前世
「ローレン様。さあ、はやく」
二人のレディが森の中を逃げている。そのうしろから、騎士たちが追いかけている。
レディたちは、大勢の騎士に追われているのだ。
レディのひとりは、子ども向けのお話に出てくるような典型的なお姫様。やさしくてお淑やかで気高くて、なにより美しい。燃えるような赤い髪は、いつもはうしろでひとつにまとめているのかもしれない。が、いまは振り乱している。もうひとりのレディは、侍女の制服を着用している。彼女もまた赤毛で、こちらはうしろでひとつにまとめている。
その侍女が、お姫様を連れて騎士たちから逃げている。
「ローレン様、こちらです」
彼女たちの前にあらたな騎士が現れ、鋭く叫んだ。彼は、一頭の馬を連れている。
甲冑をまとっていても、その長身が筋肉質であることがわかる。
「ローレン様。さあ、これに乗ってお逃げ下さい。追手は、わたしたちがどうにかいたします」
「ダメです、デューク。逃げるのならあなたとメレディスとわたし、三人で逃げるのです」
「ローレン様、どうかわたしの言うことをきいてください。このままでは、あなたは殺されます。わたしは、亡くなった国王と王妃に誓ったのです。愛娘であるあなたを命に代えても守り抜く、と。連中は、われわれの力を怖れています。怖れるがあまり、根絶やしにしようと必死になっているのです。せめてあなただけでも生き残れば、血は続きます。いつか必ず、この無念を果たせることが出来ます」
「ローレン様、デュークの言う通りです。どうか馬に乗って逃れて下さい」
「それならば、メレディス。あなたとデュークが逃げなさい。彼らは、わたしを殺せばそれで気がすむはずです。あなたたちの命までは取らないでしょう」
お姫様は、ワガママを言っているわけではない。デュークとメレディスには生き残って欲しいのだ。
彼女たちは、特殊な力かなにかを持っているのかもしれない。国が滅ぼされ、彼女たちは滅ぼした国に連れて行かれたのかもしれない。そして、そこから逃げようとして、いよいよ追い詰められたというところかしら。
「姫よ。観念することだな」
そのとき、追手が追いついた。騎士団長らしき人物が、馬を進めて怒鳴った。
「わたしはもう逃げも隠れもしません。ですから、この二人は逃がして下さい」
お姫様は、凛とした表情で騎士たちの前に立った。
デュークとメレディスが彼女を引き留めようとしたけれど、彼女はそれをスルリとかわした。
「ほう。いさぎいいな。いいだろう。その勇気に免じて、おまえの従者たちの命は保証してやる」
騎士団長にそんな権限があるわけがない。だけど、彼は即座にそう応じた。
そんな気などいっさいないにも関わらず。彼は、この場をある意味盛り上げたいのかもしれない。
「約束ですよ」
(お姫様。あなた、彼にだまされているのよ。
彼女にそう忠告するも、わたしの声が届くわけはない。
二名の騎士が馬から飛び降りて彼女を両脇から抱え込み、そのまま地に跪かせた。他の四名の騎士たちは、同じように馬から飛び降りるとデュークとメレディスをおさえつける。
「案ずるな。痛いと思う暇もない」
騎士団長は、優雅な動作で馬から降りると大剣を抜きつつお姫様に近づいた。
うつ伏せ状態で地面に跪いているお姫様を見おろし、ニヤリと笑う。
いやらしい笑みが浮かんでいるその髭面を、平手打ちしたい衝動にかられた。物理的に平手打ち出来るのなら、ついでに拳で殴っておまけに蹴りも食らわしたい。
「悪く思うなよ、お姫様。皇帝陛下の命は絶対だからな」
騎士団長は、さすがに良心が咎めるのかそんな言い訳めいたことをつぶやいた。と同時に、大剣をふりかぶる。枝葉の間から、雲一つない青空が永遠に広がっているのが窺える。
陽光が大剣を照らした。その眩しさに瞼を閉じた。
ほんのわずか、それこそ一瞬だった。
大剣は、お姫様の命を奪った。
それは、彼女の首を切り落としてしまったのである。
「ローレン様っ」
「ローレン様っ」
胸が張り裂けてしまいそうな悲痛な叫び声が、森の中に響き渡る。
デュークとメレディスは、お姫様の名を何度も叫び続けた。




