反撃②【先生のアノニマ 2(中)〜17】
昼から校内の屋台をブラブラ練り歩く事約三時間。
「何も起こりませんね」
「仮装以外のスタンドプレーを禁じたからな」
昨年は、食い物の屋台以外にも、オセロやテレビゲームでゴタゴタあって、ハラハラさせられた挙句の仮装コンテスト本戦だったのだが、今年は何事も起こらず。極あっさりと、文化祭初日のハイライトを迎えた。講堂で行われる、被服部主催のファッションショーと言う名の仮装コンテスト本戦だ。舞台の袖に集まった出場者を見渡すと、三人娘がそっくりそのまま本戦に残っている。
「あー、また二人とも残ってるぅ」
と、からかってくれるアンの仮装レベルは明らかに高く、今年も優勝候補だ。
「やかましい」
と、反射で苦る紗生子の仮装もまた言うまでもなく。この二人は文句なしの、実力での予選通過である事は疑いようもない。
「先生も」
「いや、俺は──」
どう考えても、そんな二人を際立たせるためのお笑い要員だ。
「またまたぁ。そんな事言って、去年はやってくれたからなぁ」
「御三方は何やるんです?」
「手の内は明かさないよぉ。順番まで」
その出場順は、今年も審査員によるクジらしい。出番では何をやってもよいという突き放しっ振りも変わりはないようで、去年の俺達は皆楽器と歌で場を盛り上げたものだったが。
「まぁ、ヤツさえ大人しくしていればな──」
娘っ子は何をやっても構わん、と余裕の紗生子は、果たして防衛戦の今年、何をやるつもりなのか。一方で、ヤツ呼ばわりのアーサーは、今年も今のところ客席で紗生子の言いつけを守っているようだ。が、本当にこのまま大人しく
「──し続けるモンですかね? あの御仁が?」
「約束を破れば、即刻退場を命じている」
破れば破った時の事らしい。
そんな口約束で──?
本当に歯止めになるものだろうか。去年はいきなり舞台上に踊り出られ、まんまとやられたのだ。今年もそんな構図をなぞっているように感じるのは、決して気のせいではない。
──と思うんだがなぁ。
モヤモヤ考えていると、矢庭にショーが開幕した。今年はいきなりアン達が呼ばれる。
「お先にぃ」
そのまま三人娘が、ヤ○トの女性クルーのピチピチスーツで舞台へ出て行くと、いきなり勇ましい軍歌のような曲が大音量で流れ始めた。宇宙戦艦ヤ○トのオープニングテーマ曲だ。
今年も歌──?
にしてもこの曲は、和製プレ○リーと称されるアニソン大王の歌であって、三人娘のお色気路線とは路線違いも甚だしい。
──と思うんだがなぁ。
何にしても二番煎じかと、密かに鼻で笑ったその直後。歌い出した声は、オリジナルシンガーに近い、野太い声色を持つ男だった。
──やっぱり!?
意気揚々と歌いながら、客席から舞台へ向かって悠然と歩くその男に、隣の紗生子が瞬間沸騰する。相変わらずの美声は、外ならぬアーサーのものだ。
「毎度毎度、何考えてんだあのバカタレは──!?」
まるで花道を歩く役者のように、その様がスポットライトでピックアップされるという事は、やはり示し合わせていたのだろう。よく見ると、そのスポットライトを操っているのは、いつの間にかのインテリとテックだ。
──ありゃりゃ?
その二人が二階席で左右の端に分かれ、コスプレ状態のまま、前者は頭を掻きむしっている。不自然な金髪のカツラが痒くなったのか。一方で後者は、人目が緩んだ油断からか、無遠慮な大あくびだ。要するに二人共、バカバカしいという事なのだろう。
そんな中、
「──作戦開始。三〇秒で片づけろ」
と紗生子が囁いたかと思うと、講堂内の照明という照明が落ちた。真っ暗闇で非常灯すらつかない。紗生子の命による、佐川先生の仕業だろう。客席から大小様々な悲鳴が上がり始める中で、コンタクトは闇の中の人々を捉えている。当然、ナイトビジョン対応も可能というその多機能振りには、つくづく呆れる外ない。俄かに混乱を呈し始める堂内で、如才ない足運びの者達が十数名。こんなところは、流石の公儀隠密だ。
「私は正規にエントリーした予選通過者だぞ! こらっ! やめろっ! 離さんか!?」
暗闇の中で、アーサーの口から月並みな断末魔が響き始めると、突然紗生子に背中を押された。
「──っとっとっと」
「ゴローは場を繋げ」
「はあ?」
続け様にギターのような物を持たされると、また突然に大音量の、今度は打って変わって聞いた事もない、誰の何の曲だか知りもしないヘビメタが流れ始める。
「ちょっ、何するんで──」
「この混乱を紛らわせる技の見せどころだぞ!?」
「訳の分からない事を!?」
止めでスポットライトが照射され、まんまと舞台の真ん中に取り残されてしまった。
「いや技って、この手でどうしろって言うんですか!?」
去年ののら○ろの手は、一応人間の手袋だったため、あんな仮装でも弾く事が出来たのだ。が、今年のヒレではコードを押さえられない。しかも手渡されたのは、触った事もないエレキギターだ。
──無理だっての!
スポットライトを照射された俺は、慌てふためくだけで堂内のざわめきを失笑に変える才能があるらしい。
『どうした? 怯んだら負けじゃなかったのか?』
「う──」
何の場繋ぎだか知らないが、紗生子の姿は見えなくなり、インカム越しの声が挑発的だ。堂内の照明で生きているのは、何故か俺を照らすスポットライトのみで、何を期待しているというのか。
こうなりゃ──
ヤケだ。曲調に合わせて、弾けて弾いている振りで突っ走るしかない。エア・ギターと呼ばれる、弾く振りのあれだ。身体を仰け反らせ、腕を痙攣させ、顔のパーツというパーツを歪めて頭を振り回し。勢いでやってみれば、獅子舞や歌舞伎に通じるものを感じるようで、つまりはこれも一つの立派な文化芸能という事なのだろう。実際に、世界的なコンテストもある事ではある。
ヤケクソだったのは最初だけで、勢いづくと悪ノリが快感めいてくる。しまいには舞台上から飛び出し、一曲終わる頃には、
「ケロ○軍曹ナメんじゃねぇぞコラァ!!!」
などと、シャウトしながら観客をあおっている俺だ。教職員たる者が、下品な言葉遣いだと言われればそれまでだが、これも一つの文化芸能的ノリだ。知った事ではない。大体教員免許もなく、そうした人々からすれば野蛮な軍人だ。それなら根強い蔑みをそのまま受け止め、それらしく大暴れしてやる。
結果。それに呼応した観客が悪ノリの相乗効果で絶叫しており、それこそ昨年に引き続き、近隣から苦情が来そうな騒動になってしまった。相談役の耳に入れば、また説教の一つもありそうだ。
"シーマ先生の、まさかのエア・ギターパフォーマンスでした!"
気がつくと、アン達のパフォーマンスは停電のどさくさ紛れで消滅してしまっており、復電した堂内は異様な高揚感を帯びている。
『ギタリストは、エア・ギターもキレるな』
何処で何の作戦だったのか知らないが、大騒ぎの中でインカムによって音量調整された紗生子の冷静な失笑で、ふと現実に戻された。
「場はあっためときましたよ!」
『上出来だ。やはり君は、いざとなると期待を裏切らんな。今年も間違いなく優勝候補だ』
ライバルに塩を送ってしまったか、と鼻で笑う紗生子の名前が司会からコールされる。と、また停電で真っ暗闇になってしまった。
『さて、ブースター点火といこうか。アーサーの闖入記録を完全抹消してやる』
そんな紗生子の独り言が、インカム経由で俺の耳に届いたかと思うと、突然雄々しい曲調のピアノ独奏が始まる。その華々しい前奏が終わりかけたところで、またスポットライトだけが復電し、舞台上で激しくグランドピアノの鍵盤を打つ紗生子を捉えた。その瞬間で、統一感のある歓声が堂内を占拠する。
──やられた。
別に優勝を狙っていた訳ではないが、これはダメだ。
結局──
それなりにお気に入りの仮装だったという事だろう。よく知らない俺でも、曲の先を聞くまでもなく展開が脳裏に浮かんでしまう。圧倒的な凛々しさが皮膚にビリビリ伝播するそれは、紗生子の仮装通りのミュージカルの一幕を切り取ったものに違いなかった。
「あぁ──我が名は──」
などと、高らか歌う歌姫を前に、俺の時とは打って変わって、堂内はその雰囲気に飲まれている。静まり返った中で、律動的なピアノの伴奏と覇気ある歌唱を見せつける女が、タカ○ジェンヌ顔負けのビジュアルなのだから当然だ。
これは──
反則だろう。最早、ズルい領域だ。見惚れないヤツがいる訳がないではないか。
その圧巻の演目が終了後。昨年同様、静かに屈膝礼を決めてくれたところで、我に返った観客が沸騰した。結果は聞くまでもないだろう。紗生子は当然玉座を守り、二年連続で夫婦がワンツーフィニッシュしたのは、また別の話だ。
最後は舞台上だけ照明が落ちると、そのまま意気揚々と舞台袖へ凱旋した戦いの女神が、そこで完全な見物人に成り下がっていた間抜けのもとへ闊歩して来る。そのすり抜け様に、
「行くぞゴロー」
と、手を掴まれると腕を引っ張られ、
「え?」
何処へ、と聞く間もなく、一目散に外へ連れ去られてしまった。
約三〇分後。
慌ただしくも、毎度お馴染み高坂家のストレッチリムジン仕様レク○スSUVに詰め込まれた俺達がやって来たのは横田基地だった。俺達と言うからには、当然先立って拉致されていたアーサーと、その随従三人も含まれている。運転しているのは、いつもの佐川執事だ。
俺はケロ○軍曹のまま助手席で前方を警戒しており、紗生子以下は、やはり仮装状態のまま後席にいる。まともな格好をしているのは佐川さんだけだ。もっとも後席はスモークフィルム仕様につき見えないが、門兵が見たら驚いた事だろう。助手席の俺は隠れようもないため、とりあえず頭の被り物だけは取っていたのだが、それでも胴体以下はカエルの着ぐるみだ。どう見ても、何かのイベントで呼ばれた着ぐるみのアルバイトにしか見えないというのに、どういう建前で入場申請していたものか。基地のゲートで人定確認はおろか、停車すら免除され、そのままフリーパスで入場出来てしまった。
──どうなってんの?
それどころか、そのまま最寄りのハンガーまで乗り入れを許可され、駐機しているオスプレイに横づけだ。
「ここでいい。いつもスマンな兵庫」
「いえ」
と、紗生子に短く返事をした佐川さんは、俺達の降車を確かめると、そのまま一人で帰ってしまった。
「あれ?」
てっきり俺と紗生子は、ここまでだと思っていたのだが。
「どうした?」
「え?──いや」
「ボヤボヤしている暇はない。乗り込め」
「はあ」
そのまま一蓮托生でオスプレイに乗り込むと、インテリとテックの操縦で約一時間。何と、仮装状態のまま幽霊船に連れて来られてしまうという、謎に満ちた旅程。
──ま、まあ。
アーサーを確実に送るという意味合いだろう。今度こそ俺達はとんぼ返りだと思っていると、ゴールデンウイークの慰労会以来、約半年振りに再開したオス○ル提督を前に、忽ちクルーが群がりそれどころではなくなった。その仮装の意味を知る者もいるようで、早速即席写真会に突入する。その端っこで、
「流石は提督だ」
「それに比べてお前は──」
「比べてないでくださいよ」
などと、そのままの格好でも原隊復帰出来そうな仮装のインテリとテックが、横のカエルにあからさまな侮蔑をかましてくれる。
「さて、一休みするか」
「もう脱いでもいいのか?」
などと、白け気味に慣れ親しんだ艦内に足を向ける二人に対し、ヘンテコ仮装でまるで支持を得られない俺の外様感たるや半端ない事この上ない。仮装しているとはいえ現役クルーの二人に対し、
「お、俺は──?」
どうすればよいのか。OBとはいえ、OBはOBだ。乗艦許可の有無が不明瞭な状況で、それもカエルの格好で乗艦していい訳がない。
「待って──」
と言う声は、写真会の騒ぎに掻き消された。置き去りにされた俺に出来る事と言えば、端でぼんやり待つのみだ。
「その格好で壁の花か」
そこへ、ルイスがやって来た。主のアーサーの存在は、当然クルーに認識されており、紗生子と一緒に写真会で引っ張りだこになっている。
「カエルですよ」
「まぁそう僻みなさんな」
「別に僻んじゃいませんが──」
「じゃあ、何も聞かされていないから戸惑っている訳か?」
「そんなんじゃ──」
あるのだが。何故、それが分かるのか。
「アンタはホント、分かりやすいな」
「はあ」
そういう事のようだ。続けて、思わぬ事をつけ加えられた。
「それだけ愛されるって事さ」
「ゴホ」
「ホント可愛いな、アンタは」
「そりゃどうも」
いい年して可愛いなどと言われたところで、褒められた気になれる訳もなく、密かに口を歪めたところで、
「俺達もそうだった」
と、またつけ加えられて、煮えつつあった頭が冷えた。
「何の説明もないまま走らされて。訳の分からないまま巻き込まれて。気がついたら何事か終わってるってヤツ」
「よく分かります」
「だろ?」
ルイスとマイクの双子兄弟は、グリーンベレー時代、紗生子の後輩だったとは、去年の文化祭で聞いた話だ。この双子も、俺同様の被害を被った過去を持つ事は容易に想像出来る。
「で、何かあれば、KKが全部被ってくれるのさ」
「──まあ」
それもそうだ。
「つまりは、大事にされているって事だ」
KKは余程じゃない限り、男とは連まないからな、とルイスが笑うと、
「アンタの場合は特に、結婚までしちまったからな。それ以上だったんだろう」
と意味深だ。因みにKKとは、グリーンベレー時代の紗生子の二つ名で、ノックアウトキングを意味する。世界に名を馳せる彼の特殊部隊内でも猛威を振るったという、この上ない豪腕の証明だ。その同一人物が、一瞬で男の視線を釘づけにする美貌の君などと、悪い冗談にも程がある。
「何でアンタなんだろうなぁ?」
「お、俺に言われても──」
それは俺が聞きたい、世界の七不思議にも匹敵する永遠の謎だ。
「俺は、あれ程出来る女を見た事がないんだ。望めば国の一つや二つ、取れると思わないか?」
「それはもう」
むしろ、今の地位に甘んじている事にこそ、盛大な違和感を感じる。世が世なら、間違いなく名を残した女傑。それが紗生子だ。
「その辺を考えれば、アンタの思考が動き出すかもな」
言うなりルイスが、アーサーの元へ戻って行った。
──何なんだ。
まるでルイスは、何かを知っているとでも言わんばかりだ。
いや──
紗生子は自身の事を安っぽく話すタイプではない。ルイスの想像なのだろう。長年アーサーの護衛をしているルイスは、上に立つ者の苦悩に触れている。当然そうした理解が深いだろうし、何より俺と違って心身共に成熟した男だ。
──その辺って、どの辺だ?
それが分からない俺は、いつまで経っても答えを欲しがる子供でしかない。それが情け無い仮装にも表れている。
しばらく後。
そのまま食堂の士官スペースへ連れ込まれると、紗生子が思わぬ事を口にし始めた。
「今晩、XF-37で出撃したいんだが頼めるか?」
「──な!?」
また急に、何の極秘作戦か。
「それって──」
ここで聞いてもよい内容なのか。というのも、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦を無理矢理兼軽空母仕様に改修している極秘プロジェクト艦は、とにかく狭い。ハンガーや滑走路を始めとする航空機関連施設が駆逐艦と同居するために、その他の部分は殆ど潜水艦並みだ。士官食堂も何もあったものではない。壁に耳あり障子に目ありだ。
「皆には外してもらっているがな」
辛うじて可動式パーテーションで隊員スペースと仕切られている程度の、粗末なあつらえの向こう側を除くと、
「──確かに」
厨房の人間が、忙しそうに晩飯の支度をしているだけだった。普通のクルーなら、奇抜な格好の俺達二人がここまで来て密談する事の意図を気にして当然だ。が、そこは紗生子の威光という事だろう。
「こんな格好ですが」
「その手で操縦出来るのなら是非もない」
という俺達は、未だ仮装状態のままというチグハグ振りというか、色々と何かが狂っているというか。そこへきて、止めが極秘作戦とは、何かのカモフラージュなのか。何が何だかの急展開だが、それでも分かる事は、今この時が、
「デッドラインと言う訳ですか?」
「二回目ともなると、流石に察しがいいな」
という事だ。一度目は、今春の海外出張の時だった。
「一応、海は知っていますから」
嫌ならカエルの格好まま、すぐに井戸に帰る事が出来る。またケ○ロ軍曹で、文化祭の晒し者に戻る事が出来る。脳裏でそこまで思考が巡ってようやく、
「今年の仮装は、その線引きのためだったんですね」
と、思い至った。
「面白い事を言うな君も」
横田で脱ぎ捨てていてもよかったそれだ。でなくては、この土壇場で、仮装のままで、やり取りする事の意味が見出せない。
「まぁ確かに、そう受け取る事も出来るな」
と言った紗生子だが、その分かりにくい配慮のようなものは照れ隠しだ。全ては分からなくとも、そういう事は何となく分かるようになってきた。少なからずの、その何らかの気遣いに、
「──出ろと言われれば」
密かに身体が熱くなる。その期待のようなものを向けられて、嬉しくない男がいるのなら見てみたいものだ。じゃじゃ馬を飼い慣らした自負を根拠に
──それに、応えてやりたい。
と言えば、知らない者が聞けば乱暴に聞こえるかも知れない。が、海外出張で、それにタンデムした紗生子なら理解出来る筈だ。
「あくまで任意だ。選択の自由は君にある」
「頼まれて怯むような犬馬なら、とっくの昔に退役してますよ」
「そうか」
珍しく、何かを逡巡するような紗生子のそれは、どうやら苦悩なのか。
「──どうしました?」
嫌に神妙だ。と、自分の脳内の、その言葉にハッとした。
──そうか。
これこそが、らしからぬ紗生子の、その元凶だ。その理由はよく分からないが、それ程とんでもない作戦なのか。紗生子の作戦立案と言えば、二〇万の侵攻軍にテスト機三機で立ち向かうようなイカれ具合だ。それを上回るような作戦は中々ないと思いたいが、
「まさか、この春の作戦を超えますか?」
「いや、直接的には比べるまでもないんだが──まぁ愛馬は、大事に乗りたいからな」
その、どう考えても愛情表現のようなものに、身体の変な所が脈打った。
「ブランクなら問題ありませんよ」
「そういう事でもないんだ」
と、言い淀むところなどは、ますますらしくない。
「常に飛ぶ用意はしています。大丈夫です」
「流石は元撃墜王だな」
「単なる職業病ですよ」
撃墜王はともかく、俺の本業はあくまでもパイロット稼業だ。学園業務の中でも、紗生子の配慮でトレーニングの時間は確保されているし、身体のケアも出来ている。何より長年身体に染みついた感覚が、日頃から勝手にイメージトレーニングをさせるのだ。強がりでも何でもなく、
──いつでも飛べる。
が、ラウムの電子戦能力は、一朝一夕で引き出し切れるものではない。つまり、
「タンデムという事は、火器管制はやってもらえるんでしょう?」
「すっかり心得ているな」
そこは海外出張でも、俺のじゃじゃ馬でそれを経験済みの紗生子の出番という事だ。もっとも、ヒートヘイズとラウムのそれでは、まるで勝手が違うしレベルも雲泥の差なのだが、天才紗生子ならどうとでもするだろう。
「あなたがらしくない分、私が冴えるという事なんでしょう」
と、ここでそれを口にしてみると、紗生子の次の一言は更に俺を驚かせた。
「頼り過ぎる程の愛着が、失う事の恐怖を掻き立てる──そのせいさ」
その夜更け。
俺達は、密かに幽霊船から出撃した。夜陰に塗れた単機でのそれは、当然極秘作戦パートⅡだ。それも俺と紗生子だけの。
例え極秘作戦パートⅠで、俺のテスト機が廃機にならなかったとしても、今回の作戦は悪魔に頼らざるを得なかっただろう。普段はインテリが担当している次世代機プロジェクトの飛行隊長機【XF-37】は、最新鋭のESMを保有する万能型の大型重攻撃機だ。警戒機並みの情報収集能力で支援機機能をも兼ね備える文字通りの司令塔は、高いマルチロール性と最強のアビオニスクを誇る電子戦特化型のハイテク機故、大抵のパイロットはそれを使い熟せない。それを辛うじて、人類代表のインテリが使い熟してみせている。そんな面倒臭いハイスペック機だ。それを俺達が借り受け、二人がかりで使う。操縦は俺、火器管制は紗生子だ。操縦に関しては、確かに次世代機を思わせるパワーだが、俺に言わせれば機動性に然程の難はない。ぶっちゃけ話で、インテリには悪いが素直なものだ。つまり、ハイスペックな部分は、殆ど紗生子一人が請け負う事になる訳だが、
「こちらナイトメア、感度良好。これより作戦行動に入る。以後、終了まで無線は封鎖」
などと、春先の極秘作戦でも使っていたコールサインを使う魔女は、実に淡々と交信をこなす傍らで、ディスプレイが目紛しく様々なチェックを行っている。当然、紗生子による管制作業だ。前後席のディスプレイはリンクさせており、当然俺もそのデータは理解出来る。が、それを同時多発的に次々と展開させる紗生子は、今更分かり切った事ではあるが、紛れもない天才だ。俺などは、とてもその早さについていけない。
「も、もう少し、じっくり見たいんですが」
「君は操縦に専念してくれればいいんだがな」
思わず愚痴る俺に対して、紗生子は実に淡々としたものだ。
「そうもいきませんよ」
そうは言っても、空の上の紗生子はまだまだ経験値が少ない。いざとなれば、俺が全部やらなくてはならないのだから、
信用してない訳じゃないんだが──
預け切る訳にはいかない。そこは一応、専門職の責任というか節度というか。
「XF-39で慣らしたつもりだが、それでは足らんか?」
「そりゃまぁ──」
足りる訳がないのだが、紗生子の理解力の早さに呆れたインテリが、出撃前に太鼓判を押していた事でもある。となると、俺がとやかく言える訳もなく、後の句は萎んでしまう。何より、チェックの早さは既に俺を超えているのだから、出る幕はない。
「──お任せします」
「まぁ任せておけ。その代わり操縦は頼んだぞ」
「それはもう」
「よし、オールグリーンだ。行くぞ」
「ラジャー」
俺は進路を北西に向けた。目指すは伊豆七島だ。
「そこを拠点にしている日本のレジオンを叩く」
それをカエルの格好のまま、ドロシーの食堂で聞かされた時には驚いた。
「ターゲットは、そこにある警視庁の離島警察署四署。更にそれらが管轄として抱える二派出二八駐在。合計三四箇所の警察拠点だ」
こんな時、ウソは言わないのが紗生子だが、それでもつい、
「ウソでしょ!?」
と叫んでしまう俺は、いつまで経っても迂闊というか、腹が据わっていない。
「──すいません、つい」
「まぁ急に聞けば、驚くのも無理はない話だからな」
警視庁に警視総監の手駒である万来のレジオンが紛れ込んでいる事は分かっている。分かってはいるが、それが伊豆七島の警察署を巣食っているとは。それも、
「そこにいる約一二〇人は、全員レジオンのスパイだ」
「全員ですか!?」
「ああ。全員だ」
とは、余りにも衝撃的だ。それは階級社会である警察の、様々な階層にレジオンのスパイが紛れ込んでいる事を意味している。
「離島部は物理的に本部の目が届きにくい。その上、自衛隊の基地もないしな」
しかも周りは広大な海だ。香港の万来本社やレジオン本部との行き来は、逆にやりやすいだろう。武装組織が拠点化しやすい条件が揃っている。体育祭の誘拐事件も、それ故の八丈島経由だったようだ。
「ワサンボンからの報告もあったんだが、その判断を下す前に我が校の生徒が被害に遭ってしまった。私の決断の遅さが招いたミスだ。その始末を、私の責任でやらねばならん」
「それは主幹だけのせいでは──」
「いや、私の責任だ」
確かに、日本に極秘留学中のアンの警護における日本側の責任者にして、滞在地の現地責任者でもある紗生子ではある。その上で、アンに向けられた明白な害意があるのであれば、責任者たる紗生子はそれを未然に防ぐべく動かねばならなかった。敵の襲撃を受けての防衛戦は、最低レベルの警護であって、本来ならその発生を防ぐ事にこそ警護の真髄はあるものだ。その理屈は分かる。
「シンガポールから向こう、三度も攻められれば流石にな。仏の顔も何度までだか知らんが、敵方の攻勢を未然に防いでこその、我らの存在意義としたモンだ」
それ故の、諜報機関による護衛なのだ。それが出来なくて
「──何がCCだと言われれば、返す言葉もない」
と、紗生子にしては妙に大人しい。
「しかし──」
「日頃好き放題やらせてもらっているんだ。その落とし前ぐらいつけんとな」
だからこその、出撃らしい。
敵に攻められっ放しの状況を、本国は当然許さない。その落とし前をつけるのは、責任者たる紗生子の仕事という訳だ。それは分かるが、今回の作戦が明白にこれまでと異なるのは、理由は何であれ、都有の財産がターゲットである点に尽きる。
国の末端とはいえ──
そこに対する攻撃は、表面的には政府に対する反逆だ。それに同盟国の兵馬を用いるとなれば、単純に何十年振りかの
──日米の局地戦。
にしか見えない。日頃色々ある同盟国同士ではあるが、そうは言っても同盟国は同盟国なのだ。小物の俺にしてみれば色々と、
──マズいんじゃねぇかなぁ。
と思う訳だが、紗生子の落とし前のつけ方とは、実に分かりやすい。
「そんなモン、病巣を取り除くようなモンだろ」
レジオンの侵入を許した日本警察にこそ責任はあるのであって、その点に関しては実に普段通りだ。要するに、
「アメリカ側の力を借りなくては、報復の一つも出来ない事が情け無いのさ」
とか。
日本の自衛隊を動かして空爆するには余りにも目立つし、同時多発的に報復するにはCCの手に余る。つまりは、国益最優先で突っ走る強さにおいて、米国程充実した人員装備を有する国はない訳で、日本側としてどうしてもそこに頼ってしまう事が情け無い。分かりやすくは、ドロシーにして次世代機のテスト機であり、それを取り巻くスタッフという事で、
「つい、それに甘えてしまう──」
気持ちも、分からないではない。このような極秘任務に即応可能な部隊がゴロゴロいる米国だ。特にドロシーなどは、表向きには正規軍にすら属していないゴーストユニットの事ならば、使う側としては万事都合が良い。
「──君らの事を思うと申し訳なくてな」
運用するには好都合のそれだが、一方でされる側にとっては、何事か不都合が生じれば切り捨てられ、国家の庇護を受けられないという危険を孕んでいる。どこの国にもいる、国を守るための汚れ役にありがちな、よくある話。
「そんなの、あなたも同じでしょう?」
紗生子こそ、その最先鋒の人間だ。
「そう仕向けて、その情につけ込んでいる悪い上司さ」
「その論法は、ここでは通りませんよ」
何せ紗生子自ら、極秘作戦パートⅠの時に法律婚を宣言してしまっている。
「夫婦は一蓮托生ですから」
「そうだったな。もう逃げられんか」
そもそもが、今は上下の関係でもあり、この船でテスト機絡みの単独作戦と言えば、まず俺としたものだろう。
「スマンな。気がつけばそこまで君を追い込んでしまった」
「追い込まれたとは思ってませんが」
「じゃあ脅迫か?」
「似て非なるものという事で」
「珍しく分かりにくいな」
物の見事に魔女のテンプテーションにかかった間抜けな男が、身分不相応に半分惚れかかっているなどと、
──言えるか。
口が裂けても。自分の中でも半分ウソをついているようでは、まだまだ俺も据わっていない。その辺の話になると動悸がヤバいのだ。作戦直前だというのに、わざわざ自分から動揺のネタにはまって冷静さを損ねてどうするか。
話題を──
変えよう。
「今年のミスターABCは──」
あえて確かめるまでもなく、色々と出鱈目なこれらの軍監だった訳だ。ドロシーの運用の最終決定権を握る、アイリスの意向を受けての事だろう。その極秘艦への乗艦が、来日のための単なる中継拠点である訳がなかったのだ。CICで作戦の一部始終を見物し、紗生子の落とし前を見届ける。大体が、元副大統領といえども、普段は立ち入る事など叶わぬ軍艦なのだ。その事実だけで、事の大きさに気づかなかった自分の鈍さを、そこへ至ってようやく気づく俺は、大海知らずのカエルで当然としたものだろう。
「──それにしては、目立ち過ぎましたね」
「文化祭の乱入が、遣いの駄賃代わりとでも思っていたんだろう」
それは何かの、奥深い思慮がもたらすカモフラージュなのかも知れなかったが、俺には到底理解出来ない悪ふざけにしか見えなかった。凡人に天才の意図は計り知れない、その一例なのだろう。
そんなオス○ル海将補とのブリーフィングを経て、今に至る俺達の現在地は、
「間もなくってところか?」
「見えて来ましたよ」
とは、伊豆七島のど真ん中だ。犬吠埼の東方何百マイルかの地点にいるドロシーからここまでというもの、レーダーと騒音を気にして、低空を低速でのらりくらり飛んで来た。次世代機らしく、ステルス性能に磨きがかかっているラウムとはいえ、何かの拍子に全く映らない訳ではない。日米両政府中枢の何処かしらへ何かしらの承認を取りつけての作戦なのだろうが、何にせよ極秘の事ならば、とにかく見つからない事に越した事はないだろう。
そりゃ分かるんだが──
どういう理屈だか知らないが、俺達の周りの状況は筒抜けだ。ディスプレイの中の広域マップには、日米両軍で作戦空域に絡みそうな部隊の運用計画がマッピングされている。加えて、周辺海空の商船や民間機の動きの詳細な船籍データまでが展開されているそれは、間違いなくハッキングだ。日米の官民を問わず、恐ろしいまでの丸裸具合は、確かめるまでもなく紗生子かCCの手によるものだろう。
それら諸々を出し抜く、往年のプロペラ戦闘機並みの低速隠密巡航。それに気づいたのは、近海で操業中の漁船ぐらいのものだろう。それも姿を見られるような愚は犯さず。絞りに絞った飛行音の残りカスを拾われた程度の筈だ。周囲はまるで俺達の存在に気づいていない、と言い切ってもいい。
「流石は【悪魔のカラス】としたモンか」
ラウムという愛称は、何かの神話に出てくるそれから引用されている。何も隠密行動はラウムに限ったものではない。が、重装でもステルス性能を失わないと言えば話は別だ。その優れたパッケージングと、最強の知能を兼ね備える驚異の性能。それ故の愛称を与えられたこの機体は、必要とあらば高出力の核弾頭も搭載出来る。そんな不吉さを漂わす悪魔のカラスは、乗り手次第で本当の悪魔になり得るだろう。
「このままのんびり飛ぶだけなら、どんなにいいだろうな」
「そうですね」
よく晴れた星空の下。雲間から覗く月が冴え冴えとして綺麗だ。晩秋を控えた時節であり、空気が澄んでいるのだろう。
「そう言えば、近々【テッサリアの魔女】が来るんだったな」
「そうでしたっけ?」
「──君はホント、意外に物知りなヤツだ」
「人から聞いて知ってるだけですよ」
聞いておいてよく言うとはこの事だが、それももう慣れた。その分だけ情が移ったと思ってしまう俺は、やはりすっかり魔女に毒された口だろう。
テッサリアはギリシャ中部の地域名で、そこに住む魔女が月を引き下ろす魔術で名を馳せたとは、古代ギリシャに伝わる叙事詩の一文だ。女性天文学者が月蝕を予想していただけの事、との説もあるようだが、
「現代の利器に塗れた魔女を知ったら、俗っぽさに呆れるだろう」
と、色々とすっ飛ばした紗生子が鼻で笑った。その自嘲の先に、ふと何か同情のようなものを求めたように聞こえたのは、
──気のせいか。
俺でさえ、俗物に塗れた修羅の道にいい加減辟易しているのだ。見た目はアラサーとはいえ、国家の暗部で俺以上に塗れているだろう紗生子なら、俺の思考など追いつくはずもない。それでも、同じ時を重ねて来た慣れのせいとしたものか。
「この世の景色の美しさで満足出来ない人間のせいですよ」
などと、つい緩んだ口から知ったか振りが漏れてしまうと、
「まさか君が、詩のようなものを垂れるとはな」
と、やはり笑われてしまった。
「まぁ、分からんでもないが」
バカにはしてくれたが、すぐに同調を見せた紗生子にも覚えがあるのだろう。日頃から生死の際どいところをウロついていれば、叙情的な事の一つや二つ、吐くようになるものだ。
「何なら辞世の句を聞いておいてやろうか?」
「冗談じゃないですよ」
「だろうな」
お互いの、何かの擦り合わせのようなものが、ここへきて着地点を見つけたような。そろそろ頃合いだろう。
「盛り上がってきたところでそろそろ行こうか。──四万フィートだ」
「ラジャー」
俺はそのまま、ハイレートクライムに入った。




