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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
82/102

「え、誘われてる?」トゥンク…



 セレネは呼び鈴も鳴らさずパリーンと侵入、ルクトルの護衛騎士とあわや戦闘になりかけた。それもランドールが間に入ったお陰で回避、タオフィは糸を辿る。


「この部屋ですね。トントンと」


 そこは執務室。ノックをし部屋に入ると、驚いた表情で彼らを見るルクトル、シャルロット、ナディアがいる。


「皆様どうなさいましたの…?貴方はテノーの?」


 糸はシャルロットの左手に繋がっていた。簡単に経緯を説明し、タオフィがシャルロットの座るソファーの横に膝を突いた。


「よろしければ、此方に見せていただいてもよろしいですか?」


「は、はい。もちろん」


 戸惑いながらも差し出す。タオフィはその手を取り、スッと目を開き…


「……………」


「あの…?」


 チッ…チッ…と、時計の針の音がやけに大きく響く。皆固唾を呑んで、タオフィの言葉を待つ。

 タオフィは普段細目で分かりづらいが、宝石のように美しい紫の瞳だ。それが段々と…赤く変化する。

 それを間近で見ているシャルロットは驚き、反射的に手を引っ込めようとした。だが完全に握られてしまい動かず…恐怖心を抱き始める。


 タオフィがゆっくりと左手を上げて、手首に巻き付く糸に触れた。瞬間僅かに肩を震えさせたが、手を離そうとはしない。



「………ふむ。ありがとうございました、もう大丈夫でーす!」


 彼は笑顔で手を離し、明るい口調でそう言った。何か分かったのか?と四方から問われて、困ったように頬を掻いた。


「結果から言えば進展はありました!ですが〜…令嬢、少々2人きりでお話出来ません?」


 皆で顔を見合わせる。だがここはタオフィを信じて…隣の部屋、書斎に移動した。

 未婚の男女である為扉は完全には閉めないが、音が漏れないよう魔術は掛けた。



 椅子を持ってきて向かい合うように並べる。シャルロットは居住まいを正してタオフィを見据えた。


「最初に言っておきますが。此方の話を聞いて、ご自身を責めないでくださいね?」


「それって…お兄様が幼児化したのは、私が原因という事ですか…!?」


 シャルロットは手を震わせる。タオフィは全て話すから、早まらないよう告げた。



「集中して糸に触れて…貴女の想いが伝わってきました。どれ程セレスタン君を愛しているか…それと。

『私を頼って欲しかった。信じて欲しかった。寄り掛かって欲しかった。戻りたい。お兄様が苦しみを知る前、無垢な頃に』

 その悲痛な叫びが、女神クロノスに届いたようです。それが動機になって、後はフェンリル様の仰る通り気まぐれなんでしょうね」


「そ…え、え…?わた、わたし…が、願ってしまった…?」


 シャルロットは静かにパニック状態に陥った。全身の血の気が引いて呼吸は荒くなり、夏だというのに指先は氷のようだ。


「は…っ、はっ、はっ…!」


「令嬢!落ち着いて、ゆっくりと息を吐いて!!」


 彼女は過呼吸を起こし始め、椅子から滑り落ち身体を曲げて苦しむ。タオフィは立ち上がりその手を伸ばし、落ち着かせないと……と思った瞬間。


 バギィッ!!

「お嬢様ああぁーーー!!!」


「おっぼぉっ!!?」


 扉が吹っ飛び、勢いのままバジルがタオフィにタックルをかました。タオフィは華麗に着地を決め大事には至らなかったが、目の前の光景に唖然とした。



「う…ふぅ………んんっ!!?」


 バジルが…シャルロットを押し倒してキスをしていたのだ。彼女は真っ赤な顔でバジルの背中を叩くが、腰と後頭部に腕を回されているもので身動きが取れない。結局呼吸が安定するまで…離してくれなかった。


 タオフィは「いやん」と言いながら顔を両手で覆い(指の隙間から見ている)、破壊音に集まったルクトル、ランドール、セレネ、ナディア、騎士も同様のポーズを取った。



「ふう…ご無事ですか、お嬢様。一体何が…」


「…………」プシュウゥ…


 シャルロットは頭から湯気を立てて、彼の腕の中で軟体動物のように溶けた。


「お嬢様…?貴方、何をなさったのですか!!」


「何かなさったのは貴方では?」


「?」(ただの救助活動だと思っている)


 廊下でランドールとルクトルが「無自覚だ…」「タチ悪いやつだ…」「逃げる気だ…」と好き勝手言っている。

 ナディアがシャルロットを受け取り、帰って来たばかりのバジルに状況を説明。理解したバジルはゆっくりと天を仰ぎ…土下座した。



「大変、申し訳ございません…!てっきりタオフィ様が何か…と、完全に僕の早とちりでした!!!」


「いいえ、ご馳走様です。どうぞお顔を上げてください」


 タオフィが慈愛の表情で手を差し伸べるも、プルプル震えるばかりで土下座をやめない。よく見ると…首まで赤くなっている。今更羞恥心が襲ってきたようだ。


 シャルロットも気絶してしまったし、この様子では話は無理そうだと判断した。タオフィはセレスタンとも話したいので、また明日来ますね〜、と屋敷を後にした。


「若いっていいですね〜」


「そういえば…タオフィさんはいくつなんだ?」


「24歳独身です!」


「そこまで聞いてねえ〜」


 雑談をしていたら、あっという間に皇宮へ帰って来た。セレネはタオフィの頭を齧りながら「教えろ!!」と言うが、下手に口を出すのはまずいと答える。



 すぐにルキウスの執務室に呼ばれて同じ事を言われるが、タオフィの返事も変わらない。


「これはあの兄妹の問題です。ただ1つだけ、はっきりと申し上げるべき事が」


 なんだ?とルキウス、ルシアン、ハーヴェイ、プリスカ、ギュスターヴが身構える。



「2人を繋ぐ糸が切れたら、セレスタン君は二度と元には戻りません。正確には…ただの子供として再び成長を始めるでしょう」


 部屋に沈黙が落ち…ハーヴェイは顔を青くした。そしてタオフィの胸ぐらを掴み、「どうしたら切れてしまうんだ!?」と詰め寄った。

 ギュスターヴが羽交い締めにして離すも動揺は治らず、その様子をタオフィは静かに視る。


「……不確実な事は言えません。ちょっとセレスタン君に会ってきますね。何か掴めるかもしれないので」


 彼は頭を下げ背を向ける、ランドールも後を追った。

 残された者達は皆口を噤み、暫く身動きが取れずにいた。




 ※




「こんにちは〜セシル君!」


「こんにちわ」


「……セレスタン君!」


「はあい?」


 セレスタンは短い腕を突き上げ応える。タオフィは何度も『セシル』と『セレスタン』を交互に呼ぶ、カリエ達は行動の意味が分からず黙って見ている。


「此方はタオフィでーす。呼んでください♡」


「たおふぃ」


「ヒュゥー!」


 彼らはキャッキャッとハイタッチ。その際タオフィが右手を優しく掴む。


「わお、弟が小さい頃を思い出します〜。ちっちゃいお手手ですねえ」


「むふー、ちゅぐおっきくなうよ!」


 笑顔で手を撫で、静かに糸に触れると…彼は今度は、ビクリと大きく肩を跳ねさせた。


「どちたの?」


「……っ、いいえ〜。うっかり寝ちゃったみたいですね」


「おねむなの?」


「ねむねむです」欠伸をする


「ふうん…」


 それから暫くぬいぐるみで遊ぶも、夕飯の時間だとジェルマンに連れて行かれた。


「またあちょんでね、たおちゃん」


「待ってますよ、セレス君」


 不思議な事に、彼らはこの短時間でかなり仲良くなっていた。ランドールは「精神年齢が近いのでは?」と疑いの眼差しを向ける。



 直後グラスも神殿から帰って来て、男4人とセレネが顔を突き合わせる。


「して…魔術師殿。何か分かりましたかな?」


「……少し、頭を整理させてください。ただ…()()を『セシル』と呼ぶのはおやめください」


 カリエ、ランドール、グラスは全身を強張らせた。それでも追及はせず、セシルと呼んではいけない理由を訊ねる。


「人間は表情で感情を誤魔化せますよね。ですが魔力の揺れは隠せないんですよ。

 此方にはそれが見えます。皆様も現在取り繕ってはいますが、内心狼狽してますね。

 あの子はセシルと呼ばれる度、無意識でしょうが心にヒビが入っているような…何かが消えていくような感じがします。

 いいですか?これからする話は他言無用です、たとえ相手が陛下でも」


 タオフィは彼らに向かって開眼し、確信を持って口を開く。



「あの子は皆様が今の自分を見ていない事を察しています。『セシル』という幻想(にんげん)を生み出して自分に押し付けている事…そして彼女は応えようとしています。

 此方の推測ですが…セレスさんが『セレスタン』である自分を放棄すること。それともう1つの条件が併さってしまったら糸は切れます」


 彼の表情がどこか怒りを帯びているようで…ランドールが恐れながら問い掛ける。


「もう1つ…とは?」


「…知らないほうがいい。本人すらも…」


「おい。それはフェンリルであるわたしにすら言えぬという事なのか?」


「はい。申し訳ございません…」


 タオフィは顔を逸らし、それ以上誰も発言しなかった。


 全員無言で、まずランドールが退室して。グラスはセレスタンのベッドに腰掛け…カリエは隣の部屋に戻る。



「…セレス…セレスが…本当に消える…?このまま、ただの子供に…」


「…………」


 グラスは目の焦点が合っていない状態で、膝に肘を突いて項垂れブツブツと呟く。


 セレスタンと初めて出会った時の事から…愛していると自覚して苦しんだ頃、想いが通じ合った日の喜び。ここ数年の出来事を思い出しては、様々な感情が渦を巻いている。

 その様子をタオフィは、不安を覚えながら見守る。


「……(笑っている…?)」


 タオフィは感情の揺れを読み取れるが、どういった想いなのかは状況から判断するしかない。今もグラスの精神は大荒れ状態なのに…髪の毛の隙間から見える表情は、僅かに口角が上がっているような…



 いいや、愛する女性が消滅しようというのに…喜ぶ男がいるものか。頭を振って部屋を出る。

 彼は先程糸に触れた際、彼女の記憶が流れ込んできてしまった。それはシャルロットの比ではなく、剥き出しの感情だった。


 両親の愛を切望し、足掻いて苦しむも報われなかったこと。

 初恋からの失恋。心無き誹謗中傷。皇太子への恋心。何度も壊れかけた精神。数少ない友人達。自分を妹だと言ってくれる大人達。お父さんのようなひと。大好きな精霊達。

 そして…愛する男性。可愛い妹…に対する愛憎。それらは全て『今の』セレスタンは覚えてもいまいが、魂に刻まれていた。


 タオフィは廊下の途中で足を止めて、壁にもたれ掛かる。フゥー…と深呼吸して両手を見つめた。


「はあ…此方は世話焼きな人間じゃないんだけどなぁ…」


 それでも、知ってしまったからには放っておく訳にはいかない。まずテノーには休職する事を伝えて…弟の面倒も頼んで…それからこっちでの居住…

 今後の計画を立てながら、ルキウスの執務室へ向かった。




 ※※※




「たおちゃん!」


「お?なんでしょうか〜?」


 ルキウスは食事中で不在だったので、ランドールと食事をとりながら今後について決めた。今頃ルキウス達に広めているはずだ。

 客間を用意してもらったのだが、セレスタンはタオフィの顔を見た途端飛びつく。グラスは穏やかに微笑んでいるのが、少々の不気味さを醸していた。


「おふよいくよ」


「……はい?」


 お風呂とな?と頬を引き攣らせる。セレスタンはアビーの静止も振り切ってポンポン脱いでいく。オムツ一丁になったところでタオフィも脱がそうと服を引っ張った。


「セシ、セレスタン様ー!!はしたないですぅ!」


「ぬいで!!」ぐいぐい


「イヤー!!この子将来有望!此方も積極的な女性は大好きですけども、15年後にお願いします!!」


 セレスタンは半ギレ状態でセクハラ行為に及んでいる。周囲の大人は「いくら子供でも男性と入浴は駄目!!」と猛反対。今大ピンチなのはタオフィである。

 渋々諦めたセレスタン。アビーに抱っこされて浴室へ消える。


「おふよはいって、べっどでまってなちゃいよ!」


「え、誘われてる?」トゥンク…


 その隙にタオフィは隣室へ避難、カリエに助けを求めた。だが…「眠そうにしていたから、お世話をしたいのでしょう」と笑われてしまった。

 逃げられなさそうなので、簡単にシャワーを浴びて部屋に戻る。すぐにセレスタンも上がって…



「はーい、ごちごち」


「お、おぐぅ…」


 セレスタンはタオフィを座らせて、歯ブラシを口に突っ込んだ。なんとか喉に刺さらないよう注意しながらされるがまま、なんともハラハラする攻防だ。

 それが終わるとセレスタンはベッドに上がり、枕を叩いた。


「ねて」


「いやあ、此方は…」


「ねなちゃい!!」


「はいっ!」


 横になるといそいそと布団を掛けられる。彼女は枕の横に座り、タオフィの顔を撫でた。



「おとらがあかくなってきて たあたみなたんおうちにかえよ〜

 ぱぱとままとおててをつないで おつきたまとおいかけっこ〜

 かげたんばいばいまたあちた おいちいごはんもまってうよ きょうもいっぱいあとんだね〜」


「…………」


 タオフィはその子守唄を聴きながら…触れてしまったセレスタンの記憶を思い出す。



 繰り返し歌ってくれた乳母の思い出。

 その歌声が大好きだった。どれだけ嫌な事があっても心が癒された。それが突然去ってしまった…


 3歳までは妹と手を繋いで眠っていた。夜中に目を覚ましてぐずった妹に、拙いながらに歌ってあげた。すると笑顔になってくれて嬉しかった。


 おじいちゃんと慕う老人が怖い顔をしていた。それが自分のせいだと、直感で気付いた。

 だから今のように横にして、優しくなれる子守唄を歌った。


『ああ…お嬢様は、本当に美しい歌声をお持ちだ。儂のような者の心まで、溶かしてしまうのだから…』


 老人は涙を流して眠りについた。なんとなく…最悪の事態を免れた気がする、とタオフィは思った。



 そして今。セレスタンの歌声が部屋に響き渡っている。


「(…温かく、優しい歌。精霊に好かれるのも分かる気がする…)ん?」


「……ふわあぁぁ…」


 歌が途中で止んだと思ったら…セレスタンは丸くなって頭を揺らしていた。

 そっと手を添えて横にすれば、すぐに寝息が聞こえてくる。


「自分の歌で寝た…」


 タオフィは吹き出したいのを堪えてベッドから降りる。

 この部屋はグラスも一緒に暮らしている状態で、入れ違いでベッドに上がった。



「…グラス君」


「はい、なんでしょうか?」


 2人を残して全員退室しようとしたが…タオフィは廊下に足を踏み出した状態で立ち止まる。

 


「此方は他人の人生に口出しできるような人間ではないが」


「?」


「今のお前は間違っている」


「は…」


 言葉の意図が掴めず、グラスは少々苛立つ。だが…タオフィが鋭い視線を送っている事に気付き、その姿に慄いた。


「…おれの何が間違っています?ただ好きな人の側にいたいだけですが。ああまさか、相手が2歳児だからなん…」


「ふざけるな」


「…っ」


 怒気を孕んだ声で両断され、グラスは口を閉じた。

 数秒間の睨み合いの末…タオフィは静かに部屋を出る。精霊もヘリオスも不安そうにグラスを見るが、彼は笑っていた。


 グラスは眠るセレスタンを抱き締めて目を閉じた。





 間違ってなんかいない。おれは…


 これは、神がおれにくれたチャンスかもしれない。やり直す為の…



「…セシル。セシル…ああ、お前はセシルだ」


「う…」


「おいグラス。セシルと呼ぶなと言われただろう」


「眠っているんだ、聞こえないさ。なあセシル…」


 セシルが眉を顰めた。グラスは益々笑みを深める。

 その額にキスをして、明かりを消した。



 このまま…両親の代わりに大勢の愛を貰って。精霊に守られて。苦しみも悲しみも何も知らないまま、大きくなればいい。

 大丈夫、おれは待てる。あと15年したら…もう一度告白しよう。


 これまでの思い出が消えるのは悲しいが…おれは全部覚えてる。だから…



「おやすみ、セレスタン…」



 グラスの表情は、暗闇に紛れて見えない。


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