侍女? 侍女じゃないのよ
「侍女ですって? まぁ、この恰好ですものね。勘違いして当然よね。家事をするのには、この恰好が一番動きやすいのよ」
「母上。ユリとの初対面は、ドレスを着用した方がいいと申し上げましたよね?」
「ヴィンス、そうね。あなたの言う通りだったわ。ユリ、だましてしまってごめんなさい」
「いえ、いいのです。わたしが勝手に勘違いしていただけです」
よくよく考えたら、ヴィンスは「グレイスです」としか言わなかった。侍女の、とは言わなかった。
わたしが勘違いしただけなのに、かえって気を遣わせてしまった。
「それに、失礼なことを言ったりしたりして申し訳ありません」
素直に謝った。
彼女は、これまで接してきた、父の後妻も含めた四名の義母となにか違う。
四名の義母から感じられるのは、敵意と侮蔑。だから、わたしもそれをそのままそっくり返していた。
が、彼女からはそのどちらも感じられない。それどころか、緑色の瞳にはわたしへのやさしさと敬意がこもっているように感じられる。
ヴィンスと彼女のこのような反応は、初めて接する。だから、戸惑ってしまう。
「ところで、王太子殿下がどうしてこんなところに? 王太子殿下なら、ふつうは宮殿にいるわよね?」
「じつは、わたしのわがままなのです。王太子として本格的に執務を開始するまで、ここでこうしてのんびりすごしたい。ユリ、きみといっしょに。だから、侍女や執事といった使用人たちにもついてもらわず、母とこうして二人きりでいるのです。おっと失礼しました。ユリ、昨夜からはあなたもいっしょにですね」
彼は、さわやかに笑った。
このときには彼の説明を信じていたけれど、じつはわたしの為だったということをあとで知った。
隣国からきたわたしがここでの生活に慣れるまで、宮殿の喧騒や人々の注目は避けた方がいい。
ヴィンスは、そう考えたらしい。
「ユリ、きいてください。わたしは、あなたを妻にしたい。あなたにわざわざきてもらったのは、その為です。けっして人違いではありません。ましてや、あなたの義姉を欲していたのでも。勝手ながら、どうしてもあなたを妻にしたくてウインベリー国の国王に申し出たのです」
「冗談でしょう? あなた、わたしがどんな女か知っているの? 三度嫁いで三度とも離縁されているのよ。これで四度目。こんなわたしをどうして妻に? というか、どうしてわたしなわけ? わたしがウインベリー国の王女ならまだしも、没落しかけている伯爵家の令嬢よ。傷物よ。容姿も内面もイタすぎるのよ」
理解出来なさすぎる。
「あなたを愛しているからです」
ヴィンスは、そうはっきり言いきった。
ますます理解出来ない。
「愛している? そもそもわたしをどうして知っているの? すくなくとも、わたしはあなたを知らない。幼馴染とか学友とか付き合いがあるのなら別だけど、生まれ育った国すら違うわ。わたしたちの人生の中で、一度も接点はなかった。そんな見ず知らずのわたしを愛している? 悪いけど、やはりあなたはどうかしているわ。どうせなら、せめて義姉にでもしておけばよかったのよ。彼女、見てくれだけはいいから。あなたとだったらつり合いがとれるのに。わたしとは違ってね」
「ユリ、自分を卑下するのはいけないわ」
そのとき、わたしの手を握るグレイスの手に力がこもった。
(なんてあたたかい手なの……)
慈愛、というのかしら?
そのようなやさしさを感じる。
そんなことを感じている間にどうでもよくなってきた。
(このわたしを『愛している』だなんて胡散臭すぎるわ。だけど、この分では離縁はされなさそうね。このままここに置いてくれるのだったら、それに越したことはない。それに、どんな結末になろうとこれ以上悪いことは起きなさそうだし)
これ以上このことについて詮索するのはよくない。ヴィンスを怒らせでもしたら、せっかくのチャンスを逃すことになる。