南海のリゾート(前)③【先生のアノニマ 2(中)〜33】
サンフランシスコ上空。
一時間前、アイリスに見送られながらホーミーを飛び立った俺達は、西へ向かって飛行を続けていた。目指すはミッドウェー沖で停泊中というドロシーだ。
「太平洋に出たようだな」
「はい」
予定通り後席に乗った紗生子のインカム越しの声が、何処か頼もしく思える。昨春の海外出張、昨秋の文化祭のワンポイント出撃に続き、今回は耐G練成もこなしてレベルを上げたバディだ。元々万能型の天才肌にしてセンスの塊でもあるこの女が、唯一の気掛かりを払拭させた故の、前述通りの安心感。
「どうだ? ついでにちょっとテストしてみないか?」
そんな逸る紗生子を、
『ダメですよ』
と、XF-37の後席に乗るボブが、すかさず釘を刺した。
『ドロシーの近くまで戻ってからって言ったでしょう?』
「ケチ臭い事を言うな」
『ダメです』
ロールアウトしたばかりの機体だ。密かにボブの意見に同意する。
『相変わらずせっかちなお嬢さんじゃ』
「親子揃って口うるさいヤツらだ」
息子の交信に追随する父親は、XF-38の後席だ。
『俺はこんなじーさんじゃなくて、提督を乗せたかったんだがなぁ』
というテックは放っておくとして、紗生子は元イーグル社の二人の事も、よく知っているようだった。その二人が会社の清算手続きそっちのけでこさえたというXF-39二号機は、継ぎはぎだらけだった一号機とは打って変わって、純正品塗れにして特注品だらけの渾身の作らしい。
実のところ機体再建の動きは、昨夏前にはスタートしていたとかで、ゴールデンウイークの折にドロシーの面々とウクライナ派遣の打ち上げをやった時に面子が少なかったのは、つまりはそう理由だったという事だ。秘密裏に進められた理由は、大局的には保秘に尽きるという事だが、それは艦長が陰謀論者に取り込まれた経緯を見れば納得がいく。
製造時の背景も踏まえ、大事に造られた二号機の基本構造は一号機と殆ど変わらないそうだが、バディもそうなら機体も鍛え抜かれた強靭さが伝わってくるようで、
「この上なく機嫌は良さそうだがな」
それを紗生子も感じとっているのだろう。
『数値だけで判断するのは拙速ですよ』
几帳面に多くのデータを拾い続けるディスプレイを見ては、軽くいがみ合っている紗生子とボブは、まるでアクセルとブレーキだ。
『読み切れないデータというものが必ずあります。最後はやはり、人間の感性が物を言う世界です』
「それは分かるが──」
それでも気が逸るらしい紗生子は、何処か可愛らしい。と言ったら、何倍返しにされるか分かったものではないため、間違っても口には出さないが、要するに努力した後の結果が欲しいのだろう。
「──今この瞬間、戦闘が始まるかも知れんのだぞ?」
今作戦の指揮権は、ホーミーで紗生子に移譲されていた。米側は人と物を貸し出す。日本側はそれを借り受け、使役させる上で全責任を負い、合わせてそれにかかる費用の全額を負担する。失敗した場合、米側は訓練航海を騙ってしらを切る予定であり、全責任は日本側。より極端に言えば、現場の全てを仕切っている者、つまり今回も提督としてドロシーに乗艦する紗生子が全責任を負うという構図。
下手をすれば──
それこそ反乱とか何とかいう罪をなすりつけられ兼ねないというのに、当の本人は至って普段通りだ。今更ながら、この辺りの肝の太さには本当に驚かされる。
「下に潜水艦がいたらどうする?」
一隻は、昨秋の修学旅行中にビスケー湾で拿捕した。が、後何隻いるものだか知る由もない俺達は、その一隻から発射されたHCMにやられそうになった事でもある。
『その時は何とかしますよ』
「頼みにしているぞ、飛行隊長」
すんなり割って入るインテリは、たった三機の飛行隊の長にして、紗生子が言う通りのクレバーなプレイングマネージャーだ。
『提督、俺も俺も!』
「勿論、編隊長も頼みにしている」
追っかけで尻尾を振るテックは、いつも陽気で気さくなそれだが、その裏で研ぎ澄まされた何かは、誰しもが認めるエースな訳で、この二人が操る二機を随行として従える事の剛毅さと安心感と言ったらこの上ない。
油断はしていないが、数々の無茶をして来た敵方といえども、流石に米国の鼻先で先手を取るような無謀はしないだろう。件の潜水艦が何処で何をしているのか知った事ではないが、今の俺達に限って言うなれば、識別コード上ではF-22だ。それが編隊飛行でハワイのヒッカムへ向かっている呈であり、これをわざわざ狙う意味もなければ、無駄な争いは避けたいところだろう。
──とはいえ。
潜水艦の後始末もそうだが、万来の来勇を始めとする何人かの中国側の陰謀論者達は、未だ行方知れずのままだ。確かに紗生子の言わんとするところは理解出来る。
「君は何か言う事はないのか?」
「は?」
「そんな事だから、すぐにおねだりが出来んのだ」
離陸前のハンガーでの成功報酬の件は、
「そんなの俺だけじゃないですし」
結局、俺を含めた全員が、まともな事を口に出来ないでいた。言ったといえば、ボブの惚気でしかない。が、あの場での成功報酬といえば、大抵は具体的に価値を有するものであって、要するに俗っぽい物だ。金とか地位とか名誉とか、
そんな物──
俺はいらない。
「欲のないヤツらだ全く」
「欲ならありますよ」
「円満除隊か?」
流石に軍人だけあって、その辺りの心境に紗生子は詳しい。戦いを求めない俺のようなタイプの欲といえば、それは究極的な欲だ。が、恐らくそれはダメだろう。
「まぁ当分許してもらえんだろうな」
当然、紗生子の答えも同じだ。そして、許される前に死ぬというパターン。古今問わず、俺達の他にもいるだろう極秘作戦遂行部隊の面々は、そうして使い潰されてきた筈だ。死なずに除隊など望める訳もない。
それなら──
太く短く生きた方が得というものだ。周囲を見れば、俺以外の軍人やエージェントは、確かにそうやって今を生きている。
「地位も名誉も金も喜ばず、休みをやっても何処にも行かず。後は何だ?」
「──と言われましても」
「女しかないだろう」
「けほ」
これが生理学上それに属する者の言い様とは。口の悪さは最早どうにもならない紗生子だが、それにしても見た目だけなら極上の類いの美人だというのに。この中では唯一の紅一点に何かを求めるつもりもないが、それにしてもだ。これには流石に、周りの連中も一緒に噴き出す。
「仕方がないから、たまにそれに応えてやれば恥ずかしがるし、困ったモンだ」
「し、仕方がないんなら、別にやらなきゃいいでしょ!」
とは言ったものの、その文頭がグサリと刺さった。
仕方がないって──
そんな性を切り売りするような言い方。随分前に「それはしない」と言っていたではないか。とはいえこの女は、軍人にしてスパイだ。その任務でその外見を武器代わりに、大いに活用する事は想像に無理がない。実際、昨年度秋の学園のトラブル処理(前編7話参照)の折には、聞いた事もない艶かしい声色と見た事もない仕種で、脂ぎったおっさんターゲットに迫る紗生子を見た事がある俺だ。任務のためなら多少の事はないだろう。それなら、
「そんな押しつけ──」
俺には無用だ。別に望んで求めている訳でもない、と繋げようとしたところで、何かを察したらしい紗生子にすかさず、
「言葉の綾だ。一々気にするな」
と捩じ込まれた。
「気にするなって──」
また随分な言い種だ。
「そうでも言わんと、我らのアツアツ振りにみんな妬くだろうが。その辺は察しろ」
詫びのようなものを入れたと思ったら、切り返しの早い事といったらない。
『まさかアンタら、チュー以上やってんのか?』
『こら、余計だぞテック』
『だってこの二人って、仕事だけの関係だろ?』
「どうだろうなぁ」
「してる訳ないでしょ!?」
「しそうにはなっただろうが」
"何!?"
急に賑やかになる今のこれは、一応極秘行動なのだが、そうは言っても単調な夜間飛行中だ。俺や紗生子などは既に時差の感覚が滅茶苦茶で、気だるさを感じ始めている。疲れた時には色恋沙汰というのは、古今東西お決まりなのだが、
「な、何言ってんですか!?」
そういう話のネタにされるのは、大抵俺のようなウブなヤツだったりするものだ。
『羨まし過ぎんだろテメー。ちょっと俺と代われよ』
「日本語が使えたら考えないでもないぞ、テック」
『そ、そいつはちょっと無理スかね、チキショー』
「まぁ何かにつけて外面と中身は違うモンだ。これで色々と悩みも多いのさ。そこんトコも理解してやってくれ」
なあ、と振られると、
「そう、ですか、ね」
と答えるしかない。実際のところ、俺の悩みといえば、下手を打てば命がない事ぐらいで、それは何も今始まった事ではないため最早悩みのうちに入らない。
『何だ、悩みないのかよ?』
「──かも、知れない、です」
『んじゃやっぱ楽しいだけかよテメー!?』
「折角丸く収めようとしたらこれだ」
「いやだって──」
実際のところ、長年の因縁に一区切りがついてしまった事で、頭をもたげるような悩みなど消え失せてしまっている。
他にあるといえば──
徐々に近づいている現任務の終了、つまり紗生子との別れ、と言ったら、また何を言われたものだか分かったものではないため、今はとりあえず黙っておく。
ミッドウェー沖はサモア標準時(UTC-11)が採用されており、東京時間とは二〇時間の遅れだ。その現地時間でいうところの着艦時刻が、昨日学園を出た時と殆ど同時刻という複雑さは、良くも悪くも世界を飛び回る者だけが体感し得る時空の入口のようなものだろう。
着艦後、早速ボブと初飛行の状態の確認をしたが、確かに優秀なメカニックらしく、俺の拙い説明をつぶさに理解し瞬く間に調整リストを作成すると、飛んで来たばかりだというのにそのまま整備に入ってしまった。優秀である以上に、根本的に飛行機いじりが好きなのだそうだ。
簡単なデブリーフィング後、パイロット三人組はメシ風呂、紗生子は副長と航空団司令を捕まえてブリーフィングに入った。この二人は殆どお飾りの役とはいえ、前艦長と決定的に違ったのは、陰謀論者に乗せられなかった事だろう。艦長のポストは未だ空席のままで、それでもドロシーを切り盛りして来たところを見ると、やはり只の好々爺ではなかったようだ。
久し振りの再会を祝うような具合で、寝る前の夜食を囲んでインテリとテックから聞いたところによると、このパイロット二人組は何日か前にホーミーを訪ねていたらしく、既に何度かテストを済ませているそうだった。よって二人はそのまま一休み。片や俺はというと、明日の夜明け前に早速テストが待ち受けている。いつまで経ってもXF-39に俺の後任が就かないせいで、ロールアウト後の二号機のチェックリストは放置され続けた、そのツケだ。
「少しでも横になった方がいいぞ?」
「今頃になって時差のせいで目が冴えちゃって」
「そうかい、じゃ先に寝るぜ」
食堂を後にする先輩二人は、あくびをしながら自室に戻って行った。俺達のテスト機はあくまでも極秘プロジェクトであるため、軍内でも殆ど人目に晒さない。基本的にそのテスト飛行は太陽が沈んでいる時だ。それを何日かやれば、眠たくなるのは当然としたもので、やはり人間とは、夜は寝るように出来ている。
「ふわわ」
二人が部屋に下がったところであくびが出た。本当は眠たかったりするのだが、要するに紗生子待ちだ。艦長待遇ともなれば、それなりの広さがある自室でメシも食えるのだが、後で食堂に顔を出すと言っていたそれは、食堂の気を遣っての事だろう。軍での紗生子は何故だか分からないが、そうした配慮や風格のようなものがより際立って見える。が、何であれ、士官側のスペースでこっそり一人食うのは侘しかったりする訳で、そのための待ちぼうけだ。
「何だ、まだ起きていたのか?」
とそこへ、二人と入れ替わるように紗生子がやって来た。
「朝は早いぞ。さっさと寝ろ」
「目が冴えちゃいまして」
「あくびをしてたじゃないか」
まあいい、と言いながらもワンプレートを置くと、早速それをテキパキと摘み始める。その様の、何と堂々とした事か。立場は人を大きくするとはよく聞くが、ひょっとすると紗生子は本当に提督なのではないかと思えてくる。演技には見えないのだ。何処か身体に染みついた所作のようなものが、その大物振りを肯定させる。今は着て来た繋ぎにジャケットを羽織っているだけなのだが、相変わらずその着こなし振りは見事だ。どの世界の一流でも仕事着が似合うもので、見た目も一流としたものなら、やはり紗生子は一流と言わざるを得ないだろう。
そんな俺の視線を気にも留めない女が、独り言のように漏らした。
「サモア時間で明朝早暁と日没後、二度テストする」
その後、一旦帰校するらしい。
「分かりました」
「それだけか?」
「ええ」
「まだ怒っているのか? 本当にういヤツだな君は」
「そうじゃありません」
「じゃあ何でわざわざ色気のない女の面を舐め回すように見るか」
「な、舐め回してませんよ!」
「そうか? 私の気のせいだったか」
作戦内容を小出しに開示する紗生子の秘密主義は、漏洩防止と共に何かあれば全て自分で責任を被るという、自己犠牲の精神によるところが大きい。
その──
只ならぬ大物振りの女が、着飾らなくとも小綺麗で小粋で、それでいて仕事着が板についているなど、大体が全体的に
「──色気全開ですよ」
「何処が?」
つい眠気に任せて、世迷子を吐いたのを不覚にも聞かれてしまった。
「そ、その──さばさばしたところとか」
「それは潤ってないという事か?」
「そうじゃなくて──」
俺は虚飾が嫌いだ。無闇に着飾るぐらいなら、その分何か他の物に金を使えと言いたくなる。恐らくは幼児期の母の姿が原因なのだろう。女をひけらかし、男をたぶらかして食い繋ぐ、ろくでもない生活。その対極にある全うな生活感の中に、憧れにも似た温もりのようなものを求めた、その成れの果ての性癖なのかも知れない。
──が。
紗生子は着飾るタイプではないが、かといって生活感がある方でもない。どちらかと言えば華々しさが際立つというのに。自分でも何故それに色気を感じるのか、理由が分からない。そして、
それを──
今この場で吐露するにしては、先程来パーテーションの向こう側が何やらきな臭い。
「何聞き耳立ててんですかぁ!」
既に話した事だが、駆逐艦を無理矢理兼軽空母仕様にしているドロシーの居住スペースは潜水艦並みだ。その極狭艦の食堂でも、士官スペースと一般隊員のそれはとりあえず区分けされているのだが、その仕切りとは只の薄っぺらい可動式パーテーションでしかない。それに大勢が寄れば、隠れたつもりになっているその無遠慮な気配が嫌でも伝わってこようものだ。その顔触れの先頭にいるのが、事もあろうに先に部屋に戻った筈のインテリとテックというお粗末振り。
「ア、アンタら、そこで寝るつもりで──?」
「い、いや、目が覚めちまってよぅ」
「提督は確かに上官だが、お前はここ数年来の部下だ。気になってな」
どちらの台詞だとかの説明はするまでもないが、どちらにせよその見え見えの言い訳が腹立たしい。前にもこんな事があったような既視感というか。懲りない連中だ。
「俺はともかく、提督に失礼でしょうが!」
"づかれたぞ!"
"退避退避!"
俺の一喝で固まっていた連中が、瞬間解凍されたゴキブリの如く、思い出したように四散する。そのどさくさで誰かがパーテーションを倒して逃げるというおまけつきで、俺はそれに押し潰されてしまった。
「待てこら貴様らぁ!?」
日本語で話していたのだが、昨秋の修学旅行から配備されたレールガン絡みで、高坂関係のエンジニアも乗艦している事ではある。その逃げる後ろ姿に、明らかにアジア系のシルエットがチラホラだ。
「高坂の人まで!?」
相談役が聞いたら嘆くだろう。
「まぁご愛嬌だ」
そんな子供染みたやりとりの中でも紗生子は抜群の安定感で、いつになく穏やかだ。
──これは、ヤバい。
惚れている。その認めたくないフレーズで、心臓が跳ねて本当に目が覚めてしまった。朝までに少しは寝ておきたかったが、これでは無理かも知れない。
乱れたパーテーションを直して再び卓に座り直すと、穏やか紗生子は、それでも既に食い終わっているという早業だ。
「もう食べたんですか?」
「現場ではつい早メシになるな」
とそこへ、厨房の下士官が顔を覗かせた。食後のドリンクを持って来てくれたらしい。
「すまないな」
下士官とはいえ、もう五〇過ぎの親父だ。が、それに対して相変わらずのタメ口の紗生子が、不思議と嫌な感じがしない。すっかりその存在が定着したようで、俺にもくれたドリンクは完全に紗生子のついでだ。寝る前のハーブティーとか、
「以前はこんなのなかったんですが」
明らかに、紗生子を意識した物だろう。
「これは有り難い」
それを早速啜る紗生子は、本当に何かの憑き物が落ちたようで、実にスッキリしていた。
──何なんだ。
どうした心境の変化としたものか。原因として候補に上がるといえば、今は紗生子を含めた航空団司令以上三役のブリーフィング後という事だ。とりあえず、
「──来たばかりで早速忙しかったですね」
そんなところから探ってみる。指揮権上の引継ぎもあったのだろうが、俺達パイロット連中は、久々の再会でグダグダ一時間は膳を囲んでいた。その間、実質艦長の紗生子と副長と航空団司令の三人が、雁首揃えて何を熱心に詰めていたのか。
「気になるか?」
聡い紗生子に、見事にそこを見透かされた。
「指揮権を預かるだけにしては──」
嫌に時間がかかっている。日常的に兼務塗れで、効率的に仕事をする事に慣れている紗生子だ。雑談を嗜むような女でもない事でもある。
「流石に私の傍で近侍をしているだけの事はあるな」
小さく失笑したその女が、静かに語り始めたそれは、作戦失敗後の策だった。
「最悪、亡命しろと伝えた」
「ぶっ!」
「後顧の憂いを断つのは戦の常道だ。何を驚く事がある」
「いや、相変わらず思い切った事を考えられるモンですから」
「生き残る策の一つだ。少し考えれば誰でも思いつく事だろうが」
確かにそうだが、言うとやるとは大違いだ。その策の大前提は、紗生子が戻らなかった時の後事を意味する。つまり紗生子は、
「本気でまた俺と一緒に出撃するつもりで?」
「この期に及んで何を言う」
本気どころか、
「当然だ」
そこを前提とした策にして、作戦を立案した、とか。
俺達が撃墜され戻らなかった時、指揮権は提督の下の副長に移る。その後どうにか作戦を完遂出来ればそのまま帰還。残念ながら失敗し、撃沈されれば、後は残った関係者が煮るなり焼くなり好きにするだろう。が、現場サイドで一番の懸念は、
「鹵獲された時の事を考えておかんといかんだろう」
つまりは捕虜になった時の対応だ。何せ米軍内でも殆ど知る者がいない極秘プロジェクトの幽霊船の事。その秘密が米国内を飛び越して敵に漏れるなど、言語道断もいいトコだ。捕虜の道はないと考えなくてはならない。分かりやすくは、捕まる前に死ねという事だ。が、
「失敗して死ぬのは私だけでいい」
米軍の実験ユニットへ日本の幹部自衛官が研修と称して乗艦。その折に副長を人質にとってCICを占拠。そのユニットの保有能力をして中国軍の実験施設を強襲させられた、というストーリーでは、
「鹵獲されれば日米はその存在を否定する。認めたくとも昨春の活動実績を始めとして、過去の極秘作戦までほじくり返されては敵わんからな」
母国に否定され、帰る所がなければ亡命するのが手っ取り早い、という論法。
「どうせ私は生きるか死ぬかの二択なんだ。それが死んだとあらば、残された者はそいつを悪者にして生き残る事だけを考えればいい」
が、あくまでもそれは最悪のケースの場合だ。負けそうになれば、敵に捕まる前に逃げればよい。味方の帰還を待って捕まるのは下策も下策。
「負けそうになったら、ドロシーだけでも作戦区域から離脱すればいいのさ」
そうすれば、最低でも母艦の秘密は保持出来る。全部晒すよりは遥かにマシだ。その辺りの選択肢をいくつか示し、すり合わせをしていたら遅くなったのだそうだった。
「早速ですが──」
どうしても気になる部分がある。紗生子の出撃だ。紗生子だけ生死の二択というのが、
「──面白くないんです」
確かに秘密の塊のような女だ。それが捕まれば、水面下で日本を大きく揺さぶるだろう。
「死んだ方がマシなんだよ。分かるだろう?」
捕まれば何をされたものやら分からない。それは理解出来る。それなら、
「出撃しなければいいじゃないですか」
紗生子の作戦能力の高さは皆が認めるところだ。出撃しないと能が発揮出来ない俺とは訳が違う。作戦全体を大局的に俯瞰出来る所で指揮すれば良いのだ。それを、
「何でわざわざ死地へ出ようとなさるんですか?」
それは普通、下々の役目であって、将のする事ではない。
「確かにそうなんだが、将なんてのは──」
その戦を回避出来なかった責めを、兵に負わせて尻拭いさせているような存在とも言う事が出来る、とか。
「それを棚上げして兵だけを死地にやるのは、恥知らずのやる事だ」
とは、物の言いようで、確かにそういう見方もあるだろう。封建時代や帝国主義の全盛期では、そんな事もあっただろう。今でも小競り合いが頻繁な地域ではそうかも知れない。が、現代の戦争とは、大国であればある程、
「国の首脳が主導するものでしょう」
下手を打てば核戦争を招き、開戦と同時に地球が滅びる可能性すらある、ヒステリックな世界なのだ。軍人も官僚化が進み、一個の将の存念一つでどうにかなるような時代はとっくに終わっている。
「国の責任なんです」
馬の手綱を引くべき文民統制下ですら回避出来なかったような争い事を、馬自身が回避させる事など。
「──出来やしませんよ」
それが出来ればその馬は、超能力でも持っているのだろう。
「これはウマい事を言うようになったな」
「つまらないダジャレを仰るようでは、とても連れて行けません」
「流石にホームグラウンドでは手厳しい」
紗生子なら、その辺りの事は俺なんかよりも深く理解している筈だ。荒事専門の軍人でも、大なり小なり何とかならないのかと思っている者は多い。が、戦場の最前線に居ながら戦役をコントロール出来るのは、史上の名将ぐらいだ。しかもそれは、兵器が人の手の内で収まるような時代の話。衛星でお互いを監視し、一個のミサイルが国を滅ぼすような現代では、一度何処かで起きた争いをその場で留める事は難しい。禁を破って一将軍が何処かへ攻め込んだのなら話は別だが、今の時代、将の責任で戦をどうにかするなど、最早夢物語なのだ。つまり、出来もしない理想に身を殉じるなどナンセンス以外の何物でもなく、欲を張り過ぎると身を滅ぼし兼ねない。
「──確かにそうだ。そこで適性を問われたなら、私は向いていない」
「いや、そういう話では──」
ない。むしろ、その辺りを深く考えようとする紗生子のような者こそ、将に相応しい。
「俺はあなたの配下である事が、今この瞬間嬉しいと感じていますよ」
「なら、我らは相思相愛だな」
「またそんな事を──」
「軽く聞こえるかも知れんが、冗談のつもりでもないんだがな」
と、食い下がる俺をいなしたかと思えば、
「多くを統べる者にとっては、戦場の業を余す事なく見届けるのも責任の一つだ。担がれる者程、死地から遠退くものだからな。それを求めて見届ける必要がある」
などと、何かの訓戒めいた事をスラスラ語る紗生子の戦場哲学のようなものは底が知れない。
「戦を引き起こし、それを指揮する者としての一つの在り方だ。我儘と言われる向きは否定しないがな」
──クソ。
この往生際の良さはどうだ。前に生に対する執着心の希薄さを指摘された事がある俺だが、紗生子の方こそ諦め癖がひどいではないか。
「勿論、無駄死にするつもりは毛頭ない」
「当たり前ですよそんなの。許しませんから」
つい、子供のような拗ねた声が漏れ出てしまった。ダメだ。とても説得など出来そうにない。大体が知識の塊のような女なのだ。そもそもそれに抵抗する事に無理がある。改めて痛感させられるのは、絶望的な己の口の拙さだ。
「何だ急に、口を尖らせて」
「してませんよ」
大任に慣れている者の厚みだろうか。柔らかい笑みを浮かべる紗生子の落ち着きが俺の何処かに染み入ると、何も言えなくなってしまった。それを見てとったような紗生子が片手を伸ばして来ると、俺の尖った唇を掴んで鼻で小さく笑う。
「頼んだぞ」
それを仰反って抜くと、時に強烈な力強さを見せつけるその指先が、嫌に頼りなく離れた。その瞬間で、脈が嫌な跳ね方をする。
「──どう、しました?」
「どうって、いつも通りだが?」
「そうですか」
嫌な動悸と引き替えに、一つのアイデアが脳裏に浮かんだ。
「一つ条件があります」
「何だ? 口を尖らせたまま」
ハハ、と軽く笑った紗生子の透明感のようなものに嫌悪感を覚えるとは。俺も随分と我儘になったものだ。
テスト機を乗せたドロシーは、同時に一路日本近海へ向けて西へ向かい始め、そのまま日付変更線を西航。サモア標準時の西隣にある等時帯、マーシャル諸島標準時帯(UTC+12)に入っていた。その日曜早暁は、サモア標準時でいうところの土曜早暁と殆ど変わらない。二つの標準時の時差は、マーシャルがサモアのそれより二三時間進んでおり、そのマーシャル諸島標準時でいうところの日曜夜明け前とは、三時間遅れの東京時間なら同日真夜中といったところだ。
そんな日付変更線絡みの、夜も明け切らぬ北太平洋上のほぼど真ん中での事。夜陰に乗じてXF-39二号機のテスト飛行に入った俺は、早速Gのキツい機動を連発していた。低速から巡航速度帯の挙動は、ホーミーからの移動中に確認済みだ。相変わらず、現場レベルでの作戦詳細は明かされていない。今この瞬間にも戦闘が起こる事を念頭に、急ピッチのテストが求められる状況下なら、後席に遠慮している暇はないのだ。
只ひたすらステルス性能と高機動性能を追求するこの機体は、巡航速度でさえマッハ二を超える軽戦闘機。その圧倒的な運動性能から生み出される機動力は驚異的で、それに耐え得る丈夫さを備えたそれは、動きの観点だけで例えるなら【恐ろしくすばしっこい小兵の相撲取り】と言い表せばよいものか。一方、それらのスペックの生贄となった操舵性は壊滅的で、その神経質な挙動に容赦なく翻弄されるパイロットは、豪快にして繊細な素養が求められるという大出鱈目なじゃじゃ馬だ。が、そのチグハグな中身を覆う外面は一変。トランプのダイヤを引き伸ばしたようなダーツの矢の如きシャープな外見は、機能美を追求した一つの極到のようなもので、往年の超音速旅客機コンコルドを彷彿とさせる美しさは、三機のテスト機随一どころか、航空史上屈指と言っていいだろう。総じて、
まるで──
紗生子のような。そんな憎めない機体。
「笑う余裕があるとは流石だな」
脳裏の勝手な想像が、僅かながら口から漏れたらしい。早速後席の紗生子が口を挟んできた。
「そういうあなたこそ、口を開く余裕があるとは驚きです」
本当に、贔屓目なしで、この女の順応性には感服しかない。いくら事前に耐G練成を積んできたとはいえ、今紗生子がいるのは実の後席だ。一般的に前席は、自らの操縦で生み出される挙動とシンクロしやすい。動きを予測しやすいからだ。が、後席の場合、挙動が操縦士任せだけにシンクロが難しく、感覚がズレる分だけ酔いやすい。その辺りは自動車と同じだ。
その一般的な観点を踏まえた上で、ロデオの如きじゃじゃ馬っ振りのそれに翻弄されているというのに、先程来弱音どころか息遣い一つ聞こえてこない。いくらグリーンベレー時代にEA-18Gで後席の搭乗経験を有するとはいえ、機動性の観点でそれとXF-39は文字通り桁違いなのだ。一号機は嘘かホントか知らないが、中古部品の寄せ集めでこさえたというそれは、二号機と比べると確かに無駄な遊びが多かったように感じる。とはいえ、あくまでも感覚的な話であって、数値的には目立った差異はない。確かに純正品を用いたらしい二号機は、しっくりくるがそれだけだ。出鱈目である事に変わりはなく、ますます高まるは紗生子の凄さという事になる。
「まぁ去年の春にも乗ったしな」
「それはそうですが──」
とはいえ、ウクライナで紗生子を乗せた時、日頃何かと驚かされるばかりのその女といえども、その上空では殆どお客さん状態だったのだ。爆撃と無茶苦茶な着上陸作戦を強行しただけで、空戦はなかった。が、今は違う。俺自身でさえ久々の搭乗で頭がぼんやりするというのに、紗生子は加えて【兵装システム士官】の練成を始めていた。それはEA-18Gの後席が担うそのまんまの役割で、分かりやすくは戦闘支援士官だ。電子戦特化型のグラウラーでは電子戦士官とも呼ばれ、通信・電波工学・航法・兵装操作などに熟達した戦術スキルとパイロット同等の身体能力を求められる過酷な職人は、パイロット以上に育成時間を必要とする。非常時にはパイロットより先に救出される程の希少価値を持つ連中なのだが、紗生子は昨日今日でそれを始めたばかりだというのに、既に満足な仕事をしているというから驚きだ。
「二号機の仕様は殆ど変わっていない。興味を持って接すれば、私なら数日レベルの訓練で十分だ」
つまり、概ね昨春経験済みだと言いたいようだが、そんな事では、
「現役士官の立つ背がないですよ」
そのスキルを誇る職人達は泣くだろう。
「大体が、それを搭乗条件にしたのは君の方だろう。それなら手を抜けん」
「まぁそうなんですけど──」
全く手がかからないレベルどころか、既に俺以上の正確さで後席の仕事をやってくれているというから、俺自身も立つ背がなかったりした。それこそが昨夜浮かんだアイデアだったのだが、やはりその場で思いついたような小細工では紗生子には通用しない。それにしても、俺は「WSOとして使えないようなら乗せない」と言っただけで、それと同等のレベルまでは求めていなかったのだが。重ね重ねも驚くべきは、紗生子のセンスだ。
「気にするな。私は天才だからな」
「はあ」
ハハハと笑ってくれる今日の紗生子は、いつも通りの自信に満ち溢れた何様紗生子様だ。それこそ昨日の今日で、実は密かにメンタルの変遷を気にしていたりしたのだが、全く問題なさそうで、
「他に注文があれば聞くが?」
と言われたところで、
「ありません。腹一杯です」
と答えるしかなかった。
「それは何よりだ」
余り調子に乗られても困るため、本人の前ではこれでも自重した返事と言えば、紗生子が達しているレベルの高さを理解してもらえるだろう。
正直なところ──
既に今のレベルで、俺の腹の底では、二、三編隊を相手取って突撃したところで、負ける気がしない。操縦に専念出来るという事は、自分の身体をいじめ抜いて作り上げてきたXF-39のマニューバを存分に活かせるという事だ。スマホを操作しながらバカっ速い車でカーレースに出場するような、そんな辛さから解放される事のメリットは、これ以上の説明を要しないだろう。そうした中で、後席が敵を落とす訳だ。
まさか──
紗生子を死なせないための、口から出た方便のようないい加減な条件がこれ程はまるとは。負担になるどころか俺自身を助ける事になった訳で、瓢箪から駒とはこの事だろう。
同日夜。ドロシーは更に西航し、ミクロネシア連邦ポンペイ州時間帯(UTC+11)に入っていた。ここまで来れば東京時間とは二時間違いだ。その日曜午後八時。テスト二回目。
紗生子の習熟度の高さと早さに、いきなり実施してみた模擬訓練で、一回目テストの際に感じていた予感は確信に変わった。あくまでも電子データ上のターゲットだが、驚く事に紗生子の攻撃管制下で発射されたミサイルや誘導弾は全弾命中。文字通りの百発百中だったのだ。
「マジですかこれ!?」
とは帰って早々、そのスコアの詳細を確かめた時の俺の第一声だが、それを見るまでもなく操縦時に分かっていた事ではあった。ハズしていない事ぐらい、操縦しながらでも分かる。
確かに各種操作はほぼ自動化されており、人間がやる作業は限られつつある。が、それでも操縦しながらレーダーと兵装を確かめ、空域や地形を気にしつつ敵を捕捉し、武器を選択・発射するという一連の流れは、殆ど同時進行で行われる一人作業だ。しかも時と場合によっては、それが常人では有り得ないような重力環境だったりする訳で、一言で言うなれば骨が折れる。それを分担する事で、パイロットは本当に、飛ぶ事と最終的な発射作業だけで済む事の身軽さだ。更に発射作業までも預けてしまえば、運転手は運転に専念出来る訳で、後は車掌さん任せという
「ストレスが低減された職場環境の健全さというか──」
二人作業がこれ程楽とは。打ちっ放しミサイルだとか言っても実際にはある程度誘導が必要だし、命中率も俺の機体に求められる混戦・乱戦下では、よく当たって五割だ。確かに紗生子の射撃精度やセンスは、事ある毎に見せつけられてきたものだが、今回のこれはその集大成のようなものなのか。
「こいつぁまさに──」
「──魔術師だな」
ハンガーの休憩室で、早速テストスコアを確かめているインテリとテックが、呆れ顔で迎えて入れてくれた。実際のWSOは確かにそうあだ名される者達だが、
「ここまでとは──」
「まぁ思わねぇわな、フツーは」
「余程ウマが合うという事だ。お前ら夫婦は」
という事らしい。その妻の方はというと、今は整備中の担当機の傍で、ボブと何やら話し込んでいる。
「『奥さ○は魔女』だったって訳よ」
カカカ、と得意気に笑うテックに生真面目なインテリがすかさず、
「まさに」
と肯定突っ込みを入れてくれると、俺の口が勝手に動いてしまった。
「じ、実はここだけの話ですが──」
日頃から脳内で紗生子を魔女呼ばわりしており、その往年のコメディーのタイトルが、頭をチラつく事頻繁な俺だ。
「まんまじゃねぇか」
「有り得る話だぞそれは」
それを素直に認めざるを得ない程の衝撃。相変わらず作戦は明かされないが、紗生子を乗せない選択肢は、至極当然に塞がれつつある。
「管制のサポートをやってもらうぐらいのつもりだったんですが──」
電装の自動化が進んでも、最後にそれを判断・操作するのが人間ならば、一人の二つ目より二人の四つ目の方が物は見える。そのぐらいの感覚だったのだ。それどころか、
「こりゃあ火器は全部提督任せだな。お前が撃ったらハズレ弾が勿体ない」
「そ、そうですね」
やはり、そこを容赦なく指摘される。只でさえ兵装の乏しいじゃじゃ馬だ。結局それは、同席していたインテリに即決され、今作戦において俺は、運転手に専念する事になった。
更に翌早朝。ミクロネシア連邦チューク州時間月曜午前三時(UTC+10)。ここまで戻ってくると、東京時間との時差は一時間だ。学園も月曜を迎えている訳で、普通なら授業があるのだが、この日は偶然にも成人の日。学園休業日である事をよい事に、居残りテストの三回目だ。
一体全体、何足飛びをすればこんな事になるのか知らないが、日本近海よりは
「太平洋の真ん中の方が都合がいい」
という紗生子の一言で、色々な意味でのこの魔女は、早くも実弾発射テストまで漕ぎ着けてしまった。それもこれも極秘プロジェクトの、資格もクソもあったものではない柔軟性(というか無法性)が成せる技なのだろうが、このテストで何より驚いたのは機関砲だった。
「嫌に素直に──」
なっている。それもその筈で、一号機のそれは五〇mm口径と称する
「八〇mm口径──!?」
だったという暴露話を、今頃になって開示されるという恐ろしさだ。XF-39はその火力不足を補うため、開発中の小型精密誘導弾を機関砲の砲身から発射出来る設計である事は、近々ではそれの使用実績があるウクライナ派遣時の通りだ。が、問題はその弾の大きさで、実は小径化が間に合っておらず、苦肉の策でこっそりつけたのが大出鱈目もここに極まる
「──戦車砲ぉ!?」
というイカれた仕様だったというぶっちゃけ話だ。しかも反動制御ソフトの開発も遅れ、殆ど未調整のままだったというおまけつき。
「二号機はバッチリだったろ?」
と、帰った後のハンガーで爺さんにウインクされて、先述の絶句の場面という訳なのだったが、今更怒鳴ったところで後の祭りだ。
「だから機関砲は撃つなと言っていただろう?」
「そんな裏事情──」
当然、聞いていない。
細部の仕様変更が日常茶飯事だった一号機ならではだが、当然専属パイロットとして変更リストは欠かさずチェックしていたというのに。呆れ返る俺の横で、
「実にユニークな機体だ」
と、紗生子が笑い飛ばしてくれた。
「細かい仕様変更など諸共しないその柔軟さ。造りが素直で整備しやすく、多少の欠陥もお構いなしの屈強さ。それでいて継ぎはぎだらけのジャンク品で丸く収まっている事の奇妙さが──」
洗練された機能美を放つ事の痛快さ。
「──実に君らしいじゃないか」
コンセプトモデルみたいだな、と魔女様の上機嫌のまま、とりあえず実戦を見据えた最低限のテストは突貫工事気味に終了。
で、昼まで一休みした後、
「──帰るか」
という事になったのだったが、
「どうやってです?」
日本が近づいて来たとはいえ、北太平洋の大海原の只中だ。船足ではとても明日の授業に間に合わない。一号機が廃機になった後は、代わりといっては何だが、連絡用にV-22が置かれていた。が、テスト機がまた三機運用に戻った今、狭いハンガー内に当然それは見当たらない。
「当然、飛んで帰る」
という紗生子は、既に平服に戻っている。
「はあ」
いつでも身軽な俺は、紗生子同様に着替えさせられているのだが、これでも環境の変化に対する耐性にそれなりの自負を持っていたつもりだった
──んだがなぁ。
紗生子と絡むようになってからというものは、その細やかな矜持すらも崩壊しつつある。
その原因が珍しくも短気を起こさず黙って待っているので、一緒にぼんやり、然して密かに打ちひしがれていると、一画からにシートに覆われた物体が押し出されて来た。
「これで結構、人と物が運べたりするんですよ」
と、得意気なボブが俺達の目の前でそれを外し、慣れた手つきでてきぱきと準備を始めるそれは、お手製のカスタム機らしい。後方折り畳み式の翼を何なく人力で広げられる軽量スポーツ機のようなスマートさで、それでいて一応双発の
──ティルトローター?
のようだが、世に出回っている既製品に比べるとローターもブレードも小さい。全体のパッケージングも、最小のビジネスジェットより軽く一回りは小柄にしたような。何だか色々小さくしたような、奇妙な機体だ。まるで空の、
「──軽自動車みたいですね」
それにテックが、至極当然と操縦席に乗り込む。
「お客さん、早く乗ってくださいよ」
「は?」
もう飛べるのか。それが紗生子の表現だと、
「伊四百型の晴嵐のようだ」
という、マニアックさ。
「──確かに」
やはり折り畳み機だったそれは、浮上した潜水空母から物の一〇分で離陸出来たという驚愕の水上機だ。めぼしい活躍機会に恵まれなかったそれが、先の大戦でゲームチェンジャーに成り得る程の技術力と作戦能力を保有していたとは、史実の中に埋もれる真実と目されている。
「──それを見習ったんですよ。昔の日本人のアイデアは本当に凄い」
と感心するボブが、それを語っているうちに準備が整ったらしい。
「え、ホントにもう? で、運転手がテックさんで?」
「何だ? 俺じゃ不満か?」
「いやそうじゃないんですが」
むしろその腕をタクシー替わりとか贅沢な事なのだが、
「この早さはいいな」
せっかちな紗生子も満足のそれに、その女に先に乗り込まれては、乗らない訳にもいかない。
「何かこれもテストとか──?」
「いいから乗れっつーの」
テックのそれも、もう三言目だ。そろそろ往生しないと怒鳴られるだろう。半信半疑のまま乗せられると、驚く事にその軽自動車が、ドロシーの電磁カタパルトで放り投げられるような荒技で、雑に飛び立って行った。
「無茶苦茶しますね!?」
「意外に細マッチョなんだよこいつぁ」
つまり見た目以上に丈夫なのだろう。そういうテックは、真偽は不明だが元エアレーサーだとか言っていた事ではある。曲乗りは御手の物だ。
「──で、何処まで行きましょ?」
「ウソでしょ!?」
タクシー気取りなら、さっきの曲乗りは何だったのかという俄か運転手に、
「とりあえず東京へ向けてくれ」
と鷹揚に答える紗生子によって、その何時間後かの日没後に戻って来たのは、赤坂プレスセンターのヘリポートだった訳で、振り出しに戻る。
「──やっぱし」
ティルトローターなら、一般的にはVTOL仕様だ。当然、都心のヘリポートにも着陸出来る。離陸時のカタパルト使用の意味を詰問する前に、
「何事もテストありきの俺達だろうが」
と先回りで答えたテックの、その一言が止めだった。つまり、
「これって認可とって──?」
「──ると思うか?」
「──やっぱし」
全てはそこに辿り着くという、俺達の存在意義の再確認が、激動のここ何日間かを締め括るおまけだ。
ゴム鉄砲で飛ばされたような離陸とは打って変わって、たんぽぽの綿毛が接地するかのような軟着陸を見せた軽自動車の中で、呆れ返る俺の隣の紗生子は相変わらず余裕たっぷりに踏ん反り返っていて、組んだ御御足を投げたままケタケタ笑っている。
「凄腕のエースが二人も乗ってるんだ。これ程の贅沢はないさ。着陸は流石だったしな」
「そりゃ何よりで」
軽い乗りで手を振るテックと別れ、紗生子のアルベールに乗り換えるや、米国大使館に投げていたアンとマイクを拾って学園に戻ると、その変わり身の早さとは打って変わって、状況はしばらく膠着する事となる。




