「一生牢にぶち込んでおいてくださいますか?」
少し前。セレスタンとエリゼはセレネに乗り神殿に向かっていた。
「なんだこの狼!?え、光の最上級精霊、様?…契約してるのか?凄いなお前…!」
「はは…」
エリゼはセレネに興味津々。セレネがただならぬ者だとすぐに理解して、それを従えるセレスタンに尊敬の眼差しを向けた。
「僕が出す!」
「アホか。ボクのせいでこうなったんだろうが」
神殿の門にて。面会時間を過ぎてしまった為、彼らはどちらが神官への相談料を支払うかで揉めていた。
グラスに会いたいのは自分だから!と主張するセレスタン。
自分が面会を妨げたんだから、と出す気満々のエリゼ。
最終的に、セレスタンが押される事になった。肩を並べて礼拝堂に足を踏み入れるが…
「え、グラス今は相談中…?」
「あー…結構待たされるんだ。特に今日は休日だしな」
「そうなの…?」
順番待ちの令嬢も数人おり、彼女らは互いにグラス目当てだと気付いているのか、笑顔で牽制し合っている。その様子に今日は会えないかなあ…と涙目だ。そして令嬢達は皆美しい。対して自分の現在の姿を思い出す。
彼女は普段、中性的な服装を心掛けている。スカート等女性的な格好をする時は、必ず髪色を変えるという変装をしている。
もう一度令嬢達に目を向けた。皆己を磨き上げていて、常に最高のコンディションを維持しているのだろう。自分と違って…
こんな人達に迫られてしまったら。グラスが心変わりしたらどうしよう、と更に落ち込む。
「(ご令嬢が平民と会う為に『待つ』だなんて…あり得ないこと。
グラス…どこかに、行っちゃわないよね…?)」
会えないならせめて…と思い手紙を書く。そして近くにいた神官に声を掛けた。
「は…はははいっ!(わ、グラスさんの彼女さん!)」
「えっと…こちらの手紙、グラス神官に渡していただけますか?」
「かかしこ、まり、ましった」
落ち着かないやや小太りの神官…ファースは顔を真っ赤にして受け取った。
「(ひー!!近くで見るとやっぱ可愛い…!しかもラブレー様と知り合いみたいだし、ご令嬢なのかなあ?)」
こんなに可愛い彼女がいたら…そりゃグラスさんも他の令嬢なんかに目移りもしないよね。そう1人納得する。
背中を丸めて両腕をだらんと振り、トボトボ神殿を後にするセレスタン。エリゼは「ふん!たかだか会えない程度で…」と言い掛けてやめた。彼女が涙を必死に堪える姿に…頭を掻いて「悪かった…」ともう一度謝罪した。
グラスは1日中心ここに在らずだった。夜は追い討ちをかけるように神殿長に呼び出される。
「君を引き抜きたいという声が多くてね。現在4家から話が出ているよ」
「はあ…」
誰もいない神殿長の部屋。神殿長は座り心地の悪そうな、外見重視の硬い高級椅子に腰掛け言う。
グラスも令嬢から「ウチに来ない〜?」と言われるようになっている。その度に「自分には使命があります」とか適当に濁しているのだ。
「神殿としては、多額の寄付金を提示されれば断る理由が存在しない。たかが平民に白金貨を差し出すなど異例なことなのだよ」
グラスはその言葉に目を丸くした。
この国に流通している貨幣は銅貨、銀貨、金貨が主流だ。それぞれ銅貨10枚=銀貨1枚、銀貨10枚=金貨1枚とされるが…白金貨はその上、1枚で金貨100枚分の価値がある。神殿としても、大金は逃したくないだろうが…
「……?いや、断っても問題ありませんよね?おれ別に仕事を辞めたっていいんだし」
「まあ、そうなる。だが相手は貴族だ」
元々借金があって、という事情がある訳でもなし。グラスは本気で「だから?何故おれが受けると思っているのか」と首を傾げる。
「平民が歯向かうなど…」
「そうですね。平民と貴族は立場どころか…同じ人間ですらないのでしょう。おれ達を家畜と思っているのか、自分達を神だと思っているのかは知りませんが。
これ以上引き抜きの話が来るようなら、おれは神官を辞めます。目的と手段を履き違えるつもりはありません」
神殿は皇国から独立している…とまでは言わないが、それなりに権威ある機構である。神官1人の為に喧嘩を売る貴族はいないだろうし、神殿長は代々神に仕える地位ある貴族だ。彼なら他の神官に累が及ばぬよう守る事も出来るだろう。
故に心配なのはグラスの親しい者のみ。それも…
「(セレスには精霊もいるし、皇室とも親しいから問題無し。バジルは多分余裕で逃げる。じいさんは…うん!ナディアはなあ…「わあい!人間用の罠を試してみたかったんですう!」くらい言いそう…)」
彼が思い浮かべるのはこのくらい。心配する相手がいなかった。
お話が以上でしたら失礼します、とグラスは背を向け退室した。彼がいなくなった後…神殿長は髭を撫でながら窓の外に目を向けて、不敵な笑みを浮かべる。
「ふうん…まあ確かに、彼はここにいたほうが…金は集まるだろうな…」
神殿長は机の引き出しから宝石箱を取り出した。そこには煌びやかな宝石が詰まっており…うっとりと目を蕩かせながら撫でる。
「皇室から討伐の救援も、完全にグラスを指定するようになっているし。ご令嬢は順番を優先してもらう為に倍以上の金貨を出すし。
端金の為に、すぐに出ていかれては困る。もっともっと稼がせてから…どこぞのお嬢様に売ってやろうか。
あの容姿だ、もっと世間にアピールしてもいい。女神の宝物も…そうすれば寄付金も増えるかも…くくっ…」
薄暗い部屋の中。神殿長は大切に宝石を仕舞い、喉を鳴らして笑い続ける。
部屋に戻ったグラスは今日の手紙を書いた。自分で思いつく限りの弁解の言葉を書き連ねて送る。
はあ…とため息をつきながら布団に潜るが、ファースから手紙を渡され一気に元気になった。
『朝はごめんなさい。本気で君とラブレーが浮気したとか思ってないから!
僕の為に頑張ってくれている事、ちゃんと分かっています。来週こそ会いに行きます。
いつか大好きな君と、一緒になれる日を夢見ています』
「セ…セレス…!!」
グラスは目を輝かせて、手紙を胸に抱き眠りにつく。
だがこの日以降…彼らが神殿で顔を合わせる事は無かった。
※※※
エリゼとは途中で別れ、皇宮に戻ったセレスタン。約束通りランドールと話を…なのだが。
「なんで先生もいるの…?」
「まあまあまあ」
先程と同じ会議室に通される。そこには何故かオーバンもいた。
ちなみにセレスタンの親権については保留。親組に「本人の意思を尊重するように」と言われてしまったので。
「じゃあセレス…お前には酷な話だろうが、知っておくべきだと思ってな」
セレスタンとオーバンが並んで座り、対面にランドールが腰掛ける。ランドールが重い口を切って、ラサーニュ伯爵の不正について語った。脱税、横領… 余罪もあるかもしれないという事。
セレスタンは話が進むにつれて顔を強張らせる。碌でもない領主だとは思っていたが…そこまで酷いとは考えてもいなかったのだ。膝をぎゅっと握り締めて顔を青くさせる。
「(……ロッティ…)」
そんな彼女の心は妹に向かっていた。自分は逃げ出してしまった以上…シャルロットが今後苦労するのは必至。その時、自分が持っていたカバンが無いのを思い出す。
「あれ、どこやったっけ!?大事な書類が入ってるのに!」
「おう、提出しといたぞ。俺がお前の後見人だ」
「なんでえええ!?」
オーバンが親指を立てながらいい顔で言うもんだから、セレスタンは絶叫した。
「逃げたいんだろう?」
「逃…!そう、ですけど…っ」
今は状況が違う。今後莫大な負の遺産を継がされる妹を思い浮かべて、下唇を噛み強く拳を握った。他人になってしまった自分に…ラサーニュ家に関与する資格は無い。
だがこれも自分で選んだ道。誰も悪くない…全ては自分が。それでも…
「……ここにラサーニュ令嬢も呼んでください。彼女も知る権利くらいあるでしょう…」
「…ああ」
セレスタンは机に肘を突き、ため息混じりに願った。ランドールも思うところがあったのだろう、すぐに人を呼びラサーニュ家に遣いを送る。これで数時間もすれば到着するだろう。
その間セレスタンは思考する。とにかく金だ、金さえあればどうとでもなる。だが自分に用意など…
売れるモノは無いか?領地には…教会しか思い浮かばない。確かに美しい建造物で十分価値はあろうが、とても足りないだろう。
ランドールが「罰金やらこれまでの負債を合計したら…白金貨2000枚は覚悟しないと」という言葉に目眩を覚える。
うんうん唸る姿に、オーバンは眉を下げた。そして懸念材料があり、セレスタンに耳打ちする。
「…お前、まだ性別はバラすな」
「………ん?え、なんで?」
自分の世界に入っていたセレスタンは、その言葉に引っ張り上げられる。自分の性別が何か問題が?
「兄貴…皇帝に知られたら、十中八九ルシアンか俺と婚約させられるぞ。兄貴の意思でなくとも、重鎮達がそうするだろう」
「……なんで?」
思わぬ言葉に目を丸くする。オーバンが言うには…
セレスタンにはそれだけの価値がある。皇室に縛り付ける事が出来るのならば、伯爵の背負う借金など取るに足らない小金。
「ルキウスの見合いが纏まりかけてなければ、確実に皇太子妃だったろうよ。いや、今からでもマルケス令嬢を蹴る可能性だってある」
「そんな…」
ランドールも悲しげに目を伏せる。どうにも信じ難いが、その態度が事実だと言っているようなもの。
婚約…結婚。でも自分にはグラスが…
シャルロットに全て背負わせて、自分はグラスの手を取り国外へ逃げるか。
グラスと別れて…ルシアンかオーバンの嫁となり、シャルロットを救うか。
どちらも選ぶ事は出来ないのか…?金があれば、いいや…
セレスタンの脳内に、満面の笑みのシャルロットと、微笑むグラスが浮かんだ。
『お兄様!こっちこっち!』
『セレス。こっちだ』
どちらもセレスタンに手を差し出している。その手を…どちらかは払わなければならない。
「(……僕は…どうすれば…?)」
目に涙が滲んでしまう。泣いても何も解決しないのに…頬を伝うのを止められない。
「シャーリィ、何故泣く?人間共のせいか…?」
「あっ。違うの待って!!」
セレネが涙を舐めて、牙を剥き出しにして憤る。オーバンとランドールは即座に部屋の隅に避難した。
ふと精霊に頼れば…という方法が脳裏を掠めた。シャーリィを悲しませるなら国を滅ぼすぞ!!と言ってもらえば…
その考えはすぐに消した。大いなる力に頼って借金帳消しなど…踏み倒しどころの話じゃない。自分まで父親のような外道に堕ちてたまるか…!と力強く涙を拭った。
「セレネ、僕は大丈夫。でも不安だから…ずっと側にいて」
「シャーリィ…」
セレネをぎゅっと抱き締めると、モフモフが擽ったくて温かくて。太陽のいい香りがして…少しだけ心が落ち着く。
天使達も大きくなり腕と翼でセレスタンを包み、ファイは煙のままで周囲に漂う。その様子を、オーバンとランドールは複雑そうな表情で眺める。
「(僕は…1人じゃない…!とにかく金策だ!!)」
俯いていた顔を上げて、シャルロットとグラス、どちらの手も振り払わない!!と決意した。
シャルロットには、表立って味方は出来ないけれど。影でなんとか…と考える。
オーバンは「父親になったら…俺の資産と、親父の遺産を生前贈与させてもらえば殆ど返せるな。残りは借金になるだろうが、数年で返せるし…」と計算している。
ランドールは「精霊が協力してくれればな。精霊研究家達にとっちゃ値千金の情報でもくれれば、かなりの…」とセレネに期待に満ちた視線を送る。
その後も3人で話し合ったりしているうちに、シャルロットが到着したと扉越しに声がする。
「その…シャルロット・ラサーニュ伯爵令嬢がお見えです、が…」
「「「?」」」
3人は顔を見合わせる。何故か案内してきた騎士の声に、戸惑いが混じっているのだ。不思議そうに入室を促すと…
「「「………」」」
「うー、うぅぅ…!」
「お呼びと聞きました。このタイミングで…ラサーニュ伯爵についてですね?」
シャルロットは優雅に一礼をする。それはいい。
後ろに立つバジルは無の表情。問題は、その下。
「むぐ…!!」
「ああ…コレですか?ちょっと屋敷に置いておくと何をするか分からなくて…
お話の間、いえもう一生牢にぶち込んでおいてくださいますか?」
シャルロットとバジルの間に。縄でギッチギチに縛られた…ラサーニュ伯爵が転がっているのだった。
白金貨2000枚=大体20億くらい




