ブラックベリー狩り
ヴィンスとグレイスのわたしへの過保護っぷりは、ますますエスカレートしていく。だけど、距離をおくべきところはちゃんとおいてくれるし、ここは「ひとりにしてほしいな」とか「かまってほしくないな」と感じる場面には、かならずわたしの希望どおりにしてくれる。まるでわたしの心を読んでいるかのように。でも、それはほんとうにありがたい。
過干渉すぎると、逆に嫌になるだろうから。
そのお蔭か、最初こそ抵抗がある反面照れ臭かった彼らの過保護っぷりも、しだいに慣れてきた。それどころか、それを望むようになっていた。
(可愛げのないわたしも、すこしずつでも可愛くなってきているのかしら?)
おもわず苦笑してしまう。
ここに来てどのくらい経ったのか?
あっという間にときがすぎていくからわからない。ときおり、宮殿に戻らなくていいのかとヴィンスに問うも、彼はいつも「あともうすこしは大丈夫」と同じことを言う。
その頃からかしら。
奇妙な夢を見るようになった。同時に、日中でも頭の中に映像というかなにかの光景というか、とにかく得体のしれないなにかが閃いたり浮かんだりするようになった。
夢の中では、どうも昔にいるような気がする。周囲のあらゆる物が、いまいるところの物と違うから。全体的に古びていて、また色褪せている。だれかがいるけれど、男性とレディ、それからその他大勢がいるという程度でだれかまではわからない。
夢の中の筋書きは、いつも同じ。
どうやら断罪されているっぽい。男性とレディとともに。それから、鞭打たれたり剣で切られたりされかけるけれど、謎の男性やレディがかばってくれる。
そして、ここからが悲惨すぎるのだけれど、わたしが剣で首を切り落とされ、そのあとに男性とレディが殺される。
無機質で残酷な刃の急降下する音は、やけになまなましい。
そのすぐあと、目が覚める。
目が覚めた後は、疲労と倦怠感と悲しみと憎しみでいっぱいになる。
ここのところ、このようなことが続いている。
だけど、そのことはヴィンスとグレイスには告げず、日中はいつも通りにしている。
その日は、朝からグレイスとともに王宮の森の奥に出かけた。
ブラックベリー狩りの為である。
ヴィンスも同行したがった。
なんでも、ブラックベリーを摘み取ってすぐに口に放り込むのが最高らしい。
ブラックベリーは、甘酸っぱくて渋みがある。その甘酸っぱさと渋みが好みの人がいて、彼はそうらしい。
彼が言うには、口の中や口の周りを真っ黒にしてお腹がいっぱいになるまで食べるのがこの時期の楽しみだとか。
だけど、彼には公務がある。
じつは、ヴィンスは王太子としての職務をまったくしていないわけではない。各機関から上がってくる報告書に目を通したり、裁決を下したり承認したりといろいろとしなければならないのである。
急ぎの公務がたまっている。だから、彼はブラックベリー狩りを諦めざるをえなかった。
そんな彼に「いっぱい摘んで来るからいっしょに食べましょう」と提案すると、彼は美しすぎる顔にうれしそうな笑みを浮かべた。
その笑顔が可愛くて癒される。
そうして、グレイスと数個ずつカゴを持って森の奥へと出かけた。
ブラックベリーの甘酸っぱい香りが漂う中、グレイスとひたすら摘んだ。摘んで摘んで摘みまくった。
摘みながら、何度も口に放り込みたいという衝動がわき起こった。
が、いずれもその衝動を抑え込んだ。
つまみ食い出来ないヴィンスといっしょに、いくらでもあとでいっしょに食べることが出来る。
そう思い直すと、衝動に打ち勝つことが出来た。
グレイスもまた、黙々と摘んでいる。
だから、お昼過ぎには二人合わせて四個のカゴがいっぱいになった。