寝坊? なんてレベルじゃないほど爆睡したわ
「あー、よく寝たわ」
って、どれだけ寝たの?
異常なほど頭がすっきりしている。それを言うなら、心もすっきりしている。
昨夜はバスルームに行ってお風呂に入り、ガウンが置いてあったのでそれを着用した。そのあと、寝台に横になった。そして、瞼を閉じたと同時に眠ってしまった。だから、部屋の中を観察する暇はなかった。
とりあえず上半身を起こし、部屋の中を見まわしてみた。カーテンが閉じられているので薄暗い室内だけど、大きくて広い部屋の中は過度な装飾品や不要な物はないみたい。机や椅子、それからローテーブルに長椅子にチェスト、さらには姿見や本棚がうまい具合に配置されている。
(機能とすごしやすさを重視しているのね)
この寝台のマットと枕は、かたくはない。かといって、フカフカすぎない。腰や首にちょうどいい具合だった。
だからこそ、これだけ快適な朝を迎えたわけね。
ということにし、寝台から飛び降りた。
上履きも準備してくれている。その用意周到さに驚くとともに、不信感を抱いた。
なんだかおかしいわ、と。
とりあえず、カーテンをおもいっきり開けた。
「うわああっ」
すさまじい光に目が眩み、二、三歩うしろに下がってしまった。
気を取り直してガラス扉を開けると、心地よい微風とともにバラの香りがまとわりついてきた。
「ちょっとまって」
頭上に太陽が輝いている。「燦燦と輝く」という表現がピッタリなほど、クッキリはっきりスッキリその威容を誇っている。
(太陽があの位置にあるということは、まさか、まさか朝ではない、とか?)
ゾッとした。
ということは、いまはいつ?
焦った。焦りまくった。
嫁ぎに来たその翌朝にいきなり寝坊?
寝坊っていっていいのよね? 寝坊以前の問題?
そのタイミングで扉がノックされたので、驚きのあまり文字通り飛び上がってしまった。
「は、は、は、はいっ」
慌てて返事をしたその声は、完全に裏返っていた。
「奥様、失礼いたします」
扉が開くと、昨夜の侍女が立っている。
「奥様、お目覚めになられたのですね。昼食はいかがいたしましょうか? バルコニーでというのも陽があたって暑いかもしれませんね」
(ああ、やはりいまは朝ではないのね)
グレイスに尋ねられ、自分の推測があたっていることを確信した。
「お部屋で召し上がられますか? すぐに運びますが」
「いえ。昨夜と同じ場所でいただきます。あの、わたし、寝坊してしまって……」
「寝坊?」
グレイスは、まるでその言葉を生まれて初めてきいたかのように驚きの声を上げた。
燃えるような赤い髪と緑色の瞳は、陽の光に満ち溢れている室内でもかわらず魅入ってしまうほど素敵である。
「いまはお昼、なんですよね?」
「はい。お昼をすぎています」
「だったら、寝坊なんていうレベルじゃないですね」
自虐めいた笑みになってしまうのは仕方がない。
「長旅でお疲れだったのです。体は正直です。睡眠は、その疲れを癒してくれただけです。癒しの時間に寝坊などございません」
「はあ……」
「それよりも、快適にお休みいただけたようですね」
「ええ。快適すぎたからこそ、つい先程まで呑気に眠っていました」
「快眠快食。人間、それらは重要なことです。それでは、もうひとつの重要な快食を実践していただく準備をしてまいります」
「お願いします。身支度をしてすぐに行きます」
ということで、急いで準備をした。まず顔を洗い、それから短い黒髪のはね具合を水で湿らせてごまかした。洗面室から飛び出すと、ボロボロのトランクから持ってきたシャツとスカートをひっぱりだし、それらに着替えて大食堂に行った。
昨夜と同じ位置に食事の準備がされていた。
タマゴ、ハム、チーズ、ふかし芋のサラダ、ベーコンとトマト。六種類の大量のサンドイッチが、お皿の上に並んでいる。
サンドイッチだけではない。豆の冷製スープとカモミールティー。デザートには、ラズベリーパイ。
(もしかして、わたしって大食漢だと思われている?)
昨夜、せっかくだからとテーブル上に並んでいたものをすべて平らげてしまった。
これまでは、自分の屋敷でも嫁ぎ先でもろくに食べさせてもらえなかった。だから、うれしさのあまりついつい食べてしまった。
よくよく考えてみたら、あの量は一人前ではなくニ人前、もしかしたら三人前くらいあったのかもしれない。
『まぁいいわ。残してムダになるよりよほどいい』
あのとき、そう意を決していただいた。
そして、出されたものはすべてお腹に詰め込んだ。