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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
55/102

「あのような可憐な男がいてたまるか…」



「ラサーニュ…ブラジリエと何かあったのか?」


「いえ、何も?」


「そ、そう…?」


 そうです!と言いながら、セレスタンは布団を頭まで被る。



「(全くもう!!女だって分かってる相手の風呂覗くか普通!?絶対許さん!!)」



 あの後ジスランはエリゼの手により連行されて行ったが…騒ぎを聞きつけた他の生徒も集まってしまった。

 その為セレスタンは急いで上がり、部屋まで逃げ帰って来たのである。



「(うーん…ブラジリエがラサーニュのシャワーを覗いたって噂になってるんだが…男同士で覗くも何も無いよなあ…。でもなんか怒ってるし…覗きじゃなくて、喧嘩か?)

 じゃ、じゃあもう灯りを消すから。おやすみ」


「…おやすみなさい」



 部屋が暗くなり、少し冷静になったセレスタンは顔を出す。

 寝なくてはならないのだが…チラッと右を向けばパスカルが。15歳の乙女として、男性と同室で眠るというのは抵抗がある。


 昼間の疲れもあるが、一向に眠気はやって来ない。暫くするとパスカルの寝息が聞こえてくるが…彼女は深夜になっても、眠れずにいたのであった。



「(……せめて…セレネを抱いていれば、眠れたかな…)」



 結局朝になるまで、浅い眠りを繰り返すだけなのであった。



 ※



「……朝か…あれ?」


 パスカルが目覚めるとセレスタンの姿が無かった。

 トイレか?と思い起き上がる。着替えを始め上半身裸になったところに…ドアが開いた。


「「あ」」


 トイレで着替えてきたセレスタンだ。彼の細マッチョな身体をガン見し…一瞬で顔を赤くしてドアを閉める。


「…?気にしなくていいのに」


 パスカルにしてみれば、セレスタンが照れる理由が分からない。深く考えず再開する。



「び……っくりしたあ…!!」


 セレスタンはドアに背を預けへたり込む。

 頭に熱が集中し、激しく鼓動する心臓。こんなん先が思いやられる…と大きなため息をついた。



 食事はバジル、エリゼと同席。ジスランは…

 昨日シャワーを覗いてから、セレスタンの半径10m以内に近付く事を禁じられている。なのでギリギリの場所から見守っているのだ。


「…………」


「………なんか…視線がチクチクと…」


 彼女の後ろでジスランが爛々とした目をしている。しかも充血しており、近くを通りがかった男子は小さく悲鳴を上げる。


「なんなの…?」


「「(多分…服の下とか想像してんだろうな…)」」


 分かってしまう年頃の男達であった。



 ※



 授業中は顔を隠せないので、ジスラン以外も注目する。

 運動して上気した頬、潤んだ瞳。流れる汗、ストローを咥える唇、捲った袖から見える細腕…全てが男子生徒を釘付けにしてしまうのだ。


「あーあっちぃ」


「春だってのになあ」


「……!」


 反対に周囲は遠慮なく脱ぐので、半裸の男子生徒から顔を逸らすのに必死だ。

 彼女はサラシ、肌着、シャツ、ベストと重ねておりかなり暑い。この中の誰よりも脱ぎたいと思っているに違いないだろう。



「……わっ!?」


「っ!セレス様!?」


 座っていたら、ザパァッ!!と水が降ってきた。

 反射的に見上げれば、後ろに桶を持った男子が立っている。シャルロット親衛隊の3人である。


「なんだよ、暑そうだから冷やしてやったんじゃん」


 下卑た笑いに近くの生徒も同調する。


「(なんで…ここまでされなくちゃ、いけないの…!)…ぅ」


 悔しくて悲しくて涙が出る。

 鼻を赤くして顔を歪めるセレスタンに、数人は「流石にやり過ぎだ」と心を痛める。

 パスカルが駆け寄り、震える肩にタオルを掛けた。


「風邪を引いてしまう、シャワーを浴びに行くか?」


「う…っく、ふ、……ぐす…」


「はあっ!?何泣いてんだ、シャルロット嬢はこの何倍も悲しんでいらっしゃるんだよ!」


「全くだ。こいつがお側をウロウロすんのは腹立つが、彼女を悲しませるのはもっとムカつくんだよな」


「……!」


 バジルは拳を握り、殴りたい心を必死に落ち着かせる。それを察したセレスタンは腕を掴んだ。


「駄目!僕はいいから…ね、ね?」


「…………はい」


 彼は立っていたので無事だった。彼女を合宿所に連れて行く為手を差し伸べる。

 同時にドゥーセが休憩終了だ!と集合するよう命じる。無視して離脱する2人を見逃さなかった。


「おいそこの2人!!堂々とサボるとはいい度胸だ、早く並べ!!!」


「先生。貴方には彼の姿が見えないのですか?」


 パスカルは軽蔑の眼差しで問い掛ける。しかしドゥーセは止まらない。


「水浴びなんかして遊ぶからだ!!動いてりゃ乾く、とっとと…」


「おいコラ。テメーの目ぁ節穴か?教師っつー生徒を預かる立場分かってんのかあ"あ?」


「なんだと!?……あ、いや…」


 勢いで噛み付いた相手はオーバンだった。養護教諭として同行し、偶然ではあるが先程の光景を目撃していた。

 教師は全員オーバンの正体を知っている。典型的な権力に弱いタイプのドゥーセは怯んだ。


「来いラサーニュ、リオは戻ってこいつは先生に任しとけ。

 それとさっき水ぶっ掛けた奴ら。問題行動として学園と家に報告しとく、分かったな?」


「「「はあ!?」」」



 3人は何か喚いているが完全無視。

 バジルはハラハラするも、彼を信じて授業に戻るしかない。



 ※



「うう…」


「ホラ着替え。つかパンツまで濡れてそうだな。部屋までノーパンで我慢しろ」


「ノ、パ……でもぉ…」


 そう言われても脱げはしない。だがずぶ濡れで部屋に戻る訳にもいかない。

 一旦脱いで身体を拭く必要があるが、この簡易医務室にはベッドを仕切るカーテンが無いのだ。


「?もしかして…恥ずかしいのか?」


「ぐう…そうですよーだ!!ほら出て行くか後ろ向いてください!!」


「へーへー」


 ニヤニヤするオーバン。なんともイラッとする表情だが…嫌悪感は全く感じなかった。

 窓のカーテンを閉めて回り、見ないでくださいよ!と念を押して脱ぎ始める。


「(……は、恥ずかしい…!!)」


 たった数歩先に男性がいるのに、裸になるのはかなりキツい。

 急いでびしょ濡れのサラシまで外し、タオルで拭きまくる。


「(貴族なんつーモンは人によっちゃパンツまで使用人に着替えさせんだから、慣れてんだろうに。風呂だってそうだし、女の子じゃあるまいしな〜)」


 はっはと内心笑いながらも約束は守る。現在僅かでも後ろを向けば、待っているのは社会的な死だ。


 緊張しながらの着替えが終わり、授業に合流。バジルとパスカルに心配されながらも剣を振るう。



 嫌がらせをしては学園&家にチクられると噂になり、それからは落ち着いていた。

 それでも好奇の視線は無くならないし、神経は擦り減るばかり。




 ※※※




「おやすみ」


「おやすみなさい…」


 合宿が始まり数日。パスカルはセレスタンとほぼ会話を出来ていない。明らかに避けられているので、どうにも遠慮してしまう。



「……起きているか?」


「………はい」


 それよりも…彼女があまり寝ていないのでは、と気になっていた。

 日に日に目の隈は酷くなるし、貧血を起こす事が増えている。


「不眠症か?」


「いえ……大丈夫です、どうぞおやすみなさい…」


 彼女はバサッと布団を被り背を向ける。

 寝不足は…男性と同室なのもそうだが、サラシが結構キツいのだ。寝てる時くらい緩めたいが、万が一を考えると不可。

 そんな事情を知らないパスカルは、弱っていく彼女を眺めるしかない。



「……♪…〜♪」


「……?」


 突如下手くそなメロディーが流れ始めた。パスカルが…子守唄を歌っているのだ。何度も音を外しながら、一生懸命に。



「…ふふっ」


 薄暗い部屋の中、歌声と小さい笑い声が支配する。お世辞にも上手いとは言えないが、心が安らぎを覚える。


「(優しい人なんだな…本当に……やば、眠…)…マクロン、様」


「〜♫…なんだ?」


「貴方は…好きな人はいないのですか?」


「え…っ」


 恋バナにパスカル大混乱。これは仲良くなるチャンスか!?と次の言葉を探す。



「…初恋の女の子がいる」


「そうなん…すか…」


「あ、でも…今何処にいるか分からない。6歳の時に一度会っただけで」


「おお…ロマンチッ、ク…」


「そうか?」


「んー残念。あ…でも駄目か…」


 彼女は1人でブツブツ言っている。何が?と問えば…半分寝惚けながら語った。


「ロッ…ティの…旦那様にって〜…思っ…」


「え。いや…その」


「でも…マクロ、様は…将来の侯爵様だし…無念…」


「……俺には2歳の弟がいてな。いざとなったら家は任せるさ」


「ほお〜…ん…」


 もう殆ど夢の世界に旅立っている。パスカルは安心して目を閉じた。



「そうそう。俺の初恋の子はな、シャーリィっていう…」


「呼んだあ…?」


「え?いや…シャーリィは」


「は〜…い」


「…シャーリィ…?」


「うん…」


「シャ…」


「しつこいんじゃあ〜…」


「すみません…」


 怒られた。まさか…と思い静かにベッドから降りる。彼女のベッドに腰掛け、指で髪を撫でた。

 目は閉じられているが…こうして間近で観察すると、懐かしいシャーリィと重なる。



「…僕はパスカル。また、君に会いに来てもいいかな?」


 大切な思い出。彼は1日たりとも忘れた事はなかった。


「…会えるか……分から…けど…」


 彼女も寝言のように答える。あの時と同じ言葉を。


「それでもいいよ、約束しよう?」


「それで…いいの?」


 まさか…初恋の君が男だったとは。がっくりすると同時に、笑いが込み上げてきてしまった。


「うん、いいの。シャーリィ。また会えたら、一緒にセレネを探しに行こう。

 そして…セレネも一緒に沢山遊ぼう。疲れたら休んで昼寝して、本を読んだりおかしを食べたり…ね?」


「うん…うん。やく、そ……くぅ…」


「…ははっ、約束だ。

 実はその後続きがあったんだ。恥ずかしくて言えなかったけどな。

 ……いつか…いつか。僕のお嫁さんになってください…ってね」


「………」


「寝たかな?…おやすみシャーリィ。いい夢を」


 パスカルはセレスタンの目尻にキスをした。彼女が微笑んだ気がして、満足気に離れる。



 カリ…カリカリ…


 窓のほうから何か引っ掻くような音が。不審に思い、慎重にカーテンを開けると…


「…まさか、セレネ!?」


 毛玉が窓に張り付いていた。開ければいつかのように、パスカルの頭を踏み台にして部屋に入る。


「いや俺を経由する必要無かったよな!?」(小声)


 セレネはベッと舌を出し、セレスタンの服の中に潜り込んだ。



「…んふ、うふっふ。くす、ぐぅ…」



 ふんー…と胸に収まり、片目でパスカルを見上げる。何見てんだコラ、と言ってる気がした。


「…いつの間に再会を?むむ…俺は出遅れか…」


 悔しそうに唸りながら布団に潜る。もう一度おやすみと挨拶をして、すぐに寝息を立てた。




 セレスタンは夜明け前に目覚めた。

 モフ…?セレネを抱いている。なんで!?と飛び起きた。

 見ればパスカルはまだ眠っている。布団がずり落ちているのでそっと直し、セレネを起こした。


「ねえセレネ、もしかしてマクロン様に見られた!?」


「zzz」


 全く起きない。彼女が覚えているのは、パスカルの下手くそで優しい子守唄だけ。


「…子供か僕は!!ああ〜…男性の横でぐっすりと…!」


 羞恥心から頭を抱えた。駄目だ気を抜くな!しっかりしろ僕!!と頬を叩く。


 その後パスカルは、彼女が昨夜の会話を覚えてないと知り落胆した。

 それでもいい。こうして再会出来たんだから…また思い出を作ろう。友達から始めよう!と気合を入れる。


 だというのに、肝心のセレスタンは逃げ回る。セレネについて聞きたくても、あれからセレネは姿を見せない。

 パスカルはもう、あれは夢だった?と思い始めてきた。では何処から?分からない。

 



 誰にも甘えてはいけない、隙を見せてはいけない。ましてや熟睡なんて以ての外!


 昼間は授業で剣を振るい、食事中も入浴中も部屋でも休まる時は無く。少しずつ…疲労は蓄積されていった。



 ※※※



「セレス様…酷い顔色です、隈も…」


「お前、寝てないのか?…って、眠れる訳もないか…今日は休んだらどうだ?」


「……いや…大丈夫。そもそもドゥーセ先生が許可するとは思えないし…」



 合宿が始まり1週間ほど。彼女の疲労はピークに達していた。エリゼとバジルに心配されるも、なんとか牛乳だけ飲み立ち上がる。

 ジスランは昨日から上級のサバイバル特訓の為、合宿所を離れて山に登っている。


 疲労、ストレス、睡眠不足…色々な要因が重なり、セレスタンはすでに限界だった。



「(今日は午前中だけで、午後は休みだし…そうしたら、誰もいない所で寝よう…。セレネが見張りをしてくれれば大丈夫。あと、半日頑張ろう…!)」




 なんとか力を振り絞り、木剣を持ち広場に向かう。だが…



「!セレス様っ!?」


 全員揃い、朝のランニングが始まろうという時に…セレスタンはとうとう倒れてしまったのだった。

 咄嗟にバジルが抱き留めるも、彼女は真っ青な顔で浅い呼吸を繰り返すのみ。

 周囲は騒然としたが…


「軟弱だなあ、剣はそこそこ振れるようだけど…無能は何をやらせても駄目だったんだな」


 という誰かの言葉を皮切りに、彼女を嘲笑する声が広がった。



「セレス様!!僕の声が聞こえますか!?」


「そんなんやってる場合か!簡易医務室に連れて行くぞ!」


 揺さぶるがセレスタンは目を虚ろにさせて声も届いている様子が無い。バジルが持ち上げ、急いで列を離れようとするも…



「おい!!!何をやっているんだお前達は、今から走り込みだろうが!!」



 そこに立ちはだかったのがドゥーセだった。セレスタンが倒れたから医務室に連れて行くと言っても…



「そんなもの、その辺で少し休ませておけば治るだろうが!!そもそもそのような軟弱さで騎士が務まると思っているのか!?

 お前達は今目の前で主君が危険に晒されていたとして、「具合が悪いんで動けません」とか言うつもりか!!?

 わかったら適当に転がして、早く走りに行け!!!」


「………!!(この様子を見て、放っておけば治るだと!?もう我慢出来ない…!)」



 我慢の限界を迎えたバジルが、全てを失う覚悟で声を上げようとした瞬間…横から怒声が響き渡った。




「貴様の目は節穴かこのクソ教師が!!いいからそこを退け!!!」


「!?ラブレー、教師に向かってなんだその口の利き方は!!」



 エリゼが目を吊り上げ、鬼の形相でドゥーセを睨み付けているのだ。


「黙れ!!教師がそんなに偉いか?生徒の安全確認も出来ないような無能が!!!根性論など時代遅れも甚だしいわ!!!

 そも主君の命だあ?そんな重要な任務に、体調不良者を任命する貴様のような愚かな上官がいてたまるか!!」


「な、おま…!」


 ドゥーセはエリゼの勢いに圧されているのか、口をパクパクさせるばかりで言葉になっていなかった。



「(………ラブレー…怒ってる…?なんで…)」



 意識が朦朧とする中、セレスタンは僅かにエリゼの声を拾っていた。


 つい最近まで彼女にとってエリゼは、妹の友人で…自分にはやたらと厳しい言葉を投げかけてくる嫌な奴だったのだが。

 どうやら今は、自分の為に声を荒げているのだと…そう理解出来た。



「(……あり、がと…)」



 ドゥーセはエリゼが相手をしている隙に、バジルがセレスタンを抱えて走って行く。



「騎士を志す者がそのような屁理屈を…」


「誰が騎士になるっつった!!忘れるな、ボクらはただの学生だ!!!熱血根性合宿がしたかったら全員強制参加などやめてしまえ!!!」


「ラブレー!それ以上はお前の立場が悪くなるだけだぞ。気持ちは分かるが抑えて…」


「知るか!!!ボクはな、こういった馬鹿垂れが幅を利かせているのが我慢ならないんだよ!」



 パスカルが間に入るも、エリゼは止まらない。元々短気な彼は、こうなると言いたい事を全てぶち撒けるまで落ち着かないのだ。

 それこそ途中で止められるとしたら、皇族かテランスくらいなものだろう。皇族もこの場に1人いるが…腕を組み状況を観察しているだけだった。



「ボクの立場がなんだ、退学にでもするか?上等だ!!貴様のような低脳に頭を垂れねばならんのなら、学園だろうと国だろうとこっちから捨ててくれるわ!!

 ボクほどの天才を欲しがる国なんざいくらでもある!!その場合この国はボクという至高の宝を失う羽目になるがな!!!

 やってられっかこんなモン!!ボクに剣なんて向いてないわ!!こちとら魔術の専門家だボケェ!!!」


 最終的に彼は、木剣を地面に叩き付けた。そしてスッキリしたのか、ドスドスと足音を立てながらバジルの後を追うのであった。



 お前…自分がもう授業受けたくないだけじゃ…と数人の生徒が思ったが、言葉にする勇者はいなかった。




 その後は誰もが呆然としていたが…もう1人の教師が仕切り直しをして、今日の授業は始まったのだった。




 ※※※




「おいゲルシェ教諭!!ラサーニュの様子はどうだ!!」


「ノックしろよお前…ったく。

 静かに寝てる。今まで同じように何度も医務室に運ばれて来たが…特に酷えな。何日寝てないんだ?枕が変わると寝れん派か?」


「………恐らく、合宿が始まってからずっと…まともに眠っていないかと…」


「はあ?」


 エリゼがバターン!!と簡易医務室の扉を開ければ、ベッドに横たわるセレスタン。側に座るバジル、その隣に立つ養護教諭・オーバンの姿があった。

 オーバンは2人にコーヒーを差し出しつつ状況を聞く。




「………ほーん。事情は言えないが、ラサーニュ兄は他人が同じ部屋にいると就寝出来ないと。

 ……合宿はあと5日程。ルシアン…殿下と部屋を交代して、個室にするしかねえか」


 相手によっては「甘えるな!」と一蹴する話ではあるが、彼はしなかった。

 彼女の人柄をよく知っているし、バジルの様子からして本当に深刻そうだったからだ。


「はい……それが一番、望ましいのですが…」


「あの殿下が聞いてくれるのか?」


「(事情を話しゃ聞くと思うがなー。俺から言っとくか)とにかくラサーニュ兄は俺が見とくから、お前らは戻れ。寝ている今、出来るこたねえよ」


 追い出そうとするも、彼らは動かない。

 バジルは心配だと言い、エリゼはもう授業に参加するつもりは無いとのこと。


 そんなエリゼには、オーバンの拳骨がお見舞いされた。



「い…っつ〜!何するんだ!!」


「阿呆が。ドゥーセ先生の言葉は確かに過ぎているが…俺から学長に報告しとくから、サボりは許さねーぞ」


 おら出て行け!!とオーバンがドアを開けようとノブに手を掛けると、外側から開いた。

 その所為でよろめいた彼は、廊下にいた人物を確認すると目を丸くした。


「ルシアン…?お前、ラサーニュ兄と仲良かったか…?」


「いや。まともに会話した事も無い」


 ルシアンはずかずかと部屋に入り、戸惑うエリゼ達も無視してセレスタンの眠るベッドに近付き見下ろした。


 暫く無言で寝顔を見ていたが…くるっと振り向きバジルに目をやる。



「私と彼の部屋を交換する。お前はラサーニュ家の使用人だろう、彼の荷物を纏めろ」


「え?は、はい!」


「それとラブレー。マクロンに「私と同室が嫌なら野宿しろ」と伝えろ」


「……はい」


 2人は普段「我儘皇子」「顔だけ皇子」「出涸らし皇子」と呼ばれるルシアンの言葉に疑問を抱きつつも言われた通りにする。

 彼らが出て行った後、オーバンはドアを閉めてルシアンに向き直った。



「部屋の交換はこっちから頼もうと思ってたが…いいのか?」


「そもそも私は、最初から「個室がいい」なんて言った覚えは無い。勝手に決めたのは教師だろう。

 …それより叔父上は、気付かないのか?」


「へ?何に?」


「セレスタン・ラサーニュの秘密」


 秘密?とオーバンは首を傾げる。秘密…努力を隠しているところ?ではないだろう。

 ならば彼は一体何を指している?どれだけ考えても分からなかった。


 ルシアンはその様子を見ながら、何を思ってかセレスタンの髪を撫でた。



「……私も荷物を纏める」


「お、おう」




 自分の部屋に歩を進め…立ち止まった。廊下の窓から、授業を受ける生徒達の姿が見える。



「どいつもこいつも、節穴ばかりか。

 あのような可憐な男がいてたまるか…」



 その呟きは、誰にも届かない。




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― 新着の感想 ―
[一言] ここのオーバンは気づいてなかったのか骨格や年齢約に喉仏で気づきそうなのに。ルネに気付かれたとき近くにいて気づかなかったのか。
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