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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
73/102

シャルロット女王様爆誕



 だだだだだ!と廊下を走るシャルロット。普段の優雅さは見る影もなく、ドレスをたくし上げ必死にセレスタンの部屋を目指す。

 そこは階段からも遠く、奥まった場所にある。セレスタンがいない時は訪ねないので…彼女は久しぶりに足を踏み入れた。



「………?」


 違和感はすぐにやってきた。

 家具が少ない…いや…


「何よこれ…まるで使用人の部屋、いいえそれ以下じゃないの…?」


 ハアハアと、息を整えながら見渡す。

 広さはそこそこだが必要最低限の調度品しか無く、それらも全て安物ばかり。自分の部屋は不必要な程に、豪華な家具ばかりなのに。


「バジル」


「はい」


 バジルは呼吸を乱すこともなく後ろに立っていた。シャルロットは背を向けたまま言葉を続ける。


「お兄様は…家を出る時、部屋をいじった?」


「いいえ。セレスタン様は私物を持ち出したのみ。このお部屋は…僕が屋敷に来た時から何も変わっていません」


 机に手を突くと、明らかに小さい。どう見ても子供向けで、今のセレスタンの背丈には合わないはずだ。


「(私の部屋は…要らないと言っても毎年家具を新調していた。なのに…)」


 改めて見渡せば。どうして今まで気付かなかったのか…自分の精神に不安を覚える程だ。



 シャルロット・ラサーニュは兄を愛していた。そして…良くも悪くも、本人にしか興味が無かった。

 その為部屋に足を踏み入れても、セレスタンしか目に入らない。精々その時身に付けている物しか気にならなかった。

 彼女以外の人間は、セレスタンが伯爵に虐げられている事を知っている。だからこそこの部屋でも納得していた。



 ガチャリと小さなクローゼットを開ける。何も入っていないが…


「セレスタン様は、そのクローゼットの半分しか服をお持ちでありませんでした」


「なんですって…?」


 シャルロットは大きなクローゼットいっぱいに様々な服が詰まっている。隣の部屋には立派なドレスルームもあり、袖を通した事のない服も多い。


「それでも…数年前から誕生日プレゼントなんかで服を頂くようになり、今では平民程度にはお持ちです。もちろん、伯爵家の者からの贈り物ではありません」


 シャルロットが振り向くと、バジルは…これまで見た事のないような冷酷な目をしている。

 彼はおもむろに懐に手を伸ばし、1枚の紙を取り出した。それを無言で差し出され、シャルロットは奪い取り目を通す。




『セレスは幼い頃、乳母がいなくなってから仕置きや教育とかで食事抜きが当たり前だったらしい。2〜3日水だけで、1週間くらい放置されて死に掛けた事もあるらしい。

 それはじいさんが目を光らせて少なくなり、お前が屋敷で自由に動けるようになってから改善されたと。

 その間シャルロット様は習い事やお勉強が忙しかったとよ。家族より大事な勉強、どんなものかご教示願いたいもんだ。

 にしても最愛とか宣う兄が窶れていても気付かないんだろ?流石お貴族様、貧困とか飢餓とかに結びつかないんだな。


 そのせいか今も細くて少食だ。一度に多く食べると腹を痛めるようだから、きっちり3食+間食させるように。

 朝晩はナディアとじいさんがいるが、昼間はお前だけが頼りだ。シャルロット様は当てにならん、頼むぞ』




「それは…先日グラスから送られてきた手紙です。彼は決してセレスタン様に関して嘘はつきません、僕は旦那様よりも彼を信用します。

 お嬢様はいかがですか?それをお読みになっても…これまでと同じでいられるのですか?」


 シャルロットは手紙を握り潰し、全身を激しい怒りで震わせる。それは誰に対してのものなのか…バジルも憤怒の表情に慄く。



「……バジル。これから私の質問に、全て真実で返すと誓える?」


「神に誓って。ただしお答えできない場合は黙秘します」


「それでいいわ。お父様は恒常的にお兄様を虐待していた?」


「はい。お嬢様の見えないところで。言葉で攻撃して、時には手を出していました」


「お母様と使用人は?」


「夫人は全て知った上で、ご自分は一切関与しない道をお選びになりました。

 使用人は旦那様に倣い、セレスタン様を言葉で虐げました。ただ世話の放棄はありますが、暴力はありませんでした」


「…どうして、貴方は私に報告しなかったの?」


「セレスタン様が望まなかったので」


「なんで…お兄様は、隠したの…?」


「…セレスタン様は洗脳されて育ったのでしょう。旦那様の言葉は絶対だ…と」


 次々明かされる真実。シャルロットは激しい目眩に襲われて、ベッドに腰掛けた。

 手でこめかみを押さえながらも質問を続ける。それでも現在の居住など、答えてくれない場面もあった。



「最後。どうして…今になって教えてくれたの?なんで、もっと早く…に…」


「…セレスタン様はラサーニュから逃げたがっていました。失礼ですがシャルロット様にお伝えしたら…あらゆる手を使って手元に置こうとしたのでは?」


 自分でもそう思い、シャルロットは何も言い返せなかった。

 生まれた時からずっと一緒だったのに。自分は…誰よりも兄を理解していなかった。そう実感してしまい、涙が止まらない。



「お兄様…ごめんなさい…」



 同時刻、セレスタンも同じく涙を流していた。


 バジルがそっとハンカチで顔を拭く。落ち着くまで、彼はずっと側で背中をさすり続けた。

 シャルロットは…ゆらりと立ち上がり、地の底から響く声を出す。


「日が昇ったら、私の教師達に解雇通知を送りなさい。これ以上無駄な教育は不要よ」


「かしこまりました」


「……行くわよ」


「はい」


 シャルロットはもう一度部屋を見渡してから部屋を出る。そうして…セレスタンが消えた後のダイニングへ、静かな足取りで向かった。



 ※



「おおロッティ!遅かったね、食後のお茶にしようか」


「貴女の好きな桃のタルトもあるわよ」


 両親も使用人も普段と何も変わらない。まるで先程の出来事は夢だったと言わんばかりに。


「……ふふ。ねえお父様、お願いがあるの」


「なんだい?なんでも言ってごらん!」


「使用人を集めて。非番の者も、残らず全て」


 この時ようやく伯爵は、愛娘の雰囲気が異常である事に気付いた。理由を訊ねても「早くしろ」としか言わない。



 戸惑いながらも全員玄関ホールに集合した。


「全員、そこに膝を突きなさい」


「お嬢様…?」


 バジルを除く使用人の7人が並んで言われた通りにする。

 これから何が始まるのか。使用人達は不安そうに騒めく。


 バアンっ!!


「「…っ!!」」


「今から私の許可なく言葉を発したら、男も女も関係無く打つわ」


 シャルロットが…仕置き用に使われる鞭を床に叩き付けて黙らせる(ちなみに伯爵家では使用されていない。どこから手に入れたのか不明)。いつもと違うお嬢様に、誰もが口を閉ざした。


「ロッティ!何を…わっ!?」


「あんたもよ、ボリス・ラサーニュ。今のは警告よ」


 娘の近くに立っていた伯爵は、足下を打たれて竦んでしまった。


「今から1人ずつ話を聞くわ。全てイエスかノーか、真実のみを答えること。バジルの発言と一致しなければ、その度に打つわ」


「お嬢様!何故バジル…っがあ!?」


 思わず口を開いた下男の背を、躊躇いなく打つシャルロット。お嬢様は本気だと悟った全員が、顔を青くして戦慄く。

 シャルロットは静まり返ったことに満足して…穏やかに微笑んだ。カツン…カツン…と靴音を大きく鳴らしてホールを歩き、クルッと回りドレスを翻す。



「ふふ…

 さあ、お仕置きの時間よ」



 最後に罰を受けるのは自分だけれど。その前に…兄を追い詰めた全てを断罪する。

 その為に自分も…全てを失う覚悟を決めたのだ。




 ※※※




「ふう…お腹いっぱい。

 この書類…保証人どうしよっかな」


 同時刻。伯爵邸の惨事を知らないセレスタンは、自室で除籍証明書を取り出し眺めていた。

 これだけはセレスタンが未成年の為、保証人が必要だと言われたのだ。同時に後見人として扱われるのだろう。


「なるべく地位のある大人がいいけど…迷惑はかけられない。うーん…」


 候補は何人かいるけれど…とため息をつく。

 一旦保留にして、グラスに手紙を書いて送った。



『明日、後輩のアリスティド・ユルフェ君という子とデートします。でも誤解しないで、彼のお願いでカフェに行くだけ!僕が愛しているのは君だけです、本当に。

 アリス君に悪い事をしてしまって、そのお詫び。実は──』




「……セレス…」



 他にも色々と書かれているが、教室での出来事は一切明記されていない。伯爵邸で何をしたのかも…

 実はグラス、もう2通手紙が届いていた。1つはルシアン。昼間の事件とその後、セレスタンが皇宮で何かしらの書類を作っていた事。そして…『私も旅について行くから!』と宣言している。


「ふん。お坊ちゃんが出来るもんならやってみな」


 もう1つがバジル。前半は似通っているが、後半は伯爵邸での事件。

『鞭を持ったお嬢様は色んな意味で危険だった。しかもなんか目覚めかけてて止めるのが大変だった。下男もハアハア言って鞭を要求し始めるし…ちなみに伯爵は幽閉状態で──』


「………何やってんだシャルロット様は?とにかく伯爵家は完全に掌握したようだな。さて…ん?」


 セレスタンの手紙を仕舞おうとしたら、裏に小さく何か書かれているのに気付く。



『会いたい』



 ただ、その一言のみが記されていた。


「……!」


「ん…グラス、さん!?どこ行くの!」


「家!!」


「きそ、規則違反!怒られるっよ!」


 部屋を飛び出そうとしたグラスを、寝ようとしていたファースが羽交い締めにして止める。

 おれはセレスを守る為に稼いでいるんだ!彼女が一番苦しい時、側にいなくてどうする!!そう叫んで振り払った。

 ファースがころんと床に転がり、窓を開けると…


「やほ、グラス」


「ん…?セラ?」


 そこからセラフィエルが侵入して来た。彼はセレスタンのペンダントを抱えている。そう、ファイが普段入っている物だ。

 そこからブワッと煙が広がる。ファースは驚きからベッドの下に逃走、下半身が完全にはみ出ているがそれどころではなさそうだ。


「ひい、ふああ!なんふ、なんにあ!?」


「ふう…朝までにはお戻りくださいですよ?」


 煙が収まる頃には、グラスが2人になっていた。ファイは人の形をとるときは基本セレスタンの容姿だが、どんな者にも変身出来るのだ。


「ええええっ!?」


「ファイ…感謝する!ファース、後は任せた!」


 展開について行けないファースは放置、グラスは杖に跨り飛び出した。数十秒後、部屋のドアがノックされる。騒がしいから、とキャロルが見に来たのだ。



「何故窓が開いているんだ?」


「あ、あう、えっと…!そそその…」


「…別に、虫が出て。それだけ」


 グラスになりきっているファイは、なるべく冷たく言い放った。

 キャロルは納得したようで、早く寝ろよーと戻って行く。


「……きききみは、精霊…?」


「そうです。頼みますよ、グラス…」


 ファイとラファエル、そしてセラフィエルは窓の外を眺めた。

 愛しい我が君の心は、自分達精霊には癒せない。グラスに全てを託し、いつかまた穏やかな笑顔を取り戻してくれる日を願う。




 バンバンバン!!


「ヒッッッ!!?」


「セレス!!!」


「!?グッ、ミコト!?」


 寝る準備をしていたら窓が激しい音を立てるもので、セレスタンは腰を抜かした。バラキエルが鍵を開けて、グラスが飛び込み床にへたり込むセレスタンを強く抱き締める。


「ごめん…ごめん!1人にして…側にいなくて…!」


「ミコト…どうしたの?あ、もしかしてデートって言っちゃって怒った!?ちゃんと説明したけど、あれは…んむう!?」


 にへっと笑ってみせるも…唇を塞がれてしまって止められた。


「無理をして笑うな」


「ななななにを…!!」


 一度離れるも、短い言葉の後に再び顔を近付けてきた。

 いつもよりも長く深いキス。グラスがゆっくりと離れると、セレスタンは半分魂が抜けている。ひとまずベッドに乗せた。


「…生きてる?」


「……どの口が言うか」


「おれキスしかしてないけど…今からそんなんで、先に進めるのか?」


「先!?ちょ…この変態!エッチ!!」


「へん…!愛し合う男女なら当たり前だろ!?」


 セレスタンは布団を纏って籠城の構え。グラスはカタツムリのような姿を可愛い…と優しい目で見つめる。

 抜け出していいの?なんで来ちゃったの?と一通り聞かれるが、会いたいから。とだけ返した。


「まあ…何度も抜け出したら危険だから今日だけな」


「……(もしかして…バジルに聞いちゃったのかな)」


 グラスは何も聞かずに、布団を剥がしてセレスタンを腕の中に収める。どちらも言葉を発さずベッドに倒れ込み、互いの体温を確かめ合った。



「……ズっ…グス…」


 段々と、鼻を啜る音がしてくる。グラスは胸元が湿ってきたのを感じて腕に力を込めた。




 それから数十分。セレスタンが寝入ったのを確認して…もう一度キスをして離れた。

 グラスが窓枠に足を掛けると、いつの間にか外に移動していた精霊達が戻って来る。


「(き、気を使われた…)」


 セレネ、バラキエル、ガブリエルは布団に潜り込む。


「ところで子供はいつ産まれるんだ?セレネも子守りの勉強があるから、早めに教えてほしいぞ」


「ヤッてねーよ!!?」(小声)


 グラスは珍しく赤面して叫ぶのであった。




 ※※※




「…来てしまった」


「今日何か起きるんですよね?」


 翌日、ルシアンはハーヴェイを連れて精霊屋敷へ来ていた。今日アリスティドと何が…気になって仕方ない。


「あれっ、いらっしゃい!どうしたんですか?」


「「………」」


 出迎えたセレスタンは…


 長い茶髪のウイッグ、軽い外出用のドレスに身を包み…麗しい淑女へと変身していた。


「で…出掛けるのか?」


「はい、アリス君と」


「「(デートじゃねえか…)」」


 僕はもう出る時間だから、ゆっくりしていってくださいねと屋敷を出る。一応ナディアが引き継ぎ、玄関先で佇む2人に声を掛ける。



「…ゆっくりしていかれるのですか?」


「……邪魔したな!」


 一国の皇子がストーキングとはこれ如何に。




 ※※※




「こっちだ……う」


「うって何よ?よく僕だって分かったねー」


 多くの高級店が並ぶ通り。アリスティドもそれなりに身形を整えて、とあるカフェの前に立っていた。その姿は不良とは程遠く、今の彼なら立派な貴族子息として扱われるだろう。


「素敵なお店だね」


「…入んぞ」


 アリスティドは必死に赤い顔を逸らしながら手を差し出す。マナーとしてレディをエスコート、なのだが。

 そっと手を重ねられると…顔から煙が出そうな程真っ赤に染まる。足取りも覚束ないので、セレスタンが引っ張って入店。


「…殿下、俺らも入りますか?」


「あの店に…男2人で入れと?」


 その店はどう見てもデートスポットである。ルシアンが女装する案も出たが…諦めて出て来るのを待つ事にした。



 ※



「このパフェが食べたいんだよね?」


「ああ…」


 着席した2人。セレスタンがとあるメニューを指差した。


 今日はアリスティドが、ずっと気になっていたスイーツを食べに来たのだ。男1人では入店も注文もし辛く、店の外から眺めているばかりで。

 かといって同席を頼める女子もおらず…指を咥えてスイーツに思いを馳せていた。それが今、現実となったのだ!


 他にもケーキやら色々気になっているようで…食べれる範囲で全部注文しよう!とセレスタンは言う。ここから演技開始だ。



「わあ〜、どれも美味しそう!でも食べ切れないなあ…」


「の、残ったら俺が食べるから…好きなもん頼め」


「本当!?やったあ、すみませーん!これとこれと、あとそれと〜…」


 と、店員が「本当にいいの?」と心配になるレベルで注文をしまくった。



 テーブルいっぱいに並んだスイーツ。セレスタンもアリスティドも目を輝かせる。


「わあ…美味しい〜!」


 セレスタンは子供のようにはしゃぎケーキを頬張る。アリスティドはその様子に見惚れ…ハッとして顔を逸らす。

 彼女はただ、罪滅ぼしとして自分の願いを聞いてくれているだけ。それ以上の感情は無い!そう言い聞かせて自分もスプーンを取った。


「(そもそも恋人いるっつーし…はあ……いや何残念がってんだ俺!?)」


 グラスはデートについて「それでセレスの気が済むなら。ただしカフェ以外は駄目!エスコート以外のスキンシップも禁止、必ず精霊も同行させるように」と言っていた。



 女の子が苦手なアリスティドであるが、自分は眼中に無いと分かれば幾許かは緊張も解ける。女子に慣れる練習も兼ねるつもりで、この時間を楽しんだ。

 セレスタンは自分の分以外は食べるフリだけして、「お腹いっぱい〜」「太っちゃう〜!」とアリスティドに押し付ける体で渡している。


 こうして…我儘な彼女と、聞いてあげる優しい彼氏のような図が完成した。


「ねえねえ、こっちもあげる」


「仕方ねーな…」



「(ふふ…優しいお兄ちゃんね)」

「(あの兄さん、絶対甘いもの好きだな)」

「(妹ちゃん可愛い…)」

「(いや姉じゃない?)」



 ただし。甘い雰囲気が皆無の為店員や客からは…兄妹(姉弟)として認識されているのであった。



 ※



 大変満足した2人は、最後に紅茶を飲んで一息。その時…少し離れた席の客が目に留まる。


「もう、ほっぺに付いてるわよ」


「ありがとうお姉さま!」


 姉妹だろう、楽しげに会話をしながら微笑み合う2人の少女がいた。




『お兄様、頬にクリームが付いちゃってるわよ?可愛い〜!』


『あらま。可愛いは余計だよう』




「………」


 何かが身体の奥底から込み上げてくる。セレスタンはそれに気付かない振りをして、ぐいっとお茶を飲み干した。


「…ねえアリス君、シャルロット・ラサーニュって令嬢知ってる?」


「有名人だからな。美人で聡明で…とにかく完璧令嬢だと(ん?そういやコイツの顔…)」


「そっかあ。やっぱ他学年にも知られてるかあ」


「…おい。テメエの家名って…」


 アリスティドが問い掛けようとしたが…セレスタンの瞳に影が落ちていて。聞いてはいけない…そう悟った。


「んー。僕家名無いので。そのうちセレスタンって名前も消すよ」


「は……そうかい」


 それ以上は何も聞かず、2人は席を立つ。

 セレスタンが最後まで姉妹に羨望の眼差しを送っていた事に、アリスティドは何故か顔を顰めた。




「ご馳走様!本当にお金いいの?」


「殆ど俺が食っただろうが」


 たっぷり食べた2人は足取り軽く店を出た。アリスティドも表情は変わらないが、楽しい時間だったのだろう、声色はどこか弾んでいる。

 ただしセレスタンと触れ合うことには慣れず。腕を組めば大量の汗をかいて心臓が激しく鼓動している。


「…本当に助かった。俺1人じゃ来れねえからな」


「うん。それなら、よかった!」


「……!もう帰るぞ」


 アリスティドはセレスタンの笑顔に…普段とは違う高揚感を抱き始めた。それを誤魔化す為頭を振り、セレスタンの自宅付近まで送る。




「ここまででいいよ。今日はありがとう」


「こっちのセリフだ。これでテメエの罪悪感は帳消しだ、いいな」


 悪態たっぷりにそう言い放ち、アリスティドは背を向ける。だが数歩で足をピタッと止めて、口を開いた。


「…俺は完璧な人間は好きじゃねえ」


「へ…?」


 セレスタンも歩き始めていたので、一度止まって後ろを向いた。


「俺自身欠点だらけで、人様に誇れる何かがある訳でもねえ。だから…完全無欠なお嬢様は息が詰まる。

 テメエみてえな…ちょい抜けてるほうが好感が持てる」


「………」


「……そんだけ」



 アリスティドは走り去ってしまった。

 もしや彼は知っているのだろうか、自分と妹の関係性…社交界に広まる噂を。有名だから知っていてもおかしくはない。

 その上で…今慰められたのだろうか。セレスタンは僅かに口角を上げて…目を潤ませた。



「……ありがと」





「…私もカフェデートがしたい!!」


「俺は何度もしてますけどね〜っ!?今度はどこに誘おっかな〜ふっふーん〜」


「ぐやじいいいいい!!」


 全て見守っていたルシアンとハーヴェイは、皇宮で反省会をしているのであった。




 ※※※




「明日は日曜日…神殿の面会日!まあ昨日会ったけど…えへへ、たっぷり甘えちゃおう!」


 セレスタンは夜空を見上げながら、グラスを想っていた。





「はあ…最近クロデル令嬢しつけえな…」


 グラスはベッドに仰向けになり、大きくため息をついていた。クロデル令嬢とは、ほぼ毎日グラスに会いに来ている常連だ。

 会話の端々に「うちに来ない?」と滲ませており、なんとか躱している状況。そろそろ直球で引き抜きの話をされるだろう。

 他にも数人同様の令嬢がいるので…グラスは頭を抱える。


「…明日、早く会いてえな。来たらすぐに抱き締めて…1時間ずっとくっ付いていよう。セレス…」


 愛しい彼女を想えばなんだって頑張れる。早く夜明けろ!と思いながら布団に潜った。





「む?明日は神殿の面会日とやらか。うーん…よし!1時間あれば決着つくだろ!!」


 エリゼはやる気満々でグラスに会いに行くつもりだった。セレスタンには悪いが、横で勝負を見ていてもらえばいいやと考えている。

 彼は面会権は1人だけの事、セレスタン達が恋人同士である事を知らなかった…





「そうだ、私も明日デートに誘ってみよう!植物園の花が見頃だし…カメラも持って行って思い出を沢山撮ろう!

 グラスにも一応報告せねば。朝一緒に神殿に行って、セレスを借りるぞ!と宣戦布告を…ふっ」


 ルシアンはニコニコでカメラを手入れしていた。

 ついでに司法省で何をしていたか聞ければいいな…と願いながら。





 さて…明日何が起こるやら。



あっ(察し)

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