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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
78/102

「今までのセレスタンはどこに行っちまうんですか…?」



「……ぬぅ〜…」


 眠い目を擦りながら、セレスタンはゆっくり起き上がる。


「お目覚めですかな?」


「でーで!ここどこ?」


「ほっほ、新しいお家ですよ。それより…」


 知らない部屋、豪華な家具、フカフカなお布団、肌触りの良い寝巻き。全てが新しく、セレスタンは驚きに固まった。

 そこへお馴染みの老人を見つけ、安心感から抱き着いた。カリエは優しく抱っこして、エルフとファイアー・ドレイクを呼ぶ。どちらも…消滅寸前だった。


'は、早くぅ…!名前プリーズ!!'


'もう保たないいぃ…!'


 顔は窶れて身体は半透明。ゾンビのように呻きながらセレスタンにしがみ付く。


「ぴやーーー!!」


「怖くありませんよ。さあ、名前を呼んであげましょうね」


 それは彼女の睡眠中、オーバンと(殆ど)カリエが決めた名前。


「え?…たびあ。ふーご?」


 エルフのタビア、ファイアー・ドレイクのフーゴ。彼らは水を得た魚のように活き活きとし始めた。


「死ぬかと思ったー!あたしはタビアよ、これからよろしくね」


 タビアは10代半ばの少女のような容姿に。波打つ金髪と尖った耳が特徴の美少女で、その手には弓矢を持っている。


「ウチら精霊は死なんだろうが。ファイアー・ドレイク名はフーゴ。今からお前さんの力になったる」


 フーゴは全長3mはあろう、炎を纏い4本の足を持つ龍のような姿に。



 こうして精霊はセレネとラファエルを除き、7体が集まった。全員小さくなっているとはいえ、専門家にとっては圧巻の光景だろう。


「ここまで来ると、闇と水と地も仲間にしたいよね」


「今の我が君には魔法陣なんて描けないだろうから…やはり直談判を…」


 そんな風に戦力強化の会議をしている傍ら。



「…………」


「おや…どうかなさいましたかな?」


「……ひよい…」


 セレスタンは部屋を見渡す。今まではこの半分以下の空間が彼女の世界だった。故に圧倒されてしまっているようだ。

 ビクビクと壁に沿って部屋を一周し。最終的に…


「…………」スッ…


 部屋の隅っこに膝を抱えて落ち着いてしまった。

 周囲の精霊の事は「よく分からないけど、お友達!」という認識のようで、ハンターとガブリエルをぎゅっと抱き締めている。


 カリエはその姿に…憐憫と慈愛の目を向ける。暫くすると扉をノックする音と「俺だ、あとハーヴェイ卿」とオーバンの声がする。


「うっわ!スタン…?か、かわっいぃ〜!!」


「だーえ?」


 大荷物を床に置いたハーヴェイが目を輝かせて、丸くなっているセレスタンに近付く。怖がっている様子も無いので、そっと手を差し出すと…

 セレスタンは両手で応え、その愛らしさにハーヴェイの心臓はぶち抜かれた。


「体温たけぇ〜…ちっちぇえ〜!俺ハーヴェイ、呼んでみ〜っ」


「は…はーべい」


「惜しい!ハーヴ、いやお兄ちゃんって呼んで!」


「おにいちゃん?」


 セレスタンが首を傾げると、「はうあっ!」と胸を押さえて蹲る。今度は唇を尖らせたオーバンが、セレスタンをひょいっと持ち上げ腕に座らせる。


「俺は……うーん…パパと呼ぶように」


「ずっりい!?」


「ふふん。さあ呼んでみ?」


「ぱぱ?」


「…………」


 その瞬間オーバンに一陣の風が吹く。

 ぱぱ…パパ…何度も心の中でリプレイし、じぃん…と打ち震える。



「よーし、お兄ちゃんのほうにおいで」


 機能停止したオーバンの腕から奪い取り、カーペットの上に座らせた。ここはセレスタンのお遊び場として用意した、やや硬いが衝撃を吸収する優れもの。


「一緒に遊ぶかー?」


 ハーヴェイが持って来た大荷物…おもちゃ箱を目の前に置きながら言う。セレスタンは箱とハーヴェイの顔を交互に見た。


「……あちょんでくえゆの?」


「?もちろん!」


 セレスタンはパアアッと顔を輝かせておもちゃ箱を漁る。


「うーん、うーん…ねえ、こえでんぶてーの!?」


「えーと…全部って言いたいのか?そう、ぜーんぶお前のだぜ」


「うひゃぁ!」


 桃色の頬を更に濃くして、興奮気味に上半身を突っ込む。

 セレスタンはハーヴェイに任せて…オーバンとカリエは大人の会話をする。



「して、殿下。どこまで伝わってますかな?」


「まず皇室一家、普段セレスタンが兄姉と慕う者達。警備の問題もあるから、近衛騎士と魔術師団総団長、副団長。メイド5人とメイドの総括。そして…あん時医務室にいた生徒達。ここまでが子供=セレスタンだと認識している奴。

 それ以外は大事な客人の子供、という話で通す。お前の偽名はマテオだ」


「ふむ…ありがとうございます。ただ…ここでも坊ちゃんと呼ばねばなりませんね」


「……伯爵なんだが。余罪でギリギリアウトの薬物所持とか、違法賭博に出入りしていたのも判明した。それで半年間の収監と爵位剥奪がほぼ決まっている。

 だから…もうこの子が自分を偽る必要は…」


「セレスタンお嬢様は。何よりも…シャルロットお嬢様に知られるのを恐れているのですよ」


「…………」



 2人の視線の先には、ハーヴェイと積み木をして遊ぶセレスタンがいる。


「す、すげえバランス!天才かよ!」


「むふーん」


 褒められてご満悦のセレスタン、精霊も一緒になってどんどん積み上げていく。カリエはその笑顔を見て目を細めた。



「…お嬢様は人見知りもしない、とても良い子でした。ですが…子供らしく我が儘を言うと、乳母であるアイシャ殿が伯爵に叱責されまして…

 それ以来、決して大人を困らせるような事を言わなくなったのです」


「………」



 ガラガラ…


「「ひえー!!」」


 ついに倒壊した積み木タワー、セレスタンの興奮は治らない。もっとたかくつむぞー!と気合充分。少々落ち着かせようと、ハーヴェイがゴムボールを取り出した。


「なー、こっちのボール遊びしないか?」


「もうちょっ……うん!てー、ぼーゆなげゆ!」


「…やっぱ積み木すっか!」


「……いいの?」


「いいの!俺すっげー積み木したい気分、今なら積み木マスターの称号も狙えるぜ!!」


 ハーヴェイはすかさずボールをおもちゃ箱に戻して、積み木を再開する。




「…2歳児が、気遣いなんてすんなよ…」


 オーバンは顔を歪めて拳を握る。

 兎にも角にも、本人の意見を無視して秘密を言い触らすのも憚られるので…この部屋にいる間のみ、セレスタンを女の子扱いすると決めた。

 もう1つ問題点がある。それはセレスタンの名前だ。これはハーヴェイの提案により…


「な〜、セシルって呼んでいーか?」


「てちう?てーのこと?」


「そうそう、セレスタンの愛称だぜっ(嘘)。

 他の人もな、そう呼びたいんだって〜」


「むーん。いいよ!」


 ハーヴェイは背中で親指を立ててオーバン達に見せる。

 セシルなら男でも女でも違和感が無い名前なので、周囲を騙しやすいという考えだ。「セシル、セシル〜」「はーい!」と彼女も受け入れてくれたようだ。



「話も纏まったところで、カリエ医師…いやマテオ」


「ほっほ…外のお客様方、ですかな?」


「………正解」


 カリエはローブのフードを被った。扉を開けると…



「……その、絵本を…ですね?」

「おやつ…一緒に食べよっかな〜と…」

「お昼寝でも…」

「ハーヴェイ卿…1人10分の約束だろうが」

「くじ引きで1番になったからって、調子に乗りおって…!」


「ちっ、ここまでか…」


 お世話をするメイド以外に…ギュスターヴ、プリスカ、ルクトル、ジェルマン、ルキウスが廊下に並んでいた。皆セレスタンを怯えさせないよう、順番に遊ぶと決めたのだ。


 ハーヴェイはセレスタンの頬にキスをして、また後でな!と部屋を出る。

 すぐに足を止めて…中には聞こえない声量で、ルキウス達に胸の内を曝した。


「…スタン。元に戻りますよね?まさか、このまま…なんて、こと」


「「「………」」」


「もしそうなったら…今までのセレスタンはどこに行っちまうんですか…?そんなん、俺…」


 ハーヴェイは途中で言葉を切り、その場を後にした。

 彼の気持ちは皆よく分かる。だが原因も不明な以上…彼らに出来るのは、セレスタンを慈しみ守る事だけなのだ。

 不安の感情を表に出してはいけない。それは…2歳のセレスタンを否定するという事だから。



 先程誰も気付かなかったが…セレスタンは僅かに腕を伸ばして、立ち上がるハーヴェイの服を掴もうとしていた。


「(……わがまま、おこられちゃう…)」


 ぷるぷる頭を振って、おもちゃ箱に積み木を片付ける。

 オーバンも皇帝に話があるという事で、一旦退室。カリエは椅子に腰掛け遊びを見守る。

 次のお相手、ギュスターヴがセレスタンの隣に座った。


「こんにちは、セシル。僕はギュスターヴだよ。ガスって呼んでね」


「がう?」


「ンフフ…っ」


 それでいいや、と思いながら頭を撫でた。その時セレスタンの視線は、彼が持っている絵本に固定される。


「ちょえ、えほん?」


「うん、そうだよ」


「……………」


 裾を握り、もじもじと身体を揺らして俯く。ギュスターヴはその様子に、既視感を覚えた。


「(そういえばあの頃も…ああそうか、こんな小さい頃から遠慮するのが癖になっていたのか…)おいで、セシル」


「……!」


 彼は胡座をかき、膝をポンと叩いた。するとセレスタンはいそいそと乗る。彼の腹に頭を預けて、ふんすー!と鼻息を荒くした。

 更に両腕に、肘掛けのように小さい手が重なる。ギュスターヴはツウゥ…と一筋の涙を流した。




「何を泣いているんだ、彼は…」


「息子、オレの甥っ子ですけど。兄上は絵本を読んであげたいのに、一切興味を示さなくて。

 誰に似たのかじっとしていられなくて…膝の上なんて、寝てる時しか乗ってくれないって泣いてましたよ。

 もう4歳だし、年々活発さに磨きがかかっています」


 夫人は現在第二子がお腹にいるが、内側から蹴りまくっているらしい。ギュスターヴの望む大人しい子はまだまだ無理そうだ。




 ※※※




 コンコンコン


「どちら様ですかな?」


「ランドールです。それとラサーニュ嬢、バジルも一緒です」


「………はい、どうぞ」


 夕方になり、来客はひとまず途切れた。セレスタンはベッドで眠っているのだが、ランドール達がラサーニュ領から戻って来たらしい。


「お、お兄様…!?」


 予め手紙を送っておいたが…皆この目で見るまでは信じられなかったようだ。

 シャルロットは自分よりもずっと幼くなってしまった兄の手を取る。


「なんで…こんな、姿に…」


「むにゃむにゃ…ぴぃ…」


 呆然とするシャルロットに、誰も声を掛けられなかった。

 数分後オーバン、ルシアン、アリスティドが姿を現した。現場にいた者として、皇帝に報告をし終えた後のようだ。シャルロットとバジルにも同様に説明をする。それが終わると…


「「「………」」」


 シャルロット達は目を丸くした。


「あの…多分同じくらいの時間なんですが。ラサーニュ嬢も光ってました…」


「えっ?」


 ランドールの話によると…ほぼセレスタンと同じだったと言える。ただしシャルロットは何も変化は無く…


「僕が直前で触れたから…無効化された、とか」


「ならば…私達も動くべきだったのか…」


「……くそッ」


「殿下、それは推測の域を出ません。ユルフェも、あまりご自身を責めないでください。

 どちらも特別な行動はとっておらず、突然の出来事だったのです。神の思考は、人間が理解できるものでもないでしょうし…」


「「「「………」」」」


 尤もらしい発言をするランドールだが…

 彼は現在ベッドに肘を突いて横たわり、セレスタンの頬を突ついている。


「これは女神が介入している事件なのでしょう?でしたら我々は…ただ待つ事しか出来ないのです。

 な〜?セシル〜」


「うにゅぅ〜…」顔を顰める


「か…可愛い…っ!!」


 シャルロットは頬を紅潮させて目を輝かせる。

 同時に…もしも兄とこのままお別れになってしまったら?そう考えて…強く拳を握った。



 セレスタンは今後皇宮で暮らすと説明を受け、異論は無いと頷く。

 ただ健康状態に問題はないのか?と心配する。すでにこの国最高の魔術師達に診察してもらったのだが…


「なんっにも分からんかった。微かに残っていた術の痕跡も消えたっつーし…あ、体は至って健康だ。

 これは人間の手に負えるものではない。だから…ここは女神を捕獲に向かった、光の精霊殿を信じるしかない」


「そんな…私も検査してください!何か分かるかも…!」


 オーバンの報告にシャルロットは提案する。一理あるという事で、すぐに魔術師団総副団長が部屋に呼ばれた。

 それは以前ヘリオス騒動の時も顔を合わせた、眼鏡を掛けた30代半ばの男。まさに中間管理職、といった風貌のロック・ブラン。彼がシャルロットの魔力を調べたり、様々な診察をするが…彼は低く唸る。


「……令嬢には何も残っていませんね。セレスタン君同様、消えてしまったのかと」


「そう…ですか…」


 結果を聞きシャルロットは肩を落とす。だが同時に発光した以上無関係ではないはずだ、それだけ伝える事が出来た。

 副団長は新たに発覚した例も含めて、もう少し調べてみると言い残し部屋を出た。



「…お兄様をお願い致します…」


 シャルロットは最後にセレスタンの頭を撫でて、後ろ髪引かれる思いで皇宮を後にする。

 ルシアンとアリスティドも何度も振り返りながら、また来ると言って退室した。静かになった室内で、ランドールは…眠るセレスタンを抱き上げて大粒の涙を流していた。



「セレス…」


「「…………」」


 彼は苦しげに顔を歪ませ、ひたすら溢れる熱を止められずにいる。オーバンもカリエも何も言わず、ただその光景を眺める。


「……むぅ〜…」


 その涙はセレスタンの顔に落ちた。すると彼女はゆっくりと目を開けて…


「……なんでぃにいたま?」


「え……」


 一言だけ呟き、再び目を閉じ寝息を立てる。

 今のは…と皆顔を見合わせる。ランドールは()()()にはまだ、自己紹介もしていないのだ。

 まさか?と淡い希望を抱いたのだが。その後目覚めたセレスタンはランドールの顔を見て、「おにーたん、だえ?」と首を傾げた。


 それでも確かに、彼女の中にセレスタンはいる。それを再確認した兄達は…必ず愛する妹を取り戻す!と立ち上がった。



「でもその前に、ちょっとだけ…」


 とか言いながらフリフリドレスを用意するプリスカ。誰も止めようとしなかった。




「(……はて?ジェルマン卿は…セレスタン様がお嬢様だと気付いておったのか…?)」


 皆の輪に入り、こっちの水色のが似合うんじゃないですか?と意見するジェルマン。カリエはそんな事聞いてないが?と訝しがる。

 ただ誰もが、ジェルマンが混じっている事におかしさを感じずにいる。それどころかセレスタンの護衛に任命される始末。ハーヴェイはルシアンの専属だし、ギュスターヴは副団長として多忙であるという理由から、信頼出来るジェルマンが選ばれたのだ。


 そんな彼は現在、セレスタンと向かい合って座りお話の練習中。



「ジェルマン、だぞー」


「でーまん」


「うーん…ジェ・イ・ル、言えるか?」


「で・い・う!」


「駄目だこりゃ」


「いえてうよ!?」


「言えてねーよう」


 あっはっはー、と笑うジェルマン。彼からは一切の悪意を感じられなかったので…カリエは見守る方向に決めた。



「(うーん、なんかオレ自然に仲間入りしちゃった。目立たないって便利。あん時も…)」


 さてさて、彼はどこで知ってしまったのだろうか。




 ※※※




 シャルロットは馬車の中でバジルと2人きりになり、どちらも言葉を発せずにいる。その時神殿の近くを通り掛かり、バジルが声を上げた。


「お嬢様、少々寄りませんか?」


「あ…そっか、女神クロノスを祀ってるのよね…

 そうね、ちょっと…祈っていきましょうか…」


 覚束ない足取りで馬車を降り、エスコートされながら神殿に足を踏み入れる。そろそろ閉門の時間なので人はまばらだ。



「バジル!?」


「あ、グラス…」


 門を潜った途端に呼び止める声が。同時にグラスが鬼の形相でバジルに掴みかかった。

 彼はラファエルが精霊同士情報を共有しているので、神殿にいながら全て把握していた。


「セレスに会わせろ!!」


「無理だよ…お前はここから出られないだろ」


「辞めりゃいい!!おれはあの子の側にいたいんだよ…!」


「…っ!今のセレスはお前の知っているセレスじゃないんだよ!!顔を合わせても苦しいだけだ!!」



 シャルロットはそのやり取りを呆然と眺めていた。頭に浮かぶのは…


 いつからグラスは神官になっていたのか。

 彼らはセレスタンを愛称で呼ぶ程の仲だったのか。

 バジルは全て知っていたのか。



「私…本当に、お兄様の事…何も知らなかったのね…」


 彼らは放置して、フラフラと礼拝堂に進む。祭壇の前で…彼女は手を組み膝を突いて頭を垂れた。

 


「クロノス様…どうか、どうかお兄様を返してください…

 お願いします、お願いします。私の、たった1人のお兄様…」



 数人の神官と残っていた礼拝者は、必死な様子のシャルロットに同情的な目を向けた。神頼みする程の何かが…と考えているのだろう。



 その時…空気が変わった。



「………?」



 シャルロットはすぐに異変に気付く。突然、耳が痛くなるほどの静寂が襲ってきたのだ。

 自分以外の呼吸音も、誰かの足音も。外で騒いでいた2人の声も、風の音も。まるで世界から音が消えてしまったようで…シャルロットはゆっくりと顔を上げた。



「……!っ、…!?」


 彼女の視線の先…祭壇の上に、1人の女性が浮かんでいた。神話の登場人物のような装い、身の丈程の大杖を持つ女性。筆舌に尽くし難い美貌に、人間でない事はすぐに理解した。


「(声が…出ない。何者…?)」


「…………」


 ちらりと目だけで周囲を確認するが…誰も彼もが石像のように固まって動かない。まるで時間が止まっているようだった。


「(時間が…まさか、この方は…!?)」


 そう、半神であり精霊でもあるクロノスだ。シャルロットは身体を動かせず、真正面から対峙した。

 クロノスはゆっくりと近付き、彼女の頬を撫でる。



【鍵を握るのは、貴女】



 頭の中に、直接語り掛けられる不快感。言葉が形取って、皮膚を虫のように這い回るかのような感覚に総毛立つ。それをらを必死に押し殺し、クロノスの言葉を聞く。


「(鍵…とは?)」


【貴女の望むままに】


 それは一体、どういう意味か。と訊ねたかったのだが──


【それは…あっ】


【見つけたぞクロノスーーー!!ってまた逃げたー!?】


 うるさっ!!?とシャルロットは耳を押さえる。ん?身体が動く?と気付いた時には、世界は元通りになっていた。



「お嬢様!グラスが連れて行けとやかましくて…!」


「ちょっと神殿長のとこ行ってくるから!動くなよ、そこ動くなよ!!」


 バジルとグラスが掴み合いながら、ドタバタと礼拝堂に入ってきた。

 シャルロットはその姿に安堵し、大きく息を吐く。気付かないうちに極度の緊張状態に陥っていたようで、遅れて身体が震え始めた。


「…お嬢様?どうかなさいましたか!?」


 彼女の顔は蒼白を通り越して土気色。大量の汗をかき、その場に崩れ落ちてしまった。バジルは咄嗟に受け止め失礼します!!と横抱きにした。

 

「だ、だいじょうぶ…だから…」


「そんな訳ありますか!!」


 彼は主の言葉も無視して走る。近くの神官に「グラスに連れは帰ったと伝えて!」と叫び馬車に乗り込んだ。



「(……何か…大事な話をされた、ような…)」



 シャルロットはとてつもない疲労感に勝てず…ゆっくりと意識を手放した。



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