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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
87/102

「畏れ多いです不敬です!!!」



「あ…」


「どうした、ラフ」


「たった今、グラスとの仮契約が破棄されました」


「つまり…」


「はい、我が君に力が戻ったのです」


「…そうか」



 グラスはそれ以上口を開かず、ラファエルも語らず。


 彼らがいるのは神殿の奥。誰もいない、ほぼ利用されない礼拝室。室内には何も無く、グラスはがらんとした中央で坐禅を組んでいた。



「(…今のおれに、セレスの側にいる資格は無い。それ、でも)」



 完全に目を閉じて、愛しい彼女を思い浮かべる。

 女神の悪戯から解放された彼女は、ルシアンから事の顛末を聞かされただろう。自分が…セレスタンの存在を否定した事も。



 想いが通じ合った喜びの時。グラスは運が良かっただけ、と思っている。

 傷心の彼女に甘い言葉を掛けた。それはひび割れた心に入り込み、強固なものにして他者を拒絶するようになった。


 きっとグラスである必要はなかったのだ。バジルでも、ジスランでも、ルシアンでも、ルキウスでも、オーバンだろうと。セレスタンが()()()()()好意を抱いている相手であれば、今ならアリスティドだっていい。



『死にたいなんて言うな!伯爵家が手放すのなら…自分が貰い受ける!!

 生きる理由が無いのならば、自分の為に生きて欲しい。そしていつか…自分と──』



 そう囁いたのが、タイミングが良かったのがグラスだった。彼はそう考えている。



「(それでも…!!彼女を愛するおれの気持ちは本物だ)」


 彼女が自分と同じ気持ちでなくとも…


 ならばこんな所にいないで、今すぐ皇宮に走るべき。それをしないのは…決して、恋心を諦めたからではない。


 怖い。自分の身勝手な欲望を、彼女に知られてしまった…

 彼女はどんな顔をするだろうか。軽蔑の眼差し?裏切られた絶望?憤怒の形相?なんにせよ…笑顔を見せてはくれまい。


 だけど、このまま引いたら…セレスタンはルシアンと結ばれるだろう。

 そんな事、許さない…!!いや…自分がそのように偉そうな事を言える立場か?



 愛してる…誰よりも、深く。触れたい、言葉を交わしたい。

 グラスは彼女が幸せならそれでいい、なんて殊勝な人間ではない。



 だから…




 ※※※




「それで、教会までの案内を頼みたい」


「かしこまりました。あの結界は通い続けていれば、例外はあれど目印が見えるようになると聞いています。それまでは私かバジルが務めさせていただきます」



 皇帝の執務室。シャルロット、皇帝、宰相、ルキウス、ルクトル、ランドールは顔を突き合わせていた。

 現在は教会に住まう者達の住居を町中に…という話題の中。ノック音に皆の意識が向かった。



「失礼致します…近衛所属、ジェルマン・ブラジリエです…」


 姿を現したのは、満身創痍のジェルマン。シャルロットは即座に「お兄様に何か!!?」と立ち上がった。


「その…セレスタンが元に戻りました」


 彼の報告に、おおっ!と声が上がった。現在は支度をしているところで、幼児化中の記憶は無いとのこと。

 そして…彼女の裸を見た事は、4人&精霊+カリエだけの秘密としたので口を噤む。


「とにかくこれ以上はお世話になれない、すぐに出て行くと希望しています」


「そうか…寂しくなるな」


 元生徒会トリオは眉を下げた。だが戻ったのは非常に喜ばしいこと。シャルロットも安堵してソワソワし始めた。

 皇帝はその様子に苦笑し「重要な話は終わったので行ってあげなさい」と言う。



「あ、それと。セレスは本当に記憶は無さげだったのですが…オレの事を「ジェイル」と呼ぶんです」


 彼女は普段ジェルマンを「ジェイル様」か、騎士になってからは「ジェルマン卿」と呼んでいた。それが現在は無意識に愛称呼び捨てなので、もしかしたら?とジェルマンは語る。




 ※※※




「ひえ、皇族に混じってお食事…!?本当に僕、毎日そんな事してたの!?」


「ほっほ、左様ですよ」


「何してんの、子供の僕…」


 服を着たセレスタンは、部屋を見渡しながらため息をついた。

 カリエとアビーから全てを聞かされ、ベッドに置かれたぬいぐるみを手に取った。


「それはセレスが一番お気に入りのウサギにゃ」


「そうなの…?」


 確かに…昔大切にしていたうーちゃんに似ている。というかおもちゃ多っ。勿体ないな…と彼女は慄いた。


「あ…そうだ!!教会、孤児院に寄付させてもらおう!」


 一部のぬいぐるみなんかは貰って、残りは寄付。僕あったまいー!!とセレスタンは満面の笑み。

 ただ彼女ならきっとそうするだろう、とオーバンは言っていた。その通りすぎてカリエは微笑む。



「ぎゃー!!このビスクドール可愛い!これは部屋に飾ろうっと!!」


「(ほっほ…ハーヴェイ卿の勝ち誇った顔が目に浮かびますな…)」


 部屋の物は全てセレスタンの物。そう聞かされ気が遠くなったが…「今更撤回しないよね!?僕のだからね!!?」と大事そうに抱える。

 なんだか少し、我が強くなった?カリエはその変化が嬉しくて、そっと頭を撫でる。


 もっと、もっと我儘になっていい。それは大人達の総意でもあった。



「シャーリィ、おかえり!ずっと待ってたんだぞ!!」


「ありがと、セレネ。皆も…ただいま!」


 精霊達も喜び身体を擦り付ける。そして新顔のご挨拶だ。


「我が君、俺はケンタウロスのハンター。其方を守護する戦士です」


「おお…!よろしくね」


 美丈夫のハンターにやや赤面する。そんなハンターを突き飛ばし、2体が前に出る。


「あたしはエルフのタビア!我が君、よろしく!」


「ウチはファイアー・ドレイク、名はフーゴ。役に立ってみせるぜ、期待しい」


「タビアにフーゴね。うん、僕はセレスタン。友達になってくれてありがとう!

 ところでラフはまだグラスと一緒かな?」


 何気ないその一言に場が凍った。

 まだルシアンとの婚約については教えていないので…精霊達はどうする?とアイコンタクト。



 微妙な空気に遠くから騒がしい足音が近付き、バターン!!と扉が開かれた。


「おに、セレス!!!」


「あ、ロッ……!」


 反射的に、ロッティどうしたの?と声を掛けそうになる。直前で思い出し、ぷいっと顔を背けた。

 その反応にシャルロットは…


「(あ、あぁ…!お兄様が、私にそっけない態度を…!!私に!だけ!!!とくべつ…!!)はうぅん…!」


「(お嬢様がヤバい扉を開きそう…)」


 バジルは悦に入ったお嬢様を部屋に入れないよう押し出した。その隙間からトリオがわらわらと侵入。



「セレス、大丈夫か?」


「ランディ兄様!ルキウス様、ルクトル様。大変ご迷惑お掛けしました…」


 セレスタンは深々とお辞儀する。彼らは久しぶりに会ったセレスタンに、心が打ち震える。やはりいつもの彼女がいい、そう再確認した。


 すぐにでも帰ると言うが、せめて今夜だけ食事を一緒に…と提案され。セレスタンは戸惑いつつも了承。シャルロットとランドールも同席し、彼女をお世話していた者達も最後にお仕えすると言う。



「セレスー!!!戻ったって、本当か!?」


「あっ、()()

 ………………へ?」


 そこへ連絡を受けたのか、オーバンが飛び込んできた。セレスタンは彼の顔を見た途端、あり得ない名称が口を衝いた。


「………いや、その。ちが…これは、違う…」


 自分の発言が信じられず…大量の汗をかき、真っ赤な顔で狼狽した。手で顔を覆いしどろもどろになり…オーバンは顔を輝かせる。


「おう、俺がお前のパパだ。どうした?遠慮するな」


 ニッコニコになって頭を撫でくりまわす。彼の養女になったのも聞いているが…ちゃんと「お父様」もしくは「父上」と呼ぶつもりだった。

 周りの生温かい視線が恥ずかしく、セレスタンは部屋の隅で小さくなった。その間もオーバンは「パパだぞ〜」「パーパ、呼んでみ〜」とやかましい。


「うるっさい!!もう、出てけー!!」


 オーバンには蹴りをくれて、アビーとカリエ以外全員追い出した。入れ違いにルシアンが顔を出す。



「セレス…」


「ルシアン?お兄ちゃんも……お兄ちゃん?」


「(お兄ちゃん?あ、俺!?)」


 ハーヴェイは目を丸くしたが、すぐにデレデレに。やはり記憶は残っていなくとも、影響はあるらしい。


 ルシアンは2人きりで話したい…と消え入りそうな声を出す。セレスタンは不安に思いながら、精霊も全員出てもらった。

 ソファーを勧めるも、このままでいいと言うので立ち話をする。



「どうしたの?」


「(ん…?私に対して敬語が抜けている…)」


 嬉しい変化だったが…これから彼女に、残酷な現実を突きつけるのだ。



「…其方は、セレスティーヌ・ゲルシェは私の婚約者になった」


「……え。いや、僕は…」


「グラスも知っている」


「………うそ…」


 セレスタンは頭が真っ白になり、ルシアンの言葉を理解するのに時間が掛かっている。



 知っている…じゃあ、グラスは…もう、僕のこと好きじゃないの?


「愛してるって…言ってくれたのに…」


「……!!」


 その場に座り込み、声も上げず涙を流す。ルシアンは顔を歪めて膝を突き、正面からセレスタンを抱き締めた。


「私だって…!愛してる、其方をずっと見ていた!!」


「え…え?」


「すまない、引き裂いたのは私だ。罵られても殴られても構わない、だが今のグラスに其方を任せる事は出来ない!!

 私は其方だけを見続ける。好きだ…私の隣にいてくれ!!」


「る、ルシアン…?」


「お願いだから…私を嫌いにならないで。自分本位と理解はしている、けれど…

 其方が幸せならそれでよかった。私は友人という立場で満足だった。でも…駄目だ」


「痛いよ、ルシアン…」


 腕に力が入り苦しいが…嫌ではなかった。そっと背中に手を回せば、彼は僅かに硬直した。


「僕もルシアンの事、好きだよ」


「友として…だろう?」


「うん…」


「私は違う。男として、女性の其方を愛している」


「…………」


 セレスタンは思考が停止してしまった。グラスと離れ離れにされ、怒りに任せてルシアンを責めてもおかしくはない。だというのに…



 脳内にどこかの映像が浮かんだ。どこかの部屋のテラスで…ルシアンが自分を見下ろしている。

 大きくなったら結婚して欲しい…そう言われて。僕は嬉しくて思わず、唇を重ねてしまった。


 僕が王子様でルシアンがお姫様。僕が幸せにしてあげる!と誓った。この記憶はなんだろう…?



 セレスタンはルシアンの頬に手を当てた。ゆっくりと身体を離して…数秒間、涙に濡れた目を見つめ合う。


「…ひどいよ、ルシアン。でもおかしいね、君を嫌いになれない…」


「……!」


 セレスタンが顔を歪めると、ルシアンは唇を震わせ手を離した。


「…グラスと話したい」


「ああ…それが、いい」


 今はそれ以上何も言えない…と背を向ける。



「ぴえっっっ!!?」


「どうした!?……」


 セレスタンが振り向いた、その先。



「……………」



 鼻にガーゼを詰められ、ベッドに寝かされていたアリスティド。彼は横を向いて肘枕で2人のやり取りを眺めていた。

 じと…っと半目で大きくため息。ルシアン達は滝のような汗を流した。



「ど…どこから、聞いてた…?」


「…先輩がゲルシェ先生をパパって呼んだ辺り」


「起きてたんなら言ってよぉ…!」


「(いや気付けよ…)」


 もしかしなくても俺、三角関係に巻き込まれた?めんど…とこれ見よがしになが〜く息を吐くのであった。




 ※※※




「えーと…」


「「…………」」


 時間になり晩餐会が始まった。皇帝が正面に、右側に皇后、オーバン、セレスタン、シャルロットの順で座っている。

 反対側には三兄弟とランドール。セレスタンとルシアンは互いを気にしつつ、目が合うと即座に逸らす。


 何かあったな…誰も口にはしないが理解した。

 皇帝が術が解けてよかったな、と双子に向かって言う。



「ありがとうございます、陛下」


「ご迷惑をお掛けしました…()()()()()()()()


「「「…………」」」



 ダイニングに静寂が。瞬間セレスタンは、椅子ごと後ろに倒れた。


「セレス様ーーーっ!!!ゔっ…!」


 ズザザァッ!!とバジルが滑り込み、身体で全て受け止めた。彼を下敷きにしたセレスタンは、両手で顔を覆って叫ぶ。


「あ"あ"あ"あ"っ!!!申し訳ございま…んあ"ああーーーっ!!!?」


「いや、いいから…」


「そうよ、嬉しいわ」


「畏れ多いです不敬です!!!おぼああぁあーーーっ!!!」


「ぐえぇ…」


 ダイニング中を縦横無尽に転げ回る。最終的に目を回してジェルマンに回収され、直された椅子に再び戻る。バジルも何事もなかったかのように壁に控えた。


「実際オーバンの子になった訳だし」


 セレスタンは今すぐにでも逃げたかったが、なんとか説得され…


「では…伯父様、伯母様と呼ばさせてくらひゃい…」


「「は〜い」」


 お義父様でもいいぞ?と思ったが言わない皇帝だった。

 それで決着がつき、今度こそ食事スタート。


 なのだが。双子以外は雑談をしつつ、セレスタンをチラチラ見ていた。もしも幼児化中の言動が今にも影響しているなら…と期待を込めて。



「…それで、僕は全く覚えていないのですが。沢山贈り物もいただいたようで驚きました」スッ、スッ


「…………」


 案の定、キノコをオーバンの皿に移している。かなり堂々としているので、恐らく無意識に。それだけでなく…



「(…あら?お兄様、何を…)」


 彼女はシャルロットから、逆にトマトを奪っていた。


「?皆様、一体何を見……」


 ようやく視線を独り占めしているのに気付き、自分の皿を眺める。異様にトマトの多いサラダ…キノコの消えたメインディッシュ。そして両隣の皿と何度も見比べて…



「これは…ちが、ごかい、で…」


 俯き小刻みに震える。そして絞り出した言い訳が…



「……パパ!キノコ大好きだもんねっ!!?」


「え。あー…超好き」


「(お前どっちかって言うと嫌いだろ…)」


「だよねえ!!?僕トマトだーい好き!!美味しそすぎて奪っちゃったわぁ!!あー美味しいわコリャおーいしー!!!」


「おにいさま…♡」


 セレスタンはトマトをやけ食いし、シャルロットは全身からハートを放出している。

 こそっとオーバンがバジルに声を掛けた。


「どういう事だ?」


「シャルロットお嬢様はトマトが大の苦手なのです」


 それだけで全員察した。ちなみにセレスタンは、トマトは好きでも嫌いでもない。




 一部が騒がしい食事も終了し、セレスタンは長く大きく息を吐く。


「(あ"〜〜〜…あれ以上ボロ出なくてよかったぁ…)」


 マナーも気にせずテーブルに肘を突く。精神をかなり削られたようで疲労困憊だ。

 今夜は泊まっていくので、もう部屋に戻ってしまおう…と考える。


 だが、最後の最後でやらかした。


「ジェイル〜」


「あいよ」


 全くもって本当に自然に。椅子を後ろに引いて、ジェルマンに向かって両腕を挙げた。

 ジェルマンも彼女の脇の下に手を入れて…



「「……………」」



 持ち上げてから気付いた。



「……重く、なったな…」


「うるっさあああああいい!!!!」


「いて、あはははっ!!コラ暴れんな」


 ジェルマンのしみじみとした発言に、使用人含め全員が噴き出した。


 横抱きにされ、鮮魚のようにビチビチと身体を跳ねさせる。そんな抵抗をものともせず、ジェルマンは声を上げて笑った。


 危ないから一旦椅子に降ろす。シャルロットは可愛いお兄様に悶えすぎて意識が半分飛んでいた。


「………」


 ハーヴェイが期待に満ちた目で、セレスタンの前で両腕を広げた。すると…引き寄せられるように、彼の首に腕を伸ばし抱き着いて…


「…お兄ちゃあああああん!!?」


「あっはっはっはっはっ!!!」


「次俺!!」


「パパァー!!?」


 同様にオーバンにも…どうにも抱っこの構えには、応える体質になってしまったようだ。


「僕は駄目ですかセレスタン様!?」


「…だってー」


 皆面白がって試すも、バジルや若い女性には反応しなかった。参加していないがルシアンもだろう。

 もしや親しいのは大前提で、頼りになる男性や母性あふれる女性に反応するのでは?とルクトルが言う。


 セレスタンは現在ギュスターヴに抱っこ状態。色々と諦めたようだ。




 ※※※




 寝支度を済ませたセレスタンは、窓を開けて夜空を見上げる。ようやく静かになり一息つけたのだ。

 ベッドでは精霊達が眠っている。その光景に僕の場所無いじゃん、と笑みが溢れた。

 明後日は学園が始まるし、明日はタオフィと面会があると聞いた。忙しくなる前にグラスに会いたかったが、無理かな…と自分の手を見る。


 左手の薬指に、グラスより贈られた銀の指輪が輝いている。決して高価な物ではなく、子供の小遣いで賄える物。

 だが彼女にとっては、何ものにも代え難い宝。

 唇を結びその時を思い出す。言葉にはしなかったが…気持ちが通じ合った瞬間、だと思っていた。



「ミコト…」


 君に会いたい…話したい…触れたい。叶わない事が悲しくて、膝を抱えて蹲る。

 夜風が冷たく腕をさする。もう寝よう…と立ち上がろうとした。



「セレス」


「…っ!?」


 突如目の前に影が落ちる。顔を上げる間もなく、窓から侵入して来た何者かに目を塞がれた。

 その手の温もりと落ち着く声色がひどく懐かしく、セレスタンは涙を滲ませる。



「ミコト…!!」


「…………」


「お願い、この手を取って。君の顔を見たいの…」


「駄目だ。顔を合わせたら…お前を今すぐ攫ってしまうから」


「……じゃあ、僕を連れて…」


「駄目だ」



 明確な拒絶。それは彼女の心を抉る。

 手を伸ばし、彼の腕にしがみ付く。風の音、セレスタンのしゃくり上げる声がいやに大きく聞こえた。



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