男たちに襲撃される
その日、ヴィンスは朝から宮殿での会議の為不在だった。
夕方、めずらしく使者がきた。
今夜は帰れない、と。その使者は、彼ヴィンスからの伝言を伝えた。
そのとき、なぜか違和感があった。
だけど、それがなにかはわからない。
使者は戻っていき、グレイスと二人で夕食を作って食べた。それから、食後はアールグレイとブラックベリージャムを添えたマフィンをお供に「レディトーク」を楽しんだ。楽しみすぎて、いつもより遅い時間におやすみの挨拶を交わしてそれぞれの部屋に引き取った。
ヴィンスがいないから寝台で眠ってもいいけれど、もしかしたら彼は夜中にでも戻って来るかもしれない。
そう思い、いつものように長椅子で眠ることにした。
そして、その日もまた楽しかったことを感謝しつつ深い眠りについた。
不意に覚醒した。
そして、そのときにはもう遅すぎた。
カーテンの隙間から射しこむ月光の中、室内にいくつかの黒い影が揺らめいてる。
即座に悟った。
賊が侵入している、と。
同時に、グレイスのことが気になった。
(彼女は、彼女は無事なの?)
「気がついたか?」
凄みのある男性の声。彼は、わたしが横たわっている長椅子のわずかなスペースにお尻をのっけている。そしていま、その男はわたしを見下ろしている。
縛られているとか猿轡を噛まされている、ということはない。その必要はない。
なぜなら、わたしの体は恐怖のあまり硬直してしまっているから。体の自由がまったくききそうにない。
それでも瞳だけは動かせる。視線を室内に走らせた。
合計で四名。いずれも黒装束で、目出し帽をかぶっている。
賊たちは、とくに室内を物色しているわけではない。
(彼らのお目当ては、わたしね)
なぜかそう確信出来た。
(ああ、それならどうかグレイスは無事でありますように)
祈らずにはいられない。
「夜明けまでまだしばらくある。お楽しみの時間はたっぷりあるというわけだな」
執務机にもたれかかっている男がざらついた声で言い、それから下卑た笑声を上げた。
(まるで書物に出てくる悪漢ね)
史上最大のピンチにもかかわらず、冷静に分析している自分がすごい。
「わかっていると思うが、叫んだり暴れたりしてもムダだ。助けに来てくれる奴などいないからな」
わたしを見下ろしているこの男が、この中でリーダー格に違いない。
「グレイスは? 彼女は無事なんでしょうね?」
体は動かないけれど、瞳同様口を開くことは出来た。
そう尋ねた自分の声は、意外にも落ち着いていてしっかりしたものだった。
「いまのところはな。部屋に閉じ込めている」
(よかった……)
心からホッとした。
「面白いな。自分のことよりババアの心配をするのか? それとも、自分がこのあとどうなるのかわかっていないのか?」
尋ねられたけれど、自分がどうなるのかは想像に難くない。
それでも、グレイスの心配をせずにはいられない。そんなわたしの心理状態を、この男が理解出来るわけはない。
だから、なにも答えなかった。
「おまえら、廊下に出ていろ」
リーダー格の男が命じると、すぐに他の男たちが騒ぎだした。
「なんだって? おいおい、それはないぞ。おれたちにだってヤル権利はあるはずだ」
「そうだそうだ。彼女がヤッテいいって言ったんだ……」
「おいっ、やめろ」
リーダー格の男が止めたけれど、たしかに他の男はいま言ったわよね。
『彼女がヤッテいいって言ったんだ』
そのように。
脳裏にルイーズの姿が浮かんだ。
この期に及び、怖いけれども冷静ではある。
「心配するな。おれが楽しんだ後、おまえたちが楽しむといい」
結局、リーダー格の男を残して他の男たちは部屋から出て行った。
「目を閉じていろ。何度も結婚しているのなら、慣れたもんだろう?」
男は、そう囁きながらわたしの上に乗ってきた。
さらなる恐怖に支配される。
(怖い……)
いいようの得ぬ恐怖が全身を駆け巡り、すぐにでもどうにかなってしまいそうだ。
ギュッと瞼を閉じても、恐怖心がなくなるわけはない。むしろよりいっそう増すだけだ。
それでも、自分の上にいる男を見ているよりかはずっとマシだ。