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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
80/102

「あ…いかん、キャラを忘れてた」



 ルシアンが学園に着いたのは3時限目も終了していた頃。


『ルシアン、遅かったですね。次は移動授業ですよ、行きましょう!』


「…………」


 無意識にセレスタンの席に目をやった。主人のいない机…寂しさを紛らわす為、強く唇を噛んだ。




「殿下〜、お昼ご一緒しませんか?」


「………」


 昼食時、以前は『お友達』であった生徒が群がってくる。男も女も、また『皇子の友達』という肩書きを求めて。

 ルシアンは「ハッ」と鼻で笑ってみせた。


「何故私が貴様らと?」


「え…お友達ではございませんか〜」


「ほうほう。仮にお友達だとして、貴様らと連むメリットがどこにある?」


 彼は足を組んで机に肘を突き、見下すように顔を歪めた。すると自称お友達軍団は、口元を微妙に引き攣らせた。


「お、お友達とは損得で決めるものではありませんわ!」


 どの口が、と言い掛けて止まる。その様子を見た軍団はいける!と勘違いして続けた。


「殿下はどうしてラサーニュ様と一緒にいますの?失礼ながら、あのお方はとても…」


「楽しいから」


「「「え…」」」


 ルシアンは、彼女の話をする時はとても優しい表情に変わる。彼が微笑むだけで、女子生徒は顔を赤くしてしまった。


「言葉を交わすと心が温かくなる。彼の力になりたいと思う。

 それ以上何が必要だ?私の友人はセレスと…精々ユルフェくらいだな。アレも中々、見ていて面白い」


「……だーれがアレっスか」


「お、来たなアリス」


「それやめてくれませんかねえ!?」


 ルシアンが手を振る先には、目を吊り上げているアリスティド。その風貌は相変わらず不良的で、お坊ちゃん達は後退る。

 上級生の教室だろうとお構いなし、避ける人に睨みを利かせながらルシアンの席を目指す。


「なんだ、セレスにはアリス呼びを許しているではないか」


「そ…うっスけど…!このツラでアリスはねえでしょ!?」


「はっはっはっ」


 ポカンとする生徒達を放置し、連れ立って教室を出ようとする。扉の直前で足を止め、枠を握り締めて…


「……次にセレスを貶めてみろ。二度と社交界に顔を出せないようにしてやる」


「ついでにその顔面も、太陽の下を歩けないようにしてやるぜ」


 重苦しい声色、鋭い視線に無関係な生徒まで慄いた。それはただの脅しではなく、本気だろう…と皆に納得させるには充分な威圧感だった。




「んで…先輩はどうなんスか?」


「相変わらず、ただの可愛い子供だ」


「…っスか…」


 2人は屋上へ…は行かないようだ。男だけで屋上とか気色悪い、とかなんとか。その足で向かうのは、セレスタン曰く「アジト」である。



「入る…ぞ?」


「うおっ!?ノックしろ!」


「「………」」


 アジトの扉を開ければ、オーバンがいくつもの雑誌を広げて唸っていた。慌てて隠そうとするも間に合わず、ルシアンが1冊奪うと。


『女の子へのプレゼントにオススメ☆着せ替えお人形セット・金貨5枚』


 というページに付箋が貼ってあった。


「こっちゃぬいぐるみ特集っスね」


「…何をやっているんだ、仕事中に」


「……やかまし」


 結局男3人で、ランチついでにプレゼントの話題で盛り上がった。

 彼らはすぐに15歳に戻る、と信じているから。大きくなっても持ち歩ける物がいいんじゃね?という方向に決まった。




 ※※※




「ルシアン様」


「ルネか…」


 グラスを迎えに行く約束をしていたルシアンは、時間まで買い物に行こうと思い、終業後すぐに席を立った。そこへルネとジスランが声を掛ける。


「その、セレスさんは…?」


「…何も変わらない。セレスタンの記憶も無い、可愛い2歳児だ」


「「………」」


 ルネ達は顔を見合わせて、自分も会いに行きたいと懇願する。


「会ってどうする?」


 だがルシアンは突き放す。

 あの子は確かにセレスタン・ラサーニュだけど。皆の知るセレスタンではない。その事実を、彼女と親しい者ほど受け入れ難いはずだ。


「もしもあの子を傷付けてみろ…私は絶対に許さない」


「……会いたい、だけなんです…」


 ジスランが拳を握りながら、苦しげに言葉を吐き出す。ルシアンはその姿に、尚更駄目だと背を向けた。


「…今の彼女はセシルという偽名を使わせている、何故か分かるか?」


「周囲の者への対策でしょう?」


「それもある、が。

 何より…『セレスタン』と『セシル』を別人として見る為なんだよ。ハーヴェイ卿は特に、その傾向にある気がする。

 彼女はただの、身寄りのない女の子。そう思い込む為…理由は語らずともいいだろう」


 彼らも心当たりがあるのだろう、その言葉に眉を下げた。特にジスランは今にも泣き出してしまいそうな程で…ルシアンは短く息を吐いた。


「…お前ほど演技が下手な者はいまいよ。社交界においては致命的な弱点だろうが…私は美徳でもあると思う。

 セレスは必ず戻ってくる。だから…その時こそ、涙でも流して迎えてやるんだな」


「「…………」」


 ルシアンが微笑みながら言うもんだから、2人は固まってしまった。その反応にルシアンはハッとする。


「あ…いかん、キャラを忘れてた。

 こほん。貴様らごときが私の貴重な時間を浪費しおって…なんか違うな。

 ちょっと待て。もう少し勉強しておくから」


「へ…?ちょ、ルシアン様?」


「じゃっ」


 ルネが手を伸ばすも、ヒラリと躱してルシアン逃亡。ふとジスランが、彼の机の中から一冊の本がはみ出しているのに気付いた。何気なく手に取ると…


『俺様系男子になるためのポイント』


 というタイトルの分厚い本。



「「………………」」


 彼は一体何を目指しているのだろう。ルネ達は憐れみの目をして、そっと本を戻した。




 ※※※




「いいか?隣の部屋にセレスがいる。決して落胆した表情を見せるな。あの子を否定するな、それを守れなければ皇宮から追い出す」


「…はい」


 グラスは説明を受け、心の準備が出来たら来るようにルシアンに言われた。

 今はカリエの部屋にてソファーに腰掛け、拳を強く握り唇を噛む。ラファエルは先に隣に行っており1人考える。自分は笑顔を向けられるだろうか…涙を見せてしまわないか、不安が付き纏う。


 それでも最愛の彼女の側にいて、支えてあげたいと決意した。戻れるように…最善を尽くすのだ、と。


「……行こう」


 涙が滲む目を擦り、顔を上げて立ち上がる。大丈夫、大丈夫。きっと元に戻れる…と繰り返し唱えながら部屋を出ると。


「?何をしているんですか?」


「「「しーーーっ!!」」」


 何故か廊下にメイドや騎士や皇子が大集合していた。皆扉に張り付き、隙間から中を除いている。グラスも下から潜り込んで同様にすると、そこには──



「野原で楽しい追いかけっこ♩ ピョンピョン跳ねてるウサギさん♪」


「ぴょんぴょん」


「お日様ぽかぽか日向ぼっこ♩ お腹を出してる子猫ちゃん♪」


「にゃーにゃー」


「しんしん降ってる雪の中♩ 元気に走り回る犬さん♪」


「わんわんっ」


 天使達の歌声に合わせて…ノリノリで腰や腕を振るセレスタンの姿があった。

 どうやらお遊戯の真っ最中のようで、見られては恥ずかしがるからと全員カリエに追い出されたのだ。

 くるくる回ってドタバタ走り、大人達はその愛らしい姿に悶えている。


「いっぱい遊んでくたくたね♩ 暖かい布団でお休みよ♪」


「ぐうぐう…」こてんと転がる


「「「お上手です、我が君〜」」」


「えへへ」


 無邪気な笑顔を見せて、身体をくねらせて喜ぶセレスタン。皆が温かい目で見守っている中…グラスはどこか虚な目で眺めていた。


「どうした?」


「……いっそ…このまま…」


「グラス…?」


 彼は立ち上がり扉を開けて、驚きに固まるセレスタンの元へ歩み寄る。



「「…………」」



 グラスは膝を突き視線を合わせた。2人は真っ直ぐに見つめ合い…グラスが右手を差し出すと、セレスタンは両手で取った。


「初めまして。おれはグラスって言うんだ」


「てーはてえうたんだよ。てちうでもいーよ」


「うん…セシル。おれも一緒に遊んでいいか?」


「うん、いいよ」


「ありがとう」


 グラスは笑顔になって、一緒におもちゃ箱を漁った。一見すれば微笑ましい兄妹のような光景なのだが…ルシアンはどこか、一抹の不安を抱いた。


 それから30分程して、セレスタンは夕飯の席に呼ばれた。ジェルマンに抱っこされ皇族の揃うダイニングへ向かう。グラスは使用人のように後ろを歩く。





「ルクトル、ラサーニュの現状はどうだ?」


「予想以上に酷い有様です。特に貧富の差が激しく…伯爵は税率70%を課していましたが、民への還元はほぼ無かったようです」


「「ハア…」」


 ルクトルはラサーニュに滞在しているが、週に2日は帰る予定だ。食事中に報告をすると、皇帝とルキウスは揃って頭を抱えた。


「あそこまで愚かな男だとは思わなかった…」


「はい、令嬢も憤慨しておりました。

 あ、それで…町に降りて領民の話を聞いてみたのですが。どうやらセレスタン君を支持する声が多いんです」


 それには皇后とルシアンも反応した。噂によれば…



 ラサーニュ令息は変装して身分を偽り、2人の少年を連れて飢えていた領民を救った。

 どれだけ拒絶しようとも諦めず、ひたすらに声を聞いてくれた。

 伯爵家の下男が操縦する馬車が暴走して、少女が轢かれそうになってしまった。それを身を挺して庇った…



「他にも色々と。その…馬車の事件以外は、野菜を売っていた時同様エレナと名乗り女性として行動していたようです。

 ですが同一人物だと知れ渡ったようで…彼を称賛する声が多く上がっています。

 2人の少年とはリオ君とグラス君のようで、リオ君に詳しく聞いてみました。

 セレスタン君は伯爵を徹底的に追い出す為、証拠集めを行なっていたようです。ですが兄上とランドールも独自に追っていたんですね、そして令嬢のゴリ押し捜索…

 あ、それと昨日実家に帰っていた夫人が現れました。荷物を取りに来たようで、見張りを付けようと思ったらすごい剣幕で追い出されてしまって…

 寝室も捜索済みですので、仕方なく彼女のみで荷造りをしていました。その後…」


 ルクトルの報告がひと段落したところで、皇帝が大きく息を吐いた。



「それで…負債を返す目処は立っているのか?」


「まだその話は出来ていません。令嬢も「そこまでお世話にはなれない」と仰ってますし」


「……こちらから提案があったのだが…令息があの様子ではな…」


 皇帝はワインを一口飲み、考えるように目を伏せた。その言葉にルシアンは顔を曇らせる。


「父上…セレスに何か?まさか…彼を無理矢理手に入れるおつもりですか?」


 彼は持っていたスプーンが曲がる程強く握り、皇帝を睨み付ける。慌てて「違う!」と否定した。


「その、教会についてだ。土地ごと国に売って欲しい…と言いたかったのだ」


「教会…?」


 それ以上はここでは言えない。だがラサーニュ領には、金に代える事も出来ないような宝がある。そう告げれば、ルシアンも一応は納得して怒りを静めた。


「まあ結界が厄介だが…彼らにとって悪くない提案だと思うのだ。後はラサーニュ家の評判は下がるだろうから、それを挽回するのは令嬢の仕事だな」


 管理者と思われるセレスタンとは話せないのが現状。シャルロットに話を通すしかないか、と皇帝はため息をつく。

 ただまあ…教会と共にセレスタンを皇室に引き入れる事が出来れば。そこはまだ諦めていない。




 と、その時ダイニングの扉がノックされた。ジェルマンの声で「セシルを連れて参りました」と聞こえ、話は一旦終了した。

 すぐに招き入れると、ジェルマンの首に抱き着いたセレスタンが入ってきた。若干不安げな表情に、皇后は「可愛い〜!」とハイテンション。


 彼女の席は皇后とルシアンの間。子供用椅子にちょこんと座らされ、すぐ後ろにジェルマンとグラスが控える。


「……?こん、こんばん、わ」


「こんばんは〜、いい子ねえ」


「んへへ」


 皇后は限界まで目尻を下げて頭を撫でる。先程までの殺伐とした空気は霧散して、セレスタンの前にも料理が並べられた。子供用のサラダ、パン、ハンバーグ…セレスタンは料理と皇后の顔を交互に見た。


「わ〜、でんぶたべていいの!?」


「いいのよ〜」


「わあい!」


 張り切ってフォークを手に持ち、細かく切られたサラダをいっぱいに頬張る。

 皇室一家は自分達の食事の手を止めて、彼女の食事風景を眺めている。それに気付き、恥ずかしくなったのか手を止めてしまった。


「うー…みないでよう」


「あらあら、ごめんなさいね。ねえセシル、私の事は…おばさんって呼んで?」


「では私はおじさんか。オーバンがパパだと聞くし」


「おばたん?おいたん?」


「「は〜い」」


 夫妻はデレッデレである。三兄弟はムッとして、自分達はもう一緒に遊んでる仲ですし〜?と張り合う。何故か一家で静かな争いが始まったので、セレスタンは食事を再開した。のだが。


「う……きのこ…」


 ハンバーグの付け合わせに、彼女の苦手なキノコが入っていたのだ。その小さな唇を窄めて、キノコを睨み付ける。キョロキョロと周囲を見渡し…



「いいですか、一番最初に抱っこしたのはこの私、で………」


 ルシアンが途中で切ったので、皆で不思議そうに彼の視線の先を辿ると…


「も…もう、ちょっと…!」


 プルプル震える手で…ルシアンの皿にキノコを移そうとしているセレスタン。バレてないと思っているのだろう、実に堂々とした犯行だ。

 ルシアンがすすす…と皿を近付けると、顔を綻ばせてキノコを乗せた。任務完了!と言わんばかりの晴れやかな表情に、一家も使用人も全員頬に力を込める。



「…明日は私の隣に座らせようか」


「兄上、抜け駆けは無しですよ。明日は僕です」


「いや私だろう」


「私のお膝の上でもいいかしら?」


「?」


 ひょいっと皇后が膝に乗せた。セレスタンが首を傾げる姿に、皇后は思わず頬にキスをする。うきゃきゃと喜ぶセレスタン、彼女もお返しをした。


「てーも、ちゅー」


「ふふ、ありがとう。それにしても可愛いわねえ、どこからどう見ても女の子だわ〜」


「おんなのこだよ?」


「「え」」


「「「あ」」」



 しん……と、一瞬にして沈黙が。三兄弟はやっちまった…な目をして、夫妻は呆然としている。



「え、と。女の子…?」


「うん。てーはおんなのこだもん。でもひみつなの、ちーだよ!」


「シー…ね?分かったわ…」


 皇帝は目線で息子達に説明を求める。3人はダラダラと汗を流して…なんとも言えない空気が漂ってしまった。

 そしてグラスは…歯軋りをして、揺れる感情をなんとか抑えようとしている。



「(……知ってたのか?)」


「「「(はい………)」」」


「(なんで黙ってた…?)」


「(後で必ず説明します…ちなみに叔父上もご存知です)」


「(あの野郎…!)」


 セレスタンは皇后が見ており、男4人は集合して内緒話を始めた。マナーが悪い、など言う者はいない。皇帝は脳内であらゆる情報が目紛しく行き来し纏まらない。なんとか絞り出したのは…



「……ルシアン、婚約する?」



 だった。



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