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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
91/102

「まって、落ち着きましょう!?」



 セレスタンは抵抗する前に、テランスに抱っこされ強制連行。エリゼが申し訳なさそうに眉を下げているのが新鮮で、まあいいか…と諦める。


「はっはっはっ、君は軽いなあ!!エリゼの半分しか無いのでは!!?」


「いえまさか」


 滅茶苦茶至近距離で鼓膜を刺激され、全力で耳を塞ぐ。


 魔術師団総本部の応接間に通され。セレスタンの隣にエリゼが座り、向かいにタオフィ。上座にテランスがいるが…もう1人来るので待って欲しい、と話が始まらない。

 壁には副団長やアイザック、魔術師が数人。よく見れば団長クラスが勢揃いしていた。


 やや気圧されてチビチビと紅茶を飲む。早く話して帰りたい…と切に願うセレスタン。



「お待たせしましたー!まだ始まってませんねっ!?」


 そこへ誰かがノックもせず扉を開けた。

 肩で息をし頬を赤らめ、大量の汗をかいている女性。やたらと大きいモノクルが特徴的な、20歳前後に見える人だ。


「はあ、はあ…!お初にお目にかかります、アナタがセレスタン君ですね?そしてそちらの毛玉様がフェンリル様…お会いできて光栄でございます。

 ワタクシはドルテカルナ=ハスミン=オルディアレスと申します。以後お見知り置きを!」


「ド、ルナ…?えっと、セレスタン・ゲルシェです」


「ドリー、もしくはカルナとお呼びくださいませ。ワタクシは国際精霊研究会会長を務めております」


 ドルテカルナは右手を胸に当て、左手でローブをつまみ軽く膝を曲げて礼を執る。

 聞き覚えのない組織に、セレスタンはエリゼをちらっと見た。彼は咳払いをしてから口を開いた。


「そのままの意味で、世界中から精霊研究を生き甲斐にしている(ともがら)が集まる組織だ。本部はフィーレル大陸にある共和国、メルウィトだったか」


「はいそうです、ワタクシもメルウィト人です。かの大賢者クランギルの生国でもあります」



 大賢者クランギル。……って誰だっけ?とセレスタンは内心首を捻った。

 まあ大が付く賢者なんだから、とにかく偉くて賢い人なんだろう。そう納得する事にした。


 ドルテカルナはタオフィの隣に座る。そして…部屋の空気が変わった。



「こほん。まずビジネスのお話から致しましょう。

 これより大変貴重な精霊に関する情報を教えていただけると聞き及んでおります。それにより研究は大幅に飛躍し、業界に大きく影響を与えるでしょう。

 論文、学会での発表、精霊図鑑の更新…忙しくなりますね!そして研究会よりお支払いする報酬が、これ程を想定しておりますが…」


「どれどれ…ぼひゅっ!!?」


 ス…と差し出された小切手には……白金貨300枚と書かれていたのである。とてつもない大金にセレスタンは思考停止する。

 だがその反応に、ドルテカルナは逆方向の考えに至った。


「す、すみません!少なかったですよね、では…」


「あーーー!!?まって、落ち着きましょう!?」


 ドルテカルナは小切手を刻み、新たに取り出しペンを走らせる。そこには白金貨500枚と書かれていた。



「……………」


「む。シャーリィ、この金額でいいのか?」


「いい、よ……セレネ、もう限界まで教えてあげて…」


「わかったぞ!」


 また何か言ったら金額が跳ね上がりそう。そう危惧して受け入れる事にした。

 これにより情報の権利は研究会が所持することとなり、そこから世界中に発信していくのだ。


 こうしてセレネ先生による精霊講座が開始された。ただしテランスはやかましいので聴く専門である。



 ※



 セレネは子犬のままテーブルの真ん中を陣取り、尻尾を揺らす。

 書記官のようにペンを構える者、録音や録画の魔道具を持つ者が気合を入れる。



「人間共、好きに発言せよ。今日だけ特別に答えてやるぞ」


「では早速、此方からよろしいですか?」


「おう」


「最上級精霊についてお聞きしたく存じます!無属性は女神クロノスとのことですが…」


「クロノスは半神半精霊だぞ」


「では、闇は?」


「さっきも言ったが死神だ。ただ奴は人間界に顕現しては、その土地を死の領域に変換してしまう。だから姿は見せないが、人型のオスだ」


「オス…他の最上級精霊の性別をお聞きしても?」


「クロノス、ベヒモス、ドライアドがメス。他はオスだ。ああ、でも性別は世代によって変わるから知っても意味ないぞ」


 世代…?と、ドルテカルナが食い付いた。


「最上級精霊は創世…原初より存在する。だが数十億年の間に世代交代を繰り返しているんだぞ」


「へー…どうやって?」


「それはだな、今生きている奴から選ばれるんだぞ!」


 セレスタンの問いには元気よく答える。

 最上級精霊とは…フェンリルは犬。エンシェントドラゴンは蜥蜴。ベヒモスは河馬。リヴァイアサンは鰐。ドライアドは樹。死神は人間から次が選ばれる。ただしフェニックスとクロノスは原初より君臨し続けているので不明。


「フェニックスは多分鳥、クロノスは…神々かもな」


「あ…もしやドライアドが最も冷酷だと言われているのは?」


「元が感情の無い植物だからだな、命を軽視している節はある。選ばれる基準も奴だけ異なって、『信仰されている樹』なんだぞ。

 セレネも生前はただの野良犬だったんだ。ちなみに先代はメスだぞ」


「野良犬…?君が?選ばれる基準って何?」


 傍聴者は一言一句聞き漏らさん!と言わんばかりに、一歩踏み出し耳を澄ませる。



「ん〜…当代精霊の好みもあるが…大前提として、「何かに対して強い恨みや怒りの感情を持っていないこと」。それでいて「死にたくないと心より願う者」だぞ」


「……死にたくない理由が、復讐とか怨恨じゃ駄目なのね。その…セレネの話を聞いてもいい?」


 セレスタンは控えめに訊ねる。セレネはぴょんっと肩に乗り、シャーリィにならいくらでも!と頬にキスをした。



「今から1500年くらい前かな。国は知らないけど…わたしは親に捨てられた子犬だった。弱い子供は突き放す、自然の流れだな。

 それでもわたしは生きたかった。他の動物に襲われても、食べる物が無くても、明日を迎えたくて必死だった。

 飢えで死に掛けた頃…1人の少年に出会った。その子はわたしを優しく抱っこして、食べ物を持って来てくれた」


 それからの日々は幸福だった。少年は「家では飼えないんだ、ごめんな」と子犬をこっそり山で飼うことにした。

 自分の食事を分けてくれて、一緒に遊んで。だが幸せな時間は長く続かなかった。



「その日はいつもと雰囲気が違っていた。あの子はわたしを強く抱き締めて涙を流したんだ。

『さようなら、もう会えないけど…元気でな』と言いながら。ただの犬だったわたしは何も理解していなかったが…それが最後だった」


 セレスタンは話を聞くにつれ、表情を曇らせる。セレネは「泣かないで」と言いながら頬擦りをした。



 野犬は毎日毎日雨の日も雪の日も、少年と過ごした岩場でひたすら待った。

 待ち続けて数年、野犬は寿命を迎えようとしていた。その時心に残っていたのは…「もう一度あの子に会いたい。一緒に遊びたい。まだかな…明日こそ、きっと」だった。


「そして命が尽きたわたしを、先代フェンリルが見初めたんだ。精霊としての知識、能力を全て継承して…わたしはフェンリルとなった。

 先代が引退したのは単に「そろそろ精霊生活に飽きたから」だ。最上級に任期とか無いからな、セレネだって次が見つかれば引退出来るぞ」


「セレネ…そんな過去が…」


 セレスタンは目に涙を溜めていた。セレネはその姿が愛おしくて仕方なくて、優しい声色で続ける。



「わたしは真っ先に少年に会いに行った。でもな…あの子はもうこの世にいなかったんだ。

 住んでいた村が戦争に巻き込まれて、家族を守る為に戦いに赴いたらしい。最後にあの子の墓参りをして…わたしは外の世界に飛び出した。


 そして数年前シャーリィと出会って、今に至るんだぞ!」


「そっかあ…ふふっ、これからもよろしくね!」


「おうだぞ!」


 セレスタンは子犬だった彼を、ぎゅうっと強く抱き締めた。

 大丈夫、これからは僕が側にいる。一緒にご飯を食べて、沢山遊ぼうね!と約束を交わした。



 そんな彼らの友情にほっこりしつつも質問は続く。次はエリゼが図鑑を差し出しながら発言した。


「刻印についてお聞きしたい。精霊によって場所が異なるそうですが…こちらの情報と違いませんか?

 それと具体的にどのような効果が?」


「場所か…」


 セレスタンも覗き込む。現在判明しているのは…

 フェニックスは左鎖骨の下。

 リヴァイアサンは右手首。

 エンシェントドラゴンは首の後ろ。

 ドライアドは臍の下。

 ベヒモスが右腕。

 そしてフェンリルは額…と最近知れ渡った。


「闇は?」


「舌だぞ」


 セレネがべっと小さな舌を見せながら言う。ほーんと感心、じゃあ無は?


「決まった場所が無いんだ。でもクロノスの加護を受けたら不老不死になっちゃうから、やめといたほうがいいぞ」


「「「「そうなの!!?」」」」


 それはやだな…とセレスタンは身震いした。次にそれぞれの効果だが…


「魔力が増える、その属性の魔術が行使し易くなる。他にもあるが…刻んだ精霊が何も言わない以上、セレネが言う事は出来ない」


「そっか、残念」



 それからも質問は続く。セレネが以前やった精霊の進化や眷属のシステムも、答えられる質問には全て答えていく。




 話し終える頃には、窓の外には星が浮かび上がっていた。


「はわーーーっ!!ありがとうございます、この数時間で研究が一気に進みました!!」


「おう」


「…あっ、終わったぁ…?ぐぅ…」


「お前なあ…」


 セレスタンは途中から、エリゼの肩を枕に眠っていた。

 ドルテカルナは何度も頭を下げて礼を言い、来た時と同様に勢いよく扉を開けて去る。皆解散の流れになったが…



「精霊様、最後によろしいですか?」


「なんだ?」


 セレネは船を漕ぐセレスタンを背に乗せて、タオフィに振り向いた。


「…スタンピードが発生した際。皆様が…人間に力を貸してくださるのは、どういった理由からでしょうか?」


 普段は決して人間の呼びかけに応えない最上級。それが、スタンピード時のみ数体は応じてくれるのだ。



「そんな事か。もちろん、人間を救う為だ。

 特にエンシェントドラゴンは目立ちたがりだから、嬉々として参戦するだろう。死神はどうあっても不参加だがな、人間と契約出来ない限りは。

 でも今回は…わたしとドライアド、フェニックスは。シャーリィの状況によっては参加しない」


「……彼は、心優しい方ですよ?」


「そうだな。誰かを助ける為に、自分を犠牲にする事も厭わない子だ。

 だがわたし達は億万の人間とシャーリィを天秤に掛けたら、迷わずシャーリィを取る。そういう事だ、じゃあな」


 セレネが窓の外へ出ると、一瞬で姿が消えてしまった。


「…エリゼ。お前、セレスの力になってやれよ」


「…ああ」




 翌日。目を覚ましたセレスタンの手には…



「なんじゃこりゃあああーーーっ!!!?」



 白金貨800枚と書かれた小切手があった。



『予想以上に充実した内容でしたので、お礼です☆』



 まあ今後印税等の使用料が研究会に入ると思えば、赤字でも無いのである。




 ※※※




 週末、セレスタンは教会で黙々と作業していた。

 札を書くのはいいのだが、集中して祈らないと効果が無い。その為意外と量産できないと気付いた。


「…はっ!また無心で書いちゃった…」


「これはただの紙だぞ」


 セレネが鑑定してくれるので、失敗作は丸めて捨てる。

 これまで200枚程度しか書けず、先は長いなあ…と息を吐く。それでも適度に休息を挟まないと、ゴミが増えるだけなのだ。




 夕方になり今日はここまで…と身体を伸ばした。首都の自宅に帰る前に、少し考え…


「………」


 ラサーニュ邸までやって来た。誰もいないな…と庭を忍び足。



「あれ…セレス様?」


「っ!!?」


 小さく声を掛けられて飛び上がった。振り向けば、目を丸くするバジル。


「何故ここに…むっ!?」


「しーっ!!」


 彼の口を手で塞ぎ、丁度いいや!と切り替えた。

 細長い封筒を懐から取り出し、バジルに託す。


「これルクトル様に渡して!あ、ロッティには絶対知られないで!?」


 こくこくと首を縦に振る。その答えに満足げに頷き、セレスタンは逃走。最後に…バジルにもう一度顔を向けた。


「…僕達、もう主従じゃないって言ったじゃん」


「!!…ですが、今の貴女は皇弟殿下のご息女ですし…ここは精霊屋敷ではありませんし…」


「………」ぷっくぅ


「…これ、ちゃんと渡しておくよ。…セレス」


「うん、お願いね。

 それと…グラスと連絡、取ってる?」


「いや、最近は全然。セレス、一緒に暮らしてるんでしょう?」


 そうだったら、いいのにね。と心が少し痛んだ。

 何も答えずセレネに跨り走り出す。その背中を見送り、バジルも屋敷へ入った。



 言われた通り、誰もいない時を狙ってルクトルに封筒を渡す。


「セレスさんが?……へっ!?」


「?」


 彼は封を開け、中身を確認するや否や絶句した。そこには2枚の紙が入っていた。1枚は折り畳まれた手紙。


『ルクトル様へ。

 こちらのお金をラサーニュの復興にお使いください。もしも余ったら、ルクトル様にも幾らかお礼として受け取っていただきたいです。

 それと、ロッティに匿名で綺麗なドレスを贈って欲しいです。あとバジルにボーナスあげてください。使用人の皆様にも。

 セレスタンより』


 同封されていたのは、ドルテカルナから貰った小切手。ルクトルは頭を抱えた。


「(…大助かりですけど。まず国に報告して税金の話を…というかこの大金では、ラサーニュ嬢に秘密とは難しい…)」




 セレスタンは最後に、町中に作られた孤児院を見下ろしていた。見覚えのある少年達が、洗濯物を取り込んでいる。



「…元気でね」



 これ以上、僕には何も出来ないから。

 ずっとずっと領民が笑顔でいられますように。



「……ん?」


「どちたの、にーちゃん」


「いや。何か…聞こえた気がしてな。

 おっとロラン、籠を落とすなよ」


「うん!」


 幼い兄弟が建物に入っていくのを確認して、セレネは跳んだ。




「ねえ、セレネ」


「なんだ?」


「君は生前、親に捨てられても苦しくても生きたかったんだよね…?」


「そうだぞ?」


「……生きたい、理由は…明日を迎えたかったから?」


「ちょっと違うぞ」


 彼は疾走しながら、優しい声色で語り掛ける。



「シャーリィ。生きている理由なんか考える必要は無いぞ。

 この世に生まれた…それが全てだぞ。

 人生に意味を見出そうとしなくていい。死の間際に何も残っていなくても、自分は一生懸命生きた。そう思えればいい」


「…誰にも、望まれてなくても?」


「おうだぞ。今温かい身体で呼吸をして動いているから。死にたくない理由はそれで充分だぞ」


「じゃあ、死にたいって願うのは異端だよね…」


「いや?」


「え?」


 セレスタンは呆けた声を出した。だってそれは、矛盾じゃない?とセレネの頭を撫でる。


「なんでもかんでも、答えは1つなんて思っちゃいけないぞ。

 死が救いって事も確かにあるんだ。でも…セレネはシャーリィに、まだ生きていて欲しい。

 いつか天寿を全うするまで、笑っていて。セレネの可愛いシャーリィ」


「…うん」


 セレネの首に抱き着き、毛皮に頬擦りをする。

 彼の言葉は確かに、セレスタンの心に響いたのだった。


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