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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
94/102

ハッピーエンドを迎えるために



 同時刻、某所にて。



「……がふっ!?」


「また魔力が暴走しているぞ」


「はい…ごふっ」


 座禅を組んでいたグラスは突如吐血した。その傍らに佇んでいるのはタオフィ。口元を拭うグラスを冷たい視線で射る。


「いい加減魔力の流れを完璧にコントロールしなさい。このままでは本当に、姫の誕生日に間に合わなくなる」


「…はい!!」




 始まりは数週間前、セレスタンとグラスが別れた日。


「タオフィ様。どうかおれを魔法使いにしてください!!」


「…はいぃ?」


 タオフィが過ごしていた客間にて、グラスは土下座で懇願した。

 短い時間で皇族に並ぶ為…自分に出来るのは、魔法を習得する事しか無いと判断したのだ。

 だがそれでも時間が足りない。誰か…他人の手助けが無ければ。


「いや…なんで此方に頼むんです?」


「貴方は魔法使いでしょう」


「………」


 タオフィが細い目を開くと、グラスは金縛りに遭ったかのように硬直した。なんとか喉と口、舌を動かし言葉を発する。


「……ほら。おれの魔力を、より強い貴方の魔力で抑え込んで身体を動けなくした。これは、魔術ではない」


「…どこで気付いた?此方は魔塔でも正式に認められていない、はぐれなんだが?」


 再び目を細めると、糸が切れた人形のように前のめりに倒れる。

 これがタオフィの素なのだろうか、普段の快活さは鳴りを潜めている。


「いてて…貴方がシャルロット様を浮かせた、という話をバジルに聞いた時です。

 魔術で飛行は自分にしか効果が及ばないし、物体浮遊はもっと雑だ。セレスの動きに合わせて精密に移動させるなんて、魔法でしかあり得ない。あの場に魔術師がいたら気付いたでしょう」


「現場の者達には殿下も含め、後から認識阻害の魔法を掛けておいたんだが?

「シャルロット嬢が浮かんでいる事を疑問に思わない」ように」


「バジルはそういった術に耐性があります。……世界最高クラスの暗殺者に鍛えられましたから。あいつにはそれ以上広めないよう言っておきました」


「…………チッ…」


 タオフィは忌々しげに舌打ちした。ぬるかったか…と吐き捨てる。

 ベッドに腰掛け、足を組んでグラスを睨む。



「此方は魔法使いとして生きたい訳ではない。

 ただ好きな精霊について研究して、適度に働いて。静かに穏やかに、自由に暮らしたい。

 そもそもお前は孤児なんだろう?どうして魔法の知識があるんだ」


「……おれは幼少期の記憶がありません。ただ最近…ふと思い出した事があるんです。

 とある女性の声で…おれの頭を撫でながら、寝物語のように囁く言葉」


 グラスは目を閉じて、一生懸命記憶を辿る。



『魔法というのは失われた技術。同時に私達の身近にあるのよ、自然そのものだから。

 大気中に溢れる魔力を感じてごらん。風と共に世界を巡り、陽光と共に降り注ぎ、水と共に流れて、大地と共に私達を支えているの。

 自然は時として私達の脅威になるけれど。何よりも欠かせないもの。わかるかしら、命』



「……あれは誰だったのか。

 その記憶が蘇ってから、自分の魔力を感じるようになったんです。意識しなければ分からないけれど、今も手足の末端まで体内を巡っている」


「………」


「だけど…この先に進むには力が足りません。時間を掛ければ辿り着けるだろうが、それじゃ遅い!!魔塔に招かれる程の知名度も人脈も無いおれは、頼れるのは貴方しかいない。

 他力本願と言われてもいい!お願いします!!おれは…セレスを諦めたくない!!

 お礼も必ずします、すぐには無理かもしれないけど…金でも労働でも、おれに出来る事ならなんでもします!!」


「……………」


 床に額を打ち、言葉を繰り返す。タオフィはその姿を見て…大きく息を吐いた。



「わあっ!?」


「出て行け。お前に関わっても、此方にはなんのメリットも無い」


 魔法で窓を開けて、グラスの身体を外に放り投げる。そのまま遠くまで吹っ飛ばし、厳重に施錠してカーテンを閉めた。

 それでもグラスは速攻で戻って来て窓を叩き、大声を出した。


「さっき!おれの感情をセレスに流したのも貴方でしょう!!貴方もセレスに苦しんで欲しくないんでしょう!?」


「…お前は言い訳する事を覚えろ」


「………そ、うぐ…」


 彼が言い訳を好まないのは、嘘だと思われると考えているから。それは相手、セレスタンを信じていないという事だ。


「…それも反省点です。彼女ならおれを信じてくれるって…分かってるはずなのに…!」


「………帰れ」


「だああーーーっ!?」


「グラスー!!」


 タオフィはもう一度、窓越しにグラスを飛ばした。慌ててラファエルが追い掛けて行く気配が…ようやく静かになった。




 1人になったタオフィは考える。自分にグラスを指導する理由なんて無いけれど。

 ふと、過去を垣間見てしまったセレスタンを思う。


「…此方は世話焼きな人間じゃない…」



 タオフィの肉親は歳の離れた弟1人。弟が生まれてすぐ父親が死に、母親は子供達を残して失踪。

 その時タオフィは10歳の子供だった。2人は孤児院に入るも、テノーの成人は15歳とグランツより早い。

 タオフィは成人で孤児院を卒業する際…一緒に行く!!捨てないで、置いてかないで!!と泣き叫ぶ弟を連れて出た。


 幼い弟を抱えて必死に生きる日々。仕事中は人を雇って面倒を見てもらい、自由な時間はほぼ無く。彼には桁外れの魔術の才能があった為、収入に苦労しなかったのは救いだろうか。


 当時結婚を考えていた女性もいたが、「弟が成人するまで待って欲しい」と言えば…彼女は離れて行った。

 その時点では優先順位は彼女より弟だったので追いはしなかった。弟が自立したら…彼女を第一に想い大切にしたかった。

 それからは恋をしても、疑心暗鬼になってしまう。どうせこの人も、都合が悪くなったら自分を捨てるんだ、と。



 今では弟も学校を卒業して、街の服屋で働いている。こうやって自分が不在にしていても、家をしっかり守ってくれている。

 タオフィにとって大切なのは弟、次点で自分。その他の人間は皆…仕事で関わりがなければどうでもいい存在なのだ。

 


 そんな自分達の暮らしに、セレスタンが重なって見えた。

 彼女は貴族令嬢なのだが、様々な事情により険しい道を歩いてきた。その姿が…


 誰にも頼れず、弱音を吐き出せず、最愛の弟すら疎ましく思ってしまった…過去の自分を連想させた。



「………………」



 ベッドに横になり、頭まで布団を被る。

 このままセレスタンとグラスが破局しようと、自分には全く関係ない。見返りや報酬も期待できそうにないし、別にいらない。


 それでも……




 翌日どうにも心の靄が晴れず、セレスタンに直接聞いてしまった。


「姫。貴女は…グラス君に迎えに来て欲しいですか?それとも殿下と添い遂げたいですか?」


 セレスタンは戸惑いの後、正直に答えた。

 ルシアンと結婚するのは嫌じゃないけれど、やはりグラスと一緒に生きたい…

 背中越しで表情は見えなかったが、声色に涙が滲んでいるようだった。


 つまり彼女はグラスを待っている。恐らくルシアンの決めた期限が無ければ、いつまでも。


「……………」


 ふとタオフィの頭をよぎった、愛した女性。

 もしもセレスタンのような女性だったら…弟の成人まで待ってくれたのだろうか。弟が風邪を引いてしまい、直前でデートに行けないと謝罪したら許してくれただろうか。



「…了解!きっと貴女のハッピーエンドを掴めますよ!」


 気付けばそう口を突いて出てしまった。その足で皇宮を飛び出し、グラスの魔力を辿って神殿を訪ねた。


 神官の制止を振り切りずんずん歩く。止まったのは神殿長の部屋…タオフィはノックをしてから開けた。

 グラスは1人でも修行をする為、退職の旨を神殿長に伝えているところだった。

 まあグラスを逃したくない神殿長は、引き留めようと必死なのだが。



「どーもー、失礼しまっす!此方はテノーの王宮魔術師タオフィと申しまーす」


「タ、タオフィ様…!?」


「……何か用が?」


 彼はにこやかに挨拶をする。神殿長は闖入者に顔を顰めて、グラスは驚愕した。


「本日はこちらの神官に用がありまして!

 グラス。一度でも弱音を吐いてみろ、その時点で見捨てるぞ」


「……!はい!!」


 タオフィはグラスの頭を鷲掴みにして威圧した。グラスもその言葉だけで全て理解して、力強く返事をした。

 ただし神殿長は違う。


「…話が見えないのだが」


「此方が彼を鍛えます。

 神殿は辞めるな、貴重な実戦の機会を失うな。

 これより1ヶ月は修行に専念するため休職しろ。それ以降は仕事と並行しろ。

 ただし業務は半日のみ。その分討伐の報酬以外、給料は全て神殿に差し出せ。

 猊下。この条件を飲んでいただけなければ、今すぐ退職させます」


「え、え?」


「よかろう」(即答)


「は?へ?」


 グラス本人を差し置いて交渉成立。では早速、とタオフィは頭を掴んだまま引き摺って部屋を出る。


「ぬああっ!?」


「うるさい、言っておくが此方は優しくないぞ。

 時間を短縮する為、かなり荒い方法を使う。死ぬかもしれないが耐えろ」


 挨拶もせず神殿を出て、グラスを肩に担いで空を飛ぶ。



「タオフィ様。ど…どうして、気が変わったのですか?」


「…その呼び方をするな。此方のことは師匠と呼べ」


「はい、師匠(せんせい)!!」


「……まあいいか」


 タオフィはグラスの問いには答えなかった。



「(…どうかしてる。此方が…

 自分では成し得なかった未来を、他者に託そうとするなんて)」



 ただただ、彼らのハッピーエンドが見たい。

 彼を突き動かすには、その理由だけで充分だったのだ。




 グラスの修行は至ってシンプル。

 邪魔も入らない静かな山中に移動、集中出来る環境を作った。

 まずタオフィが外側からグラスの魔力を刺激して、暴走させる。


「あ…あああ"あ"あ"あ"っ!!?」


 直後大量の血を吐き、グラスは痙攣した。

 臓腑を掻き乱されて、四肢を千切られているかのような衝撃。


「何してるんですか貴方は!?」


「邪魔をしないでくれ」


 ラファエルを制し、暴れるグラスに触れる。今度はタオフィが直接グラスの魔力を制御した。



「あ…が、はぁ…っ、うえっ…!」


「今の抑える感覚を忘れるな。少し休んだらもう一度だ」


「……!」


「どうした、やめたくなったか?」


「っいいえ!!感覚は掴みました、次こそは!!」


「そうか。死ぬ気でやれよ」


 その言葉通り、2回目でグラスは暴れる魔力を抑え込むことに成功。完璧ではなく手助けされたが、及第点だと言ってもらえた。



 それからは同じことの繰り返し。

 体内を循環する魔力の…流れを逆にしてみたり、緩急を変えてみたり、止めてみたり。

 操作をしくじれば内臓を傷めて吐血する。それを癒やして再び…


 タオフィは食料を調達したり、用事でいなくなったり、側にいない時もある。その間もグラスは修行を続けた。寝る時以外は常に魔力を動かすことを意識する。




 それから数週間。


「もうこれ以上、ここで続ける意味は無い。明日から神殿に戻るぞ」


 自然界と街中では大気中の魔力濃度が全く異なる。今は自然が手助けをしてくれていたから、コントロールもある程度可能になったにすぎない。

 その為下山の準備を…と思っていたのだが。



「…その〜、グラス。さっきガブリエルから連絡があったのですが…」


「セレスに何かあったのか?」


 ラファエルが遠慮がちに発言した。グラスの修行について、セレスタンには秘密にしている。ただ何かあったら精霊同士連絡を取り合っているのだ。タオフィも耳を傾けていると…



「んと…言いづらいのですが。

 ルシアンが我が君に濃厚な口付けをした。と…

 早くしないと子供が出来るわよ、だそうです」


「…………」


 グラスは静かに燃えて、タオフィは両手で口元を押さえて身体を震わせる。



「あの野郎…!!1回じゃ済まさねえ、3回ぶん殴ってやる…!」


 新しい目標も追加され、グラスは今日も修行に励むのだ。


タオフィは本編でお宝貰ってたけど。アレが無くても似たような事はできる。ただ渡した本人もそこまで見抜けなかっただけ。

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