「王子様にいいカッコさせてよ。ね…?」
週明け、魔術の授業にて。各自宿題を提出し…実技として上級精霊の召喚を試みる。
「万が一にも契約する気のない方は、陣の提出のみで構いません。精霊に失礼ですからね」
クレールはそう言うが、生徒のほぼ全員が召喚を選んだ。
だが成功者は現れない。ちなみにセレスタンは最後に回された。
失敗例として、陣が光るだけなのは精霊が拒否しているから。大体この反応となる。
無反応なのは描き損じか、他人が描いたから。魔法陣は術者が手ずから作成せねば意味が無い。
「…おっ?」
半数が終わり、ついに成功者が現れた。見学の生徒もおおっ!と声を上げる。
「グリフォン、風の精霊ね」
グリフォンは鷲の上半身に獅子の下半身を持つ精霊。召喚者…パスカルの前をパタパタと飛んでいる。
パスカルが手を出せば、その上にちょこんと座った。彼らは目を合わせ「これからよろしく」と挨拶を交わす。
「マクロン君、名前を付けてあげて」
「名前か……ちょっと考えます…」
グリフォンは急げよ、と言わんばかりに彼の頬を蹴飛ばした。
数人置いてまた成功者が。今度はエリゼで、彼の肩に顔の上半分を仮面で隠している少年が佇んでいる。手足に炎を纏う、火の精霊イフリート。
「よし、お前はイグニスだ。今日からよろしくな」
こくり、と頷いた。セレスタンはどちらの精霊も気になって仕方がない。
「(か、可愛いい〜!グリフォンにイフリートか…うちのファイとフーゴと仲良くなれるかなあ…?)」
話し掛けたい、だが彼らは妹の友人…特にパスカルは親しい訳でもない。
残念だけど諦めよう…とため息をついた。
授業は終盤、ようやくセレスタンの番である。シャルロットはお兄様頑張ってー♡と心の中でうちわを振りながら応援している。
「(さて…いっくぞー!)」
教室の前方、広さを確保した空間に魔法陣を持って立つ。注目を浴びるセレスタンは、緊張しながら魔力を流した。
「闇の精霊さん!僕達とお友達になってください!」
彼女の言葉と同時に、陣がカッ!!と輝く。
皆で話し合った結果…今回は闇を仲間にするようだ。
光が収まると…陣の上に。頭に大きな角を持つ異形で、身体は人間の男性の悪魔がいた。
生徒達はざわつき、貴重な悪魔を一目見ようと身を乗り出す。
「おお…悪魔さん?」
こくり。
「えっと…僕と契約してくれる?」
こくり。
「わあい!名前も考えておいたんだ。この中から選んでね」
ずらりと5枚の紙を見せる。悪魔が選んだのは…
「ディートリーだね。よろしく!」
'了解した。主より賜りし名をディートリー、思う存分我が力を振る舞うとよろしい'
「そこまで畏まらなくても…」
お堅い印象のディートリーだが、無事に契約まで完了した。精霊同士交流を…と思っていたら、セレネがディートリーを連れて消えてしまった。
数分で戻って来たのだが、その時には。
「……………」
「如何した、我が君」
「いんや…」
彼は身長2m程に成長していた。更に通常形態では存在しなかった、蝙蝠のような翼まで生えている。
「セレスタンの精霊は特別な力を持っている」と噂程度には囁かれていたが、この変化には誰もが驚きを隠せない。
そういった全てをまあいっか!と気にしない事にして。今日は歓迎会だー!と皆で盛り上がった。
「(ふむ…3人も成功者が出るなんて、今年は本当に逸材揃いね…)」
この授業は成功者が0な事が多い。クレールは各々交流する精霊と生徒を見て満足げに頷いた。
「ところで、僕が案を出した名前は駄目でしたかね?」
「………」スッと顔を逸らす
それはディートリーが真っ先に「ないわー」と弾いた名前でした。
※※※
「……ん?」
放課後。セレスタンは医務室に遊びに行こうと廊下を歩いていた。ルシアンは用事があるようで1人。そこへ…精霊グリフォンが飛んで来た。
しかし肝心の契約者は見当たらない。どうしたもんか、と困ってしまった。
折角なので、頭を指で撫でてみる。するとグリフォンは気持ちよさそうに目を細めた。
「む。シャーリィに撫でてもらうなんて!」
「こらセレネ、怒らないの」
「グリフォンですか、自分も風仲間です〜」
彼女の精霊達もすぐに打ち解け、聞こえないがグリフォンも会話を楽しんでいるようだ。
「あっ、いた。全く、探したぞー」
すると廊下の角からひょこっとパスカル登場。どことなく棒読みな気がするが、如何だろうか。
「マクロン様…」
「ラサ…あ、えっと。今はゲルシェ、だろうか?」
「はい。でもラサーニュで構いません」
「そ……の…名前で、呼んでもいいか?」
セレスタンはグリフォンを返しながら、僕の名前ですか?と目を丸くした。
「いいです、けど…」
「そっか!ありがとうセレスタン、俺の事も名前で呼んでくれ」
「…(まあ、普段呼ぶ機会もないだろうし…)パスカル様?」
パスカルは超笑顔だ。本当は呼び捨てにして欲しいな…と思いつつも今は引き下がる。
「そうだ、この子はリオグルと名付けた。よければ君の精霊達と友人になってもらえないか?」
「は、はい…喜んで。皆も嬉しそうです」
パアアー!と笑顔が弾けるパスカル。その言葉の裏には「契約者同士は他人ですよ」が含まれているのだが。
なんか変な人だな…とセレスタンは訝しむ。パスカルは「じゃあまた!」と颯爽と廊下を歩いて行った。
「なんなのあの人…?」
「(馬鹿かあいつは…)」
セレネを始めとして、精霊達は皆呆れたような表情。
「よっし!!リオグル、また頼むぞ!」
'なんなんこの人間。変なのと契約してしまった'
パスカルは精霊をダシに、セレスタンに近付く気満々なのであった。
彼女にはこれまで散々逃げられているので…今度こそ確実に!と拳を握る。
※※※
とある日、セレスタンは体操着に着替えようとしていた。いつも通りトイレに…自然にジスランが後を追う。
「セレス、セレス」
「ん…?」
どこからか呼ぶ声が。声の主はオーバンで、遠くからセレスタンに向かって手招きをしている。
近付く2人。お前は来んな!とジスランは追い返して医務室へ向かう。
「なーに、パパ」
「お前今日からここで着替えろ。俺は外で待ってるから」
「へ…?あ、うん」
彼はそう言って本当に出て行ってしまった。戸惑ったが…確かにこっちのほうが広くて快適だ。お言葉に甘えてさっさと服を脱ぐ。
「終わったよ。…廊下で待ってなくても、カーテンあるんだからいいのに」
「よくないわ。俺がいない時は鍵閉めろよ、でも誰か生徒がいたら諦めてくれ。
着替えはこの箱に入れるように。魔術が掛かってるから、お前と俺の手でしか開けられん」
オーバンはセレスタンの頭をくしゃりと撫でる。
この後は体術の授業だ。無闇に身体に触ろうとする奴に気を付けろ!と彼は強く念を押して娘を送り出す。
その懸念は的中し…
「セレス。その…俺と組まないか?」
「………………」
ジスランが控えめに誘う。セレスタンは渋い表情で断った。
絶望し項垂れるジスランを放置、ルシアンを誘う。彼は「私は弱いし…」と躊躇う。
「其方とは実力差がありすぎて、鍛錬にならないと思うが」
「む…」
それは言えている。セレスタンは幼少期から剣に加えて体術も嗜んできた。丸腰の時にも戦えるよう…カリエの提案で。
相手を倒す為の戦法と、隙を作って逃げる戦法と様々。
「僕ってば的確に急所を狙えるように特訓したもんね!」
シュッシュッ!と笑顔で足を振り上げる。男達は顔面蒼白の内股になって距離を取った。こっそり近付いていたパスカル含む。
本来ならばバジルに相手を頼みたい。だが4年生になってからは公の場では距離を置いているし、見学しようかな…とルシアンと並んで腰掛けた。
バジルとジスランが組み手をして、エリゼがサボって。そんな光景をぼやっと眺める。
「……私は情けないな」
不意にルシアンが小声で呟いた。
「女性の其方の足元にも及ばない。愛しているとか吐かしておいて、守ることも出来ない…」
膝を抱えて憎々しげに吐き出す。セレスタンはそっと肩を寄せた。
「…ルシアンは強くなくていいの」
「……よくない…」
男としてのプライドもあり、剣以外も今からでも鍛えよう…!と決意を新たにする。
だがセレスタンは、微笑んでルシアンの頭を撫でた。
「いいの。だって…君は僕のお姫様だもの」
「は…?」
「王子様にいいカッコさせてよ。ね…?」
目を丸くするルシアン。彼の頬に指を添えて、妖艶に笑うセレスタン。その瞬間男のプライドとかそういったものは全て弾け飛び…
「好きっっっ!!!」
と胸を押さえて叫んだ。
やり取りを見ていた生徒達も、顔を赤らめてときめくのであった。
※※※
昼間のルシアン可愛かったな〜とニヤニヤしながら、セレスタンは図書館塔に向かう。
中に入れば、すっかり顔馴染みになった司書に声を掛けられた。
「ラサーニュ君。新しい箏の本が入りましたよ」
「箏…?」
そういえば…と思い至る。箏やオオマキラ大陸に関する本を沢山借りていたら、好きなの?と司書に訊ねられた事があったなと。
勉強の為ではあるが嫌いでもないし、肯定の返事をしておいた。それから関連本をお勧めしてくれるようになったのだ。
今日も司書に言われた本を手に、他にも探してきます〜と階段を上がる。
椅子に座り深呼吸…本を撫でた。
「………………」
元々箏に関して勉強していたのは…グラスと共に旅に出る為だった。
彼と別れ、ルシアンと婚約している今。この本を読む意味はあるのだろうか…と眉間に皺を寄せる。
いいや、まだ諦めてはいないけれど。グラスに心を寄せたまま他の男性と婚約とは…不誠実ではないか?と唇を結んだ。
しかもセレスタンは、未だルシアンに明確な返事をしていない。いつの間にか婚約していたから…従っているだけ。
何が正解なのかわからない。貴族である以上、政略結婚だって当然だ。その相手がルシアンであるだけ、彼女は幸福なのだろう。
思考を切り替えて、翻訳されていない箏の本を開く。平仮名と片仮名は読めるが、漢字が難しい。
「…?えーと…ソウ、の…おうぞく?」
辞書を片手に読み進める。そこには箏の王室に伝わる、由緒正しい名前について書かれていた。
「んと…『イノチ』って読むのかな?意味は生命…変なの。他にも…ショウ?ナ?キ…ハナ?」
駄目だあ〜!と本を閉じる。いつもならばグラスに読んでもらうのだが…彼はもういない。
諦めて本を閉じ、背もたれに体重を掛けて天井を見上げる。視線が移る途中…気になる本があったような?
「…!!こ、これは!!」
セレスタンは本棚まで近付き手に取って、目を輝かせた。
※
人気の無い図書館塔、階段を上がってくる者がいる。
その生徒…パスカルはセレスタンの姿を見て、心臓を跳ねさせた。
「(セレスタン…!何を読んでいるんだろう…?)」
咄嗟に隠れるも、彼女は本に気を取られて気付いていない。
パスカルはそっと階段を上りきり…同じ階層に移動して…サササッと後ろに回った。
それでもセレスタンは気付かない。とても真剣な表情でページを捲っている。
精霊は気付いているけれど、セレネが何も言わないので動かない。パスカルがそろっと背後から覗き込むと。
セレスタンの傍ら、テーブルの上に。『毎日5分の習慣で痩せやすい身体を作る』『リバウンドしない減量方法』『理想的な食生活』といった本が積み重なっている。
そして真剣に読んでいるのは…『ダイエットには有酸素運動!』と書かれていた。
「………ぶふっ!」
「っ!!?」
思わず吹き出すパスカル。セレスタンは驚き本を落としてしまった。
バッ!と後ろを振り返ると、超至近距離にパスカルの整った顔があった。
「え、なな何っ!?」
「あ…ごめん、驚かせるつもりは…」
顔を真っ赤にして即座に後退り、椅子から転げ落ちた。
「大丈夫か!?」
「いてて…なんとか…」
「(手ちっさ!?)」
パスカルも慌てて手を差し伸べる。それを取り立ち上がるも、混乱状態から抜け出せない。
彼の視線を辿ると…熱心に読んでいたダイエットに関する本が。
「!(見られた…!?)」
本を纏めて背中に隠し、パスカルをキッと見上げた。まさかさっき笑ったのは…!と考える。
単にパスカルは「こんなに痩せてるのに、ダイエットなんて必要無いだろう。可愛いなあ」と思っただけ。
だがセレスタンは…「ぶふっ。ダイエットとか、無駄な努力ご苦労さん(笑)」と受け取った。
「(なんか…怒ってる…?)」
「……デブで悪かったですね…」
「何が!?俺はそんなこと…」
「ふんだ!!」
「えーーー!?」
勘違いしたまま、セレスタンは本を元に戻す。その後ろで狼狽えるパスカルなどお構いなし、荷物を持って階段を下りる。
「待ってくれ!何か勘違いしてないか!?」
「してません!!」
パスカルは困り顔で必死にご機嫌を取ろうとするが、取り付く島もなく大股で歩く。
「(いい人だと思ってたのに!!なんだよう、馬鹿にして!!)」
していないが。傷心中の彼女は、些細な事もマイナスに捉えてしまうようだ。
「待って…!シャーリィ!!」
「!?なんで…その名前…?」
塔を出て、校門が見えてきたところで2人は止まった。
シャーリィという名前は…アイシャと、セレネしか知らないはず。いや…セレネが普段からそう呼ぶから、知っていてもおかしくない。
だがやはり不快だ。セレスタンにとって、大切な名前だから。
「…やめてください。僕をそう呼んでいいのはセレネと…お母さんだけです」
「……!」
彼に背を向けて再び歩き始める。もうどんな言葉も聞く気は無かったが…
「…10年前の、夏に!!」
考えるより先に足が止まった。パスカルが普段とは違い、切羽詰まった声で語り掛けていた。
「ラサーニュ領で!!その…セレネと出会った時!もう1人、子供がいたのを覚えていないか…!?」
「……………え」
セレスタンが振り返ると、彼は頬を染めて眉間に皺を寄せていた。
その時彼女の脳裏に、剣術合宿での会話が浮かんだ。
『なあシャーリィ。セレネと初めて会った時…もう1人子供がいたよな?』
『へ?うん。男の子だよね…?花をくれた…』
『そうだぞ。そいつの名前も…思い出せないか?』
『う〜ん…?えと……
駄目だあ、顔も名前も思い出せないよう。なんか中性的な名前だったような…』
涙を流す自分を優しく抱き締めてくれた…青い髪の男の子。
「……パス、カル…?」
セレスタンが呆然と名前を呼ぶ。パスカルは顔を綻ばせて、セレネも深く頷いた。
セレスタンの精霊は常に全員いる訳ではない。
外出時はセレネ&ファイは必ず同行。それ以外は1〜2体が付いてくる。留守番組は精霊屋敷か精霊界で気ままに過ごすが、呼ばれれば即座にやって来る。




