最後の贈り物
数分前。
「ハァー…ジスランは何がしたいんだ…」
セレスタンは汗を流して一息。髪を拭き水分補給をしようとしていた。
「あれ、セレネだけ?他の子達は?」
「寝室だぞ」
「早っ。まだ8時前だよ」
じゃーまあのんびり過ごすか…とソファーに腰を下ろしかけた瞬間。
バターーーン!!
「セレスタン!!!話が、あ………」
ジスランが勢いよくドアを開けた。あまりの衝撃に動けずにいたら、彼の横からエリゼもひょこっと。
「「「…………………」」」
セレネは咄嗟にぬいぐるみのフリ。
エリゼが「間違えました」と静かにドアを閉める。
間違いか。じゃあ仕方ないか。
そんな事を考えていたらまた開いた。
「「「う…うわあああああああぁぁぁーーーっっっ!!!?」」」
3人の心が1つになった瞬間だった。
そんな大声を出せば当然騒ぎになる。「なんだなんだ!?」と周辺のドアが開く音。
目の前には放心状態の男2人。セレスタンが真っ先に正気に戻り、脳みそをフル回転させて状況を乗り切る方法を模索する。
2人の襟元をガシッと掴み、部屋に引き摺り込みドアを乱暴に閉めた(さり気なくエリゼが鍵を閉めている)。
まずはそう、口止めだ。
この姿を見られたら、流石に男だと言い張るのは不可能だ。
「言うなよ…絶対!誰にも!言うなよ!!!?」
「あ、ああわあかわ、わかわ、わかっ、た……!」
「分かったから、服を着ろ!!!」
自主的に正座した彼らの頭を鷲掴みにし威圧的に言ってみる。
ジスランは顔を真っ赤にしつつ、セレスタンの胸から目を離さない。エリゼは目をぎゅうっと瞑り着衣を促す。
「じゃあ出てけ!!!話す事は何も無い、詳しく知りたければバジルに聞け!!」
「待ってくれセレス!!その…その胸は本物か!!?ちょっと触って確認を…」
「「変態か!!!」」
ジスランはパニックを起こしているようだ。セレスタンに蹴飛ばされ、廊下に仲良く転がりバタン!!と締め出される。
同階の男子達の心配も無視してバジルの部屋…の前に。
エリゼがノブを回してみた。開いた。
「鍵閉めろ馬鹿!!!」
と叫べば、カチっと音がした。
彼らはその足で1階下のバジルの部屋に突撃。
ドンドン!!!
「バジル、俺だ!!」
ガチャ
「ジスラン様?エリゼ様も…どうなさいました?
それと先程、上から聞き覚えのあるような叫び声が…」
かくかくしかじか。
バジルは頭を抱えて蹲った。
「何を…なさっているのですか、貴方達は…!」
「知らなかった、から…」
「それ以前の問題だっつーの…」
綺麗に片付けられた部屋に通され、まずお茶を出しておもてなし。
混乱する2人にハーブティーを飲ませてから真実を語った。
「長くなりますので、要点だけ述べさせていただきます。
セレスタンお嬢様が男装をなさっているのは旦那様の指示によるもの。彼女本人は望んでいません。
これはシャルロットお嬢様もご存知ありません。知っているのは皇太子殿下、第二皇子殿下、ルネ様、僕、グラス、カリエ先生、教会の皆、旦那様」
実際はもっといるのだが。彼らが把握しているのはこれだけだ。
ジスラン達は神妙な面持ちで聞き入っている。
「それで…先日旦那様が…
シャルロットお嬢様に全て継がせて、セレスタンお嬢様は用済みだと…卒業後は家を追い出すと言われました…」
「「…はあ?」」
「セレスタンお嬢様は…後継の為だけに今の暮らしを強いられてきました。沢山努力もなさって、何度傷付いて壊れかけても奮起して。
生涯独身を貫いて、ラサーニュの為に生きると決意なさったのです。それを簡単に捨てられて…
申し訳ございません。どうか彼女をこれ以上追い詰めないでください…
あの方は本当にシャルロットお嬢様を愛していらっしゃいます。だからこそ…許せないんだと思います…
いつか昔のように…仲睦まじく。今度こそ姉妹として、打ち解けられると信じています。
それまではどうか…そっとしてあげてください…」
バジルの涙ながらの懇願に、2人は唇を結んで頷いた。
他にも色々質問をし、納得したので帰る事にした。エリゼは先に帰ったのだが…ジスランがふと足を止めた。
「………ん?セレスは女性…?
バジル。つまり俺は…女性を何度も傷付けた…という事に?」
「………です」
「……着替え途中に乱入したり、顔にも怪我をさせたり、軟弱者!とか言ったり。満身創痍なところに追い討ちしたり…押し倒したり?」
「あのすみません、半分初耳なんですが?」
ジスランは一瞬にして顔面蒼白に。彼は確かに深く反省しているし後悔もしている。許して貰えるならなんでもする…と本気で思っている。
ただあくまでも、相手も同じ男だったから。女性だとしたら…罪悪感が全く違ってくる。
「ど…そこふ、どふ、どうしよふ……!?」
「(何言ってんだこの人…)」
「これはもう…責任を取って…結婚すべきでは…!!?」
「(あ、そっちが本音か)」
バジルは呆れ…グラスの事を言おうか迷った。
今のジスランでは決闘を申し込みかねない、そう危惧してやめた。
「…こほん、ジスラン様。あくまでもお嬢様の気持ちを第一にお願い致します」
「……うぐぅ…」
ふらふらと今度こそ出て行く。
バジルは本気でセレスタンの癖をどうにかしないと、と頭を悩ませる。
※※※
「…………」
早朝、セレスタンは注意深く寮の食堂を見渡す。例のコンビはいない…ほっと胸を撫で下ろす。
食事のトレーを持ち隅の席へ。学園行きたくない…シャルロットと顔を合わせたくないな…と気が重いがサラダを咀嚼する。
「「あ……」」
そこへエリゼ登場。昨夜の事件を思い出して、同時に顔を逸らした。
「「…………」」
彼は斜め後ろの席に座った。なんでだよ、席いっぱい空いてるじゃん!?と内心冷や汗をかく。
気まずさに耐え切れず、コーヒーを流し込んで立ち上がる。エリゼが声を掛けたそうにしていたが、構わず部屋に戻った。
「(…謝罪出来なかった。くそ…)」
エリゼはこれまで散々暴言を吐いてきた。だがそれは彼の『思った事をなんでも口にする性格』によるもので、相手がセレスタンだとか関係ない。
そして相手の事情を一切考慮していない。彼女には「シャルロットの寄生虫」や「根暗」「はっきり喋れ」等ガンガン捲し立てていた。
「(彼女は…そうやって隠れて生きるしかなかったのにな。ボクには理解できないけど、それでも…)」
彼はこれまで、自分の考えが絶対正しいと思っている節があった。
今だって「今すぐ女性だって公表してしまえばいい」と思っている。何故口止めをするのか、意味が分からない。バジルの話では、セレスタンに非は全く無い。なのになんで…と答えが出ようはずもないが考えてしまう。
「(愛する妹を嫌悪してまでも父親に逆らえないのか?それはもう洗脳じゃな…洗脳?)」
その可能性に辿り着き…エリゼはスプーンをへし曲げた。
セレスタンは幼い頃から洗脳されてきた。だからこそ…ルキウスを始めとして、多くの人が差し伸べてきた手を取る事が出来なかったのだ。
段々と薄れてきたが、やはり根底には父親に対する恐れがあって。今回の騒動で…ようやく完全に解き放たれたのだ。
では何故自由を得ても男として生きるのか?それは本人にしか分からない。
※
「………セレス様、こちらへ…」
「…………」
始業前、バジルにこっそり呼ばれる。昨日の事だろうな…と大人しくついて行った。
空き教室に入った途端、両肩に手が置かれる。
「お願いですから…鍵をきちんと!閉めてください!今回はあの2人だったからいいものの、一歩間違えたらどうなるとお思いですか!?」
「………ごめん。でも別に…」
「貴女はご自身が魅力的な女性であるとご自覚ください!」
「みりょ…!?」
「ただでさえ若い男ばかりなんですから!!いいですね!?今夜から毎日確認に行きますよ!?」
そこまでしなくていい!と口論に。実際問題セレスタンを襲おうとしても…寮にはセレネを始めとして最強の守護者が揃っているのだが。バジルはどうにも不安が拭えないようだ。
話し合いの結果。精霊の中で一番のしっかり者、ファイが鍵係と決まった。
「お、おはよう、セレス…」
「…………」
教室でシャルロットと顔を合わせる。それを無視して…親衛隊が慰めて…いつものパターン。
「おはようございます、セレスさん」
「…………」
ルネの挨拶にも顔を逸らしてスルー。数人の生徒が「感じ悪い」と聞こえるように言う。ルネはその様子に、「挨拶はやめといたほうが良さそう」と再確認した。
「おはようごめんなさい!!!」
「ヒッ!……」
ジスランは床に頭を叩き付けた。突拍子もない奇行に生徒ドン引き、セレスタンは無言で襟を引っ張り立ち上がらせる。血が出る額にハンカチを優しく押し付けて、とっとと席に着いた。
「……私もああすれば…認識してもらえるのかしら…!?」
「絶対やめてくださいお嬢様」
でも確かに効果抜群だろうな。そう思うバジルであった。
※※※
週末、皇宮に足取り重く赴いた。するとランドールが声を掛けてきた。
「ルキウスが呼んでるんだ。急で悪いが…」
「……いいえ、僕もそう思っていましたから…」
「「「?」」」
ランドール、プリスカ、グラスは揃って首を傾げる。
もしも呼ばれなければ、こちらから訪ねようと決めていた。いつまでも逃げて、返事を先延ばしにしたくなかった。
「…ルキウス様」
「セレスタン…」
部屋に通され2人きり。セレスタンは…唇を噛み、眉を下げながら見上げた。
「(…そうか…私は振られるのだな…)」
その表情だけでもう、この先の言葉を悟ってしまった。
向かい合ってソファーに座り…セレスタンが口を開こうとするのを遮られる。
「1つだけ、頼みがある」
「……なんでしょうか?」
「今だけでいい。ルキウスと呼んで…敬語もやめて欲しい。今…部屋を出るまで、その間だけ…」
「………うん…」
彼女は微笑み一筋の涙を流す。震える唇から、一生懸命に言葉を紡いだ。
「ありがとう。わたしを愛してくれて…嬉しかった。
でもごめんなさい。わたしは…やっぱりルキウスと一緒にはなれません」
「……理由を聞いてもいいか?」
「…わたし…どうしても人の目が怖いの」
「私が必ず守る。側にいられない時も、信頼出来る侍女を付けよう」
「貴方は絶対守ってくれると信じてる。でもね…駄目なの」
ルキウスは立ち上がり、セレスタンの前に立った。
膝を突いて正面から抱き締める。彼女もまた、背中に腕を回した。
「……わたしに皇后となる資格は無い」
「資格なんて要らない」
「そんな訳がない。分かっているんでしょう…?」
「…………」
「もう…疲れちゃったの」
ルキウスは腕に力を入れる。彼女の涙で肩が濡れる。彼自身もまた、無意識に涙を流していた。
「……わたしは平民になる。守ってくれると言う人と…一緒に。わたしもまた、彼を支えたい」
「…………そう……か……」
もう本当に、終わりなんだな。どう足掻いても、君の心は手に入らないんだな。そう理解してしまった。
これならいっそ…貴方が嫌いだからと言われたほうが何十倍もマシだと。
「……ありがとう、貴方に愛を貰ってわたしは本当に幸せでした。
何度も貴方の隣に立つ未来を夢見てた。苦労も多いだろうけど、それ以上の幸福があると思う。
でも…お別れです」
「……うん。私も君が隣で微笑んでくれる未来を想い描いていた。どれだけ辛くとも、君の笑顔を見れば元気になれる」
彼らはこれが最後だと分かっているから、強く強く抱き合う。
この部屋を出たその後は。ただの主君と家臣に戻る。今だけ…恋人同士でありたかった。
「……どうして平民になるんだ?例え妹に爵位を譲るとしても…」
「父上が…わたしを追い出すと宣言したの。だから、もう全部捨てて逃げるんだ」
「……何?」
「怒らないで。わたしはそれで幸せなの…」
彼女は全て打ち明けた。
ずっと頑張ってきた、でも無駄だった。だからもういい、こっちから捨ててやる。
ラサーニュは大丈夫、シャルロットがいるから。押し付けてしまう形になったけれど。領民が幸せならなんでもいい。
ルキウスは伯爵に対し、激しい怒りに腑が煮える。
このままでは済まさない。絶対にと決意した。
そして、もしも最初から…皇太子と伯爵令嬢として出会ったなら。今頃…そう考えてしまう。
野菜の納品もやめたい、と言えば残念だと溢した。騎士や魔術師、お肌を気にするメイドから大人気だったのだ。
だが苦しいなら来週から持って来なくていい、と頭を撫でる。会いたいけれど、何よりも君の心を尊重したいから。
「本当は貴方から貰った色んなプレゼントを返すべきかもしれないけれど…思い出として大切にしたい」
「ああ。いつか壊れるとしても…君に持っていて欲しい」
2人は涙が止まるまで語り合った。ようやく離れると…酷い顔だ、と同時に吹き出す。
ルキウスの頬を撫でて、泣き腫らした痕を癒した。
「……私も…君から最後の贈り物を貰いたい」
「…?わたし、何も持ってない…」
「動かないで」
何を…と考える間もなく。気付けば唇を重ねられていた。
驚き抵抗しようとしたが、あまりにも優しい口付けだったから。目を閉じて、大人しく受け入れた。
数秒後、彼はゆっくりと離れる。
「さようなら、セレスタン。私は君の幸せを誰よりも願う」
「ありがとう、ルキウス。わたしも貴方の幸せを遠くから願います。
…さようなら」
背中を向けて歩き出す。ルキウスもまた、背を向けて窓の外を眺めている。
暫くして…窓の下、セレスタンの姿が見えた。
「……う…うええぇぇ……えく、あああ…」
「セレス様、セレス様…何があったのですか…?」
両手で顔を拭い、グラスに支えられながらトボトボ歩いている。
「……そうか…恐らく彼が…
うん…私にも物怖じしない胆力の持ち主だからな。必ず彼女を守るだろう」
窓を開ければ一陣の風。反射的に目を瞑り髪を押さえると、目の前に白く美しい狼が鎮座していた。
「──ひか、あぐっ!?」
「ふん、シャーリィを泣かせやがって。
でもまあ…気に入った。受け取れ、ルキウス・グランツ」
セレネがペタっと鼻をルキウスの額にくっ付けたのだ。
瞬間激痛が走り、セレネは消えた。
ヨロヨロと立ち上がり、鏡を見れば…
「……は?まさか…フェンリルの、刻印…!?」
そこにはセレスタンの胸と腹に刻まれたのと同じ紋様が。
ルキウスは呆然と外に目をやる。そこにはもう、誰もいなかった。
※※※
ルキウスが世界初とも言えるフェンリルの刻印を授かり、皇帝や重鎮達は喜んだ。
だが彼は、それよりも気掛かりな事があった。
振られた翌日、人払いした執務室にランドールを呼ぶ。
「ラサーニュ伯爵について調査してくれ」
「…何かあったのか?」
「セレスタンの事で。伯爵は彼に絶縁宣言をしているようなのだが…どうにも納得出来ない。
詳しくは言えないんだが、彼には大きな秘密がある。それが発覚したら伯爵家に調査が入るだろう、それを恐れているのかもしれん」
彼女への態度は行き過ぎてはいたが、妹だけを溺愛しているからと無理矢理納得する事も出来た。
だがもう男装させる必要も無いというのに、発覚を恐れてそのまま追い出そうとしている。あれ程美しい令嬢だ、政略結婚としていくらでも嫁ぎ先はあるだろう。
それこそ…ルクトルやルシアンの嫁とか。ルキウスはどうしてもそこが腑に落ちない。
やましい事が無い貴族など少数だろうが、何か見過ごせない汚点でもあれば徹底的に潰せる。その為にも密かに調査をする。
「勘だが、何かを隠しているのかもしれない」
「…分かった、すぐ手配する。
………ルキウス。その前に報告がある」
「……なんだ?」
ランドールは執務室を出る足を止め。小さく声を絞り出す。
「……昨日の夜…俺も…完全に振られた…」
「………………」
「…いつも通り…会いに行ったら。
結婚するって…奥方を亡くした子爵のとこに…後妻として…って。
来年の春、学園も辞める…って」
「……そう…か…」
「俺はまだ…若いから。もっと素敵なお嬢さんがいるわ。って……言われ…た……」
「…………幼馴染みだからと言って…一緒に失恋しなくても…いいんだぞ…」
「本当に、な……」
「「…………」」
2人は今夜飲みに行く約束をした。
※※※
「殿下、お呼びでしょうか」
「アラニウス。確か私にいくつか見合いの話があったな、資料を全て持ってきてくれ」
「………かしこまりました。すぐに」
あの日からセレスタンは皇宮に来なくなった。
プリスカや近衛騎士は嘆いたが…ルキウスが結婚に積極的になった事で、皆全てを悟った。
まだギュスターヴ、ハーヴェイ、ランドール、プリスカの事は兄姉と呼んでくれるし、誘えば一緒にお茶をしてくれる。
だがそれをルキウスに自慢する気にもなれない。皇后となったセレスタンを支える夢も消え、プリスカも静かに涙を流した。
それから数ヶ月後。ルキウスが他国の令嬢と婚約した、という話がセレスタンの耳に届いた。




