「2人で学園を脅かすワルになりましょう!!」
山を降りてきたジスランは、セレスタンが倒れたと聞き医務室に飛び込んだ。
そして事情を知ると…膝を抱えて落ち込んだ。
「コイツ一体どうしたんだ…?」
エリゼの問いにはバジルが答える。今はオーバンも席を外しており、医務室内にはセレスタン含め4人のみ。
「えっと…その…数年前までジスラン様は、ドゥーセ先生と似た考えをセレス様に…押し付けていたのです」
「うぐっ」
「ああ…ボクも聞いたな。ヘロヘロになったラサーニュに追い討ちをかけたり、軟弱な!とか言って責めてたとかだっけ?」
「うぐはっ」
バジルとエリゼの口撃に、ジスランのライフはジワジワと削られていった。
「俺も…ドゥーセ先生と同じだ…!他者を思い遣る事も出来ない、自分の理想を相手に押し付けて自分が正しいと思い込むクソ野郎」
そんな風に自分を責めるジスランに、エリゼはため息混じりに声を掛けた。
「…お前は間違いに気付けたんだから、それでいいじゃないか。人間っつーのは迷って間違えて後悔して…傷付いて成長する生き物だろーが。
…ボクだって散々酷い事を言った。吐いた言葉は取り消す事も出来ないが…謝罪して、赦しを乞う事は出来る。赦されるかどうかは別だが。
だから…ラサーニュが目を覚ましたら、ボクは謝るよ。シャルロットの寄生虫…とか…
彼女には、そう生きる道しか無かったのにな…」
エリゼはそう言い残し医務室を出る。
ジスランは未だ落ち込んでいるが…「俺も、ちゃんと謝る。赦されなくてもいいから…!」と、少しだけ前向きになったようだ。
バジルはそんなジスランの姿を見て…ふと、気になっている事を聞いてみた。
「ジスラン様は…セレス様の事を、好いていらっしゃいますか?」
「…は!?いや、最近まで男だと思っていた相手だぞ!!?そんな訳…!」
ジスランは誤魔化そうとしたが…バジルの真剣な眼差しを見て、静かに答えた。
「…………ああ。好きだ。初めて会った時から…ずっと…!!」
「…やはり…そうですか…。その上で言わなくてはならない事がございます。
セレス様はすでに…将来を約束した相手がいます」
「………はあ!!?そ、んな…!まさかお前が!?」
ジスランは狼狽した。セレスタンが女性だと判明した今、彼は求婚する気満々だったからだ。
それがすでに相手がいる?そんなの…認められるはずが無かった。
バジルの両肩を掴むも、彼は静かに首を振った。
「僕ではありません。誰かも言えません。
ですが…もしもあの日、あの時。涙を流すシャルロットお嬢様を放置し…セレス様の後を追えば。
彼女を慰めたのが僕であったら…今頃、僕が隣に立っていたかもしれないのに…と…思うのです」
そうだ。あの時グラスではなく…自分が。セレスタンを優しく抱き締め、甘い言葉を囁けば。
『僕と一緒に逃げましょう。絶対に、僕がお守りします!
卒業するまでに仕事や住居を決めて、生活基盤を整えて。落ち着いたら…どうか、僕と結婚してくださいませんか?
ずっと…初めてお会いしたあの日からずっと、お慕いしておりました…!』
と、言ったなら?
平民でもいいのならば。僕が…貴女を攫ってしまっても良かったのではないのか!?
「そんな浅ましい想いで…大切な友人なのに「グラスがいなければよかった。そうすれば、彼女が頼れるのは僕だけだったのに…!」という感情を一瞬でも抱いたのです。
僕は…醜い人間です。それでも…セレス様の幸せを願う心。これだけは…失いたくないんです…!
幸せにするのが、僕でなくても…。彼になら、安心してセレス様を任せられるから…!」
「……………」
バジルは涙を流しながら、胸の内を吐露した。
自分の手で乱暴に顔を拭う彼の姿を見たジスランは…ゆっくりとバジルの肩から手を離す。
「……そう、だな…。俺にも……彼女に求婚する資格なんて、無いよな…
出来るのは…幸せを願う事、だけ……だ…」
そう力無く呟き…眠るセレスタンの顔を見た。
もしも等言い出してしまえばキリが無い。だが、もしも最初から知っていれば…彼女と結ばれたのはきっとジスランだろう。もしも、もしも……
もしもこうしてバジルと話さなければ…ジスランは、狂ってしまっていたかもしれない。
いざ求婚してみれば、もう好きな人がいると本人にきっぱり言われたら…認めたくなくて激昂し、彼女に襲い掛かる可能性だってあった。
その場合セレネが止めただろうが…互いに心に深い傷を負っただろう。
ジスランはセレスタンの髪を優しく撫で…一筋の涙を流しながら、言葉を紡ぐ。
「セレスタン・ラサーニュ様。俺は、初めて会ったあの7歳の時から…ずっと貴女をお慕いしていました。愛して、いました。
俺は…誰よりも、貴女の幸せを願っています。これからは…その時が来るまで、友人として貴女を守ります。どうか、それだけはお赦しください…」
これがジスランの、最初で最後の告白だった。
セレスタンの髪にキスをして、その体を持ち上げた。部屋の準備が整ったので個室に移すのだ。
部屋のベッドに寝かせ、ジスランとバジルは部屋を出ようとしたら…足下を小さな犬のような毛玉が通って行った。
「セレネ…」
「?知っているのか?」
「あ、はい!セレス様の頼もしい守護者ですよ」
そんな話をしながら、彼らは部屋の鍵を閉める。
「……シャーリィ。ごめんな、セレネが側にいたのに…
あの時エリゼが声を上げなければ、セレネがあの男を喰い千切ってやったのに。
もう大丈夫、ゆっくりとお休み…」
セレスタンの頬を舐めながら、セレネはそう囁いたのであった。
「それだけじゃない、ずぶ濡れにもされて…!
もう知らん、人間のキマリなんて関係無い!来い、お前達!!」
セレネの号令に、寮や教会、精霊界で待機していたセレスタンの精霊が大集合。
「お前達、今後は最低1体がシャーリィから片時も離れず守るんだ。教会の警護はもう必要ない。人間が何か言うのであれば、力を示せ!!」
「「「「仰せのままに、我が王」」」」
「それとファイ、お前も風のエンシェントドラゴンに頼んで眷属にしてもらう。ついて来い」
'はいっ!'
ファイを連れて何処か姿を消す。
半日後帰って来たが、ファイは元々が煙な為外見の変化は無いに等しい。それでも能力は大幅にアップした。
「ふっふー。これで皆さんと対等です」
こうして精霊達は準備万端、我が君の目覚めを待つ。
※
結局セレスタンが目を覚ましたのは、丸1日経ってからだった。
「シャーリィ、起きたんだな!」
「セレネ…なんか僕…変な夢見た。
合宿に参加しているのは変わらないんだけど。僕は…すっごく楽しげで。変なの…」
それ以上は何も思い出せなかったが。所詮夢だ…と首を横に振った。
「てか、なんで皆いるの?」
「セレネが呼んだんだぞ」
「んな…」
現在部屋の中を、天使達が自由に飛び回っているのだ。
「精霊禁止なんだけど…?」
「そんなん人間が勝手に作ったルールだ。セレネ達が従う道理は無い」
「ご安心を、我が君」
「君を害する者は、コーテイだろうと僕達が消してあげる!」
「うんやめてね。
でも…校則を無視するのはアリかも。僕が悪い評判を広めまくれば、自動的にロッティの株も上がるし。
あの子に軽蔑される不良を目指すのもイイね…!」
頑張って学園、いや皇国一のワルになるぞー!と拳を突き上げる。
精霊達は「無理無理」と内心シンクロしながらも、おーーー!!!と乗っかった。
「あれ、マクロン様は?ベッドも無い…追い出しちゃった?」
彼女には説明する事が多そうだ。
さて、ドゥーセはどうなったのかと言うと。
「ドゥーセ先生…儂は具合の悪い、怪我をした生徒は速やかに医務室に連れて行くよう指示した筈だが?
誰の、許可を得て。勝手な発言をしたのか…分かっているのか…?」
「も…申し訳ございません…!!ですが、そ」
「言い訳はいらん!!今すぐ荷物を纏め学園に帰れ!!!」
「ひぃ…!分かりました、元皇国騎士団総団長殿っ!!!」
叱責されたドゥーセは、クザンの勢いに呑まれ逃げ帰った。
そして空いた中級組の指導者だが。
「出番ですよ、殿下」
「あの…俺養護教諭なんだけど?医務室守んなきゃいけな」
「怪我人病人が出たら戻ればよろしい。貴方は今も欠かさず剣を振るっているでしょう。さあ」
「さあって…お前、昔から変わんないな…」
オーバンは学生時代、当時総団長を務めていたクザンに指南を受けていた。一切の容赦も手加減も無く相手をしてくれたお陰で、彼はメキメキと上達していったのだが。
何年経ってもクザンにとって、オーバンは弟子のようなもの。しかも今彼は皇族を抜けている。その為このように、時として師弟のように振る舞うのであった。
余談だが現役魔術師総団長のテランスは同世代の同期である。
「まあ…あと4日だし…はあ。
ところでクザン、なんで今年急にシャワールームが増築されたか知っているか?」
「……学長の指示です。とある生徒の為…とのこと。まあ以前から要望がいくつかあったので、丁度いいと仰っていました」
「………ふうん?」
クザンは以前、セレスタンの正体に感付き学長とも共有していた。
その為彼女を気にはしていたのだが…残念ながら上級組に入る程では無かった。
上級であれば、常に自分が目を光らせていられたというのに、だ。
ただしセレスタンは、技量だけでいえば上級者であると言える。今も尚、毎日の鍛錬を欠かしてはいないからだ。ただ…心が伴っていない。
騎士になりたい、強くなりたい、誰かを守りたい…そういった心。
今彼女が鍛えているのは、己とグラスを守る為だけ。それ以上は手に余る…と思っている。
※
そんなセレスタンが目を覚ませば、真っ先にジスランがやって来て勢い良く土下座した。
今まで申し訳無かった、許してくれなくていいから…守る事だけは許可して欲しい、との事。
そしてエリゼも謝罪した。今までの暴言、悪かったと。
セレスタンは元々怒っていないし、2人を許した。それでも…
「……僕は、君達と親しく出来ないよ…。バジルも、ルネさんも、ロッティ…も…
だからどうか、ロッティをお願いね。僕がいなくなった後も…」
合宿が終わり、いつもの日常に戻れば…また彼らとは距離を置く生活に戻るだろう。
セレスタンはこれからも、他人を拒み続ける。何故かと言えば…最愛の妹を拒絶しておきながら、他の人間を受け入れるなど。自分で許せないからだ。
徹底的にシャルロットに嫌われる為、悪人を演じてみせる。それこそが、今のセレスタンの目標なのだ。
※
「……セレスタン・ラサーニュ」
「なんでしょうクザン先生!」
「その精霊達はなんだ。禁止と知っているだろう?」
「ぴぇ…」
不良になると宣言はしたが、クザンに凄まれ腰は引けすぎている。
本日の授業前。セレスタンは精霊5体(ファイは隠れてる)を引き連れて姿を現したのだ。呼び出されクザンと対峙する。
「ぼ、ぼぼぼぼ僕の精霊でふ。キマリなんって、知りまへんなあ!」
膝ガクガクで腕を組み、キリッとした表情で噛みながら言い切る。どう見ても子猫の威嚇である。
「学園でも授業の邪魔はさせません。でも…今後は僕と常に共にいます!!」
「そうか。では儂から学長に報告しておこう」
「ええ、なんと言われようとも…なんて?」
「それとヘリオスについても凶暴性は皆無と判断された。今後は儂に預けずともよい。…必要があれば連れて来い」
授業に戻るぞ、と言って踵を返す。
セレスタンはセレネ達と顔を合わせて…イエーーーイ!!大勝利イィーーー!!とはしゃいだ。
「…いやはや、なんとも恐ろしい存在よ。儂も人間の中ではそれなりと認識していたが…世界は広い」
クザンは子猫の後ろの…親猫の威嚇に圧されていた。そして「あれらに人間は敵わない」と即座に理解、本来であれば頭を垂れるべきである相手であるとも見抜いている。
こうしてセレスタンは堂々と精霊を連れ歩くようになったのだった。
「…やっぱり夢じゃなかったのか…」
パスカルの視線の先、セレネが転がっている。
「シャーリィ…」
その時…セレネと目が合った気がした。
※※※
コンコンコン
「……はい」
「俺だ」
「…ルカ!?」
明日で合宿も終わり、宿泊は今夜で最後。
まさかルカが訪ねて来るとは思わず、セレスタンは焦ってドア越しに会話する。
「な…何か…ご用で?」
「倒れたと聞いた。もう…大丈夫か?」
「…はい、元気です。ありがとうございます」
「そうか。…どうして屋上に来なくなった」
「!それは…手紙を置いたでしょう!僕は…もう誰かと親しくするのはやめたんです。無視してくださいって…言ったのに…」
「………」
返事が無いので、いなくなったかな…?と安堵した。が。
「…俺はお前に嘘をついていた」
「んぬっっっ!!!?」
「んぬ?…プッ。
その…俺は授業を免除なんてされていない。ただサボっているだけ…屋上の鍵だって、権力を使って合鍵を作らせた」
「え…駄目ですよそんなっ!」
「その通りだ。その所為で…俺は友達がいないんだ、お前しか」
「……僕?」
「そうだ。だから…お前がいないと……寂しい…から…」
段々と声が小さくなっていく。恐らく向こう側で、ルシアンは顔を紅潮させていることだろう。
セレスタンはドアに手を突いて…明るい声を出した。
「サボり…では…僕らは友達であり不良仲間ですねっ!?」
「何それ?え?」
「ではまた屋上に行きます!2人で学園を脅かすワルになりましょう!!」
「うっそ。なんで?」
ルシアンはフリーズした。もっと…甘酸っぱい展開を予想していたのだ。
だが「えいえいおー!」と盛り上がるセレスタンを前に嫌とも言えず。「おー…」と力無く返事をした。
翌朝。
「………」
「zzz」
ルシアンが見下ろす先。パスカルの布団が完全に床に落ちている。
彼は慣れない寝具だと寝相がかなり悪い。実は合宿が始まってからずっと、セレスタンが何度も直してあげていた。
ルシアンにとってパスカルとは。
品行方正、眉目秀麗、文武両道のまさに貴族のお手本であるような男だった。
それが今は腹を出して、枕を足で挟んで酷い寝相。寝相は仕方ない、けれど。
「……ブフォオッ!」
「…う〜ん…むにゃ」
落ちた布団を丸めて身体の上に乗せ。1人で腹を抱えるのであった。
※※※
「…あ、殿下…」
「ん…?」
合宿から数日経った放課後。セレスタンはルシアンと誰もいない教室で邂逅した。
彼女はずっと、言わなくてはならないと思っていた事がある。
「殿下…合宿で部屋を変わっていただき、ありがとうございました。お陰でぐっすり眠る事が出来ました」
「……ああ。気にするな」
ルシアンはそれだけ言うと、教室を出た。
「(彼も周囲に色々言われているけど…前から、どうにも嫌いになれないんだよな…
優秀なお兄様達と比べられている、っていう…仲間意識からかな。何か、決定的に違う気もするけど)
まあいいか。どうせ…住む世界が違うんだもの。もう、話す事も無いだろう…
さて、ルカに会いに行かなくっちゃ!」
「急いで先回りしないと…!」
ペンギンの帽子を被りながら、ダッシュで階段を駆け上がるルシアン。
セレスタンが真実を知るのは、もう少しだけ先のお話。




