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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
95/102

「この剣は駄目だ、容易に折れる。次」



「…むーん……うぅ…?」


「起きたか?」


 ここはどこ〜…と唸りながら目を開けたセレスタン。声に反応したオーバンがカーテンを開けて、心配そうに顔を覗き込む。


「なんかルシアンが笑顔で運んで来たんだが」


「ル…!!」


 その名と共に記憶が蘇る。密着した時に感じた彼の体温、重なった唇の柔らかさ、身体を弄る手の感触…


「うぎゃああぁ〜〜〜!!!」


「娘が壊れた…」


 頭から湯気を噴出し、枕を抱き締めてベッドの上をゴロゴロ転がる。

 今日はもう学校どころじゃない!とセレネに運ばれ早退する事に。結果的にルシアンとキスをする為に登校しただけじゃねーか!!!と後になって気付いた。




 ※※※




「あれ…お兄様は?」


 シャルロットは兄の不在に即座に反応した。始業前は確かにいたのに、1限目が始まっても姿が見えず。

 授業終了後に医務室に行ってみれば「早退したぞ。顔真っ赤だったから熱かもしんねえ」と告げられた。


「(お見舞い…行ける訳ないわね…)」


 自分は避けられている以前に、兄の居住すら知らないのだから…

 放課後バジルに行ってもらうよう頼み、通常通り授業を受ける。



 だがこの日より、ただでさえよろしくないルシアンの素行が悪化した。


「殿下?どちらへ…」


「うるさい」


 2限目開始5分だというのに、ルシアンは席を立って教室を出た。教師の言葉にも耳を傾けず、彼がいなくなった後は騒然とする。


「(どうしたのかしら…まるで数年前に戻ったようだわ…)」


 彼を幼少期から知るルネは案じる。

 ルシアンは典型的な『やれば出来る子』である。問題児の代名詞とも言える評価だが、実際その通りの人物だったりする。

 ただ諦めが早く、ややマイナス思考の持ち主。それ故に長い間反抗期だったのだが、それはセレスタンのお陰で解消された。

 それが現在、第二次反抗期が来た…?と懸念する。



 教室を出たルシアンは目的地がある訳ではない。

 医務室に行ったら叔父に追い返されるかも…帰ろうにも迎えの馬車が無い。



「……歩くか!」


 褒められた行いではないが、彼は徒歩で学園を出る。皇宮に帰るのかと思いきや、その足で街へ向かった。

 特に目的地は無くぶらり歩く。お菓子でも買ってセレスタンを訪ねようか…愛しい彼女の笑顔を思い浮かべると、自然と表情も柔らかくなる。


 歩くこと数十分。ルシアンは宝石店の前で足を止める。


「…………」


 外からじいぃ…と眺めて。小さく頷いてから扉を開けた。




 帰宅すれば家族には心配され、ハーヴェイには諌められ。


「早退するなら俺を呼んでください!なんの為の護衛ですか、もう!数分で飛んで行きますよ!!」


「すまん。では早速出掛けるか」


 全く悪びれていないルシアン。ハーヴェイをお供に馬車ではなく徒歩で外出。


「なあハーヴェイ卿。どうやったら皇室から除籍出来ると思う?」


「……臣籍降下でなく?」


「違う。皇位継承権も放棄したい」


「………」


 ハーヴェイは答えられず沈黙する。彼がどこまで本気なのか…量りかねているのだろう。

 その反応にルシアンは小さく笑って、「忘れろ」と命じた。


「…善処します(ま、どういう意味であろうとも。俺は貴方とセレスタンにどこまでもついて行きますよ)」


 貴方の護衛騎士として生きると決めた、その時から。俺の命は貴方達の掌に。言葉にはせず改めて誓う。



 2人がやって来たのは精霊屋敷。呼び鈴を鳴らせばクレアが顔を出した。

 本来なら皇族のアポ無し訪問は戸惑うだろうが、しょっ中来てるので慣れてしまった。


「殿下?お嬢様はお休みですが…」


「構わない。上がらせてもらうぞ」


 我が物顔で屋敷を歩く。遠慮なしにセレスタンの寝室へ、ハーヴェイには廊下で待つよう命じる。これは仮にもルシアンが、セレスタンの婚約者であるから許される事。

 精霊に囲まれて、くかー…とぐっすり眠るセレスタン。ルシアンはベッドに腰掛け、笑顔で彼女の頬を撫でる。


「こら、起こすんじゃないぞ」


「もちろん」


 セレネは「ならいい」と目を閉じる。



「…セレスティーヌ。其方の目に私が映ってなくても構わない。それでも、どうか…」


 ルシアンは細長い箱を取り出した。それを枕元に置き、セレスタンの額にキスをする。

 プレゼントの中身はネックレス。金色のチェーンにいくつもの宝石が散りばめられた逸品。

 その中でも一際輝きを放つのがパパラチアサファイア。とても希少な宝石で、これ程の大きさの物は市場にはほぼ出回っていないだろう。


「其方はきっと、どれだけ高価な宝も興味は無いだろうけど。

 どうか受け取ってほしい。そして…セレスティーヌに一番に贈り物をして、愛を捧げたのは私だ。それを忘れないで」


 返事など期待していない、一方的な告白だった。



 夕方に目を覚ましたセレスタンは、一目で分かる高価なネックレスに慄いた。


「ルシアンが置いてったぞ。…貰ってやるといいぞ」


「………そっか。うん、わかった」


 セレネも誰も、それ以上語らないけれど。それで十分だった。


 姿見の前に立ち、首に掛けてみる。綺麗…と小さく呟いた。

 いつかドレスを着る機会があったら…このネックレスをつけよう。その日を夢見て、宝石箱に大事に仕舞った。




 ※※※




「…おはよう、セレス」


「おはよ…ルシアン」


 ルシアンは今日も校門でセレスタンを待っていた。肩を並べて歩き、教室を目指す。


「……素敵なネックレス、ありがと。嬉しかった」


「…そっか、喜んでもらえてよかった」


「「……………」」


 それきり会話はなかったが、2人は満足げに笑う。



「「おはようございまーす♡」」


 教室でルシアンに近付く2人の女子。どちらも一般的に美しいと分類される顔立ちと、自信満々な笑顔だった。

 どうやらルシアンの『自分に近付く条件』が噂になっているらしく、『セレスタンより美しい!』と彼女達は自負しているようだ。


 だがルシアンは鼻で笑った。


「いやぁ、流石の私も女性の容姿を貶すなんてできん。セレスには遠く及ばぬとはいえ、お前達もそれなりに美しいのだろう」


 思いっきり貶している気がするが。女生徒は顔を引き攣らせて絶句する。

 

「ただ私にはその美しさを理解出来なくてな。困ったものだ…だから近寄らないでもらおうか?」


 ふう…と悩ましげに息を吐く。そこまで言われて令嬢達は、憤慨しながら離れた。



「今の子達、何か怒ってなかった?」


「さあ?」


 荷物を置いたセレスタンが入れ違いにやって来て、ルシアンはしれっと言い放つ。

 実際彼の目には、どの女性もセレスタン以外は同じにしか見えない。貴族令嬢も平民も老女も幼女も関係無いのだ。


「ふうん…?それより来週、剣術大会だね…」


 セレスタンは座りながら顔を曇らせた。

 痛々しい1年生の記憶。無理矢理エントリーさせられ、決勝で大怪我を負ったあの大会。今年は4年生になったので強制参加なのだ。

 ルシアンも前回の大怪我は客席から見ていたので、同じ事態にならないかと恐れ唇を結ぶ。


「………其方は棄権したらどうだ?」


「それも考えたけど。今も鍛錬は続けてるし…パパにいいとこ見せたいし…」


 折角なので、どこまで行けるか試したい。その気持ちもあって簡単に棄権はしたくないようだ。


「………」


 だ、が。誰よりもセレスタンの参加を苦々しく思う男がその会話を盗み聞きしていた。





 その日の剣術の授業にて。大会に向けていつもの木剣ではなく、刃を潰した剣を使う予定なのだが。


「ふんっ!!!」バギンッ!


「………」


「この剣は駄目だ、容易に折れる。次。

 そいっっっ!!!」ゴギィッ!


「……………」


「これも」


「いい加減にせんか!!」


 練習用の剣を折りまくっているのはジスラン。どれが一番頑丈で、セレスタンに持たせられるか厳選しているのだ。

 最終的にクザンに怒鳴られやめたが、諦めてはいない。


「セレス。お前は大会の間これを着ろ」


「………………」


 方向性を変えたジスラン。全身を覆うプレートアーマーを差し出してきた。

 律儀に兜まで被ると…重すぎて身動きが取れなくなってしまった。全身の筋力を使ってもガシャン!ガシャ…ン!と2歩でギブアップ。


「お…重いぃ…!!なんなのコレも作戦なの!?僕の強みのスピードが全然生きないんだけど!?」


「それなら絶対怪我しない!!」


「腕も上がんないんだよ!!こんなん判定負けだよ!!!」


 セレスタンは立ち上がれず、地面に伏せてブチ切れている。動けば鎧の下で「ハァ〜…ぜぇ…はぁ…」と呼吸を荒くして大量の汗をかく。


「こんのお馬鹿が…!!」


 防具の使用に規定は無いが、動きを鈍らせては元も子もない。

 どうしてもセレスタンに怪我をして欲しくないジスランは粘ったが、最終的にクザンの助言により胸当てのみ着用する事にした。



 鎧を脱ぎ捨てて、改めて剣を握る。誰に相手してもらおうか…と周囲を見渡す。

 出来れば自分と同程度の実力、なるべく上が好ましい。だがセレスタンを超える実力者は、ジスランと他数人しかいない。

 特に隣のクラスの男爵令息は合宿でも上級に選ばれる腕なのだが、セレスタンと接点が無い。なので声を掛けづらく、やはりジスラン…と彼を探す。


「…?いない。どこだよぅ…」


 しかし彼女に剣を向けたくないジスランは逃げ回っていた。



「なあ、事故を装って服破っちゃえば?」

「それより怪我させて、介抱装って連れ出したほうがよくね」

「え、お前らマジで男イケるの?」

「いやぁ、あそこまで綺麗なら性別関係なくない?おーいラサーニュ。俺が相手を…ごびっ」

「がふっ…」

「ぐえ」


「?今名前を呼ばれたような?誰もいない…」


 ただ逃げるだけでなく…セレスタンに下心を持って近寄る男をこっそり始末していたが。バジルも手伝い、彼女に近寄る者は誰もいなくなった。



「シャーリィ。俺が相手してもいいか?」


「パスカル様…」


「(む…パスカルならまあ、いいか…)」


 セレスタンは戸惑ったが、何せ相手がいなすぎて困っていたのも事実。

 お願いします、と礼をして距離を取る。



「ふっ!!」


「…!!は、速いな…!」


「はあっ!!」


 キィン!ガカン、ギン!!

 開始と同時に猛攻を仕掛けるセレスタン。パスカルは剣を嗜み程度しかやっていないので、すぐに耐え切れず剣を落とす。


「降参だ。すごいな…そんな細腕で」


「(…嫌味?くそう、剣術ダイエットしてやる…!)パスカル様、もう一度行きますよ!」


「え?あ、うん?」


 純粋な感想だったのに、未だにデブ扱いされてると勘違いしているセレスタン。毎朝サラシと格闘しているので、まだ痩せてない!と思い込んでいるのだ。


 結局ひたすらパスカルを相手して。汗をかき運動したことで、清々しい笑顔で終了するのであった。


「つ…つかれた…!!でもシャーリィと剣術…楽しかったな…」


 振り回されまくった憐れな男も、嬉しそうなのでまあいいだろう。




「パパァ〜、あっつい!」


「大丈夫か?ほら、ちゃんと汗拭け」


「濡れタオルちょーだい」


「はいはい」


 サラシまで汗で湿ってしまい気持ちが悪い。いっそ全部脱いでサッパリしたい!と彼女は言う。

 なのでオーバンは念入りに窓の鍵とカーテンを全て閉めて…と考え窓に向かった。



「「「「……………」」」」


 窓の外に…ジスラン、ルシアン、バジルがいた。


「ち…違う。俺は、覗きをする不審者がいないか確認を…」


「鏡見ろ!!!」


「…私は婚約者だ!何か不都合が!?」


「ど阿呆!!!」


 目を泳がせるジスランと、開き直るルシアンに拳骨を落とし。


「あの、僕は…お2人を止めようと…」


「おうとっとと連れてってくれ」


 まあ見れたらラッキーだな、と思ってはいたが言わない賢いバジル。彼に覗き魔2人を任せて、オーバンは大きな音を立てて窓を閉めた。



「…サイッテー」


 全て聴こえていたセレスタン。顔を真っ赤にして、ようやく服を脱ぎ始めるのであった。

 ルシアンとジスランは終日口を利いてもらえなかったのは、言うまでもない。



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