将来の為に
「ユリ、野菜はなんでも大丈夫かしら? ほら、野菜嫌いの人って多いでしょう?」
「そうですね、グレイス。ですが、わたしは野菜は大好きです。とはいえ、ありきたりなものしか食べたことがないのですが」
夕食を作りながら、ごく一般的な姑と嫁の会話を交わす。
グレイスは、なんでもよく知っている。食材のことも調理法のことも。その食材や調理に関する歴史まで知っている。
彼女から学ぶことは多い。
いつかここから放り出されるようなことになったら、というよりか離縁されたら、その瞬間から路頭に迷ってしまうことになる。
手に職があれば、このアマースト王国で生きていけるかもしれない。
どこかの町の食堂や安酒場で料理人として雇ってもらうとか……。
これまで実家や嫁ぎ先で働かされてきたけれど、家事の中では料理が一番好きだった。料理をするときには、味見という名のつまみ食いも出来るし。
どうせなら好きなことや興味のあることを徹底的に学んだり練習する方が、身につくはず。
というわけで、グレイスに教えてもらうことにした。もちろん、彼女に将来の為とは言えない。ただ単純に様々な料理を作ってみたい、と伝えた。
メモまでとるという念の入れようだから、グレイスも驚いたかもしれない。しかし、彼女は詮索してこない。
彼女は、微妙なことは絶妙な感じで尋ねてこない。なにかを言ったりもしない。
その点はおおいに助かっている。
今夜のメインは、野菜ゴロゴロのシチュー。それから、白身魚とジャガイモのフライ。二種類のパンは、朝焼いた残り。チーズはいつも通り三、四種類。そしてデザートは、ヴィンスがアップルパイを焼いてくれた。
葡萄酒のチョイスもヴィンスがし、三人で夕食を楽しむ。
静かで穏やかな夕食。すべての面において満ち足りすぎていて怖いくらい。
食後は、いつものように居間ですごす。
「ユリ、ここでの生活にすこしは慣れましたか?」
「ええ、ヴィンス。ここは、ひっそりしていていいわね。なにより、わたしたちだけだから気を遣わなくてすむから。でも、いつまでもここにいるわけにはいかないわよね? いつ頃宮殿に移るのかしら?」
「まだしばらくは大丈夫ですよ」
「そう……。ねぇ、ヴィンス。ほんとうに大丈夫なの? こんなわたしが王太子妃だなんて、人前に出したらあなたが恥をかくことになる。グレイスに王太子妃としての最低限のマナーや心構えを教えてもらっているから、人前に出るまでにはあなたに恥をかかさないようにしたいとは思っているけれど。それでも、わたしの外見だってそうよ。この顔や髪、それからチビで貧相な体型は、いますぐどうのこうのすることは出来ない。だけど、せめてドレスでごまかせるようグレイスのを借りるつもりにしているの」
「ユリ、貸すのはかまわないのよ。手直しすればいいだけのことだから。だけど、ほんとうにわたしのドレスでいいの? どれも流行遅れの控えめなデザインばかりよ。それよりも、いまどきの生地を使って流行のデザインにオーダーメイドした方がいいのではないかしら?」
グレイスは、ヴィンスの隣で形のいい眉をひそめた。