ドヤガオ
またもや、テクニカルシティでおかしな物が生えてきた。
それは、一見アサガオのようだった。歩道の隅に咲いているその花は、遠目で見ればアサガオそのものだが、花弁に顔のような模様があるのである。
子供が落書き感覚で描いたような、どこか気抜けた顔のような模様。それほど不気味な見た目はしていない。だがその外見通り、この花は普通の花ではない。
ここから放たれる花粉を嗅いでしまった人は…。
「ドクロちゃん、何そのドヤ顔。うざいんだけど」
そう、すぐドヤ顔をするようになってしまうのだ。
現に事務所にて、テーブルにコーラを置いただけのドクロがれなに向かって清々しいまでのドヤ顔を見せていた。
葵はそれを見て、すぐに状況を理解する。
「さては最近街で自生してるドヤガオの花粉を嗅いだわね?」
葵は既にその花…ドヤガオの詳細を知っていた。
既に街のあちこちでこのドヤガオが咲き乱れ、街の人々が事あるごとにドヤ顔をする現象が多発してるのだ。
いちいち繰り出されるドヤ顔のせいで、人々は反応に困り、短気な者は苛ついてしまう。街には大きな被害が出ていた。
ある日突然生え、突然猛威を振るうアサガオ。
その不自然な事件の裏には、やはり「やつら」が絡んでいた。
「闇姫様。この辺りはもうアサガオまみれです。次の場所へ急ぎましょう」
四本の腕を持つ黒い球体型の生物…バッディーが、テクニカルシティの北側地域に種をばら撒いていた。
民家の花壇や街木の根元など、僅かでも土がある場所には種を撒き散らして回る。酷くぞんざいな撒き方だが、それでも一応土に沈んではいる。
闇姫は頷きながら、次の標的となる場所を地図で探していた。
「やっぱりお前らか!!」
その場に響く聞き慣れた怒号に、闇姫は落ち着いた様子で振り返る。
そこにはれな、葵が立っており、闇姫とバッディーを睨みつけていた。
事務所でドクロから散々ドヤ顔を見せつけられてきた為か、れなはかなり苛ついている。いつも以上の勢いで闇姫にかかっていく。
「ふっざけんな!!ドクロちゃんのドヤ顔が止まらねえんだよ!!!!」
そんなれなに、闇姫は軽蔑の眼差しを向ける。バッディーはれなの怒りを楽しむように、今にも高笑いしそうな顔。
葵は落ち着いた様子で、闇姫にハンドガンを向けている。
「闇姫、今すぐドヤガオを抜きなさい」
「誰が抜くか。顔一つでキレ散らかすお前らの無様な姿は実に愉快だ」
まあこいつが言う事を聞く訳が無い。予想はしていたが、それでも二人は悔しげな顔をするしかない。
一応二人はアンドロイドであり、普通の生物と比べると花粉の影響を受けにくく、ドヤガオを地道に抜いていく事もできる。だがこの広いテクニカルシティでドヤガオを一本一本抜いていくのは重労働だ。戦うほうがまだマシだった。
構える二人を見て、バッディーが闇姫の前に出る。
「闇姫様、ここはお任せください。たまには俺が迎え撃ちますよ」
相手が誰であろうと関係ない。れなと葵は一気に飛び出した!
バッディーは四本の手を突き出し、飛び込んできた二人を弾き返す。二人は飛ばされつつも空中で立て直し、れなが片手から破壊光線オメガキャノン、葵はエネルギーを込めた弾丸を発射する。
近接攻撃が得意なバッディーに、この飛び道具は有効と見てこの攻撃を仕掛けたが…バッディーは四本腕に魔力を宿して紫色に光らせ、光線と弾丸を殴り壊してしまう。
周囲に散る光の粒子…両者向かい合い、次の一手を待ち合う。
次に仕掛けたのは…バッディーだった!彼は一本の手の拳を握り、真正面から直進してくる!単純な動作だが、その単純さに込められたパワーは並の攻撃では出せないような凄まじさ。
同じ打撃の戦闘スタイルを得意とする身として、れなは真正面から受け流そうとしたが、バッディーの他三本の手がカウンターを読み取り、素早い突きを決める!
その三つの突きはれなの顔を殴り、動きを封じ、その隙にはじめに構えた拳が叩き込まれる!!
吹き飛ばされ、近くにあったビルに直撃、周囲に白い瓦礫が飛び散る。あっという間にダウンしてしまったれな。
葵は顔をしかめつつハンドガンで発砲するが、バッディーは弾丸を回避しつつまたもや拳を握る。そして、同じく拳を突き出し、葵をも殴り飛ばしてしまう!
地面に叩き落とされる葵。その際に散った瓦礫が、奇しくもれなの時に散った瓦礫と衝突し、粉々に砕け合う。
「決まったぜ」
バッディーもまた、ドヤ顔を見せる。彼も影響を受けてるようだ。
かなり強力な力を持つ戦士であるバッディー。彼ですらドヤガオの花粉の影響を受ける辺り、どうやらドヤガオは人物の戦闘力に関係なくドヤ顔をさせてしまうようだ。
それを見て、葵がある事をひらめいた。
「…もしかして」
葵が次に目線を向けたのは闇姫だ。彼女はこちらを見つめ、どう出るのか観察している。
通じるかは分からない。しかし、この作戦が成功すれば、結果は確実に良いものとなる。
「れな!もう一発オメガキャノン!!」
即座に出される葵の指示。長年共に戦ってきた仲間だ。突然の指示も、れなは迷わず立ち上がり、身にこびりついた岩粒を払い除けつつ、バッディーにオメガキャノンを放つ!
青い光が周りを照らし、視界が一瞬悪くなる。バッディーは一本の手で光線を受け止める余裕の防御を見せる。
闇姫の意識もバッディーに向く。
この瞬間を狙っていたのだ。
「そんなもん効くか!!」
勢いよく腕を振り下ろし、青い粒子へと分解するバッディー。その顔は、やはりドヤ顔。
しかし、葵の作戦は成功だ。
彼女はオメガキャノンが撃たれている隙に、すぐ近くに植えられていた一本のドヤガオを手に取り…闇姫へと直行。
「嗅げー!!」
闇姫の顔面に無理やり押し付けるように、ドヤガオを突き出した!
…少しの沈黙の後、バッディーが口を開く。
「お、おい!貴様!闇姫様のお美しいお顔に何て事しやがる!!」
闇姫は依然として無表情のまま…のように見えた。
「…!」
葵が息を呑む。
闇姫が、こちらに背を向けたのだ。その直前、闇姫の口元が僅かながら揺らめくのが見えた。
「バッディー、帰るぞ」
背中から灰色の翼を放ち、バッディーの返答を待つ間もなく空中に飛び出した。理由も分からず、バッディーも後に続いていく。
遠ざかっていく二人の姿を見送りながら、れなは葵に聞いた。
「何であの戦法が良いと思ったの?」
「闇姫っていつも無表情でカッコつけてるでしょ。あいつをドヤ顔させれば恥ずかしがって撤退すると睨んだのよ」
なるほど、相手の武器を逆に利用する作戦だった。葵の着眼点に、れなは素直に感心する。
「…だけど」
葵はふと、地面を見る。
オメガキャノンを撃った事で大きな亀裂が生じている。
「今回の騒動、ここまで必死で止める必要なかったわね」
ただ、人がドヤ顔をしているだけだ。
気づいた頃には、もう遅い。貴重な時間が消え去った…。