「‥議長。こいつらが一方的に暴力を振るってきたんです‥。捕まえてください‥」
と言い出した。議長?この人がランドルガン議会の議長なのか?議長は黙って僕らを見る。すると楽屋に避難させていたマリーが、団員に両肩を担がれてフラフラと現れた。顔は血まみれで腫れ上がっている。そして舞台の前で議長に向かって跪き頭を下げると
「‥こ、この人達は悪くありません。全てあたしが悪いんです。この人達は許してください‥」
と訴えた。議長はしばらくの沈黙の後
「‥私はここで何があったのかと聞いている!誰か答えなさい!」
と声を張り上げた。僕は少し考えた後に議長の前へ行き、全てを話した。僕らが訳あって宝来に行く為に、偽造の証明書で乗り込んだ事を含めて、ここで見た出来事をそのまま話した。
「デタラメだ!こいつらが一方的に攻撃してきたんだ!こんな偽造証明書で乗り込んできたヤツの言う事、信じたらダメだ!俺は被害者なんだ!」
ガネーレが喚き散らす。僕はガネーレを見ながら
「確かに僕らは不正をしてここへ来た。だから追い出されても当然だ。だがガネーレ。君がしてきた事も許される事ではない。君も罰を受けるべきだ」
と言い、議長に
「‥然るべき判断をお願いします」
と告げた。マリリアはマリーを抱き起こしシーマやヒルダ、ミルコにヴリトラも僕のそばに集まる。議長は僕らを黙って見つめ、静かに口を開き
「‥アストリアと言ったかな?我らランドルガン議会は断じて偽造証明書での入国を認める事は出来ない」
と言った。その瞬間、ガネーレが
「ははぁ!ザマァみろ!追放だ!」
と騒ぎだす。その声を遮るように議長が
「よって宝来大国に到着次第、追放処置とする!それまでは処分保留!ガネーレの処分は追って議会にて審議する!ガネーレ、覚悟しておけ!」
それを聞いたガネーレは愕然とし、僕らは嬉々として喜んだ。
「議長さん!ありがとう!でも‥‥」
マリリアがお礼を言いながら、抱えているマリーを見る。
「‥その者達は母国に送り届ける。現役の我が議会議員が迷惑をかけた‥。せめてもの罪滅ぼしだ‥」
議長は表情を変えずに言うと軽く頭を下げた。そして踵を返して去って行く。
「撤収!」
兵士達はガネーレ達を連れて去って行った。
その次の日、僕らは全員取り調べを受けた。てっきり僕らの素性を根掘り葉掘り聞かれるのかと思いきや、昨日の出来事だけ事細かく聞かれたのだ。どうやら気を使ってくれたようだ。そして団員や観客も取り調べを受け、その次の日にガネーレの審議会が開かれた。そしてその日の夜に、ガネーレと部下達のラズベリアへの追放が決まったのだ。これでカール団長やロビンは安心して大道芸が続けられる。これで一件落着かな‥。ガネーレの悪事は他の議会議員も気づいていて、きっかけを待っていたようだった。議長にとっても、悩みの種だったようだ。僕らはその日の夕食をカール団長から誘われていた。僕らが大道芸団のテントに着くと、楽屋には沢山の食べ物や飲み物が用意されていた。マリーやビルとウィルもまだ顔が腫れていたが、嬉しそうに出迎えてくれた。
「本っ当にすまない!この通り!」
マリーはシーマに土下座している。名前を騙った事を謝っているのだ。シーマは溜息をつくとマリーを抱き起こしながら
「そんなに地面にひれ伏すもんじゃない‥」
と言うと、マリーはシーマに抱きついた。
「こ、こら。離れろ!」
シーマが慌てて振り解こうとしている。ビルとウィルはマリリアに張り付いていた。あのガネーレを引っ叩いた勇気に感動しているようだ。カール団長とロビンはヒルダの火の魔法とヴリトラの怪力に興味津々だ。ミルコは同じ大道具係の人達と騒いでいる。カール団長からは報酬も貰った。びっくりするほどの大金だった。
「俺達みんなの気持ちだから、貰ってくれ」
と言ってくれたので、ありがたく頂戴した。ランドルガンから追い出されるのを恐れて、自分の気持ちを殺さないでよかった。そうしていたらこの未来はなかったのだ。時には損得より、自分が正しいと思う道を進む事が大事かもしれない。たとえ周りに愚かだと揶揄されても、きっとそれが正しいのだ‥。そう『正しい事』とはそういう事かもしれない‥。楽しいひと時を過ごすと、僕らは宿に戻った。そしてその次の日、僕らはいよいよ宝来が近い事を知らされたのだった。




