見知らぬレディは残念系だった
「お、お義母様?」
レディは、鼻白んだ。見た目に狼狽している。彼女は、グレイスが一歩近づくごとに一歩下がり始めた。
そしてついに、グレイスが彼女の前に立ちはだかった。
こうしてドレス姿のグレイスを見ると、国王の寵姫だったというだけのことはある。
容姿、貫禄は充分すぎるほどにある。
赤毛と緑色の瞳は、ここぞとばかりにその威容を誇っている。
「いますぐここから出て行って」
グレイスは、間髪入れずに命じた。驚くほどきつい口調で。
「出て行って、って、わたしは、ただ自分の立場を……」
「きこえなかったの? あなた、性格や態度だけでなく耳も悪いのね」
グレイスは、凄みのある笑みをその美しい顔に浮かべた。
「なっ、なんですって?」
レディは絶句している。
わたしは、こういうことを言われ慣れている。とはいえ、いまのきつい言い方には、そんなわたしでも絶句してしまうし傷ついたに違いない。
「ついでに理解力は皆無だし、諦めだって悪い。自分勝手でワガママで横柄で、およそいいところなんてひとつもないじゃない」
「ど、どうして? どうしてそんなきついことを……」
レディはシクシクと泣き始めた。
このレディ、意外としたたかね。
それが嘘泣きということを見破ったのは、わたしだけではない。
「そういうところもよ。嘘泣きってバレバレよ。バカバカしい。こんなやりとりそのものが時間のムダだし、意味がなさすぎる。出て行くの、行かないの?」
グレイスは、そう言うなり指をパキパキと鳴らし始めた。
(えっ? 指の関節、めちゃくちゃ鳴ってるんですけど)
およそ容姿とかけ離れたその彼女の所作がワイルドすぎる。
「ダンリーヴィー公爵家の馭者、入って来なさい」
「は、はい」
グレイスが指を鳴らしつつ怒鳴ると、厨房に青年が飛び込んできた。
つい先程、屋敷の前で馬車のまわりをうろついていた馭者である。
「とっとと連れて行きなさい」
「は、はい。お騒がせして申し訳ございません」
馭者はペコペコと頭を下げつつ、ワナワナ震えているレディに近づいてその両肩を抱いた。
「お嬢様。さあ、まいりましょう」
「汚い手で触れないで。馬臭いったらないわ」
やさしさ溢れる馭者の気遣いを、レディは唾を吐きかける勢いで拒否している。
「お嬢様、申し訳ありません。とにかく、いまはお暇いたしましょう。お嬢様のお好きなスイーツのお店によりますので」
「子どもじゃあるまいし。そんな誘いに乗るとでも思うの? 馭者の分際でわたしに指図しないで」
「お詫び申し上げます。お嬢様。ほら、そこに段がありますよ。お気をつけて」
馭者の青年は慣れているらしい。
気遣いながら歩き始めた。
レディは、馭者のこと罵倒しつつも連れだされるままになっている。
厨房を出るとき、馭者の青年はこちらに深々と頭を下げた。そうして、レディにやさしく話しかけながら廊下を遠ざかって行った。
(ほんとうにいい青年ね。もしかしたら、あのレディのことを好きなのかもしれない)
まだきこえてくる彼のやさしい声をききながら、ふと思った。
この古びた屋敷におしかけてきたのは、ルイーズ・ダンリーヴィーという公爵令嬢らしい。父親は、宰相というからさらに驚きである。ちなみにその父親は、お家騒動を経て兄から家督を奪ってダンリーヴィー公爵になり、宰相の地位も奪ったという。かなりブラックな人物で、ヴィンスを目の仇にしているとか。そして、ヴィンスも彼を失脚させようと証拠集めに苦労しているらしい。
それはともかく、そんなブラックな人物を父に持つ娘のルイーズは、ヴィンスを気に入り、というよりかヴィンスの王太子という地位を気に入り、勝手に婚約者を気取っているとか。
一度たりとも婚約者だったことはないのに、彼女はああしておしかけてきては復縁? 仲直り? よくわからないけれど、よりを戻そうとしているという。
その都度、当のヴィンス、あるいはグレイスが、もしくは二人いっしょに現実を叩きつけるらしい。が、頭の中がお花畑の彼女は、同じことを繰り返すというから驚くばかりである。
もしかしたら、彼女は頭の中がお花畑を装っているのかもしれない。しかし、それにしてもあれだけハッキリくっきりスッキリ拒絶していて、それでも懲りずにおしかけてくるのはいかがなものか。
ブラックな父親にしてその娘あり、というところかしら。
ヴィンスは、いまのところは大事にはしていないらしい。下手をすれば、父親である宰相が、ここぞとばかりに攻めてくるかもしれない。ムダな争いを避けるということと、ルイーズからの被害も鬱陶しいというくらいで実害がないから放置しているのだとか。
が、今回、彼女はわたしを標的にした。
今後、エスカレートする可能性がある。
そうすると、王太子の面目にもかかわってくる。
ということで、様子をみて対処することになった。
このときには、まさか彼女が迅速かつ最悪な手段にでるとは、だれも考えが及ばなかった。