「煩悩死ねええええっ!!!」
「シャーリィ!シャーリィッ!?」
セレスタンを追ったパスカル。
見失ってしまい、息を切らしながら学園中を走り回る。
「リオグル!!」
'なんや'
精霊界からリオグル召喚、捜索の手伝いを頼む。
'くんくん…こっちやな'
彼が指す先は図書館塔。
呼吸を整え、静かに足を踏み入れた。
カツン カツン…
司書も一時不在で、利用者もいない。
パスカルの足音のみが場を支配する中、1階1階探す。
「あ…」
いた。最上階の、10階に…膝を抱えて座るセレスタンが。
精霊の気配もなく、フロアの真ん中にぽつんと存在していた。
パスカルに気付いているだろうに、無反応。
躊躇したがゆっくりと隣に腰掛けた。
最上階は完全に読書スペースで、ベンチが2つあるばかり。
天井の窓から光が差し込み、夜には星空も眺める事ができるのだ。
「「……………」」
床に座り込む2人。
パスカルは逡巡した後、周囲を確認してから口を開いた。
「………何か…あったのか?」
「………………」
問い掛けには答えず。ただ啜り泣く声が聞こえるだけ。
自分には言えないのか、言語化不可能な感情なのか。
パスカルはただ無言で側に居続けた。
セレスタンの心情はと言うと。
突然シャルロットに「お姉様」と呼ばれ。
バレた…!?という絶望よりも…
嬉しい、という感情が大きく上回ってしまった。
『その…これからお姉様と呼ばせていただいてもよろしいですか…?』
連鎖して、数年前のナディアの言葉を思い出した。
セレスタンはあの時…
『(どうして目の前にいるこの子は。
僕をお姉様と呼ぶ女の子は…ロッティじゃないんだろう…?)』
と感じてしまったのだ。
彼女が慕ってくれるのは嬉しい。けど…
シャルロットに一番にお姉様と呼んで欲しかった…
そう考えてしまった自分に嫌悪感を抱き、押し殺して笑顔を作ったのだ。
さっきは混乱して逃げてしまった。
今頃ルネ達に事情を聞いているかもしれない。怖くてここから動けない…
「(……どうして、この人は。僕を追ってきたんだろう…)」
次第に落ち着きを取り戻したセレスタン。
チラッと横を見れば、端正な顔が間近にある。
妹の友人で、自分を初恋相手だという男。
今気付いたのだが、彼の横は心地良い。グラスとも、ルシアンとも違う。
グラスは「この人とずっと一緒にいたいな」と思える。
ルシアンの隣はドキドキする。
パスカルは…自然に受け入れてしまう。
「(どうして…この人の隣は、こんなにも落ち着くんだろう…?)」
目が合うと、パスカルは優しく目を細めた。
胸が高鳴り顔を逸らす。
なんだ今の蕩けるような表情は。男に向かってする顔じゃないぞ!?と瞬間的に顔に熱が集まった。
「?シャーリィ、顔が赤いぞ。まさか具合でも…!?」
「どぅあああいっ!!?」
パスカルがそっと額に触れた。
その手が大きくて優しくて…セレスタンは絶叫して壁まで後退る。
よく分からないが、元気になったならよかった。彼はそう笑ってみせた。
「……………」
「……?パスカル様?」
見つめ合う2人。パスカルがそっと腕を伸ばす。
よく見るとその手にはハンカチが握られており、涙を優しく拭う。
「君は、あの時もこんな風に泣いていたな」
「…………」
初対面の事を言っているのだろう、パスカルは懐かしそうに頬を緩める。
「もっと…もっと早く、君がシャーリィだと気付きたかった」
「……?」
「そうしたら。俺は…」
あの日からずっと好きでした。今も貴女を愛しています…って言えたのになぁ…
「どうしましたか…?」
だが今伝えては、彼女を苦しめるだけ。
この数日観察していて分かった事がある。
彼女には、すでに想い人がいる…と。
時折窓の外を憂い顔で眺めている姿は、完全に恋する少女で。
ルシアンとの会話の中で、特定の誰かを指す場面もあった。
そうでなくても自分は対象外。
彼女を知れば知るほど思い知らされて。
恋人として側にいられないなら。せめて…
パスカルは片膝を突き、セレスタンの手を取り指先にキスをした。
「な…っ!」
「セレスタン・ゲルシェ様。貴女の本名を教えていただけませんか?」
「(あ…彼は全部、知ってるんだ…)」
繋がれた手から、彼の熱が伝わってくる。
「僕は…わたしは、セレスティーヌと申します」
「セレスティーヌ・ゲルシェ様。
俺は…俺、と。友達になってくれないか?」
パスカルは晴れやかな表情で告げる。
今度こそ吹っ切れた、という事だろう。
パスカルの望みは、彼女と結ばれる事ではない。
セレスタンが、幸せになる事だから──…
「……それ、は。以前にもお断り、しましたが…」
「どうして?」
パスカルもそこは譲れなさそうににじり寄る。
整った顔で迫られ、観念して洗いざらい話した。
シャルロットを憎む理由。
嫌われるため冷たく突き放している事。
彼女と親しい者とは距離を置きたい事。
「(…正直俺は、君とシャルロット嬢のどちらと友人でいたいかと問われれば君を選ぶ。
だが妹想いのセレスティーヌは望まないだろうな…)
じゃあ、この塔にいる間だけでいい。俺と友人でいてくれないか?」
「う」
「正確に言えば、2人きりの時に」
「………うん、わかった…」
小さく頷けば、パスカルは破顔して喜んだ。
「じゃあ早速…シャーリィの作ったパイを食べたいな」
「あ…忘れてたっ!」
勢いよく立ち上がり、階段へ…向かう足が止まる。
まだシャルロットがいるかもしれない。
そう懸念して、こっそり戻る事にした。
「よかった、誰もいない…」
調理室は片付けまで終了していた。
作業台の上にメモを発見。これはバジルの文字だ。
『パスカル様の分は寮にお運びしておきました。
セレス様の分は一切れをユルフェ様に差し入れし、残りは先生が屋敷にお持ちになりました』
ほっと胸を撫で下ろす。
シャルロットについては触れていないので、気付かれた訳ではなさそうかな?
もしそうだったら退学するところだった…と安堵する。
「そうだ、お菓子といえば…
シャーリィ。君は全く太ってないからな?」
「…!じゃ、じゃあなんで前に笑ったの!」
「一生懸命な君が可愛くて」
「かわ…っ!?」
セレスタンが無理なダイエットをしていないか、彼は少し心配していた。
しかも原因は自分っぽいし。
「でも…最近胸がキツくて…」
「そ…ゔっうん…!えっと。
胸が、大きい、のは。男としては…とても嬉しいです、ハイ」
「ファッ!!?」
セレスタンの胸をチラチラ見ながら、素直な感想を口にするパスカル。
完全にセクハラである。
「ダイエットすると、胸から痩せるって聞いたし」
「(それは盲点だった。グラスも…おっきいほうが好きかな…?)」
感心すると同時に。
なんでパスカルはダイエット事情に詳しいんだ…?若干気味が悪くなってしまった。
ただ彼は2人の姉から聞いただけなんだが。
「おやすみ、シャーリィ」
「おやすみ…パスカル…わっ!?」
彼らは門で別れた。
直後影からディートリーが姿を現し、セレスタンを抱えて夕暮れの空を飛ぶ。
「あわわ、どうしたの!?」
「今はセレネ様もおらぬが故、俺が貴女をお守りせねば」
「ちょっとー、自分もいますけどー!?」
「…………」
騒がしい一行が遠ざかる姿を、パスカルは見えなくなるまで送り続けた。
※
「…………」
同時刻、シャルロットの部屋。
薄暗い室内で明かりも点けず、ベッドに腰掛け窓の外を眺めていた。
結局あの後、誰も答えをくれなかった。
「……お嬢様、帰りましょう」
バジルにそっと腕を取られて、されるがままに歩いた。
女子寮の前で別れ、気付けば自室に戻っていた。
手には…愛するお兄様と一緒に作ったお菓子。
「……おいしい…」
さく、と一口。これまで食べたどんな高級菓子より美味しい。
「……そういえば。いつからかしら?
バジルが…お姉様を「坊っちゃん」と呼ばなくなったのは」
彼は普段「セレスタン様」、親しい者達の前では「セレス様」と呼んでいる。
いつからかと思考を遡らせても…何年も前から、な気がする。
彼だけではない。
ルネはいつだってセレスタンを、同性の友人のように扱っていた。
ジスランは騎士のように付き添い。
エリゼも………奴は変わらず。
「ああ…グラス。彼がお姉様と距離が近かったのは、そういう…」
グラスはより顕著だ。まるで愛しい女性のように触れていた。
それに、ハーヴェイ。
『それかアンタも一緒になってスタンを突き放せばよかったんだ。そうすりゃあの子はルキウス殿下の手を取れたんだ』
「…そっか、皇太子殿下は…お姉様を好いていらっしゃった。だから何度も会いに来た。
私が邪魔をしなければ。今頃お姉様は…殿下と…」
ヒントはいくらでもあった。
ただ自分が…見ないフリをしていただけ。
「お兄様…お姉様、お姉様…」
『僕は、僕は…!!僕は君の兄なんかじゃないっ!!!
今後一切…金輪際、二度と!僕の事をお兄様などと呼ぶな!!』
「おね……はは、は…」
『僕から沢山のモノを奪っておいてまだ足りない!!?どれだけ…僕を惨めにすれば、気が済むのぉ…』
「ははは…私ってば…
お姉様を、苦しめることしかしてないのね…」
シャルロットは大粒の涙を流して、流して…
一晩中「ごめんなさい」と謝罪を繰り返した。
※※※
「グラス君聞いてるの?」
「…と、申し訳ございません。貴女の美しさに見惚れてしまっていたようです」
「もう、お上手なんだからっ!」
うふふ、と令嬢はたおやかに笑う。
グラスも表面上にこやかだが、内心身を裂かれるような激痛に耐えていた。
午前中は集中して修行。
午後は業務の傍ら、変わらず常に魔力の操作をしている。
ちょっとでも気を緩めればこれだ。
それもこれも全ては…セレスタンを迎えに行くため。
どれだけ苦しくても、彼女の笑顔を思い浮かべれば乗り越えられる。
「ん?これは…」
夜、自室の机に何かがあった。
甘い匂い…包みを開けば、皿に乗ったパイが。
「美味しそう、だねっ。令嬢からの、差し入れ?」
「いや…知らん」
ファースも首を傾げる。
すかさずラファエルが説明した。
「我が君が授業でお作りになったそうですね。
グラスの分、という事でしょう」
「セレス…?」
どうやら精霊運送で届けられたようだ。
グラスは目尻を下げて、一口ずつ大事そうに頬張った。
先程ファースが言ったように、令嬢から差し入れを貰う事がある。
だが中には媚薬やら惚れ薬が混じっている事もあり、迂闊に口に出来ない。
以前にそういう事態があったのだ。その時はトマスがつまみ食いをして、グラスは難を逃れたのだが。
「(セレスの手作りだと判れば、安心して食べられる…)」
いや、むしろ何か入れてくれて構わない。
そんな事を考えては笑みが溢れるのであった。
食べ終えて皿を持ち上げると、底に何か貼り付いている?
メモだ。剥がして開くと…
『胸は大きいほうがいいですか』
「………???」
それは間違いなくセレスタンの字だが。
何を言いたいのかさっぱり分からない。
胸…黒い思い出だが触った事あったな。それどころか…な、舐め、たな…!?と一気に顔が熱くなる。
いいや今度はきっちり手順を踏まねば!
セレスタンが…初夜に…ベッドの上で…
「どうかな…?僕の胸、前より…おっきくなったと思うんだけど…」
と、自信なさげに服をはだけさせて…
まずは押し倒して熱い口付けを……
「うおおおおおおおっ!!!!煩悩死ねええええっ!!!ごふっ!!」
「グラスさーーーん!!?」
ガンガンガガガンッ!!!
以前より成長して、柔らかくなった感触を想像して。
彼女を組み敷く妄想を追い出す為、何度も柱に頭を打ち付ける。
魔力のコントロールも疎かになり吐血して…
「ぎゃーーーーーっ!!!?」
ドタドタ…バタン!!
「なんだなんだ!?……ぎええええっ!!?」
頭と口から血を流し、白眼で倒れるグラス。
この日ファースとキャロルはトラウマを植え付けられた。
※※※
「グラス、食べてくれたかなあ…」
「とっても美味しかったですお姉様!」
セレスタンはナディアと一緒に刺繍をしていた。
パイは自分、ルシアン、アリスティド、オーバン、グラス、ナディアで6等分。
カリエ達にも食べてもらいたいので、また作ると約束した。
まさかグラスがパイでなく、セレスタンを食べる妄想をしているなど露知らず。
変なメモ貼っちゃったな〜と今頃照れている。
翌日、セレスタンの枕元に1枚の紙が転がっていた。
『大きいのは好きです。
もし小さくても、おれが育てます』
「…?ミコトがどうやって僕の胸を育てるの?」
魔術的な何か?
そう思い、学園でエリゼに相談した。
「は?胸…身体の一部だけ育てる魔術?
一時的ならなんとか…だな。保って数時間だ」
それじゃ意味ないよねえ、と2人は頭を捻る。
側で聞いていたルシアンとパスカルは両手で顔を覆っている。
「(何考えてんだあの男は…!!)」
「(そんな変態がシャーリィの彼氏だなんて…)」
「魔術じゃないのか。じゃあ…医学的な?」
パパに聞いてみよー、と呟けば。
ルシアンに「やめなさい!!!」と全霊で阻止されるのであった。
この日、シャルロットは学園に姿を現さなかった。
実はパスカル、どこかの分岐でセレスタンと結ばれる可能性があった。これは他のキャラにも言える事。
彼の場合は『1年生1学期のテスト結果発表の場で、エリゼの言葉に傷付いた彼女を追う』べきだった。




