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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
52/102

「…ああ…はい……お気になさらず…」



「ナディアちゃん、いる?」


「お姉様?明日から学園が始まるのでは…?」


 教会を訪ねればナディアが洗濯を干していた。現在住んでいるのは8人、身寄りの無い孤児ばかり。

 そんな彼らは昨年から、果物ジュースを屋台で売る仕事をしている。責任者としてトビが仕切ってくれていて、それなりに人気なのだ。



 セレスタンは当初野菜を低価格で売ろうとした。だが八百屋に卸したとしたら、これまで契約していた農家の分が売れなくなる可能性が高かった。

 では個人的に店を構え…と考えたが同じ。誰だって安くて栄養たっぷりの品があればそちらを選ぶだろう。領民の仕事は奪いたくなかった。


 そして考えた結果がジュースだ。これまで野菜で儲けた分で器材を購入し、日々子供達+トビで領内を回っている。

 カフェ等にしたらまず不動産の確保から始めなくてはならない。孤児院を作るまでの繋ぎになればいいので、本格的に商売をする気もないのだ。

 そうして会議を重ねた結果、手軽で許可も簡単に下りる屋台に決まったのだ。



「売り上げも安定してきてるし、皇室に野菜を持って行くのやめるつもりなんだ。

 それでも教会の皆が貧しい思いをする事はないはず」


「お姉様が決めたのなら、私が反対する理由はございません」


「俺も。セレス様が持って行ってくれてるんだし」


 談話室でグラスも入れて話しをする。


「ありがとう。……僕…もうあまりここには来れなくなる」


「「え?」」


 セレスタンは簡潔に説明した。自分が後継を剥奪され、家を追い出される事。

 ナディアは「この教会で一緒に暮らしましょう!?」と言ってくれた。だが…ここにもシャルロットが来る可能性はある。

 最初は結界に阻まれた人間も、通ううちに目印が見えるようになったのだ。それは土地がその者を受け入れたからだろう、とセレネの談。


 なのでシャルロットがセレスタンを探しに来るかもしれない。それは避けたかった。


「グラスも近いうちに首都に行く予定なの。でもこれからは…トビもいるし、シャルロットが皆を守ってくれるから!

 ……本当にごめんね。僕もう…疲れちゃって…」


「「………」」


 セレスタンの表情を見て、2人は様々な感情を呑み込んだ。

 たまには来るからね、とセレネに乗り教会を去る。ナディアはグラスの袖を引っ張り睨み付けた。


「お姉様はどうなるの?貴方が本当に守ってくれるの?」


「必ず。その為におれも首都に行く」


「………そう」


 グラスも教会に背を向けて歩き出す。


「どうする、ナディア?」


「…………」


 皆それぞれの未来を目指して歩き始めた。ナディアは強く強く拳を握る。




 ※※※




 新学期が始まり、セレスタン達は4年生になった。


 教室に入れば、ルネが生徒達に囲まれている。皆話を聞きたいのだろう。

 そんなルネはセレスタンの姿を確認し、生徒達に断りを入れてから彼女に駆け寄って来た。


「おはようございます、セレスさん!新聞、ご覧になりまして?」


「…おはよ、ルネさん。うん…見たよ」


「………?」



 ルネは、別にセレスタンの為にあの法案を出した訳では無い。

 ヴィヴィエ家はルネしか子がいないので、いずれ養子を迎える予定だった。出来ればその子とルネが結婚を…と公爵夫妻は考えていた。


 だが幼いルネが「どうして自分は当主になれないの?」と疑問をぶつける。両親は「そういう決まりだから」としか返せない。

 そしてルネは…「じゃあ自分が法律を変える!!女性はもっと社会進出をするべき!」と宣言したのだ。


 夫妻は戸惑ったが、確かに近隣諸国では珍しくない。ルネの熱意に圧される形ではあったが、全面協力して法改正を目指していたのだ。

 それが実を結び、今回の発端となった。いずれルネは女公爵となり、婿養子を迎えるのだろう。



 そんな中セレスタンと知り合い友人になって、彼女の境遇を知って…「これは、彼女の為にもなるのでは…!?」と感じていた。

 ずっと男装を強要されて苦しんでいるのを見てきたから。今後は…女性に戻って、堂々と女伯爵として生きていけるはず。

 だから…今日だって、顔を合わせれば…きっと明るい笑顔で声を掛けてくれる、と疑っていなかった…



「…ルネさん、あのね…

 僕、捨てられちゃった」


「……捨て、られた…?」


 他の生徒に聞かれぬよう、小声でそう言った。


「うん…。爵位はロッティに譲るから、お前は成人したら出て行けって。

 でももういいの。そんな家族、いらない。だから僕、今まで通りロッティと一緒にいられないから…あの子をよろしくね。

 どんなになっても、僕の可愛い妹だから…」



 セレスタンはそれだけ言うと…ルネに背を向け、自分の席に座る。



「え…そん、な…。だって、私。セレスさんも…喜んでくれると、思って…」


 ルネはセレスタンの言葉が信じられなかった。だが嘘を言っているとも思えない、そもそも彼女はそんな嘘をつく人じゃない。

 ならば…真実なのだろう、と…。彼女もなんとか自分の席に座るが…その目には、涙が浮かんでいるのであった。



「セレス、おはよう。今年も1年よろしく」


「……ジスラン。ごめん…もう僕に話し掛けないで…」


「…………え?」


 普通に話し掛けたジスラン。セレスタンは彼も拒絶した。

 シャルロットだけでなく、バジル、ジスラン、ルネとも距離を置くようになった。

 バジルとルネとは少し会話をしてはいるが…やはり壁はある。この2人は彼女の秘密を知っているので、迂闊に踏み込めず今の関係を保つのに精一杯だった。



「セ…セレス。一緒にお昼…」


「…………」


 必死に声を掛けるシャルロット。無視して教室を出ようとしたら、シャルロット親衛隊(仮)が集まってきた。


「おい!何無視してるんだお前は!!」


「ラサーニュ嬢、よかったら俺達とお昼にしませんか?」


「あんな冷血漢放っておきましょう」


 等々彼女を庇う発言をする。セレスタンは「はっ」と笑った。


「よかったじゃん?僕なんかより、いつだって甘い言葉を吐いてくれる人がいっぱいいるじゃん。

 未来の伯爵として、そん中から婿養子候補を見繕っておきなよ〜」


「…なんでそんな事を言うの?私は…」


 シャルロットの返事も待たずに、手を振りながら立ち去る。

 残されたシャルロットは傷付き顔を顰め。男子生徒が慰め。ラサーニュマジ許さん!というサイクルの完成である。




「……今度からお昼、どうしよう…」


 学食には行けない。医務室も…流石にオーバンに申し訳ない。屋上へ…ルカが毎回いるとは限らない。それにこうなった以上、ルカとも距離を置くつもりだ。

 元々少食だし、一食くらい抜いてもいいかな。そう決めて昼は図書館塔(飲食禁止)に行く事に決めた。



 塔まで歩きながら、澄んだ青空を見渡す。


「ミコト…今頃何してるのかな…」


 神殿に行くと決めたが、あそこは誰でも入れる訳ではない。身分は問わないが、人柄や能力に問題があれば当然弾かれる。

 その為の試験があり、チャンスは年に4回。グラスは夏の試験に向けてカリエの下で特訓中であろう。

 いつか…彼との生活を夢見て、セレスタンは微笑んだ。


 それと同時にルキウスを想う。彼の言っていた「貴族社会が大きく変わる」は十中八九この事だろう。

 シャルロットが伯爵になれば、セレスタンはなんの憂いもなく皇太子妃になれる。そう言いたかったのだろうが…



「……ごめんなさい…ルキウス様…

 僕はやっぱり、貴方のお隣に立てません」



 グラスの事もあるが、よく考えてやはり無理だと思った。

 近いうちに必ず、直接お断りをしにいかないと。

 野菜の納品ももう終わりにして、皇室との関係を完全に断とう。最初からセレスタンの都合で終わりにしていい契約だったので問題は無い。



 いつかお金が貯まったら。グラスと結婚して…この国を出てもいいかもしれない。

 彼の祖国を…箏に行ってみたい。それ以外にも、色んな国に行ってみたい。グラスと、精霊と、ヘリオスも連れて旅に出よう。

 窮屈な貴族暮らしより、よほど自分の性に合っている。はずなのに…


 悲しげな妹の表情が頭から離れなくて。彼女は1人図書館塔で涙するのだ。



 ※



「お兄様…」


「セレスさん…こんな事になるなんて…」


「セレス…セレス…!」


「…………」


「………なんだこのテーブルは…」


 セレスタン除くメンバーは暗い顔で食事をしていた。エリゼのみ通常運転で、辛気臭えとため息をつく。


「(ボクは別にあいつがいなくてもいいけどな。何年経ってもボクに全然慣れねえし、なんかイライラするし)」


 そう思っても口には出さない。実行した瞬間、拳が飛んで来るのは簡単に想像がつくから。

 口数少なめの彼らに近付く1つの影。顔を上げると…ルシアンが立っていた。


「……セレスタン・ラサーニュはいないのか?」


「いませんわ。どうなさいましたの…?」


「…いないならいい」


 彼は踵を返す。ルシアンは数年前から、取り巻きを連れている事が減った。

 相変わらず生活態度は悪いが、横暴さは鳴りを潜めている。それでも悪い噂は中々消えない。


 セレスタンになんの用があったのか。シャルロット達は首を傾げるしかなかった。




「……どこ行ったんだあいつは。こんな紙だけ残して…」


 彼は屋上でパンを齧りながら、扉に貼ってあった紙を握り締める。



『ルカへ。

 ごめんなさい、僕もうここには来れません。

 今までずっと仲良くしてくれてありがとう。もし学内で僕を見掛けても無視してください。

 君と過ごす時間は、とても楽しいものでした。

 友達になれてよかった。さようなら。

 セレスタン・ラサーニュ』



「……くそ…」



 ※※※



「セレス!!!」


「……話し掛けるなって言ったでしょ」


「言ってる場合か!!」


 新学期が始まり2日。早くもジスランは我慢の限界を迎えていた。

 何故避けるのか、問い詰めようとして手首を握る。だがあまりの細さに驚き手を離した。


「!?な、メシは食ってるのか!?」


「…………うっさい」


「お前、こんな…!」


「ぎひえっ!!?」


 今度は腰を両手でガシッと掴む。なんだコレ、俺の指がくっ付くんじゃないか!?と絶叫。流石にそこまで細くはない。

 逃げるセレスタンを捕まえて全身を撫で回す。その光景はセクハラ以外の何物でもなかった。


「なんで胸だけ異様に硬いんだお前は!!」(※サラシ)


「ちょ、馬鹿!!やめ…っ!」


「なんだこの太腿!俺の腕より細くないか!?」


「……っひぃ!」


「こんなに顔も窶れ…て……」


 長い髪を横に流せば… 顔を真っ赤にして小さく震え、潤んだ瞳でジスランを見上げている。


 シャルロットはこの数年で、少女から女性へと成長した。

 セレスタンも同じだ。もう男性と言い張るには難しい程に美しくなった。声変わりも当然無いので、努めて低くしてなるべく口を開かずにいた。


「や…やだ…やめて…」


「…………」


 小さく血色の良い唇から可愛らしい声を発し、ジスランはごくりと喉を鳴らす。あれ、なんか俺…犯罪まがいの事してる?とようやく状況を理解した。最後に脚をひと撫でして、無言で離れる。



 その日夜遅く、ずぶ濡れ状態で帰寮するジスランが目撃されたとか。

 


 

 そこで諦めないのがジスランという男。あの手この手で攻めまくる。

 苦手な早起きをしてヘリオスの散歩時に突撃→ヘリオスの襲撃。

 授業の合間に突撃→逃走。

 トイレに突撃→顔面に拳。

 


 どうしても相手にしてもらえず…最終手段に出た。



「何故だ…何故俺達を避ける!こうなったら…!」


「なんでボクを巻き込むんだよ。関係無いだろうが、離せ!」


「いいから付き合え!!」


 彼はエリゼを連れセレスタンの部屋に向かっていた。

 学園では話し掛けても逃げられる。ならばもう、逃げ場のない寮で決着をつける!!と意気込んでいるのだ。


 この2人は元々、シャルロットという共通の友人がいる程度の間柄だったが…正反対の性格をしている2人は馬が合い、行動を共にする事が多くなっていた。

 ただしエリゼはセレスタンとは親しくない。今でも「妹の腰巾着」だと思っているし…口数の少ない彼女の事を不気味にすら思っている。



「どうせ妹に爵位を奪われたから、逆恨みしてるんだろうよ。そういう噂ばっかりじゃないか」


「あいつはそんな男じゃない!!」


 その噂は半分正解とも言えるが。エリゼを引き摺りずんずん進む。何故ジスランは彼を巻き込んでいるのか…

 簡単に言ってしまえば「好きな子の部屋に行くの、1人じゃ恥ずかしいからついて来て」状態なのであった。




 そうして2人は、セレスタンの部屋の前までやって来た。


「はあ…出て来るとは思えないんだけど。あいつが開けるまで粘るつもりか?」


「いや、セレスタンはあれで結構抜けていてな。しょっ中鍵を閉め忘れるんだ。…やっぱり掛かっていない」


 ノブを回し確認するジスラン。不用心すぎる…と思うエリゼ。



「行くぞ…!」


「え、ノックは?いくらなんでもそれは」


「そんな事したら逃げられるだろうが!

 せーの…セレスタン!!!話が、あ………」



 ジスランはエリゼの制止も聞かず、バターーーン!!とドアを開けた。

 だが、そのまま…固まってしまったのだ。



「…………」


「なんだ?どうし…………」


 エリゼは背の高いジスランの陰になっていて、部屋の様子が見えない。急に固まった彼を不審に思い、ひょいっと中を覗き込んでみれば…



「「「…………………」」」




 そこには、目を極限まで見開くセレスタンがいた。足元には白い毛玉が転がっているが、そっちは目に入らなかった。



 風呂上がりだろうか、髪は濡れて邪魔な前髪は全て上げ、眼鏡もしていない。

 右手には水の入ったグラスを、左手にはタオルを持ってソファーに座ろうとしていたようだ。



 ただ、その服装が……薄手のタンクトップに短パン姿、しかもサラシはしていないという…年頃の男子には目の毒な格好をしていた…

 彼女は15歳になり、胸部も成長していた。サラシでも隠しきれず、夏でもダボダボの服を着るくらいには。


 それが今は、身体の線に沿った服を着て惜しみなく主張されている。男子2人の視線は、そこに固定されていた。




「………間違えました〜……」


「…ああ…はい……お気になさらず…」


 どれほどそうしていたのだろうか。エリゼが声を出し、ゆっくりとドアを閉めた。


「「??????」」


 廊下で2人は顔を見合わせた。そして部屋番号を確認…503、間違いなくセレスタンの部屋だ。

 そしてもう一度、ゆっくりとドアを開ける。そこには…寸分違わず立ち尽くすセレスタンの姿が……




「「「う…うわあああああああぁぁぁーーーっっっ!!!?」」」



 3人の絶叫は男子寮に響き渡ったのだった。



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