最期の一幕
「黙れっ! おまえたちもすぐに大切なお姫様のあとを追わせてやる。やれっ」
「はっ」
騎士団長は無慈悲すぎる。きっと人間としてなにかが欠けているのだ。
彼の命令に、残りの騎士たちが馬から飛び降り剣を抜いた。
そして、おさえつけられて無抵抗なデュークとメレディスを剣で斬り、刺し、突いた。
まるで巻藁で剣の練習をするかのように。
「覚えていろ。何度生まれかわろうと、貴様らはぜったいに許さん。貴様らがローレン様にしたように、わたしがこの手で首を切り落としてくれる」
最期の力を振り絞り、デュークが唸るように予告した。
そして、彼とメレディスも死んだ。
彼の頭からバイザー、それからバシネットが弾け飛んでいる。
うつ伏せで血の海の中に倒れている彼もメレディスも、その髪の色は血と同じ色。二人ともうつ伏せなので見えないけれど、その瞳の色は緑色に違いない。
お姫様も同様である。
彼女の髪もまた赤色で、大剣によっ胴から切り離された頭部にある瞳は緑色のはず。
思い出した。
いまの一連の出来事は、わたしが過去に、いいえ、前世で体験したこと。
前世で最期に起こったこと。
いいえ。わたしだけではない。
ヴィンスとグレイス。わたしたちの前世での最期の一幕なのだ。
わたしたちは、前世でいっしょだった。そして、長い長いときを経てまたいっしょになった。
わたしがここにやって来たのは、前世の記憶のあったヴィンスとグレイスに意図的に導かれたのだ。
そこでほんとうに目が覚めた。
いまこのときの自分、つまりユリ、として。
アマースト王国の王太子ヴィンセント・ソーンダイクの妻として。
目が覚めたのは、ヴィンスの寝台だった。
猛烈なまでの眠気に襲われ、そのまま眠ってしまったらしい。
目が覚めてその瞳に映ったのは、ヴィンスの心配げな表情だった。それから、その横で同様に心配げな表情のグレイスの顔を認めた。
「ヴィンス、グレイス」
「ユリ。ああ、よかった」
「よかったわ」
二人とも嘆息した。涙ぐんでいる。
「心配かけてごめんなさい。だけど、大丈夫よ」
「ケガは? 痛いところとかはないですか?」
「ヴィンス、過保護すぎるわ。大丈夫。リーダー格の男に迫られたけれど、なんでもなかったわ」
「な、なんだって? ユリ、迫られたって……」
「ヴィンス、だから大丈夫だって。なんでもなかったって言ったでしょう? それよりもグレイス、あなたは? ケガはありませんか?」
「ユリ、わたしなら大丈夫。自室に閉じ込められていたけれど、あなたのことが心配で見張りを殴り飛ばしてこっそり部屋を抜けだしたの。そのタイミングで、ヴィンスが戻ってきたというわけ」
「よかった……」
グレイスの説明に、心から安堵した。
上半身を起こそうとすると、ヴィンスが助けてくれた。
(大丈夫ね)
頭はスッキリしている。
「ヴィンス、あなたは? さっき血まみれだったけれど」
「さっき? もう昨日の出来事になりました」
「なんですって? わたしってば、またやらかしたの?」
「ええ、ユリ。いまは、翌日の夕方です」
ヴィンスは、クスクスと笑った。
「血まみれだったのは、返り血です。居合わせた連中すべてを剣で切り伏せましたから」
彼の剣の腕前が相当なものであることを認識した一瞬だった。
さすがは前世騎士だけのことはあるわよね。
つくづく思う。
帰ってこないはずが、どうして戻ってきたのかを尋ねると、彼は両肩をすくめてから答えた。
じつは、彼は「帰れない」という使者を送っていないという。彼自身は、宰相に引き留められたらしい。彼の屋敷に招かれ、ムダに時間をすごさされた。その時点で彼は違和感と不信感を抱いていた。
それが決定的になったのは、先日ルイーズを連れてきた馭者がこっそり教えてくれたからだとか。
宰相とルイーズが、街で荒っぽい稼業を専門にしている連中を雇ったらしい。その連中を王宮に潜入させたのだ。
ヴィンスは、即座に護衛の近衛隊に宰相とその娘を屋敷に拘束しておくよう命じた。そして、自分は近衛隊の一部を率いて急ぎ戻ってきたのである。




