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初めての体験

「ヴィンス、わかったわ。それで、わたしはどうすればいいのかしら?」

「ユリ、わかってくれてありがとうございます。あなたは、わたしといっしょにいてくれるだけでいいのです。まずは、ここでの生活に慣れてください。そして、これまでの心労を癒してくれればよいかと。どうか、ここではワガママ放題でいてください。どんなことでもしていただいて結構です。ここでの生活に慣れて宮殿に戻れば、公務などにお付き合いください。それもまた、いっしょにいて下さるだけで充分です。愛想笑いを浮かべ、ときには手を振り。それだけで結構です」

「ほんとうに? たったそれだけのことでいいの? だったら簡単よ。うまくやるわ。任せておいて」

「アマースト王国では、婚儀は司祭の祝福を受けた後に内々で宴会をする程度なのです。それは、王侯貴族であっても同様です」

「それはいい風習ね」


 一般的な王侯貴族のような盛大な婚儀をされでもしたら敵わない。なぜなら、そのあとすぐに離縁される。いい恥さらしになるだけだから。


「というわけで、一般的な婚儀のようにレディが憧れるようなきらびやかさはありませんが……」

「心配しないで。すでにムダに見栄っ張りで盛大なわりには、中身も価値もない婚儀を三度も経験しているわ。もうそれは充分。飽き飽きしているわ。あ、そうだわ。婚儀はどうでもいいけれど、王太子としてどうなの? だって、わたしは三度も離縁されている『離縁され令嬢』なのよ。そんなわたしを妻にするという点は大丈夫なのかしら。書物に出てくる話だったら、すぐに政敵などに指摘されたり攻撃の対象になる事案よね?」

「ご心配には及びません。政敵は、たしかに存在します。ですが、うまくあしらいますので。ユリ。それよりもあなたを苦しめた連中への報復は、いかなる手段を用いればあなたがスッキリするか、ですが。そのことについては、後日考えるつもりですがよろしいでしょうか?」

「えっ? いえ、それはもうどうでもいいのだけれど……」


 そう答えたのは口の中でだった。


 家族、元夫たち、その母親たち。彼らとは、もう関わり合いになりたくない。だけど、そう思う反面ささやかでもわたしが離縁されずにうまくやっている、ということを見せつけてやりたい。そのようにも思う。


「それでは、愛するユリ。これから、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

「よろしくね、ユリ」


 ヴィンスが手を差し出してきたので握手をした瞬間、グレイスに抱きしめられてしまった。


 気がつけば、ヴィンスもこちらにまわってきてわたしを抱きしめてくれた。


 二人の抱擁は、これまで体験したことのないあたたかさとやさしさに満ちていた。


 心が洗われるようなそのような感覚に襲われたとき、そのことに気がついた。


 両頬を伝う涙に。


 わたしは、泣いてしまったのである。


 これもまた、かつてない体験だった。



 とにかく、とにかくすごかった。


 かまわれすぎ、やさしくされすぎ、大切にされすぎ、もちあげられすぎるしチヤホヤされすぎる。


 なにより、愛されすぎる。


 なにもかもが怖ろしいほどである。というよりかは、異常といっていいかもしれない。


 最初の頃こそ、「このようなことでいいのかしら」と心配になった。それが途中から不安になった。


 ヴィンスとグレイスの態度が、急にかわってしまうのではないか? 真逆のあつかいになってしまうのではないか?


 そんな不安に苛まれるようになった。


 が、彼らの態度はかわることはない。


 これまですべての人に蔑まれ、虐げられ、憎まれ、嫌がられてきたわたしにとって、ヴィンスとグレイスの態度はありがたくてうれしい反面、つねに不安を抱かせる。


 そして、そんな彼らの態度に対し、わたしは素直になれないでいる。


 ほんとうは彼らと同じようにしたいのに。素直に受け止め、そのまま返したいのにそれが出来ないでいる。


 蔑まれたり嫌がられる態度のときには、素直に受け止めてそのままそっくり返しているのに……。


 不思議でならない。


 それはともかく、いまはこれまでとは正反対のしあわせな日々を送っている。大きな不安を抱きつつでも、しあわせを噛みしめている。


 ただ、やはりその不安によって素直になれないでいる。


 どうしても構えてしまう。警戒したり、嘘偽りの態度をとってしまう。



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