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反撃①【先生のアノニマ 2(中)〜16】

 体育祭の拉致事件から約一か月。

 それに伴う身代わり潜入作戦で全身脱毛の刑に処せられた俺の体毛は、未だ乏しいままだった。元々、髪の毛以外は薄い部類の俺だ。望むべくもなく、風呂では寮生達に子供扱いされる日々が続いている。

 ──チン毛を剃る習慣がねぇからなぁ日本は。

 まあそれはもう慣れたし、普段は人目につかない部分の毛だ。生えてこないならこないで別に構わない。

 一方で人目につきやすい頭髪は、固く豊富な部類であり、これまでに散髪屋でそれを褒められる事幾多。スキンヘッドからの育毛も何のそので、短いなりに落ち着かなくなったため既に一度散髪したそれは、

「おしゃれ坊主ってヤツか? 君は丸刈りも似合うな」

 と、紗生子が褒める程度には見れる自慢の髪だ。

 ──ってえのによぉ。

 それを(ひが)むヤツらの陰謀か。またしても俺は、着ぐるみを被らされていた。秋の学園内で着ぐるみと言えば、ハロウィンに近接した学園イベント、

 忌々しきは──

 文化祭だ。

 去年の【のら○ろ】に引き続き、今年は【ケ○ロ軍曹】と、軍兵物のキャラクターのそれを被らされるのは、現役軍人である事がバレている故だろう。一応、表向きには内閣府からの出向職員なのだが、そうした事情を汲み取ってくれるような生徒はおらず、毎年中々容赦なしだ。

 と言うのも、どんな格好でも俺の仕事に変わりはない。体育祭同様、不審者・不法侵入者対策の遊撃要員として、校内を動き回るのは毎度俺の役目だ。それはよいとして、着ぐるみは何とかならないものかと思うのは我儘なのか。

 学園事務局の入場システムと、CCの防犯システムが熟れてきた分、正門からの不審者侵入はなくなった。あるとすれば、学園敷地の壁代わりである校舎を乗り越える強者や、その窓から侵入する曲者ぐらいで、それらは数が限られるため対応件数は知れている。それでも、哨戒しない訳にはいかず、

「今年はカエルよカエル」

「何だかんだで絶対着ぐるみ好きだってばあの先生」

 などという、あからさまな女子の冷やかしを耳にしながらも、恥を忍んでは校内を歩き回っているザマだ。

『言われてるぞ?』

 それを当然、盗み聞きしている紗生子はというと、当然牙城(主幹教諭室)で優雅な総括をしている。

「もう慣れましたよ。何もひどいのは俺だけじゃありませんし」

 ひどい仮装が、決まって男の教職員に集中しているのも昨年同様だ。これが学園内での正当な調査で選ばれた仮装とは俄かに信じ難く、

「絶対、邪な思想を帯びた連中が結託した結果でしょこれは」

 つまりは、生徒達の教職員に対する日頃の憂さ晴らしと思わない方がおかしい。

「これでまた本戦(・・)に出さされる訳ですか」

 昨年同様、文化祭特設サイト内で票が嵩めば、被服部主催のファッションショー(事実上の仮装コン)に参加させられて、更に恥をかかされるという底知れぬ悪意がそこにある。

『まぁそう言うな。去年より出世(・・)したんだ。その分一目置かれたと言う事さ』

 ──よく言うなホント。

 猫や蛙の格好で、出世もクソもないのだが。完全に人ごとの紗生子だ。

「そういう主幹はどんな格好を──」

 と言いかけて、遥か東の空から見る見る近づく飛来物を、着ぐるみ越しの俺の目が捉えた。頭の被り物の具合で、ちょっとしたピンホール効果を得ている裸眼視力に加え、いつもながらのコンタクトによる望遠機能もあって、普段以上に遠くがよく見えるそれはどうやら、

「オスプレイが接近中」

 と分かる。迷いなく一直線にやって来る様子に、俺のコンタクトを覗いていたらしい紗生子が急転直下、

『あんのバカ供がぁ──』

 と、口汚くも独り言ちた。

『そんなモンで直接乗り入れるヤツがあるか! 横田へ置いて来い!』

 誰に向けた忠告だか知らないが、その説教が届いたのか。オスプレイがそのまま北へ転進する。


 三〇分後。

 正門前で客人(・・)の待ち受けを命ぜられた俺の前に現れたのは、見慣れた厳つい四人組だった。多くの入場者と、その受付をしている学園職員を前に、まるで物怖じせず。それどころか太々しくも際立つ存在感をひけらかして仁王立つ面々は、白人と黒人がそれぞれ二人ずつ。揃いも揃ってサングラスをした鼻高の連中が、大多数のモンゴロイドを圧倒している。

 そんな中で引くに引けないのは、ここまでこの異形の者共を連れて来たタクシーの運転手だ。当然、日本円など持っている訳もないのだから、支払いが出来る訳もない。おずおずと腫れ物に触るかのような足取りで近づいて来た運転手に、

「学園にツケといてください」

 と声をかけると、驚いた風のその人が、それでも二、三回頷いて飛ぶように逃げ去った。

 ──悪かったなぁ。

 只でも不安な道中の、止めになったようだ。一般的な着ぐるみは、外観のイメージを崩さないため喋らないものだという事をうっかり忘れていた。それが突然、まともな口を聞けば驚くだろう。一応、被り物の口に当たる部分に、

 ──地顔の一部は出ちゃいるんだが。

 キャラクター自体が二、三頭身であるため、頭の被り物が地顔の何倍もの大きさになっており、一見では表情を認識されにくいのだ。加えて地顔の肌が除く部分は、口の色(真っ赤)に塗りたぐられていれば、表情もクソもあったものではない。

 ──色々とひでぇなこれ。

 今更ながら、冷静に分析してみれば浮かび上がる非人道性だが、後の祭りだ。最早、受け入れるしかない。

 そんな様子を眺めていた鷹揚な偉丈夫が、

「今年はケ○ロ軍曹か。出世したじゃないか、シーマ少佐」

 と、口を開いた。実に流暢な英語(・・)だ。何よりそのアニメを知っている事が驚きであり、

「随分とお詳しいですね」

「アンの影響さ」

 と呼び捨てして憚らないその御大尽は、わざとらしくも立派な白髪の顎ひげをつけている。加えて制帽とキャプテンコートが嫌に似合うのは、【沖○艦長】同等の威厳を持ち合わせている故だろう。

 そのやり取りの最中にも、後ろの随従が俺のコードネーム(学園での名前)に反応して口々に呆れた風だ。俺である事に気づいていなかったらしい。それ程の変装というか、ひどいザマという事だ。

「何やってんだおめーは?」

「それで学校の先生が務まるとは、日本の教育は随分と様変わりしたらしいな」

 と、遅ればせながらに口を開いた二人は、揃って【宇宙戦艦ヤ○ト】の【コスモ○イガー隊】の黒い飛行服を着ている。現実にスーパーエースの二人だ。そのアニメのコスプレなら、その位置づけに違和感はない。が、

「一体何処でそんなコスチュームを?」

 用意したものか。

艦長(・・)がな。こんなん俺達が持ってる訳ねぇだろが」

 赤ら顔(・・・)益荒男(ますらお)は明らかに不満気だが、沖○艦長(・・・・)の命なのだろう。

「俺よりマシじゃないですか」

「そりゃあそーだが」

 そんな中で唯一寡黙を貫く、やはりヤ○ト仕様の緑の軍服を着込んだ長身の精悍な黒人が、いつも通り門番に徹しているマイクと目で会話をしている。双子が成せる技だ。

「それよりも、俺は提督に怒鳴られるんじゃないかと思うんだがな」

 こっそり来いとの命だったんだ、と囁くハンサムブラックのブラック○イガーは、何とも不自然な金髪のカツラを被っている。確かにこのチグハグ振りでは、烈火の如く怒れる紗生子に油を注ぐようなものだ。やはり艦長命なのか、外すに外せないらしく、ジレンマに悶える様子は如何にも実直な元上司らしい。

『いつまでそんな目立つ所でくっちゃべっているんだ! 早く理事長室に連れて来ないか!』

 早速、雷だ。そもそも俺は、誰が来るのか知らされていなかったし、その後の対応を聞かされていなかったのだが。

「もう怒鳴ってますんで、とりあえず移動しましょう。イラ症ですから」

 俺は両手の指先を包み込むように揉んで指サック(ガジェットキー)のマイクを絞り、その御一行に先を促した。


 三分後。

 理事長室に入ると、昨年同様紗生子の格好に、まずは来客が驚いた。

"お、おおぉ──"

「いいから座れ! 雁首揃えて煩わしい!」

 いつも通り、応接スペースの議長席に座っている紗生子は、

「俺、この服見た事あるぞ!」

「あ、あれだ! 漫画のヤツだ!」

「昔の軍服じゃないのか?」

 などと、艦長と俺以外の誰彼が、思わず口々に感想を漏らすような凛々しさだ。やはり紗生子も仮装させられた口らしく、無念さのようなものが言動の端々に滲んでいる。

絶対王政期(アンシャン・レジーム)のフランス衛兵隊の軍服だ。当時の近衛兵と違って青と白のデザインだからな。なあ少佐?」

「え? いや、流石に──」

 元外人部隊員とはいえ、そんな古い時代の事は知らないのだが。

「つまり、レディオス○ルという訳だ」

 その凛々たる外観を、日本通の沖○艦長扮するミスターABC(元米国副大統領)が、見事に説明してくれた。

「あ、そう言う事ですか!」

 仏ブルボン朝末期のベルサイユを描いた大ヒット少女漫画のあれだ。

 それもそうなんだが──

 驚くべきは、アーサーの漫画オタク振りだろう。去年は【北○の拳】で来日したその知識は、相当奥が深そうだ。

「流石に紗生子はよく似合うな。そう思わんか?」

「オ、オス○ルでしたか。な、なるほど」

「一緒にするな! 私はチャラチャラした無駄な飾りは嫌いなんだよ!」

「は、はあ」

 紗生子が何に憤っているのか、今一つ理解出来ないが、よく見るとその格好は、漫画やアニメ、はたまた某歌劇団でも鉄板の演目になっているそれの服装と比べると、

 ──まぁ確かに。

 飾り気は少ないように見える。

 青い上着と白のレギンスは落ち着いた風合いを見せており、実際に近いのだろう。リアルを追求した、と言いたいのだろうが、それにしては被り物はなく、その代わりなのか今年も金髪のロングヘアーが目につく。

「──カツラ(・・・)は被服部との妥結ラインだ。やむを得ん」

 俺の目線を察した紗生子が、口惜しげに漏らした。ついでに言うと、化粧も普段より厚いように見えるのは、気のせいではないのだろう。

「何れにせよ、何かしらの場面を切り取って出て来たかの如くじゃないか。これは今年のコンテストも紗生子が優勝かな」

"確かに"

 思いがけず、男衆の声がハモったところで、

「貴様ら、いい加減座るのか座らんのか?」

 と何かを据え抜いた紗生子が、腰に手をかけた。サーベルだ。当然模造刀だろうが、それを云々言う前に常に帯銃している紗生子は、今の仮装も相まってまさにリアル銃士といったところだろう。

「す、座ります座ります!」

 慌てて手近な末席に俺が座ると、華麗さに目を奪われていたアーサーの随従が、小さく我に返ってゴソゴソと腰を屈め始めた。まさに、痺れて動けなくなるような、それ程の紗生子の出来映えだ。

「──ったく。揃いも揃って大概にしろ」

 いつもにも増して爆発寸前のその癇気は、どうやら照れ隠しもあるようだ。まさに強さと美貌を兼備する紗生子らしいその仮装は、生徒間で紗生子を崇拝する勢力が被服部に作らせた、渾身の作だろう。その労を知っているからこそ、昨年の【メー○ル】同様むげに断れなかった

 ──ってとこなんだろうなぁ。

「近衛士官時代のオス○ルは、准将だったりするんだ」

「そうなんですか?」

 それは奇しくも、紗生子が詐称する階級(海将補)と殆ど変わらないという偶然。

「そんなところまでオス○ルさ」

 と、からかうアーサーの喉元に、いつの間にかサーベルの剣先だ。

「次はない」

「分かった分かった」

 僅かに鞘を走る音が聞こえたかと思ったら、

 ──何ちゅー早業。

 見映えが超一級品なら武者振りも折り紙つき。この場に紗生子の豪腕を知らぬ者はいない。そろそろ言う事を聞く刻限だろう。と、思いきや。どうにか静まりかけたところで、

「あ、いたいた!」

 などと、今度は闖入(ちんにゅう)者がまた蒸し返した。いつもの三人娘だ。それがよりによって、明らかに示し合わせたかのような、ヤ○ト女性キャラ特有のピチピチ制服というかスーツを着込んでいる。

 何でこうもコイツらは──!

 わざとらしいというか、お約束というか。あえて言うまでもないが、統一コスプレはアーサーの素性発覚の原因になり兼ねない訳で、つまりはわざとだ。後で、鬱憤を募らせた紗生子の捌け口にされる俺の事など、当然頭にないらしい。

 ──それはともかく。

 アンやエリカが実父に抱きつくのはよいとして、ワラビーまでもがインテリと抱擁しているのはどうなのか。

「お、おい、こりゃあどういうこったい──」

 その仲を初めて知ったらしいテックが目を白黒させるのは、これは至極真っ当な事だ。普段はクールなインテリの、思いがけない情愛のようなものを目の当たりにすれば、近しい人間程衝撃的だろう。

 ──うわぁ。

 ハグだかキスだか分からないその親密さは、お互いの肌を知っている事の表れだ。この場にいながら、うっかりよからぬ想像に陥りそうになる。

 それを尻目に、

「今年は、示し合わせていたと怒鳴らんのか?」

「怒鳴ればそれを脱ぐのか?」

「日本はストリーキングでも構わんのか? 着替えは持って来てないんだが」

「粗チンをさらけ出す勇気があるのなら好きにしろ」

「姫君の口にする事ではないな。私の身分が発覚して困るのは君だろう?」

「この期に及んでは是非もない。愚か者に纏わりつかれて、私もいい加減疲れたしな。出来るモンなら好きにするがいいさ」

 などと。世が羨む天才二人の延々続くいがみ合いは、着地点が怪しくなるばかり。

「お、おい、こっちは止めなくていいのかよ!?」

 普段は豪放磊落で鳴らすテックだが、目の白黒は引き続き確変中だ。

「──って言われても」

 こんな形(ケ○ロ軍曹)では、止められるものも止められそうにない。

「お前のかーちゃん、ホントヤベぇな」

「今に始まった事じゃありませんから」

「随分とまた達観したな」

「だって、どうにもならない事はどうしようもないですから」

 ハハハ、と俺の乾いた笑いが室内で嫌に響く。気づいたら、いつの間にか喋っているのは俺だけだ。

「──あれ?」

 途端に集まる目の中で、俺以外を代表したような紗生子が盛大な溜息を吐いた。

「──じゃあるか全く」

「いやだって──」

 それこそ、示し合わせたかのような周囲だ。

「だから何でカエルなんだ君は」

「と、言われましても」

 そのザマは何も俺だけではなく、男の教職員は概ねひどいのだが、言い訳がましいので口にするのはやめておく。

「──誰も彼も、まだマシという事か。君を見ていると、喚いているのがバカらしくなる」

 と、ボヤいた紗生子が、折れるように矛を収めた。下方比較の槍玉にされたようで面白くないが、

 ──こっちこそ。

 それこそこの際、爆発されるより余程マシというものだ。

「お、流石は旦那様だ。この暴れ馬の御し方を知っている」

「まぁまぁお戯れはその辺で。皆さん揃われたようですし、お茶にしましょう」

 そこへ給仕をしていた理事長が、いつも通りの鷹揚さでティーワゴンを押してやって来た。天の助けだ。

「皆さん素敵な衣装をお召しで羨ましいですわ。何だか私だけ除け者みたい」

 と言う理事長は、唯一普段着だが、

「いや、色褪せる事のない相変わらずのお美しさこそ、何物にも勝る衣装ですよ」

 と、平気で臭い事を吐けるアーサーの言う通りだ。

「まぁ、お上手ですこと」

「いやそれ程でも、まぁあるんですがね」

 ウフフ、ハハハ、などと、理事長とアーサー(ミスターABC)が微笑む間で、また嘆息した紗生子が苦虫を潰している。

「しかし、お忙しいでしょうに、よくおいでに」

「愛娘の日本の様子を生で見たいものですから」

 一〇月が会計年度始めの本国(米国)議会といえば、例年新年度予算審議で揉めているものだ。が、その最中であるにも関わらず、アーサーは議会を、

「今年は早退きさせてもらったんですよ」

 ハッハッハ、と、どこまでが本当なのか分かったものではない。しかも今年は、通常ではないルートで来たと言う。

 ──何だそりゃ?

 に、インテリとテックが絡んでいるとなると、

「──あ」

 つい、間抜けな声を出してしまったが、これ以上は流石に憚られる機密だ。

「どうした?」

「いえ」

「別に問題なかろう? この面子(・・・・)の事だ」

 と、唯一ゆったり議長席(自分の席)で踏ん反り返っている紗生子が、それとなく周囲を見やった。

 上座にはアーサーとルイスの主従が、それぞれ親娘コンビでひしめき合うようにソファーに収まっており、下座はワラビーとテックの間にインテリがサンドイッチだ。要するにワラビーがインテリにくっついて離れない。俺と理事長は議長席の対面で、ゆったりと座っている。

 ──そりゃそうか。

 俺が握っている機密など、この面子(・・・・)が知らない訳がないのだ。理事長でさえ、ひょっとすると機種番号すら知っているかも知れない。いや知っているだろう。イーグル社の主要株主の中には、

 高坂のペーパーカンパニーが──

 名を連ねており、そのイーグルが抱える次世代機開発の極秘チーム【規格外品(エクスクラフト)】プロジェクトの最大出資者(あしなが○じさん)は、つまりは他ならぬ高坂だ。

「──どうなさいました?」

「あ、いえ」

 そんな事を考えていると、いつの間にか理事長の顔を見入っていたらしい。それを、

「無理もない。男なら、つい見入ってしまう方だ、理事長さんは」

 と、嫌なタイミングで嫌な突っ込みをアーサーがしてくれた。途端に俺の目の端が、紗生子の口の歪みを捉える。それをまた、

「それだ」

 と、わざわざ指摘するアーサーは、策士なのかバカなのか。最早俺には分からない。

「何がだ!」

 紗生子の噛みつきは反射のようなものだ。折角収まっていたというのに、また始まってしまった。

「確かに見た目なら、君の右に出る女性はいないだろう。だがその言動が、全てを台無しにしている」

「何を言い出すのかと思えば、そんな事か」

 と吐き捨てた紗生子が、男がつまらないせいだとつけ加える。

「女子供を排除して好き放題やっておきながら、都合が悪くなったらそれを利用しておいて、しまいには厚かましくも女らしさを語るか」

「今ここでそれを言われては敵わんな」

 アーサーが言う通り、この場だけで見ても男達は政治と軍事の従事者だが、女達の仕事向きは単純に割り切れない者ばかりだ。要するに、割り切れない小難しさを、普段威張り散らしている筈の大の男共が女子供に押しつけている。

今回も(・・・)そうだ。今日日の男は喧嘩の仕方を知らない」

「確かに、君の無茶についていける男はそうはいない。私はあれ(・・)に乗るだけで参ってしまったよ。決して乗り心地のよいものではないな」

 やはり、あれ(・・)に乗って来たらしい。

「だからつまらんと言うんだ」

 それはそうだろう。紗生子は春先の海外出張(・・・・)で、俺のじゃじゃ馬(XF-39)の後席に乗って、最前線で無茶をやったじゃじゃ馬だ。その説得力で適うヤツなど、そういるものではない。

今回は(・・・)、余り無茶をしてもらいたくはないものだ」

「知った事か。人も物も金も、随分日本が持っているんだ。それを狂った女(・・・・)が使うだけの事だろう。何があろうと貴様に害は及ばん。心配するな」

「まるで私が責任逃れを気にしているようだな」

「違うのか?」

「君にかかってしまえば、大抵の男はそんなモンだろうな」

「この場では貴様だけだ。他の四人はよくやってくれている」

 何の話だか知らないが、他の在室者を置き去りにした男女のトップ会談は延々続く。

 それに飽きたアンとエリカから、

「まぁた始まったぁ」

「儀式よ儀式」

 と、ポツポツ声が上がり始めたタイミングで、俺の斜め前に座るテックが、それに便乗してコソコソ話しかけてきた。

「お前のかーちゃんは、ホントとんでもねぇな」

「──ホーミー(エリア五一)からですか?」

「いや、アンドルーズだ」

 嫌々政治家をやっているアーサーだけあって、今回の来日も相変わらず奔放が過ぎるようだ。その経路の分だけ、インテリとテックは振り回されている。

 ここで言うアンドルーズとは、ホワイトハウス直近の空軍基地を指す。大統領専用機(エアフォースワン)の本拠地だと言えば、その重要性に説明は不要だろう。つまり大統領絡みの専用基地だ。故に当然、その恩恵を受けられる人種は限られる訳で、いくら元副大統領といえども今は一野党議員のアーサーが、そこを使って来日とは。それだけでも今回の用向きが、単に愛娘に会うためだけではない事を裏づけようものだ。

「じゃあ、乗り換えと梯子の連続で?」

「ああ。お陰で眠い」

 適当なタンデムの戦闘機(ファイター)でホーミーまで。そこでインテリとテックの担当機(・・・)に乗り換え、一気に日本近海を航行中の幽霊船(ドロシー)へ。最後はさっきのオスプレイで横田へ乗り入れ、合計一万km超といったところか。

 ──いや。

 ホーミーにいたところを、急遽呼ばれた口だろう。更にプラス三〇〇〇km分の行程で、時差は進んだり戻ったりの(せわ)しなさ。使い勝手のよい俺達にありがちな、毎度の作戦(無茶)だ。

「何でまた?」

「さぁなぁ」

 ホーミーとアンドルーズの往復ぐらい、別の手段でもよさそうなものだが。それをしなかった

 ──って事は。

 素直に考えれば、関わる人間を極力少なくするためだ。

 ホーミーとドロシーの間をウロウロしているテスト機の最終的な運用決定権は、辿れば氷の女(アイリス)に握られている。プロジェクトチームの親元の、その創業家に嫁いだ才女が現職の副大統領なのだ。思うがままでない方がおかしい。それに乗って、アーサー(アイリスの兄)が来日した。要するに、

「また何かの陰謀ですか?」

 それを疑うネタに溢れている現況だ。俺の身近でそれに関わると言えば、紗生子を置いて他になしだが。

「どうだかなぁ」

 続けてのんびりとテックが答えた。無理もない。東京時間の今は、土曜の昼前。アーサーが議会を早引きして、米東部時間の金曜昼下がりに出発したのが本当なら、そこから西へ向けて沈まぬ太陽を追いかけての約八時間を、超音速飛行のぶっ通しだったという事だ。米国時間なら、今頃は前日の夜を迎えている筈が、突然の来日で夜をすっ飛ばしたのだから、

「とりあえず休めねーんなら、何か食いたいんだがな。道中、軽食を掻き込んだだけだしよぉ」

 と、愚痴るテックは、圧倒的多数派の代弁者といっていい。只この男の場合、本音を漏らす時の音量に加減が利かないのが玉にきずだ。

「──あ。こりゃーどうも」

 頭を掻くテックに周囲から失笑が漏れた。アーサーを前に、流石に遠慮していたらしいこの男の本領は、グダグダやっている口喧嘩など一撃で崩壊させる豪快さだ。

「それもそうですわね」

 それをいつも柔和な理事長が、すかさず掬い上げた。

「お昼も近い事ですし、何か頼みましょ──いや、折角ですから、文化祭の屋台を堪能して頂いた方が良いでしょうね? 主幹先生?」

「ちっ」

 何にせよ、次期大統領候補の最右翼が、お忍びの日本の学校で仮装していると聞いたら、日米両国民は驚くだろう。只でさえ、アンの身を預かり、日夜それなりに神経をすり減らしている紗生子だ。その舌打ちは、分からないでもない。


 昼が来た。

 昨年同様、理事長の知り合いという事で会場入りを認められた沖○艦長(アーサー)は、部下(・・)を引き連れ満足そうだ。アン以下三人娘の案内で、会場を練り歩く様子は実に威厳を帯びている。身分がバレないよう、ヤケになった紗生子がつけた条件のためだ。

「親娘として呼び合わないのは当然として、とにかくキャラクターになり切れ」

 これが意外にも奏功し、案内役のアンがベタベタくっついているというのに、身分がバレている様子はない。【ケネディの再来】と名高い甘いマスクで鳴らすナイスガイが、劇中で老齢の渋さを放つ沖○艦長に似る訳がないのだが、本気の成り切り具合と精巧な仮装のせいだろう。昨年同様、その存在感が放つ

「オーラが半端ないですね」

「何をやっても目立つんだ。それなら成り切らせた方がいい」

 と、すっかり溜息癖がついた紗生子は、昨年同様、俺と並んで一行の後衛だ。と言っても、アーサー一行と前衛三人娘の示し合わせた(ヤ○トクルー)仮装を前に、近づく気にもなれず、つかず離れずの位置にいる。

 それを言うなら──

 役者を超える出来映えを見せる紗生子の仮装と、何かのイベントで担ぎ出された安っぽさを醸し出す俺のコンビも浮きに浮いており、正直一人になりたいのだが、任務とあっては逃げる訳にもいかない。

 ──それにしても。

 重厚な威厳を放つ、それこそ提督風情の男が、クソ真面目にやきそばやたこ焼きを堪能しているのがこれまた異様だ。

「毎度毎度、バカバカしくてやってられんな」

「今年は随分と、体制が厚いようですが」

 コンタクトの中のコールサインの賑わい振りも、また半端ない。油断している訳ではないが、校内の防犯システムは今や盤石だ。不審者が一撃で可視化され、それが瞬時に共有されるそれに、反応するエージェントの数が一〇や二〇では収まらない。これに加えて、外周にはいつも通り外周班も控えている訳だが、外に目を向けるとAR(拡張現実)で表示される数が、やはり普段の二倍から三倍だ。今年は大隊規模で襲撃されても、

 ──勝てそうな。

 そんな勢い。

ヤツ(アーサー)の来日が分かっていたからな。万来(ワンライ)絡みの襲撃が続いている以上、不本意だが手は抜けん」

 と言う事は、本部や他班の応援を要請したのだろう。

借金(・・)は嵩むばかりだ。いつまで経っても返済出来ん」

 そのお陰もあってか、御一行様はつつがなく屋台で舌鼓を打っている。

「君も何か食え」

「いや、この()では」

 去年の【のら○ろ】は完全密閉型だったが、口が開くヤツでそこから食い物を放り込めた。が、それでは誰が着ぐるみを着ているのか、一見で見分けがつかないとでも思われたか。今年のカエルは、頭の上に着ぐるみの頭部を載せるタイプだ。それが理由とは思えないが、何故だか手がヒレになっていてろくに物が掴めない。こんなところにも、これを俺に着させる策を練った連中の悪意を感じさせられる訳だ。

「手を取ればいいだろうが?」

「いざとなればそうしますが──」

 何事もないのに仮装の一部を放棄しては、義務(・・)を果した事にはならないだろう。被服部に仮装された者は、その姿で文化祭を過ごさなくてはならないという悪習がある。それを逆手にとった悪意なのだろうが、そもそも劇中のケロ○軍曹の手指は、人間同様ちゃんと五本あった筈だ。場面によってはヒレのような形状になっているそれを、都合よく捉えたのだろう。

「変なところで律儀なヤツだな君も」

「いや、そんなんじゃなくて──」

「意地か?」

「まぁそんなとこです」

 何らかの意図が働いている仮装なのなら、それを堂々と貫いてやる。

「頑固なところは、柴犬というか芋侍というか」

「こういうのは、怯んだら負けですから──んが」

 勝手に憤っていると、突然口に何かが入って来た。柔らかいスポンジのような甘い物と、固くて細いが、妙にいい匂いのする肉のような物が何本か混ざっている。

「指は舐めるな」

 気がつくと、何と紗生子が俺の口に手を突っ込んでいるではないか。

「げ」

「ベビーカステラなら、その手でも食えるだろう」

「危ないじゃないですか! 思いっきり指をかじるところでしたよ!」

 実は仮装のせいで、直近は見え辛かったりしている。そのせいなのだが、迂闊にも思い切りその白魚のような指を舐め回してしまって、一瞬で沸騰する体温だ。被服部謹製故か、体育祭での着ぐるみとは比べ物にならない程の装用感と季節的な涼しさだが、一一月初旬の着ぐるみもまだまだ動けば汗が出る。動揺による冷や汗も、また然りだ。

「散々舐め回しておいてよく言うな。ほれ、後は自分で食え」

 と、容器を手渡された。

「散々は舐めてませんよ、人聞き悪い事言わないでください」

 そもそもが、俺が舐め回すまで指を突っ込んでいた紗生子も紗生子だ。それに気づかなかった俺の鈍さも、多少は悪いのだろうが。

 文化祭の人の入りは、昨年同様体育祭を超えており、来場者で溢れている。ハロウィン近接イベントだけあって、学園関係者に限らず仮装している者は多いが、その中でも目立つ俺達だ。仮装で目立つのは諦めたが、それ以外の事で際立つのは我慢ならない。それも性的指向が疑われるような事など。

「分かった分かった。そうムキになるな」

「それはいいとして──」

 アーサーの来日が分かっていたとは。相変わらず、何も聞かされていない俺だ。何だかんだで、いつも俺は置き去りにされている。が、常日頃から俺の迂闊さに触れている紗生子に対して、どの口が信用しろと言えたものか。

 ──まあ。

 今の着ぐるみ同様、俺など普段は只の間抜けだ。悔しければ、黙って信頼を勝ち取っていくしかないだろう。

「──カステラが美味いか」

「はあ?」

 カステラに限らず、文化祭の食い物屋台は、学園厨房の職員や近隣飲食店の指南により、実は本当の飲食店レベルに達している。四人の男衆は本国からの旅程でそれなりに疲れている筈だが、意外な美味さに慰められている事だろう。因みに今年も、全て紗生子のおごりだ。

「そうじゃなくて」

「言いたい事は分かっている。君はどうするんだ?」

「はあ?」

「本戦のパフォーマンスの事じゃないのか?」

 学園の文化祭特設サイトに開設されている被服部主催のファッションショーの予選コーナーでは、エントリー済みの出場者に対して学園関係者や来場者が清き一票を投じる権利を持っている。被服部に仮装させられた人間は、問答無用でエントリーされているのだが、恥晒しが目的なら、また予選をパスさせられるのだろう。

「いや──」

「今年はどうしてやるかな」

 ハッハッハ、と笑う紗生子は、明らかに何かをはぐらかしている。

 ──何なんだ?

 実に、紗生子らしくない。

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