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最後の年末年始②【先生のアノニマ 2(中)〜29】

 何となくつけてある居間のテレビが、午後七時から始まったニュースを映していた。その音が大きく聞こえるのは、どうやら気のせいではなさそうだ。

 何となく──

 話題が、重い。

 昨年同日など、それこそしまいには二人カラオケパーティー状態になったものだったが、

 今年はどうやら──

 そんな雰囲気ではない。

 卓に並ぶ晩餐は、紗生子プロデュースのクリスマス御膳。その殆どが、一見して豪放磊落なこの女の手性によるという意外性と、そのご相伴に預かるのが昨年同様何故か俺という事の不思議。何より驚かされる共通項は、何れも稀有の美女だという事の有り得なさだ。その相手が、

 何故だか──

 報酬の代わりに、俺のような庶民の過去を知りたがる。この謎を解くには、まだまだ手持ちの情報が欠け過ぎているようだ。

「拙い俺の話が報酬代わりでいいんですか?」

 紗生子程の弁護士なら、それこそビジュアルだけでも相当な報酬を取られそうなものだが、才色兼備とはまさにこの女のために用意された言葉と言い切っていいだろう。これが凄まじい切れ味(・・・)を持つ弁護士である事は、CC業務外として、あくまでも学園職員の身分で処理した、昨秋の隆太絡みのトラブル解決で立証済みだ。そんなキレッキレのブチギレ女が、

「こう言っては何だが、それ程金には困ってなくてな。それよりも──」

 何より俺の事が知りたいとは。

「聖夜に喜ばれるような話じゃないと思うんですが」

 それどころか、めでたい聖誕祭に水を差すというか、罰当たりな内容でしかない、野蛮な乱闘事件の経緯。

「特別な日であると言う論法は、平和である事の証だな」

 砲火が止む事のない世界だ。その上で俺達は、その特別(・・・・)を満喫している。つまり、何をしたところで、

「──罪深さに変わりはないという事ですか」

「流石にその辺(・・・)の話は早いな。今更いい子振っても仕方ないさ」

「それはそうですが」

 世界の血なまぐさい現実から目を背け、もっともらしい言い訳で我が身の安らぎを求め、見て見ぬ振りをする。具体的(・・・)に手を差し伸べようと思えば、恐らく大なり小なり出来て出来ない事はない俺達だ。只、国籍や所属を始めとする様々なしがらみが、それを許さない。それこそがまさに言い訳なのだが。

「争い事があれば祭りもある。良くも悪くもそれが現実だ。何ら救済しない事に対する非難や批判から逃れるつもりはない。その上で祭りの恩恵を享受する」

 そういう潔さもまた、この魔女らしい。何より平生から血気盛んにして、堂々と悪たれる人間なら、そうしたものだろう。

「──出過ぎた事を言いました」

「気にするな。回りくどいのは君らしさというものだ」

 とは、実に失礼だが、まさにその通りだ。

「物事を丁寧に考えようとする姿勢は悪い事じゃない。普段はそういう夫が、何故あれ程の事(襲撃事件)をやったのか。妻としてそれを知っておきたいのさ」

「偽装ですけど」

「一々水を差すヤツだな。私が執着する男なんかそうはいないぞ?」

「それは大変な誉れではあります」

「少しは分かったような事を言うじゃないか」

「もう一年半のつき合いですから」

 今や俺もすっかり、その魔女に毒された身だ。

「それにも免じろ」

「物好きですね」

「物じゃない、君だ」

「またしれっと──」

 その言葉の破壊力には、相変わらず慣れないのだが。

「好きな人間の事だ。興味は尽きない」

 と、怪しく微笑まれると、

 ──うぅむ。

 危うく恍惚の世界に足を踏み入れてしまいそうになる。その魔性に身を委ね、また一つ晒してしまう事で、代わりに何が起こるのか。大体が、これまでの人生で俺の事を知ろうとするヤツなど、ろくな人間がいなかった。俺の何かを頼んで、利用しようとする邪な目に晒され続けた俺は、その都度人生の岐路に立たされたと言っていい。襲撃事件の遠因となった、人身売買(トラフィッキング)被害もその一つだ。

 ──が、

 紗生子はその怪しさに反比例して、邪さを感じない。クールな言動は相変わらずだが、何やらその冗談混じりの言葉の端々に、好意のようなものを感じるのは気のせいではないのだろう。というか、これまでの明け透けな言動(好意)が、それを否応なしに裏づけてくれるだけに、参る。

「恨みに任せて暴れ回った、愚か者の与太話が面白いとは思えないんですが」

「仮にそうだとしても、その愚か者の相手は、当時のCCが躊躇したターゲットだったからな」

「ま、また──」

「ウソじゃない。高千穂絡みだった事が全てだ」

 当時のCCは、今とは比べようもない少数精鋭所帯だったらしく、世に蔓延る悪に大した影響力を持たなかったのだとか。つまり、

「一人ひとりは精強でも、その背後に潜む万来やレジオンの組織力を前に怯んだのさ」

 それをあっさり認める紗生子の口振りが、その実体験を思わせる。やはりこの女は、そうした年齢(ベテラン)なのだろう。

「俺みたいに派手にやって、表沙汰に出来なかったからでしょう?」

 何せ秘密機関だ。その身の振り方に腐心している事ぐらい、日頃の紗生子を見ていれば分かる。作戦の成否と同レベルで、身分が露見しない事に気を遣わなければならない、非公開組織の辛さ。

「その点俺は、自分の事だけ考えればよかったので」

「そういえば収まりがつきやすいが、事実としてそれは言い訳だ」

 化け物じみた成長により、瞬く間に世界的企業に成長した万来の組織力と、その闇の中核を担うレジオン。それと結びつく高千穂はといえば、当時は実父が首相を辞めたばかりの、その家の跡目な訳で、その威光を傘に力は拡大の一途だった。

「臥薪嘗胆していたのは君だけじゃなかったのさ。CCが茶漬け(・・・)と呼ばれていた時代は、そう遠くない過去だからな」

 侮蔑されたまま、紗生子が大人しくしていたとは思えないのだが、

 ──やっぱり。

 その頃からCCに在籍していただろうこの女は、管理者サイドのエージェントという事なのだろう。と言う事は、いつぞやの、

「──スルメ、ですか?」

「当時の私は、今以上にそれをよく食った。悔し紛れにな」

 今夏の平和学習で、一時期それが流行った紗生子の周辺だったが、当の本人にとってはその習慣に歴史ありだ。

「CCとして、ようやく組織的な成果が形になり始めたのは、ここ何年かなのさ。日頃偉そうにしてはいるが、まだまだどうにもならん事が多過ぎる。それが一昔前とくれば──」

 スルメを食いちぎって鬱憤晴らしをする程度の能無しだった、とか。

「能無しって──」

 実にこの女らしからぬ自虐は、それが、

「事実だ」

 である事の証左だ。

 そんな中、名もなき元警官の若造が、一見無謀とも思える仇討ちを決行し、思わぬ風穴を開けた。

「万来の片翼を失脚させる程の成果を上げたんだ。これには流石に驚いた」

「それを意図してやった事じゃありませんよ」

「それでもだ」

 当時のCCで俺の無謀は、どうやらそれなりの衝撃で受け止められていたらしい。

「数年がかりの仇討ちは、まさに忠臣蔵そのものだ。その用意周到さからも冷静さと辛抱強さが裏づけられる事件だったが、その動機が単なる個人的な恨みだけだったとはどうしても思えなくてな」

「似たようなモンですよ」

「似て非なるものだろう?」

「まさに忠臣蔵とは、似ても似つきません」

「何とまあぐずぐずと前置きの長いヤツだな」

「世の大多数はぐずで、中々決断出来ないモンなんですよ」

 紗生子のような即断即決は極少数派だ。当時も今も俺はそんな多数派で、鬱積を募らせた挙句の反動が、最終的に数年がかりであの事件を引き起こさせた。

「さぁ、場はあったまったぞ。前座もいい加減にせんと、客が飽きるというモンだ」

 真打はまだか、と、すっかり講談師扱いだ。それなら、

「二ツ目がまだ──」

 と食い下がってみた。が、

「やかましい」

 バッサリ切られたところをみると、冗談も限界のようだ。仕方なく、始めてみる。

「──ある所に、親に売られた坊主がいましてね」

「そこからか!?」

 早速噴き出し気味に、紗生子が失笑してくれた。

「これが運良く台湾の町医者に拾われて、アフリカへ旅だった時の事──」

「今度はいきなり端折ってくれるな!?」

「──聞く気、あります?」

「君がわざとらしく話の振り幅を広げるからだろうが。──まぁいい、続けろ」

 何にせよ、興味があるのは本当らしい。

「では、気を取り直しまして──」

 何も高吟するような話ではないのだが、鬱積を募らせるきっかけとなったのは、養父が人生の最期を迎える事になったアフリカだった。僅か二、三年の滞在でしかなかったそこで、明らかに旅行客でもなければボランティアとも思えない、憔悴した日本人の女子供達とすれ違う事の何と多かった事か。大体が紛争地の難民キャンプだ。難民でなければ何らかの被害者か、はたまたそれに纏わりつく悪党か傭兵な訳で、女子供なら被害者以外の位置づけは普通考えにくい。つまり、過去の俺と同類の、奴隷貿易の商品だったという事だ。

 何れも車で連行されるのを見かけただけで、当然話す機会も何もなかったのだが、

「雰囲気で分かるモンでして──」

 弱々しい元同胞達は、やたら目についた。恐らくはそういう者達(・・・・・・)ばかりを選んでの事だろう。世界的に見れば教育水準の高さは言うまでもなく、かつ大人しく従順。躾次第では如何様にも扱える(・・・・・・・・)日本人は人気商品だ。例え社会的に見捨てられた力無き貧しき民であったとしても、日本人は日本人。東の果てにあるその飽食国家の民族は、飢えに喘いでいる貧困国家の民とは比較にならない程食えているし、和洋中の世界三大料理を始め、食えない料理はない美食の国でもある。つまり、

「日本人って、やっぱりいいモン食ってんだなぁと」

 その栄養状態の良さが、

「治安の良さに繋がってるんだと実感させられたモンです」

「古今東西、為政者が悩むのは結局そこだからな」

 如何に民を食わせるか。それは乱世の例を見れば実に分かりやすい。農業技術や商業的生産体制が満足に確立されていなかった時代では、食糧はそれがある所から奪う物であるという安直な考え方が戦乱の原因となっていた。腹が減っては戦は出来ぬとよく聞くが、結局のところ、

より食う(・・・・)ために戦を起こすのさ」

 その考え方は、現代でも当てはまる。

「何だかんだで日本は、経済戦争の勝ち組ですから」

 食える国家の内政は、曲がりなりにも安定する。その最たる例である日本の分かりやすい恩恵が、世界的にも稀な治安の良さという訳だ。

「──だからでしょうね」

 日本人には独特の穏やかさがある。悪く言えば世間知らずの大らかさ。より優雅に平和ボケと言われるそれは、一般的に蔑む意味合いでしかない中で、極々一部にそれを求める変わり者達がいる。正しくは、それにつけ込む悪党だ。

「日本人の黒髪はプレミアムという訳か」

 彫りが浅く、只でさえ幼く見えるその国の女子供とくれば、

「可愛く見えるんです。本当に」

 そのアベレージの高さは抜群で、そう見られた事による不幸は、少年期の我が身に起きた事でもある。ここまで言えば、その行く末をあえて語る必要はないだろう。俺は運良く、その寸前で逃げおおせた。もし、それが叶わなければ、もって数年の命だった。二度と故郷の土を踏む事など叶わず、それどころか太陽すら拝む事なく身体を搾取され続け、現世にあるまじき絶望の淵を彷徨った挙句、死んでいただろう。

「その被害者達は、法が機能していない戦地や紛争地を経由して──」

 買い手に買われていく。政治体制の脆弱な国は一様に、それらを右から左へ捌くし輸出国にもなる。

「──釈迦に説法でしたね」

 紗生子ならずとも諜報部員なら、世の中の隙間をほんの少し覗けば見る事が出来る闇ビジネスの事を知らない訳がない。

「いや。生きている被害者(・・・・・・・・)の声を聞く機会は貴重だ」

 人知れず失踪し、そのまま消える。死人に口なしどころか、その死体すら発見される事もない。普通は全く足取りが掴めないまま、この世から失せる。その被害が、被害者から語られる事などまずないのがこの種の事件だ。

「辛いだろうが、よければ続けてくれ」

「それは別にいいんですが──」

 今更、何かの参考になるとは思えない。

「さっきも言ったが、私は君の事なら何でも知りたい」

「は、はあ」

 その熱っぽさを躱すように、とりあえず続ける俺だ。

 難民キャンプに留まっていたのは最初のうちだけで、難民の帰国支援につき添うようになると、どんどん紛争地帯へ入って行った。そこから泊まり込みで遠方へ行く事もしばしばで、その先々で頻繁に出くわしたのが、検問という名の追い剥ぎだ。戦地や紛争地帯につきもののそれは、何処の勢力だろうと殆ど不逞(ふてい)の輩と言っていい。大まかな構図として政府軍と反政府勢力に分けられ、それに宗教やテロ組織が絡み、時として他国軍が侵攻してくるなどの混乱振りだが、それら大きな組織の傘下では統一感のないゲリラや民兵組織が乱立し、常態的に小競り合いをしている。そのための関所という論法だが、その縄張りを通る度、関銭は払わされても安全が保障される事はない。連中は財をむしり取るだけの、まさに只の追い剥ぎだった。

 その道中では、

「奴隷市が盛んでして、タイムスリップしたかと思ったモンでした」

「そこで日本人の女子供を──?」

「ええ」

 見るまで想像だにしなかった事だが、現実とは何とも残酷だ。心情としては、

「何とかしてやりたいと思ったんですが──」

 市はそこを治める武装勢力の重要な資金源で、商人達もそれらと結託して市を開いている以上、迂闊な事は出来ない。

「そうでなくとも、難民キャンプの自治を維持するだけで大変でしたから」

 難民キャンプの中は必ずしも平和ではなく、一言で言えば内憂外患。その状況下で更なる敵を作る訳にもいかず。門外漢ながら中々の格闘家だった養父も、これには流石に手の差し伸べようがなかった。が、そんなある日、事件は起こる。

「出かけた先で、子供の頃に俺を買ったブローカーを見かけましてね」

 まさかアフリカの紛争地で再会するとは思ってもみなかったが、当然向こうは成長した俺に気づく訳もなく、当然わざわざ話しかける事もない。如何にも重鈍そうな、脂ぎったデブでしかなく、これに(・・・)大人しく従って商品(・・)にされていた己の過去の非力さに愕然とさせられたものだ。が、それをどうこう悔いたところで、昔は昔、今は今。そんな個人的な因縁は、俺一人がこっそり飲み込めば済む話だったのだが、

「何日か経った頃──」

 そのブローカーの下から商品(・・)の一人が逃げ出して、キャンプに駆け込んで来た。これがよりによって、俺が売られた頃と同い年くらいの、日本人の女の子だ。決定的に状況が昔の俺と異なるのは、追手を撒かずに逃げて来ていた事で、当然キャンプに追手がやって来て返却(・・)を求めてきた。とは言ったものの、その手先は当然武装しており、事実上の脅しだ。それをその日その時、キャンプの出入口で門番をしていた俺が、若さに任せて昔の腹いせとばかり、独断で文字通りの門前払いをしてしまう。

「安直で青臭い正義感がキャンプにもたらしたものは──」

 敵方の容赦ない報復。その日のうちにキャンプ内の病院にミサイルが打ち込まれ、多くの犠牲者を出した中に養父がいた。

「その養父は──」

 最期に、

「『お前は間違っていない。気にせず生きろ』と──」

 言い残して、死んだ。

「養父は哲学にも明るい人で──」

「知っている」

「穏やかな最期なら──」

 それはそれは、素晴らしい辞世の句を残した事だろう。

「それが──」

 俺の若さ故に、

「──逆に多くの人々を殺す結果に」

 その悔恨を背負って大人しく生きていけばよかったものを、更に愚かな事にこの青二才は、直ちに復讐を企てた。一番の不幸は、年齢不相応にもそれを実行する力を持っていた事かも知れない。それが当時ハイティーンだった彼に、後戻りの出来ない血塗られた人生を歩ませる事となる。

 昔気質の気骨者だった養父に育てられたにも関わらず、出来の悪い使用人でしかなかった彼は、一〇年弱もの長きに渡りその薫陶を独占してきたというのに、覚えた事と言えば、

「養父の門外漢の分野だけだったという体たらくで──」

 台湾の奥深い山野で育った山猿は、その頃にもなると体力は勿論の事。見かけによらず腕っ節だけは、人に頼られる程のものを備えていた、

「天狗で──」

 それが事もあろうに、キャンプで傭兵に出会ってしまった事で、屈強なレンジャーに変貌する。

「まぁ難民キャンプにはいろんなヤツが集まるモンだしな」

「はい」

 若い時分は、日々が成長の記録だ。瞬く間に周囲が瞠目する傭兵へと成長した外見不相応の血気盛んなバカ者は、若さという言い訳が通用しない程の、血で血を洗うような凄惨な仇討ちを一人で始める。

「養父の葬儀や、病院の修復を手伝った後──」

 キャンプを退去した俺は、手始めにミサイルを撃ち込んだ武装勢力を壊滅させた。

「サラッと言ってくれるな」

「一つの集落を牛耳る程度の小勢でしたから」

 簡単な事だ。闇討ちで少しずつ間引き(・・・)、脱走者が出て規模が小さくなったところで、スカスカになった監視網を潜り、()を取る。ならず者の集まりだ。結束は弱い。そのついでで、結託していた件のブローカーを拉致して素性を暴いたところ、そこでいきなり

「他ならぬ万来本社と結びつきまして──」

 因縁の相手が思わぬ所で判明すると、その現地法人のお偉方を襲って吐かせたところで、やはり思いがけないビッグネームに遭遇したものだ。

「──高千穂総理か」

「はい」

 奴隷貿易の日本責任者を吐かせた矢先に出てきたその名で、俺を怯ませるつもりだったのだろう。実際には、当時首相だったその御大尽の長男、つまり高千穂隆嗣の手によるものだと、日本から遥か一万kmの彼方であっさり分かってしまう事に、驚きと戸惑いが先行した事を今でもよく覚えている。

「後で分かった事ですが──」

 ご長男(・・・)は、警察官僚として生活安全部門に携わる事が多かった。そこは部署名通りの防犯活動を始めとする、行方不明者の受理とその集約。少年事犯全般、風俗・古物・警備業などの各種営業や銃砲刀剣類の許認可、ストーカー・DV・児童虐待などの対策支援などと同時に、以上列挙した事項全ての取締りを行う。間口の広いその部署で得た情報を悪用していたという、典型的な不良公務員である事が、

「分かったところで──」

 どうするか、困ってしまった。

 現代日本における年間行方不明者数は、ざっくりした数値で約一〇万人弱。そのうちの八割から九割は発見される一方で、見つからない約一割と少しはどうなっているのか。その一部が実は拉致され、身売りされていたりする訳だ。要するに、悪事の被害者となり見つからない者など山程いる。仮にその元締めが高千穂家の長男だとしても、その一人を始末したところでどうにでもなる問題でもない。悪事を働く者も山程いるからだ。

「だから教えてくれた(・・・・・・)んだろうな、彼の地(アフリカ)で」

「ええ」

 つまり、発覚したところで何も手を施せないと、高を括られた次第。

「本当は、武装勢力を壊滅させて、病院の恨みを晴らしたところで終わるつもりだったんです」

 恨みに任せて仇をとり始めたら切りがない事ぐらい分かっていた。頭では理解出来ていたが、感情が収まらず歯止めが利かなくなってしまった。

「折角養父が──」

 素晴らしい辞世の句を放棄して、俺に分かりやすい一言を最期に残してくれたというのに。

「言われた通りに──」

 気にせず生きていれば、

「恐らく我らは出会わず、今頃君は何処かで野垂れ死んでいるか、平々凡々と生きていただろうな」

「後者はないでしょうね」

 既に手が血に染まっていたのだ。次々に身分を変えるような、今の生き方をしていない限り、恐らくは誰かの仇として殺されていただろう。実際に高千穂や万来CEOの来勇(ライヨン)には、延々狙われていた命だ。

「史洋さんが頼む程の、見た目を裏切る鉄腕が、簡単には死ぬとは思えんがな」

 と、まるで見てきたかのような紗生子が更に、

「君が侠に走る事ぐらい、見抜いて死んだだろうさ」

 などと、聞いたような事を断言してくれる。

「え?」

「只の暴力的な人間を頼むような御仁じゃなかった筈だ。あの人は」

「そうかも──」

 知れない。

「遺言に大人しく従うようなヤツなら、まずアフリカへ連れて行っちゃないだろう」

 確かに、それもそうだろう。

 そんな養父イズムを知らず知らず受け継いでいた俺は、気がつくと日本に帰国していた。俺のやり方で、今度は過去の自分の仇を討つ。時の首相の息子である事を、恐らくは最大限利用してやりたい放題やっている狡猾な狐だ。その一人を討ったところで何かが変わるとは思えないが、だからといって放置するのもおかしいだろう。その根本は、紛争地帯で野心をたぎらせ、不毛な争いを生み出している虎狼の輩共と、何ら変わらぬ悪党でしかない。

「弱者に仇なす悪を、天に代わって懲らしめる──」

「そんな時代劇みたいな話じゃありませんよ」

 現代の日本は法治国家だ。アフリカの無法地帯や、それこそ時代劇のアウトローみたいに力任せにやったのでは、後々の罰も怖いし仇を討つ前に捕まり兼ねない。

「なので──」

 実力行使は最後の手段として、それまでは手順を踏む事にした。除籍されていた戸籍を戻し、警察に潜り込むため当時の大検を受けて高卒資格をとり、警視庁に入庁。中国語のスペシャリスト採用枠で、通常採用の警察官とは異なる短期教育で現場へ出され、無難に働いているうちに高千穂が広島県警へ異動。その頃になると俺自身が職務に落ち着き始め、諦める理由を探し始めた矢先、警視庁と広島県警の、とある国際事件の合同捜査本部に派遣される事になる。

「その意図せぬ派遣が──?」

「復讐の終わりで、今のザマの始まりです」

 頻繁に東京と広島を往復する中で、暇を見つけては本格的に高千穂の身辺を調べ始めるが、片手間の独自調査だ。当然遅々として進まない。しばらくやってみて、やっている事の後ろ暗さが虚しく思えてきた頃、思いがけず広島で高千穂がこっそり連んでいる悪党(暴力団)と万来との繋がりが見つかり、

「それがまさに──」

 人身売買を目途とした人攫いビジネスだった。近年のそのビジネスといえば、海外に拠点を構える特殊詐欺絡みの所謂かけ子を拉致してくるものが横行しているが、それが流行り出したのは最近の事だ。一昔前までは旧来型の性的搾取、臓器移植目的の典型的な奴隷貿易が主流だった。よく見かけた被害者(パターン)は、身内のいない風俗嬢と無戸籍の子供だ。どちらも法の網目をすり抜けやすい。つまり、いなくなっても誰も気づかない、または訴える者がいない。

「この時既に高千穂は、万来日本法人の顧問格で──」

 都合よく商品になりそうなターゲットを悪党が探す。その振り分けの段階で、照会を受けた高千穂が必要な情報を調べて渡す。免許情報を筆頭に、警察行政が取扱う人定情報は膨大で、しかも正確だ。その情報が欲しい万来と、倫理もクソもないが悪知恵は働く高千穂の親和性に説明は不要だろう。

「公務員は副業禁止なんて──」

 誰が言ったものか。

「バレないやり方はいくらでもある。分かりやすくは、あからさまに企業に籍さえ置いていなければいいだけの話だ」

 紗生子によると、この頃の高千穂は既に法外の顧問料を万来から得ていたらしい。

「そうしたモンでしょうね」

 悪と金の親和性もまた、語るに及ばず。そんなこんなで復讐心がフラッシュバックして、

「抑え切れなく──」

 なってしまった俺は、約三年被り続けていた羊の皮を脱ぎ捨て、警視庁を辞職。その足で襲撃事件を強行した。

「それだけの腕を持っていながら、何故全員誅殺しなかった? それこそアフリカの時みたいに少しずつ闇討ちにした方が、秘密裏に、より確実に仇を討てた筈だ」

「狙えなくなると思ったんです、高千穂が」

 数十人からなる組織を、それも日本で秘密裏に一人ずつ間引くには、流石に時間と手間がかかる。紛争地帯では人一人居なくなったところで然程騒ぐ事もないが、日本だとうっかり派手にやってしまえば大変な騒ぎだ。そうしているうちに、身に危険が迫っている事を察知した首魁高千穂の周囲が厚くなっても困る。かといって、ここまで来てターゲットを高千穂だけにしてしまうのは面白くない。

「それなら一気に、派手にやってしまおうと──」

「──って、普通それは口で言う程簡単に出来る事じゃないんだがな。その台詞と自分の外見のギャップを、君は考えた事がないだろう?」

「は?」

 それはいいとして、大量殺人の中に高千穂が紛れてしまっては、流石に捜査も凄まじい事ぐらい分かるし、そうは言っても日本警察は世界的には優秀な部類だ。

「それならランクを落として、全員再起不能レベルにしようと──」

 死なない程度に中枢神経を狙って痛めつけた。あえて乱闘を装ったのは、暴力団同士の抗争に見せかけようとしたためだ。反社同士のいざこざなら、捜査も盛り上がらないのではないかと思ったのだが、

「全員死ななかったってのは、やはり失敗でした」

「不自然極まりないだろう、普通」

 それに、首相の息子の被害が大きくクローズアップされてしまい、収まりのつかないその本人によって俺の予想を超える大掛かりな捜査になってしまった、というのが事の顛末だ。加えて、悪運の強い高千穂は、

「足に後遺症が残る程度だった、という訳か」

「はい」

 他の組員らは、殆ど寝た切りか車椅子生活になっていたのは、今回の任務で再来日後、合間でこっそり調べて知った事。

 一方で、一区切りをつけた俺は、その足で密出国して台湾へ渡り、保存しておいた台湾籍を使って渡仏。そのまま外人部隊へ入隊し、姿を眩ませた。追跡捜査の手によって捕まるのならいざ知らず、身内の癌を放置するような警察に自ら出頭する気にもなれず、俺のために死んでしまった人々のためにも、良くも悪くもその分まで生き抜くと決めた俺は、そのまま長い逃亡生活に入る。

 その渡仏前、警視庁在籍時に調べ上げた高千穂と万来絡みの奴隷貿易の実態のネタをそのまま捨てるのも勿体ないと思い、万来のお膝元である香港へ立ち寄り匿名でメディアに投稿したところ、これがまた思いがけぬ波紋を呼び、当時双壁体制だった片方の万軍(ワンジュン)が責任を取らされ失脚。そのどさくさで表舞台から姿を消した。巷では暗殺説が囁かれるその傍らで、高千穂の方は父親に守られると同時に、襲撃事件時の被害者である事を免罪符代わりに醜聞を揉み消し、生き長らえた。

「──お後が宜しいようで」

「後はないんだが──」

 そうだな、とワインをあおる紗生子が、少し思考する様子を見せた後、

「中々興味深い話だった事でもあるし、そのついでに訂正しておくか」

 と、またワインをあおる。

「訂正、ですか?」

「万来の表向きは、あれはあれで中々の人材を集めた会社だ」

 一代で世界的な人材派遣会社に成長したそのグループ故に、闇の部分をも受け持つ事が出来る人材を揃える事が出来たとか。

「双壁体制だった時代、圧倒的なカリスマ性を持っていた万軍が、表の顔で会社を拡大し──」

 知恵が回る来勇が、裏の顔で闇ビジネスを請け負い、勢力を拡大していった。

「君が被害を受けた二〇世紀末なんかは、香港の中国変換直前だったが──」

 水面下で国から工作活動なども請け負っていたらしい。

「国って、どっちの──?」

「どっちもだ」

「はあ?」

「そうやって双方を焚きつけて、依頼を増やした。よくある事だ」

 今や世界の動乱には、そうした民間エージェントも蠢いているのだとか。

「もっとも万軍はそうした裏工作を嫌っていたがな。今では考えられんかも知れんが──」

 元はといえば、世の表裏を問わず、弱者に寄り添う側の組織にして、会社だったらしい。

「表裏、ですか?」

「まぁ活動する舞台はそうだが、当時の社是は義侠を語っていた」

「詳しいですね」

「本人から聞いたからな」

「相変わらず──」

 凄まじい人脈だ。

「本当の意味での侠客集団だったんだが、会社が大きくなると、それを頼る不届き者も増える。やはり裏の顔を持っていた事が、そもそもの過ちだろうな」

 そんな訳で、社中が真っ二つに割れそうになったそうだが、

「割れたところで万軍はカリスマだけに圧倒的な支持率で、来勇はそれこそ闇部門を請け負って先鋭化していたレジオンぐらいしか地盤が築けず──」

 そんな時、俺のタレコミで社内に激震が走ったところで、素早い動きを見せたのが来勇だ。

「万軍の自殺を装って暗殺し、責任を全部片割れ(・・・)に被せた」

「それは何とも──」

 ひどい話だが、ままありそうな事ではある。

「流石にお詳しいですね」

「──が、これくらいの事は、何も私でなくとも知っている」

 という事は、何かの核心に迫っているようだ。

「──何だと思う?」

「そうですね──」

 ここまでの内容でありがちなケースといえば、人の生き死に関する事だろう。

「──死んでいる筈の万軍が、実は生きている、とか?」

「お、中々鋭いな」

「すぐに思いつくのはそれぐらいしかないじゃないですか」

「でもそれじゃあ五〇点だな」

「はあ」

 という事は、俺が知り得る情報だけでも正答に辿り着ける、とでも言いたいらしい。

「と言われましても──」

 何がなんだかさっぱりだ。

「まぁすぐに分かるような偽装はしないからな。そんなモンだろう」

「偽装、ですか? うーん──」

 せっかちな紗生子にしては、随分と待ってくれた方だろう。少しの沈黙の後、その紅唇が思いがけない事を吐いた。

(ミン)が万軍だ」

「ぐは!」

 紗生子の暴露話の破壊力は、これまで何度となく経験済みだ。怪しくなり始めたところで飲み食いを中断していたところへ、不覚にも己の唾で盛大にむせ返る俺をよそに、

「情報屋冥利につきるな! 君は本当に期待を裏切らない反応をしてくれる」

 ケタケタと、然も愉快げに笑う紗生子の悪戯っぽいこの一言こそ、魔女の真骨頂としたものだろう。

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