セレスティーヌお姫様
場所はテノーの王宮、王太子夫妻の部屋。
「…………」
「どうしたの?」
「いや…タオフィから…」
リンバルに届けられた1枚の手紙。ルシファーも覗き込むとそこには…
暫くグランツで世話になる。セレスタンとは話せないけど、放っておけない状況。等々書き連ねてある。
リンバルは読了後、フムと唸った。ルシファーは何か変な所が?と訊ねる。
「タオフィは社交的だが…弟以外には絶対的に一線を引いている男なんだよ。そんな弟を他人に任せてまで、セレスタン君に何か…?」
タオフィのグランツ訪問に関して、個人的興味と仕事と半々の理由があった。
仕事はセレスタンの刺繍の事。タオフィが…スタンピードが起こる前に、戦闘員達に刺繍のお守りを作ってもらっては?とルシファーに相談したのが始まり。
ルシファーが持っているような聖遺物レベルは量産出来ないだろうが、一撃でも攻撃を防いでくれたら儲け物。彼らはリンバルにも報告して、テノーからセレスタンに正式に依頼をしたかったのだ。
リンバルは『皇国に迷惑を掛けるなよ、弟は任せなさい』という旨の返信をした。
※※※
タオフィは再び伯爵邸を訪ねる。出迎えてくれたシャルロットだが…明らかにバジルと気まずそうにしている。
ニヤニヤを抑えながらタオフィは、確かにシャルロットの願いが原因ではあると説明した。
シャルロットは拳を握り、数分間俯き…ゆっくりと顔を上げた。
「…私がお兄様に戻って欲しいと強く願えばいいのでしょうか?」
「断言は出来ません。が…そう心掛けていただければ」
シャルロットは胸の前で手を組み目を閉じる。どうかお兄様が…いつものお兄様に戻ってくれますように、と祈った。
その様子を観察するも、糸にはなんの変化も無い。毎日祈ってくださいねー!と言い残し帰って行った。
「セレスタン様、大丈夫でしょうか…」
「信じるしかないわね…」
シャルロットとナディアは切ない表情で窓の外を眺める。ナディアがため息をつきながら応接間を出ると…バジルと2人残された。
「「……………」」
途端に彼らは無言になり、シャルロットは頬を染める。無意識に唇に指を当てて…バジルは鼓動が激しくなる。
あれは救護活動だ!と互いに認識してはいるものの。割り切れる程彼らは大人ではなかった。
「(……初めてだったのに。嫌ではなかったわ…どうしちゃったのよ、私ったら!?お兄様が大変な時に…!)」
「(う…やはりお嬢様はお美しい。とはいえ…僕には天上の人!グラスほどの覚悟も無い、分を弁えろ…!)」
そろっと視線を向ければバッチリ目が合った。同時にぐるん!と顔を逸らし、バジルは「掃除してきます!!」と逃走。
シャルロットはソファーに腰掛け高鳴る胸を押さえる。今まで全く意識していなかったが…バジルも男性なのよね、と息を吐く。
帰り道、タオフィは空を飛びながら考える。
セレスタンが戻るには…確かに、シャルロットが願えばいいのだろう。
だが混じり気の無い、強い想いが必要だ。僅かでも「今のままのお兄様がいい」と思ってしまっては駄目だ。何より…
「…令嬢がもしも。セレスタンさんはこのままでいい…なんて願ってしまったら。糸は切れるだろうな…」
それがもう1つの条件。タオフィはそう睨んでいる。
だが言い触らしてしまったら、第三者がシャルロットを責めるかもしれない。下手をしたら…彼女本人が全てを諦めてしまうかもしれない。そう考えては口を噤む。
「令嬢とセレスタンさんを会わせていいものか。どう転ぶかまるで読めないな…」
※※※
セシルという名を禁止にしてから数日。
「おにいちゃんこないね」
「ハーヴェイ卿か、確かに…」
もっと入り浸ると思われていた彼が、全然姿を現さないのだ。
「いいじゃねえか、忙しいんだろ。
ほーらセレス、あーん」
「んあー」
「オーバン顔きっしょ…」
セレスタンはオーバンにアイスを食べさせてもらっていた。遊びに来たバティストはデレッデレな親友にドン引きである。
「けぷ…ぱぱ、あちょんで」
「はいよ〜」
オーバンは背中からハートを撒き散らす。言われるがままにお馬さんになったり、ボールを投げたり…完全に親子である。
遊び疲れたセレスタンを寝かせて、ここからは大人の会話だ。
「セレスタンちゃんの戸籍…新しくすんだろ?」
「そのつもりだ。今の『セレスタン・ラサーニュ』は表向きで、女性として俺が新たに用意する」
「…年齢は?」
「15歳に決まってんだろ」
オーバンは呆れたように言う。その答えに、バティストとジェルマンは微笑んだ。
「で、名前を考えてるんだが…思い付かなくて…」
バティストは生温い目をする。オーバンは子供の頃…拾った犬に『ワンチャン』と名付けようとした過去がある。それは兄に阻止されたが(結果ポチとなった)…ネーミングセンスはほぼ無いのだ。
なので今回はバティストに相談する。ついでにジェルマンとカリエにも。
「セレスっつー愛称が馴染んでるから、そこは変えたくねえな」
というオーバンの発言に皆唸る。
「それこそ…セレスティアは?」
バティストが提案するも、カリエが難色を示した。
マイニオ・カリエは昔、セレスティア・ラサーニュと面識がある。
戦場で赤い髪を靡かせて剣を振るう姿を、当時幼かった彼は目に焼き付けた。次々と敵を屠る残酷さ、その美しさに見惚れ…彼女亡き後は遺志を継ぎ、国の為に尽くした。
そして引退後は縁あるラサーニュ領で医師となり、セレスタンと出会ったのだが…
「儂は以前愚かにも、あの子にセレスティア様を重ねておりました。可能であれば、別の名を願います」
それを聞きオーバンは思考する。
確かに…大昔とかならともかく、近代の偉人の名は重いかも、と納得した。
「じゃあセレスティーヌは?ほぼ変わりませんけど…」
そこへジェルマンが提案する。全員で顔を見合わせて…
「…いいんじゃね?」
と、セレスタンの新しい名が決まったのでした。
「(オレ、名付け親になっちまった…)」
こうして書類上正式にセレスタンはオーバンの養女になり…『セレスティーヌ・ゲルシェ』という名が与えられた。が、本人はまだ知らない。知らせない。
※
「おや?中に入らないんですか、ハーヴェイ卿」
「へ。あぁ…タオフィさんか。俺は…おおおい!?」
「失礼しまーす!」
オーバンがセレスタンの頬を突つきながら「セレスティーヌ〜、セーレスー」と呼んでいる頃。
廊下から…ハーヴェイが覗いていた。そこへタオフィがやって来て、強引に彼の腕を掴み引き入れる。
「姫〜、ってお昼寝中でした?」
「くあぁ…たおちゃん、おにいちゃん!」
セレスタンは丁度目を覚まし大きな欠伸をして、手を挙げて彼らを迎え入れた。
ハーヴェイはいつも通り笑顔を浮かべるも、どこかぎこちない。
「よ、よお…セレスタン」
「…うん」
セレスタンは一瞬止まるも笑顔を見せた。ハーヴェイは苦しげに眉を顰める。
見かねたジェルマンが散歩行こうぜ!とセレスタンを外に連れ出した。アビーも慌てて後を追う。
「お前何やってんだ!!」
「2歳児に気を遣わせて!!」
「わーーー!!ちょ、ストーップっ!!」
バタンと扉が閉まった直後、態度が悪い!!とオーバンとバティストに袋叩きにされる。
ハーヴェイは転がり頭を抱えながら、思いの丈を打ち明けた。
「だって…!今のスタンが可愛すぎて!!15歳に戻った時…!俺、寂しくなっちまうかもしれねえんですよ!!
だけどいつものスタンに会いたい!!なのに2歳のスタンがくっそ愛おしくて、同時にあの子は異質だとも思っちまう…!」
彼は半泣き状態でぶち撒ける。支離滅裂な発言にオーバン達は…呆れたように「はあっ?」と声を出した。
彼にとっては深刻な悩みだったようで、もうどうしていいか分かんねえ!!と叫んだ。
「あっはっは!!ハーヴェイ卿、貴方さては末っ子ですね〜?」
部屋にいる皆が言葉に迷っている中、タオフィは堂々と笑い飛ばした。
「それがどうした!?笑いごとじゃ…」
「子供の成長を寂しく思うのは、正常な感性ですよ?」
「……っ」
咄嗟に反論出来ず、タオフィは言葉を続ける。
「異質だと思うのも当然、自然の摂理に逆らってるんですから。
今は深く考えず、ただ可愛がればいいんですよ!いやー、此方も10歳離れた弟がいるんですけどね〜。
此方が親代わりで育児しましたけど。年々手が掛からなくなってきて、それが嬉しくて寂しくて。ふと赤ん坊を見ると、「あの子もあんな時があったな〜」って懐かしく思います」
その横顔にはどこか影があり…ハーヴェイは己の幼稚さを恥じるように俯いた。
こんな中途半端な気持ちじゃ、セレスタンに悪影響だ。そう考え距離を置いていたが…
「…スタンの事、可愛い妹だと思っていいかな…」
「当ったり前じゃないですかー!んじゃ行きますよ!!」
「ちょおぉーいっ!!」
「姫を守るのは騎士の務め!!ゴーゴー!!」
「さっきから思ってたけど、姫って何!?」
「精霊界のお姫様ですから!」
タオフィはハーヴェイの首根っこを掴み、元気よく窓から飛び出した。
その頃セレスタンは…何故か厩舎にいた。
「うぴ〜!うへへぇ、にょほほっ」
「変な笑い方だなお前…」
「あああ、お髪がべとべとですぅ…!」
彼女はジェルマンに抱かれた状態で、馬達によって頭を食われていた。どうやら動物にモテるのは変わらないらしい。
「うへへ、くちゃーい!」
きゃー!と笑いながら馬の顔を撫でる。ハーヴェイはタオフィと共に物陰から観察し…初めて会った時の事を思い出す。
「おてわちたい」
と主張するので、ジェルマンが彼女の脇の下を持ち掲げる。
「ごちごち、いたくない?」
「ブルルンっ」
「よち!」
セレスタンは両手でブラシを持ち、一生懸命に馬の背中を撫でる。ハーヴェイは懐かしい光景に、目頭が熱くなる。
小さな身体でちょこちょこ働く姿が…愛おしいと思った。
そして今、あの日と全く同じ感情が胸を温かくしてくれる…
「……!」
「え、ハーヴェイ卿?」
たまらず飛び出して、自分もブラシを手に取ってセレスタンの横に並んだ。
「おにいちゃん…」
「…スタン。俺も一緒にしていーか?」
「…!うん!」
2人は今度こそ本当の笑顔になり…笑い声を響かせながらブラッシングをする。
「ヒヒン!」
「んだこの馬!!俺よりスタンがいいってかコラァ!!」
「おにいちゃん、めっっっ!!!」
「ごめんなさい…」
「ブルルッ(笑)」
馬の態度が明らかに違いすぎて、通りがかった馬丁達も笑顔になる。
ハンターが大きくなって「我が君、俺にもお願いします」とブラシをねだる。するとヘリオスも、セレネも、フーゴまでもおねだりを始めた。
「もう、でんばんね!!」
「…あ、順番か!」
セレスタンは満面の笑みで、順にブラッシングをしていくのであった。
それから吹っ切れたであろうハーヴェイは、暇さえあればセレスタンを訪ねる。
「スターン!見てみて、可愛いだろっ!」
「わあ、おにんぎょうたん!」
ある日にはビスクドールを持って来たり。ぬいぐるみだったり、おままごとセットだったり。大喜びするセレスタン。
それに対抗意識を燃やしたパパが更におもちゃを持って来て…皇帝に怒られるまで、あと数日。
※※※
「きょおはね、おうまたんといっぱいあちょんだ」
「そっか」
セレスタンは就寝前、グラスに1日の出来事を報告するのが日課になっていた。瞼が落ちてきたところで…グラスはセレスタンを強く抱き締める。
「…セレス」
「んー?」
「おれな、本当はミコトって言うんだ。お前には…そう呼んで欲しい」
セレスタンはグラスの目を真っ直ぐに見た。
数分後、彼の胸に額をぐりぐり擦り付け…「いや」と拒絶した。
グラスは僅かに目を開き、優しく「どうして?」と問う。
「…ぐやちゅがもとめてうのは、てーやない。ぼくでちょ?」
「…!!」
その発言に精霊達も動揺を隠せない。記憶が…?という言葉は無視して、目を閉じて続けた。
「ごめんね…ぐやちゅ。
てーは、あなたのいちばんになえない」
「セ…セレスティーヌ…」
「ちがう。ちょえはぼくのことでちょ?」
くあぁ…と大きく欠伸をする。グラスの背中に嫌な汗が流れる。どうして…という呟きは声にならなかった。
呆けているうちに、小さな寝息が聞こえてくる。
グラスは…気付かないうちに涙を流していた。
「なんで…どうしておれを拒絶する?セレス…」
おれはただ…お前にはいつだって笑顔でいて欲しいだけなのに。
だがそれこそがエゴなのだと、本人は知りもしなかったのだ。




