ハッピーエンドを迎えるために
同時刻、某所にて。
「……がふっ!?」
「また魔力が暴走しているぞ」
「はい…ごふっ」
座禅を組んでいたグラスは突如吐血した。その傍らに佇んでいるのはタオフィ。口元を拭うグラスを冷たい視線で射る。
「いい加減魔力の流れを完璧にコントロールしなさい。このままでは本当に、姫の誕生日に間に合わなくなる」
「…はい!!」
始まりは数週間前、セレスタンとグラスが別れた日。
「タオフィ様。どうかおれを魔法使いにしてください!!」
「…はいぃ?」
タオフィが過ごしていた客間にて、グラスは土下座で懇願した。
短い時間で皇族に並ぶ為…自分に出来るのは、魔法を習得する事しか無いと判断したのだ。
だがそれでも時間が足りない。誰か…他人の手助けが無ければ。
「いや…なんで此方に頼むんです?」
「貴方は魔法使いでしょう」
「………」
タオフィが細い目を開くと、グラスは金縛りに遭ったかのように硬直した。なんとか喉と口、舌を動かし言葉を発する。
「……ほら。おれの魔力を、より強い貴方の魔力で抑え込んで身体を動けなくした。これは、魔術ではない」
「…どこで気付いた?此方は魔塔でも正式に認められていない、はぐれなんだが?」
再び目を細めると、糸が切れた人形のように前のめりに倒れる。
これがタオフィの素なのだろうか、普段の快活さは鳴りを潜めている。
「いてて…貴方がシャルロット様を浮かせた、という話をバジルに聞いた時です。
魔術で飛行は自分にしか効果が及ばないし、物体浮遊はもっと雑だ。セレスの動きに合わせて精密に移動させるなんて、魔法でしかあり得ない。あの場に魔術師がいたら気付いたでしょう」
「現場の者達には殿下も含め、後から認識阻害の魔法を掛けておいたんだが?
「シャルロット嬢が浮かんでいる事を疑問に思わない」ように」
「バジルはそういった術に耐性があります。……世界最高クラスの暗殺者に鍛えられましたから。あいつにはそれ以上広めないよう言っておきました」
「…………チッ…」
タオフィは忌々しげに舌打ちした。ぬるかったか…と吐き捨てる。
ベッドに腰掛け、足を組んでグラスを睨む。
「此方は魔法使いとして生きたい訳ではない。
ただ好きな精霊について研究して、適度に働いて。静かに穏やかに、自由に暮らしたい。
そもそもお前は孤児なんだろう?どうして魔法の知識があるんだ」
「……おれは幼少期の記憶がありません。ただ最近…ふと思い出した事があるんです。
とある女性の声で…おれの頭を撫でながら、寝物語のように囁く言葉」
グラスは目を閉じて、一生懸命記憶を辿る。
『魔法というのは失われた技術。同時に私達の身近にあるのよ、自然そのものだから。
大気中に溢れる魔力を感じてごらん。風と共に世界を巡り、陽光と共に降り注ぎ、水と共に流れて、大地と共に私達を支えているの。
自然は時として私達の脅威になるけれど。何よりも欠かせないもの。わかるかしら、命』
「……あれは誰だったのか。
その記憶が蘇ってから、自分の魔力を感じるようになったんです。意識しなければ分からないけれど、今も手足の末端まで体内を巡っている」
「………」
「だけど…この先に進むには力が足りません。時間を掛ければ辿り着けるだろうが、それじゃ遅い!!魔塔に招かれる程の知名度も人脈も無いおれは、頼れるのは貴方しかいない。
他力本願と言われてもいい!お願いします!!おれは…セレスを諦めたくない!!
お礼も必ずします、すぐには無理かもしれないけど…金でも労働でも、おれに出来る事ならなんでもします!!」
「……………」
床に額を打ち、言葉を繰り返す。タオフィはその姿を見て…大きく息を吐いた。
「わあっ!?」
「出て行け。お前に関わっても、此方にはなんのメリットも無い」
魔法で窓を開けて、グラスの身体を外に放り投げる。そのまま遠くまで吹っ飛ばし、厳重に施錠してカーテンを閉めた。
それでもグラスは速攻で戻って来て窓を叩き、大声を出した。
「さっき!おれの感情をセレスに流したのも貴方でしょう!!貴方もセレスに苦しんで欲しくないんでしょう!?」
「…お前は言い訳する事を覚えろ」
「………そ、うぐ…」
彼が言い訳を好まないのは、嘘だと思われると考えているから。それは相手、セレスタンを信じていないという事だ。
「…それも反省点です。彼女ならおれを信じてくれるって…分かってるはずなのに…!」
「………帰れ」
「だああーーーっ!?」
「グラスー!!」
タオフィはもう一度、窓越しにグラスを飛ばした。慌ててラファエルが追い掛けて行く気配が…ようやく静かになった。
1人になったタオフィは考える。自分にグラスを指導する理由なんて無いけれど。
ふと、過去を垣間見てしまったセレスタンを思う。
「…此方は世話焼きな人間じゃない…」
タオフィの肉親は歳の離れた弟1人。弟が生まれてすぐ父親が死に、母親は子供達を残して失踪。
その時タオフィは10歳の子供だった。2人は孤児院に入るも、テノーの成人は15歳とグランツより早い。
タオフィは成人で孤児院を卒業する際…一緒に行く!!捨てないで、置いてかないで!!と泣き叫ぶ弟を連れて出た。
幼い弟を抱えて必死に生きる日々。仕事中は人を雇って面倒を見てもらい、自由な時間はほぼ無く。彼には桁外れの魔術の才能があった為、収入に苦労しなかったのは救いだろうか。
当時結婚を考えていた女性もいたが、「弟が成人するまで待って欲しい」と言えば…彼女は離れて行った。
その時点では優先順位は彼女より弟だったので追いはしなかった。弟が自立したら…彼女を第一に想い大切にしたかった。
それからは恋をしても、疑心暗鬼になってしまう。どうせこの人も、都合が悪くなったら自分を捨てるんだ、と。
今では弟も学校を卒業して、街の服屋で働いている。こうやって自分が不在にしていても、家をしっかり守ってくれている。
タオフィにとって大切なのは弟、次点で自分。その他の人間は皆…仕事で関わりがなければどうでもいい存在なのだ。
そんな自分達の暮らしに、セレスタンが重なって見えた。
彼女は貴族令嬢なのだが、様々な事情により険しい道を歩いてきた。その姿が…
誰にも頼れず、弱音を吐き出せず、最愛の弟すら疎ましく思ってしまった…過去の自分を連想させた。
「………………」
ベッドに横になり、頭まで布団を被る。
このままセレスタンとグラスが破局しようと、自分には全く関係ない。見返りや報酬も期待できそうにないし、別にいらない。
それでも……
翌日どうにも心の靄が晴れず、セレスタンに直接聞いてしまった。
「姫。貴女は…グラス君に迎えに来て欲しいですか?それとも殿下と添い遂げたいですか?」
セレスタンは戸惑いの後、正直に答えた。
ルシアンと結婚するのは嫌じゃないけれど、やはりグラスと一緒に生きたい…
背中越しで表情は見えなかったが、声色に涙が滲んでいるようだった。
つまり彼女はグラスを待っている。恐らくルシアンの決めた期限が無ければ、いつまでも。
「……………」
ふとタオフィの頭をよぎった、愛した女性。
もしもセレスタンのような女性だったら…弟の成人まで待ってくれたのだろうか。弟が風邪を引いてしまい、直前でデートに行けないと謝罪したら許してくれただろうか。
「…了解!きっと貴女のハッピーエンドを掴めますよ!」
気付けばそう口を突いて出てしまった。その足で皇宮を飛び出し、グラスの魔力を辿って神殿を訪ねた。
神官の制止を振り切りずんずん歩く。止まったのは神殿長の部屋…タオフィはノックをしてから開けた。
グラスは1人でも修行をする為、退職の旨を神殿長に伝えているところだった。
まあグラスを逃したくない神殿長は、引き留めようと必死なのだが。
「どーもー、失礼しまっす!此方はテノーの王宮魔術師タオフィと申しまーす」
「タ、タオフィ様…!?」
「……何か用が?」
彼はにこやかに挨拶をする。神殿長は闖入者に顔を顰めて、グラスは驚愕した。
「本日はこちらの神官に用がありまして!
グラス。一度でも弱音を吐いてみろ、その時点で見捨てるぞ」
「……!はい!!」
タオフィはグラスの頭を鷲掴みにして威圧した。グラスもその言葉だけで全て理解して、力強く返事をした。
ただし神殿長は違う。
「…話が見えないのだが」
「此方が彼を鍛えます。
神殿は辞めるな、貴重な実戦の機会を失うな。
これより1ヶ月は修行に専念するため休職しろ。それ以降は仕事と並行しろ。
ただし業務は半日のみ。その分討伐の報酬以外、給料は全て神殿に差し出せ。
猊下。この条件を飲んでいただけなければ、今すぐ退職させます」
「え、え?」
「よかろう」(即答)
「は?へ?」
グラス本人を差し置いて交渉成立。では早速、とタオフィは頭を掴んだまま引き摺って部屋を出る。
「ぬああっ!?」
「うるさい、言っておくが此方は優しくないぞ。
時間を短縮する為、かなり荒い方法を使う。死ぬかもしれないが耐えろ」
挨拶もせず神殿を出て、グラスを肩に担いで空を飛ぶ。
「タオフィ様。ど…どうして、気が変わったのですか?」
「…その呼び方をするな。此方のことは師匠と呼べ」
「はい、師匠!!」
「……まあいいか」
タオフィはグラスの問いには答えなかった。
「(…どうかしてる。此方が…
自分では成し得なかった未来を、他者に託そうとするなんて)」
ただただ、彼らのハッピーエンドが見たい。
彼を突き動かすには、その理由だけで充分だったのだ。
グラスの修行は至ってシンプル。
邪魔も入らない静かな山中に移動、集中出来る環境を作った。
まずタオフィが外側からグラスの魔力を刺激して、暴走させる。
「あ…あああ"あ"あ"あ"っ!!?」
直後大量の血を吐き、グラスは痙攣した。
臓腑を掻き乱されて、四肢を千切られているかのような衝撃。
「何してるんですか貴方は!?」
「邪魔をしないでくれ」
ラファエルを制し、暴れるグラスに触れる。今度はタオフィが直接グラスの魔力を制御した。
「あ…が、はぁ…っ、うえっ…!」
「今の抑える感覚を忘れるな。少し休んだらもう一度だ」
「……!」
「どうした、やめたくなったか?」
「っいいえ!!感覚は掴みました、次こそは!!」
「そうか。死ぬ気でやれよ」
その言葉通り、2回目でグラスは暴れる魔力を抑え込むことに成功。完璧ではなく手助けされたが、及第点だと言ってもらえた。
それからは同じことの繰り返し。
体内を循環する魔力の…流れを逆にしてみたり、緩急を変えてみたり、止めてみたり。
操作をしくじれば内臓を傷めて吐血する。それを癒やして再び…
タオフィは食料を調達したり、用事でいなくなったり、側にいない時もある。その間もグラスは修行を続けた。寝る時以外は常に魔力を動かすことを意識する。
それから数週間。
「もうこれ以上、ここで続ける意味は無い。明日から神殿に戻るぞ」
自然界と街中では大気中の魔力濃度が全く異なる。今は自然が手助けをしてくれていたから、コントロールもある程度可能になったにすぎない。
その為下山の準備を…と思っていたのだが。
「…その〜、グラス。さっきガブリエルから連絡があったのですが…」
「セレスに何かあったのか?」
ラファエルが遠慮がちに発言した。グラスの修行について、セレスタンには秘密にしている。ただ何かあったら精霊同士連絡を取り合っているのだ。タオフィも耳を傾けていると…
「んと…言いづらいのですが。
ルシアンが我が君に濃厚な口付けをした。と…
早くしないと子供が出来るわよ、だそうです」
「…………」
グラスは静かに燃えて、タオフィは両手で口元を押さえて身体を震わせる。
「あの野郎…!!1回じゃ済まさねえ、3回ぶん殴ってやる…!」
新しい目標も追加され、グラスは今日も修行に励むのだ。
タオフィは本編でお宝貰ってたけど。アレが無くても似たような事はできる。ただ渡した本人もそこまで見抜けなかっただけ。




