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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
72/102

本当の終わり


「アリスティ…アリス君って呼んでいい?」


「やめろ」


「え〜?」


 不満の声を上げながらセレスタンは食後のプリンを差し出す。彼らはルシアンを真ん中にして並んで食事にした。


「なんだこの並び…?」


「ほら…僕彼氏いるんだし、あんまり男の子に近付くのはどうかと思ってね」


「(え、私は?)」


 まさか男扱いされてない?後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。



 ルシアンは軟弱な己を鍛えようと一念発起、騎士の鍛錬に混じったり筋トレを欠かさず行なっている。まあセレスタンの気を引きたいという下心が強いが。彼女は逞しい男性が好みのようだと気付いてしまったから。

 更には毎朝髪を完璧にセットしたり、香水を付けてみたり。とにかく「素敵な男性」だと思って欲しいのだ。

 だが、それで釣れるのは他の令嬢ばかり。セレスタンは見向きもせず…

「なんか今日いい匂いしますね?石鹸変えました?」くらいの認識。



「(いや…まだ私の魅力がグラスに及んでいないだけだ!負けてたまるかぁ…!!)」


 絶望に打ちひしがれるルシアンは放置、プリンを一口食べたアリスティドは目を瞠った。


「…これ、手作りなのか?」


「うん。僕、プリンは硬いほうが好きなんだ」


「なんか…どっかで食った事あるような味だな…」


「そうなの?これ…お母さんのレシピなんだけど」



 彼女がお母さんと呼ぶのは、実母アニカではない。乳母アイシャだけである。このプリンはアイシャが残してくれたレシピの1つ。

 覚えがあると言っても、別に特別な食材は使っていない。よくある有名なレシピなのだろう、彼らはそう納得した。





「さて。僕を立派な不良にして、パイセン!!」


「アリスでいいからそれはやめろ!」


 片付け終了後、セレスタンはヤンキー座り(ハーヴェイに教わった)でキリッとアリスティドの前に居座る。

 女が足広げんじゃねー!!と即座に直され、今は俗に言う女の子座り状態にされた。

 男2人は胡座をかいて落ち着く。アリスティドは咳払いをしてから口を開いた。


「不良っつわれても…好きでこうなった訳じゃねえし。気付いたらなってたっつーか…」


「オウ…名言だねえ…!」


「そうなのか?」


 アリスティドは半分嘘をついた。好きでなった訳ではないが…この格好、本当は。



「(見るからにヤベエ奴だったら…女子が避けてくれるから。なんて、口が裂けても言えねえ…!つかその所為でこんな可愛いのが寄って来るなんて思わねえよ!!)」


 物好きはどこにでもいるものだ。

 女の子が遠ざかる代わりに、柄の悪い奴らが寄って来た。喧嘩を売られて買って。それを繰り返していくうちに、今のアリスティドが完成したのである。



「そうだ、昨日の連中だが。結果的にこっちは被害無しだし、相手をしたユルフェが気にしてないと言うので厳重注意に止まった」


「ほ…」


「ただし次は無く、再度貴族に手を出したら最低でも手首を切り落とす」


「ひえ…!」


 セレスタンは顔を青くして慄く。だが、貴族と平民はそれ程までに立場が異なる。


「ユルフェ。お前も無闇に民に手を出すな。少し調べさせてもらったがな、殴り合いの喧嘩とかしてるんだろ?

 お前が身分を隠していても、後で「貴族を殴った」と知られれば相手は極刑すら有り得る。

 平民は抵抗する事すら許されないんだ。お前が()()()()趣味の持ち主だとしたら…対応は考えさせてもらうが?」


「…!!」


 アリスティドは拳を握る。


「……俺が、罪に問わないと言ってもか?」


「そうだ(まあ…私も昨日知ったけど。教育サボりまくってたから…)」


 貴族がたまにやるお忍びとは…危険なのは平民側。自分は貴族だと主張しているほうが、余程の愚か者以外は近付かないので事故も起きない。



「……悪かっ、申し訳ございません。今後は喧嘩は控えます。素行は…直る自信無えッスけど…」


 アリスティドは元々女の子を避ける為に悪ぶっているだけで、他人を傷付けたい訳では無い。昨日のおじさんのように「殴ったほうが早え」という時はあるが。

 自分の考えが至らなかった。そう素直に認めて謝罪する。セレスタンは、呆然と2人のやり取りを眺めていた。



「つー訳だ、先輩。俺はあんたの望む不良にはなれねえ」


「……あ…うん…」


「「?」」


 セレスタンは目の焦点が合っておらず、フラフラと立ち上がった。

 階段を降りる足取りも覚束ず、ルシアンが腕を組んで隣を歩いた。


「どうしたんだ…?」


「ルシアン…僕…

 もう不良やめる…」



 喧嘩などをする気は無いが…万が一を考えると怖くなってしまった。

 ルシアンは「それがいい」と微笑む。アリスティドは無言で背中を押して…セレスタンは目に涙を溜めた。


「ねえ、アリス君」


「…んだよ」


「僕が不良じゃなくても…お友達になってくれない?」


 最初から不良でもなかったけどな…とルシアンは呑み込んだ。


「あー…俺は、いいけど。俺みてえのとツルんでたら、なんか言われんじゃねえの」


「どう言われてもいいよ。見た目でしか人を判断出来ない人に何言われてもねえ…」


「いやテメエも俺を見た目で不良っつって寄って来てんじゃ…」



 何気ないその言葉に。セレスタンは雷に撃たれたような衝撃を受けた。



「ほん…とだ…」


 膝から崩れ落ち、廊下の真ん中で座り込んでしまう。


「おい、先輩!?」


「僕最低だ…馬鹿…なんて、ことを」


 ポロポロと涙を流し、アリスティドは驚きすぎて固まった。ルシアンが冷静に対処して、ひとまず落ち着ける場所を探す。

 やはりここだろう、と医務室に。照れるアリスティドが横抱きにして運び、扉を開ければオーバンが食事を終えたところだった。


「なんだ?」


「すまん場所を貸してくれ」


 セレスタンをベッドに座らせ、ルシアンが隣で支える。彼女は静かに泣き続けた。


「…?(なんか、また不安定になってねえか?)」



 オーバンはルシアンから事情を聞き、何が彼女の心を苛んでいるのか探る為逆隣に腰掛けた。アリスティドは扉の横の壁に背を預けて立っている。



「その…お前はユルフェを格好いいって言ってたろ、憧れただけだろ?」


「『そんなつもりは無かった』とは免罪符にはならない。彼を視覚の情報のみで『こういう人間だ』と決め付けたのは紛れもない事実だよ。

 だから…ごめんなさい」


 セレスタンは深く頭を下げる。外見や噂、他者の評価だけで誰かを判断するなんて…自分が最も忌み嫌う事なのに。

 不良=格好いい!という自分の中では悪い意味でなかった為、気付く事が出来なかった。


「…分かった、謝罪を受け入れる。許すから…顔上げやがれ。

 俺こそ他人を勘違いさせる格好をしていて悪かった。だが直す気は無えから俺を許すな」


「君の服装に口を出す権利なんて無いんだから…許すな、なんて…」


 気にしていないと言っても聞かなそうなので、敢えて「許す」と答えた。

 それでもセレスタンの表情は曇っている。アリスティドは正解はなんだ…!?と脳をフル回転で思考する。



「(あっ。まさか…罰を欲してる?)じゃあ……詫びっつー事でテメエに頼みがある」


「っ!何々、なんでも言って!!」


「「なんでもなんて言うんじゃありません!!」」


 オーバン&ルシアンの素早い訂正に、「変な事頼まねえよ!!」と声を荒げるアリスティド。

 ただし2人には聞かれたくないようで、セレスタンの腕を引っ張り部屋の隅に連れて行った。



「実は……離れろやっ!!?」


 彼女にだけこっそり耳打ちするつもりが、2人も真後ろで耳を澄ませていた。

 もう一度距離を取り用件を伝える。


「ごしょごしょ…」


「あははっ、擽ったい!…それだけ?」


「充分だ」


「分かった!じゃあ明日…」


「しーっ!!」


 アリスティドが高速で口を塞ぐ。明日…何かが起こる。ルシアンは気になって仕方がない。




 ※※※




「セレス。ちょっと聞きたいのだけれど」



 放課後になり、セレスタンがルシアンと共に教室を出ようとしたら…シャルロットに後ろから声を掛けられる。

 バジル、ルネ、ジスランも一緒だ。教室内には他にも数人生徒が残っており、パスカルの姿もある。


「その、最近奇抜な外見の男性と一緒にいるでしょ?」


 返事をするか迷っていたが、その言葉にピクリと反応してしまった。


「……だから、何?」


「だから…えっと、何か脅されたりとか…困ってたり、無い?」


 どうやらセレスタンがいじめのターゲットになっていると危惧しているようだ。

 ふざけるな!!と叫びたいのをぐっと我慢。それに関しては、シャルロットを責める権利は無いと思っている。


「僕が好きで一緒にいるの。可愛い後輩なんだから、邪魔しないで」


 可愛、い…?アリスティドの外見を知る者は全員首を傾げる。シャルロットは頬を膨らませ、私とは遊んでくれないのに…と呟く。


 続く言葉に、セレスタンは耳を疑った。



「んもう、意地っ張りさんなんだから!」


「………意、地?」



 カタ…



「僕が…意地を張っていると言うの?」



 カタ…ガタンッ



「え…?」


「君にとって…僕の『全てを捨てる』という覚悟は。ただの子供の意地だと思ってたの?」


「セレス、待って、何か変…」



 セレスタンが纏う空気が変わった。同時に教室中が小さく揺れている。


「地震…?」


 誰かが呟いた。それは次第に大きくなる。

 セレスタンは…表情が抜け落ち、虚ろな目でシャルロットを見つめる。

 シャルロットは胸元を握りしめて、僅かに退がる。すると…セレスタンが小さく笑い始めた。



「…ふふっ…ははは…

 アハハハハッ!あっはっはっはっはっ!!」


 ガタガタガタ、ガシャンッ!!

 セレスタンの笑い声が大きくなるにつれ、教室の揺れも大きくなる。

 窓は割れて壁にヒビが入り、生徒達は立つ事もままならずその場に膝を突く。


「きゃあああっ!!」


「あーっはっはっはっはっ!!!」


「セレス…?」


「シャーリィ…」


 笑い続けるセレスタン、彼女の後ろにいるルシアンと精霊達を除いて、だが。


「(まさか…魔力の暴走…?)セレス、落ち着きなさい!」


「セレスタン様!!」


 空間が軋む中、バジルが何度も倒れながらも近付いて来る。セレスタンは目の前の彼が、どこか遥か遠くに感じていた。手を伸ばせば届く距離なのに、何かで隔たれているような感覚。

 ジスランはシャルロットとルネを支えるので手がいっぱい、唇を噛んで耐えている。


「セレス…!!」


 ついに辿り着いたバジルが、セレスタンを押し倒して強く抱き締めた。彼の「もうやめて…」という懇願が届いたのか、笑い声が止まる。

 揺れもピタッと収まったが教室は荒れ果てた。ただ…廊下には一切の被害が無く、揺れたのはこの部屋だけのようだ。


 女子生徒は恐怖で顔を歪ませ、男子生徒は警戒からセレスタンを睨む。



「ふふ…ごめんね、ラサーニュ令嬢」


 注目の的である彼女はバジルの頭を撫でて、ゆっくりと立ち上がった。そうして柔和な笑みを浮かべて…シャルロットにそう言い放ったのだ。


「え…令嬢って、何を…」


「何って、貴女はラサーニュ家のご令嬢でしょう?まさかそんな事すら忘れたの?脳みそ落っことしちゃった?大丈夫?探すの手伝おうか?無料(タダ)じゃないけど」


 口元に手を当てて、未だ座り込む妹…だった人に冷笑を浴びせる。

 シャルロットは何かの冗談だと思い、立ち上がって手を伸ばすと…



「触るな」


「あ…っ」


 その手をバシンッと叩かれた。今までのような手加減は無く、本気で。

 ジンジンと痛む手は次第に赤く染まる。シャルロットは衝撃から立っていられず、バジルに支えられながら再び膝を突いた。

 教室中の全員が呆けて動けない。セレスタンだけは何事も無かったかのように、カバンを拾いルシアンに向かった。



「ルシアン、僕ちょっと皇宮に用事が。一緒に帰りますか?」


「…馬車が待っている、乗って行くか?」


「じゃあお言葉に甘えて。

 …そうだ、ラサーニュ令嬢」


 シャルロットは肩を跳ねさせた。セレスタンの変わらない声色が恐怖心を煽る。


「貴女…セレスタンの部屋、行った事ある?」


「……あるわ」


「へえ!それにしては何も言わないから、僕の記憶違いかと思った!」


「……?」


 シャルロットは震えながらも顔を上げる。セレスタンはそんな妹を一瞥もせずに、横を通り過ぎて教室を出た。



「わたし…何か、まちがえた…?」


 シャルロットの問いには、誰も答えを出せない。

 それが出来る唯一の人はもういない。




 ※※※




 馬車の中でも、セレスタンはいつも通りにしている。今日の夕飯何にしようかな?とニコニコ。セレネは膝の上で丸くなっている、いつも通りに。

 ルシアンは彼女の変化に胸が苦しくて…それを悟られないよう、必死に笑顔を作って合わせる。



 セレスタンは司法省に用があるらしく、そちらに向かって歩いて行った。


「うーん、1時間かあ」


「待つのか?」


「はい…どうしようかな」


 受付にて、セレスタンの望む物は作成に時間が掛かると告げられた。家事を済ませてからまた来る事にして、彼女は一旦帰宅。

 ルシアンは…受付のカウンターに両手を突いて詰め寄った。


「セレスタンは何を頼んでいたんだ!?」


「それは…殿下と言えど、個人情報ですので…」


 職員は口籠る。ここで権力を使ってでも聞き出すべきか?いいや。

 そんな事をすれば…彼女が自分から離れてしまうのでは?そう直感して引き下がる。



 様々な行政機関が入っている棟を後にして、居住区に帰る。歩いては15分掛かるのだが、道中…自分が何を優先すべきかずっと考え続けた。


 自室にて、着替えもせずにベッドに仰向けになる。


「……セレス…」


 セレスタンはシャルロットに意地悪をする度に、人知れず涙を流していた。そんな姿を見てきたから…彼女の覚悟がどれ程のものかルシアンは知っていた。

 それをただの我儘だと言われたようなもの。どれだけ心を抉ったのか、想像に難くない。




 その日はもうセレスタンとは顔を合わせなかった。

 夕飯時も心ここに有らず、ぼうっと会話に耳を傾ける。


「ルキウス、今度の見合いは順調だそうじゃないか」


「だといいのですが…」


 確か日曜日に、リシャルの侯爵令嬢と2回目の交流だっけ…とルシアンは思う。

 次に皇帝はルシアンに話し掛けた。そろそろ専属護衛騎士を決めなくてはならないと。本来ならもっと早くてもよかったのだが、反抗期の為先延ばしにしていた。


「ん〜…」


 今すぐでなくてもいいと言われたが、ずっと考えてはいた。


「…候補はいます。まず彼の意見を聞きたい」


「え、誰?」


 家族全員が目を丸くした。ルシアンが口にした名は──






「何故俺なんですか?もっと真面目でいい奴がいるのでは?」



 夜、人払いされたルシアンの自室に呼ばれたのは…ハーヴェイ。ソファーに向かい合って座り、共に茶を飲む。


「…皇族の専属騎士になるという事は、その者は国ではなく1人に忠誠を誓うという事。ただし私は、お前にもうひとつ望む。不可能であれば断ってくれて構わない」


「……それは?」


「私だけでなく…セレスタン・ラサーニュにも誓って欲しい。何を敵に回そうとも、彼女を全力で守って欲しい。それを叶えてくれるのは…お前くらいなものだと思ってな」


「(彼女…?まさか…殿下は)」


 その提案にハーヴェイは目を丸くする。だがすぐに口角を上げ、前のめりになって声のトーンを落とした。


「つまり…未来の皇子妃的な?残念ながらあの子には…」


「違うわっ!!いやそうなったら嬉しいが、そうじゃないっ!!」


「(え、冗談だったんだけど)そうですか、こりゃ失れ…ふぶっふん」


 堪えきれない笑いが漏れ出す。ルシアンは全く!と言いながら咳払いをした。



「…セレスがいずれ国を出る、というのは聞いているか?」


「グラスの故郷を探したい、と雑談の中で聞いています」


「そうか。彼女達は旅に出て帰って来ないかもしれない」


 ルシアンは立ち上がり、窓の外を眺めながら語った。ハーヴェイは旅行程度にしか考えてなく呆気に取られた。


「……私も。一緒に行きたい」


「え……」


「世界を旅してみたい。色んな国を回って、人々と出会って。遺跡なんかを巡って…

 決してこの国が嫌いな訳ではないが…私も、彼女と共に行きたい。まだ許可は貰っていないがな」


「殿下…?」


 その横顔は冗談を言っているようには見えず。

 同時に自分に何を望むのか…少しずつ理解した。



「ハーヴェイ・テーヌ。お前はルシアン・グランツとセレスタン・ラサーニュに忠誠を誓うか?

 私達の騎士としてあらゆる脅威から守り。私達の行く先に…どこまでもついて来てくれるか?」


「はっ。グランツ皇国第三皇子殿下、ルシアン・グランツ様。及びセレスタン・ラサーニュ伯爵令嬢。

 私ハーヴェイ・テーヌは今この時より、お二人に忠誠を誓います。

 世界の全てが貴方達の敵になろうとも。命に代えてでもお守りし、最後までお仕え致します」


「…ありがとう」



 ハーヴェイがルシアンの前に跪き、誓いの言葉を述べた。

 正式な叙任式は後日行うが…この時からハーヴェイはルシアンとセレスタンを主とし、心より仕える事を誓ったのである。





 ※※※




「…くしゅんっ!風邪引いたかな…?」


 その時セレスタンはラサーニュ領にいた。その手には司法省で受け取った封筒が。

 彼女は可能であれば…これを使う事がなければいいと思っていた。だがもう、彼女の心は戻れないところまで来てしまった。



「さーて…行こうか」


 その顔はとても晴れやかだった。ダイニングに明かりが点いているのを外から確認して、生まれ育った屋敷に足を踏み入れる。




「はぁ〜い、こんばんは!いい夜ですね、皆様!」


「!?」



 使用人達の制止など意に介さず、最高の笑顔でダイニングの扉を開ける。


「なんだ貴様!!……あ、いや…」


 丁度夕飯が終わったところのようで、伯爵は額に青筋を浮かべて椅子を倒した。だがすぐにシャルロットの前だというのを思い出し、仮面を被ってセレスタンに顔を向ける。


「その…今からお前の分を準備させ」


「あ、そういうのいいので。僕はただ、伯爵様のサインが欲しいだけですから」


 会話をぶった斬り、彼女は3枚の紙を取り出した。伯爵は顔を怒りで痙攣させるも、愛娘の手前堪える。



 その書類とは。『除籍証明書』『爵位継承権の永久放棄証書』『財産放棄証書』であった。



「セレス!?これどういう事っ!?」


「見て分からないの?ご自慢の頭脳は勉強以外には役立たずなんだね〜」


「なっ!ロッティになんという…っ!?」


 伯爵が掴み掛かろうとした為、セレネが真体となって見下ろした。ダイニングに伯爵夫人の悲鳴が響き渡り、メイドは顔を青くさせる。



「ささ、早くサインくださいよ。ホラホラ、縁切りが2年早まるだけでしょ?嫌いな子供の顔を見なくて済むんだからいいでしょ?」


「縁切り…?お父様、どういう事…?」


「違う!ロッティ、こいつは何か勘違いをだね」


「だからあ、喧嘩は僕が消えてからにしてもらえますぅ?渋る意味が分かりませんね、は・や・くぅ」


 普段と違い強気な姿勢のセレスタンに不信感を抱く。こんなもの、今すぐにでもサインしてしまいたい。だがシャルロットが見ている…と2人への感情に挟まれる伯爵。

 その葛藤を理解しているセレスタンは大きくため息をついた。


「(うーん…夫人を殺すとでも言えば…いや騒がれたら面倒だな)」


 その夫人は先程から発言せず、ただ流されるのみ。

 色々考えて…伯爵にだけ聞こえるように耳打ちした。



「書いてくれなきゃ…皇帝陛下に言っちゃいますよ?僕が貴方の指示で何をしていたのか」


「……!」


「バレたらどーなるのかな?国を欺いた訳だし…書類の偽造は紛れもない事実だし、タダじゃ済みませんよね?

 ねえねえ、保身と愛娘の信頼…どっちを選びますぅ?」


「貴様ァ…!お前はこれを出したら貴族でなくなるのだぞ!学園にだっていられない、寮を出ては住まいにも困るだろうが!?」


「……お父様?セレスはすでに寮を出てるのだけど…どういう事?お父様が…家を用意したのではなかったの…?」


「は…?」


 シャルロットは伯爵へ不審に思う目を向けた。何か言い訳をしようと言葉を探すが、もう遅い。


「部屋…セレスの、部屋?」


 彼女はダイニングを飛び出した。バジルが戸惑いながらも後を追う。

 その隙に伯爵は書類全てにサインをして、セレスタン目掛けて投げつけた。



「これで満足だろう!?もう貴様は子でもなんでもない、今すぐ消えろ!!」


「はーい♡これで本当の縁切りだ!ふふっ、やったあ!」


 セレスタンは恍惚とした表情で確認した。大事に封筒に仕舞い、シャルロットが戻って来る前に外に出る。



「それでは伯爵家の皆々様。ご機嫌よう!!」


 唖然とする面々に別れを告げて、セレネに跨り窓から飛び出す。




 これまで自分の痕跡は全て消してきたが…これで、本当に。彼女と伯爵家を繋げるものは失くなった。




「ふふ…やった!僕はもう自由だ!あはは…あ、は…」


「…………」



 涙が止めどなく溢れ、どうしようもない喪失感に襲われる。

 セレネは伯爵領から遠く離れた草原に降り、セレスタンの頬を舐めて慰める。天使もファイも、貴女は1人じゃないと言わんばかりに強く抱き締めた。


「ありがと、皆。…ロッティ。ごめんね…


 ……さようなら、僕の妹」



 走馬灯のように、妹との思い出が全身を駆け巡る。それらを全て踏み付けると決めたのだ。

 どれだけ嫌われようと構わない。いっそ本気で殺意でも抱いて欲しい。大丈夫、彼女の周りには…



「お馬鹿だけど誰よりも強い騎士が。気高い魔術の天才が。頼れる最高の執事が。貴く理解ある公女がいる。ついでに誠実で優しい侯爵令息もね…」



 だからもう、自分は必要無い。そう語ったセレスタンの表情は…口元は妖しく弧を描き、とても美しかった。



伯爵終了へのカウントダウン開始。

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