新学期
ルシアンはセレスタンを部屋に招き入れ、ハーヴェイに目配せをした。彼は軽く頷き、セレスタンの頭を撫でてから外に出る。
完全に扉が閉められ、セレスタンは緊張から目が泳ぐ。
「……僕、家に帰るね。お世話になりました」
「ああ。と言っても、明日学園ですぐ会うな」
ルシアンはどこかよそよそしい。告白すらも無かったかのような態度に、セレスタンは戸惑う。
「えっと…僕、休暇の課題やってないや」
「それは叔父上が学園に話を通してある」
「よかった…」
ソファーを勧められて、2人は向かい合わせに腰掛けた。暫くは当たり障りのない会話をするが、セレスタンが本題に入る。
「昨夜、グラスが僕に会いに来たの」
「!!?」
「ルシアンに伝言、「顔洗って待ってろ」だってさ」
「………?首じゃなくて?」
「…………」
何故私は身支度をして奴を待たねばならない?と本気の疑問を口にした。
「……そう!だね!!あああーーー、もう!!
と、とにかく!!僕達お別れしたから!!」
「え…」
その発言に和やかなムードから一転、ルシアンは顔を険しくさせた。
両膝に肘を突き目を閉じて、大きく息を吐く。
「ルシアン…?」
「(…全て私の所為だろう。ならば…責任は取る)」
不安になってしまったセレスタン。ルシアンに近寄り、そっと肩に手を伸ばすと…
「わっ!?」
腕を掴まれ、強い力で引き寄せられた。バランスを崩してルシアンに覆い被さる形になり、一瞬にして顔を沸騰させる。
彼らの視線が交錯する。ルシアンの熱を帯びた目に少々怯んでしまうが、腰を捕まえられていて逃げられない。
「………!!?」
ルシアンの顔が近付き、セレスタンはぎゅっと目を瞑る。だが覚悟していた温もりはなく、代わりに体勢が逆転してソファーに押し倒される。
「ちょ…!!」
「どこまでいった?」
「ふぁ?」
「グラスと。どこまで、進んだ?」
「ど……ひえっ!?」
ルシアンはセレスタンの胸元に触れた。ここは触らせたのか?肌を見せたのか?褥を共にしたのか?質問しながらも手は動かす、セレスタンは内心半狂乱になっていた。
「(ぎいやあああっ!?ぬが、脱がされておる!?)あばばば…!」
「……答えられない、という事か?ならば…」
ついにはベストのボタンを全て外され、シャツに手が伸ばされる。
今日はサラシもしていない為、シャツを脱がされたらすぐ下着だ。この先を想像して…セレスタンは羞恥と恐怖から身体を震わせた。
「う……やめて、ルシアン…」
「………っ」
ルシアンはごくりと喉を鳴らした。これ以上は、まずい。引き返せなくなる…と思い、精霊に自分を止めてもらおうと思ったら。
「あの〜…」
「「ぶわっっっ!!?」」
完全に2人の世界に入っていたのだが、至近距離から申し訳なさそうな声が突然発せられて。揃って全身を跳ねさせた。
「その…続きはオレが出て行ってからにしてくれません?」
「ジェルマン、卿…!?」
「いたんか!!!」
「いたわ!!…こほん」
ジェルマンはやや頬を染めて、気まずそうに頭を掻いた。
「オレもハーヴェイ卿と一緒に出ようとしたのに、直前で扉閉められるし…
お2人はオレに全く気付かず始めようとするし…
精霊が傍観してる以上、オレが止めるのも…とか考えたんですが。
えっと…怖がっている女性を無理やり、というのはちょっと。せめて同意の上で」
「きゃーーー!!かかか帰ろうジェイル!!行くよ皆、ばいばいルシアン!!」
セレスタンはチャンス!とジェルマンの背中を押して逃走を図った。
「…セレス!」
「!?」
背を向けたところで肩を掴まれる。そのまま引き寄せられ…
「…愛してる。たとえ其方が私を見ていなくても」
軽く、触れるだけのキスをして。ルシアンは2人を見送った。
限界を迎えて魂の抜けたセレスタン。ジェルマンが呆れながらも抱っこして運び出す。
ハーヴェイもジェルマンが出て来たもので「お前いたんか!?」とびっくり仰天。
最後は慌ただしくなってしまったが…セレスタンは今度こそ皇宮を後にした。
※※※
「ありがとう、送ってくれて」
「ああ。なんかあったらいつでも騎士団に来いよ。総出で力になるからな、学園ではジスランを好きに使え」
「ふふ…うん!!」
精霊屋敷の前でジェルマンと別れ、久しぶりの我が家に足を踏み入れる。セレスタンにとっては数日ぶりなのだが、実際には数ヶ月が経っていた。
「お姉様〜〜〜っ!!!」
「わっ、ナディアちゃん!?」
門を開ければ、涙で顔をぐっちゃぐちゃにしたナディアが飛び付いてきた。
「会いたかったです〜〜〜!!もう伯爵家でも新たに使用人を雇ったので、ナディア帰還です!!」
「うん…今までありがとう、ナディアちゃん。これからもよろしくね!」
ナディアはずっとずっと、セレスタンとの再会を心待ちにしていた。もう二度と会えなかったらどうしよう…と毎夜枕を濡らしていたが、与えられた仕事を放り出す事だけはしたくなかった。
セレスタンもここまで感激されて頬が緩む。やっぱり…帰れてよかったと安堵した。
玄関に視線を向ければカリエが出迎えて、メイド服の女性が2人と料理人の男性が続いた。
「あれ…アビーとクレア?それと…」
「はい!アビー・オルブライト、今日から正式にお嬢様のお屋敷で働かせていただきます!」
「同じくクレア・スラットリー。よろしくお願いします、セレスティーヌお嬢様」
「僕は料理人のスペンサー・シモンです。お嬢様と殿下に美味しいご飯を作ります」
メイドは皇宮でもセレスタンの世話をしていた2人だった。更にまだ年若い男性が。セレスタンは首を傾げる。
その後ろからオーバンも顔を出し、セレスタンは問い掛けた。
「パパ!どういうこと?」
「俺も今日からここで一緒に住む。んで、兄貴がな…この3人を連れてけって」
「おん…???」
頭上に大量のハテナマークが浮かぶ。それでも…
「お帰り、セレス」
「お帰りなさいお姉様!」
「ほっほ…お帰りなさい、お嬢様」
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
「……………」
皆が笑顔で出迎えてくれて。精霊達もお帰り!と口々に言ってくれる。
疑問は多いけれど…セレスタンは唇を結び。
「…ただいま!」
目頭が熱くなるのを必死に隠しながら、足取り軽く歩き出した。
今後正式に屋敷で働くのは3人。ナディアは普段メイド服を着用しているが、元来雇われている立場ではない。
これからは仕事の手伝いは片手間に、刺繍の仕事をメインでこなす。
隠居したカリエはいつも通り、ガーデニングをしつつのんびり過ごす。
オーバンは今後セレスタンの父として、社交界でどう振る舞うか迷っているようだ。
「俺は一応子爵位は持ってるんだがな。どうすっか…」
伯爵以上になると領地を持たなくてはならないので、オーバンは拒絶していた。
オーバンの正体は、如何しても隠したい訳ではない。そしてセレスタンを養子に迎えた事はすでに知れ渡っているので、それがどういう意味を持つか理解している者もいる。
「今後息子や娘を使って、お前に近付く奴もいるだろう。皇弟の息子に取り入りたくてな」
「そっかあ…」
オーバンと2人、ソファーに並んでお茶にする。
彼はセレスタンが望むのであれば、皇室に戻る事も視野に入れている。彼女の立場を明確にする為と、皇帝もそれを望んでいるから。
「……医務室に、先生がいなかったら寂しいよ…」
「…そっか」
たったそれだけの会話で、彼らは通じ合っているのが見て取れる。
オーバンが優しくセレスタンの頭を撫でる。その大きく温かい手が心地よくて、彼にもたれ掛かった。
「…パパ。ありがとう」
「ん?どうしたんだ、改まって?」
「僕を助けてくれて。『セレスティーヌ』っていう可愛い名前も嬉しい!」
「…おう。どういたしまして」
名付け親はジェルマンだが、それは言わなくていいよな!と心の奥に押し込んだ。
セレスタンは現在2つの籍がある状態(違法)。
1つは『セレスティーヌ・ゲルシェ』という名の女性の籍。
1つは『セレスタン・ゲルシェ』。同じくオーバンを養父にしているが男性籍。
「でも僕…もう少しだけ、『セレスタン・ラサーニュ』を名乗っていたい。だめ…?」
「いいぜ!」
いい笑顔で即答した。愛娘に上目遣いでお願いされれば仕方ない、正式な場以外ではラサーニュとして振る舞う事に決まった。
※※※
「ぬおおおお!?キツい、なんでえ!?」
新学期初日。セレスタンは…自室でサラシと格闘していた。ぎゅうぎゅうに締めるも、いつもより膨らんでいるような。
「お姉様…胸おっきくなりました?」
「僕太った!?」
ナディアは慌てて違いますー!と拒否。そこにアビーとクレアも援護する。
「いえいえ、お嬢様はちょっと痩せすぎでしたよ!」
「そうですわ。鍛えていらっしゃるから筋肉が付いているはずなのに、華奢な女性と変わりませんでした。それが健康的になられたのですよ」
つまり太ったんだね?と唇を尖らせる。限界まで締めて幾重にも重ね着をして、ダイエットしなきゃ…と憂鬱になりながら屋敷を出た。
「久々の学園…怖いなあ…」
「何かあったら医務室に来い」
「うん…」
とうにラサーニュの噂は広まっているだろう。それが事実とかけ離れていたとしても、観衆にとってはどうでもいい事。
「…おはよう、セレス」
「ルシアン…おはよう」
オーバンとは校門で別れる。するとルシアンが待っていたのか、スッと姿を現した。互いに意識してしまってぎこちないが、そっと肩を寄せて歩く。
彼らが連れ立つ姿は目立つ。だが、セレスタンが予想していたより嘲笑は少なかった。
「はよっス」
「アリス君、おはよう。
そだ、プリン美味しかった!まるで昔食べた思い出の味そのものだったよ、ありがとう!」
「そうか…今度帰ったら、食堂に言っとく」
ユルフェ領は首都から馬車で2日は掛かる場所。彼は長期休暇しか帰省しないので、伝わるのは冬になるだろう。
大柄で強面のアリスティドが合流し、益々目立つ一行。アリスティドは途中で離脱、2人は教室を目指す。
ドアを開ければクラスメイトが皆注目し、一瞬静まり返る。ルシアンは意に介さず、セレスタンも倣って自分の席を目指す。
「おはよう、セレス」
「おは…!!」ぷいっ
セレスタンが座れば、シャルロットが挨拶をしてきた。反射で返事をしかけるが慌てて口を閉じた。
「(あう…お兄様、ぷいって!)」
「(お嬢様がヤバい…)おはようございます、セレスタン様」
「………」こくん
バジルにも挨拶を返す事はせず、さっさと荷物を整理する。
ホームルームが始まる前にルシアンの席へ向かった。ジスランがいないので彼の椅子を奪い、はあぁ〜…とため息。
「大丈夫か?」
「うん…そういえば僕、変なキャラ作っちゃったんだっけ…!」
「あー…」
それは幼児化した日の朝。絡んできた男子を撃退する為、「可愛い服を着るのは僕が可愛いから」といった発言をしてしまった。今後どうしよう…と大きく息を吐く。
だがルシアンはニヒルな笑みを浮かべた。その顔ルキウス様に似てる…なんて感心してしまう。
「セレス…久しぶりだな」
「ジスラン…ああ、そうだね」
そこへジスランが登校して来て、セレスタン達の前に立つ。よく見ると後ろからはルネ、エリゼ、パスカルも様子を窺っているようだ。
気にはなるが無視して席を立つ。するとルシアンも一緒に動いた。
何か言いたげなジスランの横を通り過ぎて廊下に出る。そこでは数人の生徒が雑談をして、道を塞いでいた。
「(邪魔だなあ…挨拶なら別のとこでやってくんないかなあ。って、えええ!?)」
セレスタンが戸惑っていると、ルシアンは構わず突き進む。
「おい邪魔だ。貴様ら如きが私の前を塞いでいいと思っているのか」
「で、殿下…!申し訳ございません!」
「誰が発言の許可をした」
「……!!」
男子生徒の1人が高速で頭を下げて一歩退がる。他数人も蒼白で後退った。
セレスタンは目を丸くして、ルシアンの背中を追い掛ける。いつもの階段上に腰を下ろして、さっきの何?と訊ねた。
「…嫌われ者になろうと決めて。色々調べて…俺様系でいこうとして。そしたらああなった」
「ああ〜…」
納得してポンと手を叩く。どうやら彼もキャラ付けをするようで、セレスタンは何故か安堵した。
「でも俺様って結構人気ありません?」
「そういうのは何か取り柄のある人間がやるからウケるんだろう。有無を言わさぬ才能とか、求心力とか。私のような顔と地位しかない人間じゃ、ただウザったいだけだろう」
「(充分では…?ルシアンレベルの美形に蔑まれると悦ぶ人いそう…)」
セレスタンはちょっと可哀想なものを見る目だ。今後の学園生活に不安を覚えながら、キャラについて語り合う。
教室に戻ると生徒達が出て行くところだった。これから始業式の為、講堂に移動するのだろう。
「どうする?」
「面倒だ、サボろう」
彼らがそう決めて席に座ると…
「殿下、セレス。行かないのですか?」
ジスランがまた立った。ルシアンは鼻で笑ってみせ、セレスタンはそっぽ向く。
「なんだお前、私に声を掛ける許可を与えた覚えはない」
「…俺はセレスの幼馴染で友人です。かの…彼にも話し掛けてはいけないのですか?」
「私が側にいるというのに無視をする気か?」
ジスランはルシアンのこの姿が演技だと知っているけれど。どうしたものか…と思案する。
「では俺に、殿下と会話する許可をいただけませんか?」
数人残っていた生徒はハラハラしながら見守っている。ルシアンは益々黒い笑みを深めて、セレスタンの頬を指で撫でる。
机越しに顔を近付け、頬にリップ音を立ててキスをした。顔を赤らめて慌てるセレスタン、ジスランは拳を握り締めて耐える。
「な、何するの!?」
「私と親密になりたければ。
私に匹敵する地位か。
セレスに劣らぬ美貌か。
アリスを超える武力を示すことだな」
「…………」
ジスランは少し考えて…無言で頭を下げた。そして教室を出て。十数分後…
「「…………」」
「いてぇ…なんなんだ一体…」
「アリスティド・ユルフェに勝利しました。これで俺には殿下へ進言する資格が与えられましたね?」
ジスランは顔面を腫れ上がらせて戻って来た。その後ろには同様にボロボロのアリスティドが。どちらも皮膚に血を滲ませ、衣服も乱れていた。
「こいついきなり喧嘩吹っ掛けてきたんスけど…」
「…すまん、私の所為だ」
アリスティドの話によれば。いきなり「俺はブラジリエ伯爵家三男、ジスランだ。アリスティド・ユルフェ伯爵令息に勝負を挑む」と教室に乗り込んで来たとか。そして深く考えず了承。
武力と言っても一概には言えない。彼らはまず剣術勝負をして、ジスラン圧勝。
次に殴り合いをして、アリスティド辛勝。そこでアリスティドが負けを認めて今に至る。
とはいえ、もう今から始業式には間に合わないだろう。ジスランも諦めてため息をつく。
ルシアンとセレスタンが椅子に座り、ジスランとアリスティドが側に立っている状況。
セレスタンはジスランの手を無言で取り、そっと撫でた。ジスランは一気に鼓動が激しくなる。
「……!!」
「………しゃがんで」
腕の傷を癒してからそう告げる。彼は素直に従い、その場に膝を突く。頭や顔を優しく撫でて、服の下は?と問い掛ける。
大人しく服を捲ると、腹部にも打ち身の跡がある。そこに手を当てられて、喜びと興奮が極まったジスランは無になった。
「…………」
「こんなとこかな…アリス君、こっちおいで」
「お…おう…」
石像と化したジスランを押し退け、アリスティドも同様に座った。セレスタンの小さな手で全身を撫でられ、なんとも言えぬ心地良さに硬直する。
「あんまり…怪我しないで」
「わか…った…」
また怪我しよう…そう決意しながら昇天する不良。
それらを面白くなさそうに見守る皇子。自分もなんとか怪我して癒してもらおう…と対抗意識を燃やしていた。
それから数分後、ジスラン復活。なのだが…どうにもソワソワと落ち着かない様子。
「……セレス」
「何さ…」
彼は控えめに…セレスタン向かって両腕を広げた。すると…
「………」
スッと席を立ち、ジスランの腕の中に。彼は顔を輝かせて横抱きにした。
それに慌てたのがルシアン。奪い返そうと腕を伸ばした。
「何をしている!!この…!」
「…はっ!?ちょっとジスラン、誰に聞いたの!?」
「秘密だ」
セレスタンもすぐ正気に戻って、急ぎ距離を取った。ルシアンは彼女の腰や胸に腕を回して引っ張る。ジスランは危ない!と決して離そうとしない。それどころか強く抱き締める。
身体が密着している状況に、セレスタンは必死に抵抗をする。
「ぎえ…!ジスラン、下ろして!!」
「危ないから暴れるな」
「お前が下ろせばいいのだが!?この…!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ先輩達を尻目に、アリスティドはなが〜いため息。最終的にハンターが奪い返し収束した。
ようやく解放されたセレスタン、額の冷や汗を袖で拭う。ヨロヨロと椅子に座ろうとしたが…
「……森のお友達が呼んでるよ♪ 風さん一緒にお出掛けしましょう♫」
「……!!」
ジスランが童謡を口ずさみ、セレスタンは思わず反応してしまう。
「お腹がぐうぐう鳴っちゃって♪ 木の実を食べてるお猿さん♫」
「ぱくぱく。………うがーーー!!!」
踊り出してしまったセレスタン。噴火しながらジスランに飛び掛かる!!
「ばかばかばか!!!もう、ばかあ!!!無駄に上手いな君は!!」
「あっはははは!!」
彼は珍しく大笑いしながら逃げ回る。ルシアン達はその様子を見て、腹を抱えて笑っていた。
そうこうしているうちに生徒達が帰って来てしまい、諦めて自分の席に戻った。
精霊達は「我が君が楽しそうで何より」と生温かい笑顔。
楽しくないやい!!と言いたいけれど。下手に否定して、精霊がジスランに攻撃したら…と考えると何も言えず。
その後も生徒達には遠巻きにされるが、絡まれる事はなく1日が終わった。
こうして彼女の新生活は始まった。
朝起きればオーバンに剣の相手をしてもらって。
朝食にして、身支度は基本1人で。オーバンと一緒に学園に向かう。
帰って来たら自由時間。そして夕食。夜は使用人の3人も一緒に、7人で食卓を囲む(彼らは断固拒否してたが、セレスタンが悲しげに俯くので折れた)。
時にはバティストが、ルシアンやジスラン、騎士達が手土産を持って遊びに来る。というか、ほぼ毎日誰かしら来る。
これまでセレスタンにとって家とは、気の抜けない居心地の悪い場所だった。それが今は…帰るのが楽しみ、なんて。
少し前なら考えられない暮らし。それを作ってくれたオーバンに、彼女は表しきれない感謝の念を抱いている。
「ミコト…」
寝る前に窓の外を眺める。鍵を開けておけば、彼が入ってくる気がして。カーテンも閉めずに眠り…寝息が聞こえる頃にファイが閉める。そんな日々。
※
「………?今、呼ばれたような…」
「何をしている?」
「いえ…よろしくお願いします、師匠」
同時刻。とある山中にグラスはいた。いつか堂々とセレスタンを迎えに行くため…彼は邁進し続ける。
ジスランが兄達から教わったセレスタン情報。
『抱っこの構えをすると応えてくれる』
『童謡を歌うと踊り出す』
『胡座をかくと足の間に座る』
『食べ物を口元に運ぶと咀嚼する』
『青い薔薇を見ると一瞬固まって手を繋いでくる』等々
「全部試そう」
「やめろや!!!」




